トリッパーと雁夜が聖杯戦争で暗躍   作:ウィル・ゲイツ

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第11話 間桐家の養女(憑依十九ヶ月後)

 魔術刻印の移植を開始してから早くも1年が過ぎた。

 

 気が付けば、聖杯戦争まであと1年ちょっとになってしまった。

 

 しかし、それだけの期間、毎日修行や勉強を続けた成果は順調に出てきている。

 なんと言っても嬉しいのが、八神家の魔術刻印の移植がついに終わったのである。

 

 時臣師の予想以上に魔術刻印の移植が早く終わったのは、すべて『魔術刻印を制御する魔術刻印と魔術』のおかげである。

 この効果により、通常より遥かに早く移植した魔術刻印が僕に適合し、次に移植するまでの期間すら短くなった。

 時臣師すら、その想像以上の効果に驚きっぱなしだった。

 もっとも、驚いているばかりではなく、短期間で『遠坂家の魔術刻印を制御する魔術』を作りだし、すでに自分も使っている辺りはさすがである。

 あの愛用ぶりからすると、近日中に魔術刻印化しそうな気さえする。

 ……魔術刻印を使うとき、常に『遠坂家の魔術刻印を制御する魔術』を使っているんだから、短期間でそれを完全に使いこなせるようになっても不思議ではないか。

 

 で、魔術刻印に話を戻すが、原作において凛は『普通に魔術師やってれば、刻印一つで左団扇っていうぐらい役に立つ』と魔術刻印について言っていたが、その言葉は掛け値なしで本当だった。

 魔術刻印を移植開始した当時の僕は、『初級魔術ですら降霊術以外はほとんど使えない状態』だったのに、魔術刻印に記されている魔術ならば、どれほど高度な魔術でも魔力を流すだけ(一工程)で使えるようになったのである。

 初めて使ったときなど、『何このチート!』と思ってしまったほど、簡単かつ強力だった。

 ……いやまあ、文字通り『ご先祖様たちの技術と努力の生きた結晶』なんだから、それだけの対価は『ご先祖様たちが己の努力と時間という形でがんばって払ってきた』わけだけどね。

 それに『魔術刻印がなければ無能、役立たず』と言われないように、重要な魔術は自力だけでも使えるようにして、その補助に魔術刻印を使うことで、さらに威力をあげた魔術が使えるように努力をしている。

 

 とは言っても、『魔術刻印を制御する魔術刻印』の効果は計り知れず、魔術刻印のデメリットの一つである『魔術刻印を使用するたびの激痛』もまた、ある程度抑えてくれた。

 もっとも、きちんとデメリットは存在している。

 普通の魔術師は、直接魔術刻印を起動させるが、僕の場合『魔術刻印を制御する魔術刻印』経由で魔術刻印を起動しているのである。

 これにより、通常の魔術発動に比べて苦痛は格段に減少し、魔術刻印の制御レベルも向上するが、わずかに魔術発動までの処理時間が増加する。

 車の運転で例えれば、マニュアルとオートマの違いと言えるだろう。

 レース車のような一秒以下の時間を争うようなシビアな操作はマニュアルの方が、一般車に求められる使いやすい操作はオートマの方が優れているようなものだ。

 実際僕も、『魔術刻印を制御する魔術刻印』経由での魔術刻印の起動を『オートマ』、魔術刻印の直接起動を『マニュアル』と呼んで区別して使っている。

 

 まあ、一瞬の時間差が死を招くような事態は戦闘時ぐらいだろうから、普段はオートマ、戦闘時はマニュアルで、魔術刻印を起動するように訓練を続けている。

 

 

 ともかく、魔術刻印の移植完了により、魔術刻印に登録されていた『八神家の魔術』が使用可能となり、原作で桜が使用していた『影の具現化』魔術もまた、魔術刻印によって使えるようになった。

 そうなれば当然、1年前からの真凛の依頼である『影で真凛の分身を作り、それをライン経由で操作することで、真凛が仮の体を手に入れること』が可能になり、真凛はアダルト凛の姿で暮らしている。

 

 

