・ 厄介事というのは一気に増えるもので、 無論転校生も何人も一気に起こしてしまったのだから、沙羅井の仕事も数倍だ。
その日の厄介な仕事は、公安からだった。
『沙羅井先生、沙羅井先生、至急、職員室までお越し下さい。』
公安の狩生が寄越す仕事など、ろくなモノではない事は明白だ。
「……なんスカ?」
夏休み近くで通知票が大量に積んであったこともあり、多忙を極めていた沙羅井は、不機嫌な時間帯だった。
「とりあえず、中でお話を……。」
沙羅井に気を使うように、校長が二人を応接室へ案内した。
「マァムちゃん、上手くやってますね。」
「おかげでね、 お母さんはだいぶ心配していたようですけど、 俺の予想に反して仲良くやってますよ。」
「よかった……。」
安堵のため息を一つついて、紅茶の入ったティーカップを仰ぐ狩生。
この態度からして何を言いに来たのか、沙羅井はなんとなく想像がついた。
「マァムの件ですね?」
「……!?え、えぇ……。」
最初は何か世間話でも取り繕うつもりだったのか、一瞬で本題を悟られたことに 焦る様子の狩生。
いい気味だ。まるで押しつけるように校長がうちのクラスに叩き込んできたが、恐らくそれも公安の指示だろう。
この際、嫌みの一つでも言ってやりたかったが、それはまた今度にすることにした。
「マァム、 あれ火星由来って聞いてましたけど……違うでしょ?」
「……どうしてそれを?」
「それをきくならまず教えてください。なぜ今、彼女を急に保護したんです?」
「……。」
沙羅井はため息をつくと、たばこを取り出しライターに火をつける。
「質問を変えましょう。あの娘の身柄ァ狙ってんのァ、誰ですか?」
狩生は一瞬迷ったような顔をして、何食わぬ顔で黒革の手帳を開く。
室生、内容は機密情報だが、沙羅井に漏洩することすら些末に思える危機が迫っていたのだ。
「『マーズ』と呼ばれる、アメリカを拠点にした科学的な危険思想集団……でした。」
「でした……とは?」
「彼らが数年前、活動拠点を東京に移したという情報が、公安に入っています。リーダーのレイモンド桑崎は、この相蓮に潜伏していると……。」
話の流れは読めつつあった。マァムの事情はともかく、顔見知りも特異体質も多い。
火星人、マッドサイエンティストときて、何となく想像がついた。そのイカレタ集団による卑劣な集団の犠牲者なのかもしれない。
「始まりは、海外の某有名大学の科学サークルでした。戦時中より、怪しげな思想を心に根付かせ、世界各国で毒ガスや生物兵器などを販売し、犯罪組織などに売りつけていた集団です。
戦時中、八神が確認され始めたころに、その力を増幅させる危険薬物を売買し始め、闇のシンジゲートに勢力を拡大していきました。」
ところが、彼らは大きくなり過ぎた。
戦後、 あさま山荘事件を火蓋に、日本赤軍が撲滅。
政府はさらに悪賊壊滅の大義名分のもと、 次々と反政府を掲げる組織、団体を逮捕、撲滅。
「MARSによって人体実験をされていた誘拐の被害者たちも、 解放されたのですが、 心理的特徴に影響が残ってしまい、それは遺伝子レベルで……。」
その二世、または三世が、マァム母娘なのだろう。と、沙羅井は解釈した。
ただし、MARSに限っては少々状況が特殊だった。
「アメリカの政府高官が、 戦時中、兵器の取引先のリストに彼らの名を入れていたという疑惑があがっていたんです。 情報によれば、数名『八神使い』がいたと……」
「 つまり、『口封じ』と『隠滅』スか……。」
「もし、 彼らが政府への復讐のカードとして『八神』を 狙っているとしたら……!!」
沙羅井は煙草を蒸し、 口から白い煙を吐いた。
「ま、 動き出しますわな。遅かれ早かれ、この街で。」
その目は、 静かにしたたかに、この街の景色を、そして未来を見つめてるように見えた。
狩生は改めて、沙羅井に頭を下げる。
「九郎君の時には、 失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした!虫がいいのは承知でお願いします。どうかお力を、お貸し願えませんでしょうか!!」
なじられ罵られるのを覚悟の上だった。
こんな恥も外聞もプライドもクソもない話はない。
しかしながら、 八神が相手となると割ける戦力は大幅に限られてしまう。
もはや頼るしかないのだ。
かつてこの街で『伝説の剣士』として名を馳せていた、沙羅井京一郎の手に……。
「手ェ貸すとか、そんな問題じゃないです。
相蓮は俺の街でもあるんですよ? 生まれこそ違えど、 物を習って飯食って育った街だ。
悪党どもが馬鹿やろうとしてるってんなら、黙って見過ごす理由はないですよ……!!」
狩生は、少し驚いたように顔を上げた。
危険の伴う、それも味方によっては汚れ仕事を、目の前にいる男が余りにはっきりと承諾したからだ。
「宜しいんですか・・・・?」
「嫌だといえば、考案だけでそのイカれた連中を相手取ることになる。勝ち目はどの程度ですか?」
狩生は固唾をのみ込むと、改めて手帳を確認。
「規模は現在百人弱ですが、数年に渡り公安がマークしていた強力な八神使いがごまんといます。こちらの戦力を総動員しても……五分五分といったところでしょうか?」
「だからといって政府は、八神の存在そのものを表ざたにしたがらない。となれば五分五分どころか絶対に水際で食い止めるしかない。オレが出るほかないでしょう?」
「……!!ありがとうございます。」
狩生はこの時、 任務達成を確信したと言う。 唯一彼女に手落ちがあったとすれば、 聞かれてはならない2局の回し者に、先ほどの会話を聞かれてしまったことである。