5章 コンタクト
「軍の…MS?」
ダイチが呟いた。
爆発の炎で雨に濡れる装甲を照らされた政府軍量産型MS『ジェノン』が3機、カメラを緑に光らせて燃える倉庫を見ていた。工場は爆発と同時に火の手が上がりだした。紅く炎が揺らめき、倉庫を飲み込もうとしている。
ソラが今にも気を失いそうなか細い声で呟いた。
「こ…工場が…そんな…」
「…ッ!しっかりしろ!」
ダイチはソラの肩を揺らし叫んだ。我に返ったソラを抱きながら部屋を出たダイチ、フーリに助けを求めようとしたその時だった。突然男がドアを蹴破り外に出ていった。外にはMSが居る、危険だ。一歩間違えれば巻き込まれかねない。
「おい!待つんだ!」
フーリの声も虚しく燃える工場へと駆けて行った。立ち尽くす彼の視線の先には無残な工場の姿があった。唇を強く噛んだ。
「…おじさん、ソラを頼みます。」
そう言うとダイチはバケツに溜まっていた雨水をかぶった。
「何をする気だ!」
「あの男を止めてくる。それにあのMSにはヤバイもんが積まれてんだろ!…止めなきゃ大惨事になる。」
フーリの静止を振り切り雨の中を走り出す。ぬかるむ地面を蹴って行く。
「ダイチッ!」
ソラの声、止めかけた足を動かしながら言った。
「なんとかなるさ!必ず帰る!」
いざ工場に入るとそこらじゅうが燃えていた。修理器具は炎に包まれ、機械はスパークしている。彼方此方に火が回り、地獄絵図と化していた。ダイチが進んでいくと例のMSが横たわっている。そのコックピット前に男はいた。
「おいおっさん!1人とっとと逃げ出すのか!」
「ッッ!何をしている!此処は危険だ、早く逃げろ!」
「何が逃げろだ!ここまでめちゃくちゃにしておきながらお前は逃げるのか!」
ダイチは炎の中、男と対峙する。燃え盛る炎と穴が空いた屋根から零れる雨水が入り混じる。それでも消えない炎がダイチ達を囲み出す。
「…誰が逃げると言った。」
そう吐き捨てると男は背後のMSへ歩み寄る。コツコツと靴を鳴らしただ歩いている。
その時だった────
「おっさん!上ッ!」
ダイチの目の前でそれは轟音を立て落ちた。鉄骨だ。天井のクレーンに吊り下げられていた鉄骨が男の上に落ちたのだ。尻もちをつき放心しているダイチ。我に返り男の安否を確かめる。
「お、おいおっさ…ッ!」
男は倒れていた。いや、倒れていただけならよかった。その鉄骨は、男の片脚を飲み込んでいた。地面と鉄骨の間から血が流れてくる。苦痛に歪む男の顔には汗が滲んでいた。
「おっさん!……ひ、酷でぇ、脚が完全に巻き込まれてる…」
ダイチは目の前で起きた惨状に狼狽えていた。周りから迫り来る炎がダイチの動揺を強く促した。炎が燃え盛る中、突然男は懐からナイフを取り出した。
「な、なんだよそれ…持ってたのか…?」
「あぁ…護身用だ。そいつで脚を…ッ!切れ…!…骨は砕けている。後はッ……肉と皮だけだ…。」
苦痛に呻きながらナイフを渡す男。ダイチは恐る恐る受け取った。ギラリと光る刃は紅く炎の光を反射し、狂気を感じるほどより恐ろしいものに見えた。包丁とは違う、少なくとも人を殺すのに特化しているような刃渡りがそうさせる。
握る手は不自然に力み、汗ばむ。躊躇する余裕もない。現に炎は2人を飲み込まんと渦巻いている。これ以上は男も持たない。────やるしかない。
「や…やるぞ、いいか?」
男は頷き、目を閉じる。血が滲む脚にナイフを当て、力を込める。
