【新西暦186年 10月W日】
先日の演習はムキになりすぎた。適当な所で負けるべきだったのに、最後まで戦ってしまった。熱くなって暴走してしまうのは私の悪い癖だ、本当にそうなっていいのは殺される間際ぐらいなのに。
とはいえ、私もビアンもまだ死ぬ時期ではないので、この演習では死にはしない、と後の祭りみたいな、楽観的な考えが浮かんでしまう。私はともかく、ビアンはこの世界において重要な役割を持っている。それを代替できるのはよくてシュウ・シラカワぐらいだろうが、ビアンがいなくなれば、あの邪神の端末が態々仮想敵の真似事をする気など起きないだろう。
ともかく、突然起きたイベントはこれで乗り越えたと言いたいが、今回のことでビアン総帥が後日話したいといってきたのだ。もしかしたらヴァルシオンを多少は追い詰めたことに対する褒美か、もしくは懲罰か。後者ならばとっくに私は懲罰房か前線送りだから可能性は低い、それならば前者のご褒美かもしれない。まぁそれにしても最初の取り決め通り、ガーリオンで倒すことができなかったので、多少の小言をもらう程度かもしれない。むしろそれだったら儲けものだ。これで私がやらかしたことが、少しは清算されることになるからだ。
ここまで書いておいてだが、すっかり定番化しそうな戦闘の反省を書き出そう。
1.煽り耐性と冷静さのなさ。やはり私は未熟で愚か者だ。そもそもの事の発端はビアン総帥の言葉に私がすっかり乗せられて冷静さを欠いたせいなのだから。そもそも前世の私からして冷静さとかクールなどという単語とは縁遠いのだ、下手したら多動性障害の疑いとてある。そんなのだから私は自殺もしたし、自殺したい。まだ死ぬことができないのが、これほど辛いとは思わなかった。少々脱線したが、勝手に動く体はともかく、頭は『テンザン』らしさで自分を律することができれば少しはまともに動いてくれる。深化しなければ。
2.ヴァルシオン攻略。今回は一部界隈では有名なスーパーロボットということで前世からよく覚えていたから、対策できることができた。とはいえ武装や機能は覚えていたが、実際の歪曲フィールドの範囲と効果をガーリオンで戦っている時に見極め、ブレイクフィールド/高出力Tドットアレイを合わせてメガグラビトンウェーブに対抗できることを実証するのを、全て一発勝負で行うことになってしまったが、あそこは仕方ないし、結果オーライとしよう。おかげでビアンの度肝を抜き、ある程度私のペースで戦うことができたのだから。まぁあの歪曲フィールド抜きは事前に生身の射撃訓練で練習したとは言え、よく上手くいったものだ。もう一度やれと言われればできる自信はない。
3.機体。やはり私の無茶の使い方と、あのインパクトランスのせいで、リオンが完全にお釈迦となってしまった。今後はもう少し大切に乗らなければ。インパクトランス自体も完全に壊れてしまった。おまけに試作品1本とその予備部品しかなかったため、一から作り直すしかないようだ。まぁあのランスもランスでかなり酷い仕様なので、恐らくは似たようなものを作るだろう開発者たちにはより改良してもらわなければいけない。そもそも事前に出した私の要望にはまだ全部応えきれていないのだから、それをクリアしてもらい、他のDCの兵器にも反映できるようになれば、あの2人にもよいことだろう。2人も今回の実戦データから思うことがあったのか、あのランスと同系統の武器はしばらく研究し直すと言っていた。最初からそう言ってくれれば苦労はしなかったのだが、まぁ詮無い事だろう。
4.本気具合。ついカッとなって戦ってしまった。要反省。相手がビアン総帥だったからだろうか。私が潜在的に彼が苦手で、それが表に出たのかもしれない。『テンザン』であれ、私。『テンザン』はそもそもビアンからは見捨てられたも同然の扱いだったのだから、私も同等の扱いを受けなければいけないのだ。
反省点はこんなところだろう。それと今後の私の機体は、あの演習で使ったガーリオン、というのがよかったのだが、アレもまだ先行量産型ということでまだ改良点があるらしく、加えて私の無茶な機動で溜まったダメージとデータを詳しく取るため、イスルギ重工に一度戻すこととなった。結果的に、しばらくはノーマルのリオンを回されることになった。原作を考えれば、これが正しいのだ。ただやはり、少しでも思うように機体が動けないことが致命的な隙にならないことを祈るしかない。
