ナル子・ダークサイド   作:芋一郎

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5話

木の葉隠れの里からしばらく離れた森林地帯。その一角に、一人林に身を潜める幼い少年の姿があった。

 

サスケである。

あの仮面の男たちの元から脱してから三時間。当初木の葉とは逆方向に向かっていたサスケは、男たちと十分に距離がとれたことを確信すると、動く事を止め、息を潜めて夜が明けるのを待つことにしていた。

 

幸い先ほど述べた通り、サスケは木の葉がどの方角にあるか目星が付いている。

まだ6歳の子供とはいえ、サスケは名門のうちは一族にその名を連ねる、産まれながらのエリートである。故に当然、父のフガクより優れた忍びになる為の英才教育を施されてきた。そしてその中には里周辺の地理についての勉強も含まれていたのである。

 

サスケは夜の闇に塗り潰されて真っ黒になっている山々を見つめた。木の葉の里で見る景色とは異なるが、見覚えのある連なりに、ある程度の判別がついた。

しかし、そうやって導き出された木の葉へのルートの中には、当然あの男たちとの再会のリスクも潜んでいる。ならばと大きく迂回して里へと向かおうにも、そこまで細やかな地形の把握までは出来ない。

 

サスケが予測するに、ここは木の葉から大体忍の足で二、三時間ほどの位置。当初予想していたよりも里から離れておらず、であればあの男たちとて、この周辺でいつまでもウロウロすることは避けたいはずだった。

 

ーーやはりいま自分に出来るのは動かずにいることだ

 

自身の今とっている行動に対して自信を深めながら、サスケは油断なく周囲の暗闇を見渡し続ける。

長時間にわたる神経を使う作業である。

男たちはいつ何処から現れるか分からない。

雲の隙間から見え隠れする柔らかい月明かりだけが、サスケにとっての慰めだった。

 

「…………」

 

遠くから、うおおん…と獣の遠吠えが聞こえてくる。

野犬か、狼か。判別はつかないが、あの犬塚一族のキバならば声だけで分かるのだろうか、とサスケは何となく疑問に思う。

犬塚キバとはいつも子犬を連れていてる男子アカデミー生だ。サスケが朝方里をランニングしていると、よくその散歩の様子を目にした。

 

「……ちっ、くそ」

 

サスケは自覚する。

弱気になっていると。

無意識の内に里での日常を思い出し、ほとんど接触のなかったキバにさえ安らぎを求めようとしていたと。

 

ーーオレもうちはだ! 父さんの息子で、兄さんの弟だ!

 

サスケは自意識を強く保つことにより、その不安感を払拭しようとする。

 

「…………」

 

夜の闇を注視する。

常に危機感を持ち、集中して警戒をし続ける。

いつ何時、あの木の陰から敵が飛び出してくるか分からないのだ。

サスケは気を引き締める。

 

「……っ」

 

耳元で煩く飛び回る藪蚊を払いのける。

その全身には、すでに至る所に虫刺されが出来ている。サスケは今すぐにでもこの羽虫たちを叩き潰してやりたい衝動に駆られたが、今は間違っても派手な動きをする訳にはいかない。我慢して、食われる前に静かに払って、被害を最小限に留めるしかなかった。

 

「……! くそっ」

 

ぶん、と。一際大きい蚊の羽音に、サスケは我慢できずに耳元を強く払った。

そのまま右腕に目をやると、殆ど同じ箇所に三つも赤い虫刺されがあった。忌々しく思いながら、そのまま視線を手首の方へやって、手の平で握っているクナイまで滑らせる。

仮面の男の一人からサスケが盗った物であり、唯一の武装である。その柄を強く握りしめることで、己が忍だという自覚を強く持つ。忍び耐え、この局面を切り抜ける決意を奮い立たせる。

 

「…………」

 

空を見上げる。

夜はまだまだ深く、朝は遠い。

 

「…………」

 

「………」

 

