ある日の昼下がり。
小腹が空いた俺は、めぐみんの協力を得て食材を仕留め、とあるおやつを完成させていた。
「……うん、これは美味いな。ただ芋を薄く切って揚げただけなのに、これほど美味いものになるとは。これはめぐみんが作ったのか? 当家のシェフにも負けない味わいだ」
「レシピを教えてくれたのはカズマですけどね。確かにコレは美味しいです。カズマはたまに常識外れな事をやらかしますが、こういうのなら大歓迎ですよ」
「お前が人を常識外れだとか言うのはどうなんだ?」
ポテトチップス。
それは日本のお菓子メーカーが鎬を削って磨き上げた魅惑の味わい。
やめられない止まらないその味に、俺たちは無心に手を伸ばし続け……。
――やがて、ぴたりと伸ばした手を止めた。
その手の先には、皿に残った最後の一枚。
三人が手を伸ばした姿勢のまま見つめ合う中、めぐみんがポツリと。
「私が作ったのですから、この最後の一枚を食べる権利は私にあると思います」
「そうだな、ここはめぐみんが……」
苦笑したダクネスが手を引っ込めかけるも、俺は手を伸ばしたままで。
「レシピを教えたのは俺なんだから、権利は俺にあるだろ常考」
「ま、待ってくれ。そういう事なら私も……。その……、芋を買ってきたのは私だ。レシピがあっても、料理を作る腕があっても、材料がなければどうにもならないだろう? 材料を買ってきた私にも、最後の一枚を食べる権利はあるのではないか」
めぐみんと俺とダクネスは、誰もが一歩も譲らず。
――ここに、ポテトチップスの最後の一枚を巡る、熾烈な争いの火蓋が切って落とされた。
***
最後の一枚に手を伸ばしたまま、俺は言った。
「ゼロから何かを生み出すっていうのは尊い事だと思わないか? 他人の作ったものを工夫してより良いものにしたり、何かプラスアルファを加えて新しい用途を見出したりするのもすごい事だが、何もないところから何かを生みだすってのは誰にでも出来る事じゃない。お前にレシピを教えた俺は、もっと評価されてもいいと思う」
それにめぐみんが。
「ポテトチップスというのはカズマが元いたところの料理だと聞きましたが、カズマが生み出したんですか?」
「……違うけど」
「だったらゼロから何かを生み出したというのはどうかと思いますよ。それに、カズマはジャガイモの群れに襲われて泣いていたじゃないですか。さすがにあれだけ大量のジャガイモとなると命に関わるところでしたよ? 言わば私はカズマの命の恩人のようなものです。この最後の一枚は恩人に譲ってくれてもいいのではないですか?」
「な、泣いてねーよ。俺がいたとこでは野菜は襲いかかってこないんだからしょうがないだろ。ていうか、仲間同士でそういう助け合いをいちいち恩着せがましく言うのはどうかと思う。そんな事言ったらめぐみんは今日も日課の散歩で俺に背負われてたわけだが、あれって命の恩人て事になるんじゃないか?」
「それについては感謝していますが、おんぶしただけで命の恩というのは言い過ぎではないですか? でもいつもありがとうございます」
「お前、毎日爆裂魔法を撃たないとボンッてなるんだろ? おんぶしただけって言うけど、ひとりじゃ爆裂散歩に行けないお前は、誰かがおんぶしてやらないとボンッてなってるとこじゃないか」
「そ、それは……!」
いつもいつも、爆裂魔法を撃たないと死ぬなどとわけの分からない主張をしてきためぐみんが、それを利用した俺のツッコミに言葉を失った。
フッ……、勝った。
「というわけで、この最後の一枚は俺が貰っていいな?」
俺が最後の一枚に改めて手を伸ばしかけたその時。
「待ってくれ、さっきから言っているが私にも権利があると思う!」
ダクネスが声を上げた。
「まあ聞くだけ聞いてやるから言ってみろよ」
「だ、だから、芋を買ってきたのは私だと……」
自信なさげなそんな主張に。
