トリッパーと雁夜が聖杯戦争で暗躍   作:ウィル・ゲイツ

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第10話 修行と勉強の日々(憑依七ヶ月後)

 仮想人格という予想外の『使い魔』兼『魔術の教師』が増えてから、一ヶ月が経過した。

 

 やはり、教師が、それも頭の回転が早く理性的な教師がいると、勉強の効率は段違いだった。

 惜しむらくは、真凛もまた原作の凛と同じく天才タイプであり大抵のことは直感的に理解できるがゆえに、『凡人が何をどうして理解できないか?』が理解できず、『僕が理解できていない部分について、理解できるように(理解しやすいように)説明する』ことができないことぐらいだ。

 「そこまで原作通りでなくても」と思いつつ、性格の再現性の高さには感心してしまった。

 

 それと教育の報酬として、私の記憶から再現した『Fate/Zero』のアニメと小説、そして『Fate/stay night』『Fate/hollow ataraxia』のゲームを真凛にプレゼントした。

 とはいっても、所詮はデータでしかなく、私の精神世界内でしか閲覧できないものではあるが。

 『記憶として渡された聖杯戦争関連のデータ』は一部しかなかったこともあり、聖杯戦争のアニメやゲームを夢中になって見ていた。

 当然と言うべきか、アニメとはいえ時臣師が殺されたシーンを見た際には、さすがに辛そうな顔だった。

 『Fate/Zero』のアニメを見終え、さらに小説を全て読んだ後、真凛はぽつりとこぼした。 

 

「お父様が綺礼に殺されたとは知っていたけど、……まさかあんな殺され方をしたなんて」

 

 確かに言峰の不意打ちを無防備に喰らって、何もできずに死んだからな。

 引きこもり戦術を取っていたせいもあったが、時臣本人の戦績は『雁夜に勝った』だけで悲しいほど見せ場が無かったし。

 

「いや、第五次聖杯戦争でも、凛は綺礼に不意打ちされて殺される寸前だったぞ?」

「そうなの!?」

「あっ、そこまで細かい情報はもらってなかったんだ。

 本当だよ。

 綺礼は第五次聖杯戦争でもやりたい放題だったからな」

「……まあ、そうなんでしょうね。

 お父様は殺され、お母様も殺されるように誘導され、雁夜おじさんはいいように操られ、……ああ、本当にムカついてきたわ」

 

 4歳とはいえオリジナル凛の記憶を持っているので、真凛もまたこの三人への思い入れは強いようだ。

 

「雁夜さんの場合、もうちょっとやり方とか考え方を変えていれば、あそこまで悲劇的な展開にならずに済んだ可能性が高かったと思う。

 まあ、時臣師があそこまでうっかりというか、『間桐家に嫁入りした女性の状況』を全く調べていなかった時点で、臓硯の次ぐらいに時臣師に責任があるのは言うまでもないけど。

 それから、蟲地獄を1年耐え切った雁夜さんの精神力は大したものだけど、その対価として『精神に異常をきたした』とか、『視野が狭くなった』とか、『思い込みが激しくなった』とかの可能性は否定できないと思う」

「……そうね。

 私でも、あれを正気のままで耐えきれる自信はないわ。

 そこまでして桜を助けようとした雁夜おじさんの決意には感謝するけど、……どうしても『お母様を通して、桜の詳細な状況と未来予測をお父様へ伝えて欲しかった』と思ってしまうわね。

 ……『事件の全貌を知っている第三者視点』だからその回答へたどり着けるということは、自分でも分かっているつもりなんだけど。

 貴方の言うとおり、お父様の調査や認識不足は言い訳のしようがないし、そこまで雁夜おじさんに察しろと言うのは酷よね。

 雁夜おじさんは、自分の知りえる情報と与えられた立場の中で最善を尽くそうと努力してくれたけど、…… 残念ながらそのほぼ全てが裏目に出てしまったわけね」

 

 真凛は本気で、(原作の)雁夜おじさんのことを悼んでいるようだった。

 