「……」

 

 

……瞼が異様に重い。

 

サスケの今日一日は、いつもの様に朝練から始まっていた。そうやって日中はたっぷりと汗をかいて、そして夕方からは男たちによって囚われの身となり、脱走、逃走、潜伏。

 

……幼い体が休眠を求めるはずだった。

 

自身を狙う者から身の安全を守る必要のあるサスケに、強烈な睡魔が襲いかかる。それを太ももを強く摘むことで何とか誤魔化す。

そうして、痛みと共に思い出すのはあの金髪の少女のことだった。

 

第一印象は小汚いくノ一だった。

しかしそれは忍び組手で負けたことによりすぐに改められた。

サスケは覚えている。グラウンドで尻餅をつく自分を見下ろす、あの無機質な瞳を。

 

その時初めて、サスケは少女をナルコという一人の忍として認識したのだ。

 

次に見たナルコは弱々しかった。

自宅のドアの隙間から青白い顔を僅かに覗かせて震えていた。グラウンドで見た相手とはまるで別人で、サスケはつい心配になって、生まれて初めて誰かの看病をしたーー

 

 

 

「ーーはっ」

 

背後から強い気配がする。

 

サスケは夢の中から現実へと焦点を合わせると、反射的にその場から跳びのきーー横合いから来た強い衝撃に息を詰まらせ、宙へと身を躍らせた。

 

「ぐっ…!」

 

地面を一度二度バウンドして、そのまま転がりながら木の幹へと叩きつけられる。

 

右腕が焼ける様に痛い。

凄まじい力で蹴られたのだ。

 

サスケが顔を上げると、闇の中に二つの白い仮面が浮かんでいるのが見えた。それぞれ丸印とバツ印が模様として描かれている。

 

ーー二人揃っているということは、どうやら毒は効かなかったらしい。

 

「やっぱり餓鬼だな、呑気に寝てやがった」

「ちっ、ようやく見つけられたか……おいバツ、さっさと餓鬼を簀巻きにしろ。俺は幻術の準備をする」

「わかってるよ……今度は破られないようにな」

「お前も今度はスられないように両手はしっかりと縛っておけ」

「くそ、ムカつくぜ…」

 

バツ印の男が近づいてくる。

サスケは右腕の鋭い痛みに耐えながら、右ポケットに手を突っ込んでクナイを握る….いや、握ろうとして、そこにクナイがないことに気がついた。

 

ーーしまった。居眠りする直前まで、手に持っていたのだった

 

自身が先ほどまで隠れていた林の方へと目をやると、そこには黒塗りのクナイが闇に紛れて落ちていた。

 

ーーただ一つの武器を無為にしてしまった

 

失態である。

しかしサスケはその失態を悟られぬよう、ポケットに手を突っ込んだまま、あたかもそこにクナイがあるかの如く振る舞った。

 

「クナイ一本で何ができる」

 

丸印の男の静かな問いかけ。

二人はじりじりとサスケとの距離を詰めてくる。

 

「……ただのクナイじゃない。刃に毒を塗っておいた」

 

サスケの苦し紛れである。

 

「俺から奪った毒をか?」

「そうさ。解毒剤はまだ持ってるか」

「へっ。解毒剤じゃねぇ。俺のは訓練で得た耐性なんだよ」

 

サスケが動揺の表情を浮かべる。

 

「……じゃ、じゃあ」

「バツ、もういいぞ。幻術の準備が出来た」

「はいよ」

 

バツ印の男がズカズカと近づいてくる。

 

「動くな! それ以上近付いたら、奥にいる…幻術タイプの奴にこのクナイを投げる! そいつは毒の耐性ないだろ!」

 

サスケはそう言うと、クナイがあることにしている右ポケットを左半身で隠し、右手のみならず左手も添えて、まるでサムライが抜刀するかのような体勢をとった。

ちょうど、自身の体によって男たちから両手が隠れる角度である。

 

