・炎龍の村。
異世界のとある大陸をたったひとつの部族が支配している、珍しい系統の村である。
規模だけ言えばそれは"王国"に近く、数千に渡り他国の侵略を退け、他の戦闘部族の追随を許さない。
炎の龍を崇め、赤い道着や外套を好んで着用していた彼らを、炎龍の申し子と人は呼ぶ。
戦術分野ごとに四つの大隊を形成し、人数、個体戦力ともに特級。
質も量も兼ね備えているが故に、この部族は名実ともに【最強】だった。
そんな部族の末裔は、あるの歴史の転換期において、突如として衰退の時を迎える。
その原因となる大きな事件こそが、沙羅井がこの街で教師として働くきっかけとなるが、その話はまたいずれ。
とにもかくにも勝負は迫っていた。
相蓮町に潜む悪の秘密集団、MARSの裏に潜んでいた、最強の戦力。
火竜の村の西を束ねる、最強の暗殺者、名を飛龍山カイ。
「お前のツラァ見てっとよォ……傷が疼くぜェ……!!オメェがあの時逃げやがったせいで、テメェの血族にィ、つけられた傷がよォ……」
「オレも疼くよ……アンタやあいつに、日々狂ったように殴られ続けた時の傷が……いや、もう癒えたな」
「……なにぃ?」
強きものたちから我が身を守るための、沙羅井の昔からの癖。服の袖をぎゅっと握りしめる癖がなくなっていることに、カイは遅れて気付いた。
「あいつらに勉強教えて、毎日馬鹿馬鹿しく、楽しく過ごしてるうちに、もうどうでもよくなった」
「俺たちを……憎んじゃいねえと?」
「というより、もう何とも思わねぇ。てめーら俺の人生に、何一つとして関係ねえからな」
沙羅井の声を受け止めたカイの躰が、ワナワナと震えだした。
「なるほど……それはそれは……赦し難い!!!」
筋肉が膨張し、纏っていた青色の道着が粉々に弾け飛んだ。尋常ではない量の筋肉。
シルエットはまるで巨人のようだ。
「俺は貴様との決着だけを脅迫観念に、今日まで強くなってきたというのにィァァァァァァ!!!!」
「お前……!!」
ベルトに下げられた付け爪を両手に装着し、炎龍独自の武道の構えをとる。
「我が八神……【雷獣】!!お前と最後に会ってからさらに開花した我が力!貴様なら試すに申し分なし!」
「……やるしか無ェか!!」
気の進まない沙羅井の精神を置いてけぼりに、二人の戦闘は否応なしに開始する。
ガキィン!ガキィン!
2頭の獣しかいない暗い部屋の中で、刃が擦れ合う音が数秒に一度こだまする。
教師になってからも剣術修行は欠かしていない。
相手がもし昔のカイだったなら、そうそう苦戦することもあるまい。
しかしながら、彼の得意分野であるつけ爪を駆使した暗殺武闘は、沙羅井の剣技とは圧倒的に相性が悪い。
技の性質的にはリーチが比較的短く、沙羅井はそれを水流のごとき瞬足の足運びでカバーしていた。
単純な速度では、筋肉隆々のカイは最速の沙羅井に劣るが、沙羅井はその最速を維持できない。
そしてカイも決して遅いわけではなく、沙羅井が立ち合いの時に出す平均的なスピードには余裕でついてくる。
中でも厄介なのは、八神の力だ。
この能力の真髄を、沙羅井はまだ知らない。
属性が雷なのは間違いない。
最初の一撃をかわした直後、後ろの壁に引っ掻き傷と合わさった焦げ目のようなものがついているからである。
もしそうだとして、感電すれば一巻の終わりである。
常に白魔との取引による生命エネルギーの結界を常時貼り続け、必勝の一撃を狙う。
しかし同時に、一回の戦闘で使える生命エネルギーの上限を減らしてしまうことになり、必然的に攻撃力も明らかに減少してしまう。
「くそ……どーすっかな……!!」
「どうにもならんよ!!理解できているのだろう!?今の自分の実力が、この戦闘そぐわぬことに!!」
「理解できたら諦めるなんて、楽な生活してねーよ!てめー相手でも、全部守らなきゃいけねー。だから戦ってんだよ!!」
大人らしい意見に流される自分にはもう飽きた。
