色々な意味で予想外のことが、(主に使い魔に)起きてから一ヶ月経った。
僕、桜ちゃん、雁夜さんの修行は全く問題はない。
あいかわらず、魔力量は桜ちゃん、集中力は雁夜さんがトップである。
僕はというと、当然と言えば当然なのだが、『降霊術(まだ基礎)の理解度が一番高く、それ以外の魔術は三人の中で最低レベル』という状態である。
八神家は適性という意味でも、降霊術特化の家系だったようだ。
夢の中でも毎日、魔術の予習と復習を欠かさずやっているんだけどね。
あと、これは予想しておくべきだったが、僕の成長に合わせてタマモもまた成長して、体が大きくなるだけでなく魔力生成量が増えていた。
……魔術回路を移植されているんだから、使い魔であっても魔力を生み出せて当然か。
タマモが持っている魔術回路は、老年のご先祖様から移植した魔術回路だから、魔術回路を鍛えることはもうできない。
しかし、僕からの魔力を吸収してタマモが成長することで、ご先祖様から移植された魔術回路への適合性が増し、起動できる魔術回路が増え、魔術回路の出力が上がり、より効率的に魔力を生成させられるようになっているらしい。
さらに言えば、タマモに移植されたのは『八神家当主の魔術師が限界まで鍛え上げた魔術回路』だから、数が少ないとはいえ、魔力量はばかにはできないだろう。
魔力を供給しなくてもいいのは助かるが、一歩間違えると使い魔に裏切られるとか、見限られるとかありそうだな。
……まあ、あのタマモなら、よほどのことをしない限り大丈夫だとは思うけど。
それにしても、魔術回路を持った使い魔とか、『Fate/strange fake』に出てきた銀狼の
あの銀狼と同じく、タマモが令呪を得るとか十分ありそうで怖いなぁ。
そうなれば、当然タマモが召喚するのは、狐(そして名前、精神世界の姿)つながりでキャス狐か?
……『タマモの守護神』としての立場を取ってくれれば頼もしいことこの上ないが、……万が一にも僕に惚れるようなことがあれば、ハーレムを目指した瞬間に一夫多妻去勢拳を喰らいかねない。
すでに桜ちゃんと言う婚約者がいる以上、例え惚れられることがあってもキャス狐の方が二号さんに該当するので、そうなる可能性は低いと思うのだが、……去勢されるのは絶対に嫌だなぁ。
万が一にもキャス孤が召喚されるようなことがあれば、すぐにお互いの意志の疎通や状況説明、そして僕のハーレム願望を伝えておいた方がいいな。
去勢フラグはさっさと折っておくにこしたことはない。
ゲームの主人公に玉藻御前が惚れたように、私に一目惚れする可能性は低いと思うが、この配慮が無駄になることを祈っておこ う。
それから、僕とタマモの関係は現時点では良好である。
僕の婚約者(仮)の桜ちゃんについて知っても、桜に対して嫉妬したり拒絶したりすることもなかった。
……それは良かったのだが、「マスターの婚約者に相応しい女性になるように、私がしっかり教育します」と言い出したのが不安の種である。
それ以来、桜ちゃんたちが昼寝するたびにタマモも一緒に添い寝していて、時臣師も含めてみんな微笑ましく見ているのだが、……妙なことしてないよなぁ?
魔術反応とかあれば、時臣師が絶対に気付くはずだから、……多分問題ないのだと思う。
夢の世界に桜ちゃんたちを連れ込んで何かしているらしいが、タマモに聞いても『秘密です』としか答えてくれない。
昼寝から起きた後桜ちゃんたちに確認しても、『きもちよくねれた』としか言ってなかったし。
今日は雁夜さんと時臣師との3人で、聖杯戦争に関する作戦会議の日だった。(時臣師は、使い魔経由で会話に参加)
もっとも僕は(正体を隠すため)ずっと聞いているだけで、雁夜さんと時臣師の二人で話すことがほとんどなんだけど。
……ああ、タマモは僕の隣にいて、念話で内緒話していますよ。
「まずは、聖杯戦争でサーヴァントを召喚するために必要な縁の品について話そう。
現在私はギルガメッシュの縁の品である『歴史上初めて蛇が脱皮した化石』を探しているが、それに加えて『湖の騎士ランスロット』の縁の品も探し始めることにした」
「それは助かるな。
俺には魔術関連のつてとかコネがないから、時臣師が探してくれなければ縁の品を入手するのは不可能だ。
しかし、ランスロットの縁の品を探し始めてくれたってことは、俺のことを信頼してくれたってことか?」
雁夜さんは不思議そうに尋ねたが、僕にとっても意外な話だった。
こんなに短期間で時臣師は雁夜さんを信用したのだろうか?