「まあ、だから、私が早めに未来情報の一部を提供して時臣師の認識を教えただけで、雁夜さんは方法を間違えることなく、桜ちゃんを助けることに成功した。

 そして、今も努力し続けてるわけだから、この世界なら雁夜さんは幸せになれると思うよ」

「そうね。

 未来情報を持つというイレギュラーな貴方と組んで、確実かつ正しい方法で桜を助けることに成功して、お母様たちを助けることだけを考えているわけだから、……よほどのことがない限り、雁夜おじさんは幸せになれる、と思いたいけど……。

 その『よほどのこと』が起きるのが、聖杯戦争なのよね。

 ……いいわ、私が全力で貴方と雁夜おじさんをフォローして、お父様たちが不幸な結果にならないようにしてみせるわ」

 

 実に頼もしい。

 これほどの存在を味方にすることができたわけだから、タマモには感謝しないといけないな。

 ……しかし、こうなると、『あからさまに時臣師を見捨てる選択肢』は取れなくなってしまったか。

 まあ、(時臣師が信じてくれる範囲で)情報は提供してあるし、あとは契約内容をきっちり守ってフォローしておけば、時臣師に不幸なことが起きても真凛も私を非難することはあるまい。

 

 その後、真凛は『Fate/stay night』のゲーム(ベースはPS2版、18禁シーンのみPC版に差し替えたカスタマイズ版)と『Fate/hollow ataraxia』を一気にプレイした。

 凛ルートをやった際には、色んな意味で面白い顔をしていたが、まあ深くは追及するまい。

 なお、ゲームを終えた後、真凛は色々なことを考え込んでいた様子だったので、僕とタマモは何も言わずにそっとしておいた。

 なにせ、セイバールートでは言峰に不意打ちで殺されかけ、凛ルートではアーチャーに裏切られるわ、桜ルートでは自分だけでは桜を助けることができずに終わるわ、色々と思うところがあるのだろう。

 ……ああ、英霊エミヤの過去とか、衛宮士郎と恋仲になった可能性があることとか、そう言ったことも気にしているのかもしれないな。

 結局、真凛はこの件には触れてほしくなさそうだったので、僕たちはこの件については触れないことにした。

 

 

 一ヶ月真凛と一緒に過ごした感じからすると、『オリジナルである凛ちゃん(4歳)の完全な記憶を持ち、コアとして凛ちゃん(4歳)の人格をコピーした真凛』は、玉藻御前とタマモの関係とは違って、『遠坂凛の成長した可能性の一つ』と言っていいぐらいに凛ちゃんと近い存在なんだろうな。

 残念ながら、(凛ちゃんの記憶から)真凛にインプットできた魔術関連情報が少なかったから、八神家の魔術の授業はできても、真凛の魔術に関してはレベルが低いけど。

 

 凛ちゃんには悪いけど『魔術師としての真凛』を成長させるため、今後も凛ちゃんの魔術関連の記憶だけは真凛にコピーさせてもらうべきか?

 そうしなければ、真凛が遠坂家の魔術を入手できる機会はないが、……さすがにそれは、凛ちゃんに対する『これ以上ないぐらいひどい裏切り行為』か。

 真凛には、遠坂家の魔術は諦めてもらって、その代わりと言っては何だが『八神家の魔術を(いずれ)全て教えること』で納得してもらうか?

 

「そういうわけで、今後凛ちゃんから記憶をコピーするのは辞めてもらいたいんだけど、どうかな?」

「マスター、それでは真凛が強化できなくなります!

 そりゃ、今のただの仮想人格の状態では、遠坂家の魔術の情報を入手しても宝の持ち腐れ状態です。

 でも、いつか蒼崎橙子と接触して『遠坂凛』の体と限りなく同じ人形の体を作ってもらい、それを真凛がライン経由で操作すれば、『魔術刻印がないだけのもう一人の遠坂凛』として活躍が可能です。

 私に逆らうことも多いけど、真凛は間違いなく優秀です。

 真凛が大きく成長できる可能性を自ら減らすなんて、もったいなすぎます」

 