自分の半分と少ししか生きていない生徒たちが、命をかけて仲間を救おうとするシーンを見た後で、大人びた諦めの意見など、彼の耳に入れる価値はない。
そんな暇があるなら、戦うべきだ。
言葉で、知識で、その剣で。ありとあらゆる"力"を用いて戦うべきだ。
自分が救い、傷つけた全てや、守るべき生徒達。
自分を救い、支えてくれたこの町のために。
「勇猛果敢!誇り高きこと炎龍の如し!やはりお前は、こちら側の人間だァ!!」
「そいつはありがとよ!真っ平御免被るぜ!」
「そういうと思ったから、とっておきを仕掛けておいたのだ!!」
床に沙羅井が着地したのと同じタイミングで、カイは爪で床をひとかきした。
床に小さな稲妻が走ると同時に、沙羅井は確信した。
今この瞬間がチャンスであると。
今の沙羅井にとっては、1秒が数10分にも感じられるほどの極限状態。
刹那の一つが次の一瞬の命運を決める最中に、この男は何らかのルーティーンに数秒を費やしてしまった。
前傾姿勢は崩さないまま。
今を逃せば二度とこんなチャンスは訪れない。
こいつの頭に斬撃を直撃させ、気絶させる。
こいつがいる限り、MARSの悪行を警察の手で止めることは難しい。
ここで終わらせるのだ。今、全てを……!!
「一閃熾烈・華……!!」
「透雷!!!」
今にも刃が額を穿とうとしたその時。
沙羅井は、膝をついていた。
全身の麻痺、強烈な熱さと痛み。まるで体が言うことを聞かない。
何が起こったのかわからなかった。
比喩でもなんでもなく、雷に打たれたかのような衝撃とダメージ。
たしかなことは、沙羅井が一瞬のチャンスを逃したということくらい。
その倍以上の疑問が、彼の脳内を埋め尽くしていた。
「なん……だ……これ!」
「稲光から雷の音が鳴るまでに時間がかかるだろう。この時間差は、稲光と音を観測した人間と、雷が落ちた場所との距離によって生じる。さっきのルーティンが発動した時点で、もう今の技は仕込まれてあった」
つまり、床を引っ掻くことで込められた、雷そのエネルギーが時間差で沙羅井に到達したのだ。
「くっ……そが……!!」
沙羅井はすぐさまニ撃目を放とうとするが、感電したばかりの体で、到底意思に追いつかない。
「八神の力による電撃を直接流し込んだのだ!並の人間なら、何が起きたかも理解できず消し炭だろうさ!」
もうスタミナは残っていない。
次が来れば到底避けきることはできない。
何かするという以前に、もう意識は落ちかけていた。
ちく、しょう。
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「終わりか……そりゃそうか。俺としたことが、あの京一郎を相手に、何大層な期待をかけてるんだか」
カイは勝利を確信していた。
剣客の持つ気迫、剣気すらも薄弱で、こちらが元気を高めても一ミリも反応を見せず、視覚的にも動いているように見えず、生きているのかすら懐疑的。
よもやこの状態で、反撃などして来ようはずもなかった。
「同胞を消すのは惜しいが……」
月明かりに照らされ、立ち往生する沙羅井めがけて、カイは自慢の爪を突き立てる。
このまま皮膚を、筋線を、内臓を破り風穴を開ければ、この戦いは自分の勝利。
やがて到着する" 本隊"に預ければ、この町は一夜にして陥落することだろう。
味気なさが胸中をよぎるも、そのようなこともあろうと割り切る自分もいた。
何より彼にとって今大切だったのは、過去の悔恨を生産すること。
己の魔手から逃れた、弱きものの駆逐が最優先だった。
「さらば……弱き者よ!!」
バリィン!!
なるはずのない轟音。
起こるはずのないアクシデント。
現れるはずのない見知らぬ青年。
沙羅井の教え子だろうか。
だとしても、彼の携えている剣はどうだ?
切っ先に宿る青い波動は何だ?
これではまるで、八神使いのー。
「一閃熾烈・鷹波ー!!」
回避するすべもなく、生命の源である海の如き斬撃が、
空を切り、カイの野望を断つ音を立てたー。