メディアたちを降霊してから、約一ヶ月。
本当に色々なことが一気に起きた。
まずは、メディアによって雁夜さんが持っていた『閉じた魔術回路』が全部開放された。
雁夜さんにメディアたちのことを説明し、『魔術回路が増やせる可能性があること』を伝えると、雁夜さんは自分から『自分の魔術回路の調査』と『可能なら閉じた魔術回路の開放』を依頼してきた。
当然というべきか、雁夜さんも僕と同じく魔術回路を増やせるものなら増やしたかったらしい。
で、メディアはそれを承諾し、雁夜さんの閉じた魔術回路が開放された。
結果は、魔術回路のメインが40本、サブがそれぞれ25本まで増えることになった。
……そう、なんと僕よりも魔術回路が多いのである。
『何だよ、それ。何で僕より多いんだよ!』とその時は思ったけど、……よく考えればマキリは500年の歴史を持っているんだった。
臓硯以降の代は衰退の一途だったらしいが、それまでに積み上げてきたものは当然雁夜さんも受け継いでいるわけで、……それが全て開放されたのなら十分あり得る結果だったか。
この結果には雁夜さん自身が驚きを隠せず、あまりにも一気に増えた魔術回路を持てあますというか、しばらくは魔力を全く制御できない状態が続いていたぐらいである。
……ということは、原作において桜が慎二の子供を産んでいれば、あるいは雁夜さんが葵さんと結婚して子供を作っていれば、その子は今の雁夜さんレベル、もしかするとそれ以上の素質を持っていた可能性は十分あったわけか。
……もしかしなくても、禅城一族の能力って、チートと言ってもいいレベルじゃないか?
この能力が知れ渡れば、『引く手あまた』どころじゃなくて、『誘拐されて無理やり、それも死ぬまでずっと子供を産まされ続ける』レベルなんじゃないか?
……そうだ。凛ちゃんはその能力を継いでいる可能性が高いとなると、原作の凛ルートにおいて士郎と凛の間に生まれた子のスペックって、もしかしてとんでもないレベルになってたりして。
まあ、確認しようがないことは置いといて、この件についての情報漏洩と桜ちゃんたちの護衛はしっかりしておかないといけないな。
それから、『意外なことに』と言っては失礼だろうけど、雁夜さんはメディアたちから評価が高かった。
原作の雁夜に対しては『
そういう態度と行動と結果が高評価なのだと思う。
まあ僕も、隠している情報はあっても、持ちつ持たれつの協力関係を構築しているし、『信頼できる同盟者』だとは思っているけど。
そのことをタマモと真凛に(ライン経由で)話すと、
「まあ、二人とも生前男に酷い目に合わされてますからね。
その分、一途で献身的な雁夜さんの評価は高いんじゃないですか?」
「そうね。
生前、誠実でまともな男には縁がなかったようだし、それで評価に補正が掛かっている可能性もあるわね」
「あ~、そうかもしれないね」
さんざんな言われようだが、……多分それが正解なんだろうな。
メディア達には聞かせられない結論ではあるけど。
雁夜さんとは逆に、『原作において桜を地獄送り込む片棒を担いだ時臣師』の評価は地に潜るほど落ちている。
『この時代にしては』という前提はつくが、魔術の技術力はそれなりに評価しているが、性格や人間性については最低ランクの評価となっている。
まあ、この世界では『メディアたちに明確に喧嘩を売る発言をしている』せいもあるんだろうけど。
そのせいもあって、僕の時臣師への不義理(契約外の情報未提供や最低限協力の方針)について、メディアとメドゥーサは特に気にしなかった。
まあ、メディアも士郎との契約は解釈の曲解など平気でやっていたし、自分との契約がないがしろにしない限り、契約の曲解についてはそれほど煩くはなさそうだ。
メドゥーサは時臣師についてはすでに敵として分類したため、どんな不義理をしようとも気にしない感じである。
メドゥーサって、ホント敵に分類した相手に対してはクールというか、無視、いや視界にいれないタイプなんだな。
僕もそれに含まれないように気を付けておこう。
「プリンセスのおかげで、強くなることができました。
本当に感謝しています」
新たに開いた魔術回路の訓練をしつつ、雁夜さんはメディアにお礼を言っていた。
ちなみに、僕が降霊した分霊を知っている雁夜さんは、当然メディア達の真名を知っている。
しかし、会話から正体がばれることを避ける為、雁夜さんは普段から彼女たちを『プリンセス』『ガーディアン』と呼んでいる。
「私はあなたに眠っていたものを目覚めさせただけよ。
ただし、その力も使いこなせなければ意味はないわ」
「わかっています。
桜ちゃんたちを守るため、もっと力をつけてみせます」
とってもかっこいい台詞で、雁夜さんは宣言していた。
メディアは、そんな雁夜さんを興味深げに見ている。
その言葉をどこまで守れるのか期待しているのだろうか?