「お前、昨日は芋買いすぎたって泣いてたくせに、よくそんな主張できたな?」
「ダクネスのうっかりが好転したのは事実ですが、それを手柄のように言うのはどうかと思いますよ」
「……どうしてお前たちは、こういう時だけ息ぴったりなんだ」
俺とめぐみんが口々にツッコむと、ダクネスが両手で顔を覆った。
「それにしても不思議ですね。たかがポテトチップス一枚に、どうしてこれほど心惹かれるのでしょう?」
「ポテトチップスってのは、最後の一枚を食べる満足感まで楽しむ事で、百パーセント味わえるもんなんだよ。時にそれを巡って血で血を洗う争いが繰り広げられるのは当たり前で、何も不思議な事はない。たかがポテトチップスって言うなら、俺にこの最後の一枚を譲ってくれてもいいんだぞ?」
「お断りします。売られた喧嘩は買うのが紅魔族の掟。血で血を洗う争い、上等ですよ! この最後の一枚を勝ち取り、気分良くごちそうさまを言ってやりましょう!」
最後の一枚に手を伸ばした姿勢のまま、両目を紅く輝かせながらの、めぐみんのそんな宣言に。
「……さっきも言ったが、ポテトチップスのレシピを教えたのは俺だぞ?」
俺は同じ主張を繰り返した。
なぜなら……
「俺がいなければ、めぐみんはポテトチップスなんて思いつかなかったはずだ。お前らが知ってる芋料理の中で、こんなに夢中になるようなもんが他にあるか? 材料を用意するのも大事だし、実際に作った奴が優先されるべきだってのもそうかもしれないが、今回ばかりはレシピを教えた俺がいい思いをしてもいいはずだ。それはこうして最後の一枚を奪い合っているお前らがよく分かってるだろ」
そう。なぜなら、ポテトチップスという調理法を否定する事は、最後の一枚にこだわる自分を否定する事だからだ。
俺の言葉に、二人はぐぬぬ顔になるが……。
「待ってくれ! そういう事なら、やはり私はもっと評価されてもいいのではないか?」
ダクネスがなんか言い出した。
「発端は私が芋を買い過ぎた事だった。その事については悪かったと思うが……、大量の芋をどうやって消費するかという話になって、それでカズマがポテトチップスという料理に思い至ったんだ。私の失敗は単に材料を用意しただけでなく、カズマがレシピを教えるきっかけを作ったと言ってもいいのではないか? むしろ私が失敗していなかったら、カズマはポテトチップスのレシピを誰にも言わないままだったのではないか……!」
俺とめぐみんは顔を見合わせ。
「……まあ、ダクネスの言う事にも一理あるかもな。芋を買ったからプラス一点、でも買い過ぎでマイナス一点。レシピを出すきっかけになった事でプラス一点ってとこか」
「差し引きでプラス一点ですね。カズマはレシピを出した事で一点、私は実際に調理した事で一点とすると、三人並んだ事になりますね」
二人からの同意に、ダクネスがグッと拳を握り、何かやり遂げたような顔で頷いている。
……まあ本人が満足ならいいけどな。
「この最後の一枚を譲ってくれるなら、おかわりチップスを作ります。それで手を打とうじゃないか」
めぐみんがそんな事を言い出した。
「断る。俺はポテトチップスが食いたいんじゃない、この最後の一枚を食いたいんだ。お前だってそれは分かってるはずだろ」
「まあそうですが。……今のところ、このポテトチップスを作れるのは私だけです。これはレシピを出す事よりも貴重な技術と言えるのではないでしょうか? カズマはジャガイモに勝てませんし、ダクネスは不器用なせいで薄切りができないですよね。この最後の一枚を譲ってくれなければ二度とポテトチップスを作りませんと、私が言い出したらどうするんですか? まあそんな事は言いませんけど」
「…………」
これはマズい、言い返せない。
確かにポテトチップスを作れるのがめぐみんだけなら、最後の一枚をめぐみんが食べるというのは否定できない……。
いや待て……!
