「え~っと。何だ?っていうか、何だ?」
ベルは辺りを見回して首を捻った。周りの空気が一変し、頭上には血のような紅色に輝く月が真円を描いている。
後ろ、と言うか足下。つまり階段の方からは遠慮のない女性の声と、苦戦するような男女の声が聞こえてくるが、ベルの意識が向いているのはそちらではない。急に足下にあふれ出た赤い液体に目を落とし、続いて前に目をやる。
先程はXANXUSが具現したタタリの球体から現れたのは褐色の肌の女性。後ろに控える巨大な機械がいやに目を引く。
「へ~。随分とふざけたモンを従えてんじゃない?」
「再演算 停止 アナタが何者なのかは分からないが しかしどうでもいい 侵入固体を統一言語に変換した後 最終記述を開始 歴史を崩壊域までショートカット」
「それより、此所は何処なんだ?さっきっから全くワケがわかんねえし、そもそもこの現象自体に理解がおっつかねえぜ」
おどけたように肩をすくめ、うそぶいたベルはナイフを抜き放ち、リングからミンクを呼び出す。
「まー、何にせよ、やりてえことっつったら、殺ししかねえんだけどな。っししっ。ちっとは楽しませてくれるよな?」
「ここは 世界の果て ワラキアの夜を倒すために 真祖によって呼び出された世界の終焉だ」
「知るかよ…っ!」
ひゅん。ナイフが宙を駆け、彼女の眼前に迫る。
「ヘルメス 防衛モード」
後ろに控えるロボットアームがナイフをたたき落とす。
「ヘルメスの血液の七割を この星の結晶化に使用する しかしその前にやるべきことが増えてしまったようだ これより
ブウンッ!上体を大きく反らせてその鉄拳を躱す。振り下ろし、アッパー、フック、ストレート、その全てを紙一重で躱す、躱す、躱す・・・いなし、しゃがみ、仰け反り、飛び、普通であれば躱せないような攻撃、躱すことはおろか防御すら不可能なその拳をベルは時に人間離れしたアクロバティックな動きで防ぎきる。
「シッ!」
三本。狙いをバラバラにしてナイフを投げ、更に立て続けにそれらとは別の軌道で投げる、投げる、投げる・・・
「無駄だ いくらナイフを投げようとも そのような切断力ではヘルメスの外装には傷一つ付かない」
「あっそ。確かに、そのヘルメスってのには傷一つつかねーんだろーけどさ、テメエはどーなんだ?」
一瞬、閉じられた瞳が揺らいだかと思うと、女性は素早く周囲に視線を走らせる。
「・・・なるほど ナイフとワイヤーの両刀遣いか しかしこの程度 私の体には届かない」
そう言って彼女の右手が掲げられる。
「私は冥界の鳥 死に絶えるオシリスの砂 人類を滅びから救う 最後のアトラスである アトラスの錬金術師は未来を創る 故に ナイフの軌道は既に予測完了」
指先を微かに振るわせたかと思うと、ワイヤーが切断される。
「!・・・へぇ~・・・そっちも似たようなやつを使うのか・・・」
軽くおどけたように振る舞うベルの頬を冷や汗が伝う。それは紛れもなく彼が劣勢に立たされていることを示す。
相手の攻撃は一撃必殺、こちらのナイフは通じず、ワイヤーも同じようなモノで切断されてしまい、通じない。ミンクも先程からけしかけているが赤い津波やら巨大な拳の風圧で弾き飛ばされ、体毛を擦りつけることで炎による分解作用を引き起こすという必殺の攻撃も通用しない。
「あ~・・・こりゃちっとばっかやばい・・・」
かな。と言いかけたベルの腹に躱し損ねた拳の内、親指だけが突き刺さる。
「・・・ッ!ハァッ!・・・がふっ・・・」
血反吐を吐いて跪くベル。と、喉元からせり上がってくる熱量を持った何かを掌で受け止めて、無意識にそれを見た。
「・・・赤い?」
掌をべったりと赤く染め上げる高貴なる王族の血。前髪のむこうの瞳が揺れ、ゆっくりと理性がクリアになっていき・・・ぷつん。と彼の中で何かが焼き切れた。
「あ゛ばあ゛~!・・・流しちゃったよ・・・」
危うい雰囲気をみなぎらせて立ち上がるベル。ブツブツと呟いてゆらゆらと体を揺らす。
「流しちゃったよ・・・王族の血を・・・ゾクゾクッ・・・・~ッ!」
「! 侵入個体の脳波に異常 思考法の再計算を開始 予測不能 これはいったい?」
幽鬼の如く立ち尽くしていたベルの体が大きく仰け反る。その喉からほとばしり出る哄笑を超えた狂笑。
「しししししっ・・・たぁのしくなってきちゃったぁ・・・ゾクゾクッ・・・」
「ヘルメス!」
ゴーレム型巨大演算装置ヘルメス。その豪腕がベルに襲い掛かる。しかしそれを彼は拳に登るという出鱈目な方法で回避し、自己保存欲求があっては出せないようなスピードでオシリスの目の前に現れた。
「しししししっ・・・しーっしっしっし!」
再びほとばしり出る狂笑。オシリスの体にナイフが突き刺さり、それが引き摺られることで一気に押し切られる。
・・・・・
「ふう。なんとか突破に成功しましたね。志貴、協力感謝します。」
「いいっていいって。ほとんど囮にしかなってなかったし、困ったときはお互い様。急ぐんだろ?シオン。」
志貴はそう言って踊り場から階段の出口を見上げた。
「はい。この夜が明けるまでにタタリを消去する。そうすればきっとリーズはこのまま残ることが出来る・・・」
足下で気絶するヴァイオリンのような形をした巨大な盾を持つ女性を一瞥し、シオンも上に目をやる。
「行きましょう。今度こそ、この真夏の夜を終わらせるために」
「ああ」
そして志貴とシオンは階段を上り、屋上への扉に手をかけた。
「あっれえ~?俺、何やってたんだ?」
ではまた次回!
ちゃおちゃおー。