誰かの体臭に敏感になってもいい事はない。
・阿島事件から三週間が過ぎ、同時に沙羅井転任から一月が過ぎようとしていた。
校内でブレザーを脱ぎたがる生徒も徐々に増えていく今日この頃……。
日向明《ひゅうがあかり》は校門から校舎内の様子をうかがっていた。彼女の人生三度目の転校先だ。
流れるような黒髪、少し濁りながらもまっすぐな白の瞳は、黒を主体にした相蓮中の制服がよく似合う。
「今度の学校では、上手く行くと良いなあ……」
彼女は目を閉じた。開くも閉じるも変わらないのだ。彼女の眼はもう十年も、光の一筋さえとらえていないのだから……。
同時刻、校長は転校生受け入れの一報に頭を抱えていた。
「困ったことになった。あのクラスにはただでさえ、クセの強い生徒が多いというのに……今は、沙羅井先生を信じるしかなさそうですね……。」
校長が頭を悩ませているのも無理はない。テーブルに置かれている書類には、こう書かれていたのだ。
『日向明15歳。
特技:弓道。備考:自称霊能力者』
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梅雨入り近くなり、日に日に蒸し暑くなる中、沙羅井が受け持つ相蓮中学3ー2は相変わらずの騒がしさを保ったままだった。
「さぁ皆の衆!寄った寄ったァ!カレカノ新聞号外、本日も出来上がりだァ!」
騒ぎの渦中にいるこの男、短めの茶色髪、見た目は中3、心は小1、二組最強のムードメーカー(自称)。
その名は、名パパラッチ、エイコー!
とまぁ、小型カメラ『チェキ』を右手にかかげ、意気込むエイコーと、3ー2新聞部(担任未公認)の一団。
教室の後ろの壁には、カレカノ語録ー恋人間で交された名言を掛け軸にした物。二組の非公認伝統工芸品ーが貼り付けられている。
『高尾が一緒なら、私は強くなれるから……。by綾瀬花日』
「わ〜お!綾瀬ったら大胆〜」
「おのれリア充!許すまァじ!」
「ふん!この程度、心愛にだって言えるわよ!」
クラス中から様々な感想が上がる中、花日はカオを真っ赤にし、高尾は机から動かずに苦笑いを浮かべている。
「ちょっと!これ剥がしてよ!どこで聞いてたのよ!」
「ええい水を差すな綾瀬!作者に聞いたんだ!よく聞け諸君!この度、我らが担任沙羅井氏の尽力により、綾瀬カップルの元サヤが成立したァ!喜べ、そして嫉妬しろ!リア充達の幸せをォ!」
うおおおお!綾瀬カップルバンザァァァイ!
今に見てろリア充ゥゥゥゥ!ブーブー!
歓声と罵声の両方を一瞬にして打ち消したのは、いつの間にか教室に来ていた沙羅井だった。
彼は音もなくエイコーの背後に忍びより、必殺『学級日誌チョップ』を(軽ーく)お見舞い。エイコーは頭を押さえた。今どきこのご時世で、PTAが動き出しても不思議は無いほどの乱行だ。
「オレの尽力ってのは根も葉もねぇウワサだ。あんまし騒ぎ立ててくれるなよ。それにさぁ、もう予令なってるよ〜、エイコーくぅん?」
バカにオクターブの高い猫なで声だったが、それが返ってエイコーの恐怖感を煽った。
「さぁ皆の衆選びたまえ。今すぐ席につくか、今日の学級活動を『四字熟語書き取り大会』に変えるか……。」
沙羅井の発言に怯えたクラス各員(『賛成』のカンペを出した委員長を除く)は一斉に着席し、花日は『助かりました』のサインにひょっこり頭を下げる。沙羅井は教壇に立ち、にんまりと笑った。
「ヨロシ。賢明な判断だ。さて、突然ですまないが、嬉しいお知らせが有る。」
お、何だァ!?先生早く言え〜!!男子連中からヤジが上がり、沙羅井はもったいぶる様に口を開いた。
「喜べ諸君!今日からこのクラスに転校生が来るぞ!」
花日が嬉しそうに目を輝かせたのを除き、誰も歓声を上げない。沙羅井は少々げんなりした様だ。
「何よその薄いリアクション。お前ら嬉しく無いワケ?」
「カンベンしろよな、先生。オレら中3だぜ?転校生くらいでいちいち湧いてる様なガキじゃねぇし……。」
花日の前席、相沢が反抗的に言った。
「んだよ、つまんねーな。まぁいいや、入って、日向さん……。」
ガラガラと音を立てて扉が開き、入って来た少女。黒髪ロングの色白肌、どう見ても育ちの良いたたずまい。
まさに『やまとなでしこ』と言うべき風貌だ。
「うおおおお!超絶可愛いいいいい!」二組の野郎どものテンションは一気に四段階アップした。
「何だ、めっちゃ燃えてんじゃんか。」沙羅井が冷静なツッコミを入れ、黒板に彼女の名前を書いた。
同時に彼女も、自分の名を名乗る。
「日向明です。どうぞ宜しくお願いします。」
それだけ!?と二組のほぼ全員が心の中でツッコミを入れ、沙羅井は『困ったな』という様に頭を抱える。
「えー、日向さんの席だが、昨日決めとくの忘れた。」
「おいっ!!」高尾が短くツッコんだ。
「っつー訳で日向さん。悪いが好きなとこ選んで、しばらくの間そこ座ってくれ。」
明は黙ってうなずき、クラス中を見回すと、とある席の前で立ち止まる。
そこは、花日の親友の一人にして二組最強の清純派美少女(作者主観)、蒼井結衣の席だった。
明は何の前ぶれもなく、目を閉じ結衣に鼻を近づける。まるでニオイを嗅ぐ様な仕草だ。
「え?……なあに?」
「あなた、多分このクラスで一番いいニオイですね。」
「へ?」
「先生、私この席がいいです。」
戸惑う様に沙羅井のカオを見る結衣。彼は『面倒みてやれ』とでも言う様に、結衣に苦笑いを返した。