新西暦187年3月T日
会議や訓練で、2日ぶりの日記になってしまった。いや、元々そんなに小まめに書いているものではないから、このペースぐらいで丁度いいのかもしれない。ともかく、情報をまとめよう。
一昨日のミツコとの対話、結果はお世辞にも良いとはいえないものになってしまった。今こうして書きながら思い返せば、もっとよく立ち回れたのではないかとも考えてしまう。いや、この考えもあいつの手のひらの上かもしれない。あいつが最後に言ってきた爆弾のことを考えれば、最初から私に選択肢はなかっただろう。
今回私達が撃破することとなったアームズフォートは、地中海沿岸を移動中のギガベースだ。この世界ではSOMの廉価・量産型として作られたようで、元の設定より遥かに強力になったSOMの主砲、それを1門に減らしつつ射程距離と威力を上げた超長距離レールガンを備えているらしい。
昨日様子を見に来ていたミツコに聞いたが、元ネタでは水上移動にも使用するレールガンを、この世界の技術で再現したら自然とそうなってしまったようだ。元ネタの技術もそうだが、やはりこの世界の技術も大概トンデモないものだ。
だが一番の問題は、その有効射程範囲だ。カイルから提供されたスペックデータでは、100万平方メートル。
仮にイタリア南部に陣取れば、地中海のおよそ半分をカバーできてしまう、超兵器の名に相応しいものだ。
そして今回の作戦地域/旧ブルガリアにいる、ギガベースの射程範囲ギリギリには、あのリクセント公国があったのだ。
つまりこの作戦でギガベースを撃破しなければ、アードラーが出張り、そしてSRXチームがシャイン王女と交流を持つ切っ掛けになった、リクセント公国での戦闘が起きない可能性があるのだ。ギガベースが少し移動して公国を射程圏内に納めれば、接近するDCを事前に牽制・撃退でき、結果的にハガネへの救援を呼ぶ必要もなくなってしまう。
史実がこのような形で歪められるとは思わなかった。ミツコだって、自分が有利に立ち回れるならそれを変える必要はないはずだ。どうしてこうなるまで何もせずしていたのだ、する必要がなかったのか。
いやそもそも、今はプロジェクトの中心は、この時点では名前も出てこないアルテイルに変わっていると言っていたはずだ。それでも……このまま書き続けては、ページが無駄になる。
ギガベースへの攻撃・撃破は、イスルギ社との契約上、どうしても必要なことだ。それに私が撃破できれば、原作通りになる可能性も高い。だから成功させればいいだけだ、余計なことはまだ考えるな。
とにかく、陸上にいるギガベースへの攻撃についてだ。
これは元ネタ通り、いやそれよりもそれに先進的な手段となった。地球初の、PT・AMサイズの一人型機動兵器による単独大気圏突破・再突入ミッション。大気圏離脱に使われるのは旧世紀の3段ロケットの改造品。再突入後は、新たに試作されたAM用大型ブースターで更に加速する。
どう考えても、ヴァンガード・オーバード・ブーストの再現品だ。名称も殆どそのまま。建前上は、アームズフォートを生み出したイスルギグループが、万が一AFを強奪・悪用された場合に対処するため開発した試作キャリアー、との触れ込み。ミツコの舌は辻褄合わせにもしっかり回るらしい。
それに実機を見た限り、元ネタはアーマードコアシリーズだけではないかもしれない。私自身、どこまで話して、それをミツコがイスルギの技術で再現したのか、考えもしたくないが。
この作戦の危険性は高いし、正直成功率も低い。何せ大本のSOMがコロニー統合軍の大気圏突入用シェルを撃墜した事例があるし、何よりも再突入後すぐに"動く要塞"への"単騎掛け"という、常識的に考えれば不可能に等しいミッション内容だからだ。
ストラングウィックたちも最初にこの作戦を聞かされた時、罵声を上げたらしい。トニーの話では、あの温厚なユルゲン博士が旧友のカイル相手に中身の入ったカップを投げてしまうほどだ。
私も"原作"の流れのことがなければ、怒りに身を任せたかった。私の命はどうでもいいが、ゼノリオンに乗る以上、シェースチも巻き込んでしまうからだ。
勿論、最初はシェースチを今回のミッションから外そうと説得したが、断られてしまった。最終手段として強引に専用ポッドをコクピットから外そうとしたが、念動力による不協和音を脳に直接叩き込まれて反抗された。
終いには、盾のブラックホールエンジンの制御は自分がいなければできないという反論もあり、とうとう根負けしてしまった。私は何と中途半端なのだろう、守ると決めた相手を、自らと同じ死地に抱えていこうするなんて。
これで失敗は一切許されなくなった。幸いにもイスルギ社、というよりミツコがこちらの技術力を予め分かっていたため、フィリオ・プレスティとプロジェクトTDメンバーという強力な助っ人を呼んでいた。
おかげでVOBの打ち上げ成功率だけは100%まで持っていくことができた。種子島宇宙センターに残っていた打ち上げ情報のおかげもあるだろう。
おまけに再突入まではプロジェクトTDの機体が付いてきてくれるらしい。格納庫に繋がれた大きな機体だったが、カリオンではないようだった。この時期ではまだテスト機とも言えるカリオンも開発中だから、既存機を改造しているのだろう。
