新西暦187年5月AA日
ジブラルタル海峡海戦から4日、私は北欧ノルウェーにあるアンドーヤロケット発射場基地の医務室で、ベッドの住人になっている。病院での検査や、伊400の到着などがあって落ち着かなかったが、ようやくこうして筆を取ることができた。次の検査まで時間がある、今の内に状況を整理しよう。
ネビーイーム、いやホワイトスターが現れた後、私は気絶してしまったらしい。あの、剣に変形した盾を回収したまでは覚えているが、その後はそのまま海中に落ちかけたらしい。そこを救援に来ていたスレイとアイビスにゼノリオンごと拾われ、目的地だったここに先に運んでもらったと聞いている。ゼノリオンは大破で、私自身は重症。イスルギ重工が用意した最新の医療用ポッドがなければ死んでいたらしい。確かに走馬灯、というより妙な幻覚を見たとは思ったが、我ながらあそこまで動けたのだし、まだ私が"死ぬとき"は先である以上、死ぬには早い、というのは言いすぎだろう。だが、皆にはまた迷惑を掛けてしまった。そこは反省しなければならない。
ゼノリオンは、そもそもこの基地に到着する時点でいつ主機が暴走して爆発してもおかしくなかった、とのことだ。幸い、副機であるブラックホールエンジンは私が気絶するのと同時に安全装置が働いていたようで、被害想定は少なかったらしいが、運んでくれた2人は肝を冷やしたとのことだ。"原作"とは関係なく、あの2人には恩ができてしまった。
基地に着けば、待機していた現地のイスルギ重工のスタッフが応急修理を行ってくれ、伊400到着後は整備スタッフが中心になり本格的な修理と改修を行い、明後日には稼働には持っていけるとのことだ。いつもボロボロにしてしまい本当に申し訳ない。
伊400もホワイトスター出現のドサクサに紛れて、あの戦場からすぐさま逃げてきたとのことだ。だがやはり、戦闘の影響で、目立つ損傷を残したままとなっていた。機雷については、超重力砲掃射圏内を通ることで避けれたらしいが、やはりハガネ・ヒリュウ改部隊の攻撃が的確で、防御機能と航行能力が落ちていたとのことだ。こちらもイスルギ重工系列の艦船製造会社に診てもらっており、マシンセルの自動修復と合わせ、航行能力が完全に復帰するにはもう1週間かかるようだ。
肝心の、あのジブラルタル海峡での奇襲だが、やはりユーゼスが糸を引いていたようだ。
昨日連絡が取れたミツコから聞けた話だが、ヤツは前々からこちらの動きを監視し、一網打尽にできる機会を窺っていたとのことだ。表向きはシャインの救出。アイツ自身の目的は、ミツコと私の推測だが、ヤツの計画にはなかった、サイコ・ネットワーク関連技術とその被検体、その成果の確保。
そして、私の抹殺。
ミツコやドナたちとも相談して出した推測だが、ヤツは私のことを、並行世界、しかも大きく状況が異なるところから偶然訪れたトラベラーと認識していたと思われる。連邦との戦闘で私が発した言葉や行動、およびヤツの知り得ない知識や戦闘兵器群の数々は、平行世界を正しく認識しているものから見れば、まず間違いなくクロとしか見えないだろう。実際、私はヤツの用意した、対トラベラー/並行世界移動者へのカバーストーリーに見事引っかかっている。そんなものが用意しているなど想定しなかった私のミスだ。ここは現実で皆が皆、考え、その日を生きている。それはどんな存在でも変わらない、当たり前のことなのに。そういうところが抜けているのは、私がやはり自殺者という思考の袋小路に落ちた間抜けだからだろうか?