 凛ちゃんを可愛がっているとはいえ、タマモは相変わらずマスター至上主義。

 凛ちゃん、ひいては遠坂家の秘伝や利益よりも、僕の利益を優先した考えであるようだ。

 一方、当事者である真凛はというとあっさりした反応だった。

 

「まあ、そうよね。

 いくら私が凛ちゃんを元にして作られた仮想人格だとしても、遠坂家の秘伝を奪うのは遠坂家にとって絶対に許されない行為よ。

 幸いと言っていいのかはわからないけど、現時点で凛ちゃんが学んでいたことは魔術の基礎であって、遠坂家の秘伝は含まれていなかったわ。

 だから、将来私の正体が全部ばれても、現時点の状態ならぎりぎりで許される可能性はあるけど、この上遠坂家の秘伝の知識を奪ってしまえば、……例え凛ちゃんでも私たちの存在を許さないでしょうね」

 

 真凛は真剣な顔つきで答えた。

 

「やっぱりそうか。

 まあ、一族の秘伝が完全な一子相伝の時点で、そういう扱いだとは予想していたけど。

 ……というわけで、凛ちゃんから真凛への記憶情報のコピーは、今後一切禁止だからな」

「……わかりました~。

 でも、すっごくもったいないです」

 

 さすがに私の言うことに逆らうつもりはないのか、タマモはしぶしぶながら頷いた。

 

「もったいないけど、時臣師や凛ちゃんを敵に回すわけにはいかないから当然の処置だよ。

 それに真凛も天才なんだ。

 凛ちゃんが遠坂家の魔術を使うところを見れば、独学でもある程度は再現だろうし、何より八神家の魔術を無制限で提供するんだ。

 凛ちゃんとは違う魔術を使うことになるだろうけど、匹敵、いや上回る魔術師になることも可能だろうさ」

「あら、ありがとう。

 ……でも、そうね。

 完璧とはいかなくても、お父様や凛ちゃんが実際に魔術を使うところを見れば、……その構成を理解できると思うわ。

 それに加えて、八神家の魔術を教えてもらえれば、……凛ちゃんを上回る魔術師になるのも十分可能ね。

 ……もちろん、魔術刻印抜きの状態での比較だけど。

 まあ、八神家の魔術は架空元素属性のものが多いらしいから、私に合わせてカスタマイズする必要があるとは思うけどね」

 

 真凛もやる気満々だな。

 

「もっとも、真凛の正体を凛ちゃんに教えた際に、凛ちゃん自身が遠坂家の秘伝に関する記憶のコピーを許可すれば、話は別だけど」

「それはありえないわね」

「まあ、そうだよね」

 

 真凛は即答したが、話しながら私自身もありえないとは思っていた。

 

「じゃあ、『凛ちゃんを模した人形の作成許可』だけでももらえるようにがんばってくれ」

「まあ、それが限界でしょうね。

 わかった。私の為でもあるし、できるだけ努力するわ。

 ……こうして桜の為にがんばっている貴方に協力して、観測世界の記憶を見せてもらうのも楽しいけど、……どうしても自分の体が欲しいと感じてしまうわね」

 

 やっぱり、体がない状態っていうのは不安なんだろうか?

 原作でも、全ての始まりである己の体を手に入れる為、イスカンダルも受肉を求めていたしな。

 真凛の場合、聖杯に受肉を願わなくていいぶん、体を手に入れられる可能性は高いと思うけど。

 こりゃ、早く橙子さんとの連絡を付けて、……いや凛ちゃんに『凛ちゃんを参考にした人形の体』を作る許可をもらう方が先か。

 どうしたものかなぁ?

 

 早めにキャスターでメディアを召喚できれば、『時臣師には内緒にしながら凛ちゃんに許可を貰って、メディアに凛ちゃんの人形を作ってもらうこと』は可能だろうか?

 ……いや、メディアが人形作りの技術を持っている可能性は低いから、やっぱり無理か。

 

 いやいや、キャスターの道具作成スキルで人形すら作成可能なら、……材料さえ入手できれば人形を作れる可能性は十分ある。

 人形にどんな仕掛けを仕込まれるか、ちょっと、いやかなり怖いのは事実だけどね。

 う~ん、とりあえず今できることは、真凛に凛ちゃんと仲良くなってもらって、時期を見計らって話せる範囲で事情を説明し、凛ちゃんの体を模した人形の作成の許可をもらえるように努力することしかないかな?

