ナル子・ダークサイド   作:芋一郎

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3話

蝉の大合唱が森林の静寂に上塗りされて鳴り響いている。

いま、ナルコがいる場所はうちは一族の私有地である森の中だった。故に当然、その隣にはサスケもいる。

 

二人は夏の日差しを避ける為、枝葉の影に入って、木の幹を背もたれにして並んで座っていた。サスケは両足を放り出して、ナルコは体育座りで縮こまって。対照的な姿である。

 

「見ろよ。兄さんはあそこから手裏剣を投げて、あの大岩の後ろにある的に的中させたんだ」

「…………」

「同時に投げた手裏剣を互いにぶつけ合わせることで曲げるんだけど、あのくらい正確にやれるのは兄さんくらいだろうな…」

「…………」

「オレも毎日手裏剣の修行をつけてくれるよう頼んでるんだけどな……兄さんはあの歳で部隊長だから忙しくて…」

 

もう一時間ほど、ナルコはこうやってサスケの兄自慢を聞かされていた。

初めの頃は兄弟とはこんなに仲の良いものなのかと感心したものだったが、夏の暑さもあり、ナルコは早々に話の内容に関心を寄せることを放棄した。

 

日は既に中天へと差し掛かっている。

朝の内から始められた二人の密会は、すでに四時間を超過していた。

とはいえ、別段二人揃って仲良く森林浴に来ている訳ではない。そもそもこの会合は夏休み直前のアカデミーで、サスケがナルコに提案したある取引の元に成り立っていた。

 

『赤チャクラってやつを教えてくれ。そうすれば、オレは今後一切お前と関わりを持たない』

 

ナルコにとっては恐るべきことに、サスケがナルコの家を訪ねた翌日から始まり一週間。夏休みが始まる直前まで、サスケはナルコに付きっ切りだった。

当然、朝は家の前まで迎えに来て、男女合同の授業では近寄って話しかけてくるし、放課後は家まで付いてくる。そしてその話題の全ては『オレに赤チャクラを教えてくれ』だった。

 

もちろん人付き合いを嫌うナルコがそれを良しとするはずはなく、サスケが視界に入る度に自宅の窓から飛び降り、授業をサボり、全力で逃げる訳だが、どうもそれはそれで目立ってしまうらしい。

実際問題、現在くノ一クラスでナルコの評価は地を這っている。

 

ならば手っ取り早く赤チャクラのことを教えてやった方が、場所や時間を選ぶことで人目も最小限となるし、結果的に接触も少なくて済むだろう……こういうことだった。

 

そして夏休み初日の今日、ナルコは眠たい目を擦りながら早起きをして、指定された場所ーーうちはの所有する森林でサスケと落ち合ったのだが……やはりと言うべきか。サスケには赤チャクラがなかった。

 

ーーやはり赤チャクラは自分だけの力だったのだ

 

そんな経緯で開始三時間ほどでナルコが帰ろうとしたところ、案の定落ち込んだサスケに捕まり、愚痴られ、己が強さを欲する理由ーーつまりはサスケの兄について語られ、そうやって一頻り話をされて……今こうなっているのであった。

 

「ーーでさぁ」

「もう話しかけんな。あと、帰るから」

 

ナルコは意を決してサスケの話を遮った。

酷く不器用だが、これでも普段と比べれば柔らかく言った方だった。

ナルコはサスケと目を合わさないまま、立ち上がって早足で木陰から出て行く。

 

「おい待て。まだオレの要件は終わってない」

「……三時間もかけて分かっただろ。おまえ赤チャクラないから無理だし帰る」

「待てって。赤チャクラは手段であって、そもそもオレの目的は強くなる事だ」

「……?」

「もう一度、忍び組手をするぞ」

 

ーー約束が違う

振り返りながら、ナルコはそう思った。

 

「この前の試験でお前とやったとき、一瞬だけ周囲がスローモーションになって見えた……赤チャクラが無理なら、せめてあの感覚だけでも掴みたい」

「帰る」

 

素気無くするナルコに、サスケが表情を厳しくして言った。

 

「今日は帰さない」

 

ナルコとサスケの熱い視線が交差する。

 

「すぐに済むさ。お前がオレの言うことに大人しく従って、スムーズに事が運べばな……ほんの二、三十分でいい」

「嫌だ。帰る」

「帰さないと言ったはずだ。そんな調子じゃ、場合によっては夜まで付き合ってもらうぜ」

「そんなに…体力持たない」

「だったら素直に付き合いな」

「でも」

「お前、何かと溜め込んでそうな性格だからな。この際、思いっきりやってすっきりしたらどうだ」

「……ふぅ。わかった、すぐに済ませてやる」

「言ってろ。お前が(痛みに)あえぐことになるぜ」

 

そう言うと、サスケはおもむろに自身の上着を脱ぎ捨てた。

母のミコトが日焼け対策にと羽織らせた薄手のものだったが、これから激しく動くにあたって邪魔になるとサスケは考えたのだ。

 

「ナルコ、お前も脱げよ…」

 

確かにこの猛暑……このままでは暑いだろう。

ナルコはひとつ頷くと、自身の一張羅であるオレンジの上着のチャックに指をかけてーー

 

ーーガサッ

 

「「!?」」

 

突然のことである。

サスケの背後にあった茂みの中から、人間の上半身が垂直に飛び出してきた。

 

ーー見られた!