話が逸れた。ともかく、ヤツにとって、私のような存在が利用できない立ち位置にいるのなら、排除しようとするのは道理だ。
本来の歴史でも、ヤツは公の役職と手の広さから、シャイン王女がDCに囚われるのを知ることができたはずだが、メインの計画には含めていなかったため、特に手は打たなかったとではと考える。または、拐われることも折込ずみだったか。
だが、そこに私達というイレギュラーが介在したことで、私に対する疑念を確信すると同時に、チャンスだと考えたのだろう。アルテウル・シュタインベックという立場であれば、政治的な判断が即座に必要な場面に対応するためという名目で、王女の救出作戦に便乗できる。そして軍での権力でもって、ハガネ・ヒリュウ改部隊のみならず、アームズフォートという特級戦力を用意できる。"原作"や並行世界の彼らを知っていれば、必殺とも言える布陣だ。
事実、私たちは確かに追い詰められた。一つでも状況に欠けがあれば、皆死んでしまっただろう。
とはいえ、私達の味方も、私とは違いしっかり考えていた。ミツコが救援を出したプロジェクトTDと、同じくミツコが補給の見返りに連絡先を知っていたリューネ・ゾルダークが戦場に介入し、更にR-1に乗ってシャインが出撃した。まさか直前にあのようなことがあったシャインならともかく、あのリューネが対価ありとはいえ救援にきてくれるとは、夢にも思わなかった。
一方で生き恥を晒し続けていた私は、自分ではほとんど覚えていないのだが、スティグロの船首と衝角を切り飛ばして戦闘能力を奪い、ユーゼスに啖呵を切ったらしい。内容は詳しく覚えていないのだが、かなり恥ずかしいことを言っていた気がする。
そして最後にホワイトスターが出現し、その混乱に乗じてプロジェクトTDの機体が私の乗ったゼノリオンを連れて最初に離脱。その後、伊400もなんとかチャージの終えたオーバードブーストを起動して強引に戦域から離脱、護衛にヴァルシオーネとアーマリオンがついてくれたのもあるが、追撃は殆どなかったらしい。
R-1に乗っていたリュウセイとシャインは、そのまま戦場に残り投降、いや"救出"された。
もしそうしなければ、大義名分であるシャイン・ハウゼン救出も果たされないこととなり、結果連邦の軍事力が落ちたと周囲からは見られる。そうなれば、DC残党の動きが更に活発化するということが見えており、連邦は威信と治安のため、死にものぐるいで追撃が行われていただろう。そしてこのことは、シャインは理解していたようだ。
ミツコにも、リューネにも、スレイとアイビス、そしてシャインにも、返しきれない恩ができた。勿論、伊400の皆や、シャインに付き合ってくれたリュウセイも言わずもがなだが、シャイン自身には、負い目もある。
こんな自分を好いていると言った相手を助けるために、自らを人質にしたのだ。確かにもともとそういう目的で拐ってはいるし、直前に可能性は伝えていた。だが、それをあの娘自らの意思だと、状況から誘導したのは、明らかに私の過失だ。外道とさして変わらないだろう。
やはり自分は、自死を選んだ、いや、そうして逃げることすら悪と見られるに相応しい、クズなのだろうと、自覚できる。笑えるぐらいだ。
ここまで書いて何だが、疲れてしまった。笑っただけで、包帯巻きの顔も痛い。体力もまだ戻っていないようだし、検査まで休んでいよう。
新西暦187年5月AB日
シェースチが顔を出してくれた。体調も戻ったようで、あの半透明な体をゆらゆらと揺らし、サイコネットワークで見せてくれるビジョンも元気そうだった。ただ、どこか影が見えるのは気のせいだろうか。彼女には、何となく前から負い目のようなものが見え隠れしていたが、先日からそれが色濃くなり、私でも察することができた。
トミーたち子ども組も元気そうだったが、時折スェーミがぼんやりとしたことが増えていた。そのことに、彼女の体のことが頭にチラつく。シェースチに見える影も、そのことが原因で、空元気なのかもしれない。
アードラーの言っていた彼女たちの寿命、そのリミットが近づいているのかもしれない。焦りが心を支配しそうになる。それでも、今できることは、早く体を治しつつ、こうして文字に書き出すことで、気を紛らわせることだ。
もうひとつ、懸念点がある。
最近、味覚がおかしい。前よりも酸味と甘味が薄くなった。前世でも、仕事をしていて味覚がだめになっていたが、それはストレスが起因だと理解していたし、ただの風邪でも同じことは起きた。今回のこれは、永遠に失われたような、そんな遠い感覚がする。何というか、そこにあったものが抜け落ちてしまったような、不思議な感覚だ。正直、この体にも無茶をさせているし、頭に何度も怪我も追っている。どこかで味覚関連の障害を負ったのかもしれない。