 もっとも、真凛の影の体で過ごしているのは、雁夜さんの家とかどっか遠くへ僕たちと外出するときぐらいで、僕の家にいるときは黒猫の姿で過ごしている。

 いや、僕の家族には僕が魔術師になったことは秘密であり、真凛が一緒に暮らすわけにはいかず、仕方なく猫の姿になってもらっているわけだ。

 タマモに作られてから1年。やっと体を手に入れ、遠隔操作の体とはいえ(タマモの)外で自由に動けるようになった当初、真凛はまるで子供のようにはしゃいでいた。

 一頻りはしゃいだ後、我に返って赤面していたのがまた可愛らしく、思わず微笑ましいものを見た顔をしたところ、八つ当たりで怒られてしまった。

 全く、理不尽だ。

 

 そんなわけで、真凛は大人モード、黒猫モード、そして幼女モードの3形態を、時と場所に応じて使い分けている。

 

 そして当然、それに対抗するのがタマモな訳で、最初は僕の影でキャス狐に変身して、僕に抱きついてきたり、桜ちゃんと遊んでいたりした。

 しかし、最近は『変身』能力を身に付けてしまい、自由気ままに変身能力を駆使している。

 ちなみにタマモの方は、キャス狐モード、少女モード(キャス狐から尻尾と狐耳を隠した姿)、幼女モード(少女モードの幼女化)を使っている。

 タマモは精神年齢的が幼いこともあり、桜ちゃんととても仲良くなり、いいコンビになっているようだ。

 ちなみに、『暴走するタマモ』に『ストッパーの桜ちゃん』という感じだ。

 

 

 あと、影の体が作れるようになってすぐ、二人とも時臣師に挨拶へ行っている。

 

「君の、その姿は?」

 

 さすがに時臣は、会った瞬間に真凛の姿が凛に似すぎていることに気付いたが、真凛は軽く流した。

 

「はい、凛ちゃんがとても可愛らしかったので、この姿を作る際に参考にさせていただきました。

 時臣師や凛ちゃんの許可を得ずに、姿を参考にしたのは問題だったでしょうか?」

 

 実際は凛ちゃんの記憶と人格もコピーしているわけだが、それはこの状態で時臣師が調べられるものではないし、この体は魔術で作った影の分身でしかないから、凛ちゃんの身体情報などは外見以外存在しない。

 しかも外見は20歳時点の遠坂凛だから、現在4歳の凛ちゃんとは面影が似ていても、所詮はそれだけである。

 よって、安心してしらばっくれることが可能だった。

 

「……いや、参考にする程度なら問題ない。

 しかし、……」

「どうかしましたか?」

「凛も成長すれば、いずれ君のような大人になるのかと思うと、少し感慨に耽ってしまってね。

 ……いや、まだまだ凛は幼いというのに、この思いは早すぎたな」

「いえいえ、子供の成長はあっという間です。

 油断していると、いきなり恋人を連れてこられて動揺する羽目になるかもしれませんよ」

 

 今度はタマモが勝手に答えた。

 すでに桜には僕という婚約者がいるから、凛が対抗して幼い恋人を連れてくる可能性はあるかもしれないな。

 

「君が、あの使い魔のタマモかい?」

「はい、こうして言葉を交わすのは初めてですね。

 私がマスターの大切な使い魔であるタマモです。

 マスターがいつもお世話になっています」

 

 そう言うとタマモは頭を下げた。

 そして、その頭にはでっかい狐耳が、腰には立派な尻尾(1本)が揺れている、どこからどう見てもキャス孤の姿である。

 さすがに、髪の色はピンクではなく、耳や尻尾と同じ狐色になっているが。

 

「無理に答える必要はないのだが、……その外見は君が考えたのかね?」

「考えたというか、どこまで本当かはわかりませんが、私が収集した玉藻御前様の姿を参考にさせていただいています」

「ほう、鳥羽上皇に使えたあの玉藻御前の姿かね?