燃える工場に響き渡る慟哭。男の低いそれは、怨み・呪い・妬む悪魔の叫びのようだった。
「ハァ…ハァ…我ながら情けない声だ…ハハ…」
「笑ってる場合じゃないだろ…。よし、止血できた。ここから出よ…う…」
辺りを見回したダイチは言葉を失った。既に火は出口を塞いでいた。ダイチ達を囲む炎からの脱出は現状不可能に近かった。もう、戻れない。
「ちくしょう、ここで俺は死ぬのか…。」
拳を握りしめる。ソラに言った言葉が蘇る。軽々しく言わなければよかった…と後悔した。
「…まだ手はある。俺をコックピットに乗せろ。」
男が指をさすその先には件のMSがあった。倒れた物が掛かっているのみで幸い大きな損傷は無いように見えた。言葉通りダイチは男の肩を支えながらMSへと向かった。
コックピットハッチを開けると前後に席がある複座式だった。男は後方席に、ダイチは前方席に座った。中は意外と広い。操縦レバーもシンプルで、少しだけの知識を持つダイチにでも操縦が容易なように見える。
「おっさん、コイツ動くのか?」
「いつでも起動できる。いけるか?」
「やるしかないだろうよ。覚悟は出来てる。」
「フッ、頼もしい返事だ。これがコイツの端末兼起動キーだ。」
渡されたそれは市販されている液晶携帯端末とも見てとれるものだった。しかし特異な形をしていて、上部分にアダプタらしきものがある。見たこともない端末だった。
「そういやおっさん、名前は?」
「……ルイグレ。そう呼んでくれ。」
「あいよルイグレさん。ちょっと荒いかも知んないけど文句言うなよ?」
そう言うとルイグレはまた笑った。
ダイチはアダプタをモニター脇にある接続口に端末を差し込んだ。中央と左右のモニターが明るくなる。モニターに起動シークエンス開始とともに単語が浮かび上がる。
────────A.M.A.T.U.system────────
まるで深い海の底のような青い文字。思わずダイチが呟いた。
「アマツ……システム……。」
そして浮かび上がる機体名『アマツ』。
システムと同じ名のそれは炎の中、起動音を響かせながら起き上がろうとする。
ツインアイが力強く発行する。
目覚める力が体に流れ込むような感覚と共にその時ダイチは少女の様な声を聞いた気がした
《────コワイ…イヤダ…────》
6章 この怒りは誰の
「何故です…何故撃ったんですか隊長!民間人を巻き込むつもりですか!」
燃え盛る炎を見て、ジェノンIを駆る3番機パイロット─ヴィラ・ルーが涙声で訴える。
「"何故"だと?決まっているじゃないか!反乱分子の排除だよ!反乱分子と反乱分子に加担したゴミ共の始末を任されているのではなかったのかね?えぇ?ルー曹長ゥ?」
軍の最新型のジェノンⅡを駆る隊長─ムル中佐は下衆な笑いを浮かべる。
「我々の任務は工場の包囲、反乱分子の調査、発見次第逮捕…決して武力の行使ではなかったはずです!」
ヴィラは更に怒りを込め反論する。民間人の殺傷は間違ってもあってはならないと説く。しかし彼女の言葉は一蹴された。
「この田舎者が!私は将軍直々の指令を持ってきたのだ。全権は私にある。旧式運用の片田舎の隊長風情がこの私に逆らうな!」
「この戦闘狂め…ッ!」
ヴィラはムルを睨みつける。フンと鼻を鳴らし、ムルは2番機の部下に捜索を命じた。
ハッ!と返事しジェノンⅡ2番機は倉庫へと脚を踏み入れた。
メキメキメキメキバキィ!
