学園黙示録×瀕死のライオン   作:oden50

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かなり間が空いてしまってすいません。
今回は清田がかなりヤバイ状態に陥ってます。
ウォーキングデッドの小説版の主人公フィリップみたいにキレます。
取り敢えずの投稿なので、完全版は後日にあげます。

私事ですが、バンド・オブ・ブラザーズの降下シーンはリアルでオススメです。
装具のチェック、降下後に自分の足が跳ね上がり見えるのはまさにあの通りです。


#2nd day④

目の前の背中は相変わらず聳え立つ城塞の如くであり、さながら巨神である。

しかし冴子は、過剰な重武装が外骨格となって今の清田を支えているのを知っていたーーデイパックを背負い、纏った分厚い抗弾ベストの下に隠しているのは、削がれて窶れた魂だ。

今に背負うものの重さに耐えきれなくなって、崩れるのではないかと危ぶんだが、冴子の心配を他所に清田は前を進み、階段を降りていく。

清田が硬く閉ざした鉄扉を、音を立てないように押し開け、周囲を確認するーー油断なく銃口を擬する姿は昨日と同様であり、冴子の心配は杞憂に思えた。

清田と冴子は周囲を警戒しながら駐車してある高機動車の運転席側に回り込むと、清田がドアを開き、車内をざっと点検する。その間、冴子は狩猟弓に矢をつがえ、動くものがないか周囲を見渡した。

車内を点検しながら、清田は、リカがこの高機動車をどうやって手に入れたのかは不明だが、恐らく、東南アジアから逆輸入したのだろうと推測した。

基本的に自衛隊の車両は溶断してからスクラップ業者に引き渡すのだが、それらのスクラップが東南アジアに流れ、何個イチで一台の車両を組み上げられ、現地の高所得者向けに販売されており、ほぼ自衛隊仕様を再現したものもあれば、内装は革張りの高級仕様もあったりする。

特にフィリピンにはそれらの再生車両が多く、高機動車以外にも三トン半、一トン半、パジェロなどがインターネットで調べればすぐに出てくる始末だ。

リカがこの車を所有するまでに費やした金額と手間を考えると、清田は嘆息せずにはいられなかったが、今は彼女の苦労の甲斐を喜んで利用させて貰おうーー清田はキーを差し込み、電灯系統のターンスイッチを《1》に合わせた。

 

「林先生、聞こえますか? 車両と周囲に異常はありません。皆を連れて来てください」

 

咽頭マイクに声を吹き込み、トランシーバーでメゾネットで待機する京子にそう伝える。

 

「毒島さんは引き続き警戒をお願いします」

 

「分かりました」

 

清田は車体後部に回り、観音開き式の乗降扉を開き、牽引装置の下に普段は収納されている乗降ステップを出した。高機動車は地上高があるので、後部兵員室に乗り込む際にはステップがないと一苦労する。

程なくして残りの全員が荷物を持って階段を降りてきたので、清田が誘導に当たった。

手を貸してやり、生存者を次々と乗せていくと、ありすの番が来た。

瞬間、清田は固まったーーただでさえ子供を視界に捉えると精神が千々と乱れるというのに。

だが、直ぐに気持ちを切り替え、ありすの脇に手を添え、軽々と抱え上げる。

清田からすれば自分の半分もない幼子は子猫のようであり、小さな彼女からすれば清田は大怪獣のようである。

ケブラーとコーデュラの皮を纏った、重火器の牙と爪で武装した怪獣ーーまさしくその通りであるが、その心は怪獣とは程遠く、打ち拉がれた捨て犬以下だ。

子供の無邪気な瞳と目を合わせる事も出来ず、清田は先に乗り込んでいた優子にありすを任せた。

ステップは出したまま、全員が向かい合わせとなっている座席に座ったのを確認してから扉を閉め、冴子に声を掛ける。

 

「全員乗りました。毒島さんはそのまま助手席に座って下さい」

 

冴子はぐるりと周囲を見回してから矢筒に手早く矢を戻し、高機動車の助手席に乗り込んだ。

清田は一瞬、右前輪の前後を確認したーー自衛隊では駐車する都度、輪留めをするのが通例となっている。流石にリカはそこまで自衛隊マニアではなく、己に身に付いた習慣に清田は苦笑した。

