スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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ヒロイン(オリジナル)登場回
※エログロ注意


人が人と定める理由

【新西暦186年 11月Y日】

 最悪だった。私の要請は見事に無視される形となった。せっかく私が先んじて遠隔操作・無人型の防衛装置だけを無力化していたのに、いやだからこそ、シュヴェールト隊はまだ人がたくさんいた橋を破壊して回ったのだ。民間人も残っていたのに! どうして人の命を軽んじられるのだ、なぜ嘲笑いながら人が燃やせるのだ。だから戦争は嫌なんだ、痛そうなのは怖いんだ。 人の悲鳴を聞くのは嫌なんだ。

 しかも作戦後にその理由を問いただせば「怠慢な連邦軍への報復」「DCの力を分からせるため」ときた! ふざけるな、ただただ無力な人たちを殺すのが楽しかっただけではないか。DCの大義名分を借りて、いじめや差別の構図を再現しているだけではないか。しかも艦長は私の要望を聞き入れ、命令を無視した連中を罰する立場だというのに、およそ命令違反を犯した者に与えるとは言い難いほど小さなものだ。ちくしょう、グルだったんだ。私の意見など、最初から聞く気がなかったのだ。

 いや、そもそも私が甘かったのだ。今まではアードラーという後ろ盾があったからいいものを、これからは独立した一部隊。しかもその頭は私/『テンザン・ナカジマ』などというAM操縦が上手いだけの、何の力もないガキだ。そんな相手に、思想も立場もある軍人達が素直に耳を貸すはずがない。それにそもそも、無人のSAMなど主だった防衛戦力を潰したのは私だ、私とて、あの橋から落ちる人々の命を奪った1人なのだ。

 

 またぶちまけてしまった。ページにも染みが残ってしまった。

 

 落ち着いて、反省を書き直そう。とりあえずは、慣れてるいつも通りの書き方でだ。

 1.作戦推移と私の目論見の甘さ。私の考えていた、戦力を無効化し、相手が降伏してから非戦闘員を含めた人々を橋とトンネルから退去させ、原潜が通る分だけ破壊し、あとはノロノロと進みながら極東基地の戦力を待つという案は、作戦の大本である"太平洋側からの原潜部隊に気づかせないための囮"という役目はきっちり果たした。しかし、私が承認を得たはずの、人的損害は最小限にするという考えは、共闘していたシュヴェールト隊によって壊されてしまった。彼らは私がほぼ1人で潰した橋の戦力を、まだ人が多く残る関門橋と関門トンネル目掛けて、大量のミサイルを放ったのだ。私が手が滑ったという言い訳で幾つかミサイルを破壊したが、全てを撃ち落とせるわけがなく、ミサイルは橋を破壊し、まだ残っていた軍人や、逃げ遅れていた民間人を焼き殺し、海へと落とした。DCには反連邦という理由で属している者もいるとは知っていたが、このような形で目の当たりにするとは思えなかった。DC内での立ち回りは、私だけならともかく、他のメンバーに被害が及ばないよう、注意する必要があるかもしれない。

 2.今回のリオンの追加兵装。まず、出力が不安定過ぎる。特に関門橋攻略中は出力がまるで安定せず、何度も墜落しそうになった。リアルタイムモニタリングでストラングウィック博士とユルゲン博士がいなければ、本当に墜ちていたかもしれない。実際、伊豆基地部隊を待っている時は、シュベールト隊に勝手に攻撃した件を責めつつ、起動停止寸前の状態を何とか脱しようと、恐怖で失禁脱糞しながら機器と格闘していたぐらいだ。加えて、大飯ぐらいだ、最後にリュウセイと向き合った時など、エネルギーは殆ど残っていなかった。おかげで機体の反応は遅れ、シールドも展開できなくなっていた。つくづく、リオン系列が実弾兵器を主体としていて助かったと思う。だがそれに見合う自由度があった。エネルギーフィールドは強力な盾だけでなく、ロシュセイバーのような近接エネルギー兵器としても使えるのがいい。ただこの兵装の真意は、私も開発者も戦闘中に気づいたが、テスラドライブの"エネルギーの偏向と圧縮保管"という特性を最大限に活かせることだ。その応用でできたのが、バーニアを全力で吹かしながらの空中停止と、エネルギーを一定方向に開放した際の加速能力だ。正直全身の骨が砕けてるような錯覚を覚え、レッドアウトしかけたが、そのスピードと衝撃は折り紙付きと言えた。今後も似たような機能を使えるか分からないが、便宜上、前世の好きだったゲームに則って"オーバーブースト"と仮名を付けておこう。これだったら、もっと安定性を増せば他の機体でも使い物になるだろう。リョウトも喜ぶかもしれない。

 3.リュウセイたちの実力。味方の行動で私の意識が蒙昧で自棄っぱちになっていたとはいえ、戦闘自体はできた。初見の武器や初手で度肝を抜かせたことで、終始私のペースを握れたと思う。特にあのカイ少佐を倒せたのはかなりの成果だ(戦闘不能にできた時、正直かなり嬉しかった。戦うのは嫌なはずなのに、こういう部分がまだ私の中にあるのは唾棄すべきことだ)それにリュウセイともようやく口を聞くことができた。これでまた一歩、前進した。それにしても、戦闘中、明らかに入ったと思った瞬間に避けられ、加えて反撃もよく貰ってしまった。リュウセイ・ダテはさすがだ。あの時から確実に成長している。他のSRXチームも、機体制御や援護、咄嗟の判断がとてもよくなっていた。この調子なら、私などすぐやられるようになるだろう。1パイロットとして悔しさを感じるが、私が死ぬ時、もうパイロットという認識もなくなるだろうし、問題ないだろう。