メドゥーサの方は何も言わないが、優しげな雰囲気で雁夜さんを見守っている。
……なんだろう、雁夜さんが正統派主人公に見えてきた。
それも、『チート等一切なく、恵まれない環境の中、ほんの少しの才能と僅かな知識と仲間の協力の元、努力を積み重ねて少しずつ強くなり、一歩一歩目的へ近づいていく古典派主人公』に。
前世知識で該当するキャラとなると、……『灼眼のシャナ』の坂井悠二か?
最初は特殊能力と智謀のみだったが、少しずつ、しかし着実に強くなって、ついには最強クラスの強さを手に入れた主人公である。
……終盤でラスボスになった時には、僕も唖然としてしまったけど。
一方僕は、『偶然手に入れたチート能力を駆使して、自身より強い仲間の協力の元、虎の威を借りる狐のごとく、裏から戦争を操ろうとする悪役』か?
……否定する要素がないのは正直悲しいが、雁夜さんの目的と僕の目的は一致しており、僕が桜ちゃんと凛ちゃんを幸せにするよう努力して、葵さんに危害を加えるようなことがなければ、 ……雁夜さんと対立する未来は来ないはずだ、……多分。
……念のため、雁夜さんとの連絡は密にして、雁夜さんが僕に対して誤解したり嘘を信じ込んだりしないように注意しておくか。
そんな日々を過ごしていたが、ある日雁夜さんから提案があった。
「君の予知夢が正しければ、あと1年ぐらいで聖杯戦争が始まる。
時臣師との接触は使い魔経由だけだけど、桜ちゃんと時臣師の弟子である君は毎日ここに来ている。
そのことを知れば、『俺が時臣師と手を組んでいること』を予想するマスターが出てくる可能性がある。
それを避けるため、桜ちゃんや君は聖杯戦争が終わるまで、俺には会わない方がいいと思うんだけどどうかな?
……もちろん、時臣師の使い魔には引き続き来てもらって、魔術の修行は続けるつもりだ」
雁夜さんも僕と同じことを考えていたか。
この時点で、遠坂家と完全に接触を断っておけば、よほど念入りに調査しない限り時臣師との関係は掴めないし、掴めたとしても一部でしかないだろう。
僕はメディア達とも相談した上で、雁夜さんの意見を受け入れた。
桜ちゃんは、大好きな雁夜おじさんに当分会えなくなることを悲しんでいたけど、「1年経てばまた会えるよ」との言葉に、笑顔でお別れを言っていた。
……これが、二人の最後の会話にならないように、可能な限り雁夜さんをサポートしてあげたいな。
そしてこのことが、新しいイベント、いや事件のトリガーになるとは、僕も雁夜さんも全く予想していなかった。
雁夜さんの家に、僕や桜ちゃんが遊び(修行)に行かなくなってから少し経ってから、いきなり臓硯が時臣師に連絡してきた。
どうやら臓硯は、雁夜さんが桜ちゃんと接触を断つのを虎視眈々と待っていたらしい。
そうすれば、『雁夜さんから時臣師へ都合の悪い情報が伝わらない』と考えていたのだろう。
あるいは、すでに雁夜さんが実情を話していたとしても、誤魔化しきれるとか、盟約で押しきれるとか考えていたのかもしれない。
臓硯は、『重要が話があるので、遠坂邸へ訪問したい』と時臣師に申し入れ、時臣師はそれを了承していた。
『ついにきたか』と時臣師の了承の元、僕たちは音声を伝達する時臣師の使い魔経由で遠坂邸の一室にいる二人の会話を聞いていた。
「久しいの。
お主が当主になった時に、挨拶に来たとき以来か」
「そうですね。
あれから時間が経ったものです。
……それで、本日のご用件は何ですか?」
内心は色々と含むものがあるだろうに、時臣師はあくまでも優雅に、余裕を持って臓硯の対応をしていた。
「ふむ、それはの。
我が間桐家と遠坂家との古き盟約に基づいて、援助を頼みたいのよ」
「援助、ですか?