些細なことだが、それで脳腫瘍などできて、戦えなくなるというのが一番問題だ。それしか私にはできることがない。だからこのことは、皆には黙っておこう。
状況の整理に戻ろう。
シャインの救出がニュースで流れた。公には、同じく捕虜になっていたリュウセイがR-1で脱出する際、同じく追われていたシャインと合流し、一緒に脱出したことになっている。機体の損傷も、私達がつけたものとなっている。そのことに対して、なにも出来なかった私が言うのは烏滸がましく、お門違いだとわかりながら、連邦に対して怒りを覚える。かつてリョウトを傷つけた私はともかく、伊400のメンバーがそんなことをするわけがない、シャインやリュウセイがそのような政治的判断を受けて侮辱された、などと無責任な怒りだ。だが、ストラングウィックたちは「思ったよりもマシだった」などと納得していた。聞いた話によると、シャインたちが出撃する際、大凡こうなることは彼女とも予想していたらしい。どうやら完全に私の独り相撲のようで、こう書き出すだけでも恥ずかしい思いだ。
ニュースで映ったシャインの顔は、笑っていたが、明らかに無理をしていた。理由は色々と浮かぶが、どれもが正解ではないような気がして、こうして文字に書き出すこともできない。だが怪我がなさそうなのだけが、安心できる要素だった。リュウセイの方は、連邦軍の守秘義務の影響で氏名・顔ともでなかったが、大丈夫だと思いたい。少なくともシャインという懸念事項を救出したのだ、悪いことにはなっていないだろう。いや、書いていて何だが、ストラングウィックたちが機体構造把握のため改修せざるをえなかったR-1ダッシュについては、何か言われているかもしれない。そこについては謝っておきたい。
改修といえば、ゼノリオンもそれが入るらしい。先の戦い前にファインマン兄弟でBHエンジンにリミッターを掛けていた、つまりは魔術式BHエンジンレプリカの術理を解明できたということで、シュウ・シラカワの宿題を少し解けた成果でもあったのだが、何でもあの戦いから制御系がさらに不安定になってしまい、もう一度やり直しとなってしまったようで、その中で出力と伝達系の見直しが必要になったとのことだ。加えてリクセント公国とジブラルタル海峡での、マシンセルの異常行動/"進化"もあって、それに耐えられるように本体各部も改良する必要が出た。結果としてオーバーホールでは間に合わなくなったようだ。今聞いている話だと、あの2つの戦闘で出せた、盾を使った大技を機体のスペックだけで出せるようにするらしく、少なくともシェースチの負荷は掛けないようにするとのことだ。シェースチにいらぬ負担を掛けなくなるなら、私としては大歓迎だ。
スラスターの位置調整や盾連結用のアーム強化などもあるが、見た目として分かりやすい変更点は、頭部と腕部だろう。頭部はイスルギの試作品が回ってきて複眼タイプに変更して高速戦闘でも敵機を補足し続けるようにしつつ、展開式のバイザーでロングレンジの戦闘にも耐えられるよう考慮されている。腕部は格闘戦をより重視して装甲の配置も変更。また全身のエッジ部分に、一部マシンセルを使用。ただこのマシンセル、先日の戦闘で付着し取り外しできなかった部分を無理やり流用したらしい。おかげで全身の黄色の部分に、銀色のラインが映えるようになったので、より目立つようになった。
さしずめ、ゼノリオンダッシュか、mod2というところか。正式名称は変わらないが、心の中ではmod2としておこう。
改修自体はここの施設やイスルギの移動工作艦の協力もあって、数日以内にできるとのことだ。元々改良プランはいくつか用意していたのは流石というべきか。加えて今のファインマン兄弟は、リオン・ロンから続くからリオン系列改造の経験や、プレスティ博士との交流で、AM関係の知識や技術ならこの世界のトップクラスの博士たちにもついていけるだろう。元々"原作"でもガーリオンを改造してラ・ギアスの情報を探していたから、素質もあったのだ。それにラ・ギアスの技術、というよりその断片は、シュウ・シラカワというお墨付きで手元にあり、その解読に注力し、多少とはいえものにできている。きっと今の二人は、伊400から離れてもやっていけるだろう。
新西暦187年5月AB日