破壊音を鳴らしながら突如屋根から"腕"が突き抜けてきた。飛び出した腕はジェノンの腕を掴み、引き込んだ。瞬間、引き込まれた腕が肘関節を境に引きちぎれた。
「なぁあああぁ!!??」
不意をつかれ奇声を上げるパイロット。重い音を立てて倒れるジェノン。右腕がない状態で
現れる鋼色のMS『アマツ』。倒れたジェノンⅡをかき分け、立ち上がろうとしている。ムルに向けられたツインカメラは睨むように鋭く光る。炎の赤く不気味な反射光も相まって実戦不足のムルの恐怖心を煽るのには十分すぎた。
「ヒィ!?で、出た!」
ムルは動揺した。直前まで熱源センサーには反応が無く、自らの一撃で破壊したと思い込んでいた所に突然現れた敵MS。ムルはそれに怯えていた。慌てて持っていたハンドガンを現れたアマツに向けるものの、反応が遅かった。
「こぉんのやろおおおおッッ!」
ダイチの怒りを込めた一撃がムルのジェノンⅡに直撃する。
拳はジェノンのメインカメラを的確に捉え、カメラを大破させた。ぐにゃりとフレームが曲がり、ゴーグルは粉砕され火花が飛び散った。パンチの衝撃でムルのジェノンは崩れ落ちるように倒れた。
ヴィラは自分の目を疑った。並のMSがただの"パンチ"1発でメインカメラをここまで大破させるという前代未聞の恐ろしいパワーを放ったのを目の前で見たのだ。ジェノン戦後治安維持の目的で作られたとはいえ新型のジェノンⅡがあそこまでのダメージを負うのを彼女は見たことがなかった。
「なんてMSなの…いつの間にあんなものを…?」
ヴィラが信じられないと呟いた。
様子を見に来たソラたちは呆然とした。運び込まれたMSが暴れ回ってるのだ。フーリは誰が操縦しているのかはおおよそ見当がついていた。
「アイツめ…ここまで暴れやがって、必ず弁償させ…」
────瞬間、ソラの脳裏にとある文字が浮かんできた。
DA───DAI──CH───DAICHE────
頭を抑えよろける。そしてアマツを指差し叫んだ。
「違う!あれに乗ってるのダイチだよ!」
「無茶をするなダイチ!まだ機体は完全じゃない!」
ルイグレが叫んだ。しかし興奮しているダイチには届かない。汗が流れ、息が荒くなる。
今のダイチは"誰か"の怒りに身を任せている状態だった。今の彼には、目の前の敵しか映っていない。目は獲物を狙う獣の目のように。
「ダイチが…怒ってる…?」
ソラが呟く。彼女らが外に出ているとは知らないダイチはレバーを操作し前進。ムルのジェノンⅡにゆっくりと近づいて行った。
「大佐!」
倒れていた2番機が動き出しダイチに向けて発砲し出した。銃口が何度も吠え、放たれた銃弾は全て命中する。
が、アマツの装甲は火花を散らし全ての弾丸を退けた。命中した場所から煙の帯を纏いながら顔を2番機に向ける。
《ワタシヲ傷付ケル……悪イヒト…消エチャエ!》
ダイチは脳に流れてくる声の言うままに操縦レバー脇のスイッチカバーを開いた。そしてなんの躊躇もなく押し込んだ。
連続で光る銃口、瞬く間に発射される50mmバルカン砲から放たれる無数の光の玉がジェノンⅡを襲う。
それは無残にも四肢をもぎ取り、胴を貫く。突き刺さる弾丸はいとも簡単に目の前のジェノンⅡを砕いていった。やがてまともに補給を受けていない状態のバルカン砲の弾薬は直ぐに尽きた。しかしその弾丸の量はジェノンⅡを行動不能にするには充分だった。いや、"充分すぎた"のだ。
「なんてことを…」
ヴィラは恐怖していた。目の前で起こる惨状を、暴力的な強さを目の当たりして正気を保っているのがやっとの状態だった。
アマツはヴィラのジェノンⅠに向いた。次は自分の番だといやがおうでも感じた。
────ここは生き残るのが先決だ。
そう考えるとヴィラは持っている武器を捨てコックピットハッチを開ける。そして両腕を上げ投降を示した。その時だった。
アマツのツインアイの輝きが消え、停止した。
ジェノンⅠが投降すると同時に糸が切れたかのようにダイチの意識が途絶えた。
ダイチは、動かない。ルイグレが必死に呼びかける。
「おい、しっかりしろ!起きろ、ダイチ────」
一夜明け、目覚めたダイチが見たのは見知らぬ天井
聞こえるのは君の声、そして謎の男ルイグレ
生き残った実感がわかないダイチに言い渡された言葉とは
次回『初陣』
囚われのキーマンを救え