問題は、ギガベースの攻略。ここはスペックと、そして原作のことを思い出し、一つ考えてある。
ストラングウイックたちと検討し、イスルギの研究スタッフにも確認をとっているため、確実性はある。もう一つ問題があるとすれば、私の迷い、いや意気地のなさだろう。
この期に及んでまだ人殺しをしたくないという、都合のいい脆弱性だ。
機械の脈動がコクピットに響いている。背もたれが地面と並行となっているその中で、テンザンは腕を組み目を閉じていた。寝ているわけではない、ただ気を抜けばすぐに絶叫してしまいそうな気持ちを抑えるにはこれが一番なのだ。後1時間もすれば、作戦は開始される。
パイロットスーツは万全を期すためにプロジェクトTDで支給されるものを着ており、特徴的なメットの中は定期的に荒くなる鼻息でも曇ることはない。仮眠を取るまで行っていた本ミッションのシミュレータを脳内で反芻し、成功まで持っていくが、それでも不安は消えない。
『……大丈夫ですか?』
そんな情けない男の心を察したのか、シェースチがマイクを使って話しかけてくる。ゼノリオンに新たに取り付けられた小型のマイクスピーカーは、念動力者の念話を受信し、物理的な音波に変換してくれる、ジジ・ルーとドナ・ギャラガーの共同開発品だ。おかげで物理的に"人の声"を発することができないシェースチやあ号たちでも、態々サイコ・ネットワークによるリンクをしなくとも会話ができるようになった。
何よりも大きいのは、この機体が人の言葉を話せる誰かと乗る"2人乗りの機体"だと認識されることだろう。映像通信の際は、相手側にシェースチ自身が監修したダミーの人物像も流される徹底ぶりだ。
その為関係者以外がこの機体への接触することは極力禁止する必要になったが、テンザンにはシェースチという1人の人間が認められる切っ掛けになったようでうれしかった。
「……ホ、笑い飛ばせればいいけど……ちょいと厳しいな」
『テンザンさん、シェースチさん、そっちはどう?』
シェースチに"テンザン"らしからぬ弱気を漏らすと、管制室にいるオペレーター/ツグミから確認の通信がちょうどよく入った。向こうには、いつもの不細工なテンザンの顔と、スェーミに似た顔立ちの、金の髪を纏めたシェースチという少女の姿が映っているはずだ。だからこそ気安い態度なのだろう。
そのことに、彼女たちを騙す若干の心苦しさと、シェースチが念動力者という特殊な存在であるとはいえ、人間扱いされたことに笑みができそうになるが、それは失礼だと思い、咄嗟に"テンザン"の仮面を被って応えた。
「ホ! 問題ねーての! ていうかこれちゃんと飛ぶのかよ?」
『テンザン、今回お前のロケットを調整したのは兄さまだ。余計な心配をする必要はない』
『そうそう、確かに特殊だって言っていたけど、フィリオだから大丈夫だよ』
『アイビス、流石にそれは買い被りすぎだよ……』
兄の仕事を點されたと感じたのか、通信に顔を顰めたスレイと、自機の各コンソールをチェックするアイビス、それに照れ臭く顔を赤らめたフィリオが混じった。彼らは今、スレイとアイビスが乗機する、高高度運用テスト用ガーリオンカスタム"クドリャフカ"の最終チェックを行っている。
突貫で制作された機で、かなり切り詰めた調整の機体らしいのだが、ストラングウィックたちの知識や今までの経験が応用できているらしく、こうして談笑できる程度には余裕があるようだ。
『そうは言っても、確認はしっかりしないといけないですね。私もテンザンさんも、ロケットに乗るのは初めてなんですから』
『あーそっか、テンザンは宇宙初体験なんだ。だったらあたし達が先輩ってことだね!』
シェースチの言に、これ幸いとアイビスが乗ってきた。何を言い出すんだか、と半目になってアイビスと、同じく得意げな顔になっているスレイを見ながら、憮然とした調子で答える。
「シミュレーターではやってるっての。というかそっちの成績じゃ専門家のお前らより高得点だった気がするがなぁ?」
『ぐっ……そ、それは私達がアイドネウス島にいた時までのだ、今はそうはいかん!』
『あははっ、スレイってば顔真っ赤っ』
『笑うなアイビス! お前も同じだったろうっ!』
当時のことを思い出してか、羞恥に顔を赤らめるスレイ。そんなスレイに笑みを綻ばせるアイビスに、テンザンも表面上は嘲りに似た表情を作り上げるが、内心では困惑と動揺、そして後悔に責められていた。
スレイとアイビス、この2人がいつから険悪な仲になるのかは不明だが、少なくともこの段階、L5戦役中にここまで打ち解け、しかもアステリオンAXで初となる複座式の機体に搭乗するというあり得ない事態が起きてしまっているからだ。
今の段階でなくとも、いずれはプロジェクトTDのメンバーとして結束を高め、星の旅人になる。それが今から、戦闘に巻き込まれるようなタイミングでこうなるというのは、彼女たちが無用な戦火に巻き込まれる可能性が高まるということだ。
その原因は何か。考えられるのは幾つかあるか、間違いなく今の"テンザン・ナカジマ"が関わってしまったせいだろう。あの演習後に彼女らと深く関わらなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
「……ほんと、何でこうなってんだか」