【新西暦186年 10月S日】
久々にリョウトとサシで戦ってみた。初めて戦った時よりはマシになっていたが、まだまだ甘いし、バーニングPTの癖が抜けきっていない。別に癖は残していてもいいが、今のままだと癖に引っ張られて余計な動作が多くなる。いっそ荒治療としてマニュアル操縦を、一度やらせてみたが、リオンで飛ぶことすらできなかった。無理だと言われた。慣れたらかなり戦いやすくなるのに、勿体無い。
それと、シミュレータの武装選択の中に、インパクトランスが加わっていた。どうやらこの前の演習で自分も使ってみたいという兵が一定数いたらしく、あの兄弟博士が要望に答えてデータを登録したらしい。実際にリョウトはそれを使ってきた。とはいってもリミッターは付けられているし”ロンゴミニアド”も使えない、一部の人間以外はすぐに使わなくなったとのことだ。リョウトも使いにくそうにしていたので、すぐに外させた。リョウト・ヒカワはいずれ様々な装備のデータを取るテストパイロットになるし、奇想天外ともいえるアーマリオンやヒュッケバインMk.Ⅲにも搭乗するが、さすがにインパクトランスのようなゲテモノを使うわけではないだろう。というより私としては、インパクトランスを普通に使えるようになった一部の人間というのが気になる、いや、このようなゲテモノを好き好んで使うような人間とは関わらないほうが吉か。
それと、訓練の合間の休憩では、整備班や博士2人と話しながら、幾つか面白いことも聞けた。とりとめのない噂(EOTI機関に記念品として押し付けられた古い潜水艦がこの島のどこかにあるやらマッドで非人道的な研究の数々が秘密の区画で行われているやら)もあるが、私/『テンザン』として関わりのあるものはガーリオンとバレリオンの配備が同時期程度になること、プロジェクトTDのメンバーは決起後別の基地に移ること、決起の日にアードラーの部隊から南極周辺の警護が付けられること、私の要望・依頼も踏まえたインパクトランスの次回作が難航していること、リオンの後に私に回される機体はバレリオンの可能性が高いこと、だ。
配備機体、それに私が乗ることになるバレリオンのことは、仕方ないものとして考えよう。そもそもあんな無茶や改修名目で他部門・部隊のパーツを強引に持ってきていたのだ。ノーマルのリオンが回されることでも普通に考えればありがたい。とはいえ、バリエーションとはいえ実質改良機とも言えるバレリオンを『テンザン』が使えるのは、ひとえにアードラー・コッホの影響力といえるだろう。あの副司令は正直研究者より政治家か官僚でも目指したほうがよかったのではないかと思ってしまう。ともかくバレリオンだ、最悪博士たちにいって、色々と戦いやすい武装を付けてもらうことも考えておこう。
決起の日の派遣は、恐らくエアロゲイター対策だろう。たしか原作でもリュウセイやキョウスケたちが南極に向かう途中で交戦していたはずだ。決起の日のショーに、余計な茶々を入れさせたくないという理由だろう。グランゾンがいれば問題ないとは思うが、念には念を、ということだろう。
それにしても、非人道的な実験。あのビアンが許すとは思えない、いや、むしろ自分のそういう部分を封じ込めても、力を手に入れることに集中してるのかもしれない。そしてアードラーの研究はそういうことについては十八番だ。だからこそアードラーは副司令なのだろう。
まぁただの兵士かつ実験動物には関係ない話だ。それよりも、リオンやバレリオンでももっと損耗率を抑えながら戦えるように鍛えなければ。
【新西暦186年 10月Y日】
昨日今日は妙な縁を感じる日だった。
1つは『テンザン』としていずれ私の上官となるトーマス・プラットが絡んできたことだ。何でも先日のビアンとの演習は賭けになっていたらしく、トーマスはそれの大穴に賭けて見事勝ったらしい。なので私にはその感謝という一方的な謝礼をしたいらしい。私としてもこの段階で交流があって問題はないと判断したので、それに受け取ることにした。受け取るといっても食事と酒を奢られるぐらいだ。アイドネウス島は前提としてEOTI機関によるメテオ3研究施設であるが、絶海の孤島という性質上、島1つで街としての機能を果たす必要がある。そのため、よくある娯楽施設、それこそパブやキャバクラ、更にはソープのような風俗施設も数は少ないがあるのだ。