 

ナルコは驚き、一瞬で冷や汗だらけになる。

 

ーー二人で訓練しているところを見られた。サスケが酷い目に合うかもしれない。

 

知らず、ナルコの目尻に涙が溜まっていく。

 

「兄さん! 今日は任務なんじゃ…」

「……兄さん?」

 

オウム返しにしたナルコ。そのまま現れた人影へと目をやると、なるほど。確かにそこにはサスケとよく似た、一回り年上の少年がいた。

 

ーー兄弟なら、サスケも大丈夫かもしれない

 

ナルコがそんな期待を抱く中、現在少年少女の視線を一身に受けているイタチは、自身の弟に目をやって、涙目のナルコを見て、もう一度サスケへと戻し……ようやくその口を開いた。

 

「サスケ…」

「兄さん、どうしたの?」

 

「……そういうのは、大きくなってからだ」

 

忍び組手が?

二人の頭上に疑問符が浮かぶ。

 

「それも…無理やりしてはいけない。脅すような真似をしてすべきでもない…」

 

諭すようにして言うイタチに、サスケはキョトンとして返す。

 

「いや、でも。アカデミーでは全員やってるし…」

「ーー全員…だと…」

 

イタチが目を剥いて驚いている。

そんな動揺した兄の姿を見て、サスケは何かを察したように目を伏せた。

 

「……そうだよね。兄さんは、アカデミーを七歳で卒業したんだから知らなくて当然か…」

「そんな…サスケ、それは本気で言っているのか…アカデミーでそんな事を…」

「? 当たり前だろ。ちゃんと先生から教えて貰ったぜ」

 

嘘だろう、と呟くイタチ。

 

「ほ、本当にしているのか…」

「ああ、してるさ。普段は男女別でするけど」

「男女別!? そ、それはどういう意味だ…!」

「え? そりゃあ、男なら男同士でって事だけど…」

 

遂にイタチは限界を迎えた。

足元がふらついで、空を泳いでいるような心地だった。

 

「クッ…父さんと母さんの所へいくぞ! お前たちも来い!」

「え? に、兄さん!?」

「わたしは帰るから離せ!」

 

イタチは二人を引き連れて、自宅へと向かって行った。

 

 

 

「ぐっ、ふふっ、ふふふ…」

「ちょっと、笑わないでよ。イタチが……ふふっ、か、可哀想じゃない…」

「いや、すまん。くくっ、しかしあのイタチがこんな勘違いをするとは…くくっ…」

 

イタチとサスケの自宅である。

その居間で、家族四人とナルコはテーブルを囲んで座っていた。

父のフガクが窓側に鎮座し、その対面にサスケとナルコ。テーブルの両端にはそれぞれイタチと母ミコトが腰を下ろしている。

 

「くっ…すまなかったな…サスケ…」

「いいけど。兄さん、忍び組手と何を勘違いしたんだ?」

 

サスケのピュアな質問に、また両親が噴き出した。

 

「そう何度も聞いてやるなサスケ。イタチもお年頃ということだ…」

「もう、やめなさいって…」

 

なおも冗談を言うフガクが、ミコトによって窘められる。

 

「いや。実の所、少し安心したんだ。こいつも人の子だったのだなと、そう思ってな…」

 

そうやってどこか遠い目をするフガクに、サスケは少し拗ねたようにして言った。

 

「何言ってるんだよ。父さんはいつも、兄さんに流石オレの子だって言ってるじゃないか……最近はあまり聞かなくなったけどさ…」

「くくっ、確かにそうだったな……イタチ」

 

フガクが悪戯っぽく笑う。

 

「さすがはオレの子だ。そっち方面もな」

「と、父さん…」

「もう! やめなさい!」

 

ミコトの執り成しによりその場は一段落ついた。イタチはまだ少し恥ずかしそうにしていたが、すぐに冷静さを取り戻し、自室へと戻って行った。

 

そして今。サスケの両親の視線は、一人居心地の悪そうにしている少女へと向けられている。

 