「まだ完全に君を信頼したわけではない。
しかし、八神家の降霊術は縁の品があれば、効果が大きくなる。
つまり、ランスロットの縁の品を探すのはサーヴァント召喚のためもあるが、降霊術に使うことがメインなのだよ」
「確かにランスロットは円卓の騎士最強と名高い騎士だからな。
降霊術を使いこなし、彼の力の一部でも使うことができるようになれば心強い。
……だが、手に入れるあてはあるのか?
俺が会った予知能力者の話によると、『多分臓硯が縁の品を手に入れたらしい』ということしか分からなかったが」
「間桐家は衰退して著しく、現在も間桐家が関わりを持つ魔術関係者はかなり少ない。
よって、臓硯がどのルートでランスロットの縁の品を入手したかは、ある程度絞り込むことができる。
絞り込んだルート全てで探すことで、多分問題なく目的の物を手に入れることができるだろう」
言われてみればその通りか。
臓硯が縁の品を秘蔵していない限りどこかから入手するしかないが、そのルートさえ予想できれば、そのルートを時臣師が利用して購入するのは十分に可能だったな。
これで、雁夜さんがランスロット、時臣師がギルガメッシュを召喚することがほぼ決定したわけか。
「で、お前はギルガメッシュを召喚するつもりなのか?」
「その通りだ。
サーヴァントを8体召喚する目処が立っている以上、最強であるギルガメッシュを召喚しない選択肢はありえない。
誰かがギルガメッシュに対して例のことを吹き込んでも、召喚直後に『8体召喚されたサーヴァントのうち7体のサーヴァントを殺すことで、私の願いである根源への道が開かれること』を伝えてあれば、ギルガメッシュが私を裏切ることはないだろう」
どうかなぁ?
あのギルガメッシュだから、時臣師を見限る理由があれば、例えそれが屁理屈であろうとも時臣師を簡単に裏切る気がするんだけどなぁ。
……特にお気に入りになる綺礼と会った後だと。
「……そうか。
裏切られる可能性を理解した上でそのことを決めたのなら、俺から言うことは何もない。
で、どうやって8体召喚するつもりなんだ?」
雁夜さんも似たようなことを考えたかもしれないが、これ以上何を言っても無駄だと思ったのか、あっさりと次の話題へと移った。
「以前少し話したが、かつての聖杯戦争において一つのクラスでサーヴァントを、善悪両方の側面から二体召喚するという方法を実行した前例がある。
あれから遠坂家の降霊術に関する魔術書を再調査したが、『繋がりの強い二人がマスターとなり、カスタマイズした召喚陣を使用してサーヴァントを同時に召喚することで、一つのクラスにおいて二体のサーヴァント召喚を召喚し、聖杯戦争において計8体のサーヴァント召喚を実現できる可能性が高いこと』が判明した」
「待て、繋がりが強い二人だと!
まさか、……凛ちゃんと桜ちゃんを利用するつもりか!?」
「……そのことは考えなくもなかったが、それは不可能だ」
おや、やっぱり考えはしたんだ。
「聖杯御三家にはマスターの優先枠があるが、当然それは私が使用する。
そしてすでに私は令呪を得ている。
幾ら凛や桜が優秀であろうとも、3年後の時点でマスターになるのは難しいだろう。
雁夜君も正直厳しい。
君が『間桐家枠のマスター』として認識されれば、何とかなるとは思うが。
……しかし、八神家の魔術刻印を全て継いだ八神君なら、三年後に令呪を得られる可能性が高いだろう」
へっ、僕?
いや、汚染された聖杯の完成を防ぐため、キャスターを召喚することを考えていたけど、その考えがばれてた?
