・豊かな自然と都会的利便性をあわせ持つ町、相蓮町。
この町ただひとつの寺、『天照寺』の和尚は、五歳の孫娘を連れて約1月ぶりに寺の庭に出た。
幼少期から面倒を見ていた男が数年ぶりに里がえりしたと思えば、目とはなの先の中学校で教師を始めた上、今から急に帰ると連絡して来たのだ。
「遅い!まだか京のヤツは!」
「京のヤツは~!!」
孫の
「おじいちゃん、本当に
秋夏の姉で大学生の、
「アイツの方が急に連絡して来たんじゃ!わしゃ知らんぞ!」
「あ~んもう!こっちは五年ぶりの京兄ぃに会えるって言うからめっちゃ気合い入れて化粧したのに~!!」
姉妹揃って緑色のポニーテールだが、今は夕焼けが混じって黒く見える。
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「あの~......。」
お揃いポニーテールの歳の差姉妹と、この寺の和尚と思しきスキンヘッドのジジイが言い争う珍光景を目の当たりにし、遠慮がちに話しかける結衣。
和尚はいぶかしげに結衣に話しかける。
「お嬢さん、失礼じゃが、何の用かな?」
「沙羅井京一郎先生に、ここに来る様に言われて......。」
“沙羅井京一郎”の単語を聞いた縁美は目の色を変え、まるで身内がノーベル賞を受賞したかのように、思い切り結衣に飛び付く。
「え!?何、あなた京兄ぃに会ったの!?マジで?」
「はいぃ、マジでです。担任ですから......。」
縁美に締め付けられ、やっと会話する結衣。
和尚はまだ、眉間にシワを寄せている。
「にしても、お嬢さんをここに寄越して、何を考えとるんじゃ?京のヤツは......。」
「京のヤツは~!!」
「何か、すごく大事な話があるって......。」
「そ。すんげー大事な話。」
後ろからしたよく知った声に、縁美は目を輝かせ、和尚はため息をつく。
「やっと帰ったか、『相蓮町のバカ息子』が......。」
「おう、ただいま。『相蓮町のハゲ親父』......。」
「『ただいま』って、先生ここ住んでたんですか!?」
「10歳から18までな。そんな事より、今大事な話があるだろ?」
そう言って沙羅井は後ろに端に避けた。後ろには、ばつが悪そうに下を向いたままの桧山が立っている。
必然的に、結衣はカオを曇らせる。
(当然かな、ここ最近
二人の行く末を危惧する沙羅井と、何がなんだかわからない天照寺一族を他所に、数秒の沈黙が起こる。
空気の重すぎるその空気の層を破ったのは、桧山の絞り出す様なひと言だった。
「......ごめんな。蒼井。」
蒼井は曇ったままのカオを上げる。
「うん。私結構傷ついたよ?」
「おう、オレ許してもらえない様な事したよな......。」
「例えば?」
「蒼井が先生と一緒にいただけで怒鳴ったり、ここ一週間ずっと態度悪かったり......。」
「うん。それで?」
「......ごめん。ワガママ言うぞ。それでもやっぱ俺、蒼井と一緒にいたいから......。」
「うん。」
「今は無理でも、少しずつでもちゃんと大人になるからさ......。」
「うん。」
「だから蒼井!本当にごめん!オレにもう一回チャンスくれ!もう一回、彼氏でいさせてくれ!頼む......。」
なりふり構わず頭を下げる桧山を見かねた様にため息をつく結衣。
さながら、一見母親の様な口調でこう言った。
「私がいつ『別れる』なんて言った?待ってたんだよ?なんでこんなに冷たいのか、桧山の口から言ってくれるの......でも、私もごめんね、桧山がなんでおかしくなったのか、自分で確かめようとしないで......だから、だからさぁ、桧山。もう元に戻ろう?お互いまだまだ未熟な子供でも、ケンカしても、ほんとはお互い思い合ってるカレカノに......ダメかなぁ?」
結衣もいつの間にか涙目になっている。
とっさだったのか、考えてか、桧山はただ何も言わず結衣を抱きしめた。
きょとんとしていた天照寺一族も、なんとなくだが、安堵の表情に変わる。
そして、この完全ラブコメムードの中、和尚は沙羅井を睨んだ。
「ウチの寺をまんまと元サヤ成立の記念スポットにしおって......。」
「まあまあ、堅い事言いなさんなって......今回はオレの生徒も、頑張った訳だしな......。」
「それで?本題はなんじゃ。まさかこれだけの為にここへ足労する程、お前さんこだわり屋じゃあるまい。」
「ああ。それなんだけどさ......。」
「京兄ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「げっ!このリアクションはもしや......。」
「京兄ぃ!久しぶり!元気だった?ちなみに私はウルトラ元気だったよぉ?」
「うん、全身に伝わってくる、そして見りゃ分かる。」
和尚などまるで眼中にないかの様に、二人の間に割って入り、京一郎に飛び付く縁美。
だが、沙羅井は彼女を見てひどく驚いてしまった。
「お前、縁美?ずいぶんでかくなったな!」
「えへへ~、華の女子大生ですから~。」
「すると、こっちは秋夏か?お前さんもでかくなったな~!!」
京一郎に頭を撫でられ、嬉しそうに笑う秋夏。
そんな妹に焼きもちをやく様に、プクリと膨れた縁美だが、間もなくふと思い出した様に尋ねた。
「ところで京兄ぃ、なんで急に帰ってきたの?
......はっ!まさか遂に私を貰いに来てくれたとか!?
京兄ぃの帰りを待って、彼氏も作らず苦節八年、その苦労が遂に報われ......。」
「すまんが別件だ。」さらっと受け流す沙羅井を前にして、ショックで塩の柱に変わる縁美。
一方、桧山カップルは大人たちに並び、沙羅井の考えを聞こうと耳を傾ける。
「和尚。日向明って、知ってるか?」
「知ってるも何も、今ウチの二階に住んどる霊能力者の親子じゃて......というかお前、なぜ明クンの事を知っとるんじゃ!」
「やっぱな、アイツの着物からここでしか炊かないはずの香の臭いがしたから、もしやと思ったが......。」
「だからお前、なぜに明クンを知っとるんじゃ!」
「そこの娘の担任、オレだから。」
「......えええええ!?」
結衣、桧山を除く一同が、口をあんぐり開けて驚いている中、沙羅井は努めて冷静に考えを説明した。
「桧山に蒼井、お前らに話すのはこれが初めてだけど、アイツの中に今、“化け物”が潜んでる。ソイツを退治すんのを手伝ってほしいんだ。天照寺の皆にも、知恵を借りたい。」
自分と桧山を再び繋げた、頼もしかったはずの夕焼けが、今や自分たちを恐怖に陥れる魔王に早替わりしたようで、恐怖をぬぐい去れない結衣。
だが、彼女は気付いた。
これからどんな災難に襲われようと、もう自分はひとりじゃない。
何より、せっかく心を開いてくれようとする明のピンチとあっては逃げ出せない彼女にとって、返す言葉はひとつしかなかった。
「分かりました!出来る限りの手助けをします!明ちゃんの事、詳しく教えて下さい!」