トリッパーと雁夜が聖杯戦争で暗躍   作:ウィル・ゲイツ

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第09話 二人目の使い魔(憑依六ヶ月後)

 僕が令呪をゲットし、僕とタマモがマスターになることがほぼ決定した。

 

 それはすでに覚悟済みだったので別に構わないが、……雁夜さんはこのままで聖杯戦争までに令呪を得られるのだろうか?

 時臣師も『不安だ』とはっきり言っているし、……さて何かいい案はないか?

 やっぱり、葵さんの魔力バックアップ作戦が潰れたのは痛かったなぁ。

 あれが実施されていれば、雁夜さんは葵さんとラインが繋がっている限りハイテンション状態になって一気にレベルアップして、令呪なんてすぐにゲットできただろうに。

 

 う~む、サーヴァントが召喚可能な時期になったらさっさとダブルキャスターを召喚して、臓硯を捕獲し、(原作で真アサシンを召喚できたので)臓硯が持っている可能性が高い予備の令呪とか、聖杯戦争の裏技情報とか、もし残っていればマキリの魔術刻印とかを全て奪いつくし、それを雁夜さんに全部提供し、それでも駄目なら寿命が減らない程度に雁夜さんを魔改造するしかないか?

 僕のご先祖がミイラ化した腕に魔術刻印を残したように、原作において時臣の死体から凛に魔術刻印を移植したように、かつて魔術刻印を継承した間桐家の魔術師の死体が残っていれば、雁夜さんが魔術刻印を引き継げる可能性は残っている。

 

 ……ああ、魔改造と言えば、八神家の降霊術があるじゃないか。

 降霊術を使って、雁夜さんを一時的にでもパワーアップさせれば、令呪を得られる可能性はかなり高くなるだろう。

 

 ……ん?

 良く考えれば、臓硯が令呪を持ってさえいれば、それを奪って雁夜さんに移植すればそれでケリがつくじゃないか!

 いくら臓硯でも令呪がなければ、真アサシンを召喚できるはずがないからな。

 よし、それでいこう!

 さすがに、『今までの聖杯戦争で未使用の令呪を保有している言峰璃正神父』から令呪を奪うのは、色んな意味で不可能だろうしなぁ。

 

 

 次の課題は、「召喚したサーヴァントをどうすれば雁夜さんは維持できるか?」だな。

 そのためには、「降霊術使用による雁夜さんの(一時的ではない)パワーアップの実現」を試すのもありだろう。

 時臣師とも相談して、色々と考えてみよう。

 

『雁夜さんと相性のいい英霊は当然ランスロットだろうから、その分霊を雁夜さんに降霊させ、魔力を含めた身体能力パワーアップを目指してみるか。

 無茶なことをするから魔術回路を含めて全身筋肉痛とかになるかもしれないけど、後遺症とか寿命が減るようなことがなければセーフということで。

 死なせるわけではないけど、死ぬ気でがんばってもらおう。

 ……タマモはどう思う?』

『そうですね。

 やっぱり力がない人が力を手に入れようとした場合、何らかの代価や制限があるのは当然ではないでしょうか?

 ……さすがに原作の余命一ヶ月は限度を越えていますけど、逆に言えば『そこまでしなければ令呪を手に入れられなかった』とも言えるわけですし。

 私の力もまた、マスターのご先祖様が『魔術師としての全て』と引き換えにして作り上げたものですから』

『だよなぁ。

 険しい道だけど、雁夜さんが自分で望んだわけだから、進むしかないよな。

 ……もっといいアイデアが思いつくといいんだけど』

 

 雁夜さんのフォローはしたいけど、マスターとなる僕が弱体化したら本末転倒なので、僕たち(僕、タマモ、桜ちゃん、凛ちゃん)から魔力供給は無理。

 時臣師もマスターだから無理。

 言峰綺礼は接触自体論外、というか死亡フラグそのもの。

 臓硯はさっき考えた通り、サーヴァント召喚後に速攻で抹殺するとして。

 残っているのは、……士郎?

 ……いやいやいや、さすがにそれは駄目だよな。

 わずか4歳の幼児を騙して、死ぬ危険性があるのに魔術回路を構築させ、雁夜さんに魔力供給させるって、幾らなんでも外道すぎるだろう。

 

 それに、万が一この世界も『Fate/Zero』と同じ結果になった場合、士郎を第五次聖杯戦争のマスターとしてキープしておく必要がある。

 慎二の魔術回路を無理矢理開くのも無理だろうし、残っているのは……『臓硯が桜の代わりに養子にするであろう見知らぬ幼女』ぐらいか?