「それだけではない。
君に残されていた使い魔は、君の先祖の魔術師の魔術回路を移植されているし、マスターである八神君とラインが繋がっていて深い繋がりがある。
つまり、君とタマモが私の提供する召喚陣を使って同時にサーヴァント召喚を行えば、同一クラスにおいて二人のサーヴァントを召喚できる可能性が高い!」
……うわ~、そう来たか。
エーデルフェルトの『双子』には敵わないが、令呪を手に入れられる可能性が高い『マスターとその使い魔(マスターの先祖の魔術回路持ち)』という組み合わせなら、……確かにそうなるか。
『タマモ、時臣師の言っていることは正しいのか?』
『そうですね。
私の聖杯戦争に関する知識は、マスターの記憶から知ったことがほぼ全てですが、……マスターが令呪を手に入れることさえできれば、多分可能ではないでしょうか?
もっとも、二人召喚用の召喚陣について、マスターや私ではなにも分からないため、時臣師に全て任せなければいけないのが不安の種ですが……』
『言われてみれば不安だな。
うっかり、『予定とは違った効果の召喚陣』になっていなければいいんだけど』
アヴェンジャークラスが召喚されるとか、勘弁してほしいぞ。
アヴェンジャークラスの場合、どんなサーヴァントが呼ばれても、死亡フラグにしか思えないし。
『で、お前は僕と同じく、サーヴァント、多分キャスターのマスターになると思うけど、それは構わないのか?』
『もちろんです!
マスターが聖杯戦争に参加するのなら、私も参加します。
マスターを影に日向にフォローするのが使い魔の役割ですから。
……あっ、でも可能ならば玉藻御前様を召喚したいですね。
こんな機会でもなければ、一生お目に掛かれないでしょうから』
勝手に姿を借りているお前が言うな!
まあ、憧れの存在でもあり、信仰する神様の分霊を召喚できるならその気持ちもわからなく、って『今気づいたけど、多分無理だぞ』
『何でですか?!?』
『サーヴァントとして召喚できるのは英霊、または半神とか元神(元女神)までだったはずだ。(例:ヘラクレス、ギルガメッシュ、メドゥーサなど)
玉藻御前って、分霊とはいえ紛うことなき神様だろう?
となると、この地で行われる聖杯戦争で召喚するのは……多分無理だと思う。
元神様ってことで、悪霊に堕ちた『玉藻御前』なら召喚できそうな気もするが、そんな存在が召喚されたらお前もこの地もただじゃ済まないだろうしな』
『……残念です。
本っ当~に残念です』
そんなことをライン経由でタマモと話していると、雁夜さんと時臣師は会話を続けていた。
「時臣、お前は聖杯戦争に子供を巻き込むつもりか?」
「安心したまえ。
いくら私の弟子であり桜の婚約者候補であっても、子供にそのようなことを強制させるつもりはない。
私が頼むのは、あくまでもサーヴァント召喚とサーヴァントへの魔力供給だけ、だ。
サーヴァント召喚後、聖杯戦争のことは全てサーヴァントに任せればいい。
当然八神君には、安全な場所へ避難してもらう予定だ。
可能なら私に協力してくれるようにサーヴァントへ命令してもらいたいが、無理そうなら何も命令する必要は無い。
サーヴァントの方も、『無茶なことを命令せず、余計なことは言わず、魔力をしっかり提供してくれる(子供の)マスター』相手ならば、そうひどい対応は取らないだろう」
「召喚したサーヴァントが、すぐにマスターに牙をむかないという保証はどこにある!」
「心配ならば、君がサーヴァント召喚時に近くで待機していればいい。
八神君に何か危害を加えようとするならば、君のサーヴァントで妨害すればいい。
問題がなければ、サーヴァントを動かす必要はない。
……もちろん、君が令呪を得てサーヴァント召喚に成功していれば、の話だがね」
さすがは時臣師。
今の僕では、雁夜さんのサーヴァント召喚以外、否定できる要素が見つからない完璧な理論展開だ。
「そして八神君は凛たちと同様に、冬木市外の拠点に避難していればいい。
拠点は私が提供しよう。
冬木市内で活動する為、さすがにそこまではサーヴァントといえども探知範囲外であり、安全と言えるだろう」