 で、本命は橙子、可能ならキャスターに依頼する方針が無難だろうな。

 

「そうそう。

 人形の入手を目指すといっても、実現するのは当分先でしょ?

 それまでの代替手段として、第五次聖杯戦争で桜がやったように、影で私の分身を作れないかしら?

 その分身を私が操作すれば、十分体の代わりになるわ」

「私の属性は、『架空元素・無』で『あり得ないが、物質化するもの』らしいから、多分影を作れるだろうし、技術が上がれば分身も作れるとは思うが」

「いいわ。

 それじゃあ、私がびしびし教えるから早く使えるようになりなさい!」

「ぜ、善処します」

 

 やっぱり、少しでも早く自分の意志で外で自由に動かせる体が欲しいんだな。

 気持ちは分からないでもないが、影で分身を作るだけでもハイレベルそうなのに、それを真凛の姿そっくりに構築するなんてどれだけ技術が必要なのだろうか?

 こりゃ、しばらくハードレッスンの日々が続くか?

 まあ、真凛には色々とお世話になっている以上、これぐらいはしないとダメか。

 

 いつか、真凛の人形が完成し、さらにタマモがキャス孤に変身可能になるか、キャス孤の人形が完成すれば、僕の隣には『キャス孤の姿をしたタマモ』と『遠坂凛の姿をした真凛』という二人の使い魔が並ぶわけである。

 想像するだけで、胸が熱くなるなぁ。

 僕以外のトリッパーが現れたら、一発で僕がトリッパーだとばれてしまうような事態ではあるけど、いつか必ずこの夢を実現してやろう。

 

 その後、真凛は凛ちゃんを口説き落とす方法の検討、僕の介入により起きた原作世界との違いなどについての調査、それを元にしたこの世界の未来予測などを行っているようだった。

 頼もしい限りである。

 

 

 こんな素晴らしい教師を僕だけが占有するのはもったいないと考え、また真凛からも『タマモが仮想人格である自分を作ったこと』を時臣師に報告するべきだとアドバイスがあった。

 そのため、『凛ちゃんの記憶と知識を(無断で)コピーしたこと』と『原作知識の遠坂凛の性格を再現したこと』のみを秘密として、使い魔であるタマモが教師役の仮想人格を魂の空間(ソウルスペース)に作り出したことを時臣師に報告した。

 

「そうか。

 教師役の仮想人格を作っていたのか」

 意外なことに、時臣師の言葉からは全く驚きが感じられなかった。

「ご存じだったんですか?」

「当然だよ。

 君から借りている八神家の魔術書に、そのことも記載されていた。

 ……ああ、もしかすると誤解していたのかな?

 君の使い魔にかけられた知識の封印は、マスターである君の成長に合わせて封印が順に解除されていくが、それらの情報はほとんど八神家の魔術書に書かれているのだよ。

 成長に合わせて封印が解かれるのは、あくまでも『マスターの成長に合わせて適切な知識を段階的に与える為』ということらしいね」

 

 なるほど。

 そこまで魔術書に書かれていたのであれば、時臣師が驚くはずもないか。

 

「ではお分かりだと思いますが、その教師役の仮想人格による授業を、私は毎晩夢の中で受けています。

 そして、仮契約(パクティオー)を行ってラインで繋がったことから、この夢の中での授業を、凛ちゃんや桜ちゃんも一緒に受けることが可能です。

 時臣師に許可していただき、彼女たちが望めば一緒に授業を受けようと思っていますが、いかがでしょうか?」

「……そうだね。

 それが脳や体に負担が掛からず、効率的に魔術の勉強ができるのであれば、ぜひともお願いしたいところだが……。

 ……まずは、桜の参加を許可しよう。

 そして、桜の様子を観察し、精神的肉体的に問題がなければ、いずれは凛の参加も認めよう。

 当然だが、異常が感じられた時点で即座に参加を中止させるし、場合によっては君に責任を取らせることもあるから、そのつもりで」

 

 桜ちゃんで様子見というところか。

 まあ、大切な跡取りに変な真似をされたらたまったものじゃないから、妥当な判断かな?

