翌日のHRは、言うまでもなく転校生紹介から始まった。
あまりに短いスパンでの連続転校ではあったものの、二人が美男美女であったためか、そこまでクラスは荒れなかった。
「つーわけで、今日はクラスレクにドッジボール大会を行う。存分に親睦深めろよ。テメーら。」
「へっハッハッハ!楽しみだなァ。」
炎天下の中、半分の歓声と半分のブーイングを受けて始まったドッジボール大会。
マアムのサンダーシュートが地面をえぐったり、明のドナルド集中攻撃がレッドカードを生み出したり、些細なトラブルはあったものの、そこから15分、どうにかゲームは進行した。
ただ一つ問題があったとすれば、集団では珍しくない、適応出来ない者がいた事だろう。
最初にそれに気づいたのは、花日であった。
「どうした?綾瀬……。」
「和クン、参加しなくていいのかな。」
「難しいけど、本人なりの考えがあるんだと思うよ。」
「そうかなあ。」
「今は見守っていた方がいい。本人が
花日は、木にもたれ掛かり、勝負を傍観する和を見つめていた。
無関心というより、他の事に気を取られないよう、あえて気を張っているようにも見える。
その目は、前より柔らかくなり、皆に交じってボールを弾く心愛以外、何も見てはいなかった。
数時間前 HRにて
「じゃ、入ってくれ。」
入室した二人を見て、まず最初に声を挙げたのは、心愛だった。
「……!?和!?」
「心愛、息災な様で何よりだ。」
10年ぶりだというのに、隣人に朝の挨拶をする様にさっぱりとした和。
対して心愛は、泡を食っているらしく、リアクションに困って固まっている。
「何でアンタが?」
「社長命令だ。他に何がある?」
『社長』、すなわち浜名コーポレーション代表取締役、心愛の父親の名が出た瞬間、彼女は顔色が悪くなった。
「相変わらず、パパのいい飼い犬みたいね。」
「社長に拾われた身の上だ。当然だろう?」
心愛はため息をつき、彼に詰め寄った。
「アンタね~、それで人生楽しいワケ?言っとくけどあのオッサンは、アンタを利用するだけ利用して、要らなくなったら切り捨てる!そういう人だって知ってるでしょ?」
「一向にかまわんよ。コーポレーションに忠誠を誓っている。」
顔色一つ変えずに言い切る和。それ以上何を言っても無駄だと分かったのか、軽くため息をつき、それ以上何も言わなかった。
(・・・?)
いくら思春期とは言え、実の父を心底軽蔑したような、鬼気迫る熱弁に、花日は少々違和感を覚えた。
淀んだ空気を何とかしようと、沈黙を破ったのは沙羅井だった。
「あ~、お前ら、彼事情あってな。浜名と一緒にいる事多いけど、別にやましい事はねえし、皆も気さくに……。」
「する必要はない!」
沙羅井の言葉を遮り、彼はエイコーの机に足をかけた。
「なぜオレの机に……。( ;∀;)」
「沙羅井殿には伝えたが、オレの役目はあくまで心愛の護衛!オレ自身は影にすぎない。
無駄な接触は不要だ。ただし、諸君らが心愛に危害を加える様であれば、容赦なく切り捨てる。
心されよ!」
更に淀んだ空気。沙羅井は、この流れに持って行った数秒前の自分を恨んだ。
「へっハッハッハッハ」
「空気読めやオラァ!!」
「アラ~!!」
この時、ドナルドの後頭部に明の蹴りがさく裂したことを知る者は少ない。
「おう和、つまんねえだろ。ちと混ざりな。」
「申し上げたハズだ沙羅井殿。オレの目的は心愛の護衛!青春などと言う不確かなモノに浸りに来たわけでは。」
「じゃあ尚更、ここで傍観してるべきか?」
「……?」
「 この距離じゃ、例えば今、浜名に何かあっても、助けにいけねーよ。
浜名の周りにいる奴らの事も知らねーで、 集団の中で起こる色んなことから、浜名を守れると思うか?」
沙羅井の言うことは最もだ。
このクラスと、心愛との距離感がこれでは、いざという時に応対できないだろう。
「……フン」
敢えて突っ張るような態度で、和は木から降りた。