それは違う、と思う。
確かに、敵もいるし魔力量に制限のあるサーヴァントなら、冬木市外は探知範囲外である可能性は高い。
原作でも、……青髭が市外で子供を調達していなければ、冬木市外は安全だったはずだ。
しかし、マスターは違う。
原作において切嗣は手を出さなかったが、『全盛期の冷酷非情な切嗣』なら凛たちを人質に取るぐらい平気でやっただろう。
そして原作崩壊させたこの世界において、切嗣がそれをしない保証など存在しない。
しかし、聖杯戦争を『誇り高い魔術師による命を賭けた決闘』ぐらいにしか考えていない時臣師には、何を言っても無駄なんだろうなぁ。
僕にとって聖杯戦争とは、『冷酷非情な殺し合いであり、小規模な(現代)戦争』である。
多分、切嗣も同じように考えているだろう。
実際、『罰則があるルールさえ守れば後は何をしてもよく、そのルールすら破ったことがばれなければ、あるいは訴える者がいなければ問題ない』という感じだったしな。
……ああそうか、まだ認識が甘かった。
現代戦争ならハーグ陸戦条約があるけど、聖杯戦争には『魔術の秘匿』と『聖堂教会が監督役だと認めること』以外はルールはないと言っていい。
聖杯戦争は『戦力は現代戦争並み、しかしルールはたった二つしかない、本当の意味での仁義なき戦い』ってところか。
……多分、この認識が一番正しいんだろうな。
改めて考えると、本当に物騒な話だ。
絶対に、都市のど真ん中でやるような儀式じゃないよな。
『やっぱり大甘ですね。
せっかくマスターが手助けしているというのに、どこかであっさり殺されちゃいそうですね』
タマモも同じことを思ったらしい。
何というか、時臣師は自ら死亡フラグを立てまくっているよな。
『まあ、そう言うな。
……多分、魔術師は時臣師のような考えが普通で、僕や衛宮切嗣の方が異端なんだよ』
『異端だろうと、常識外れだろうと、殺されちゃったら意味ないでしょうし。
……魔術師って、ほんとおかしな人種ですね』
タマモの言葉には容赦というものがなかったが、正直僕も同感だった。
「それだと八神君たちが召喚した二体のサーヴァントが、時臣師に対立する可能性が、いや間違いなく対立するがそれでいいのか?」
「構わん。
私が召喚するギルガメッシュは無敵であり最強だ。
ましてや、綺礼君がフォローしてくれるのだから、万が一にも敗れる恐れなどない。
ならば、八神君に危険が及ぶことを避ける為、聖杯戦争での行動は全てサーヴァントの意志に任せてくれればそれでいい。
もちろん、召喚したサーヴァントには事情を全部話してくれて構わないよ。
誇り高いサーヴァントならば、マスターであり君のような子供に八つ当たりすることなく、この挑発に対して私へ怒りを向ける可能性が高いだろう。
君の役割は、ただサーヴァントを召喚し、サーヴァントに魔力を供給するだけだ。
無論、『八神君が令呪を使って戦いを妨害させられること』をサーヴァントが危惧する可能性が高いが、その場合はサーヴァントの前で彼らの要求通りに令呪を使い切ってしまえばいい。
令呪を使い切っても、サーヴァントとのラインは繋がったままだから魔力供給は問題ない。
これで、八神君に危険が及ぶ可能性はかなり低く抑えられるはずだ」
確かに、……それなら、僕がサーヴァントの怒りを買う可能性は低いかな?
サーヴァントが問答無用でマスター殺しをするような狂った存在でない限り、それなりに安全性はあるとは思う。
時臣師も、一応僕の安全に配慮してくれてはいるらしい。
その代わり時臣師がサーヴァントの怒りを買うことになるが、……(ギルガメッシュを召喚できれば)全く問題ないと本気で考えているんだろうなぁ。
しかし、……どうも何か、違和感のようなものを感じる。
「どうかな、引き受けてくれないだろうか?
もちろんまだ3年後の話だから、今すぐ答える必要はない」
……そうか!
やっと気づいた。
この提案自体が異常だ!
時臣は完全に僕を、一人前の大人として対応している。
……これは、僕の秘密がどれかばれたか?