資金でしたらある程度援助は可能ですが、間桐家が資金面で困窮しているとは聞いていませんが」
養子の話だと分かっているだろうに、時臣師は完璧にとぼけて見せた。
「資金面は問題ない。
問題なのは人材よ」
「人材ですか?
慎二君は魔術回路を持たず、雁夜君は間桐家を継ぐつもりがなく家を出ていったので、後継者とするために封印指定の子を養女に迎えたと聞いていますが」
時臣師はあくまでもとぼけてみせ、臓硯はそのことに気付いていないようだった。
「ほっほっほっ、話が早くて助かるわ。
お主も知っての通り、マキリの業を受け継がせるために滴という小娘を引き取った。
確かに、封印指定の娘だけあって才能はあるが、……所詮はそれだけよ。
禅城家の『配偶者の才能を限界まで引き出す特性』とは比較にならん。
それゆえ、お主の家を継がぬ次女を間桐にもらえぬか?
全て閉じているとはいえ、慎二はそれなりの数の魔術回路を持っておる。
慎二、そして遠坂の血と禅城の能力を合わせ持つ娘との間に生まれた子なら、マキリの業を継ぐに相応しい才を持って産まれようぞ。
そうなれば、これからも間桐家は安泰となり、聖杯戦争も問題なく続けられるはずよ」
なるほど。
原作においても、こんな感じで時臣師を口説き落として桜ちゃんを養子にもらったのか?
しかし、この日のために僕は時臣師を説得済みなわけだから、当然この依頼に対する回答は決まっていた。
「確かに、桜と慎二くんの子なら、優秀な素質を持つ子供が生まれる可能性は高いでしょう」
「そうじゃろう?
では「申し訳ありませんが、桜を渡すわけにはいきません」
「なんじゃと!
間桐と遠坂の古き盟約を破棄するつもりか?」
予想外の回答だったのか、あの臓硯が明らかに驚愕していた。
「いいえ、違います。
残念ですが、すでに桜は婚約者がいるのです」
「婚約者じゃと?」
さすがの臓硯も予想外だったのか、おうむ返しで問い返してきた。
「その通りです。
桜の嫁ぎ先はすでに先約があり、桜を婚約者とする対価も受け取り済みなのです。
そのため、残念ですが貴方の依頼を承諾できません」
「ふむ、違約金ならば間桐家から出してもよいが?」
臓硯はよほど桜が欲しいらしい。
ここまで言われても引き下がらないとは、正直驚いた。
時臣師としてもこの時点で臓硯を敵に回すのは得策ではないと考えているらしく、可能な限り穏便に、しかし完全に断ろうとしているようだ。
「違約金ですか。
……残念ながら、違約金ではいくら払っても相手は承諾しないでしょう。
なにしろその家は、秘伝である魔術を遠坂家に提供したのですからね」
「馬鹿な!
自家の魔術を、それも秘伝まで提供したのか?」
「その通りです。
そこまでするほど桜の価値を認め、桜を大切にすると約束してくれたわけです。
そのため、今さら断るわけにはいきません」
完全に予想外の説明だったのか、臓硯はしばらく黙り込んでしまった。
「……くくく、そうじゃの。
さすがに、すでにそこまでされておっては断るわけにはいくまい。
どうやら儂は、どうしようもないほど出遅れておったか。
……そうよの、お主は三人目の子を作るつもりはないか?
それが娘ならば、間桐の養子としてもらいうけることを予約したいのだが?」
その手があったか!