「ふん、やってみろ」

 

丸印の男が答える。

バツ印の男もサスケへと歩み寄ることを止めない。

 

実のところ、男たちはサスケの嘘を看破していた。林の中で黒光りするクナイをいち早く見つけ、サスケのポケットが空であることを確信していたのである。

 

だからこそ男たちは油断していた。

そしてサスケは、その油断を敏感に感じ取っていた。

 

サスケが自身の体の後ろに隠していた両手を、男たちの前へとあらわにする。

もちろんその手にはクナイはない。しかしその代わりにーー

 

「ーー寅の印? この餓鬼、火遁を使うつもりか!?」

「火遁…? バツ、気をつけろ! 餓鬼でもうちは一族だぞ!」

「ちっ! クナイを隠していると見せかけて、印を組んでやがったのか!」

 

丸印の男の警戒を受け、バツ印の男が素早い動きでサスケから距離を取る。

 

サスケは大きく息を吸い込み、肺を膨らませてーー

 

「うちはサスケはここだぁー!!」

 

大音量で叫んだ。

最後の悪あがきとして助けを呼んだのである。

そして全速力で逃げていった。

 

このとき、サスケはまだ火遁を使えなかった。

 

「てめぇ!」

 

仮面の男たちがそれに追い縋る。

そのまましばらく逃げたが、子供と大人の歩幅である。距離は縮まる一方。

 

ーーもう、駄目か

すぐ後ろから感じる敵の気配に、サスケが諦めかけた……そのときであった。

 

「……!!」

 

一陣の金色の風が吹き抜けた。

 

その風は少女の姿をしていて、もっと言えばそれはサスケの良く知る後ろ姿だった。

 

「ナ、ナルコ…?」

 

 

サスケを背中で庇うようにして、うずまきナルコがそこにいた。

 

 

「ナルコ、お前…なんでここに…」

 

声も掠れがすれにされたサスケの問いかけ。

ナルコはそれをいつも通りに黙殺すると、相対する二人の男たちをその暗い青色の瞳で静かに見据えた。

すでに赤いチャクラの尻尾を生やし、戦闘の体制に入っている。

 

「妙な餓鬼が来やがった」

「ちっ、なかなか良い瞬身を使ったぞ。そしてあの尻尾……バツ、油断すーー」

 

ドゴン。

ナルコが尻尾で足元の地面を殴りつけた音である。

 

周囲にはもくもくと土煙が立ち込め、ナルコとサスケの姿を男たちから隠した。

 

「逃すなバツ! 風遁!」

「もうやってるよ!」

 

そしてそれと同時に、バツ印の男も風遁の印を結んでいた。

 

ーー風遁・大突破

 

放たれた広範囲の突風により、ナルコたちを包む砂埃が一瞬にして晴れる。

 

するとそこには、尻尾を地面に突き刺して体を固定し、風遁に吹き飛ばされぬよう踏ん張るナルコと、その腕に抱かれるサスケの姿があった。

 

「はっ!」

 

続けて、丸印の男が一枚の手裏剣を投げる。狙いはナルコの胸辺り。

手裏剣は突風に乗って加速し、一瞬でナルコの眼前まで迫る。

 

「!」

 

ナルコはサスケを抱えたまま、それをしゃがんで避けようとしてーー

 

「ナルコ! 横に飛べ!」

 

サスケの指示に従った。

そうやって手裏剣をやり過ごしてみると、ナルコたちのすぐ脇を通り過ぎた手裏剣の黒々とした影。それは影に擬態した二枚目の手裏剣だったのである。

 

「今は夜だ。手裏剣の影はあんなにハッキリと見えない」

 

ナルコと離れたサスケが言う。

 

ーー影手裏剣の術

ナルトがあのまま体勢を低くして避けていたら、間違いなく影の方の手裏剣が突き刺さっていただろう。

 