いや、演技の下手な僕が、時臣相手に最後まで隠しきれるとは自分でも考えていなかったけど。
とりあえず、一番ばれやすそうで、ばれてもダメージが少ない秘密を白状して反応を見てみるか。
「もしかして、僕が前世の記憶を持っていることに気付いていましたか?」
「なるほど、前世の記憶だったのか。
……いや、私が気づいていたのは、『身近な人から無意識にテレパシーで情報を取った』か、『何らかの霊から霊媒体質で知識を取得した』ということでは説明がつかない君の精神年齢の高さだ。
もしかすると、『君の先祖の記憶や人格で上書きされていた』、あるいは『先祖自身が降霊術を応用して転生した』のではないかと疑っていたのだよ」
「そんなんじゃないです。
それに前世の記憶と言っても、ただの一般人として過ごした記憶を持っているだけです。
その前世も、魔術なんて一切関わらない人生でした。
しかも、前世の記憶はいきなり脈絡もなく途切れているので、何で死んだのかもわかりません」
やっぱり、魔術師である時臣師相手に全ての秘密を隠しきることなど無理だったか。
正直に(秘密の一部を)告白した僕を、時臣師はしばらく鋭い目付きで見つめていた。
「……その言葉に嘘はないようだね。
まあ、確かに魔術師相手でも前世の記憶を持っているなどと言えば、正気を疑われるか、解剖されてしまうこともある。
だが、私は君の師なのだから、もう少し早く言って欲しかったね」
「申し訳ありません。
正直、信じてもらえるとは思えなかったので」
それを聞くと、時臣師は頷いて言葉を続けた。
「確かにいきなりでは信じられなかったろうが、弟子入りして一ヶ月も経てば君の言うことが事実かどうか判断できるようになる。
そして、私は君の師であり、君とは正式な契約を交わしている。
君から契約を破棄するようなことをしない限り、私は君の言うことをできる限り尊重する。
どれほどあり得ないことであろうとも、必要なことは私に話しなさい」
「はい、わかりました」
素直に承諾したが、当然僕の最大の秘密である原作知識について話すつもりなど欠片もなかった。
原作知識の秘密が守れるなら、前世の記憶持ちぐらいばれても別に構わない。
今のところ、『必要なこと』は時臣師に対して(雁夜さん経由で)説明済みだから問題ないよな。
「よろしい。
それで君は、前世の記憶を持っていて、それにより相当高い精神年齢であると認識で正しいかね?」
「はい、時臣師には到底及びませんが、最低でも一人前と呼べるだけの精神年齢はあると考えています」
「ふむ、それでは改めて尋ねよう。
私の依頼を引き受けてくれるかな?
……無論、報酬はつける。
二体のサーヴァント召喚に成功した時点で、『桜の婚約者に相応しいだけの実力を身に着けて結果を出した』と認定し、桜の婚約者として正式に認めよう。
君への報酬としてふさわしいと思わないかね」
……さすがは生粋の魔術師。
発想がとんでもないな。
『前世の記憶持ち』という普通でない存在だと分かっていて、逆に娘の正式な婚約者になれる選択肢を提示してくるとは。
いや、時臣師を裏切らないなら、『人生経験豊富で精神年齢が高い方が、桜を守る存在として相応しい』とか逆に考えたのかな?
それから、ずいぶんとあっさりと『前世の記憶を持っていること』を信じたけど、魔術師って前世の記憶持ちが多いのか?
『マスター、原作において英霊エミヤが『前世の自分を降霊、憑依させることで、かつての技術を習得する魔術がある』と言っていましたよ。
記憶の一部が封印されている今の私の知識には該当する魔術は思いありませんが、……多分これは降霊術の一つなのでは?
そのような魔術が存在する時点で、霊媒体質で降霊術を扱う魔術師の後継者であるマスターならば前世の記憶を持っていてもおかしくないと思います』
『そういえば、そんな設定もあったか。
タマモ、教えてくれてありがとう』
前世の自分を降霊、憑依させる魔術か。
……もしかすると前世の自分を降霊、憑依させて完全に体を乗っ取られた存在が、今の僕なのかもしれないな。
さて、前世の記憶を持っていることがばれた以上、今ここで答えを出す方がいいだろう。
で、時臣師の言葉に裏が無ければ、時臣師公認で(サーヴァントが同意すれば)サーヴァントを自由に動かせるのでものすごく有利な条件だが、……本当に裏はないのか?
それとも、たった今、時臣師の『命に関わる事態でのうっかり』が発動しているのだろうか?
……まあ僕は、アンリ・マユの復活を阻止しつつ、僕が死なない範囲で桜ちゃん、凛ちゃん、葵さん、雁夜さんの命を守れれば満足だから特に問題はないんだが。
時臣師はこの一ヶ月修行を通して僕を観察し、秘密にしていることはあっても裏切ったりすることはないと判断したのか?