『テンザンさん、何かいいましたか?』
「別に。他の候補生もいなくなっちまったのに、よくもまぁやっていけるかと思っただけだよ」
ツグミの何気ない質問に、意識を向けずに答えてしまってから、しまった、と口中で悪態を吐く。
これから共に作戦を行う相手に、あまりにも不躾なことを言ってしまったことを後悔する。自身の知っている通りにならない、それも自分自身の行いだと分かっているだけに、苛立ちが募ってしまったせいだろうと、自身を分析し、大馬鹿野郎と内心罵る。
『……フンッ、何だと思えば、そういうことか』
そのようなテンザンのネガティブなどまるで意に介さない、と言いたげに、計器調整に戻ったスレイがテンザンを睨んだ。それに対しつい怯むと、代わりにフィリオがその視線に込められた感情を言葉にした。
『確かに、候補生の4人中2人が途中で抜けてしまったのはプロジェクトとしては痛いさ。戦乱でもあるし、こういう事を言ってはいられないという理屈もわかる。けど、僕たちはそれぐらいでへこたれていられるほど、小さい夢を持ってるわけじゃないよ』
『そうそう、だから変に心配しなくても大丈夫だよ、テンザンっ、うわっと』
『こらアイビス、そこはこっちでやるって言ったでしょ! もう、しまらないんだから……』
アイビスが快活に笑いながら何かしらのスイッチを押し、ビープ音を鳴らしてしまった。それをプロジェクトTDの笑いながらフォローし合っている。
果たしてこれは、本当に間違った光景なのだろうかと、自身の後悔が揺らいだ。本来の歴史ならば、この4人がこうして笑い合う機会はなかったのかもしれない。それは"原作"では描写されていない日常風景であるため、"テンザン"が知る方法はない。
それでも今この場でこうしていることが、とても傲慢で、自分勝手なものだと自己嫌悪が浮かぶ。こうなってよかった、と思う事自体が、ただの他人/転生者であるテンザンの主観でしかないのだから。
『……そこまで気負う必要はないと思いますよ、テンザンさん』
不意に、マイクではなく、念話を使ってシェースチが話しかけてきた。
『貴方の影響で、色々な物事が変わったのは事実です。アームズフォートという兵器が現れたのも、彼らの関係が柔らかくなったのも……良くも悪くも、というものではないでしょうか。それを全部悪いものと考えるのは、まだ早計ではないですか?』
「……慰めになってねぇよそれ」
『ふふっ、ごめんなさい』
シェースチの言に一理あることを理解しつつ、同時に今一自分の視点とは違うフォローに不貞腐れたような調子を返してしまった。それに微笑むような声音が返ってくるのは、シェースチの余裕の現れだろう。
自らの感情を誤魔化すように一度息を吐いて、通信を繋ぐ。コールはすぐに返ってきて、アイドネウス島からこっち、すっかり眉間の皺が増えたストラングウィックの顔が映し出された。
『なんだテンザン。こっちはこっちで忙しいんだぞ』
「もうすぐ発進だからな、そっちの準備が終わったか確認したかっただけだっての」
『ふんっ、悪いがこっちはまだ積み込みが終わっていない状態だ。他に要件がないなら切るぞ』
不機嫌な調子のストラングイックの後ろでは、子供2人と大人たちがダンボールを抱えて右往左往していた。たしかに邪魔だったか、と現実逃避のために行った通話を後悔する。
今作戦、伊400はゼノリオンの打ち上げ確認後、すぐに種子島を出発、地中海を目指すことになった。それはゼノリオンを可能な限り早期に回収するためだ。
プランでは作戦後、イスルギ社の中東支部またはヨーロッパ支部までゼノリオンは撤退し待機。伊400が到着次第、種子島への帰艦、もしくは別のアームズフォートを撃破しに向かうということになっている。
もちろんこれにはもう一つの意図がある。アードラー・コッホとの直接交渉の場を設けることだ。
テンザンの知識通りならば、近々アードラーによるリクセント公国襲撃が起こる。それをギガベースを撃破して予定通り起こさせ、アードラーの撤退中に接触、戦力や技術を元に、アードラーが握っているはずのサイコ・ネットワーク被験者の治療方法を聞き出す。
青写真に等しいが、これが上手く行けばシェースチやスェーミを治療する可能性がぐっと上がるはずだ。
そのようなか細い糸に縋るしかないことに、テンザンは無力さを覚えていた。どれだけ"テンザン"として吠えても、一介の3流パイロットに過ぎないのだと、改めて自覚してしまう。
「いや……悪かったな。お前らも、後できっちり会おうぜ」
『気色悪いことをいうな、テンザン。そっちこそプレスティ博士たちの足を引っ張るなよ。それに……シェースチをちゃんと守ってやれよ』
強張った顔付きで、精一杯口元だけを綻ばせたストラングウィックは、それだけ言って通信を切った。
「……言われなくとも、わかってるさ」
『……お願いしますね』
無力さと、それでも自分の成すべきこと。それを背中に感じて、テンザンは今一度目を瞑った。
種子島、快晴、微風。ロケット発射日和。この日を待ち望んでいたというように、宇宙センター前の発射場でそそり立つ鉄塔は、ゆっくりと己の中に火を入れ始めた。
『VOB第3ロケット点火します。カウントダウン開始。60……50……』