 4.不明点。私は再度出力が安定したリオンで伊豆基地の部隊と戦闘。結果は上に書いた通りだが、その最中にビルトシュバインに乗ったイングラム・プリスケンが現れたのは驚きだった。原作の時系列を考えれば、誤差程度だ。いや、それにしてもあまりにご都合過ぎる。もしかしたら、私が死ねないのと同様に"歴史の必然"や"修正力"というやつかもしれない。私が自棄糞で戦ったせいで原潜を止める戦力がなくなった矢先なのだから、十分ありえるだろう。だがまだ断言できない、実証例が少なすぎる。この件は別の機会に考えよう。

 5.後処理。リオンの損傷は、私達の部隊だけで修復を行うこととなっている。近々バレリオンが納品されるとはいえ、今の部隊にはまだ他のパイロット達のリオンも届いていない。つまり、予備パーツも十分ではないのだ。今回は何とか部品が足りたが、これ以降、補充が十分というわけにはいかなくなるだろう。この点も何とかアードラー、いや最悪、他の部隊や幹部に話をしなければならない。戦場で使えそうなパーツを持って帰るという手も考えたが、今回のように毎度両手が無事の保証はないし、そもそも戦いの最中に余裕などない。今回ゲシュペンストの頭部(カラーリングが白いことから、タイプTTかもしれない)を持ち帰れたのも、偶然の産物だろう。

 

 悪夢は、また強くなるだろう。だが寝なければ、私は私に耐えられなくなりそうだ。

 早くその時が来て欲しい。早くリュウセイや彼らが、私を殺せるようになってほしい。

 

 

【新西暦186年 12月A日】

 アイドネウス島の部隊のドッグに戻ったが、相変わらず整備や潜水艦の改良、それに諸々の調達・調整で忙しい。物資や補充品については、発起人がビアン総帥だったこともあり、必要最低限は確保することができた。ファインマン兄弟やユルゲン博士、ギャラガー博士が求めるような設備や装置については、私が彼らの作り出す兵装で実戦運用を行い、他の部隊やイスルギ重工にも反映させるということで許可を得ることができた。先日、少数生産ながらもついにリオン系統のオプション兵装として採用が決定したインパクトランスの件がプラスに働いてくれたようだ。何が切っ掛けで良い方向に働くかまるで想像つかない。

 ついでに書いておこう。インパクトランス生産の最大の理由は、やはり私とヴァルシオンとの戦闘によるものだった。あの演習では私も半ば博打でできたことだが、フィールドや特殊な力場を破ることを目的とした兵器、言わばリオン系列に足りない強固な防御力場を一点突破するためのものらしい。ファインマン兄弟からもらったデータによると、ガーリオンのブレイクフィールドやバレリオンの最大出力でも突破できない歪曲フィールドを、最大出力限定とはいえ破壊した(正確には侵食らしい)インパクトランスは、リオン系列の戦術の幅を広げるのに丁度よいとのことだ。勿論、制式採用に伴い通常機でも搭載しやすいよう改良は行うとのことで、量産試作機は優先して私の元に届けられるとのことだ。別に私には拘りはないのだが、今の状況としては、貰えるものはありがたく貰っておこう。

 それと、一部の部屋の片付けについては、ユルゲン博士の家族と、ギャラガー博士の息子さんが手伝うようになってくれた。島の居住区からそれなりに遠いということで、彼らの家族もこっちに部屋を作り、一緒に暮らすようになったのだ。特に部屋については伊号400の一部を使うことで解決できた。居住区画が既に復元されてて助かった。

 そういえば、人員と言えば、例のパイロット2人はまだこちらに来ていない。アードラーにも聞いてみたが、適当にあしらわれた。様子からして、アードラーも詳しいことはわからないのだろう。今の配属場所は既に聞いているので、明後日までこなければ私とあと何人かで迎えにいくことにした。

【新西暦186年 12月B日】

バレリオンが搬入された。だが、嫌がらせとばかりに、規格が合わなかった粗悪品でかろうじて組まれた機体だった。調達部に文句を言ったが、上からの指示らしい。十中八九アードラーのせいだろう。ユルゲンがいることもあるが、私に対しての嫌がらせの意味合いも強いはずだ。何故なら同時に搬入された機材の中に、私がビアンと戦った時に乗っていたリオンが、破棄が決まった時のボロボロな状態のまま含まれていたのだ。これが来た時には皆で驚いてしまった。

とりあえず、バレリオンと大破しているリオンは使える部品を取るため解体することが決定し、私が今乗っているリオンの改造や予備パーツに回すこととなった。余計な仕事が増えた、アードラー爆ぜろ。

 バラすパーツで思い出したが、あの持ち帰ったゲシュペンストヘッドからは、驚くことに、T-LINKシステムを回収することができた。もしかしたら私が破壊したアヤ・コバヤシ機のものだったのかもしれない。こんな所で強奪してしまって大丈夫だろうか、とも考えたが、それこそ戦闘で破損することも考えスペアを用意してるだろうと思う。脳波に関わるシステムということ、そして念動力によるマン・マシン・インターフェイスということで、今まで積極的ではなかったユルゲン博士、ルー博士、ギャラガー博士が興味を示し、研究させてくれと言った。私としては問題ないが、部下になってしまった他のメンバーへの都合上、他の業務もちゃんとやれという条件もつけといた。ついでに、システムをリオン系でも安全に利用できるようにもし、かつ対抗策も用意しろという課題もつけた。勿論、リョウトやリュウセイといった念動力者対策だ。MMIの向上として付けるのはいいが、リョウトが連邦にいった後、高確率でT-LINKシステム搭載機に乗るはずだ。そうなると、最低でも5人、ヒリュウ改も加わることがあれば、それ以上を同時に相手取ることになるのだ。ジャマーなどといった対抗策は持っていた方がいい。一番いいのはガンダムシリーズのようなサイコ・ジャマーだろうが、実際には対抗できる余地はないのかもしれない。それこそ、魔装機神のエーテルや同じ念動力者、もしくはそれ以上に強力なエネルギーなどでなければ。