 少々若いが、確かに伝説に謳われるような絶世の美少女だね。

 ……八神君もマスターとして、君のような美少女を使い魔に持てて喜んでいるのかな?」

 

 時臣師のお世辞に対して、タマモはそのまま受け取って喜んでいた。

 

「もちろんです。

 マスターの魔術面のフォローは私が、戦術面のフォローは真凛が行うことで、マスターに隙はありません。

 まずは、マスターが無事に聖杯戦争を乗り越えられるように、万全の準備を行っているところです。

 もちろん、マスターの婚約者である桜ちゃんや、凛ちゃんも可能な限り守ります!」

「それはありがたいね。

 世の中には絶対はありえない。

 二人の安全には万全を尽くすつもりだが、私の手が届かない事態が発生することがあれば、ぜひその力を使ってほしい」

 

 時臣師は、原作より油断せず、万が一のことも考えるように成長したよな、本当に。

 それでいて、「サーヴァントを8体召喚すれば、ギルガメッシュが裏切るはずがない」と思い込んでいる辺り、やっぱり「うっかりは遠坂家に取りついた呪い」レベルの性格なのかねぇ?

 

「もちろんです。

 マスターにとって大切な人は私にとっても大切な人です。

 真凛と一緒に八神家の魔術を教え込み、一流の降霊術を使えるようにしてみせます」

「ええ、私も全力を尽くします」

「ああ、よろしく頼む。

 それにしても、ここまで頼りになる使い魔が二人もいる八神君は幸せ者だな。

 魔術刻印を移植したとはいえ、君はまだまだ未熟だ。

 使い魔と協力して、桜の婚約者として相応しいだけの知性と実力を身に付けてくれたまえ」

 

 おや、まだサーヴァントを召喚していないのに、実質的な桜ちゃんの婚約者に決めたのかな?

 まあ、八神家の魔術の優秀さをより理解し実感した今、八神家の魔術刻印を受け継いだ僕は、『桜ちゃんの婿』としてこれ以上ないぐらい優良物件なのは間違いない。

 なにせ、余程の事がない限り、『魔術師が、それも優秀な魔術師の一族の魔術刻印を受け継ぐ存在が従属を希望してくること』などありえないからなぁ。

 その代価が、「弟子にすること」と「魔術を継がない桜を嫁にやること」だけでよく、懸念項目だった「桜の庇護」も婿に任せられ、その婿は自分が鍛えるわけだから、桜を託すに値すると判断できるまで徹底的に鍛えればよい。

 そして、自分(時臣師)、言峰綺礼、雁夜さん、僕の計4人のマスターと5人のサーヴァント(予定)で聖杯戦争を戦うわけだから、ギルガメッシュの裏切りフラグを潰した(と思っている)今、すでに勝ったも同然とか思っているんだろうなぁ。

 たしかに、これだけのマスターとサーヴァントが協力すれば、聖杯戦争に勝てないなんて普通ありえないだろう。

 しかし実態は、まさに呉越同舟状態。

 目や耳、そして時には対マスターの切り札となるアサシンのマスターである綺礼は性格異常者であり、裏切る可能性大。

 おまけに最大戦力であり、同時に最大の不安要素であるギルガメッシュの行動が予想できない以上、時臣師の勝利どころか生存すら保証はない。

 まっ、ギルガメッシュは「時臣師を見限り、綺礼と組んで、やりたい放題する」というのだけは簡単に予測できるけど。

 

 それはともかく、こうしてタマモと真凛の時臣師への顔見せも無事に終了した。

 トラブルが起きなくて何よりだ。

 

 

 それから、例の魔術解析プログラムによる令呪の解析だが、1年掛かって令呪の解析が半分終了した。

 ……長かった、本っ当~に長かった。

 さすがは、『サーヴァントに対して絶対強制命令権を持たせた』だけはあって、マキリの超高度な魔術技術の結晶だったようだ。

 『もう、聖杯戦争が始まるまでに全く解析が終わらないのでは?』と、みんな半ば諦めていたぐらいだったし。

 幸いにも、以前予想した通り八神家は冬木の聖杯戦争に興味を持っていたらしく、独自に聖杯戦争について調査&解析した記録がタマモに残っていた。

 この情報が、令呪の解析を進める決め手だったらしく、これが無ければほとんど解析できなかった可能性が高かったらしい。

 ……これは、臓硯の技術力を褒めるべきなんだろうな。

 しかしそこまでしても、現時点では半分しか解析できなかったというから恐れ入る。

 令呪は『消費型の魔術刻印のような機能』『サーヴァントに対する絶対命令権』の二つの機能を合わせ持っているが、解析プログラムで解析が終了したのは『消費型の魔術刻印のような機能』だけだったのだ。