宇宙への輸送が各地のマスドライバー施設か、特殊のテスラドライブ航行艦による単独離脱が当たり前になってしまった昨今、とても珍しい化石燃料主軸のロケット打ち上げがあると聞いて、島民たちが古くからある見学地/穴場よりその光景を見ようとビニールシートを引き、双眼鏡を手に取った。
一方の宇宙センターの管制室では、新進気鋭の天才と、古い技術を継承してきた職人気質の技術者たちにより、打ち上げが確実なものになるよう最後の一秒まで気を抜かず、モニターに表示される数字の偏位を監視し、操作する。
カウントを読み上げることになった天才の恋人もまた、偉大な先人たちの代役を努めていることに緊張しながら、しかし誇りを抱いて己の使命に没する。
『40……30……』
鉄塔の下部より、綿あめにも似た質感を錯覚させる白煙がわっと湧き出した。煙は基地、そして海にまで広がり、海中にいた魚達が何事かと空の世界を仰ぎ見る。
煙はさらに宇宙センターの滑走路で待機する、もう一つの矢/星の犬をも飲み込むが、しかし中にいる2人は自分たちの仕事に、そして夢への挑戦の一歩を歩み出せることに胸を膨らませ、その時がくるのを今か今かと待っていた。
『20……10……』
種子島より離れていく個人用飛行機の中、扇を広げる1人の女は、ただただほくそ笑む。それは悪鬼邪悪の類のものかと思えば、すぐにただの乙女のものに変わる。
死の商人としての一面が新たな兵器の成功に嗤い、初恋を患った少女が、恋い慕う相手が今一度飛び立とうとする様に胸を熱くさせているからだ。
対象的に、モニター越しにその様子を見る潜水艦の中の人々は、固唾を呑んで見守っている。ここで躓くわけにはいかないが、何よりも鉄塔に乗り込む2人が心配であり、同時に今行われている旧世紀の偉業を目に焼き付けているのだ。
『9……8……7……6……』
鉄塔の中、その先端部に収められた人型兵器の内、異邦者の魂と記憶を持った男は、伝わってくる振動とひたすら青空へと向けられた目線に、今までにない気持ちが込み上がっていた。
興奮だろうか、不安だろうか。
いや、これは自分の中に残っていた、少年じみた冒険心の高鳴りなのだと、青空の向こうに広がる宇宙を見据え、操縦桿を握りしめる。
その青年の姿を背中越しに見守る少女の意識と霊を持った異形は、ただ己の中の罪科を押し隠しながら、しかしピンと伸びる背中と、そこから見える青年の顔に、不可思議な感情が浮かぶことに戸惑って、もうすぐにその時がくるのだと頭を振った。
『5……4……3……2……1……』
白煙が灰に、そして赤い炎が噴上がる。
『テイクオフ!!』
炎と煙が勢い良くロケットから溢れ、鉄塔が宙へと浮かぶ。天に向かってゆっくりと浮かび続け、その速度を加速させていく。白煙が尾となって軌跡を残し、島中の空気に溶けていく。
『テスラドライブ始動開始、ブレイクフィールド形成まで後30秒! いや、20!?』
『想定より5秒早いぞっ!!』
『スレイ、アイビス、10秒後にスタートして! トレースお願い!』
『了解!』
『クドリャフカ、イグニッション!!』
響き渡る怒号と要請、それにロケットが天高く飛んで行くゆくのを見上げていたスレイとアイビスが呼応して、エンジンを低速で回し続けていたクドリャフカに火を入れる。
背部大型ブースターからテスラドライブの緑光が噴き上がり、流線型に似た機体が一気に加速し、滑走路を疾駆、一息で空へと飛び上がった。
『テスラドライブ安定、スレイ、上々だよ』
『無駄口を叩くなナンバー4! クルーズモードですぐに追いつくぞ!』
『わかってる!』
クドリャフカの下半身に生えた4本足が、全て平行に変形し、前後に2列、空気抵抗を妨げないような位置に収まる。そしてそのレールの間からもテスラドライブ特有の光が溢れ、同時にクドリャフカの機体が地球に対し直角に変わった。
急激な変化によるGにパイロット2人は呻くが、この程度はと食いしばり、ロケットブースターを点火する。背部ブースターが4つに割れ、2対の翼に変形したかと思いきや、今まで以上のの炎と緑光を吹き出し、再加速。10秒で音の壁を超え、クドリャフカは先をゆくロケットを猛追し始めた。
テスラドライブを用いたスペースプレーン、その実験機の軌道は甚だ危険で曲芸的なものだが、しかし旧世紀のロケットに追いつこうとする姿は、二つの流星が地上から空に向かって飛ぶような、幻想的な光景だった。
一方、VOBの中でひたすら加速に耐えるテンザンは僅かな呻きを上げるだけだった。
多少のGは感じるが、しかしその殆どが、ゼノリオンの3重障壁に緩和されているからだ。それは加速の第2段階、第一宇宙速度到達によるブレイクフィールドの形成になっても変わらない。
代わりに目に映る景色は、青から蒼、雲の灰と白、そしてそれらを払った先に見える黒へと変わっていく。加速度的に変化する視界に脳が揺らされ、体に感じる重圧が徐々に薄れていくことにも気づけない。
自分の進行方向の上下感覚がなくなっていき、浮遊感が身体を包む。今あるのは、ただひたすらの漆黒、時々茶色や黒光りする、ぷかりと浮かぶ岩の群れ。
それらを視界の中で流しながら、ゆっくりと首を横に曲げると、眩しいばかりの青が瞳を焼いた。
「……青いんだな、ほんとに」
それが地球だとわかったのは、人間としての本能だった。