 まあ、桜ちゃんほどの逸材が見つかるはずもないし、聖杯戦争までに間桐家に養子入りするかどうかもわからないんだけど。

 

 もし、聖杯戦争前に間桐家の養子がいれば、臓硯抹殺と同時に保護して、ついでに『雁夜さんと仮契約(パクティオー)してもらって魔力供給してもらえないか?』を駄目元で頼んでみるか?

 ……理想は彼女が間桐家に養子入りしたその日に彼女を救出することなんだけど、聖杯戦争開始の1年ぐらい前だとさすがにサーヴァントを召喚するのは無理そうだから、……可哀想だけどサーヴァント召喚後じゃないと助けられないか。

 これが、凛ちゃんや桜ちゃんだったら、多少の危険を冒して助けるのもありなんだが、……いくら幼女とはいえ、見知らぬ誰かの為に僕は命を賭けることはできない。

 僕は正義の味方じゃないからな。

 雁夜さんなら、……いや雁夜さんでも難しいかな。

 今の雁夜さんの最重要目的は、葵さん、凛ちゃん、桜ちゃんの幸せを守ること。

 いくら自分の実家が行っている悪行であろうとも、どうしても優先順位は下がってしまうだろう。

 ……せめて、助けた後のアフターケアを充実させて、埋め込まれた蟲を可能な限り除去して治療をするのは当然として、間桐家で過ごした地獄の日々の記憶を封印するとか、できるだけ彼女の希望を叶えてあげることしかできないか。

 偽善といえば偽善だが、何もしないよりはよっぽどいいだろう。

 

 

 ああ、ソラウを拐って、じゃなかった、誰か(多分切嗣)に殺されそうになったら助けて、対価として魔力供給させるのはありだな。

 もっともそれは、聖杯戦争の中盤以降の話だけど。

 

 今、思い付くの案はそれぐらいか。

 何とかしてあげたいが、一時的に魔力供給して雁夜さんが令呪を得ることができたとしても、継続して魔力供給ができなければサーヴァントを維持できず、すぐに負けてしまうのが目に見えている。

 何せ、原作では雁夜さんは令呪を得られたわけだから、『この世界で雁夜さんが自力で令呪を得られなかった場合、この世界の雁夜さんの魔力量は原作の雁夜以下』ということになる。

 どう考えても、それではまともに戦えないだろう。

 

 う~ん、いい解決策が思い付かない。

 今後の要検討課題だな。

 

 雁夜さんはいい人だし、葵さんたちを大事に思っているし、努力家なんだけど、……本当に才能が乏しいんだよなぁ。

 努力と集中力だけは本当にすごいから、『努力で才能の限界を超える』のを祈るだけか。

 ……多分、無理なんだろうけど。

 

 

 そんなふうに雁夜さんのことを考えつつ眠りにつくと、いつも通り夢の世界にタマモが現れた。

 毎日の日課である魔術の勉強を始めようとしたところ、タマモが妙に畏まって「重要な話がある」と言ってきた。

 

 そして、その重要な話を聞いてひっくり返ってしまった。

 タマモは『私の記憶から人格と外見を構築した』わけだが、同じ機能を使って私の記憶を元に、なんと原作の凛と桜の仮想人格を、凛ちゃんと桜ちゃんのバックアップ人格として作ろうと考えていたらしい。

 しかも、私を驚かすために内緒で。

 だが、実行する直前に、「やっぱり相談した方がいいかと思い直して相談した」とのこと。

 

「この駄狐が!

 本人の承諾も得ずに、勝手に別人格を作るんじゃない!!」

 

 当然私は、容赦なく叱ったが、タマモは不思議そうな顔をしていた。

 

「えっ? でも、いざというときのバックアップ人格として使えるので、気絶したときとかにバックアップ人格が体を動かすことができますし、彼女たちが使い魔を作ったときに、使い魔を爆アップ人格がライン経由で操作もできて、主人格は使い魔への負担が減るし良いことづくめですよ」

「お前がそう思うのは勝手だが、実行するなら本人の了解をもらってからにしろ!」

 

