スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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スパロボ30に覇界王が出演するので初投稿です。


オペレーション・ナインブレイカー 2

『ふざっ……ふざけるな! 何で、今……お前が! お前がっ、ここにいるんだ!?』

 

 狂気じみた怒声が喚き散らされ、旗艦スティグロの艦橋内にハウリングする。反応は予想以上だった。オペレーターの数人がたまらず耳を塞いでいるが、地球連邦軍大統領補佐官/アルテウル/シュタインベックは狼狽えた様子などおくびにも出さず、両手を鷹揚に組んで、話を続ける。

 

「……我々地球連邦は、ディバインクルセイダーズとコロニー統合軍という強大な敵と戦い、勝利した。そして今、異星人の驚異すら目に見える形で現れようとしている。そのような状況でDCの残党程度に屈することは、旧暦のテロリズム対策同様、愚行に過ぎない。故に、大統領の意思代行として貴官の要求を認めることはできない」

『っ、そういうことじゃねえ!!』

「……大統領補佐」

「慌てるな、まだ時間を稼ぐ」

 

 相手の話を聞きつけ、本命のための時間を稼ぐ。この作戦の裏側はどうあれ、主眼は王女救出とDC残党討伐なのだ。故に人質交渉などはないし、相手の言い分を聞く気もない。ただ助け、その後撃滅するだけだ。だからこそ今は作戦の都合上、会話を続けていたほうが好都合であった。

 そしてアルテウル・シュタインベッグとしては、テンザン・ナカジマの言葉は聞く意味がある。

 アームズフォートの件から、アルテウルはミツコがかのアイデアを得たその裏をより深く探り、やがて1人の少年にたどり着いた。それがテンザン・ナカジマだ。自身の知識の中の存在とは異なるのかとより詳しく調査してみれば、その異端性は容易くアルテウルの前に提示された。

 無自覚とはいえ、アームズフォート他様々なイスルギ製兵器の概念発案者。DCが見つけ出し、鍛え直した剣ともいうべき魔的戦闘能力。ミツコ・イスルギとの奇妙な繋がり。これらだけでもアルテウルの持つ虚憶/断片化された前世の記憶にあった人物とはかけ離れた存在だ。極めつけに、ハガネ・ヒリュウ改と交戦した際、主に動転した折に発せられた不可思議な言動。間違いなく、自分とは異なる異界・時間軸の、異なるレコード/虚憶、またはそれに類する何かの持ち主と判断できた。

 そして、アルテウルを見て"何故""今""ここにいる"と叫んだ以上、この身の正体にも行き着いていると考えていいだろう。予め推測していたとはいえ、やはりか、と心中で溢す。そして、確信を持ったことで改めて認識を固めた。

 

「地球連邦は、秩序を脅かすイレギュラーを認めない」

 

 アルテウル、否、野心を抱える異星人ユーゼス・ゴッツォは、制御が効かず、己の知識/虚憶の及ばないイレギュラー要素を抹消すると判断した。

 

「故に、これは最後通告だ。シャイン・ハウゼン王女を引き渡せ。そうすれば、君たちは法に則る、然るべき罰を与えるだけに留めよう。勿論、君たちの話次第では、酌量の余地はある」

 

 人質交渉はなく、ただの通告。統領補佐官としての権限・発言力を用いて、か細いながらも生存の道を見せつけ、同時に挑発する。交渉人としては3流以下の応対だが、"テンザン・ナカジマ"を揺さぶるには十分だ。事実、通信越しのパイロットは息を呑んだ。

 

『……っ、それは、シェースチたちを……あいつらをっ、晒しものにしろってことか』

「君たちの持つ技術は我々に取っても有益だ。詳細な内容は確認しなければならないが、悪いようにはしない」

『……はじめっから、そっちが目的かっての』

「まさか。私は政治家として最良の結果を求めているだけだ」

 