自分の肉体が生まれた場所への帰巣本能、それが今、視界いっぱいに広がる青い球体を、母なる星と認識してくれた。涙が出た。
本当に人は宇宙時代に到達しているだと、心と身体、両方で理解できた。
『テンザンさん、このまま逃げちゃいますか?』
「っ、バカなこと言うなよ」
シェースチのからかい/コールに何とか頭を振って正気を取り戻し、目元を拭けないことを不憫に思いつつ、各部チェックを行う。
機体状況、大気圏離脱によるダメージ、共に想定以内。第3ロケット、自動での切り離しに成功、第2ロケット補助ブースター、軌道修正開始。シェースチの生体ポッド及びパイロットスーツ、異常なし。
その情報を種子島の管制室に送ると、右横から一つの巨体がずいっと現れた。後から来たクドリャフカだ、4つに別れたブースターの1つに光が灯っていないことを見るに、想定外の事態が発生したらしい。
『こちらクドリャフカ、予定通り弾道軌道に到達。これよりVOBのトレースを開始する』
『第4ロケットブースター、停止を確認、他ブースターの出力調整でカバー……よしっ、まだ飛べるよ』
『もう少し早く対応しろ、危うく墜ちるところだったぞ。今度からお前のあだ名は墜ちる流星にしてやろうか?』
『ちょっ、何それ酷い!?』
『こらっ2人共、もう少し集中しなさい。クドリャフカの軌道シミュレート再計算はこっちでやるから、アイビスは機体モニターに傾注して。スレイは目視によるデブリ障害の確認をお願い』
『テンザンくん、シェースチさん。こちらでもデータは受け取ったよ。作戦第一段階成功、おめでとう』
じゃれ合うプロジェクトTDパイロット2人とお目付け役を他所に、フィリオの報告を聞いて安堵の息を吐き出す。
「ホ、あんがとよ。で、伊400は出たか?」
『たった今。後は向こうで合流するだけだね』
「そっかよ……なら、後は俺たち次第か」
仲間の出航を聞いて、気合を入れ直す。横目でダイナミックに広がる青い星を収めながら、再突入のための計算、そして算出された軌道修正の確認を行う。この位置から地球を半周し、五分後に再突入を行う。
それまでは事前に入力していたシミュレート情報と管制センターからの指示を元に軌道修正が行われるため、パイロットの出る幕は殆どなく、実質的な待機行動を取る。
プロジェクトTDの機体もしばらくの間傍にいるが、突入を確認後、更に地球を2週し、北米テスラ・ライヒ研究所への直接帰艦コースを取る。
互いにハードスケジュールだが、ここまで行けば突入までは粛々と進められるだろう。
『……ん、何だ? 熱源?』
『連邦の哨戒機? けど急に反応が現れて……ッ!?』
『テンザンさん、来ます!!』
それは、何もトラブルが発生しなければだ。
『来るって、何が……?』
『レーダーを見ろ、アンノウン反応だ!!』
スレイが声を張り上げた途端、それは漂うデブリの間から姿を表した。一見すれば、鈍く銀に光るトライポッドに無数の針が付いた、如何にも無人機といった風貌のものだ。機体の三角に沿うように取り付けられた無機質なカメラアイがチリチリと鳴り、10を越える数で2機を包囲しようとしている。
『っ、後ろにもいます!』
今度はシェースチがマイクを震わせる。虚空からのっぺらと姿を表したのは、青く細長い羽虫の形をした、生物的フォルムの機械群だ。二つの目をこちらに向け、10対の瞳がじりじりとこちらへ詰め寄ってくる。
「ガロイカ……それにメギロートだと……!?」
『テンザン、こいつらのことを知っているのか!?』
「っ、ビアンのデータにあった宇宙人のロボットだ、こんなタイミングでっ!」
スレイに問いただされ、咄嗟に今出していい情報を、虚偽を混ぜて被せた。正式名称はまだ広まっていないだろうが、今この緊張状態で認識してればいい情報を教え、意識をそっちに持っていかせることを意図したからだ。
『そんな、どうして?!』
『クドリャフカには武装は搭載されていない。逃げてくれ、スレイ、アイビス!』
『接敵までおよそ2分?! テンザンさんたちも一度離脱してください! 作戦は失敗です!』
アイビスの悲鳴が、そして管制室からの叫びがコクピットに響き渡る。管制室の言は状況判断としては正しいが、幾つか問題がある。
フィリオの言うとおり、急造のテスト機であるクドリャフカには武装が一切搭載されておらず、逃げるにしてもブースターが一つ停止しているため、逃げ切るための速度が即座に出せるか怪しい。
テンザンたちにしても、このままの状態では逃げることは不可能に近い。強引に再突入を行うことは可能だが、それを行うにしても現在のVOBでは一分ほどの時間がかかる。
ロケットを使って宇宙側に逃げたとしても、イスルギ系列の会社やコロニーに拾われれば御の字、最悪は連邦の哨戒に引っかかってそのままお縄だ。
そもそも、テンザンにはガロイカ/ゾヴォーク側はともかく、メギロート/エアロゲイターの目的は目処がついていた。ちらりと後ろを見、ごぽりと水疱が漂う生体ポッドの中で、視線で頷くシェースチを確認した。
彼らの目的は、十中八九ゼノリオン/念動力者であるシェースチだ。ここで逃げてもすぐに追いついてくるだろう。