前世の付き合いでそういう場での対応方法はわかっていたが、気を良くしたトーマスに何度も飲まされ、私はすっかり酔ってしまった。最初トーマスは私に対して、私の『テンザン』としての振る舞いどおりに広がる人となりのまま(ようは戦いをゲーム感覚でしか認識できない、人生舐めたクソガキだ)接してくれたが、私が酔って気をよくしポロッと"私"としての言葉を漏らしてしまうと、目ざとく視線を鋭くさせてきた。正気を保つようにはしたが、アルコールのせいで"素"が多少出やすくなったのかもしれない。だが酒の席だ、こういう場合、トーマスのような立ち回りのよい性格をしている人間は、相手への判断材料として記憶はするが、それをすぐに態度に出すような真似はしない。
原作では確か、戦争をゲーム的に捉え、それこそスリルを求めて戦うタイプであり、正直に言えば私は苦手な部類だ。だが同時に部隊や組織の中での生き方も知っている、いい意味でも悪い意味でも大人な人物だ。今日のトーマスのはしゃぎ振りや、嬢に対する過剰に見えて引き際を弁えているスキンシップを見れば、それがよくわかった。これから短くも長い付き合いだが、接し方を誤らなければ、本来の『テンザン』程度の認識/戦闘では軽口を叩き合うが内心戦場に対する感覚の差で見下され侮蔑されているという見方で収まってくれるかもしれない。
いや、むしろそれがいい。『テンザン』としても、『私』としても、それがちょうと良い扱いなのだ。
もう1つの奇妙なことは、私が日本でよく話していたチャット仲間が、なんと私の部屋に直接チャットコールをかけてきたことだ。あの大会直前、私はもうチャットに参加できない旨を伝えたが、彼(又は彼女)はそのことに不服であり、知り合いにいた凄腕のハッカーに頼んで、私の通信履歴と生体情報から、私が大会に出たことと死亡とはなっていないことまでは突き止めたらしい。その後の足取りまでは追えなかったようだが、どうも彼/彼女はイスルギ重工の内部の人間だったらしく、この前出戻りしてきたガーリオンの情報から、私がDCにいることが分かったようだ。どうやらとっくの昔に私の個人情報は顔も知らない友人に筒抜けだったようだ。
正直愕然としたが、友人はこの事については悪用する気はないようだ。彼/彼女としても、立場を忘れて話せる相手が欲しいとのことで、その証としてデータは破棄するらしい。個人情報の取扱に厳しい時代を前世で味わった身としては不安な面もあるし、曲がりなりにも秘密結社の形を取るDCで容易に外部からのアクセスをされるというのはどうなのかと考えたが、ひとまず許す/見過ごすことにした。手前勝手だが、彼/彼女のことがチャット上に流れる言葉から本当に反省していることがわかったことと、そもそも後半年かそこらで死ぬ人間の情報など価値がないからだ。
とりあえず、久しぶりに"素"のままの自分で話すことができて、気が休まり、リラックスできた。『テンザン』でなければ、ずっとこんな風に振る舞えただろうに、そう何度も思ってしまったが、今はそれを押さえ込もう。
それから彼/彼女は、何と専用のアプリをD-コン(情報端末)に入れて、VPNで専用のチャットルームを作っていつでもチャットをできる状態にしたとのことだ。やはりそのハッカーに作ってもらったらしい。友人のハッカーには同情するが、同時に感謝したい。私も"私"でいられる時間が作れることが嬉しいからだ。『テンザン』であり続けるには、私の心は脆すぎる。すぐにメッキが剥がれてしまうからだ。だからこそ日課で正気を保つと共に私が『テンザン』であると自己認識しているのだが、最近想定外な事象が立て続けに起きるせいで、日課だけで"私"が持つか怪しい。