 どちらも本当だ。シャイン・ハウゼンの救出は大前提であり、他国からの希望もなる。しかし同時に、己の知識を埋めるために伊400を拿捕できればとも考えている。

 サイコ・ネットワークという言葉自体は虚憶にはないが、類似の概念はいくらでもある。それを念動力で為そうとする研究はアルテウルの目的の中には含まれていなかった。だがある程度の"完成品"があるのであれば、そこから己の計画に利用できないか解明することも考えていた。念による仮想空間・ネットワークの作成と、非能力者でも問わず利用可能な情報伝達の有用性は、平行世界での異能力を知っている以上、よく理解できるだろう。この世界のものが実用レベルであれば計画に流用、そうでなければ本国への成果物として使えばいい、という皮算用も立てていた。

 だが、それはあくまでP・ネットワークに関わる範囲だけだ。それ以外は、特に"テンザン・ナカジマ"は早々に海の藻屑とすることが、彼独自の目的だ。

 

『政治家、結果か……ならここにいるてめぇの本当の目的は何だ……ユーゼス・ゴッツォ!』

「ほう、その名を知っているか」

 

 わざとらしく感嘆の息を漏らしつつ、心中であざ笑う。引っかかったと。

 AFという埒外の存在があったからこそ。様々なリスクが発生するのは目に見えていた。その中にはもちろん、イレギュラー要素がユーゼス・ゴッツォの名と意味を知っている可能性があった。だからこそ、まさか本当にその名を呼ぶとは、と愚行に対して嘲笑った。

 

「こそばゆいな、プライベートなペンネームを知られるというのは」

『……はっ?』

「それは私が学生時代、テレビ局のドラマ企画に応募していたときの名前だ。光の巨人シリーズといって多少は売れたのだが……まさか、そこから今の私を判別されたのは驚いた」

 

 この世界に存在しない知識・記憶を私的利用するのは、何も不思議なことではない。それが将来起こりうることか、はたまた遥か遠い世界の出来事か、もしくはただのフィクションかは、一つの視点しか持たない只人にとっては全て同じ虚構だ。

 故にアルテウルは、地球における活動のカバーストーリーとして、あえてユーゼス・ゴッツォの名をペンネームとして使うことを計画に加えた。ゴッツォの家名だけであれば彼の母星だけでなく、この地球にも存在する家名だが、フルネームに反応し接触するようなものがいれば、それは虚憶か類似の知識を持ったもの、または異星人だと判断できる。何より今のようにそれを使って脅しをかけるようなものがいれば、カバーストーリーを使って隠した上、弱みとして機能させないことを認識させる。

 万が一に備えての策だったが、存外うまく嵌ったようだと、自らの策に得心する。同時に、ユーゼス・ゴッツォにとって、"テンザン・ナカジマ"がラインを超えた存在であると改めて認識した。

 あぶり出された真のイレギュラーが確定した以上、後顧の憂いを絶たねばならない。

 

「ファンに対しては非常に心苦しい。だが、それでも今の私は連邦の人間だ、任を全うしなければならない」

 

 時間稼ぎは終了したと、片手を上げる。予め決めていた所作に艦長が頷き、クルーに対して予め決めていた殲滅プランの準備をするよう指示を出した。

 

「オペレーション・ナインブレイカーをフェイズ2-Bへ進める。伊豆基地所属の各機は速やかにフォーメーションDに変更せよ』

『フェイズ2-Bって……おい、まさか本当にやる必要あるのか?! あいつらが着くまで抑えてればいいだけだろう!?』

『シュタインベック大統領補佐、フェイズ2-Bへの変更は早計ではないでしょうか。現状でも十分敵機を追い詰めています、AFの新機能テストとはいえ、些か過剰では……』

「レフィーナ艦長、叩くときは徹底的に叩かねばテロリストはいつまでも蔓延る。主席であった以上、そこは理解していただきたい。それに……君たちはこれと同等に有利な状況で彼らを逃したことがあるのだろう? ならばより念には念を入れるべきだ」

 