ドアを開け、運転席に乗り込む。演習による土埃が一切ない、綺麗な座席だった。

単に所有者がまめに手入れをしているのもあるかもしれないが、新鮮な驚きと共に鍵を一段捻る。

ヴゥーというブレーキ用の圧縮空気を充填するコンプレッサーの唸りが聞こえ、やがて消えた。

それからもう一段捻ると、甲高い音を発してインタークーラーターボ付き水冷直列四気筒ディーゼルエンジンが咆哮を上げた。

エンジンのレスポンスも悪くない事から、状態が良好であるのが察せられたーー乱雑に扱われ、草臥れた特戦群の高機動車とは大違いである。

サイドブレーキを解放し、アクセルを踏み込み、発車させる。滑らかなステアリングも心地良い。

地図と事前の偵察によって頭に叩き込んだ経路に従い、 清田は高機動車を進ませるーー途中、除け切れない《奴ら》の何体かを撥ね飛ばし、その都度、清田はFRP製のボンネットが割れやしないか気を揉み、放置された車両で幅の狭くなった道路を慎重に進んだ。

路地の其処彼処に屯する死者の群れは昨日今日死にたてのものばかりであるから、一見すると挙動不審な集団のようにも見られるが、近くに行けば腐り始めた肉の悪臭が鼻を衝く。

彼らは死んでいるにも関わらず、動き回り、生者の肉を求めている。

どういう原理で死体の筋肉が、生前よりも遥かに力強く機能するのかは不明だが、ある程度の物理法則は通用するらしく、破壊可能であり、腐敗も進行している。

よくある終末論の世界が現実となったのかもしれないが、今のところ第一のラッパが吹かれている様子はない。ただし、死者が蘇るという事は、天上界に於ける七つの封印の内の五つまでが解かれたという事であり、世界の終わりは近いのかもしれない。

取り留めの無い妄想に耽りながら、二十分程度の短いドライブの末、御別橋に到着した。

御別橋は床主大橋と違って橋上は避難者の車が溢れかえっていなかった。というのも、車止めのバリケードが大橋と違って入り口に設置されており、侵入を防いでいたのだ。

だが、御別橋に至る道路には渋滞の車列が放置されており、清田は車幅のある高機動車が通れる道路を探すのに苦労したーー徒歩であれば直ぐだが、惜しみない労力を払うだけ車両移動の利点は多大だ。

清田は橋の手前で車を止め、エンジンを切り、後ろに座る生存者達を振り返った。

 

「このままでは通行できないので、自分が通行出来るようにしてきます…その後の運転は、林先生、お願いします」

 

「分かりましたけど…清田さん、一体どうなさるおつもりなの?」

 

だが、清田は京子の質問に答える事なく、ケルテック製散弾銃のフォアガードを目にも留まらぬ速さで前後(ポンプアクション)させ、片方の筒型弾倉(チューブマガジン)からドアブリーチング用のショットシェルを全てを弾き出した。

清田の突然の物々しい行動を理解できたのは、この場に於いては耕太のみだった。

耕太は言われるまでもなく、リカの家から持ち出した3inchマグナム・ショットシェルを一掴み、自身が身に付けているタクティカルベストのポーチから取り出し、清田に差し出した。

 

「清田さん、これ、使ってください」

 

「ありがとう。手持ちのOO(ダブルオーバック)が少ないんでね」

 

耕太から受け取り、手早く弾倉に押し込み、忘れずに薬室内にも装填しておく。

合計十三発もの対人用ショットシェルを装填された散弾銃はずしりと重いが、空挺レンジャー最終想定の間、背嚢に指向性散弾を入れ、84ミリ無反動砲を絶えず携行していた清田である。

この程度のウェイトは取るに足らないが、動き易くする為、ベストの下に着込んでいる抗弾ベストは脱いで置く事にした。

全ての装備を整えた清田は、ゴーグルを目元に下ろし、小銃を手に一つ深呼吸した。

これからやるべき事は、全て頭の中で整理できているーーしかし、やり残している事がないか考えを巡らせ、自分が仕事に取り掛かっている間の指示を一行に下していないのを思い出した。

 

「自分はこれから、ある程度の〈奴ら〉を排除してきます。その間、基本的には乗車待機でお願いします。しかし、危ないと判断した場合は下車して応戦して下さい…自分がいない間のその判断は、毒島さんに任せます」