ならばこそ、息抜きのタイミングを作って『テンザン』であることをより集中できるようにする。切り替えをするのだ。これなら、今後増える戦場でも『テンザン』として動けるはずだ。組織外に何の検閲もなく、何の関係もない人物と対話できるというのは秘密組織の一員として失格であり、裁判ものかもしれない。その時は嬉しくて気にしなかったが、今こうして日記に書き出すと、それで死ねるなら、とは思いながら、友人のことがバレて彼/彼女に迷惑がかかることだけは避けよう、と脳天気な考えを持ってしまった。というより、こんな軍規など軽んじる身勝手な振る舞いは、私のワガママもあるが、いかにも『テンザン』らしい、と思った。ここまで書いたが、自己弁護だ。けどこうでもしないと、私は『テンザン』を保てそうにないので、私自身を今の言い分で言いくるめよう。
とりあえず私は、今いる場所が場所だけに頻繁には通信できないとだけ伝えて、その時はチャットを終えた。
この2つの縁、良いようにも、悪いようにも、どうにも判断がつかない。後からこうして書き出せばプラスな所が目立つが、デメリットもまだ隠れているかもしれない。慎重に対応しなければ。
【新西暦186年 10月X日】
いよいよ明日の朝、ビアンと会談することとなった。場所はアイドネウス島にある別荘だそうで、送迎はあのエルザムがやるらしい。アードラーからも、いつもの様な態度をとるな、粗相のないようにしろ、と口酸っぱく言われてしまった。だが私は『テンザン』だ、『テンザン』らしくいこう。
そうと決心しても、既に床に着く前なのに、体が震えて眠れそうにない。そもそも何を話されるのだろうか。やはり、この前の戦いでヴァルシオンをあそこまで壊してしまったことだろうか。それとも単に、私/『テンザン』の態度が不敬すぎるから、首にするということだろうか。いや、そのような話だったら基地内でもできるから可能性は低い。
考えないようにしていたが、私がビアンの考えている"剣"に選ばれてしまい、そのことを告げられることか。そんなのゴメンだ。『テンザン』はそもそも踏み台だし、異星人や侵略者と戦ったりはしない、そもそも途中でビアンのいう"剣"に殺されるただの悪役で小悪党だ。それに私だって、嫌だ、絶対に嫌だ。何で自分から、宇宙規模の怪物たちと戦わなければいけないのだ。そんなのゲームが好きなだけのクズにさせるんじゃない、不相応だ。よしんば戦いに加わっても、怖くて体が固まってしまうし、味方の足を引っ張るだけだ。勝てるものも勝てなくなるし、死ぬべきじゃない人まで死んでしまう。そんなの嫌だ他人の死や命なんて背負いたくない。
くそ、手が震える。とにかくビアンがその手の話をしてきたら絶対に断ろう。小言や左遷だののの話だと祈ろう。睡眠薬は……ああ、こんなの書かなくていい。
「行くがいい、ビアン総帥が待っている」
送迎車となる黒い車から降ろされ、テンザンは朝焼けに染まる丘を前に少し立ち竦んだ。眼前に見える小高い丘の上の小屋を睨んだ。
「おや、行かないのかい?」
「……ホッ! ちょっくら徹夜でゲームしてて朝日が眩しいだけだっての」
「なるほど、夢中にできるものがあるのはいいことだ。てっきり私は別の理由で止まってしまったと思ったのでね」
「……チッ」
舌打ちし、テンザンは歩き出した。車の中でも気が気でない自分の状態に気づいたように話しかけられ、まったく心構えができなかった。送迎を断ればよかったと考えたが後の祭りだ。とにかくさっさと終わらせようと丘を登り、小屋の前までたどり着く。いい場所だ。メテオ3でできたクレーター湾と南太平洋の海が一望できる。こんなことでなければ、本とゲームを持ち込んでピクニックでもしたいぐらいだ。頭を振り、現実逃避染みた思考を一旦区切る。そして意を決し、ドアを開いた。
雰囲気のよい小物が置かれた家だ。何とか『テンザン』としての面を保つ為、歩幅を大きくしながら中を進むと、何かを炒める音と、犬の足音が聞こえた。後者はテンザンにどんどん近づき、ひょこりと正体を表した。
品のよいドーベルマンだ。こんなのいたか、と思いつつも、つい屈んで、手招きをする。犬は少し迷ったが、テンザンに近づき、差し出された手を嗅いだ。その間にテンザンはドーベルマンの首元に手をやる、表面だけを触れるように、その黒く滑らかな体を撫でた。犬はそれが気持ち良いのか、鼻で臭いを嗅ぐのを止め、自分を撫でる手に顔全体を押し付けた。
「ラッシー」