「俺とダクネスが協力すれば作れるぞ。俺には料理スキルがあるし、ダクネスがいればジャガイモからも守ってもらえるからな。ポテトチップスを作れるのがお前だけだと思うなよ」
「二対一は卑怯ですよ! というかその場合、この最後の一枚はどっちが食べるんですか? カズマが食べるなら、ダクネスが協力する理由はないじゃないですか」
「ジャガイモが大量にあるのはダクネスのせいなんだから、ダクネスがジャガイモを減らすのに協力しないわけないだろ」
俺の言葉に、ダクネスは首を傾げながらも。
「ま、まあそうだな。なんだか上手く使われている気がするが、ジャガイモを買い過ぎたのは私だからな」
「待ってください! そういう事なら私が作りますよ! それならダクネスは何もしなくてもジャガイモはなくなります! ダクネスはただ、カズマに手を貸しさえしなければいいだけです!」
「な、なるほど……?」
「おいやめろ、真面目なダクネスに余計な事を吹き込むのはやめろよ。ダクネスもそんな甘言に惑わされんな! お前が買い過ぎたジャガイモの処理を人任せにしていいのかよ!」
「……あ、ああ。地味、地味と言われてきた私が、まさか二人に取り合われる日が来るとは……。もう少しこのまま取り合われていてもいいだろうか?」
この女。
「――どうすんだよ、結局誰も決定的な事言えないじゃん。もう実力行使でいいんじゃないか? 全力でぶつかった結果なら納得行くだろ」
「ダメです。カズマがそういう言い方をする時はダメです。あなたが負けるかもしれない勝負を自分から吹っ掛けるわけないでしょう。何を企んでいるのかは分かりませんが、こっちを罠に落とす算段があるはずです」
俺が手をワキワキさせると、めぐみんが即行で拒否し、ダクネスが満更でもない顔になった。
「わ、罠……。私は一向に構わんが」
「ダクネスはちょっと黙っていてください」
と、そんな時。
玄関のドアが叩かれた。
……が、ダクネスがチラッとドアのほうを見た以外は、俺もめぐみんも反応せず。
「誰か来たみたいだな」
「そうですね」
「今日の俺は一日中のんびりしてる予定だったし、俺への客じゃないと思う」
「私も日課は終わりましたし、今日はもう用事はありませんね。どうせまたいつもの面倒事じゃないですか?」
「俺がいつもいつも面倒事に巻き込まれてるみたいな言いがかりはやめろよな。俺だって好きで巻き込まれてるわけじゃない。ていうか、面倒事を持ってくるのは大体お前らじゃないか」
最後の一枚を挟んで視線を逸らさない俺たちに、ダクネスが折れた。
「お、お前たち……。仕方ない。私が見てくるが、その間に最後の一枚がなくなっていたら、私にも考えがあるからな」
立ち上がったダクネスが、玄関へと向かい……。
「そういや面倒事で思い出したが、俺ってお前になんでも言う事聞いてもらう権利を持ってるはずだよな」
「!!!!????」
俺の言葉に、めぐみんは驚愕の表情を浮かべた。
「本気ですか? 確かにあなたにはその権利がありますし、私もいろいろと覚悟はしてましたけど、まさかこんなバカな事に使うつもりですか?」
「こんなバカな事に使われるのが嫌なら、この最後の一枚を譲ってもらおうか」
「この男! なんですかそれは、どういう脅しですか! こんなバカな事に使うのはどうかと思いますが、カズマがそうしたいなら好きにすればいいじゃないですか! そういう事なら、この最後の一枚はカズマのものです! さあ食べるがいいですよ!」
…………。
「ああもう! 畜生! 無理だよ! あれだけ苦労したのに、さすがにこんなバカな事に使えるか、撤回するよ! まったく、どうしてお前は時々誰よりも男らしくなるんだよ!」
「では、この最後の一枚は私のものという事で……」
