・翌日、教室に入ってすぐに、明は机に突っ伏した。
結衣のおかげで、初日よりずっとましにクラスに馴染めたと思うが、それに比例して自分の中に潜む“化け物”の抵抗が活発化している気がする。
彼女が、
(いい加減、クラスの皆に話そうかな......私の中に居座る“化け物”の事......でも、“それ”を話したら、私また一人になるかも知れない。でも......でも......。)
「おはよう、明ちゃん......。」
ハッとして我に帰る明。いつの間にか登校した結衣が、いつもの優しげな笑顔で隣に座っている。
「あ、おはようございます。結衣さん......。」
「どうしたの?ボーっとしたりして......。」
「いえ、何でも......ハハハハ......。」
あからさまな作り笑いを浮かべる明に、結衣は敢えてツッコまなかった。
教室にはすでに二組一同が揃いつつあった。
やがて 教室の扉が開き、いつもの様に気だるそうな沙羅井が入って来た。
「おーい、席つけ席ー!!」
全員が席に着くのとほぼ同時に、ホームルームのチャイムが鳴った。
沙羅井はらしくもなく神妙な顔つきになり、クラス全体を見渡した。
「今日はまず最初に、大事な話があるのな?えー、日向の事なんだが......。」
沙羅井の切り出し方に、桧山、結衣、明の三名は石像の様に固まった。
「日向、実は目ェ見えねぇんだ......それもな、10年前から取り憑いてる悪霊が原因でな......。」
三人が恐れていた事ー本人の意思に反して明の秘密が白実の元に晒される事ーを、よりによって彼女を守るべきであるはずの沙羅井によって引き起こされようとしている。
明に至っては、怒りか恐れか身体が震えている。
桧山は思わず机を蹴飛ばし、椅子から立ち上がった。
「オイ沙羅井ィ!」
「“先生”付けろよ桧山。」
「ごまかすんじゃねぇよ! “それ”はアンタとアイツの秘密だったんじゃねぇのかよ!?」
明は何を思ったのか席を立ち、教室を出ていった。
結衣はそれを追って出ていき、桧山は沙羅井を睨んだままで席に戻る。
教室内の沈黙は長く、それを破ったのは、教壇に突っ伏した沙羅井だった。
「今の話、信じらんないかも知れねぇけどさ、少なくともオレはウソ言ってるつもりはない......まぁ要は、科学じゃ説明できない何かと、日向はずっと戦って来たんだよ......。」
「何か、オレ達にできる事って......。」
そう言ったのは高尾だった。
隣に座っている花日も、コクコクとうなずいている。
「そこなんだ高尾。日向の中の化け物は、確かに追い払える。ただ、オレ一人じゃ到底ムリ、お前らの力が必要だ。ただし、すごく危険でな、強制今少しでも
「なんで、そんな......。」
なんでそんな冷たい事......そう言いかけて花日は口を閉じた。
いままで頭の中を渦巻いていた明への疑問が、つながった様な気がしたからだ。
彼女の、異様なまでのコミュニケーション力の乏しさ、あれは単に性格の問題と言うには、早計だ。
沙羅井の言う“化けもの”を背負う明が、もしこれまで冷たくされ続けたとしたら......そしてその傷を、自分たちに癒せるだろうか?
もし、中途半端な優しさで、彼女にますます深い傷を与えてしまったら......花日の不安を他所に、沙羅井は話を続けた。
「分かってると思うけど、オレも、日向も、誰も今から帰ることを責めたりはしねぇよ。むしろ半端な覚悟じゃますます深い傷を負わせちまう。今帰ることだって、むしろ懸命な判断だろ?」
まるで花日の心を読み取るかの様にたしなめる沙羅井。
彼を見て、花日は“考える”事を辞めた。
それがどれ程危険な事か、百も承知だ。
だが、花日は覚えている。
それまで黙りこくっていた明が、昨日自分に見せてくれた、優しくもどこか寂しげな笑顔。
沙羅井にいきり立ち、一言も発せず教室を出た、先程の不安なカオ。
理屈ではなく、誰かではない。自分が助けなければならないのだ。
「私は、協力したいです......。」
「綾瀬......。」
心配そうに見守る高尾を他所に、花日は続けた。
「屁理屈かも知れない、支離滅裂かも知れないけど、明ちゃんはもう友達なんです!大切なんです!利益不利益とか、危険とか、関係ないんです!