ならばどうするか。案はすぐに浮かんだ、だがそれは不用意に他の人々を巻き込みかねない方法だ。上手く行けば皆目的を達することができるが、失敗すれば4人共死んでしまう。だが今決断しなければ、皆やられてしまう。自分たちにしても、アードラーとのほぼ対等での接触という千載一遇のチャンスは逃すことはできないため、作成は成功させる必要がある。
答えは決まった。心中、後悔と罪悪感で埋まりそうになるのを押さえつけ、乾きそうな口を開く。
「……フィリオ、ツグミさん。今のクドリャフカの最大推力は重力圏からすぐに弾道軌道へ戻れるぐらいか?」
『それは、できなくはないけど……』
『……高出力ブレイクフィールドの展開可能な2機……再突入……まさか、キミ!?』
「シェースチ、念動力でパーツのフィッティング……負担大きいだろうけど、行けるか?」
『……できます』
「スレイ、アイビス。あいつらが追いかけて来たら逃げられるよう、すぐに飛べるようにしとけ」
『おい、テンザン。何を……お前まさか、迎撃するつもりか?!』
『無茶だよ、宇宙は初めてなんでしょ?!』
スレイとアイビスの叫びに、口角が釣り上がる。咄嗟に考えた案は、まさしく無茶無謀の類だからだ。回答の代わりにロケットを操作。楕円状になっている先端突入角をパージ。
これで単独での大気圏再突入は限りなく不可能になった。
次いでその内から現れたのは、背部に第2ロケットまで繋がるケーブル類やプロペラントタンクを接続したゼノリオンだ。常では背に保持している十字架型のシールドはVOBの中枢に干渉しないよう、その上へと括り付けられており、増設したサブアームでゼノリオンに接続している。
更に機器を操作、タッチパネルの背部部分をタッチ、レバーを下ろす。音のない世界でゼノリオンが自身を縛る特攻推進機から開放され、くるくる回転しながらVOB上部へと上がる。
「フィリオ、俺が考えている通りのこと、成功率は?」
『……ハガネとヒリュウ改の目測データは僕も知っている。けど、アレを……ブレイクフィールドの干渉で軌道修正を行うには速度が……いや、VOBの第2・第1ロケットを全部使えば確かに……』
『つまりそれって、クドリャフカもゼノリオンの再突入を手伝うってこと?』
アイビスの疑問に端的に言えば、と首肯し、説明する。
テンザンが考えついたのは宇宙統合軍とハガネ・ヒリュウ改の決戦で使われた、戦闘空母2隻によるブレイクフィールドを用いた吶喊だった。
この戦法でハガネは地球側に突入角を変更、"途中でインパクトランス2つを過剰暴走させたトロイエ隊隊長による妨害"が入ったものの、統合軍の降下部隊の5・6割を削ることに成功し、一気に統合軍中枢に切り込むことに成功していた。
テンザンは、このブレイクフィールド干渉を利用した、速度を維持したままの突入角修正・変更を、プロジェクトTD機および特殊な調整をされたテスラドライブを搭載しているVOBを行うと考えついたのだ。ブレイクフィールドを維持し続ければ、大気圏摩擦による機体損壊・爆発を防ぐ可能性が高くなる。
『前例があるらしいが……いけるのか?』
困惑するスレイに、再計算を終えたツグミが震える声で答えた。
『成功率算出……50%、ただし今から3分以内に行動開始できたらね』
「それでも、逃げ切れる確率よりは高い、か」
予想通り、成功率は低い。今正に接近してくる無人機に邪魔されればそれまで、更に時間掛け過ぎれば軌道修正限界点にすぐに達してしまう。故にテンザンは、可能性があることを確認・認識し、それに賭けることにした。そのための一時接続解除であり、迎撃、いや先手必殺だ。
「充分だっての……シェースチ、揺れるぞ」
『出来る限り安全運転でお願いします』
『ま、待てテンザッ……』
『ちょっと、まだやるって決めてな……』
スレイとアイビスの抗議も待たず、腰部から伸びる2つのバーニアを噴かし、ゼノリオンが虚空を飛翔する。一度宙空をロールし、宇宙空間での感覚とシミュレータとの違和感を意識内で調節して、2丁拳銃を引き抜く。
突出したゼノリオンを警戒したのだろう、10機のガロイカが文字通り目の色を変えて散らばろうとし、ロケットとクドリャフカに向かっていたメギロートが針路を変更する。
狙い通りだと心中で呟き、再加速。一息で先頭に居たガロイカの一体に肉薄し、展開した右の銀刃で両断。同時に左手でビーム砲の照準を合わせようとしていた機体、その砲口にレールガンを撃ち込む。
自壊が起きるよりも前にバーニアでターン、包囲を咄嗟に仕掛けたガロイカのバルカン群を回転しながら回避し、代わりに両腕を交差させつつ、レールガンを放つ。全弾命中、ガロイカ、残り6機。レールガン、弾倉内残弾なし。
左手の銃のみを仕舞いつつ、右のマシンセル製銃剣でビームを切り払い、正面のガロイカを蹴りぬく。蹴り飛ばされたガロイカはデブリにぶつかり、そこに更にゼノリオンがスピアモードに変えたレールガンで突き刺した。
ガロイカのカメラアイが消灯すると共に、再び機体をひねらせつつ、デブリを蹴って勢い良く刃を抜き、殺到するビームとバルカンを回避。味方からの集中砲火を食らったガロイカはデブリと共に爆発四散し、5つ目の花火となった。
それを見る間もなく、テンザン/ゼノリオンは刃を奔り、交差際にまた1機棘付きウニを切り裂く。バーニアで一度地球側に向くと、今度は右手の銃を仕舞い、代わりに左の銃と、背のシールドを構えた。