出歩けるくらいまでには回復したので、トニーたちと一緒に外へ出ることができた。5月とはいえそこは北欧、まだまだ肌寒い気温で、上着が欠かせない。なまじ直前の寄港地がイタリアだっただけに、肌寒さもよりひとしおだ
基地の様子は連日物々しい雰囲気であるのは感じ取っていた。原因は私達以外にも、正確にはあのネビーイームが主な理由だった。これについては世界中どこも同じ状況で、"何の動きも見せない"ネビーイームを不気味に感じつつ、いつ何が起きてもと、出現から一週間ほどたった今もスクランブル体制が敷かれている。この動きはDC残党側も同じのようで、中東に身を隠していると思われるバン・バ・チェン大佐が、大手動画サイトを通して、厳戒態勢を取るよう各地の残党に呼びかけている。
そう、あのホワイトスターが何も動きを見せないのだ。調査部隊は派遣されているようだが、Eシールドで阻まれて侵入できていない。そもそもシールドに対して艦砲射撃を受けているのに反応なし。
そこまでやればレビ・トーラーかアタッド・シャムランから何かしらのアクションがあるはずだが、本当に何も起きていない。確かに媒体によっては出現からしばらく動きがないものもあるが、さすがにこれは可笑しいとは感じる。とはいえ、その理由は一つ推測がある。
ユーゼス、いやアルテウル・シュタインベックの不調だ。私がゼノリオンと共に、スティグロへダメージを与えた際、ヤツ自身の体にも負傷、特に脳へダメージを与え、昏倒しているのかもしれない。事実、私は起きてからユーゼスがどうなったかをストラングウィックに聞いたが、彼もカイル経由で確認したところ、あのジブラルタル海峡以降、政府お抱えの病院に運ばれてそれきりとのことだった。テレビ会話越しにミツコにも同じことを尋ねたが同様の答えが返ってきた。本当は知っているかもしれないが、先の戦闘でリューネたちを救援に寄こしてくれた手前、こちらの都合で深く聞くことはは憚られた。
ネビーイームの真の主は、レビ・トーラーとイングラムを支配するユーゼス、正確にはバルマーの人間だ。念動力を介したマインドコントロールが、ユーゼスの不調で乱れているのかもしれない。もちろん、ネビーイーム自体にもジュデッカをはじめとした、戦略級機動兵器/魔術的コントロール装置があるため、これだけで彼女たちの洗脳が解けることはないだろう。だがその管理権限を持つ人間のダメージが被支配対象にも及んでいるというのも、十分有り得る話だ。楽観視はできないが、アルテウル大統領補佐官の療養中は、動きが鈍くなると思っていいかもしれない。
それにしても、ストラングウィックたちもそうだが、ミツコには、正直感謝しかない。確かに彼女は"原作"における悪玉で、実際に会ってみても女狐と呼ばれるに相応しい風格と智謀だ。だが、私達へ差し伸ばしてくれた手は、確かに私を、いや皆を助けてくれた。そこはちゃんと、ありがとうと言った。ミツコは軽く笑ってくれたが、そこは彼女のビジネスパートナーとして、返せるものはちゃんと返していこう。それがミツコと私達の、ビジネスライクな関係だ。
とにかく、私達には時間ができたので、私の休息の他、機動兵器や伊400の修復にも時間を回せている。アードラーからのサイコネットワークの研究資料の入手と、シェースチたちの治療、この目標達成のためにも、できることはしなければ。
新西暦187年5月AC日
ようやく、リューネとスレイ、アイビス、それにリョウトに会うことができた。彼/彼女たちには感謝しかない。特にミツコからの要請とはいえ、あのリューネが、会ったこともない私の救援にきてくれるとは思わなかった。
私が頭を下げたのがよっぽど可笑しいのか、リューネもスレイも目を丸くしていたが、アイビスとリョウトはそのまま受け取ってくれた。リューネはその後照れくさそうに、スレイも言葉を選んで受け取ってくれた。なにか私にできることはないかと聞いてみたが、リューネはヴァルシオーネの無償整備を今後イスルギ重工で優先的に利用できる優先待遇、プロジェクトTDも予算および機材の追加と、既にミツコから貰っているらしい。リョウト自身は、むしろ私と同じチームなのだから当然のことをしたまでだ、といってくれた。それを言われれば私に出せるものは確かにないし、むしろミツコに礼をすべきなのだが、それだけでは私の気が収まらない。私自身が、彼と彼女たちに感謝しているからだ。
そう拙くとも伝えれば、4人はシミュレーションと実機で鍛えてほしいといってきた。私程度の腕でいいのかと聞いたが、もらい過ぎだと言われた。それでいいならと、シミュレーターで入った。私自身のリハビリもあるし、リョウトやスレイとアイビスの機体の慣らし、そしてリューネはヴァルシオーネの調整とのことだ。シミュレーターにはアップデートされたゼノリオンのデータも入っており、それの慣れにも使えた。