あるいは、サーヴァント2体を召喚さえさせれば、ギルガメッシュが時臣師を裏切る要素がなくなるから、僕が時臣師を裏切っても問題ないと考えているとか?
つまり、どんなサーヴァントがどんな策を取ろうとも蹴散らせる自信があり、もし僕が裏切ったとしても『裏切りに気付いた時点で殺せばいいし、裏切らなければ桜の婿として認めていい』とか考えているとか?
……十分ありそうだな。
だが、この予想が正しければ好都合だ。
「わかりました。
詳細な契約内容は後日詰める必要があると思いますが、その内容で承諾します。
……もちろん、聖杯戦争までに僕が令呪を得ることができれば、ですが」
「そうか、それはありがたい。
よろしく頼むよ」
時臣師は機嫌良く答えた。
だが、僕としてはもう一つ頼みたいことがある。
「ただ、お願いしたい条件があります」
「何だね?
大概のことなら受け入れるつもりだ。
遠慮なく言いたまえ」
では、遠慮なく言わせてもらおう。
「僕はともかく、移植された魔術回路しかもたないタマモでは、サーヴァントを維持するのもぎりぎりだと思います。
下手をすると、召喚するだけの魔力も足りないかもしれません」
「……まあ、所詮使い魔だ。
その可能性は十分ありえるね」
『マスター、今の私ならともかく、3年後ならそんな醜態は絶対にありえません!』
僕の発言にタマモが抗議してきたが、すぐに黙らせると言葉を続けた。
「そこで、聖杯戦争に参加せず、多くの魔力を保有している桜ちゃん、そして可能なら凛ちゃんとラインを接続し、魔力を貰うことはできないでしょうか?
二人とも、『親であり師でもある時臣師の為であり、時臣師からの依頼を果たすため』という理由なら承諾してくれると思います。
……それと、禅城家は元々魔術師の家系だったと聞いていますので、可能なら葵さんも魔術回路を開いて、僕とラインを繋いで魔力供給してもらえると助かります」
「葵さんの魔術回路を開くのか!?」
このことは雁夜さんにも話していなかったので、雁夜さんもかなり驚いていた。
時臣師も予想外の条件だったのか、少し動揺していたがすぐに回答してきた。
「……まず、葵は無理だな。
確かに禅城の家は元魔術師の家系であり、現在も特殊体質は引き継がれているが、……もう葵の体には魔術回路が存在しない。
残念だが、禅城家は衰退しただけでなく、魔術師としては完全に終わった家系なのだよ」
そうだったのか!?
可能なら、雁夜さんと葵さんの間にラインを繋げて、雁夜さんのやる気をアップさせると同時に、令呪を得る可能性を向上させようと思っていたのに!
「凛と桜とラインを繋げることは、……確かにそれをすれば君の魔力面での不安は解消できる。
だ、だが、しかし、……ラインを繋げる方法はそれほどない。
7歳ぐらいで例の行為はできないし、できたとしても許すつもりもない!」
おお、時臣師がいきなり激昂した。
性行為以外のラインを繋げる方法でよかったのだが、もしかしてその方法は存在しないのか?
「そういうお前こそ、俺の指摘がなければ、桜ちゃんを蟲地獄に送り込もうとしたんだろうが」
しかし、その激昂も雁夜さんのきつ~い一言であっという間に消火され、時臣師は項垂れてしまった。
「え~と、ラインを繋げる方法は詳しくないんですが、やっぱり性行為しかないんですか?」
「雁夜君が教えたのか?
それともどこかで調べたのか?
……まあいい。
魔術師同士のラインを接続する方法は、性行為が一番簡単なのは確かだ。
だが、君たちの年齢から言っても、親として、そして師としての立場から言っても、その行為を許すわけには行かない。
……いや、まて。
『性行為によって、双方の波長を合わせ回路を繋げラインを構築している』わけだから……、両者に契約の魔術を掛けた上で体を接触させれば、波長を合わせることもできるだろうし、短期なら回路を繋げることもできる、か?
しかし、その場合、……やはり口内接触がベスト、か?」
どうやら解決策を思いついたようだが 時臣師の声はものすごく苦渋に満ちていた。
「何を躊躇っているんだ。
八神君がサーヴァントを二体召喚できるかどうかは、お前の命に直接関わることだ。
性行為が必要と言うなら僕も認められないが、キスならば許容範囲内じゃないか!