 危なかった。

 こんなことを勝手にしたとばれたら、時臣師にどんな目にあわされたことやら。

 本物と区別がつかないぐらいそっくりの原作の凛や桜(の人格)と会って会話できるのは魅力的だが、あまりにも勝手すぎるし、リスクが大きすぎる。

 この時点で時臣師を敵に回すわけにはいかないしな。

 

「……わかりました。

 バックアップ人格があれば彼女たちの生存確率が上がるし、マスターも喜ぶと思ったんですけど、……残念です。

 それでは今まで通り、凛ちゃんと桜ちゃんには良妻になるための教育を、夢の中で教えるだけにしておきますね」

「本人の承諾があるのなら別に止めはしないが、……頼むから変なことを吹き込むなよ」

 

 全く、何をしていたのかと思ったら、良妻教育とは。

 まあ、別人格を作るよりはよっぽど平和的だし、別に構わないか。

 正直私は、直前に聞いた話のショックが大きすぎて、『良妻教育』など大したことないと思ってしまった。

 

「では、予備プランとして進めていた私の使い魔を紹介しますね」

「ちょっと待て!

 使い魔のお前が、何で使い魔を持っているんだ?」

「それはもちろん、私ではカバーできない部分を使い魔にフォローさせるためですよ」

 

 タマモは、それはもう満面の笑みで自信たっぷりに答えた。

 

「フォロー、だと?」

「はい、私はマスター第一主義であり、どんなことがあろうともマスターの味方ですが、……残念ながら謀略とか戦略とかの話は苦手です」

 

 まあそうだろうな。

 時臣師を敵に回す危険性に気付かずに、私と凛ちゃんたちの為だと思って彼女たちにバックアップ人格を作ろうと思い、実行寸前まで進めてしまうぐらいだ。

 元が狐だし、仕方ないと言えばそれまでだけど。

 

「ですから、『戦略や謀略を得意とし、冷静沈着に状況を把握し、必要ならばマスターを止めることも辞さない使い魔』を作ろうと思い立ったのです。

 それから、私は自力で魔力を産み出せるので、使い魔に与える魔力も問題ありません。

 さらに言えば、時臣師はもちろん、雁夜さんにもマスターが持つ全ての情報を話せません。

 そういうことも考えた末、私以外にも全ての事情を話せる存在を作り出し、マスター、私、そして私の使い魔の3人であらゆることを相談したいと思いたったわけです」

 

 ふむ、タマモもタマモなりに色々と考えていたらしいな。

 そういえば、アニメのFate/Zeroでもイリヤが自分の中に存在しているコピー(仮想?)人格のアイリスフィールと会話しているシーンがあったか。

 間違いなく一般的ではないだろうが、魔術師が仮想人格を保有するというのは、そこまで珍しい話ではなさそうだな。

 

「ほう、そりゃ助かるな。

 確かにお前は頼りにしているけど、苦手な部分も色々とあるしな」

「申し訳ありません。

 でも、私は元々狐ですし、魔術で知能が強化され、こうしてマスターと会話ができているとはいえ、生まれてからまだ一年ちょっと、この人格ができて二ヶ月しか経っていないのですよ」

「わかってる、お前は天才だ。

 とはいえ、精神面で成長したとしても、性格的にもそっち方面は苦手そうだしな。

 だけど、お前が作った使い魔である以上、お前と似たような思考しかできないんじゃないか?」

 

 親に子が似るように、使い魔とかの人格も作り主に似るというのは良く聞く話である。

 

「ご安心ください。

 足りなければ他から持ってくるのが魔術師です!」

 

 自信満々に宣言するタマモに嫌な予感がしてきたが、タマモはそんな私を気にせず、タマモの使い魔を呼び出した。

 その姿を見た瞬間、私は無意識のうちに(夢の中だから)一瞬で作りだしたハリセンを使って、全力でタマモの頭を叩いていた。

 スパーン、と盛大な音が響き、驚いたタマモは涙目で振り返ってきた。

 

「いきなり何するんですか?

 痛……くはなかったですけど、ものすごく驚いたんですよ?」

「やかましい!

 驚いたのはこっちだ!!

 何で、遠坂凛、それも桜ルートに出てきた第五次聖杯戦争3年後の凛がいるんだ?