 

「了解しました。

 では、さっそく桜ちゃんに確認してみます」

 

 

 こうして時臣師の許可をもらってから桜ちゃんの意志を確認したところ、「わたしもいっしょにべんきょうさせて」と即答だったので、さっそく真凛を紹介した。

 タマモとはいつの間にやら仲良くなっており、あのキャス狐の姿もライン経由で見せていたらしく、紹介の必要がなかったのは意外だった。

 真凛は『髪型をストレートにして眼鏡をかけた女性教師モード』で現れ、凛ちゃんとは印象が全く違うため、桜ちゃんには『凛ちゃんの未来の可能性の一つの姿』だとばれずにすんだ。

 もっとも、幼いゆえに直感力に優れるのか、「お母様に似てる」と発言し、真凛はちょっと嬉しそうな顔をしていた。

 

 当然と言うべきか、真凛は桜ちゃんの教師としても優秀で、すぐに受け入れられていた。

 それにより、桜ちゃんの魔術の知識と実力がすごい勢いで上昇していった。

 しかし、桜ちゃんの精神や肉体に一切問題が起きていないこと確認した時臣師は、凛ちゃんに対しても夢の中での授業参加を許可した。

 そして、これは簡単に予想できたことだったが、元々真凛は凛の記憶と人格をコピーして作られた仮想人格であり、凛ちゃんに対する授業はそれこそ『痒いところに手が届く』ような配慮が行き届いたものとなり、凛ちゃんは桜ちゃん以上のスピードで魔術を学び、八神家の魔術についての知識や実力が向上していった。

 また、『凛ちゃんが桜ちゃんに対して教えている場面』などを微笑ましそうに眺めていて、真凛にとっても癒しの時間になっているようだ。

 

 なお、その後時臣師から何も言われなかったので、ライン経由の夢の世界での授業は全く問題ないと判断されたのだと思う。

 まあ、彼女たちに対して一切害意は無いし、真凛の正体がばれない限り全く問題はないのだけど。

 

 

 僕の例の修行の結果はというと、雁夜さんに修行のアドバイスを聞いた後、僕の心身共に絶好調の時にタマモと真凛にライン経由でフォローしてもらうことで、何とか無事に一回目の『魔術回路再構築の修行』を終えることができた。

 タマモと真凛にフォローしてもらったとはいえ、初めて魔術回路を作った時と同じく、最初から最後までずっと命の危険を感じ続ける恐ろしい時間だった。

 終わった時点で僕は精も根も尽きたが、ライン経由で二人は僕の体の変化を調べ、この修行の(僕の体への)効果を調べあげた。

 その結果、かつての予想通り下記の効果が確認された。

 

・通常の修行以上の魔力生成量の増加

・魔術回路の耐性の向上

 

 もちろん、たった一回だけでは本当に微々たる効果ではあるが、今後も同じペースで増加していくと仮定した場合、この修行を毎日一回年単位で実行すれば、ばかにならない効果となるらしい。

 つまり、『衛宮士郎の常識外れの魔術回路の耐性と魔術回路一本当たりの魔力量の多さ』は、あの『自殺行為の修行の成果』である可能性が高いとのことだ。

 ただし、残念ながら魔術回路が増えるような効果はないらしい。

 ……本当に残念である。

 

 だがまあ、実際に効果があり、失敗するリスクもタマモと真凛によって大幅に低下しているわけだから、これからもこの修行をする価値はある。

 できるだけ修行の頻度を上げて、可能なら衛宮士郎のように一日一回この修行をしたいものだ。

 ……もちろん失敗する可能性は、最小限に減らしたうえで。

 

 一方雁夜さんは、今までの命がけの修行の効果を立証され、喜ぶと同時にますますやる気を出していた。

 この調子だと、1日1回まで頻度が上がるかもしれないな。

 ……努力するのは結構ですが、くれぐれも死なないでくださいね。

 