凛ちゃんは遠坂家の後継者、桜ちゃんは予約済みならば、3人目を作ってもらえばいい。
そして二人連続で類まれな素質を持つ子供だったから、三人目もこの二人と同レベルの優秀な素質を持つ子である可能性はかなり高い。
……この発想はなかったな。
約1年後に三人目の子供が産まれたとしても、慎二との年齢差は6歳ぐらい。
結婚するのに全く問題ない年齢差だよな。
「……現在は聖杯戦争の準備で忙しいため、3人目以降の子供のことは全く考えていません。
聖杯戦争を勝つことができれば、その時点で改めてこの話をしませんか?」
さすがの時臣師も予想外だったのか少し詰まったものの、すぐにうまく言い逃れた。
まあ確かに忙しいのも事実だし、『聖杯戦争開始直前に妻が出産』なんてことになったら色々と大変だから、説得力のある回答ではある。
……しかし、遠坂家の三人目の子供というのはいいアイデアだよな。
公式設定によれば、凛は時計塔の重鎮になった未来もあるようだし、同レベルの素質を持つ子供を作ってもらい、桜ちゃんと同じく八神家の魔術を教えるということで仲間に引き入れることに成功すれば、頼もしい仲間になってくれる可能性は高い、はず。
高い確率で、その子にも遠坂家の秘伝の魔術が教えられることはないだろうが、そこは八神家の魔術を教えると言いつつ、実はメディアやメドゥーサの弟子にすれば、超一流の魔術師になることも夢ではないだろう。
メドゥーサはともかく、メディアが弟子入りを認めるかは疑問だけど。
……それ以前に、時臣師が3人目を作るかもわからない状況では、「取らぬ狸の皮算用」だけどね。
「よかろう。
お主が聖杯戦争を生き残り、いい返事をしてくれるのを待っておるぞ」
臓硯も現時点ではこれ以上の回答は望めないと判断したのか、大人しく引き下がった。
大人しく引き下がりすぎて逆に不安だが、遠坂家の娘をもらえる可能性がゼロでない以上、凛ちゃんや桜ちゃんを誘拐するような暴挙は、……時臣師が死なない限りは多分ないだろう。
逆に言えば、聖杯戦争で時臣師が戦死した後、『時臣師の遺言』とか嘘を言って、桜ちゃんを養子にしようと連れて行ってしまう可能性は十分ありえるか。
うん、その辺も注意するように時臣師と葵さんにアドバイスしておこう。
こうして、(時臣師が死亡するまでの間は)桜ちゃんの間桐家行きフラグをへし折ったわけだが、その後完全に予想外の事件が起きてしまった。
それは、……雁夜さん誘拐事件である。
養子入りの話があったので、念のためにメディアに頼んで凛ちゃんと桜ちゃんの危険を察知できるように(時臣師に気付かれないように)使い魔で監視をしてもらっていたが、……まさか雁夜さんが誘拐されてしまうとは。
当然犯人は臓硯だと思われる。
原因は、……雁夜さんが遠坂家と一切接触を断った(ふりをした)ので、誘拐してもばれないか、ばれても放置されると判断したのか?
それとも、この間メディアに頼んで、雁夜さんの閉じた魔術回路を全部開いたけど、そのことが臓硯にばれて『雁夜さんを手駒にする』とか、『慎二にも同じことをして魔術回路を開く』とかの理由で、雁夜さんを誘拐したのか?
いかん、どれが原因だとしても、提案したのは僕だからどう考えても僕が原因だよな。
当然僕は、急いで対策会議を行った。
「メディアの調査結果からも、臓硯の魔力残滓が見つかったから、犯人は臓硯で間違いない」
「マスターやサーヴァントに万が一にも発見されないように、彼の家には一切魔術を掛けておかなかったのが失敗だったわね」
メディアも、臓硯に出し抜かれたのが悔しそうだ。
「仕方ないわ。
仮にも臓硯は聖杯戦争の創始者の生き残り。
臓硯が本気で襲撃を掛けるのを撃退、あるいは逃走できるレベルの結界とかを仕掛けたら、どうやっても時臣師に怪しまれるのは避けられないわ。
メディアさんたちの存在を隠蔽することを重視することを決めた以上、どうしても雁夜さんの防御が甘くなるのは避けられないわ。
それよりも、今は雁夜さんの救出方法を検討するのが先よ。
何かプランはあるかしら?」
真凛がメディアをなだめてくれたが、……さてどうするべきか?
雁夜さんには恩もあるし、大切な協力者だし、雁夜さんから僕の秘密(の一部)がばれるとやばいから、絶対に救出する必要があるのは間違いないが、……今の戦力で助けられるか?
メディアもメドゥーサも僕の中にいる為、『最大魔力使用量は僕と(ラインで繋がっている)タマモの合計量までで、魔力最大出力は僕の魔術回路の限界まで』しかない。
それで、百戦錬磨、……いや老獪かつ外道であり、物量勝負のマキリの蟲相手に雁夜さんの救出が可能なのだろうか?