 民間協力者であるマサキ・アンドーの喚きも、ヒリュウ改のレフィーナ・エンフィールドの抗議もまとめて一蹴する。フェイズ2,この"陽動・戦闘段階"ではシールダーや未確認の艦載機を敵母艦か引き離すことを目的としている。現に、戦力として考えられていたアーマリオンが飛び出し、見事にハマってくれた。本来のフェイズ2であればそのまま撃墜、不可能であれば囲むだけで時間を稼ぐという、シンプルな作戦だ。

 これをフェイズ2-Bに移行することは、攻撃の主体と"確殺"への意識、この2つの切り替えだ。

 それは、ハガネ・ヒリュウ改の戦闘能力を信用していないと告げたにも等しいが、別の理由もある。長年の経験と虚憶から、彼らの意識に躊躇いが見えたのだ。シールダーとの戦闘では不自然なくらい、機動兵器パイロットの死傷者が他より少ない。加えて、パイロットであるテンザン・ナカジマはいかにも真っ当そうな目的意識をヒリュウ改との戦闘時に告げたことがある。わかりやすい例では、リクセント皇国での言動だ。

 "お人好し"なところのある人間であれば、テンザンという人間を再評価している真っ最中だろう。それ故に無自覚の内に迷いが生まれ、シールダーの投降に意識が向く可能性が高い。事実、舌打ちや歯ぎしりがわずかに届き、不服の感情が漏れ出ているのが手にとるように理解できた。

 無論、今この段階であのSRXチームに悪感情をもたれることは悪手とも考えたが、今後の計画を考えれば、今は目先のイレギュラーを抹消することが優先された為、リスクとして負うこととした。

 

「本作戦の最高責任者代行として命ずる、指示に従え」

『っ……了解しました。しかし、彼らが敵艦に到着次第、状況を確認のため中断することを提案いたします』

「いいだろう、その提案を受理する」

 

 もともと想定していたことをあえて提案という形で受けとると同時に、スティグロの巨体が震えだした。秘めた力を開放することを喜ぶ、獣の武者震いの如く。

 スティグロの心臓部の唸り声だ。連動し、側面に備えられた4つの専用機構が展開し始める。その途端、科学技術の産物とは思えない巨大な魔法陣が艦影両側面に出現し、歯車の如き外環が独りでに回転して、余剰エネルギーが赤雷となって海上を暴れだした。更に水中翼船特有の艦首に当たる箇所からは、スティグロの直径とほぼ同サイズのビーム刃が発振されるが、しかしのその形状は常に歪み、一定の形を保たなかった。傍から見れば力場形成に失敗し、いつ消失してもおかしくない状態だが、しかしこの不定形な形状こそがこの兵装の特徴なのだと、開発したアルテウル本人と、ただのEOTI関連兵器だと教えられたスティグロクルーは知っていた。

 

「主機出力最大、パラダイム・シーカーによる計測開始します」

「観測範囲内の味方機、後退指示に従ってください」

「艦首レーザービーム発生機安定、力場とアカシャ変数の連動完了しました」

「大統領補佐、パラダイム・シーカーおよび艦首ビームセイバー……"セブンスラッガー"セット完了しました」

「攻撃を許可する、味方機は勿論、本命がつくまでは敵母艦へは当てるなよ」

「承知しています……セブンスラッガー発射!!」

 

 艦長の号令によって、スティグロにチャージされたビームの刃が解き放たれる。縦一文字に曲げられたそれは、次の瞬間には、空間を飛び越え、ゼノリオンとアーマリオンを"背後"から襲った。

 

 

 

「えっ?」

 

 ビルを一刀両断できそうなほどのビームの帯。それが何の前触れもなく背後に現れたことにリョウトは反応できなかった。搭乗するアーマリオンの計器は1フレーム前の正常値から、一瞬で計測不能の値を弾きだしていた。しかしその瞬間には、咄嗟にアーマリオンを蹴り飛ばしたゼノリオンとテンザンが、即座にシールドを展開し、ただの機動兵器が阻むにはあまりにも無謀な断頭台を受け止めたのが見えた。