 こうして書くと、出力をエネルギーとして引き出せるようになった念動力者への対抗手段がない。まったくもってデタラメだ、公式チートだ。サイコ・ドライバーでなくとも、日常生活にはちょっと勘がいいということで役立つはずだ。力を持ってることで狙われることはあるかもしれないが、見つからなければいい。

 それがあれば、私の人生、いや前世も、少しはマシだったのだろうか。くそ、泣きたい、いやだ、こんなことで泣きたくない。

 気分は変えよう。やはり今日も例のパイロット2人はこなかった。さすがに乗り込まなければならない。本来なら人選したアードラーが催促すべきなのだろうが、今の私達への対応からまったく期待できないだろう。一緒に行くメンバーとしては、研究職ということでストラングウィック博士(ファインマン兄弟の兄の方)とユルゲン博士、それにもらっている情報から2人とも女性ということでギャラガー博士にもお願いした。ルー博士はユルゲン博士の指示でT-LINKシステムの解析に集中するとのことだ。

 厄介事になるのは確定なのはわかっているが、穏便にすませたいものだ。

 

 

 

 

 

「まったくよぉ、こんなチンケな所の連中なんて何で俺のとこに配属になってるんだぁ?」

「はぁ……テンザン、それを言ってはいけない。というより、我々が今いる場所とて、大分チンケではないか」

「ホッ、俺達のは秘密基地っていうんだよ」

「それを言うにはまだあのドッグはみすぼらし過ぎるのでは、テンザン君?」

「なら、私は秘密基地に巻き込まれた一般人枠ね」

 

 薄暗いアイドネウス島の地下施設の廊下に響くテンザンの甲高い軽口に、ため息混じりの声が3つ返ってきた。この中では一番付き合いの長いストラングウィック・ファインマン、最年長のヴィルヘルム・V・ユルゲン、紅一点のドナ・ギャラガー、それぞれのものだ。ある者は兄弟で開発した独自理論の兵器の実践データを取る機会を得たため、ある者は進めてきたプロジェクトの中止による人事異動/左遷によって、そしてまたある者はただ単に組織政治に巻き込まれたため。理由は三者三様であるが、どうしてこの場にいるのかという原因だけは知っている、自分たちよりも年の若いこの男だ。

 口は悪く態度は最悪、その癖書類仕事や機体整備もこなした上でAMの操縦技術はアイドネウス島で一番とも言われ、実は人一番臆病者。戦闘が終わる度にパイロットスーツを洗浄するはめになるのは、もはや見慣れた光景だ。3人共、このテンザン・ナカジマという男を見測りかねていた。どのような相手であろうと変わらずにぶつける横暴な態度か、それともあの弱音や悪態ばかり吐いて震える弱虫か。彼が自分たちの実質的なリーダーである以上、見極めは大事だった。それによって、自分たちの研究や立ち位置が変わる。このままこの島の隅にある棄てられたようなドッグで細々と研究を続けるか、何とか返り咲くためにテンザンを踏み台にするか。少なくとも、3人共後者の割合が強い。特にユルゲンとその部下はプロジェクト解散後の飼い殺し状態になったと自覚している以上、焦りがある。元の会社での地位から、ギャラガーも焦りはある。ストラングウィックは逆に、自分たちのデザイン・開発した兵器が正式採用された事実に舞い上がり、功名心が芽生えていた。蹴落とす理由も、三者三様なのだ。

 

「っと、ここみたいだな」

 

 軽口を叩き合いながらも思惟を重ねる3人の前は、テンザンの声に習い、その扉を見た。一般的なスライドドア、傍のプレートには"第9研究開発局"の文字が刻まれ、電子鍵の点灯はロックの赤を示していた。

 

「待ってろ、今カードキーを……」

 

ストラングウィックがポケットから赤色のカードキーを取り出し、機器のスリットに差し込んだ。だが、開かない。ここだけ向きなどが違うのか、とも考え何度か差し直してみるが、それでもランプは青に変わることがなかった。試しに自分の保持する、同等のセキュリティレベルを持つカードキーも入れてみたが、変化はない。

 

「ちょっと、それ本当にここのなの?」

「たしかにここのだと聞いてるぞ、キーの故障か?」

「なら、一度戻って機材部に話さなければ……」

「はぁっ? そんなのクソ面倒くせぇじゃねえか。それにこういう場合、パニック映画的に実は開いているのが……」

 

 テンザンが取っ手を掴み、あまり力を掛けずに横へと引いた。するとドアは鈍くながらも動き、僅かな隙間を空けた。そこから漏れ出したのは、肉や魚が腐ったような腐臭だ。いや、それだけではない。吐き気のするぐらい、甘ったるい臭いが腐臭を覆っているのだ。身構えてなければ意識を失いそうな程だ。科学者である3人は即座に毒性の物と推測し、普段から持っているハンカチや使い捨てマスク、それがなければ手で口と鼻を隠した。テンザンも即座にドアから手を離すと、壁際に移動し腕を口と鼻を覆い隠した。

 

「……ギャラガー博士、保安部に連絡。それと対ガス装備もだ」

「分かったわ。貴方達は?」

「……この中を先に見る。ストラングウィック、ユルゲン博士は?」

「……付き合おう」

「危険だが、確かに確認は大事だ……ギャラガー女史、ジジ君にも応援に来るよう伝えてくれ」

「分かりました」

 

