·突然の日向明転校、そしてそこからの一日、結衣は幾度となく彼女との友好化を図ったが、当の明は休み時間でさえ、孤独を愛すると宣伝するかのように読書に熱中。
かと思うと、結衣が目を離したスキに例の『ニオイを嗅ぐ様な仕草』を始める。
我ながらコミュ力は高い方だと思っていた結衣も、さすがに今回は手こずっていた。
結果、その日は全く成果のないまま放課後になり、結衣が向かったのは沙羅井ルーム(本当は保健室)だった。
花日から恋愛相談の評判を聞いてはいたが、悪い言い方をすれば沙羅井のせいでこうなったのだ。愚痴の一言もこぼして帰りたかった。
「失礼します……。」
保健室では、沙羅井が一人で紅茶をすすっていた。
「おう。どうした?『二組のお母さん』よ……。」
余裕ぶっこきの沙羅井に、結衣はぷくーっと頬をふくらませる。沙羅井は少し焦った様だ。
「おいおいどうした。まるでお歳暮に梅干し送りつけられたみたいに……。」
「梅干しより酸っぱいもの押し付けたじゃないですか……。」
出来るだけうまい事を言ったつもりの結衣。それでも沙羅井の何とも言えない罪悪感は和らがない。
「日向の事かい?ありゃあ悪かったな。まさかああ言う奇行に走るたあな……。」
「別に良いんですけど、一言も喋らないのって結構気まずいんですよね〜……。」
沙羅井は机の後ろの食器棚をいじりながら聞いた。
「んで、紅茶、麦茶、緑茶、コーヒー。どれが良い?」
「え?」
「校長先生に言われてんだよ。相談に来た生徒には飲みモン振舞ってもいいって。」
「じゃあ、コーヒーで……。」まだ少しムスッとして答える結衣。
「お、大人だな。んじゃあ、特別に良いの淹れてやるよ。」
「うっわ先生それ無糖!?」
「ハハハ……何だお前イケねえクチか?」
「いやいや無理ですよ~、私そんなアダルトに見えます?」
苦そうな顔だが、とりあえず機嫌は直った様で、安堵する沙羅井。
「先に言っとくけど、アイツ目見えねえんだ。」
「へ!?いやいや噓でしょ!あんなに難なく本読んでたじゃないですか。」
「ありゃ『点字本』さ。そしてアイツがまともに動かせるのは『嗅覚』と、それから……。」
ガラガラッ!
沙羅井の言葉は、突然開いた保健室の扉の音にかき消された。
入って来たのは桧山だった。なぜか養護教諭の白鳥に、首根っこをつかまれている。
「このボウヤが盗み聞きしてましたよ沙羅井先生。防音設備くらいちゃんとされたらいかがですか?」
白鳥のイヤミたっぷりな忠告を、沙羅井は笑って聞き入れている。
盗み聞き呼ばわりされ、とっさに叫ぶ桧山。
「違います!オレはただ、蒼井が心配で……。」
「何であなたが心配するのよ、まさかここが何の部屋か知らなかったなんて言うんじゃないでしょうね。」
「あ~白鳥先生。彼は私のクラスの者でね。あとのことはお任せを。」
白鳥はどこか不満げなカオだったが、おとなしく退室した。
室内の沈黙を破った、桧山の責めるような問いかけだった。
「なあ蒼井、なんでこっち来たの?」
「何でって、友達のことで先生に相談が……。」
「へー、そんなに沙羅井を頼るんだ。彼氏の俺より?」
「おい待て桧山。お前何怒って……。」
「怒ってねェよ!先生、蒼井になんかしたら許さねぇからな!」
バタン!と乱暴に扉が閉まり、沙羅井は『立て付け悪くなんねえといいが……。』と苦笑いを浮かべる。
「典型的なやきもちだな……。」
「ごめんなさい先生、私のせいで……。」
「なんでお前が謝るんだ?不用意にココへ呼んじまったオレのミスさ。悪かった、桧山にはオレが上手く言っとくよ。ところで日向の件だが、オレに一つ考えがある。」
「考え……?」
沙羅井に耳打ちされた作戦を聞き、結衣は生まれて初めて耳を疑った。