不意に部屋の奥から声が届いた。それはこのドーベルマンの名前なのだろう、ラッシーはテンザンの腕から離れると一度応えるように吠え、小走りで部屋の奥に消えた。今の呼声こそ、テンザンをこの小屋に招いた張本人のものだ。犬と触れ合うことで少し綻んでいた緊張感が一気に張り詰め、固唾を飲んで立ち上がる。震えそうな足に無理やり命令を出して家の中を進み、仕切りの向こうにある部屋にたどり着いた。そこでは先程のドーベルマンがエサ入れの皿に盛られた自分の朝食をパクパクと食べ、傍にあるテーブルに2人分の食事を配膳するビアン・ゾルダークがいた。
「待っていたぞ、テンザン・ナカジマ。朝はもう済ませたか?」
「いや、食ってねぇよ。貰えるんならいただくぜ」
「ふむ、ならば丁度よかった。君の分も用意したから、そうだな、食事を取りながら話そうか」
予想だにしなかった光景と歓待に思考が止まりかけたが、長年続けた習慣は何とか『テンザン』としての言葉を吐き出してくれた。だが声はあの荒々しい調子ではなく、大根役者のようだった。そのことに内心舌打ちしつつ、勝手にテーブル傍に置かれた簡素なイスに座った。ビアンもまたテンザンの対面に座り、紙エプロンをつけた。ビアンの用意した朝食は日本食だ。炊いた五穀米と豆腐の味噌汁。それに冬の野菜と、アイドネウス島に生息していたのだろう少し大きめな沢蟹の素揚げ。ビアンは確か時代劇が好きだったな、と考えながら、気づかれないように食事の前の祈りを取り、配置された箸に取った。
「いただきます」
ビアンははっきりとそう言って食事を取った。料理に手を付けたのは同時だ。味は美味い、さすがは日本通といった所だ。このような状況でなければ、素直に胃が喜んでくれただろう。味覚はデータ的に美味いと判断してくれるが、感情はそれを身内に落としてくれず、無愛想になってしまう。何とか形だけでも『テンザン』らしくしようと、搔き込むように食べることした。
「さて、私が君をここに呼んだ理由は何だと思う?」
「……ホッ! そんなの俺の腕に恐れを抱いたから懐柔しようとしたんじゃねーのか? こんなうまい鬼平風の飯も用意してよ」
一度手を止め、今度は落ちついて、豪胆で生意気な声音で答えることができた。それに対し、ビアンはにやりと笑いながら、口を開く。
「ほう……何、満足してくれたのなら、私としても嬉しいよ。まぁ、そんな下手な演技をされてるのはマイナス点だがな」
「ッ?!」
箸を落としかけた。今の言、テンザンがビアンに対して何かを演じていると悟られていると言っているのだ。胃がキリリと締め付けられ、吐き気が込み上がった。それを何とか飲み込み、衝撃で真っ白になった意識を再スタートする。
「ハッ、何いってるんだよ! そもそも私があんたを騙す理由なんてねぇからなぁ。そんな負けたそっちの……」
「ふっ、"私"か。そっちが素なのかね」
汗が吹き出て、今度こそ箸をテーブルの上に落とした。びくりとラッシーがこちらを見上げたが、気にする余裕はない。
「少し君のことを調べればわかることさ。態度や口調は横柄で訓練での態度も悪いのに、機体整備をする作業員やファインマン博士たちには差し入れや技術的フォローを入れ、時には自分も文句を言いながら自発的に補給・修繕作業に加わる。演習やシミュレーションでも、相手をこき下ろしたかと思えば的確なアドバイスを入れ、チーム戦ではスタンドプレーをしながら味方をフォローをし被撃墜数を抑える。加えて周囲には足手まといだと公言しながら、共にこの組織に入ったリョウト・ヒカワが強くなるよう面倒も見ている。傍から見れば、2面性を持っていることは簡単にわかるというものだ」
「……チッ」
ゲーム好きであることだけはどちらの時も共通らしいがな、と最後に締めたビアンに舌打ちしつつも、顔が青くなるのがわかった。状況証拠が揃いすぎている。自分の不出来さ、不手際、下手すぎる役者ぶりがここに来て一気に押し寄せ、このような形で自分にのしかかってきている。目の前にビアンがいなければ、今食べた物を吐き出し、便器に顔を入れ溺死したいぐらいだった。奥歯を噛み締め、寒気と恐怖心を何とか許容範囲内まで押しとどめる。そして震え始めた手で何とか橋を正し、一息吐く。