リューネの戦い方はどこかで見たことあるものだった。親子だけありビアン総帥に似ているが、より直情的だ。もしかしたらアイドネウス島のシミュレーターか何かで、匿名に設定した彼女と戦ったことがあるのかもしれない。リョウトはこちらの動きをよく見切るようになってきた、何でもこの部隊だと一対多や乱戦になることが多いので、観察眼を鍛えているとのことだ。そして、スレイとアイビスのコンビ。正直この組み合わせで、この時間軸から戦闘兵器に乗るとは思わなかった。以前のクドリャフカもあくまで試作機かつ貨物運搬機で、戦闘向きではなかったが、クドリャフカⅡとなってからはそこも改善されているらしい。
そんな3機を相手にし、私も被弾する回数も増えた。機体性能もそうだが、4人の腕が上がっているのが如実に理解できた。止まっている私などよりも、すごいことだ。感嘆しながら何とか4人の攻撃を捌いていると、途中からシェースチも合流して、ゼノリオンのフルスペックを使用できるようになり、何とか勝てた。私一人ではできないことも、他の仲間がいれば何とかなる。自明なことだ。
シミュレーションデータを元にゼノリオンの調整を整備長にしてもらいつつ、どうせならと操縦系が同じクドリャフカと、バーニングPTで慣れたアーマリオンにも乗せてもらう。アーマリオンはリョウトの設計思想通り癖も少なく使いやすいが、私が関わったことで生まれたシステム・モルディールを使うと、途端にじゃじゃ馬になる。ゼノリオンほどではないが、使いこなすのは習熟が必要だろう。これを使いこなせるのだから、流石はサイコドライバー候補というところか。そしてクドリャフカ、こちらはまさにプロジェクトTDパイロット専用というべき代物だ。急造品の、その改造機。その加速能力と巡航速度はは簡単に音速を超え、殺しきれないGが機体とパイロットを襲ってくる。その状態から戦闘への移行もスムーズに行ける。ハガネやパイロットかそれに匹敵する面々でないと扱えない曲者とはいえ、この時点で、戦闘兵器としてプロジェクトTDの有用性が見えてくるほどだ。
聞いたところ、背部ユニットはカリオンの試作フレーム2基と、フィリオ本人が今後のスペースクルーズに必要と考えた試験ユニットで構築された、まさにアステリオンとカリオンの、いやその先にあるハイペリオンの基礎データ収集ともいえる機体だ。そんなものが作られたというのも驚きだが、スレイ曰く、あのVOBに触発されたとのことだ。驚愕としかいいようがない、何がかの天才を刺激したのか。
とはいえ、あのヴァルシオンにも、私の知らない機能が加わっていたのだ。私自身の想像など、世界は優に超えてくるだろう。あの、ユーゼスのように。
私程度の想像力と多少のパイロット適性で、果たしてどこまで対応できるか。これは弱気だが、事実だと考える。自身の全身全霊で、足りるのかどうか。そんな暗い気持ちが浮かんでしまった。
そういえば、ついさっき、この時期には珍しいオーロラが見えた。これを書き終わったら、みんなを連れて見に行こう。
後ろ向きだけではだめだな、シェースチにもいわれたではないか、
新西暦187年5月AD日
マサキに見つかり、決闘を申し込まれた。
どういうことだ、まるで意味がわからん。
あの海での激戦を終えてから2日。
深夜の甲板上で、ごろりと寝返りを打つ。生暖かな潮風が髪を弄び、マサキ・アンドーの面が暗い雲の下に晒された。その顔には、彼を知る人物には目を疑うような、険しい悩みが表されていた。
『……以上が、私と、リュウセイさんが見てきた、あの船の全てですわ』
『あいつが、アイツラがやってきたことは、確かに悪いことも許されないこともあるさ。実際あいつはDC戦争中、何度も連邦の基地を襲ってるし、俺達とも戦ってる。けど……悪い奴とか、そういんじゃなくてさ……ああもう、なんで"不憫"って言葉が浮かんだよ』
伊400から救出された二人の話。
シャイン・ハウゼンとは異なるタイプの予知能力者。予知能力由来と思われる外宇宙戦力の知識。それらを理解しながら持つ、戦争行為への拒否反応。DC,ひいては特脳研の負の遺産を引き継ぎ、その犠牲者のために、連邦とDC残党両方と戦っていること。そして、そのすべてを覆い隠す、神域としか言いようがない戦闘センスと、それが齎した戦果。