「うずまきナルコ…と言ったね…」

「…………」

 

ナルコは答えない。常に俯きがちで、周囲を落ち着きなく見回している。

 

返事のないナルコに、フガクが再び口を開いた。

 

「アカデミーで息子が世話になっているようだ」

「…………」

 

ナルコは答えない。

 

「ふむ」

 

ひと時の静寂。

 

「単刀直入に言う。これ以上息子とは関わらないでくれ」

「あなた!」

 

夫がした残酷な要求を、ミコトが咎める。

 

「こういうのは早い方がいい。ナルコさん。赤チャクラだったか……確かに君の中には特別な力がある。特別で、とても危険な力だ」

 

ナルコが顔を上げ、初めてフガクと目を合わせる。

 

「……何か知ってるのか」

「よく知っている。君の中に眠る『九尾』のことは」

「……九尾」

 

ナルコの頭に、あの檻の中に閉じ込められた巨大な獣の姿が思い浮かんだ。

 

「とにかく、その力を御せない限り、君の近くにいることは息子にとって害でしかない」

「言い方ってものがあるでしょう!」

 

我慢ならないとばかりにミコトが立ち上がり、睨みつける。それに対してフガクは己の妻をただ見据えるだけだった。

 

「ではお前が言うか」

「!」

「友人の娘に。私の息子に近付かないでくれと……言えるか」

「〜〜!」

 

「わたしはいいけど」

 

そのときだった。

ふと、ナルコの声がした。

 

「そもそも近付いて来たのはお前らの息子だから。話しかけるなって言ってるのに」

 

それは何の悲しみも感じられない、落ち着いた声音だった。

 

「組手も、別に付き合うつもりなかったし。約束通りなら、コイツに赤チャクラないって分かった時点で……取引で、コイツはわたしに話しかけたら駄目だったのに」

「ちょ、ちょっと待って」

 

ミコトが慌てて、ナルコの話に割って入る。

 

「ナルコちゃん、その約束って…?」

「…………」

 

言うべきか、少しの間逡巡するナルコ。

 

「……赤チャクラ教えたら、もう関わらないって約束。コイツから言ってきたのに破った」

 

ナルコが隣に座るサスケを指差す。

 

「お、おいナルコ…」

「サスケ!! あんた何でそんな約束したの! アカデミーでナルコちゃんのこと虐めてるんじゃないでしょうね!」

「い、虐めてるワケないだろ! こいつオレより強いし…!」

 

怒りを露わにする母に弁明を続けるサスケ。

 

「ナルコは普段から友達とか嫌がってるんだよ。話さないし、誰とも関わろうとしないし……一人が好きなんだなって思って…それで…」

「だからってあんた…」

 

再び、ナルコへと目を向けるミコト。

ナルコは相変わらずーー級友の親から「息子と関わるな」と言われたにも関わらず、冷静な様子だった。

 

「……コイツの言ってることは合ってる」

「!!」

「わたしは誰とも話したくない。関わりたくない。お前らとこうしてるのも嫌だ」

「ナ、ナルコちゃん…?」

 

「わたしに関わったら、お前らも酷い目に合うぞ」

 

ミコトがその時覗き込んだナルコの目は、決して六歳の少女がしていいものではなかった。

諦めと、達観と、絶望。それらが複雑に絡み合って、彼女の青い瞳を闇一色に染め上げている。まるで、暗い井戸の中を覗き込んでいるようだった。

 

「ナルコちゃん…」

 

いつの間にか、ミコトの頬には涙が伝っていた。

 

「賢い子だ。話が早くて助かる」

 

フガクは微動だにせずにそう言った。

夫婦だけが残る居間にはもう、ミコトの静かな嗚咽が響くだけだった。

 

 

 

「ナルコ!」

 

夕焼けの中、一人うちはの敷地から出て行くナルコにサスケの声が掛かった。

 

「…………」

 

ナルコの歩みが止まる。

 

「お前、明日もまたウチの森来いよ! 組手するから!」

 

ナルコは振り向かずに聞いている。

 

「来なかったらあのこと言い触らすからな!」

「どうぞ」

 

即答だった。

ナルコはもう、それ以上何の反応もしないで歩みを再開した。

 

サスケの一家は、ナルコが初めて身近で目の当たりにした家族だった。

自分も含めて五人でテーブルを囲み、イタチの勘違いについて笑い合う。あのひと時は、まるでナルコ自身もその一員になったかのようで、くすぐったくて、落ち着かなかった。

 

 

『これ以上息子とは関わらないでくれ』

 

 

……一人ぼっちの六歳の少女が、傷付かないはずがなかった。

 

夕暮れどきの町で、ナルコは一人家路を急いだ。

 

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