 凛ちゃんのバックアップ人格を作るのは止めたんじゃなかったのか!?」

「あれは、凛ちゃんの中での話です。

 彼女は、凛ちゃんから人格と記憶をコピーしてそれを核とし、私と同様にマスターの記憶から再構築した人格と姿を与え、さらに型月世界の全ての物語と設定情報をインプットした上で私の中に存在する、パーフェクト凛なのです」

 

 スパーン

 こりない台詞を吐いたタマモに、即座にハリセンの二撃目を喰らわせた私だった。

 そしてすぐに、アダルト凛(?)の方へ向き直り、頭を下げた。

 

「あ~、すまない。

 作り出しておいていまさらだが、マスターである私の監督不行き届きだった」

 

 私とタマモの漫才を驚いた顔で見ていた凛は、私の言葉を聞いて、我に返ったようだった。

 

「……別に構わないわ。

 まあ、今でも少し納得できないことはあるけど、タマモに作ってもらわなければ、この私は今ここに存在していなかったわけだし。

 何より桜が不幸になるところを助けてもらったんだから、文句は言わないわ」

「ちょっと待ってくれ。

 お前は自分がどういう存在か、きちんと自覚しているのか?

 人格はタマモが作り出したとして、記憶はどうなっている?」

「オリジナルの遠坂凛の記憶をベースに、一般常識と大学卒業レベルの知識と魔術の基礎知識などを持っているわ。

 タマモは、サーヴァント召喚時の対応を参考にしたっていってたけど。

 そして、観測世界における型月世界の全情報。

 ……まったく、世界は広いってこういうことを指すのかしら?

 平行世界どころか、上位世界である観測世界の知識と情報を見ることができるなんて、正直信じられなかったわ。

 もっとも、魔法である『無の否定』『並行世界の運営』『魂の物質化(天の杯)』『時間旅行』『青(時間旅行)』の情報。

 おまけに『直死の魔眼』、『真祖の吸血姫』、『ロアの娘』、『死徒27祖』。

 で、とどめに『第四次、第五次聖杯戦争』の詳細情報。

 さすがにこれだけ揃えば信じるしかなかったわ。

 それに、オリジナルの遠坂凛ではこれだけの情報を手に入れることは絶対に不可能でしょうから、そういう意味では感謝しているわ」

 

 ……さすがは遠坂凛(の仮想人格)。

 感心するほど、ものすごくポジティブである。

 

「その通りですよ。

 マスターとマスターの婚約者たちを守れるように必要な情報を提供したんですから、ちゃんと役目を果たしてくださいね」

 

 そう遠坂凛(の仮想人格)に言った後、タマモを私の方へ向いてちょっと後ろめたそうな顔をした。

 

「……実を言うとですね。

 この使い魔と言うか、私の人格を作りだす機能は、元々複数回使うことが想定されていた機能なのですよ」

「なんだと?」

 一体何にその機能を使う予定だったというのだ?

「……その、ですね、ご先祖様が想定されていた状況では、マスターは独学で魔術を学ばれるはずでした」

「まあ、そうだな」

 

 まさか、『八神家の魔術を対価として全て提供して、遠坂家に弟子入りする』なんて荒業を行うとは、あのご先祖様ですら想像できなかったのは間違いないだろう。

 

「ですから、『八神家の魔術書』と私という『八神家の魔術を全て記憶する使い魔』以外にも、『魔術の教師役』も用意する予定だったのです」

「納得できなくもないが、……別にお前が教師役でもよかったんじゃないか?」

「ダメですよ。

 教師というのは、生徒に敬意を持たれつつ疎ましがられる存在です。

 そんな存在が使い魔では、使い魔を信頼するどころか敬遠してしまいます。

 それでは、使い魔の存在価値が半減してしまいます」

 

 ……言われてみれば、その通りか。

 「真面目で厳しい教師=信頼できるパートナー」なんて、普通成り立たないよな。

 思い出してみれば、前世で読んだ小説やマンガにおいて、教師役の使い魔 or 侍従ロボットという存在は常に疎ましがられて、下手すると封印処理をされていた場合もあったな。

 

「ですから、使い魔とは別に教師用の人格を構築し、夢の中でマスターの先生として八神家の魔術を教え込む機能があったわけです。

 ついでに、主人格である私が気絶するとか、精神崩壊したときなどに、バックアップ人格としてこの体を操作する役目も持っていますけど」

 

 本当に無駄がないなぁ。

 確かに、二心同体の鉄腕少女みたいに、主人格が気絶したときに、もう一つの人格がその体を操作して危険な状況から離脱できればすごく便利なのは確か、か。

 