 

「心得ました」

 

冴子は力強く頷いてくれて見せた。冴子ならば、恐らく冷静な判断を下してくれるだろう。

 

「銃を持っている人は今の内に点検を済ませ、何時でも発砲できるようにしておきましょう…ああ、静香先生、安全装置は掛けたままで、あと、引き金に指を掛けないで下さい‼︎」

 

自然と銃器装備組のリーダーとなる耕太は、銃器を持つ者ーこの場では冴子以外の全員だがーに注意を促してくれた。

全員が、やるべき事を承知しているーー成り行きで結成されたグループだが、早くも一個の生命体のように淀みなく滑らかに動作し始めている事に、清田は少しばかりの安堵を覚えた。

 

「それではーー始めますか」

 

清田は躊躇う素振りすら見せず、ドアを開け、早くも蝟集し出した死者の群れに向かっていった。

おどろおどろしい死者たちを前にして、例によって清田の歩みは平然としており、悠然としているーーもはやそれが当然の出来事であるかのように。

  清田は小銃を構えるや否や、二体の〈奴ら〉の頭部を撃ち抜き、群れへ向かっていくーー清田が目指すべきものは、決して少なくはない群れの中へと飲み込まれており、戦闘は避けられない。

素早く、且つ正確な照準で、適切な目標を選定し、斃さなければ、あっという間に距離を詰められ、食い殺されるだろう。

それはさながら流動的なジェンガであり、一手間違えば支払うのは己の命である。

 骨片混じりの血飛沫が飛び散り、硝煙の匂いが清田を包み込み、ばら撒かれる薬莢が狂騒曲を奏でる。

死者の群れが声ならぬ声で唱和し、コーラスとなってメインヴォーカルを盛り上げるーー清田が張り上げるのは重火器(ヘヴィメタル)の、文字通りのデスボイスであり、憐れな観客は瞬く間に魅了され、興奮が頂点に達したかのように地面に崩折れる。

 ゴーグルのレンズ越しに清田の瞳は、老若男女の歩く腐った肉袋に対して冷めた視線を向けるのみである。

 落ち着いた初老の男性、品の良さそうな老女、柄の悪そうな若い男、今時のハイティーンエイジャーの少女、太った主婦、痩せぎすのサラリーマンーーそれら全てはもはや厄介な死体でしかなく、排除すべき対象だ。

 銃弾は一切の慈悲も区別もなく、それらを引き裂き、吹き飛ばし、爆裂させ、普段は皮膚の下に隠されている人体のグロテスクな構造物をぶちまけ、路面を腐肉で覆った。

加熱する銃口から、刹那、曳光弾(トレーサー)の真っ赤な軌跡が迸った。

 弾倉の残弾が少ない事を示す合図だ。

清田は瞬時にタクティカルリロードを行おうとしたが、早々に弾幕を張らねば掴み倒されん距離まで〈奴ら〉が迫っていた。

弾倉交換は諦め、手早く脇の下に吊り下げていた散弾銃に切り替え、目にも留まらぬ早さで速射する。

一度に16発の拳銃弾相当の鉛玉を吐き出すその威力と銃声は凄まじく、押し殺された小口径高速弾の発砲音に慣れていた鼓膜を痛いほど震わせた。

至近距離で放たれた、都合百発以上の散弾は纏めて数体をぼろ切れのように引き裂き、モーゼもとやかくのように腐肉で埋め尽くされた道を切り開く。

散弾銃の速射によりキーンと耳鳴りがするーー聞こえるのは、亡者の呻き、銃器の咆哮、自身の荒ぶり始めた呼吸ばかりだったが、それら全てが遠くへ追いやられた。

目の前の出来事が急激に現実味を失い、スプラッター映画を無声で鑑賞しているようだった。

老若男女の顔面が弾け飛び、皮膚を裂き、肉を抉り、骨を砕き、腐臭を漂わす臓物を溢れさせるーーそれらを前にしても清田の心は驚くほど澄んでおり、まるで凪いだ湖面のようである。

だが、やがて、あっと思う間もなく、大人に混じって子供の〈奴ら〉を吹っ飛ばした瞬間、ふつふつと一つの感情が沸き起こり、瞬く間に枯野を焼き払う炎のように胸の内から迸った。