 表情の変わったテンザンの言葉に、3人は即座に従い行動する。切羽詰まった時のテンザンは、言動もがらりと落ち着いたものに変わり、思考も冷静なものになる。こういう時にはリーダーとしてきっちり振る舞うため、3人共、信用はできると判断し指示に従うのだ。

 ギャラガーが踵を返してもと来た道を走り出すと、テンザン、ストラングウィック、ユルゲンはドアに貼り付き、それぞれ使えそうな道具を取り出す。整備用に持ち歩いているペンライトとマスクだ。テンザンが訓練用の拳銃以外持ち合わせていなかったため、2人から予備を貰い受けて装備し、僅かにしか空いていないドアの取っ手を今度は強く持ち、ゆっくりとスライドした。腐臭と甘い臭いが更に強くなるが、構わず開ききり、薄暗いドアの向こうをペンライトで照らす。反応はない。3人は頷き、テンザンを先頭に、腰を低くしながら部屋の中に入った。どうやらそこはまだ通路の一部のようであり、最低限の光源だけで薄暗かったが、入場者の身体をチェックする機器と端末があった。だがその先にある、薄っすらと開いたドアから淡い緑色の光が漏れているのに気づき、年若い2人は固唾を呑んだ。

 慎重に進みつつ、落ちていた端末をテンザンが拾い上げる。だが個人端末は電源が入るがロックが掛けられており、中のデータを見ることはできなかった。舌打ち1つ。テンザンはユルゲン博士に端末を突き出した。

 

「ユルゲン博士、こいつとこの辺りの機器を調べといてくれ。最悪、先に戻ってても良い」

「……助かるよ、さすがにこんな所で妻と子を置いて逝きたくはない」

「そういうこった。ストラングウィックはこのままついてこい」

「それはいいが、何故私には博士と敬称をつけないんだ?」

「それを今聞くか? そんなの、勝手に未完成兵器の実験台にされれば当然だろう」

 

 まぁ確かにそうだ、とストラングウイックは頷きつつ、壁に設置された大型機器に取り付いたユルゲンを置いて、テンザンと共に奥の扉に張り付いた。隙間から中を覗くと、緑に光る円柱形の物体がいくつも見える。光はどうやらあれが発光していると判断できるが、中身はこの位置では見えない。テンザンと顔を合わせ、頷き、ドアを開く。臭いが一段と強くなり、一瞬目を瞑ってしまったが、すぐに開いて、驚愕に身体を硬直させることとなった。

 そこは、大雑把に言えば生物実験の場所だった。発光していた円柱形の物体は天井まで繋がる大型シリンダーで、更に奥に続く扉まで左右に6本づつ並んでいた。床には機器の振動で震える緑やピンク、色とりどりのゼリー状のものがばら撒かれ、時には明らかに生物の血と思わしき血痕まであった。そして緑色の液体で満たされたシリンダーの中には、イルカや大型の犬、類人猿、果ては人間の赤ん坊が浮かんでいた。その殆どが皮膚を剥がされていたり、身体の半分であったり、首から上だけ、性器の部分のみ、果てには人間のような脳だけという、凄惨たる様だ。無事に見えるのは、頭部に機器を接続された3頭のイルカだけだろう。

 ストラングウイックはこれまで、様々な研究や実験にも取り組んできた。その中には確かに酷い物もあったが、それでもここまであからさまに、悪性とも言える光景を見たことがなかった。たまらず吐き気がこみ上げるが、今までの自身の行いから、何とか耐えられた。

 

「う、ぐぇええ」

 

 隣りを見れば、マスクを取ったテンザンが吐いていた。無理もない、ただでさえ人を殺した時にはひたすら泣きじゃくり、食事も通らなかった、見た目より遥かに精神の幼い男がこのような光景に耐えられるはずがない。なまじ頭は回る分、ここに見える光景の意味を理解できているのだろう。

 このまま落ち着かせ、奥を調査するのは保安部が来てから、と考えた矢先、視界の外から、何かがテンザンに襲いかかった。人の頭より一回り大きい程度のそれは、シリンダーの裏から飛びかかってきたのだ。キーキーと鳴き声を立てながら、顔に張り付いたテンザンに対し、触覚のような細い足を何度も顔に突き立てようとしている。

 

「テンザン!」

「や、やめ、やめろぉ!!」

 

 ぶよりとした感触のそれを、テンザンは強引に剥がし、近くのシリンダーへと投げつけた。バシン、と音が響き、咄嗟にペンライトを当てて正体を確認しようとした。その行為に、ストラングウイックは後悔することとなった。

 そこにいたのは、巨大な青いノミのような生き物だ。口らしき場所には触手なようなものを何本も生やし、その上には人間の目が対となって備わっている。そして胴体から後ろは丸々と太っているが、そこは半透明になっていて、薄っすらと中の臓器、いやモノが見えてしまっていた。人間の脳だ、それが丸々胴に入っているのだ。そこから伸びる太い2本の線は、先程の人間の目に繋がっている。更に脳の下から生える一際大きな脊椎には、びっしりと細い糸が張り付き、その大きな虫のような身体の内側に接続されていた。

 理性と直感が、それを人間だと推測し、ぎょろぎょろとこちらに向けられる目が、確信させた。

 

「うわああぁぁぁ、うぉ、げ」

 

 今度こそ耐えられず、ストラングウィックは発狂したような悲鳴を上げ、吐瀉した。大人になってから初めて行ったそれは、あまりに酸っぱく、喉やその奥が痛く、気持ち悪かった。

 虫人間は、よろよろとこちらに向き直ると、威嚇するように鳴いて、触手を忙しなく動かしていた。

 

「2人とも、何が……これ、はっ?」

 