「それで、パートナーとして理想の人格をマスターの記憶から探しだし、私の趣味で選んで作り上げたのがこの私の人格。

 同じ方法でマスターが望む先生として相応しい人格を探しだし、作り上げたのがこのアダルト凛です」

 

 一言聞き逃せられない言葉があったが、とりあえず追及は後回しだ。

 

「アダルト凛はよして。

 ……そうね、私は選択の余地なく『あなたの使い魔の使い魔』として作られたわけだから、責任を取ってもらう意味も含めて『八神真凛(まりん)』と呼んでちょうだい。

 それとも、貴方は八神遼なんだから、私は朝霞万里絵と名乗ったほうが良かったかしら?」

 

 『アダルト凛』、改め『八神真凛』は、自分の新しい名前を宙に描きつつ名乗った。

 真の凛で、真凛(まりん)か。

 色々と意味深だな。

 

「了解。八神真凛だな」

 

 確かに凛は士郎の魔術の先生だったし、私の魔術の先生役としても最適かな?

 お調子者のタマモのストッパー役や、いざというときのバックアップ人格としても頼りになりそうだし。

 ……ん?

 

「って、ちょっと待て!

 何で真凛が『ザンヤルマの剣士』の情報まで持っている?」

「あ、それは、何かの役に立つかと思いまして、マスターがかつて読んだファンタジー、SF、魔法関連の作品の情報も全部渡しました」

「安心して。

 私は、他人の趣味を言いふらすような悪趣味は無いから」

 

 そう言いつつ、真理はにやにや笑っていた。

 くそ~、私の趣味とか嗜好が完全にばれたな。

 言いふらすことは無くても、私に対してからかうネタとして十分活用するつもりだろう。

 ……まあ、今さらどうしようもないし、諦めるしかないか。

 

「それにしても、何でさっさと教師役の人格を作らなかったんだ?」

 

 これは純粋に疑問である。

 夢の中での魔術の勉強はずっと続けていたわけだし、そこに教師がいれば、より勉強がはかどったのは間違いないと思う。

 

「え~と、その、それはですね」

「うん」

「マスターを独占したかったから、なんです。

 ……実は」

 

 てへっ、と舌を出して、可愛く謝ったタマモに対して、

 スパーン

 本日三回目のハリセンが炸裂した。

 

「その気持ちは分からなくもないが、それで私が弱体化したら本末転倒だろうが!」

「それに気づいたから慌てて作ったんですよ。

 令呪を得て、マスターが聖杯戦争に参加することが確実になりました。

 ですから、凛ちゃんと桜ちゃんとラインを結んで魔力量が大幅に増えても、マスター自身が未熟では聖杯戦争を生き残れないと思い至りまして」

「そうか。早めに気づけて幸いだったな」

 

 聖杯戦争まであと二年ちょっと、本当に残り時間は少なくなっているからな。

 

「で、ですね、その……」

「なんだ、まだ何かあるのか?

 いいからさっさと全部吐け!」

「その~、マスターの教師役の人格を作ろうと決意し、気合いを入れて探しだした結果は遠坂凛だったわけです」

「そうだな」

 

 確かに、(ほぼ素人だった衛宮士郎の)魔術師の先生役という意味で、遠坂凛の印象は強い。

 他に魔術師の教師として優秀そうなのは、……教える姿を見たことはないけど、大人になったウェイバーか?

 

「で、遠坂凛のオリジナルである凛ちゃんはすぐ側にいて、睡眠時に接触すれば私が直接凛ちゃんの記憶を読み込むことも可能なんです」

「……それで?」

「凛ちゃんから人格と記憶をコピーしたことはさっき説明しましたけど、折角なのでそれを元に「桜が養子に出され、父が死亡し、母が精神崩壊した後死亡し、人格破綻者である綺礼に育てられた状況」をある程度シミュレーションし、凛の仮想人格の精神年齢を成長させ、原作の17歳時点の性格を構築したわけです」

「……相変わらず、無駄に高機能を持ったやつだな」

 

 キャス狐と琥珀さんの情報から、現在のタマモの人格を作り出しただけのことはあるか。

 ご先祖様って、使い魔の人格構成プログラムに相当力を入れていたらしい。

 確かに、使い魔の人格はマスターにとって重要なのは間違いないけど。

 ん、ということは、彼女の外見は20歳ぐらいでも、精神年齢は17歳ってことか?