怒り。

誰に向けるでもない怒り。

身に付けている全てを総動員し、目に入るもの全てを破壊してしまいたい怒りだった。

それは清田を襲った狙撃犯に対するものと同類だったが、自らが作り出す圧倒的な暴虐が齎す凄惨な光景が極度の興奮状態を引き起こしており、一匹の野獣へと変貌させていた。

吹き飛ばしたその子供は、最早男の子か女の子か分からないーー首から上の小さな顔は、散弾によって穴空きチーズよりも酷い有様だったからだ。

服装から、低学年ほどの女の子と分かった。瞬間、あの女の子の最後がフラッシュバックする。

清田を凶行へと至らしたのはまさく彼が心の奥底で埋み火の如く抱いていた現状への怒りと、恐るべきストレス、そして幼児殺害といういつPTSDを引き起こしてもおかしくはない程の心的損傷である。

それが、今、子供という切っ掛けにより、箍が外れてしまった。

 

「あああああああああああ‼︎」

 

恐慌をきたしたかのように、清田は叫び、慟哭するーーそれでもなお、正確無比な殺人マシーンのように、染み付いた戦闘技術が駆動する。

散弾銃を撃ち尽くす頃には、まるで巨大な鎌が薙ぎ払ったかのように死体の山を築き上げており、群れはその数をかなり減らしていた。

獣のように荒々しく息を吐き、目は血走り、喉からは唸り声すら迸っているーーまさに一匹の獣へと身をやつしていた。

 

「⁉︎」

 

視界の隅に蠢くものを捉え、清田はそちらを神経質そうに振り向いた。

足元で、倒したとばかり思っていた〈奴ら〉の一体ー下顎は吹き飛び、両足は膝から下がない幼児ーが、ひしゃげた指先を清田の足に絡めようとしていた。

脳裏に昨晩の失態が過るが、真っ赤に染まった思考は殺意の自動操縦を続けた。

 

「うあああああああああ‼︎」

 

清田は咄嗟に絡め取られそうだった右足を振り上げ、そのまま腐りかけた小さな頭蓋骨を踏み砕いた。

幼児の脆い頭蓋は卵の殻のように容易く粉砕され、膿のように黄色味掛かった灰白質が飛び散った。

 

「ああ‼︎ああああ‼︎ああああああ‼︎」

 

狂ったように清田は幼子の頭蓋を踏み潰し、砕き、蹂躙したーーそうすることで受け入れ難い現実を拒絶するかのように。

ごついブーツが振り下ろされる度、腐敗した幼児の体組織が飛び散り、形容し難い感触が足裏から全身に響く。

一頻りストンピングし終わると、もはやそこには小さな身体のあちこちから折れた骨が突き出す、赤黒いズタ袋があるだけだったーー新たな〈奴ら〉が集まり始めていたが、清田は武器に新しい弾薬を込めたりはせず、手近な一体に向かって遮二無二走り出した。

 

「うおおおおお‼」

 

  ばかでかい足から繰り出される、加速のついた前蹴りがその<奴ら>のー体格が貧弱な中学生男子と思われるーの胸で炸裂し、大きく後方へ吹っ飛ばした。

  清田はそのままその頭蓋骨を先程と同様に踵で踏み潰し、にじり、そこでようやくハリネズミのように纏っている武装のひとつを使わなければいけない事を思い出した。

  腰のユーティリティーポーチから無造作に破片手榴弾を掴み取り、ピンを抜き、手近な集団に向かって投擲した。

  それは室伏もとやかくの滅茶苦茶なフォームであるにも関わらず、恐るべき球速で真っ直ぐに飛んでいき、哀れな一体の顔面にぶち当たって前歯と鼻骨を砕いた直後、爆発した。

  顔の高さほどで爆発した手榴弾はその威力が余すところなく発揮され、破片と共に周囲に盛大に血飛沫を撒き散らした。

  清田はそれによって決して少なくない量の腐り始めている血を頭から被ったが、構わず破壊活動を続けた。

  最早その程度では今の彼を止める事など出来はしない。

 




ちなみに指向性散弾は約24kg、ハチヨン(M2カールグスタフ)は約14kgあります。
それらに加えて他の装備もありますので、清田くんのレンジャー最終想定はかなりの地獄だったという設定です。
人よりもでかいと重装備ばかりになるのは仕方ないですね。

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