「……この視界の悪い闇の中、風遁で加速させた影手裏剣を見切るとは…」

「おい、マル。さっき一瞬だけ、うちはの餓鬼の瞳の色が変わったぜ。あれが写輪眼か?」

「さぁな……しかしその予兆かもしれん。念のため、目は見るな」

 

仮面の男たちは瞬時に情報を共有すると、ナルコとサスケへと向き直る。

 

「ナルコ…」

 

男たちに注意を向けたまま、サスケが口を開いた。

 

「お前、オレを助けに来たのか…?」

「…………」

 

ナルコは答えない。

ただチャクラの尻尾をゆらりと動かし、迎撃態勢をとるのみだった。

 

「……逃げろ。奴らの狙いはうちは一族のオレだ。だから…オレはともかく、お前は殺されるかもしれない」

「…………」

 

ナルコは答えない。そして、サスケの言葉の通り狙われたのはナルコだった。

 

まず男たちは手裏剣をナルコとサスケの間に投げ放ち、二人の間に距離を作った。

そしてその回避行動の隙を突いて接近し、丸印はサスケを、バツ印はナルコをそれぞれ相手取る。

 

「……くっ!」

「大人しくしていろ」

 

サスケは一瞬で丸印の男に組み伏せられた。

利き腕の負傷と疲労が原因である。うつ伏せにされて、手を後ろに回され、関節を極められている。

自力では、到底脱出不可能な状況である。

 

「……ナ、ナルコ! 逃げろ!」

 

そのままの状態で、サスケがナルコを見やる。

ナルコはまだバツ印の男と戦っていた。

 

バツ印が中段蹴りを繰り出す。

身長差の関係で頭部へと向かってくるそれを、ナルコは尻尾で受ける。そしてそのまま弾き飛ばし、バツ印の体勢を崩す。

 

「……死ねっ」

 

その隙をナルコは逃さない。

先を鋭く尖らせた尻尾を真っ直ぐにバツ印の無防備な懐へと伸ばし、貫かんとする。

 

しかしそれは作られた隙。つまるところ誘いだった。

バツ印の男は尻尾の槍を難なく躱すと、伸びきった尻尾を置き去りにして、一直線にナルコへと駆けていく。

 

「……っ!」

 

振りかぶられる男の右腕。

咄嗟に両腕でガードするナルコ。

 

そして衝撃。

ガードの上から受けたにも関わらず、男の拳はナルコの軽い体を五メートル近くも吹き飛ばした。

 

「ナルコォ!!」

 

組み伏せられたまま、サスケが叫ぶ。

 

「逃げろ! 普段はお前が言ってるだろ! 関わるなって! それなのに何でオレを助ける…! 関わってこようとするんだ!」

 

ナルコがふらつく足で立ち上がろうとしている。口の中を切ったのか、唇の端からは血が垂れている。

そして男の拳を直接受けることとなった右腕。ぷらんぷらんと頼りなく揺れており、一目で折れていることが分かる。

 

「逃げろナルコ!!」

「にげない」

 

ナルコが、はっきりとそう答えた。

 

「助けてやる…」

 

呟きながら、ナルコが立ち上がる。

 

その顔はいつもの無表情ではない。

そのとき。サスケは初めて、少女の本来の姿を見たのだった。

 

「何でかわかんないけど、お前の苦しむところは見たくないってば」

「!!」

「まってろ。こいつらぶっ殺して、お前のこと絶対に助けるから…!」

 

瞬間、ナルコの威圧感が増す。

その全身に赤いチャクラが巻きつき、唇の出血が一瞬で止まる。瞳孔が縦に割れ、髪の毛が逆立ち、爪が鋭く伸びる。

 

空気が震えるほど膨大な量のチャクラ。

仮面の男たちとサスケが驚きに言葉を無くす中、ナルコは己の内に宿った九尾の力を、初めて誰かを守る為ーーそして、憎き相手を八つ裂きにする為に行使するのだった。


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