 直後、空気とエネルギーが破裂し、爆発が起きた。爆炎が舞い、爆風が蹴りの衝撃でバランスを崩していたアーマリオンを煽るが、すぐに態勢を立て直してレーダーを探る。自身で調整した一瞬ノイズが走るがすぐに回復し、爆発の中心から機影が落ちる黒い影を見つけた。それが何か瞬時に察し、悪寒を振り払うように叫んだ。

 

「テンザン君っ!?」

 

 咄嗟にペダルを踏み込み、アーマリオンを奔らせる。相対速度を合わせ、なんとか受け止めることに成功したその機体は、しかしたった一撃でボロボロになっていた。

 全身が焼き溶かされ、両肩のスラスターは内側から爆ぜて周辺装甲を内から破壊していた。頭部も溶けたアンテナがカメラアイを覆い隠し、全力機動で負荷を与えていた関節部からは火花が散り、こうしてチェックしてる最中に右腕が爆発し海面へと堕ちていった。唯一原型を保っているのは正面からあの刃を受け止めた盾だけで、それでも全体が泡立ち焼けただれ、マシンセルの銀が溢れていた。

 何が起きたのかはわからない。だが現実として、スティグロから放たれたビームが、ゼノリオンに直撃してしまったのだ。想定以上の損害だが、リョウトの冷静な研究者として一面はなぜそうなったのかを理解できてしまっていた。本来の性能とシェースチ、そしてテンザンの組み合わせがあれば、艦砲射撃でも容易に止められるだろう。だが今のゼノリオンは機能制限された状態で、シェースチが乗っていない状態で、完全に不意を打たれての不完全な防御態勢。いくらテンザンの反応速度と盾本来の硬さがあろうと、限度があった。

 

『っ、あ……リョウ、ト……ぶじ、……』

「喋らないで! バイタルはっくそ、っ、危険域っ! 機体はまだ動くけど……っ」

 

 接触通信で繋がった映像には、アラートが鳴り真っ赤なライトに染められたコックピット、そして内部から破損した機器の破片が刺さり、砕けたヘルメットの中で項垂れるテンザンだ。細かな破片の刺さった頭頂部から顔に向けて血が垂れ落ち、加えてコックピットまで届いた熱波と衝撃で鼻血まで吹き出している。意識は辛うじてあるようだが、目の焦点があっていないことから、すぐにでも手当が必要だろう。

 そうしてテンザンの安否を確認し、歯噛みしている間にも、2射目が準備されだし、スティグロの艦首衝角に淡い光が灯りだした。息をつく暇もない、とアーマリオンのトルクを全開にして、ゼノリオンを抱えたまま反転、離脱を試みる。その出鼻を、目先に放たれた2条のビームが挫いた。

 

『……そこまでだ』

『ごめんなさいね。けど、貴方達を倒すには、これぐらいのことはしないとね』

「ライディースさん、エクセレンさん……っ」

 

 ハガネ・ヒリュウ改でも屈指の名手2人が、自然と作られた檻から獲物が逃れようとするのを阻む。歯ぎしりしつつも周囲を見やる。等間隔にフォーメーションを組み直した各機は、油断なくこちらに火器を向けている。明らかにこちらを囲い込む態勢だ。おそらくは、最初の連続攻撃はこの檻を構築することのカモフラージュでもあったのだろう。唯一正面のスティグロの方向は空いているが、それこそ誘蛾灯に吸い込まれる虫のようなもの、即座にあのビーム刃が向かってくるであろう。いくらまだシステム・モルディールを使えようが、特機でもなく、ましてやテンザンほどの腕前もない自分ではそこに飛ぶこみ、スティグロを何とかしようとするのは自殺行為だ。

 

『座標固定の誤差が酷いな。まだ改良の余地が必要だな』

『ですが有効です。座標再設定、エネルギー充填完了。セブンスラッガー発射!』

「くっ……」

 

 逡巡する内に、2射目が放たれた。巨大な、それこそ地上に現れた三日月とも言うべきそれは、一瞬スティグロの前方を飛んだかと思えば、瞬く間に視界から消えた。

 来る、と呼吸を止めて集中する。計器とレーダー、そして有視界全てに意識を持ちながらも、念動力者としての知覚を今できる最大限まで引き上げる。一秒先に灼熱の光に飲み込まれるやもしれない状況に、心臓の音がバクバク鳴って、震えが止まらなくなりそうだった。それでもと、肩を貸した僚機と、その内に収まる人の存在を認識して、歯を食いしばる瞬間だった。