……まあ、監禁場所は間桐邸の地下室なんだろうけど。
「雁夜さんにはお世話になっていますから、何としても助けたいんですけど、……部屋を埋め尽くす蟲相手では、私も無事に逃げ切れる自信がないですね」
楽天家のタマモも、あの蟲群相手では弱気になっているが、無理もない。
「物量相手に正面から攻めるのは愚策よ。
そういうわけで、いつでも影の分身を消して脱出可能な私とメディアさん、メドゥーサさんの3人で救出作戦を行おうと思いますが、いかがですか?」
「それが賢明ね。
万が一にもリョウが死んだり捕まったりしたら取り返しがつかない以上、いつでも自由に撤退可能な私たちが突入するのは確定事項。
突入時に念入りに結界を調査して対策を施せば、影の体が消滅するとか、リョウとのラインが切れることもないわね」
メディアは真凛の提案に乗り気に見えた。
「そうですね。
今の臓硯が得意とするのは、蟲の操作と制御だけでしょう。
蟲に気を付けて存在を隠しながら、一撃離脱で雁夜を救出し、彼の安全を確保した時点で臓硯の抹殺を行うことを提案します。
もちろん、滴も救出したいですね。
それ以外の間桐邸の住人たちは余裕があり、敵対しなければ生かしておくことにしましょう」
さすがはメドゥーサ。
敵には一切容赦せず、助けたいと思わない相手に対しては非情な対応である。
しかし非情ではあるが、戦力不足の今はそれが賢明だな。
僕もわざわざ成功確率を下げてまで、慎二や鶴野を助けたいとまでは思っていないし。
こうして、影の体を使う真凛、メディア、メドゥーサの3人による雁夜&滴救出作戦が決定したが、当然時臣師にも承諾をもらってある。
時臣師も(秘密の)弟子である雁夜さんの救出を当然望んでおり、遠坂家と間桐家の盟約があるため表向きは動けないが、裏では全面的にバックアップしてくれることになった。
具体的には、『雁夜さんを助ける為』と同意を得た上で、桜ちゃんはもちろん、凛ちゃんが保有する全魔力を提供してもらえることになったのだ。
葵さんと桜ちゃん、あるいは葵さんと凛ちゃんがさらに
とはいえ、時臣師は僕がメディアとメドゥーサの分霊を降霊したことは知っていても、現在その二人が自意識を持った上さらにパワーアップしたことは知らない。
当然『僕とタマモが参加する救出作戦』は無謀だと考えており、『捕まってもすぐに脱出可能で犯人が分かりにくい影で作った分身だけの救出作戦』の許可が出た。
元々、真凛、メディア、メドゥーサの3人だけで実行することを考えていたから、僕もすぐに承諾して作戦が実行されることになった。
現時点で可能な限りの準備を終え、昼に影の分身(覆面&全身を覆うローブ姿)で真凛、メディア、メドゥーサが間桐邸へ突入した。
夜だと臓硯が自由に外を行動可能なため、あえて昼に突入したが、所詮は現代の魔術師の結界。
神代の魔術師相手では、臓硯が張った結界であろうとメディアの敵ではなく、いともあっさりと3人は間桐邸へ侵入に成功した。
事前の作戦通り僕とタマモは留守番の為、真凛の視覚と聴覚の情報を受け取って観戦モードである。
現場の指揮はメディアに一任してあるから、こっちができることは(ないとは思うけど)気付いたことをアドバイスするぐらいである。
そして、真凛たちが地下室への階段を降りたところで、雁夜さんの声が聞こえてきた。
どうやら、まだ声を出せるほどの気力と体力と自意識を持っているらしい。
これなら雁夜さんを無事に助け出せるか?
真凛たちが地下室を覗き込むと、すぐに臓硯とその前にいて鎖に繋がれた雁夜さんが目に入った。
「くくく、マキリの血筋のもう終わったものとばかり思っておったが、いやいやどうして、まだまだ捨てたものではなかったらしいの。
それなりにしか素質がなかったはずのお前が、何をどうやったかは知らんが、まさかこれほど魔術回路を開けるとは!
全く想像しておらんかったわ!!
その業を儂が手に入れれば、使い物にならないと考えておった慎二も化けるやもしれん。
さらに、お主とこの小娘、そして遠坂の娘との間に子を為せば、いずれも優れた後継者になろうて。
そして、その二人の間に子を産ませれば、あるいは儂にも匹敵する強さを得られるかもしれんな」
この外道爺!
何てことを考えていやがる!!
滴と桜ちゃんという親子ほども年齢を離れた娘たちに雁夜さんの子供を産ませて、さらにその子たちの間に子供を産ませるだと?