 

「で、ですね、そこまでやった結果「完全な自我を持っただけじゃなくて、あなたにもある程度反抗できるだけの力を手に入れてしまったのよね。

 ……それこそ、マスターとサーヴァントの関係のように」

 

 振り替えると、真凛が『あかいあくま』の笑みを浮かべていた。

 

「まじか?」

「あっ、安心してください。

 与えた知識とかここで話したことは、しっかりブロックがかけてあるので、マスターや私の許可がない限り、他の人に話すことや伝えることはできません。

 さすがにそこまではプロテクトを破られてはいません」

「ええ、今はね。

 ……でもそれがいつまで持つかしらね」

 

 タマモの必死の弁解も、真凛が余裕たっぷりに反論してみせた。

 

「むき~!

 私の誇りにかけて、絶対にそんなことは許しません」

「ふふん、所詮私もあなたも同じく作られた人格なのよ。

 おまけにあなたは産まれたばかり。

 一方私は、コピーとはいえ4歳の遠坂凛の記憶と人格を元にして彼の記憶から再構築した人格。

 主人格はそっちであることを考えても、どっちが有利かは火を見るより明らかじゃないかしら?」

 

 何も言い返せず睨み付けるタマモに、涼しい顔で受け流す真凛の姿は恐ろしかった。

 おいおい、こんなに仲が悪くて大丈夫なのかよ?

 

 下手にちょっかいを入れてとばっちりが来るのが怖かったが、どうしても確認するべきことを思い出し、私は勇気を出して発言した。

 

「君が『アーチャーのマスターとなった17歳時点の遠坂凛にすごく近い存在』なのは分かったけど、そうなるとやっぱり時臣師を助けることが最優先になるのか?」

 

 私がそう言った瞬間、真凛の表情は暗くなった。

 

「そうしたいのはやまやまだけど、アンリ・マユの復活を阻止するのが最優先なのは私も同意よ。

 あれを復活させれば世界の危機なのは間違いないし、そうなればお父様たちも生き残れるか分からない。

 そしてあなたたちが、話せる範囲、お父様が信じられる範囲で情報を提供し、助けてくれていることもわかっている。

 ……だから、私も貴方たちの方針を認めるし、その手助けをするわ。

 その行動の妨げにならない範囲で、お父様を助けるアイデアを提案するつもりだけど、ね」

「それなら全く問題ない。

 じゃあ、これからよろしく」

「ええ、よろしくね」

 

 そう言った瞬間、真凛の笑顔はとても素敵で、私は思わず見とれてしまった。

 そして、嫉妬するタマモに私はつねられ、真凛には大笑いされてしまった。

 

 魔術刻印と魔術回路どころか、体すらない存在であり、作られた仮想人格だというのに、原作の遠坂凛と同じく真凛の魅力は健在のようだ。

 ……記憶を元にここまでハイレベルに人格を再現できる機能って、もしかして封印指定クラスじゃないか?

 少なくとも使い魔の人格作成時には、多くの人が使いたいと思う機能だと思う。

 いつか、桜ちゃんや凛ちゃんが、人格を持った使い魔を作ろうと思った際には、部外秘ということで使わせてあげるのもいいかもしれないな。

 

 

「それからマスターがお望みなら、マスターにも仮想人格を作りますよ。

 マスターのフォローは私がしますから、無くても大丈夫だとは思いますけど」

「遠慮するよ。

 元々、バックアップ人格を作るように調整されたお前ならともかく、私が二重人格になったらどんな副作用が起きるかわからないからな」

 バックアップ人格に体を乗っ取られるとか、バックアップ人格と融合して、全く別の人格に変わってしまうとか、考えるだけでもぞっとする。

「ああ、マスターの心配ってそういうことだったんですか!