まだ、思春期前の子供たちなんだ。
きちんと事情を説明し、凛ちゃんたちが理解した上で承諾したのなら問題ないだろ!」
おお、すばらしいフォロー、ありがとう雁夜さん。
やっぱり、ライン接続が魔力不足を解消する唯一にして一番確実な方法みたいだし、なんとしても二人から魔力をもらいたいのが本音である。
「……それしか、ないか」
しぶしぶ、本当にしぶしぶ時臣師は承諾した。
いや、思春期の少女相手ならともかく、幼女相手にキスをして喜ぶ趣味は僕にも無いよ。
純粋に魔力のことだけを考えて提案したんだけど。
……なんか僕のこと、誤解していませんか?
「ところで雁夜君は、八神君が前世の記憶を持っていたことを知っていたのかね?」
「ああ、そうだ。
桜ちゃんを助けるために相談したときに教えてもらった。
そのときに、彼が許可した人以外には絶対に内緒にすると約束していたからな」
「それなら仕方あるまい。
しかし君は、他にも秘密していることはないか?
例の予知能力者から教わったことが他にもあるのではないかね?」
さすがに時臣師も気づいたか。
しかし、気づかれたとはいえ、僕も雁夜さんも時臣師にすべてを話すつもりはない。
「そりゃ、あるさ。
だがこれは僕の唯一と言っていい強力な武器だから、全て教えることはできない。
……安心しろ。
『桜ちゃんのこと』と、『お前が死ぬ確率を減らすアドバイス』はほとんど教えてある。
後は、俺自身に関わることがほとんどだ」
「……確かに、君から提供された情報は計り知れないほどの価値を持っていた。
これ以上対価もなしに求めるのは、等価交換に反する行為、か」
「そういうことだ。
まあ何かアドバイスが必要な事態が発生すれば、すぐに話すから安心しろ」
雁夜さんも、時臣師の存在が葵さんたちには必要だと理解しているから、原作と違って時臣師の死は望んでいない。
……まあ、雁夜さんとは関わりのないところで勝手に死んだ場合、雁夜さんが密かに喝采を上げる可能性は否定できないけど。
「そうそう。
聖杯戦争で死亡することを考えて、きちんと遺書は残したのか?
お前が勝手に死ぬのは自由だが、そのせいで資産面で葵さんたちが苦労するとか、遠坂家の魔術や伝承が失伝して凛ちゃんが苦労するようなことがあって、残された家族に負担を掛けさせたら当主として最低だぞ?」
「……分かっている。
この世界に絶対はないことを、君のおかげで思い知った。
私に何かあっても、禅城の家と信頼できる弁護士が家族を守ってくれるように、聖杯戦争までに手配をしておく。
さらに、遠坂家において口伝で伝えられてきた内容についても、現在全て本にまとめているところだ。
これも、聖杯戦争開始までには全て書き終えられるだろう。
これでもし私に何かあっても、残した資産、そして私が書いた本と魔術刻印が凛に受け継がれれば、遠坂家は安泰のはずだ」
「なるほど、八神家の先祖の真似をしたわけか」
「その通りだよ。
彼の先祖がやったこと、残したものを見て、私の準備がいかに不備だらけだったか思い知らされた。
さすがに魔術刻印は凛が一人前になるまでは渡せないが、それ以外はできるだけ今のうちから準備して残すつもりだ」
時臣さんも、雁夜さんから聞いた自分の死の可能性、そして僕のご先祖様の用意周到さを目の当たりにして、認識が大きく変わったようだな。
う~ん、こうなると、綺礼に裏切られても返り討ちにするぐらいのことが起きてもおかしくないか?
今度時間があるときに、可能な範囲で第四次聖杯戦争の展開を予想しておくか。
こうして僕は、時臣師公認でタマモと一緒に聖杯戦争に参加することが決まった。
……多分、キャスターを召喚することになるだろう。
どんな縁の品が手に入り、どのサーヴァントを召喚するか、しっかり考えないといけないな。
はてさて、どうなることやら。
【にじファンでの後書き】
今回、結構急展開です。
設定や内容に矛盾などがあればお知らせください。
可能な限り修正します。
【報告】
連休が終わったので更新速度は大幅に遅くなります。
ご了承ください。
PV15万、お気に入り登録件数1000件達成しました。
どうもありがとうございます。
【備考】
2012.05.08 『にじファン』で掲載