こいつ、本気で間桐家の人間の出産を『馬の交配や種付け』レベルでしか考えていない!
当然雁夜さんは拒絶するんだろうけど、……本人の意志は完全に無視して体を操作するとかして、強制的に無理矢理やるんだろうなぁ。
「ふざけるな!
俺は絶対にそんなことを許さない!!
答えろ、臓硯!
お前はなぜ、そこまでして聖杯を得て、生き長らえようとする!?」
地下室の壁に張り付けられた雁夜さんが当然ぶちきれて、臓硯に向かって叫んでいた。
今気づいたが、臓硯の傍には、蟲と精液らしきものにまみれた滴らしき幼女も吊り下げられていた。
「決まっておる。
人として生まれて、永遠の命を求めないものなどおらぬわ!」
臓硯の明確な答えに対し、雁夜さんは鋭く追及した。
「永遠の命を求めるなら、蟲に魂を移すなんてしないでさっさと吸血鬼になれば、体が腐ることも苦痛を感じることもなく、よっぽど簡単に永遠の命を手に入れられたはずだ。
それをしなかったということは、最初は生き長らえるのは手段だったはずだ。
そして、生き長らえることでいつかは聖杯を手に入れて、『聖杯でしか実現できない何か』を実行することがお前の目的だったんだろうが!
長い時の流れの中で、体や魂だけでなく精神までも腐りきって本当の目的を忘れたんだよ、貴様は!
答えろ、臓硯!!
貴様が故郷を捨て、人であることまで捨てて聖杯を手に入れようとしたのは、……一体何のためだったんだ!?」
今の雁夜さんの言葉は、『こんなこともあろうかと』雁夜さんに僕が伝授しておいた『臓硯への精神攻撃用の言葉の刃』である。
捕まった時の時間稼ぎ用に伝授しておいたのだが、雁夜さん自身の疑問でもあり、これ以上ないぐらい激怒している雁夜さんの迫力も加わった結果、臓硯の魂に届いたようだ。
「なぜ?
……そうよ。
儂は絶対にやらなければいけないことがあって、聖杯を手に入れようとした、はず。
それは、……永遠に生きることことではない、なかった。
しかし、……それは、一体何だった!?
……おお、おおおおおおお」
完全に忘れていた自身の命題を雁夜さんに指摘され、臓硯は苦悩し始めた。
その隙を逃さず、地下室の入り口から、メディアは臓硯への攻撃と雁夜さんを束縛する鎖を破壊する魔術を発動した。
臓硯は胴体を切断され、体を構成する蟲が飛び散ったが、上半身だけになった臓硯はまだ苦悩し続けている。
同時に鎖も破壊され、雁夜さんが自由の身になった瞬間、メディアは雁夜さんを、メドゥーサが滴を抱きかかえ、そして真凛がメディアの指示により地下室にあったミイラ化した死体を回収した。
そして、全員即座に地下室から地上へ戻り、そのまま間桐邸から離脱した。
置き土産にメディアが地下室を火の海にしていったが、……所詮は僕の魔術回路で発動可能なレベルの魔術、それぐらいで臓硯は死なないんだろうな。
可能ならば、完全に抹殺するか、捕獲して情報を取り出してもらいたかったが、二人の安全を確保しながらそれをするのは困難だろう。
火の海となっても、臓硯の苦悩の叫びが聞こえているので、まだ臓硯は正気に戻っていないらしい。
今なら臓硯を完全抹殺、または捕縛ができそうな気もするが、……ここは欲を出さない方が正しいんだろう。
それを理解して、僕は何も言わずに黙って見ていた。
地下室は盛大に燃えていたが、石造りの地下室だし、地上階では破壊などを一切しないでメディア達は離脱したため、……多分蟲が全部燃えるか、あるいはその前に鎮火させられて、地下室以外が燃えたり壊れたりすることはないだろう。
こうして、二人の救出ミッションが無事に犠牲なく成功したのはいいが、……今回僕は完全に傍観者だったな。
いや、まあ、三人のメインエネルギー(魔力)供給源(の一人)兼中継者として重要な役目はあったし、あんな蟲の群れに突入するなんて可能な限り避けたい行為ではあるけど。
その後、事前に隠れ家として準備してあった冬木市外にある空きビルに移動すると、メディアたちはさっそく雁夜さんと滴の検査と治療を開始した。
なお、そこは事前に僕とタマモが待機していたので、これで全員集合である。
僕としては、この後『最大級の警戒対象の一人である臓硯』の抹殺を頼みたいところだったが、メディアが間桐邸に残してきた使い魔の情報によると、すでに臓硯を構成していた蟲は燃え尽きているが、臓硯が滅んだかどうかは確認できなかったらしい。