 2人の悲鳴に気づきユルゲンが入ってくるが、2人と同じようにこの悍ましい光景に驚き、そしてキーキーと声を上げる虫/人間に気づくと、身体を硬直させて膝から崩れ落ち、両手で顔を覆ってしまった。

 

「神よ、なんだこれは……これが人のやったことなのか……私と同じ人がやったことなのか……?」

 

 ははは、と乾いた笑い声が漏れ出すユルゲンに、生物の触手が向けられる。それを遮るために生物の前に出て、触手を手のひらで受け止めたのは、テンザンだった。

 

「……何があった」

 

 俯くテンザンの顔は、ようやく吐き気が落ち着き出したストラングウイックには伺えない。だが声の震え方から、テンザンがまた泣いている、というのは察することはできた。虫は触手を止められたことに怒り、その場から1メートル近くまで跳ねると再びテンザンに襲いかかった。何度もテンザンの額や頬、喉、口内へ突き刺さるそれは次第に赤く染まるが、テンザンは刺される度に指で触手を抑えていき、遂には全ての触手を両手で抑え込んだ。虫は当然抵抗するが、もはや禄に身動きも取れない状態だ。そのまま叩きつけて殺してくれ、とストラングウィックは願ったが、テンザンは自分の頭からそいつを引き剥がすと、その目を、自身に目に合わせた。

 

「何があった、言え! どうして、こんな……」

 

 テンザンはやはり泣いていた。悲しそうに泣いていた。悍ましさや恐怖からではない、ただただ、虫の境遇に思い泣いていた。酷い顔だ、ただでさえ醜男な顔つきなのに、涙と刺し傷の血、更には吐瀉物のせいで、化粧の溶けたピエロのように醜かった。そんな酷いもののはずなのに、ストラングウイックという人間には、胸を掻き毟るような熱が、自分にも分け与えるほど、綺麗なものに見えた。 

 虫は答えない。理由は方法は不明だが、人間から今の姿に変えられた時、発声器官を移されなかったのだ。だからこそ、キーキーと、触手同士を擦り合わせて発生する音でしか回答するすべを持たない。だが、声は伝わったのか、抵抗は徐々に弱くなっていく。ただ身体が弱っていただけかもしれない。だがそれは、しばらくの間、テンザンと向き合い、唐突にその手を振りほどいて安々と着地したことで否定された。

 

『……こっちへ来て』

 

 不意に、どこからか声が響いた。少女の声、高いソプラノ。咄嗟に周囲を探すが、人の姿はシリンダーの中にしかない。

 

『いいの、シェースチ?』

『確かにイレギュラーだけど、僕らの願いは早めに叶えられそうだからいいんじゃないか?』

『ビアン・ゾルダークにしろ、アードラー・コッホにしろ、見つかれば結果は変わらない。ならば早々に終わるなら、それでよいだろう』

『……ありがとう』

 

 少女とはまた違う3つの声。これもまた、どこから響いているか分からない。脳に直接響くようなそれに、未知に対する恐怖が浮かびそうになる。だがそれを察したように、虫がこちらを向いた。

 

『……今、私たちはサイコ・ネットワークを形成し、脳量子波しか持たない貴方たちにも提供しています。テレパシーのようなものと考えてください』

「テレパシー…だって。そんな非科学的な!?」

 

 どこからか、いや虫からテレパシーで届く少女の声に、正気に戻ったユルゲンが反論する。しかしそれは再び聞こえた、壮年の男性のような声に遮られた。

 

『念動力者の実在が証明されている以上、テレパシーとて現実だ。それに我々海洋生物からすれば、小さな機器だけでテレパシーより手軽に遠くの者と話すことが可能な貴公らの方が余程ファンタジーだ』

『イルカがファンタジーなんて単語を使うのもアレだけどね』

 

 イルカ、という単語に、ついに声の主を察することができた。ストラングウイックとテンザンはよろよろと立ち上がりながら、シリンダーに浮かぶ3匹のイルカを仰ぐと、閉じていたはずの目蓋が開かれた3対の目が、3人を見ていた。

 

「イルカの、念動力者……?」

『そう、その通りだ。私の名前は……いや、それは今は言わなくともよいか。これから我々は死ぬかもしれないのだから』

『それよりも貴方達にはそこにいるシェースチ……人間で言う虫になっている娘に付いていってもらいたいの』

『んで、僕らの処遇は、そこにあるものを見て、対処してから判断してよ』

 

 きゅるきゅると鳴くイルカの音は脳内に響く人語となってストラングウイックたちに届いた。放たれた人外たちの言葉の意味に多くの疑問が湧き上がるが、今はこの場の空気に押し流されるように、ピョンピョンと跳ねるノミ/シェースチに付いていくこととした。実際、先頭を行くテンザンは、あの状態からいち早く状況を飲み込めたようで、顔を一度腕で拭って、散らばるゼリー状のものを避けながら歩いている。続くストラングウイックとなし崩し的に同行することとなったユルゲンは憔悴しているが、それでもここまで来た以上引き下がることもできず、まるで奥の部屋から溢れる臭いに誘われるように、足を動かしていた。

 そのまま誰もが無言のまま歩き、遂には最奥の扉までたどり着いた。あの腐臭と甘くクサイ臭いはここから溢れ出ているようだ。耳をすませば、この先から人の甲高い声のようなものを聞こえてくる。だが何をしているかは、この惨状から、想像もしたくなかった。

 

『ロックは解除されています……できれば、正気の内に部屋から出るか……殺してください』

「何を殺すだって?」

『見ればわかります』

 