 そうそう、令呪が見つかると僕がマスターだとバレバレなので、魔術具の疑似皮膚を時臣師にもらって、右手の甲に張り付け令呪を隠し、さらに令呪を魔力探知できないように簡単な魔力封じの魔術を掛けてもらった。

 絶対ではないが、これで令呪を手に入れたことはばれないだろう。

 

 

 僕もタマモも雁夜さんも、今のところ見つかっていないのか見逃されているのかは分からないが、ずっと臓硯からの接触もなく、目立たないように過ごしつつ魔術の修行に明け暮れる毎日である。

 臓硯なら、とっくに僕たちの存在に気付いていてもおかしくないとは思う。

 しかし、雁夜さんの家には桜ちゃんと僕が頻繁に出入りしており、臓硯は雁夜さんと遠坂家との繋がりが強いことを理解して、メリットとデメリットを比較して手を出すことを諦めたのだろうか?

 この件についてはタマモも真凛も警戒しているが、探知範囲に一切臓硯の使い魔らしき蟲がいないらしいので、しばらくは様子見の方針でいくことにした。

 

 

 以前から地道に続けていた『念能力の方法を流用した魔力制御の訓練』は、意外と効果を発揮している。

 魔術回路をONにする「錬」、魔術回路をOFFにする「絶」は、当然問題なくできている。

 それ以外に、魔力が拡散しないように体の周囲に留める「纏」、魔力を体の一部(眼など)に集める「凝」、魔力を集中させる部分を素早く変更させる「流」、魔力を自分中心に広げて維持する「円」、物に魔力を纏わせる「周」が少しずつできるようになってきた。

 最初「周」は『強化魔術でないとできない』と諦めていたが、よく考えると強化魔術は物体の内部に魔力を通して物体を強化するわけで、『物の周囲を魔力でコーティングする』のなら、純粋な魔力操作で可能だった。

 実際、ナイフで「周」を試すと切れ味はすごく良くなったが、魔力を帯びた魔術具や魔術師相手に「周」をした武器がどこまで通用するかはまだ試してはいないので、いずれ検証が必要だろう。

 魔力による探査結界の「円」も成功したので、現在は探査範囲の拡大と同時に、魔術師でも気づかないぐらい微量の魔力で「円」ができないか訓練を続けている。

 ……とはいえ、僕程度の魔術師ができることなんだから、全員ではないだろうが、それなりの魔術師なら似たようなことはできるんだろうなぁ。

 ……まあ、原作に『魔力による探査結界』が描写されていなかった以上、これだけは一般的な技ではない可能性は高いわけだし、……この訓練を続けて損はない、かな?

 

 ちなみに、念能力の「発」「堅」「隠」「硬」を魔力制御や魔力操作に応用することは無理だった。

 まあ、念能力の技術全部が魔力制御や魔力操作に応用できるわけもないから、当然といえば当然の結果だけど、駄目元で始めた割には結果が出た方だろう。

 今後は、効果があった技の技術を磨いていくのみ。

 ……一人で訓練するのも寂しいし、雁夜さんにも教えてあげようかな?

 魔術回路再構築のコツを教わった対価としてちょうどいいし。

 

 

 そんなこんなで充実した修行と勉強の日々を過ごしていると、時臣師から魔術刻印の移植について話があった。

 

「少し早いかもしれないが、八神家の魔術刻印の移植を開始しようと考えているが、君の意見はどうかな?」

「僕としては問題ありませんが、何かデメリットがあるんですか?」

 

 あ~、そういえば、魔術刻印を制御するため、クソまずい薬をずっと飲み続けないといけないんだっけ?