原作にもあったとおり、あれは蟲で作った遠隔操作用の体でしかなく、本体は別の場所に隠れている可能性は十分にある。
……いや、その可能性が高いと言うべきだろう。
今回は元々イレギュラーな事態でだから、臓硯の抹殺は今後の課題としておき、雁夜さんと滴の二人を救出できたことで満足するべきか。
なお、僕の予想通り、地下室の火事は蟲たちを焼き殺した後に自然に鎮火したらしい。
地下室は完全に焼け焦げ、その煙は間桐邸に充満してかなり大変なことになったらしいが、幸いにも間桐邸の住人はすぐに逃げ出したので死傷者はゼロで済んだらしい。
間桐邸の住人たちは最悪死んでも構わないとは思っていたが、まあ無事で何よりだ。
……今考えると、臓硯に命令されていたとはいえ、滴を虐待していたであろう間桐鶴野は殺した方が良かったかもしれなかったけど。
隠れ家への追跡も監視者もいないことを確認した後、さっそくメディア達は二人の診断を開始した。
そして、メディアによる調査の結果、雁夜さんには一切異常がないことが確認できた。
どうやら臓硯は、『閉じた魔術回路を開いた雁夜さんの体』を詳細に調査することを重視していたらしく、調査以外は何もしていなかったらしい。
まあ、衰える一方だった間桐家の『中興の祖』と成り得る存在をやっと見出だしたのだから、捕縛はしても丁重に扱うのは当然か。
……だが、雁夜さんがかなり消耗しているように見えるが、やはり誘拐され、監禁されたのは精神的にきつかったのだろうか?
一方滴は、元々水属性持ちだったため、魔術の属性を弄られるようなことはされていないものの、『蟲に慣らし強力な魔術師にするため』という理由で、原作の桜と同様に修行と言う名の拷問漬けにされ、蟲もすでにかなりの数を体内に埋め込まれていたらしい。
今も気絶したままであり、そのまま寝かせている。
さすがのメディアとメドゥーサも、滴の調査結果には顔を顰めていた。
そして、まずは滴の周辺に隠れ家に張ってあるものよりもさらに強力な結界を張った。
これにより、臓硯との接続を完全に断ち切って探知&蟲操作の可能性を限りなく低くした後、さらに滴の体内の蟲のマスター権限をメディアとメドゥーサに変更を始めた。
将来的には蟲を排除するか、滴にマスター権限を譲る予定らしいが、暫定処置として二人がマスターとなり、蟲の悪影響が最小限になるように蟲に命令したようだ。
これは無事に成功し、とりあえず滴の容態は安定したらしい。
滴のことはメディアたちに任せ、僕は雁夜さんに話しかけた。
「雁夜さん。
救出するのが遅くなってすいません。
無事で本当によかったです」
「ああ、ありがとう。
絶対に助けてくれるとは思っていたけど、滴ちゃんも一緒に助けてくれたのには感謝している。
あれくらいで臓硯は滅びないだろうが、……いや絶対に生きているだろうが、少なくとも滴ちゃんをあの地獄から助けることはできた。
そのことには、本当に感謝している。
後は、再び臓硯に拐われないようにして、あの子を守ってあげたいと思っている」
そう言って雁夜さんは、滴に対して憐れむような、謝るような複雑な視線を向けた。
「やっぱり、責任を感じてますか?」
「……まあ、そうだね。
俺が間桐家に残って『マキリの後継者』という名の『臓硯の道具』になるつもりは欠片もないけど、『俺が間桐家から去ったことであの子が代わりに連れてこられたこと』はまぎれもない事実だからね。
もっとも、俺が間桐家に残っていたとして、俺の妻となる女性はやっぱり蟲漬けにされていたわけだから、臓硯を滅ぼさない限り、一人の女性が絶対に不幸になる運命だったけどね」
「ああ、そういえば、臓硯は桜ちゃんと滴に雁夜さんの子供を産ませるようなことを言っていましたね」
「……ああ、その通りだ。
俺にとって、絶対に許せないことをアイツは実行しようとしていた。
今までもアイツを殺したいとは思っていたが、……今はもうアイツを殺すのは確定事項だ。
どんなことが起きようと、何があろうと、アイツは必ず殺す。
手段を選ぶつもりもないし、俺自身が手を下せなくても構わない。
アイツは生きていれば、いつか必ず桜ちゃんたちやその子供たちに害を与える存在となる。
それを改めて理解した以上、絶対に滅ぼしてやる」
冷静に、ありったけの殺意を籠めた雁夜さんの言葉は物凄く怖かった。
頼もしくはあるが、……正気だよね?