 シェースチの念話にテンザンが疑問を上げるが、応えることなく、虫は横に跳ねて道を譲った。覚悟を決めたようにテンザンがドアに手をかけ、一息に開いた。

 臭いと、かすかに聞こえていた音が大きく広がった。その正体はすぐにわかった、分かってしまった。マスクをしているのに、思わず口を塞いだ。

 そこは一つの地獄だ。何かの実験室だったそこには複数のベッドが置かれ、何人もの人間がそこで交わっていた。だがそこは尋常ではない。男と女、男と男、女と女。対で盛り合う者もいれば、2人で1人を責め立てるものたちもいる。だがそれが生きている人間同士であればまだこの場を形容する言葉があるだろう。人間の中には、既に腐り始めた死体が紛れているのだ。死体に対し、男が一物を突っ込み、女が腐ったマラを身内に入れようとしているのだ。腐った肉が掻き出され、愛液や精液と共に部屋中にぶち撒けられている。それをドロのように弄びながら、嬌声を上げ続ける人間の形をしたモノたち。

 これは果たして現実だろうか、まだ自分はあのドッグの仮眠室で寝ていて悪夢を見ているだけではないのだろうか。正気を失くしそうな光景にたたらを踏み、後ろにいたユルゲンにぶつかってしまった。ユルゲンは押された衝撃に耐えることが出来ず、腰を抜かして倒れ込んでしまった。

 

「ああ、アードラー副総帥の使いの方ですか?」

 

 込み上げてくる吐き気に抗っていると、素っ裸に白衣だけを纏った男が、世間話をするように近づいてきた。その手に持ったタッチパネル式の情報端末から、彼がこの状況をモニタリングしていることがわかる。

 

「いやぁすみません。パイロット候補2人を出すって要請の話ですよね? 申し訳ないのですがご覧の通り実験が忙しくて出せない状態なんですよ。それで連絡もままならなくて……非能力者によるサイコ・ネットワークの形成が不安定でしてね、実験体にはがんばってもらっているのですが……」

「……実験ってのは、これのことか?」

「おや、報告書出して……ああいけない、そうか、最後に出したのは大分前だったか、夢中になりすぎたなぁ」

 

 震えるテンザンの問いに対し、この中で唯一の正気、いや最大の狂気を持った研究員は、にこやかに笑いながらこの冒涜的な光景を説明し出した。

 

「ではご説明しましょう。我々第9研究開発局は特脳研の研究の一つであった"念動力者による特殊なネットワークの形成"を目的としています。念動力者は常人の脳波とは違うαパルス波を持っています。これを複数用意、増幅することにより理論上は他者の思考とダイレクトリンク……いうなれば他者の心が分かるようになるネットワークを形成できるようになるのです。私達をこれを便宜上"サイコ・ネットワーク"と命名しております。サイコ・ネットワークには距離は関係なく、加えて一度形成し安定化できれば、常人の脳でも理論上は参加できます。これは人類が相互理解、即ち真なる平和の為に必要な研究です。ああ、勿論軍事利用も大丈夫、小隊から中隊規模でネットワークを形成し、リアルタイムで情報を交換し合える戦術システムを構築できます。どこかの誰かが提唱していたAMNシステムを、人間を消耗品にすることなく実現できるのです」

「っ」

 

 ユルゲンの身体がビクリと震えるが、研究員は構わず、それこそ望まぬ情報であろうと、下手な吟遊詩人のように話し続ける。

 

「最初は苦労しました。念動力者はそもそも数が少ない、加えて我々はアードラー副総帥の傘下だったため、EOTI機関に移籍する以前から"材料"の調達に難儀していました。スクールの廃棄者や孤児から見繕ったのはいいですが、それでも足りない。なので時には偽造データを上げて研究を続けるしかなかったのですが、いや心が痛かった。仕方なく人間に近い知性を持つ動物にも手を出しましたが、成果があったのはイルカぐらい。しょうが無いので今ある"材料"だけでサイコ・ネットワークを形成しようとしましたが、今度は出力が足りなかったり安定しなかったり……被験者を分解もしたし、試しに脳の器を変えてもみましたが、中々うまくいきませんでした。そうしていると、まともに使える材料が一人しかいなくなってしまったのです。万事休すかと思いましたよ」

 

 ですが、といって、男は部屋の光景に指差した。

 

「我々は気づいたのです。一人の強力な念動力者を絶頂状態にさせ、それと同時に複数の脳波を強化した人間をエクスタシー化し、完全同調させる。それによりネットワークを形成できれば、サイコ・ネットワークは再現できると。勿論常人の脳波を強化するのですから、投与する薬の厳選、それに快楽の度合いも調整が大変でした。材料も少なくなっていたので、被験者として我々が参加するしかなかった。しかし私たちは成し遂げた! 今はまだ前準備として過剰投与と乱交などが必要ですが、いずれは簡単なアンプルと機器だけでサイコ・ネットワークを簡単に形成できるようになるでしょう!!」

「……それは、死んだ人間でもできるかよ?」

 

 研究員の演説が終わり、掲げられた手が下げられるのと同時、テンザンの声が響いた。先程のような震えはない。ストラングウィックからは丁度背中しか見えない位置のため、その顔を見ることができなかった。

 

「死んでる? はて、そんなのはどこにいるのでしょうか?」

 

 心底不思議だ、と尋ねる研究員の目が、3人を貫いた。濁りきり、正気を保っていない。それがひと目でわかる、光のない瞳。この、眼前に広がる光景はから、察しはついていた。この"第9研究開発局"にいる人間で、正気を保っているものはないないと。例えいたとしても、それはもう既に"別のもの"に変えられてしまっているものだと。同じ科学者として、軽蔑、いやそれすらも適当ではない。形容する術を、ストラングウィックを持っていない。今も尚這いつくばり、顔面を覆うユルゲンとて、持っていないはずだ。