観念するしかなかった。天才であり驚異的カリスマを持つビアン・ゾルダークに、自分のような餓鬼畜生の騙りが通じるはずがなかったと諦め、認めるのだ。何もなかったように食事を進めるビアンを睨み、口を開いた。
「……ええ、参りました。それで、私に何のようでしょうか。ビアン・ゾルダーク総帥」
「固いな、いや、なるほど。そういうことか……ふむ、まあ今はそれでいいか」
テンザンの態度に何か思うことがあったのかビアンは眉をひそめたが、自己解決したのか再び味噌汁を吸い、テンザンの目をじっと見返した。
「これから話すことは、それなりに重要でな。本来の君に問わなければ意味がなかったのだよ」
「本来……それってとんでもなく重要なこと、ということではないですか」
「あるものにとってはそうでもないさ。少なくとも私にとっては」
ビアンは米を一気に搔き込むと、不意に部屋に備えられた大窓の方を見た。朝の陽光を反射する太平洋の海一面がきらきらと輝き、流れる雲が青空をキャンパスのように様々な白で流れていった。
「君は、この星を美しいと感じるかね?」
「……地球という星は美しいでしょうね。きっとそれは私達がこの星で生まれたから得た、クオリアみたいなものでしょう」
「ほう、インテリ染みたことを言うな。だが、君自身の目にはどう映る?」
からかわれるように問われ、テンザンも窓の方を向いて、この輝かしい海の景色を見て、告げた。
「全部が全部、原色だ。ゲームの方がよっぽどそれらしい。それぐらい……こんな世界、嘘っぱちに見えてしまう」
偽りない本心だった。『テンザン・ナカジマ』として生きると決めた後、いつの間にか世界はそう見えるようになっていた。前世で感じたような、世界が灰色だという感覚は何と贅沢でマシだろう。少なくともまだそこが"自分のいる世界である"と認識できているのだから。今テンザンが感じ、見ている世界は、古臭いゲームのCGのようだった。この世界が元々ゲームであるということを抜きにしても、今いる自分も含め、ただのグラフィックにしか感じられないのだ。よく出来た偽り、感動のテクスチャ、それだけだ。"世界が美しい"などと感じても、それは"とてもよく出来たCG"にしか思えないのだ。どれだけ生の自然が綺麗で汚いと思い込んでも、嘘っぱちとしか感じられないのだ。
それは、自分自身も含まれている。ロールとしか生きるだけの自分。そうでいいと思った"私"。演じている『テンザン』。どれだけ恐れようとも、プログラムで出来た、シミュラークルだ。
だからこそ、この世界で真に生きている人々は大切で、彼らと関わることが申し訳なくて、恥入り、死にたくなるのだ。
「……そうか。それは残念だな。だが、理解しようとする気持ちだけは確かなようだ」
「そうでないと、生きていけませんので」
「洒落臭い事を。ならば、こんな古い詩人の詩は知っているか? 『何と目覚めるばかりに自然の照り映えることよ』」
「『何と 太陽の輝いていることよ』……ゲーテ、5月の歌だ」
「はっはっ、まさか今時ゲーテの言葉でなく、詩まで覚えているとは……そして知って尚、嫌悪を抱くか……まったく本当に、未熟で、惜しい男だな、君は」
ビアンは一通り笑った後、改めてテンザンに向き直った。本題だ、とテンザンもまた緊張で体を堅めた。
「テンザン・ナカジマよ。君には独立部隊を作ってもらい、それを率いてもらおう」
「……は?」
テンザンの目が点になって、ぽかんと口を空けてしまった。そんな様子のテンザンを、ビアンは薄く笑いつつ、素揚げを口に入れ、まるっと一呑みした。
テンザンはすぐに口を閉め、ビアンの意思を汲み取ろうと頭を動かし始めた。テンザンにとって本心で今の話をしてしまい、ビアンからは『惜しい』と言われた以上、重用はされないと確信していたのだ。そこにきて急に独立部隊などとという責任のできそうな立場を任されることになったのだ。晴天の霹靂としかいいようがない。
すっかり混乱に陥って頭を抱え始めたテンザンを、ビアンは食事を再開しながら、ただ見ているだけだった。
その目は、不出来な息子を試そうとする、いたずら好きな父親に似ていた。
つなぎ回はオール日記形式で行こうと思います(全部そうするとはいっていない)