 不可視の閃きが、反射神経を動かした。倒した操縦桿とペダルに連動して、アーマリオンが瞬時に後退する。途端、真下から幅の広いビームが眼前を突き抜け、そのまま空へと昇っていた。その進行方向で待機していたPTや戦闘機が、距離も取っていたことから即座に回避機動を取り、同じように刃に当たることはなかった。

 どっと汗が溢れ出し、視界が歪む。避けられたのは奇跡と呼べた。だが代償として、たった一瞬の回避行動だけ己の気力が削り切られた。たまらず弱気が出そうになるのを、スティックを潰すが如く握りしめて耐える。

 

『……座標軸固定が安定しない? オペレーター各位はアカシャ変数抽出時の情報を再計算して欲しい。次の試射を……』

『っ、おい、お偉いさん! 味方にまで当たりそうになったんだぞ、もう少しまともに狙ってくれ!!』

 

 淡々と、矢継ぎ早に指示を出すアルテウルに、我慢ならぬとばかりに誰かが唸った。聞き覚えのある声だが、誰かと識別するほどの余裕がない。ただ呼吸を整え、強引に酸素を頭と四肢に回そうと試みる。

 

『ふむ、そこは申し訳ないことをした。このシステムの性質上"空間を飛び越えてターゲットに必ず当たる"はずだが、まだ調整中故か、不安定だ。君たちなら避けられるだろう?』

『っ! 欠陥ということか……』

『……ライ、私語を慎め。各機、フォーメーションを維持しつつ距離を取れ。アヤ、フォローを頼む』

『……了解です』

 

 誰かの指示の後、エースたちによる檻が広まった。抜け出しやすくなった、と考えたが、しかしスティグロの絡繰りが読めない以上、どこまで逃げていいかわからない。意識が万全でないせいか、引きづられて心が弱気になりそうだ。

 それが、三度目の光がスティグロに灯るのを見た瞬間、震えと共に漏れてしまった。

 

「っ……なんで、なんでこんなことをするんですか!? 確かに僕らはDCの残党です、だけど……ここまでされることは……」

 

 本来ならば、この道を選んだ以上、そのようなことを言えるものではない。それでもリョウト自身の弱さが、非難の声を上げてしまった。

 DCに加担し、その名を今も使っている。ハガネの皆を裏切り、その仲間を誘拐している。連邦のAFや基地を攻撃している。更には一国の王女の拉致と、罪状はあげれば切りがない。それでも、ここまでされる謂れはないと、リョウトは叫びたかった。テンザンは身を削りながら戦うのは、自分の運命に抗うことと、仲間たちを元の体に戻すためだ。その道は決して悪ではない。

だからこそ、リクセント皇国の時のような奇跡も起こせたし、自分も最後まで着いて行きたいと願うのだ。

 

『ああ、きみは……リョウト・ヒカワといったか。言い忘れていたが……協力に感謝するよ』

「えっ……」

 

 だからだろうか、唐突に己が名を出された時、今度こそ意識に空白ができてしまった。今狙い打たれれば簡単に落とされるだろうが、しかし不思議と、誰もトリガーを引くことはなかった。

 

「協、力……何を、言って……?」

 

 悪寒が走る。シェースチたちの言う念動力由来のものではなく、己の人生において過失を突きつけられるような、手足から温度が消えていくような錯覚を覚える恐怖の前触れ。言わせてはいけないと体中に力を込めようとするが、それが枷となって、逆に動くことができなかった。

 

『気づいていなかったのか? 私が聞いていたところだと……』

『……そこからは、ボクから話させてください』

「オオミヤ博士? どういう、ことですか……?」

 