足手まといになっても、精一杯頑張るから、明ちゃんを助ける為に、どうすればいいか教えてください!先生」
「死ぬかも......知れねぇよ?」
沙羅井の声は真剣だった。
その目力の強さに黙りこくってしまう花日の背中を押したのは、高尾だった。
「オレが、付いてますから......。」
「そいつァ大層立派なナイトだ。でも分かってる?マジで危険なんだってマジで......。」
「男なら!......自分の彼女が命張って頑張ってるのに、黙った見てられないでしょ!?先生は違うんですか?」
「ごもっとも。」
「オレ達も、手伝って良いですか?」
高尾、花日の斜め前、唐沢&如月カップルが揃って手を挙げた。
「クラス委員としての使命感......ってのもあるんだけど、私はもう明ちゃんを、友達だと思ってるんで。」
如月蘭の言葉に、信児は『右に同じ』と返した。
『クラス委員としての使命感というなら、ワタシもお忘れなく!』とカンペ片手に立ち上がるメガネ委員長。
トリマキのエイコーも、ピタリ揃って名乗り出た。
「クラス委員だけ?クラスのマドンナは~?」
と、馬鹿に甲高い声で
レギュラーメンバーを筆頭に、沙羅井が突っ込むヒマもなく、いつの間にかクラス全員が名乗りを挙げた。
沙羅井は立ちあがり、クラス全体を見渡す。
誰の目も、気取る事も臆する事もない、ただ真剣な、まっすぐな瞳だ。
「はぁ......何のためにわざわざマイナス発言してたんだか。ちっとも折れねえのな、お前ら......ハハハハハハハハ。」
沙羅井は、自分で自分を馬鹿馬鹿しく思った。
冷静に、じっくり現実を見て欲しいつもりで並べた義勉だが、この生徒達は、もはや理屈ではなく、本気で明を助けようとしている。
『後先考えて』なんてキレイ事は、行動するのが怖いヤツの逃げ口上だ。
なんだかんだ言っても、強い結束で結ばれたこのクラスを、自分はもう少し、信じるべきじゃないのか?
「負けたよ、正直お前らの決意がここまでたぁな。
馬鹿馬鹿しい、何が死ぬかもだよ。お前らが悔いのない様にやっても傷つかない為に、
数秒前と百八十度反対の事を言う沙羅井。
だが、どこか吹っ切れた様な彼の笑顔に、生徒達はどこか、安堵感を覚える。
「悪かった。皆で助けようぜ。日向の事をよ......。」
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結衣の想定通り、明は屋上にいた。
空を見上げ、ボーッとしたままだ。ここの生徒は、もうどうにもならないと思った時、ここに来る(らしいが、新聞部、エイコーの言う事なので、結衣自身話半分に聞いている)。
「大丈夫......。?」
大丈夫なワケがない事など、百も承知だったが、どう切り出してよいか分からない結衣。
「大丈夫ですよ......。」
明らかにムリをしてる声。せめて側に寄って見る。
「あのね、明ちゃん。沙羅井先生は実は......。」
「良いんです、結衣さん......冷たくされたの、これ初めてじゃないし、なんとなくこうなる気はしてたし、あの先生も悪い人じゃなくて、安全の為に私の事をバラしたと......だから、恨んだりはしてないです。してないんですけど......。」
「けど?」
言葉が途切れた瞬間、明の目から、止めどない涙があふれた。
「バカです私......あの先生はもしかして、私の事を受け入れてくれるかもなんて......そんな気がして......。」
「明ちゃん、それはね......。」
沙羅井先生が明ちゃんを助ける為の作戦なの......。
そう言いかけて結衣は口を閉じた。
沙羅井と前もって約束したのだ。作戦開始まで、沙羅井がなぜ冷たくしたのか、明に知らせないと沙羅井に約束していたからだ。
「膝枕......。」
「え......?」
「膝枕......良いですか?」
「良いよ。皆があがって来るまでね。」
泣きつかれたせいか、結衣の膝の上ですぐに眠った明の寝顔を見ているうちに、本当の事を伝えられないはからか、結衣まで、涙が止まらなくなった。
ヤバイ......百合臭 やばいユリシュガー