 

 これにより、令呪を作成するのに必要な魔力さえ準備すれば、タマモが『消費型の魔術刻印のような機能』だけを持つ八神版令呪を一画ずつ作ることが可能になった。

 つまり、『凛の宝石』のように魔力の貯蔵が可能になったのだ。

 ……まあ、令呪を作成する時点で多少魔力をロスするため、100%の魔力を保管できず、90%ぐらいに減ってしまうが。

 

 令呪は、「サーヴァントへの強制命令だけでなく、単なる魔力の塊としての使用もでき、人間でも令呪を10画近く消費すれば英霊にダメージを与えることができる」ことも可能な公式チートツールとも言えるので、機能が半分しかなくても10%のロスで済んだだけでも幸運なのかもしれない。

 

 さらに、これはまだ解析中の『サーヴァントに対する絶対命令権』の方だが、将来的には『降霊術に令呪システムを組み込むことで、降霊した分霊に対しても令呪の使用が可能になるかもしれない』とのことだ。

 この作業は真凛が担当しているので、詳しいことは知らないのだが。

 ただ、分霊は意志がないので裏切る心配はないが、令呪によって『分霊と僕の魔力でできることなら実現可能』になれば、強力な切り札を手に入れたと言っていいだろう。

 ある程度予想はしていたが、僕の想像以上に降霊術とサーヴァントシステムは相性がいいようだ。

 

 

 そのため、今は『魔術の修行を全力でしながらも、無駄な魔力は使わないようにして、僕とタマモで必要な魔力が貯まり次第、令呪を作成』ということを繰り返す予定である。

 今のペースだと、『一ヶ月で一画追加』という感じだろうか?

 なにせ、聖杯戦争まで残り時間が少ないから修行にも熱が入るわけで、いやでも魔力消費量が増えてしまう。

 幸いにも、当主でもなくマスターでもない桜ちゃんからは、時臣師と桜ちゃん自身の許可を貰ってそれなりの魔力をもらっているが、それだけやってこの作成速度である。

 凛は次期当主であり、修行と宝石への魔力貯蔵と予備用で全魔力が割り当て済みの為、聖杯戦争開始までは魔力をもらえることはない。

 

 ただ、このペースで順調にいけば聖杯戦争までにあと12画令呪が増えるわけで、3画ほど雁夜さんに渡しても特に問題はない。

 ……というか、僕が3画以上持つと明らかに怪しいため、新規に作成した令呪はタマモが所有することになっている。

 毛皮で令呪は隠れるし、令呪の魔力封じも可能なので多分ばれないだろう。

 

 

 それから、遠坂家における原作との違いと言えば、この時点で『時臣師が遺言を残したこと』だろう。

 僕が助言したわけではないのだが、原作と比較して遺言において綺礼に委託する内容は少なくなっている。

 財産面は(信頼できる)弁護士に、魔術協会との交渉は綺礼に頼み、遠坂家の口伝はすべて本として書き残したのだ。

 魔術面(凛ちゃんの教師役)については、現時点では何も決めていないようだった。

 僕も雁夜さんも、そして綺礼も、まだ魔術の修行を始めて一年半程度と言うこともあり、『凛の魔術の教師を任せられる人はまだいない』か『どんぐりの背比べ状態』ということなんだろう。

 てっきり、僕、は無理だろうから、『雁夜さんに凛ちゃんの魔術の教師を頼む』と思いこんでいた。

 ……よく考えれば、ありえない話だったな。

 もうちょっと、客観的に考えられるように努力しよう。

 

 これで、聖杯戦争で時臣師が死ぬことがあっても、綺礼が捨て値で遠坂家の資産を売っぱらったり、遠坂家の口伝を永遠に失ってしまうことが避けられそうだ。

 というか、『聖杯戦争の本当の意味と遠坂家の目的を凛が知らなかった』というのは、『遠坂家が聖杯戦争を作り出した意味を失伝した』というわけで、本当ならとんでもない大事だったんじゃないか?