しばらく歩くと、高尾が彼に声をかけた。
「こっちのチーム一人足りないんだよ。助っ人お願いできる?」
「 足を引っ張るなよ。」
天邪鬼ながらも、なんとか輪に溶け込ませることに成功し、安堵のため息を漏らす沙羅井。
その先に待つ波乱の予感を、彼は何とはなしに感じ取っていた。
放課後 カフェ「チャール・フリードリヒ・ガウス」
放課後の沙羅井は、毎日のようにこのカフェに立ち寄り、勤務の疲れを癒やしている。
「いらっしゃいませ、沙羅井さん。」
茶色いショートヘアに整った茶髭を生やした、メガネのマスター。
彼がシェーカーを振る以外の動作をしているシーンを、沙羅井は見たことがない。
「マスター、とりあえずレモネードリキュール頼むよ。」
「アタシも一杯……頼もうかねェ。」
「げ!しまった!」
沙羅井がギョッとして振り返ると、 黒いコートを着、警官帽をかぶった赤髪の女が座っていた。
高校時代の沙羅井の先輩、現相蓮警察署長、藤堂暮奈。
日頃の激務に疲れを溜め込んでは、定期的にここでくだを巻くのがセオリーになっている。
「京……アンタしばらく見ないと思ったら 少しやつれたんじゃないかい?
お姉さんが相手してあげようか❤?」
「い、いや〜オレ、今日帰ってからも仕事が……。」
「んもぅ……つれないねぇ!」
「それより、公安と連絡取れました?」
「 心配いらないよ。その公安の子猫ちゃんから、飲まないかって誘われた。 あんたもここに来るだろうって言っといたからね。頼んでた書類は持ってくるはずだよ。」
「もう……子猫はやめて下さいって、言ってるじゃないですか!」
店のベルが鳴り、黒髪をバッサリ切った スーツの女が入ってきた。藤堂と沙羅井より、少し年下だろうか。
警視庁公安部 特殊状況対策課 狩生翔子だ。
沙羅井がその存在を確認する以前から、人知れず八神の 調査をしていたらしい 何より彼が今日彼女をここに呼び出した理由はもう一つ。
「ドナルドの事だが、 あれ……どっから拾ってきたんだあんたら?」
「久利雨さんも、 詳しいことは教えてくれないんです。
上の方から情報規制がかけられてるらしくて。何しろ彼が初めてですから。 全身の8割に八神濃度がある人間なんて。」
「それはいいが……久利雨さんは なんでうちの学校にあいつをよこしたんだ?」
「先日、和尚様から伺いました。沙羅井先生がご自分の八神を覚醒させたと……。」
「それが……?」
「以前から先生に行ってきた身体検査の結果、先生の中にいる『彼』は 我々が行ってきた数年間の調査の中で最大級の力を持っている。
生物として異質であるドナルド君に、ブレーキをかけることができる唯一の存在なんです。」
「その物言いはまるで……手がつけられなくなったら、あいつを殺してくれと言ってるように聞こえるが?」
狩生は、 一瞬苦々しい顔をした後、しかたなさそうに頷いた。
「 そう取って頂いて構いません。 これもまた国家機密なのですが、戦前の火星の移民たちが日本に移り住んでいる事例が増えてきている。
こちらも護っていただかなければ、この国に甚大な被害を及ぼしかねない。」
「 そうやって一人一人をないがしろにしてたから、和みたいなのが出てきちまうんだろ?」
「……噂のコーポレーションの坊やかい?」
「 なんだありゃ。あの会社のいい犬じゃねえか。 なんでああなるまで放置しといた?」
「残念ながら私らに入ってた情報は、孤児を引き取るってそれだけさ。あんな教育……いや洗脳を施されてるなんてねェ。」
藤堂の言い訳も、今の一生懸命な彼の耳には入らなかったようで、 お勘定と一言マスターに吐き捨て カウンターの上に 1万円札を1枚置いて店を出て行った。
「アンタ、 あれ何とかならないかい?」
取り付く島のない藤堂が、 マスターを見て言うと 代わりに狩生が代弁した
「結局のところ、先生一番の理解者は和尚様なのでしょうね。」