 強烈過ぎて体臭が変わってしまうぐらいの。

 あれだけは勘弁してほしいけど、無理なんだろうなあ。

 

「ふむ、君は数ヶ月ではあるが魔術について学び、魔術刻印を移植できるだけの段階に達している。

 そういう意味では問題ないし、そろそろ移植を開始しないと移植の終了が聖杯戦争に間に合わなく可能性がある。

 君自身が参戦する必要がないとはいえ、魔術刻印を全て移植しておけば、聖杯戦争において君の助けになると予想しているのだよ」

「……わかりました。

 釈迦に説法でしょうが、後遺症が残らず体にダメージが残らない範囲で、魔術刻印の移植をお願いします」

「よかろう。

 それでは、明日にでも魔術刻印の移植を実施する。

 聖杯戦争に間に合わせる為、一回に移植するのは大体二割ずつ、計五回に分けて実施する予定だ」

 

 それって普通より多いのか?

 魔術刻印の移植の話って、原作にほとんど詳細が載っていなかったからよくわからないんだよな。

 まあ、自身も魔術刻印を持っていて、そういうことに詳しいだろう時臣師の言うことを信じるしかないんだが。

 

『タマモ、時臣師の言うとおりで間違ってないか?』

『はい、聖杯戦争まで二年ちょっと。

 その期間でできるだけ早く、かつ限界を超えない範囲となると、一回ごとに2割の移植がベストな判断だと思います』

『そうか、じゃあ万が一時臣師が何か間違ったことを言ったら指摘を頼む』

『任せてください。

 私の役目はマスターのフォローと護衛です。

 大船に乗った気分でいてください!』

 

 機嫌がいいのは助かるが、本当に大丈夫かな?

 

 

 翌日、タマモと真凛が見つめる中、『ミイラ化したご先祖様の腕』から僕の腕へ魔術刻印の一部を移植する作業は無事に終了した。

 ……覚悟はしていたことではあったが、移植時の苦痛は半端なく、さらに移植した魔術刻印はものすごく疼いていた。

 『この疼きがしばらく続くのか』と少々鬱になった時、魔術刻印の一画が勝手に光ったかと思うと、全てではないがほとんどの疼きを抑えてしまった。

 予想外の事態に驚きを隠せずにいると、時臣師がその疑問に答えてくれた。

 

「本来、継承した魔術刻印を制御するためには、それ相応の薬を飲まなくてはならない。

 しかし、八神家は『継承した魔術刻印の制御を容易にする技術』の研究にも力を注いでいたらしく、『(八神家の)魔術刻印を制御する魔術』を作り出していた。

 これは驚くべきことだ!

 遠坂家には全くなかった発想だ」

 

 ……なるほど。

 多分、魔術刻印を制御する苦い薬を飲み続けるのが嫌で、必死に研究したご先祖様がいたんだろうなぁ。

 

「そして、これは既に君にも教えたことだが、使い続けた結果『手に取ることができるようになった魔術』は魔術刻印となる」

「まさか、それは!?」

「そうだ、今発動した魔術刻印は、『魔術刻印を制御する魔術刻印』なのだよ」

 

 なんとまあ、とんでもない魔術刻印があるものだ。

 おかげで助かったのは事実だけど。

 

「この魔術は、当然のことながら八神家の魔術刻印の制御に特化した魔術ではあるが、……どうやらカスタマイズが可能そうだ。

 多少時間は掛かるだろうが、『遠坂家の魔術刻印を制御する魔術』を作り出すことも可能だろう」

 

 やっぱり時臣師も『魔術刻印を制御するための強烈な薬』は嫌いだったのか?

 そう言った時臣師の顔には喜びの表情が見えた。

 時臣師は喜び、僕もくそ不味い薬を一生飲まなくてすむのは実にありがたい。

 おまけに、魔術刻印移植直後の疼きまで抑えてくれる機能付きとは、ありがたくて涙が出てきそうだ。

 

 なんと言うか、以前から思っていたが八神家のご先祖様たちって、僕と同じく発想が豊かで、魔術の使い勝手にも拘って魔術の改良や改善を進めてきたような感じを受ける。

 いい意味で伝統に縛られておらず、僕としてもとても受け入れやすい。

 それゆえに、伝統を重んじている時臣師にとっては、予想外で考えもしなかった魔術がたくさんあったんだと思う。

 

 ……ああ、そういうことか。

 八神家は『根源を目指す魔術師』ではあったが、『魔術使いとしてのスタンス』も完全には否定していなかったわけか。

 時臣師が受け入れられる範囲ぎりぎりのレベルで、魔術使いとしての発想をうまく取り込んでいた感じかな?