 アルテウルに割り込み、映像通信に顔を出したのは、オオミヤ博士/ロブだった。ハガネも近くに待機しているのだろう、背後にはダイテツ艦長の姿も見える。だがそれより、ロブの顔は険しく、その口から紡がれようとする言葉に、言わせてはならないと、人としての本能と直感が警告する。それでも、今のリョウトに止める術はなく、重い扉を開くように、声が発せられるのを待つ他なかった。

 

『……君の食事に小型の発信機を仕込んでいたんだ。君が万が一、脱走してもすぐに見つけられるようにするためだったけど……それのおかげで、君たちの進路予測も容易にできたんだ』

「なっぃ……、それは、なんで、そう、言って……」

『……謝りはしないさ。だが、こうなることは、正直起きてほしくなかった』

 

 そして吐き出されたロバート博士の言葉に、視界が真っ暗になって、今度こそ操縦桿から手を離してしまった。彼の声には、罪を告白するような重さがあり、それが真実性を裏付けていた。何よりも、先程感じた直感と周囲の沈黙が、その意味を肯定していた。

 考えれば、納得できる話だ。何故、ジブラルタル海峡などという重要な海峡を、いくら国家の重要人物の為とはいえ、大胆にも機雷封鎖の選択を取れたか。なぜピンポイントで待ち伏せができたか。すべて、発信機で場所も進行速度も分かっているとなれば、確かにそうだと言わざるを得ない。

 そもそも、急に心変わりして、その真意を明かさず協力する元敵兵など、信用しきれるわけがないのだ。むしろ、発信器をつけるだけで済んでいたのが有情といえる。もしかしたら、それこそ泳がしていたのかもしれないが、それだけで済ませた彼らを裏切ったのは、リョウト自身の咎なのだ。どう言い繕おうと、事実は事実だ。

 現実を認識したら、ひたすら吐き気がした。自分がこの状況を招いてしまった事実に対し、自戒と罪悪感が心中で渦巻き、今に倒れそうになり、意識が暗闇の奥へと墜ちそうになる。いっそ、自分ひとりだけであれば、それもいいかもと考えてしまった。

 だが、アーマリオンが支えるゼノリオンが目に入った瞬間、口の中をわざと噛んで、強引に意識を保った。

 痛みと血がじわりと口内に広がり、暗転しようとする脳に揺さぶりをかけ、いじけ回るリョウトという馬鹿野郎を今一度呼び覚ます。ここで呆けるのは、それこそ後回しだ。謝罪も、贖罪も、罪滅ぼしも、この場でテンザンを生きて返さなければ何の意味もないのだ。

 強引に血を流したおかげか、逆に意識がクリアになりだした。むしろ、ようやく覚悟を持つことができたと言うべか。為すべきことのために何ができるかを思考し、命をアーマリオンというチャンバーを詰め込むことを決めた。

 

「っっはぁーー……そういう、ことなんですね。それならやっぱり、僕が頑張らないと、いけないっ」

 

 血と逆流する胃酸を飲み込み、機体のタッチパネルからシステムを立ち上げる。一か八か、ジェネレーター出力の再調整、放熱状態のチェック、フレームの損傷状態確認。一度の戦闘での連続使用は初めてだが、取れる手がこれしかない以上やるしかない。

 

「テンザン君、聞こえてる? そっちの腰部はスラスターは生きてるはずだから、何とか船まで戻って、逃げてくれ」

『ぁ、リョウ、ト……?』

「ボクは、ここで皆を足止めする。君は生きて……必ずシェースチたちを助けて上げて」

 

 システム・モルディール。インパクトランスのオーバーロードの原理を、自機全身で再現するシステム。超加速と異常なまでのT・ドットアレイ密度の形成で、機体赤く見えるほどのそれは、同時に機体とパイロットに重大な負担を強いる諸刃の剣だ。既に発艦直後に使用して、いらぬ負荷をかけている。この上もう一度、今度は限界まで使うのであれば、いつまで機体と体が持つかわからない。加えて、必ず包囲網を突破できるなどという保証はどこにもないのだ。ATXチームより余程分の悪い賭けと言えよう。