そのことを話す二人の顔にも、苦しみや迷い、そして輝く瞳があった。話せないことはあるのだろうが、嘘はない。だからこそ、聞いていた面々は皆、事実として受け取った。
反応はそれぞれだ。何とかこちらに引き込めないか、その情報と真意を聞けないか、和解できないか、助けられないか。共通していえるのは、"敵"であるという認識が、先の作戦前より更に薄れていたことだ。
マサキとしてもそこは同じだ。アカシックバスターの不発など不可解な点もある、シュウ・シラカワとも繋がっている。これだけでも仇敵とも言えるのに、初めて会ったときのような害意はどうにも浮かばない。むしろ、まだもやもやとしたものが、霧のように心の中に広がっている。
いや、この"迷い"そのものは、前から抱えていたものだ。
『はっ。これが親父を斬った剣? 笑わせないでよ、てんでナマクラじゃないかっ!!』
そのことを、自身が肉親を斬った少女に、正面から突きつけられた。ジブラルタル海戦で、自身に向かってきたリューネ・ゾルダークとの戦いで、マサキは終始劣勢であった。いつもより剣が鈍い、風が感じられない。そういうコンディションの不都合は、彼女の剣圧と真実まで突き刺す声には、ただの言い訳にもならなかった。むしろマサキ自身も、そんな言い訳を考えている自覚がなかった。
だからこそ、スティグロが突き刺され、その後テンザンたちが逃げることを追うことができず、ただ見送るしかなかった。
「マサキ、いつまで黄昏れてるにゃ……?」
「寒いから早く部屋に戻りたいんだけど」
「うっせーよシロ、クロ……」
ファミリア二匹の小言へも、返事を出す力が今一足りない。空は変わらず、雲だらけ。噂のホワイトスターも見ることなども難しい。だが、この雲の一つ一つは、きっとマサキの抱えている悩みだろう。
「……なぁ、シロ、クロ。アイツはさ……どうしてそんなに必死なんだ?」
その疑問を、風が呟くように口にする。ようやくの主人の変化に、体を丸めていた二匹は顔を上げ、一度互いの顔を見合わせたあと、呆れたように答えた。
「そんなの、拾った子の命を助けるためじゃない?」
「王女様もそういぅてたし、ねぇ?」
「……たしかに、そうかもしれないけどよ……けどよ、何か……」
違う。そう、なにか違う。なぜなら、"テンザン・ナカジマ"は、件の少女たちに合う前からDCで戦っていたからだ。その理由は何か。予知で観た世界への抵抗か、備えか、はたまた唯の戦闘狂か。ただ戦った時の印象だけならそれでも良かった、今は、リクセントから続くテンザンの言葉と、それも間近で観ていた少女の言葉が、違うと訴えてくる。
何が違うのか、そもそもなぜ気になって、こんなにバカみたいに睡眠時間を削ってしまっているのか。答えが、中々浮かばない。
「……まったく……だったら今後、直接会ってみればいいじゃない」
その、何気ない言葉を聞くまでは。
雲が流れ、夜空が見え始める。僅かに覗く月から、月光と、清涼な涼風を運んできた。
「……それだ、それだっ! たく、ウジウジ考えこみすぎてた! シュウのやつとは違って、あいつは居るところがなんとなく読めるんだ! なら直接会って、とりあえず聞きゃいいんだ!!」
「ちょっ、急にどうしたにゃっ?!」
血相を変えて飛び起きた主人に、ピンと尻尾を立てたシロが問うと、ニヤリとファミリオを見下ろすマサキは告げた。
「シロ、クロ、ちょっとテンザンに会いに行くぞ」
「え、何で?!」
「今のままじゃどうにもスッキリしなくて、剣にも迷いが出る。それを解決しなきゃ、シュウ探しにも支障が出るだろ」
「け、けど、一宿一飯の恩義とか、シュウのこととかで、ここでお世話になっているんじゃ……」
「なーに、ここをオサラバするワケじゃない。ちょっと2,3日休みもらって旅行に出かけるだけだ」
「えっ、いいのニャそれ?!」
「いや、民間協力って感じなんだから、いけるだろ」
バイトだって休むといえば休めるんだからな、と普段の調子を取り戻し、足取りを軽くして艦内に戻るマサキに、二匹ははぁっとため息を吐くと、仕方ないとばかりに後を追った。
「そもそも、テンザンが逃げた場所なんてわかるの? あのとき、あのでっかい飛行機みたいなのに連れて行かれたけど」
「けど北だろ? ならその辺りを虱潰しにやれば見つかるだろ」
「いつもの方向音痴があるからにゃぁ……それで、会えたら何を聞きたいのにゃ?」
前途多難な思いつきを実行し始めた主人に、いつものことだと思いなが頭を悩ませるクロに、マサキは少し悩んで、ひとつだけ、口にした。
「とりあえずは、正義の味方のことだな」
どうしてマサキがPOPしているんですか?(現場猫並感