 まあ、僕は根源には興味は無くて、『完全な魔術使い』だと自覚しているけど。

 

 

 それから時臣師は、(まだタマモにおいて封印状態の知識である)八神家の魔術傾向について教えてくれた。

 八神家の魔術は降霊術に特化しているのは言うまでもないが、降霊術を補佐、あるいは強化する魔術にも力を入れていたらしい。

 

 例えば八神家は降霊術を使って、使い魔と一緒に戦闘を行う。

 つまり、『自分の体で戦う武闘派魔術師』の家系なわけだ。

 よって、自分の体の強化や肉体改造に関する魔術の造詣も深いらしい。

 

 その一環として、魔術刻印を制御する魔術も開発されたらしい。

 で、すでにそれも魔術刻印として登録され、魔術刻印の拒絶反応(疼き)を抑える機能まで追加されているところから想像すると、よっぽどご先祖様たちはその魔術を愛用していたことが伺える。

 

 こうして、魔術刻印(全体の2割程度)の移植は無事に成功したが、さすがにすぐに魔術刻印を使いこなすことはできない。

 例の魔術刻印のおかげもあり、通常より早く使いこなせるかもしれないが、まずはじっくり体に慣らせるしかないだろう。

 

 

 そうそう、今までどう対処するべきか迷っていたが、『雨生龍之介の実家探し』を雁夜さんに依頼することにした。

 当然、雁夜さんが持つマスコミ関連と探偵のコネを使って探してもらうわけだ。

 さらに本当の目的を内緒にしたまま、時臣師に今までの聖杯戦争の記録を見せてもらい、雨生家の先祖の魔術師の記録を探す予定だ。

 これで龍之介の実家を見つけることができ、僕の予定通りの対策を実施できれば、こちらのリスクは最小限にしつつ、龍之介は聖杯戦争に参加できなくなる。

 

 これがうまくいけば、色んな意味で厄介な龍之介は聖杯戦争から脱落決定。

 残る厄介なメンバーは、切嗣、綺礼、臓硯の3人とそのサーヴァントたち。

 そろそろ、彼らを対してどう対応するか考えておかないといけないな。

 

 といっても、冷酷非情、経験豊富、悪辣無比な彼らに対抗する方法なんて、サーヴァントに頼った力押し以外に対処方法はあるんだろうか?

 これから考える段階だというのに、すでに悲観的になってしまいそうだ。

 ……なんとか、がんばろう。

 




【にじファンでの後書き】
 今回はタイトル通り、修行と勉強がメインの地味な回です。


【備考】
2012.05.15 『にじファン』で掲載


【設定】

<パラメータ>
 名前 :八神遼平
 性別 :男
 種族 :人間
 年齢 :4歳(前世の記憶あり)
 職業 :幼稚園生
 立場 :遠坂時臣の弟子
     遠坂桜の婚約者(候補)
 属性 :架空元素・無
 回路 :メイン30本
 能力 :魔術(降霊術)
     令呪(三画)
     八神家の魔術刻印(全体の2割のみ)NEW
     念能力を参考にした魔力操作(纏、凝、流、円、周)NEW
 体質 :霊媒体質
     テレパシー(受信)
 使い魔:タマモ(子狐)、八神真凛(仮想人格)
 ライン:タマモ、八神真凛、遠坂凛、遠坂桜
 所持 :八神家の魔術書
     八神家の特製保管箱
 訓練 :念能力の方法を流用して『魔力制御』の訓練中
     魔術回路を作り直すという、死と隣り合わせの修行を実施中(2~3回/週)
 方針 :命を大事に
     アンリ・マユの復活阻止
     前世の記憶は絶対秘密
 備考 :転生系トリッパー(Fateなどの原作知識あり)
     八神家の魔術刻印を継承開始
     八神家の魔術は降霊術特化

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