 それでもやはり、思いつくのはこれだけだ。冴えた解決手段を取れない己の腕の無さを恨みつつ、それでもテンザンだけは助け出すと決め、震える指先でシステム起動のボタンへ近づける。スティグロのブレードはすでに充填されており、気味の悪い魔法陣が空に溶け、嘶きが海上に響いている。他のPTの様子も、その内にある意識には迷いを"感じた"が、銃口だけはきっちりこちらへ揃えられている。

 

『やめ、ろ……』

「ありがとう、テンザン君……システム・モルディール……っ」

 

 そして、決意を込めてシステムを起動しようとした瞬間、背後の海中から水柱が立った。手を止め、とっさに背後へ視線を向け、驚嘆した。

 

「400が……浮上して……っ?!」

『どうやら、目的は達せたようだ』

 

 蒼い船体、オリジナルより大型化している母艦/伊400が、海上へと飛び出した。何故と、思うよりも先に、新たに海中より飛び出した機影を見て、察した。

 

「グルンガスト……そうか、別働隊っ……!」

 

 水中行動も容易で、潜水艦のパワーにも負けない特機。それが何故包囲網の中にいなかったのか、もっと考えるべきだった。

 先程までの攻撃はすべて囮、本命は直接船を確保することだったのだろう。確かにシャイン救出を主目的をするならば、戦力を分断して、囚われている場所を直接確保すればいいのだ。特にテンザン/ゼノリオンの戦力は、連邦側は大きな戦力と見ているのだろう。実際、過去の戦闘であのスティグロは一度撤退させられ、SRXチームやATXチームは何度も痛み分け、いや敗退している。ならばいっそ、戦わずに救出対象を確保することが最善だ。

 そして結果はご覧の通り。連邦にとっては最良で、リョウトにとっては最悪だ。ゼノリオンは大破し、船も抑えられた。その過程に、何もできない自分が悔しかった。

 

『さて、では改めて伝えよう。シャイン王女を救出せよ。敵機動兵器はこのままスティグロで……?』

 

 完全に詰みなのか、そう諦めようとした瞬間だった。

 

『おい皆、ちょっと手伝ってくれ! 奴さん"じゃじゃ馬過ぎる"!!』

『ちょ、待て待て待て待ってくれーー!?』

『とぉぉぉりゃああぁぁぁ!!!』

 

 イルムとタスクの悲鳴の直後、更に巨大な水柱と、場違いと言えるぐらい気合の入った少女の声が響き渡った。何だ、と誰もがそれを見て疑問符を浮かべた瞬間、赤い特機が、白いPTにアッパーを喰らい、天高く殴り飛ばされた。

 赤い機体は、ヒリュウ改所属のジガンスクード。水中用のスクリューを脚部に追加されていることから、グルンガストと同じ命令を遂行していたと見える。もう1機は船内で修繕、いや改修されたR-1だ。"R-1 ダッシュ"と密かに博士たちが呼称しているその機体は、手甲型に変形したシールドに、念動力の緑光を纏わせ、重量差が倍以上あるジガンスクードを殴り飛ばしていた。

 そしてその機影からは、聞き知った少女の声が聞こえる。少なくとも、正規パイロットであるリュウセイでも、念動力が使えるシェースチでもない。聞き間違えでなければ、渦中の一人のものだ。

 

「シャイン、王女……?」

『リョウト、道を開けなさい! アレを撃ちますわ!』

 

 何を、と言おうとしたが、回頭しその船首をこちらへ、いやスティグロへと向けた伊400を視界に捉え、その船体下部に光のラインが奔ったことに気づいた。状況はまだすべて飲み込めていないが、やるべきことは分かったと、機体を反転させ、ゼノリオンを抱えたままグルンガストに接近する。

 

『リョウトかっ?!』

「グルンガストにアーマリオンの豆鉄砲は通用しない、だったらっ」

 