「いやふざけんな。まだこっちの主張がなくなっただけで、俺が譲る理由は何もないだろ。無理やり押し切ろうとするなら、本気でなんでも言う事聞かせる権利を使うからな」
俺とめぐみんがそんなバカなやりとりをしていると、ダクネスが来客を連れて戻ってきた。
「ゆんゆんだったぞ」
「お、お邪魔します……」
「おう、いらっしゃい。次期族長様」
「じ、次期族長様はやめてください。普通で、普通でお願いします……!」
俺のからかいに顔を赤くしたゆんゆんは、友達の家に遊びに来たからかソワソワした様子で。
「その……、これ! つまらないものですが!」
「つまらないものなら要らないです」
なんか高級そうな箱を差し出したゆんゆんに、めぐみんが即答する。
「ちちち、ちがー! 違うから! つまらなくないから! お、お土産です!」
そんなゆんゆんが手にした箱に、ダクネスが驚いたように。
「それは老舗菓子店のクッキーではないか? あそこの店主は頑固者で、貴族であっても特別扱いせず、なかなか買えない事で有名なはずだが……」
「は、はい! 朝早くから並びまして! というか、昨日の深夜から……! 頑張ってお土産を買ったら、もう遊びに行くしかないと自分を奮い立たせて……」
徹夜明けのナチュラルハイで言わなくてもいい事まで言っているゆんゆんに、めぐみんが呆れた様子でツッコミを入れる。
「あなたは相変わらずやる事が重いんですよ。お土産なんか気にせず普通に遊びに来たらいいでしょう」
「だ、だって! だって……!」
……ふぅむ。
高級クッキー、か。
「なあめぐみん。なんだかんだ言って、やっぱり作った奴にこそ、この最後の一枚を食う権利はあると思う」
「いえ、やはりレシピというのは大事です。レシピを教えてくれたカズマが最後の一枚を食べてください」
「お、お前たち……」
高級クッキーの取り分を見越し、ポテトチップスの最後の一枚を譲り合い出した俺たちに、ダクネスが頬を引き攣らせた。
「……ていうか、俺たちの中の誰が食うかって話になると争いが始まるし、もうこれはゆんゆんが食ったらいいんじゃないか?」
俺の言葉に、二人が頷くのを確認して。
「じゃあこの最後の一枚はゆんゆんのもんだ。値段で言ったら高級クッキーとはまったく釣り合わないだろうが、この場のみんなが奪い合ってた貴重なものだからな。プライスレスな価値があるはずだ」
俺が皿ごとゆんゆんのほうへと押し出すと。
ポテトチップスの最後の一枚を手に取ったゆんゆんは、それをジッと見つめて……。
…………。
「……? えっと、どうかしたか? 食べたくないなら無理して食べなくてもいいけど」
「い、いえ、せっかくと、と、友達のうちに遊びに来て貰ったものなので、食べちゃうのがもったいなくて……」
「バカな事を言ってないでさっさと食べてください。私たちはそれを巡って争っていたんです。所有権があなたに移ったのであれば、勝負を吹っかけて横から奪い取ってもいいんですよ」
妙な構えを取り威嚇するめぐみんに、ゆんゆんが慌てた様子でそれを口に入れた。
「どうですか? カズマにレシピを聞いて私が作ったものですが……」
「もしょもしょしててあんまり美味しくない」
……湿気ていたらしい。
けっこう長い事、言い争っていたからなあ。
「あなたという娘は! 普段は大人しいくせに、言う時は言いますね! 私たちはそれを巡って争っていたと言っているでしょう! 気に入らないなら吐き出したらどうですか!」
「や、やめて! 私が貰ったものだし、もう食べちゃったんだから無理よ! でも……、これって迷惑だからさっさと帰れって意味じゃないわよね? 遠回しに嫌がらせされてるわけじゃないわよね? ねえっ?」
「違いますよ! どうして毎度毎度おかしな方向に気を遣うんですか!」
***
――その後。
高級クッキーの最後の一枚を巡って、第二回戦が勃発したのは言うまでもない。