 原作で凛はそんな素振りは見せていなかったから、今まで気付かなかったけど。

 もっとも、聖杯戦争の本当の意味を知らなかったからこそ、凛は『聖杯を破壊する』という選択肢を選べたのかもしれないな。

 

 

 あと、懸案だった龍之介対策も無事に終了している。

 雁夜さんの調査により、ついに雨生家の実家を見つけ出し、タマモを連れた雁夜さんが雨生邸まで行ったのだ。

 僕も一緒に行きたかったけど(体と立場は)子供だし、タマモがいれば十分だと思ったので留守番組となった。

 

 で、雁夜さんと一緒に現地へ到着したタマモが偵察して、そのまま雨生家へ侵入。

 タマモのライン経由で僕が影の魔術を使って蔵の扉を開けて、龍之介の姉の死体を発見した。

 しかしそれは無視して、魔術書を捜索開始。

 がんばって探したが、残念ながら魔術書は一冊しか見つからなかった。

 原作において、凛が持っていた遠坂家の魔術の秘伝書も一冊しかなかったみたいだし、……一番重要な内容は一冊にまとめるのが普通なのか?

 これ以上調べても収穫はないと僕が判断し、タマモが魔術書を持って誰にも見つからないように雨生家を脱出し、無事に雁夜さんと合流した。

 

 その後、匿名の通報で「空き家状態の雨生家の蔵で死体を発見した。もしかすると、失踪中の雨生龍之介が犯人ではないか?」と雁夜さんが警察に伝え、駄目元で「雨生龍之介は殺人に興味があるようなことを言っていたので、巷で話題の連続殺人は彼の仕業かもしれない」とも言ってもらった。

 ついでに、雁夜さんのつてで複数のマスコミにも同じ情報を流し、結果として龍之介は殺人容疑者として日本全国に指名手配となった。

 これにより、龍之介はいずれ逮捕されるだろうし、万が一にも逮捕できなくとも聖杯戦争に関する情報を得る方法も失った。

 よって「たまたま聖杯戦争開始時に龍之介が冬木市を訪れる」という悪魔の悪戯が起きない限り、龍之介がマスターになることはなくなり、青髭が召喚されることもなくなっただろう。

 よかったよかった。

 

 

 唯一予想外だったことが起きたのは、臓硯が遠坂家に接触することなく、養女として滴という名の幼女を引き取ったことである。

 その子がほとんどというか、全く外出していないところを見ると、やっぱり蟲地獄に放り込まれているのだろう。

 

 これでは『時臣師に伝えた雁夜さんの予知情報が嘘になってしまう』と、我ながら非情なことを心配していたのだが、意外なことに時臣師は全く気にしていなかった。

 

「まあ、予想通りの展開だね」

「どうしてですか?

 雁夜さんが話した予知情報とは違う展開だと思いますけど」

「簡単な話だよ。

 雁夜君の行動が、臓硯の行動を変えたのだよ。

 予知情報によれば、雁夜君は冬木市から離れた場所で暮らしていて、間桐家へ戻ったのは桜が養子になった後らしい。

 しかし、現在雁夜君はずっと冬木市で暮らし、毎日のように桜や君と会っている。

 この状態で臓硯が私に桜の養子入りを依頼してくれば、即座に雁夜君が養子入りを妨害することなど簡単に推測できる。

 そして、いくら私が間桐家との盟約を重視していようと、『桜が実験動物扱いされ、後継者を出産後に殺されること』を知れば、私が養子入りの話を断ることも容易に想像できるだろう。

 それゆえに、雁夜君が冬木市から出て行かず、今後も桜と高い頻度で会い続けることを予想した時点で、桜を手に入れることを諦め、間桐家の養子として相応しい別の子供を探したのだろう。

 ……そうだな。

 念のため、どこの家の子を養子に取ったのか調べておこう」

 

 時臣師の言葉には、桜に対する心配はあっても、滴という名の幼女に対する心配は一切感じられなかった。

 こういうところは、魔術師らしい冷酷さをしっかりと持っているということなんだろうな。

 

 

 時臣師の調査の結果、滴はかなり有能な魔術師の娘であることが判明した。

 『慎二の母親ですら三流魔術師の娘でしかなかったのに、なぜこれほど優れた養子を手に入れられたのか?』と僕たちは不思議だったが、時臣師の説明を聞いてすぐに納得できた。

