第一層のボス攻略会議はかなり遠くから眺めていただけだった。ゼルドアのレベルが知られたら面倒なことになる。それにゼルはボス戦にはいかないようだった。
次の日に第一層は攻略された。犠牲者は1人だったそうだ。
「なぁゼル、今日は何するんだ?」
隣に座る女性に話しかけるが応答がない。下を向いて何か考えているようだった。その横顔からして、多分ボス戦時の犠牲者のことだろう。しばらくは黙っていようと思った矢先、ゼルは言葉を発した。
「行くか」
「どこへ?もっと具体的に言ってっていつも言ってるじゃん」
「情報屋のとこだよ」
情報屋といえば有名な「鼠のアルゴ」のことだろうか。お手製の攻略本を無料配布してくれるすごい人だ。実際には見たことないが、顔は可愛らしくほっぺたにネズミのひげのような3本の線を引いてあるのが特徴の女性プレイヤーだそうだ。売れる情報はなんでも売るがモットーらしく、自分の情報ですらコルさえいただければ売ってしまうという。とってもいいお値段がするらしいが、だ。
裏路地に入り何度か曲がって、ようやくついたと思ったらそこにいたのは1人の男だった。
「戦うべきは?」
その男は俺たちに向かって言った。どんな意味があるのかわからない。だけどゼルはこう返した。
「自分自身」
それからしばらくの沈黙が続き、情報屋らしき男があごに生えた無精ひげを触りながら笑った。
「久しぶりだなぁゼルドア!」
さっきのは合言葉か何かだったのだろう急に緊張状態が解けた。
「あぁ、久しぶり、ドロップ。死んでなくて何よりだ。早速で悪いが鼠の場所を教えてくれないか?」
「ん?あぁ、アルゴちゃんか。うーむ今日はどこにいるだろうな〜」
のんきに伸びをしてからドロップと呼ばれた男はウィンドウを開き、一つのメモを取り出した。
「ほい、これが予想地点だ。今日は全部で38箇所。そのどこかにいる。時間とそいつの諸事情から、外れることもあるがな。」
「ありがと。じゃこれ」
今度はゼルがウィンドウを開きコルをドロップに送った。額は見えなかったが結構あったのだろう。
「ところでゼル、彼は誰だい?」
「こいつはたこ、リアルでも知り合いのやつだ」
「ちょっと待て、たこじゃない。コータだ!」
「コータくんか。俺はドロップ。情報屋をやってる者だ。情報と言ってもプレイヤーの場所だな」
「プレイヤーの場所って、そんなのわかるんですか?」
「なんとなくだ。NPCやモンスターとはわけが違う。勘だ。コータくんも誰かの位置が知りたくなったら頼ってみな。4割で当ててやるよ。じゃぁな、俺はもう行く」
ちゃっかり宣伝をして、情報屋ドロップは住宅街の屋根へと姿を消した。
「行くぞ〜」
ゼルの声に振り返り後を追った。多分、さっき買った場所の情報を頼りにアルゴを探すのだろう。38箇所とか言ってた気がするが全て回るつもりなのだろうか。聞いてみる。
「今から全部回るのか?」
前を歩くゼルは振り向かずに返事をする。
「いや、1箇所で待ち伏せする」
「本当に来るのか?」
「さっきあいつは4割当たると言ったがそれはちょっと間違ってる。来る場所が分かっていても来る時間は分からない。だから4割って言ったんだ。つまり、1箇所でずっといればいつかは通るんだよ」
なるほど、どういう理屈か。でもそうだとしたら、どうやって位置を調べるのだろうか。この疑問には触れてはいけない気がしたので今はそっとしておこう。
ゼルが待ち伏せに選んだ場所は第二階層のレストラン街だった。理由は、お腹が空いたからだそうだ。少し早めの夕食を食べて屋根の上に座って待っていると、屋根の上をぴょんぴょんと迷いなく走って行く影が見えた。俺たちはその影を追って走って行ったがさすが鼠と言わんばかりの速さでどんどん距離を離される。
数分間追いかけ続けると人影は徐々に速度を落としていった。そして俺たちが追いつくと被っていたフードをとり、中から噂通りの可愛らしい顔が現れた。
「まったく…敵襲かと思ったヨ。こんな夜中にどうしたんだい?」
「欲しい情報がある」
「へぇ、なんのだい?」
「ボス戦で死んだプレイヤーについてだ」
鼠のアルゴは黙った。その理由は俺には分からなかったが、きっと売れない情報なのだろう。
「500コルだヨ」
俺の予想は外れた。ゼルは手際よくウィンドウを開いて支払いを済ました。それと同様に情報屋は、ウィンドウを開いてアイテムを具現化させた。
「毎度あり、そんじゃ、オネーサンはもう行くヨ。これからもごひいきに〜」
鼠は夜の闇へと姿を消した。
アルゴから買った情報にはボス戦で戦死した1人のプレイヤーについての情報がびっしりと載っていた。名前、性別、性格、特徴、言葉遣い、装備武器、防具、生存状況まで、ありとあらゆることが載っていた。
ゼルはそれを読み泣いていた。この人は第一層攻略会議で前に立っていた人だ。青い髪が特徴の気持ち的にはナイトをやってる人。こんな序盤で退場してはいけない人だ。
俺にはゼルがなぜ泣いているのか分からなかった。
ただただ時間だけが過ぎていった。
次の日、俺はゼルドアにそれとなく聞いてみた。なぜ泣いていたのかを。ゼルは遠くを見るように顔を上げ呟いた。
「誰だって、死んでしまうのは悲しいよ。それが全く知らない人でもな。」
ゲームをクリアすることができるのか、俺にはまだ分からない。でも、ラスボスを倒した英雄になれなくとも、できることはあると信じていた。
俺たちの攻略は続く。生きている命のために。