「私も同感よ。
貴方がそのつもりなら、私もできる限り力を貸すわ。
……あんなおぞましい存在が同じ街に存在するなんて、虫酸が走ってしかたないわ」
「同感です。
今後の憂いを絶つために、完全に臓硯の息の根を止める必要があります」
いつの間にかメディアとメドゥーサが僕の後ろに立っていて、怒気をまとわせながら発言した。
「当然です。
あんな百害あって一利なしの害虫なんて、さっさと退治しましょう!」
「私も賛成よ。
向こうから喧嘩を売ってきた以上、時臣師の黙認もあるし、容赦する必要はないわね」
どうやら、雁夜さん+うちの女性陣全員が、臓硯抹殺にものすごく積極的に賛成のようである。
喧嘩を売られた以上、今後の僕たちの身の安全も考えると、……やっぱり後腐れないように臓硯は確実に滅ぼすべきだろうな。
今回の行動により、臓硯は『危険だからいずれ倒すべき存在』から『向こうから喧嘩を売ってきた絶対に倒すべき敵』へとランクアップしたわけだしな。
「僕も賛成です。
臓硯を確実に滅ぼせるか封印できるだけの準備が整い次第、できるだけ早く攻撃するべきですね。
……まあ、僕だけではそんなことはまだできませんけど」
そう言ってメディアの方を見ると、メディアはすぐに返答した。
「そうね。
貴方が迂闊な行動を取って、臓硯に捕まるようなことがあれば面倒だから、実行は私たちに任せてちょうだい。
貴方たちにできそうなことは、……滴の保護と心のケアだけど」
「それは俺がやります。
義理の姪ですから、対外的にも俺が滴の保護者となった方がいいでしょう」
「対外的にはそれでいいとして、滴が貴方を受け入れるかしら?
自分が苦しむ羽目になった原因の一人である貴方を」
「確かに、受け入れてくれない。
……いえ、憎まれる可能性は十分にあります。
でも、可能なかぎり滴ちゃんに話しかけてみます」
雁夜さんはやる気に満ち溢れているが、なぜか諦めというか、苦しみも抱えているように見える。
雁夜さんはそこまでひどい状況の滴を目の当たりにしたのだろうか?
確かに、「いつか姉が助けに来てくれる」と希望を持っていた原作の桜と比較しても、『父を殺され、姉を拐われ、自分は売られた』滴では希望なんて持てるはずがないから、あの桜以上に精神がヤバい状態である可能性は全く否定できない。
僕は『ツンデレ』なら許容範囲だけど、『ヤンデレ』とかはノーサンキューである。
……いや、救出した以上最低限の責任は取るつもりだから、放置とか追放とかやるつもりはないけど、素人の手に負えないレベルまで精神が病んでしまったら、後は専門家に任せるか、(メディアたち、そして可能なら滴本人から了承を貰った上で)記憶封印処置をするしかないと思う。
とりあえず、その日は雁夜さんとメディアを隠れ家に残し、僕たちは家に帰った。
今後は、滴の治療と処遇の検討、そして臓硯対策で忙しくなりそうだ。
……ああ、時臣師にも「雁夜さん救出成功」の第一報を入れておいて、何て説明するか考えておかないと。
滴を助けられたのは嬉しいけど、臓硯のせいで面倒なことが一気に増えてしまった。
これで、無事に聖杯戦争が始まるんだろうか?
そんな不安を感じることが増えてきている今日この頃である。
【にじファンでの後書き】
PV64万達成しました。
どうもありがとうございます。
久々に雁夜さんが活躍(?)しました。
一応この物語はタイトルにもあるとおり、雁夜さんはサブ主人公ですからね。
……最近は出番があまりありませんでしたけど。
【備考】
2012.06.23 『にじファン』で掲載
【改訂】
2012.06.23 時臣師が『雁夜救出作戦』を条件付きで承認したことを追記