 こちらに気づいたグルンガストが即座に反応し右腕を構えたが、その矛が放たれる前に大きく旋回、空いている片腕で威力を抑えたスプリットビームをばら撒く。そうして視界を防ぎつつ、放たれたブーストナックルをかわし切る。質量によって生じる風圧をまともに受けるが、そこでバランスを崩さず、更にシザー機動をかけながら海上スレスレまで降下した。

 瞬間、3条のビーム光が直前までいた場所を灼いた。テンザンのような戦闘機動を真似た結果だが、避けられたのは運が良かったからと背筋を凍らす。しかし更に接近警報、息をつく暇もなく、海上に待機していたR-2とR-GUNが迫る。このままクロスレンジまで持ち込まれれば、ただでさせ近接では分が悪い上に、大破したゼノリオンを抱えている以上、為すすべもなく落とされてしまうだろう。

 だが、もう遅い。

 

『船首開放、超重力砲チャージ完了! グルンガスト以外にも牽制を忘れるな!!』

『グラビトンウェーブ・ロック、座標固定!! 目標、スティグロ!!』

『機関左腕部を展開、総員、何かに掴まって!!』

『なに、これ、イルカの鳴き声……っ?!』

 

 あ号たちの鳴き声が戦場の無線に伝播する。しかし言葉として解することができるのは、P・ネットワークに接続したメンバーだけだ。その困惑を突くとばかりに、こちらを手を進める。

 伊400から海上へ、一直線の大出力ロックビーム、否、"ヴァルシオン系列機"由来のグラビトンウェーブが伸びる。その痕跡は神話の如く海を割り、アーマリオンと接近する2機の間を妨げ、急激な重力変動は突風を巻き起こして連邦の機体の動きを封じた。さらに重力変動波はスティグロまで届くと、伊400より遥かに巨大な機影を、重力制御によって縛り付けた。

 

『これ、は……!?』

『く、重力制御だと!? 機関室、出力を上げろ! VIPが乗っているんだぞ!?』

 

 スティグロから響く阿鼻叫喚の間にも、伊400が隠された主砲の発射態勢を取る。船体下部先端が花開くように左右へ開け放たれ、その内に秘められた機構を外部へ晒した。そこには、伊400の主機として己の存在を確立したヴァルシオンがいた。必要最低限というべき、上半身のみが本来のエンジンルームに固定され、伸ばされた左腕の先端は、その代表的兵装とも言うべき砲身に換装されていた。その砲口が、スティグロへまっすぐ向けられた。

 

『アレは……ヴァルシオン!?』

『やはり利用されていたか! ならばあの砲は……スティグロ、退避しろっ!』

 

 主機の正体に気づいたギリアムたちが警告を出したが、とうに準備は終わっていた。充填されたエネルギーが外部へ漏れて紫電となり、本来の機能を発揮した主機ユニットは赤と青、そして黒い光球を砲口へ収束させる。その3つのエネルギー球が合わさり、融合を果たした瞬間、青白い閃光となって弾けた。

 

『超重力砲、発射ですわっ!!』

 

 そして、王女の号令と共に、閃光は解き放たれた。誰の援護も間に合わない絶好のタイミング、一直線に伸びる青の重力衝撃波が、そのままスティグロを撃ち貫くと、誰もが考えた。

 

『っ、変数代入を省略! セブンスラッガーを通常照準で発射、急げ!!』

 

 切羽詰まった声で叫ぶアルテウルの機転によって、同様にチャージしていたレーザービームの光波がスティグロより放たれた。恐ろしい光の刃は一直線に進み、割られた海を突き進む超重力砲と衝突、その形状を構成するエネルギーのすべてで拮抗した。

 しかし、それも一瞬。衝突による爆発と衝撃、閃光が戦場を満たしたと思った瞬間、刃は霧散し、超重力砲の光はスティグロの左舷下部を撃ち抜いた。

 

『なっ、に……?!』

『さぁ、状況を五分にしますわっ! 連邦の方々、どうか私を"助け出してください"なっ!!』

 

 そしてそれを見届けたR-1、いやシャイン・ハウゼンは、その乗機の盾を鎌へと変形させ、高々と宣言したのだ。




(シャイン王女の活躍が)どういうことなの・・・?

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