 何故なら、自分たちは科学者なのだ。それが自らの道に繋がるのであれば、この光景を許容するだろう。そういう人でなしだから、今この場にいるのだ。どれだけ悍ましくとも、冒涜的とも、そうと決めてしまえば突き進める、そういう人種なのだ。

 

「……お前らが、パイロット候補に上げたのはどいつだ?」

「ああ、それでしたら。一人はほら、あの奥で3人ほど咥えこんでいる少女です、名称をスェーミとしています。ウチに残った唯一の念動力者ですので、ちょっと出すのは厳しいですね。我々としても初期に出したパイロット適正を放っておいたのは失敗でした。それで申し訳ないのですが……もう一人はもう人間の形をしていません。恐らく通ってきた道にでっかい虫がいたら、そいつでしょう。あの少女の双子の姉に当たる被験者だったのですが、念動力は妹より弱くてですね。どうせならと脳を移し替えた状態でのαパルス測定のためと、脳細胞から虫型の器を培養して移し替えてみたのですが、最初はそれはもう大変で……」

「もう、十分だ」

 

 だからこそ、テンザンが突然研究員を殴り倒したことに、驚愕してしまった。顔面への一撃、よほど力が込められていたのだろう、一発で鼻の骨が折れ、鼻血を撒き散らしながら意識を失った。それを行ったテンザンは、振り返ることなく銃を引き抜くと、酒池肉林の夢へと、躊躇いもなく引き金を引いた。バン、という強烈な音が、夢を裂くように響き渡り、たまらず耳を塞いだ。銃弾は壁に当たって人を傷つけることはなかったが、ひたすら交わり続けていた人々は行為を止め、音源となるテンザンへと視線を向けた。一様に、その目は腐りきっている。ともすれば先程殴り倒された男より酷いだろう。どちゃりと、腐乱死体と、上下から3つの穴に逸物を付きこまれていた白色の少女が、精液と愛液、そして腐った人間の汁が染み込んだベッドに倒れ込んだ。その目にもまた、もはや人としての意識は、殆ど見えなかった。

 テンザンが拳銃を捨て、その中へと歩きだす。元はストラングウイックと同じ研究者だったろう性の亡者たちは、テンザンを異物と認識したのだろう。はたまた、新たな材料として見定めたのか。理由はどうであれ、一斉にテンザンへと襲いかかった。それをテンザンは、問答無用で殴り、蹴り、投げ、極め、一人ずつ叩き潰していった。男も女も関係ない、ただただ相手は人に似た何かと認識して、処理をしていったのだ。

 そして動ける元研究者たちを全てを不浄な床へと沈めると、死体の散らばるベッドに残された少女の元へと近づいた。少女の目はちらりとテンザンを認めると、よろよろと身体を起こし、テンザンの足に張り付いた。

 

「あ、あ……あぅ」

 

 言葉を喋ろうとせず、ただうめき声のようなものしか上げない少女は、あろうことかテンザンのズボンに手をかけ、脱がそうとしていた。その手をテンザンが掴む。傍目から見ても、あまりに細い手だ。診断を行えば、十中八九、栄養不足という結果が出るだろう。

 テンザンはそのまま少女の手の動きを封じながら、自らの上着を脱ぎ、少女に被せた。うーうーと嫌がる少女を無視して、テンザンは少女を一度強く抱きしめ、抱え上げる。その足がこちらを向き、ようやくテンザンの顔を望むことができた。

 

「……なんて顔をしてるんだ、お前は」

 

 そんな言葉が自然とストラングウィックの口から漏れた。悲しさや怒り、そういった感情を混ぜこせにしていて、けれども言葉にするのが難しい表情。近いものは、泣き出しそうなのを我慢する子どもだろう。だがその子どもは酷い顔つきで、とっくのとうに涙を流し、加えて傷だらけだった。腕の中で暴れる少女の伸びた爪が当たり、今もなお引っかき傷が増えている。それでもテンザンは、宝石のように大切にしながら、少女を放そうとしない。

 その光景を見て、ストラングウィックは、そしてユルゲンは、ようやくあの青年のような少年が、何を目指そうとしているのかを理解した。だがそれは、本人が自覚しているかは分からない。それに声に出して言うには、2人はあまりに現実を知り、年を取り、悪徳と呼べるものにも手を出してきた。だからこそ、心の中で思うしかなかった。

 

「……シェースチ。これが、お前らが殺せっていったことか?」

『ええ、そうです……正確には、殺してほしいのは、貴方が今抱いている私の妹』

 

 不意に紡がれたテンザンの静かな声に、再び念話が頭に響き、あの青い虫/シェースチがピョンと現れた。そして、彼女が言っていた対象に、三度驚愕した。彼女は今、自らの妹を殺せと言ったのも同義なのだ。

 

「どうして、そんなことを言うんだ?」

『……彼らが狂ったのは、妹のサイコ・ネットワークの暴走のせい。確かにあの研究者たちは、目論見通り、妹を犯し尽くすことで、サイコ・ネットワークを形成できた。けれど核となる念動力者は妹だけ、そして妹は、ずっと続いていた陵辱で、とっくに心を快楽で壊されていた……結果として、スェーミがただただ快楽を求める行為を、研究者全員で求めるようになったのです。妹が人の心の無意識を操作して、ね』

「そんな、バカな話が……いや、だったらなぜ、君はそれを防がなかったのだ?!」

 

 ユルゲンが喚くように疑問を投げるが、シェースチは触手の一本をくるりと回して、小馬鹿にするように答えた。

 

『そんなものは、決まっています。私たちは、彼らが憎かった。こんな身体にしたあいつらに死んで侘びてほしかった。それが出来ないなら、せめて死ぬほど苦しみ、地獄を味あわせてやりたかった。だから妹を利用、いえ放置して、死ぬまで快楽漬けにしてやることにした。全てが終われば……もう正気もない妹を、死でもって解放しようと思ってました』