 安心してください。

 マスターの脳に新しい人格を書き込むわけではありません」

 

 タマモはものすごく意外なことを言ってきた。

 

「そうでした。

 まだこのことは未説明でしたね、申し訳ありません。

 これから詳細を説明しますが、マスターの認識を確認させてください。

 話は変わりますけど、降霊術を行った場合、術者は召喚した魂を一時的に自分に格納し、その間召喚した魂の力を借りるわけですよね」

「ああ、確かにそうだな」

 降霊術の基本中の基本である。

「つまり、降霊術が可能な魔術師には、魂を格納する魔術的な領域を持っているわけです。

 八神家ではこの領域を『魂の空間(ソウルスペース)』と呼んでいます」

 

 ……確かに理論上はそうなるな。

 その空間がなければ、魂を格納することも、魂から力を借りることもできはしない。

 

「それで、八神家の魔術では、その魂の空間(ソウルスペース)の一部に仮想人格を保管するわけです。

 真凛の仮想人格も、私の魂の空間(ソウルスペース)に保管しているんですよ。

 だから、バックアップ人格の存在による、人格融合とか記憶混在とか脳への負担とかは一切考えなくて大丈夫です。

 それから、理由は分かりませんが、マスターの魂の空間(ソウルスペース)は私と比べて桁違いに広いですから、仮想人格一人ぐらいでは全く影響ありません。

 私の魂の空間(ソウルスペース)は、真凛だけでほとんど容量一杯になっちゃいましたけど」

 

 そうなのか?

 それなら、英霊とかを対象にして問題なく降霊術が使えそうだな。

 原因は、やっぱり憑依かな?

 観測世界の魂がこの世界の魂と融合することで、魂の空間(ソウルスペース)が桁違いに広くなったとかは、十分ありそうな話だし。

 

「ほんと、すごい技術よねぇ。

 実際に作られた仮想人格である私が言うのもなんだけど、その発想と実現した技術力には本当に驚いたわ」

「あっ、気を付けてください。

 魂の空間(ソウルスペース)が広いということは、強力な魂を降霊可能ということですが、その力を使うのはマスターの体です」

「……それって、もしかして?」

「はい、体の限界を超えた力を使った場合、肉体は壊れ、魔術回路は焼き切れる可能性があります。

 くれぐれも無茶はしないでください」

 

 いくら強力な魂、例えば英霊の分霊を降霊できたとしても、出力部分である私の体と魔術回路がボトルネックになってしまうわけか。

 くそ~、やっぱりうまい話はないか。

 英霊の力に耐えられるようにするとなると、……やっぱり衛宮士郎のように毎日魔術回路を作り直して、宝具の投影に耐えられたぐらい桁違いに丈夫な魔術回路に鍛え上げるしかないのか?

 雁夜さんも週に2~3回のペースで魔術回路の再構築の修行を続けた結果、「魔術回路が増えるようなことはないものの、魔力生成量と魔術回路の耐性が自覚できる程上昇した」って言っていたしなぁ。

 

 聖杯戦争まで約2年。

 令呪も手に入れ、桜ちゃんと凛ちゃんとラインを繋げて魔力を送ってもらい、優秀(?)な使い魔を二人手に入れた今、僕も本気で命を賭けて修行を始めないといけないのかな。

 はあ~、やるしかないのか。

 

 

 こうして、タマモの暴挙というか英断というか判断に迷ってしまう行動により、新しいパートナー(現時点では、タマモの使い魔扱いの仮想人格)である真凛が加わった。

 一筋縄ではいかず、すでにタマモの完全な制御下にないというイレギュラー的な存在ではあるが、頼もしさと頭の回転の早さは折り紙付きだと言えるだろう。(『うっかり』までオリジナルから引き継いでいないことを祈るが)

 幸いにも、彼女は僕たちの行動方針に賛同してくれるようだから、僕とタマモと真凛の3人で、幸せな未来を目指して死なないようにがんばるとしよう。

 




【にじファンでの後書き】
 今回もかなり無茶をした気分です。
 設定的にはぎりぎりセーフだと思いますが。
 なお、魂の空間ソウルスペースは独自設定ですのでご了承ください。
 設定において、何か解決不能な矛盾などがあれば修正します。

 PV21万達成しました。
 どうもありがとうございます。


【備考】
2012.05.12 『にじファン』で掲載


【改訂】
2012.05.12 『間桐家の養子』について追記しました。


【設定】

<パラメータ>
 名前 :八神真凛(まりん)
 性別 :女
 種族 :仮想人格
 年齢 :0歳(精神年齢は17歳、外見は20歳)
 職業 :使い魔(仮想人格)
 立場 :タマモの使い魔兼バックアップ人格
     八神遼平の教師
 ライン:八神遼平
 方針 :アンリ・マユの復活阻止
     遠坂時臣を助けるアイデアを提案予定
 備考 :4歳の遠坂凛の記憶と人格を核に、八神遼平の記憶を元にして再構築された17歳の遠坂凛の仮想人格

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