4機になった無人機が一斉にこちらに向かってくる。だがしかしその横面を、接近していたメギロートのレーザー砲を襲った。
3機が散開して躱すが、1機は直撃を受け爆発し、爆炎の中を5機のメギロートが突っ切った。その真下、地球側へのU字軌道で昇ってきたゼノリオンの十字架が、常時展開しているエネルギーフィールドを貫き、メギロートの一体を真っ二つにする。
動きを止めることなく、慣性を限りなく無視した直角軌道で、メギロート群から咄嗟に放たれたミサイル群の中を潜り、最短位置にいたメギロートに取り付く。
真正面からの超音波をターンで側面に躱しながら、シミターモードに変えた刃を突き立て、その顔を縦に割った。
バチリとスパークする虫型の機体を、盾から手を離した右手で掴み、バーニアを目一杯出力する。回転する同型機に困惑した様子で動かない他のメギロート目掛け、遠心力で勢いを付けた味方機/爆弾を放り投げる。
すかさず避けようとするが、その前に左のレールガンで投げたメギロートに止めを刺し、爆炎を残る3機の前に御見舞する。
メギロートが慌てふためく中、ゼノリオンをバーニアで上に一回転/逆さまにし、態勢を整え戻ってきたガロイカ4機のビームと銃弾を回避。その状態で両腕を交差、抜き放った2つの銃口が紫電を放ち、超電磁投射砲が撃ち出される。
今度は回避することもできず、ガロイカ/インスペクター側の無人機がすべて沈黙した。銃を2つとも格納、宙空に置いたままの盾を取り、態勢を整えたメギロート3機目掛け吶喊。1機がミサイルを放ち、残り2機がこちらを逆に迎え撃とうと前に出た。
フィールド展開、敢えてミサイルを正面から受け切る。シールドに構わず突っ込んでくるメギロート2匹に対し、直前でフィールドオフ、バーニアで仰向けになるように回避軌道、同時に盾を上へと軽く投げる。
結果、メギロートが盾とゼノリオンの間をすり抜け、がら空きの胴体目掛け、引き抜いたリボルバーレールガン/スピアの刺突。胴から尾まで自ら斬られる形となった2機はそのままふらふらと跳び、爆散。
残り1。メギロートはしかし反転、戦闘宙域に背を向けて加速した。逃げる気か、と口中で零すと、手放したシールドがひとりでに動き、急加速。逃走を図ったメギロートを打ち据え、そのままデブリで叩きつけ、押し潰した。
「……ストライクシールドもどきのこと、できたんだな」
『これでも念動力者ですから』
念動力による操作により、緑光を仄かにまとったシールドが背部にラッチされる。計器内のデジタル時計を見れば、経過時間は2分。予想より手間取ったことに舌打ちをし、機体を反転させる。
「すぐに出るぞ……悪いけど、頼んだ」
『善処します』
後で埋め合わせはしてもらいますけど。そう嘯く少女に笑みを返して、地球を横目に駆け抜けた。
圧倒された。僅か2分間の虐殺劇、スレイはそれを目に焼き付け、ははっと無意識に笑い声を漏らしていた。
かつて自分は才能あるパイロットであり、兄の夢を叶えるべく努力を怠らず、己のプライドに相応しい実力を持っているという自負があった。事実、プロジェクトの候補生の中ではナンバーワンであり、あのトロイヤ隊にもスカウトされたことがあった。スレイ・プレスティは、確かに強いのだ。
その自信を、ある日唐突に現れたテンザン・ナカジマという男が粉々に打ち砕いた。最初の出会いはリオンの実機演習、スタンドプレーで場をかき乱す面倒なパイロット、しかもアードラー・コッホ副総帥の子飼いというのが更に悪感情を抱かせた。
演習の後日、先日の演習での独断を責めるため男の元に赴き、罵り、挑発され、シミュレータで戦うことになった。結果は惨敗、開始30秒で戦闘不能に陥り、わけも分からぬまま墜落した。納得いかずもう一度挑み、再び落された。積み上げていたものにヒビが入るような音がして、それを聞かないようにすべき、日を改め、3度めの挑戦を行った。
「お前の飛び方は固い」
相手は通常のリオン、プロジェクトTD保有の高高度運用ガーリオンのデータを用いてのシミュレータ戦。こちらが機体性能差があり、実機でも使い慣れているという有利な状況にも関わらず、一分も待たなかった。
リオンのフレーム全体を用いた蹴りで崩され、動力部を撃ち抜かれた瞬間に言われた言葉に、プライドがズタズタにされた。更にその後、アイビスが互いに高高度運用ガーリオンを用いて戦った際には、1分半も持ち堪えてみせた。
そんなバカな、と喚き散らした。何故トップの私ではなく、落ちこぼれのアイビスの方が上手く乗れているのだと。
「お前よりこいつの方が、飛び方が自然なんだよ。おかげで捉えにくいったらありゃしねぇっての」
訳が判らなかった。そんな曖昧な言葉で、今までの自分を否定されてしまった。ふざけるなと叫び、逃げた。フィリオやツグミが気にする中、コンディションが悪いからと、1日部屋に篭った。
そして崩れたプライドをもう一度積み上げるため、テンザンにもう改めて挑んだ。条件はアイビスのときと同じだ。
結果は敗北。だがしかし、今度は戦闘中にテンザンから何度もアドバイスを掛けられ、それに咄嗟に反応し、取り込み、そして追いすがり、2分保たせることができた。
「やればできるじゃねーか」
こちらの攻撃で頭部の一部が欠けたガーリオンの中で、テンザンが笑った。どんなもんだと、それに返してやった。