 なんでも、滴の父親は『最近狩られた封印指定の魔術師』だったらしい。

 さらに、滴には優秀な姉がいて、その姉が魔術師の後継者として育てられていた為、滴は魔術に一切関わらずに育てられたらしい。

 そして、封印指定の魔術師である父は殺されて後継者である姉は魔術協会に捕えられたが、次女であり魔術について一切知らず、当然魔術回路も作っていないその子の存在は宙に浮いたらしい。

 そこへ臓硯が素早く介入し、養子にとることに成功した、とのこと。

 滴は優秀な魔術師の子供ではあっても、どこかの魔術師が実験体として欲しがるような特殊な素質も属性もなかったため、間桐家の養子入りはあっさりと決まったらしい。

 まあ、それを実現するために、それなりのお金はばらまいたようだが。

 つまりその子は、『ある日突然、父を殺され、姉を連れ去られ、一体何が起きたのか分からないまま、自分は何も知らない家に引き取られ、その日のうちに訳も分からず蟲地獄へ送り込まれた状況』なわけか。

 原作の桜以上にきつい状況だな。

 ……哀れとしか言いようがないが、僕の今この状況では助けることはできない。

 

 同じく封印指定の魔術師だった父を持つ切嗣の場合、ナタリアが保護者になってくれたから問題なかった。

 しかし、封印指定の魔術師が殺され、残された子供を保護する存在が現れなかった場合、こんなことは日常的に起きているんだろうなぁ。

 

 

 それにしても、ここまで絶望のどん底の状況となると、第四次聖杯戦争はともかく、滴に聖杯の欠片を埋め込まれた状態で第五次聖杯戦争が勃発すれば、黒桜を上回るぐらいアンリ・マユと適合するマスターになりかねないか?

 封印指定の娘とはいえ、さすがに『禅城の血で遠坂の才能が完全に発現した桜ちゃん』以上の素質があるとは思えないけど、憎悪とか恨みとかは半端なさそうだよなぁ。

 ……サーヴァント召喚後に滴を救出できたとして、彼女は味方になってくれるだろうか?

 僕は、滴という幼女を救おうとか幸せにしようなどと、思い上がったことは考えていない。

 ただ地獄から救い上げて、人間らしい待遇を与え、体がぼろぼろなら可能な範囲で治療するつもりだが、……本当に感謝してくれるか?

 せめて中立や不干渉ならいいんだが、逆恨みとかされたらこっちも困るしなぁ。

 下手すると、『ガンスリンガー・ガール』の特に酷い状態だった少女たちのように、『救出後も自殺しか望まない』とかありそうだなぁ。

 

 その場合、『ガンスリンガー・ガール』にならって、完全に過去を消去することが、一番ましな治療法になるのか?

 ……駄目だな。僕だけではいいアイデアは出てきそうにない。

 滴を助けられたとき、滴の状況を確認した後、仲間と相談して最善の方法を探すとしよう。

 

 願わくば、滴に少しでも救いのある未来が待っていますように。

 




【にじファンでの後書き】
 今回、間桐家の養女、原作における桜の立場になった滴という幼女ですが、あの世界と臓硯のコネならぎりぎりありえると思ったのですが、どうでしょうか?
 何か矛盾点などがあれば、お知らせください。

 PV31万達成しました。
 どうもありがとうございます。


【備考】
2012.05.19 『にじファン』で掲載


【改訂】
2012.05.20 時臣師の残した遺言書における、魔術面に関する記述を修正しました。
2012.05.20 『八神家が独自に聖杯戦争について調査&解析した記録がタマモにあったこと』を追記しました。
2012.05.26 『令呪の解析は全てできず、八神版令呪を作成した』ことに修正しました。
2012.05.27 『八神版令呪は、『消費型の魔術刻印のような機能』しか持っていない』ことに修正しました。


【設定】

<パラメータ>
 名前 :間桐滴
 性別 :女
 種族 :人間
 年齢 :?(幼女)
 職業 :?
 立場 :間桐鶴野の養子
     間桐慎二の未来の嫁
 回路 :?
 属性 :?
 備考 :狩られた封印指定の魔術師の次女
     養子入りの時点で、魔術に関する知識は一切持っていなかった

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