『私達のサイコ・ネットワークは予知もできた。予知によれば、連邦軍がこの基地に攻め込む際にここは余波で崩れ、爆発と火災で全て焼け落ちるはずだった。だからどっちにしろ、私たちはあいつらと共倒れになり、スェーミも死んで解放されるはずだったのさ』

 

 割り込んできたのは、先程聞こえた、イルカの一頭の、幼い少年に似た声を形成する念話だ。ストラングウィックは、彼らの理由と、そして頭に直接叩きつけられる強烈な憎悪の念にたまらず頭を抱え、顔をしかめた。これが念動力者、これがサイコ・ネットワーク。確かに強力で、軍事利用できれば素晴らしいだろう。だがそれは、このような見るも恐ろしい過程を経なければ出現しない、外法の術理だ。

 

『だからもう、私たちに生きる意味もない。イレギュラーである貴方達が来て、ここの実態もビアンやアードラーに知られるでしょう。そうなれば、悍ましい研究成果である私たちは消されるだけ……ビアンは理想のために、アードラーは保身のために、そう行うでしょう』

 

 だからせめて、妹が死で持って解放されるのを見せて欲しい。ぎょろりと向かれたシェースチのグロテクスな目が、テンザンを射抜いた。テンザンは伝わる念話に一度は足を止めたが、すぐに歩きを再開し、外へと向かいだした。その目にも怯まない。瞬間、脳を直接揺さぶるような念がストラングウィックたちに叩きつけられ、片膝を付いた。テンザンに抱えられたスェーミもそれを受信し、痛そうに歯を食いしばっていた。それでも、テンザンの歩みは止まらなかった。

 

『……私たちのたった一つの願いを、貴方は否定しようとするのですか?』

 

 悪意の念を放ち続けるシェースチが、テンザンを睨みつける。そこでようやく、テンザンの足が止まった。

 

「……それじゃあ、この子も、お前らも、救われねぇだろ!!!」

 

 そして放たれた言葉は、脳を焼こうとする憎悪の炎を、たった一息で吹き飛ばした。

 

「何でこんなひどい目にあって、死しか望めないんだよ! 俺達が助けることができたんだから、もっと生きようとか、元の身体に戻ろうとか……また姉妹で暮らそうとか考えられねぇんだよ!! イルカどもだってそうだ! 俺が今お前たちを海に逃がせば、それで済む話じゃねぇか!! 何でそんなことも考えつかないんだよ! 絶望しっぱなしだったんなら、拾った命だって……幸せも願えよ……生きてるんだから、それが普通じゃねぇか……そうじゃねぇと、俺が報われねぇんだよ……」

 

 テンザンの叫びは、言葉の途中からただの鳴き声に変わっていた。ずっと泣くのを我慢していた子どもが、ついに我慢できずに、泣き出してしまった。涙と鼻水が溢れて、顔が余計に汚くなっていく。

 どうしてそんな当たり前のことを、いや真っ当な人間のようなことを、こんな状況でも掲げることができるのだろう。その答えは、ストラングウィックはとっくに気づいていた。確信したのはついさっきだが、それでも答えに間違いはないだろう。

 テンザン・ナカジマは、正義の味方を夢見る子どもだ。それが何故か偽悪趣味の皮を被っているだけなのだ。その理由はわからない、だがしかし、分かってしまえば単純だった。どうしてテンザンを憎らしく思うのか、そして嫌いになりきれないのか。誰もが一度は夢見たものを、テンザンはふらふらしながらも、未だに歩み続けているのだ。だからその様が無意識に妬ましく、眩しく、見窄らしく、幼稚と思えてしまうのだ。そのあり方に、自分の今までの不徳が照らされるような錯覚を覚えてしまうのだ。

 テンザンの顔から吹き出した水滴が、その叫びに気圧されて黙ったスェーミの顔に落ちた。すると、スェーミの顔が徐々に歪み、ついには泣き出してしまった。暴れはしない、その声は誰かを呼ぶ声だ。

 近い表現は、赤ん坊が親を呼ぶ声。

 この場にいる全ての者が感じたものは、正義の味方に救いを求める、生きたいという叫び声。

 

『スェーミ……貴女は……』

『……人間にもこんなものがいるのだな』

 

 スェースチと、イルカの内の年長者と呼ばれる壮年の男性の声が、念話となって届いた。彼らもまた、テンザンの叫びに何かを感じ取ったのだろう。2人分の泣き声を、ただ沈黙して聞いていた。ストラングウイックとユルゲンもまた、何も言わず、少女を抱きかかえる未熟な男の泣き叫ぶ様を、じっと見上げていた。

 おもむろに、ストラングウィックは拳を握りしめ、決意を堅める。自らの欲望のために続けていた研究をどう使うか、自身と弟が認められるためだけに動いていた知識/力を、誰かが認められるために使うと決めた。このどうしようもない地獄の中に見つけた、どうしようのない者の為に使うと覚悟を決めた。

 ユルゲンの方をちらりと見ると、ニヒルに笑いたくなった。ここにくるまでとは打って変わって、何か熱意を燃やす男の目をしていたのだ。きっと自分と同じだろう。

 これから今まで以上に忙しく、同時に辛いことになるだろう。それでも、遣り甲斐を見つけることができた。それがあれば、自分はきっと腐らずに生きていけるだろう。

 

 それぞれの決意を定めることとなった泣き声は、ギャラガーが保安部を連れてこの研究室にくるまで、延々と続いたのだった。

 




蛇足な情報ですが、ヒロイン(姉の方)は、ACシリーズのAMIDAを意識しています。
それと長くなるのは、もうなったらなったでしょうがないと諦めました(白目
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