その戦闘のドッグファイトで取り込んだ技術は、成長中のスレイの成績を更に伸ばした。同じくテンザンとの演習も行っているアイビスも実力を伸ばしており、戦争中で候補生がスレイとアイビス以外にいなくなった影響で順位の変動が起きることはなくなってしまったが、今ではナンバー2ぐらいは名乗らせてもよいと思える程の腕を持つようになっていた。特にマニューバのセンスはスレイを凌駕しているのを感じとっていたが、ナンバー1のプライドはそのことを口にすることはしない。
それからもプロジェクトTDでの訓練以外、それに出撃の合間でタイミングが合えば、シミュレータ訓練を行うようになっていた。
途中からはテンザンの部下として配属されたリョウトも加わり、3人でテンザンに追いつけるよう切磋琢磨していた。それはアイドネウス島から離れ、プロジェクトTDの訓練のみになってからもだった。
スレイの中で、テンザン・ナカジマという青年は、1パイロットとして越えるべき大きな存在となっていた。
そして今、一時期は消息不明になっていた己の壁は、あの時感じた以上の大きさへと変じていた。それが何故か、とても嬉しく思えた。
『15機いたエアロゲイターの機体がたった2分で……たしかにこれは、シラカワ博士が警戒するわけだ』
通信機から兄/フィリオの独白が聞こえ、正気に戻る。そして経過時間を確認し、自身の腕とパートナーの体調、そして乗機の状況を確認し、操縦桿を強く握った。
「兄様……いえ、フィリオ少佐、フライトプランの変更を提言します」
『それは……彼らの案を受けるって意味でいいのかい?』
「はいっ」
映像通信の向こうでツグミが息を呑み、アイビスの表情が強張る。自分も勝手なことを言っている、という自覚はある。たしかにプロジェクトTDの今回の役目は、VOBによる大気圏離脱・再突入までのフォローだが、イレギュラーの介入が発生したならばその限りではない。たった今その危険性はなくなったが、そこから更に首を突っ込み、危険を犯そうというのだ。反発があって当然だ。
それでも、今そうしたいという願いが内に宿っている。その熱を止めていられるほど、スレイ・プレスティはリアリストではない。
「あいつは、私にとっての大きな壁です。けれど、借りもあります。それを利子をつけて返して、逆に貸しを作りたいんです……お願いします」
自分が強くなる切っ掛けを、ライバルを作ってくれた礼を、これで果たす。向こうはそんな覚えがないといっても、借りは借りなのだ。それを返せないのは、スタードライバーとしての名折れだ。
敬愛する兄/プロジェクトリーダーの目を真っ直ぐに見て、己の答えを出した。その間にゼノリオンが戻り、機体を一度は解除したVOB先端部に戻すが、しかしこちらの状況を聞いていたのか、無言を貫いている。
『……ふぅ、わかった。いつかは似たようなミッションをやるかもしれないんだ。その予行として、フライトプラン変更を許可する』
「っ、あ、ありがとうございます!」
『よし、ならすぐ準備しよう。ツグミ、頼むよ!』
『はっ、はい!』
慌ただしくなった管制室、そこにいるスタッフの皆に頭を深く下げ、同じくこっちの我儘に突き合わせることになった背後のアイビスを見やる。いつもはこういう無謀な試みでも、フィリオからの号令があれば頷く犬娘が、今は目を大きく見開いてスレイを見下ろしていた。謝罪をするつもりが思わず眉をひそめ、声を不機嫌にして尋ねる。
「……何だ、やはり不満なのか?」
「う、ううん! 助けて貰ったし、今度はこっちが助けるようってのはいいんだけど……スレイが、フィリオに対してああ言うのは、その、珍しいなーって……」
「私達とて兄妹喧嘩の1回や2回はする。今はいい大人だからしないが……それよりもアイビス、やると決めたら準備だ、気合を入れろ!!」
「あ、アイアイマム!」
機敏に反応したアイビスがすぐさま機体調整に入る。結局感謝ができなかったな、とぼやきながらスレイも正面に目線を戻し、通信を開き直したテンザンとシェースチを見据えた。何故かその顔は、鳩が豆鉄砲を食ったような呆けたものだった。構わず鼻を鳴らし、息巻く。
「そういうわけだ。手伝ってやろうテンザン」
『……あ、ああ、助かる。勝手に巻き込んじまって、その……』
「謝るな、お前らしくない」
言いながらクドリャフカの姿勢制御スラスターを操作し、ゼノリオンの正面に機体をつける。機体をむき出しにし、背には最初よりも幾分か雑に接続された機器類は、これから本当に大気圏突入を果たそうするにはあまりに無防備だ。念動力で行ったというが、"金色の少女"の疲れたような表情を見るに、万能ではないようだ。
「それよりも、サブパイロットを気遣ってやれ。突入は先導するこっちで調整してやる」
『んなのわかってる。俺が聞きたいのは……』
「言っただろう、お前には借りがある。それをきっちり利子をつけて返してやるんだ。余り分は貸しにしといてやろう」
だから素直に協力されろ。それだけ言って一度通信を切る。操縦桿を握り直し、地球を見下ろす。
「いくぞクドリャフカ。兄様と私達の夢が本物なのだと、証明するぞ」
呟いた言葉に呼応するように、星駆ける犬の瞳が、爛と輝くのだった。
話が進まない……進んでなくない?
※2018年3月18日 一部修正