プロローグ(第四次聖杯戦争の三年前頃)
気づいたら、遠坂家の隣家の子供でした。
いや、本当に気づいたら幼児化していて、しかも隣の家はあの遠坂家だったんだよね。
状況を把握するため、そのまま幼児のふりをして調べてみたところ、……どうやら平行世界の僕(幼児期)に憑依したらしい。
……もしかしたら、平行世界の僕へ転生してたった今前世の記憶が戻ったのかもしれないが、……まあどちらであろうと大差はない。
なお、この体の記憶は全くない。
だが、家族構成は前世と同じだし、今の僕は幼児だからなんとか誤魔化せるだろう。
実際、覚醒してから数日間、幼児のふりをして日常を過ごしていたが、幸いにも家族に不審に思われた様子はない。
ちなみに、今の僕はまだ4歳で、隣家の長女である凛も同い年。となると、……次女の桜は年子だから3歳となる。
たしか、第五次聖杯戦争の11年前に桜は間桐家へ養子に出されたんだから、……第五次聖杯戦争で桜が高1なら15~16歳、その11年前なら4~5歳。
まずいっ!
桜が養子に出されるまで、時間があまりないかもしれない。
とはいえ、この世界がどこまでFateと同じ状況かどうか分からない。
……とりあえず、『僕が現時点までに確認できる範囲では、Fate/Zeroにそっくりの異世界』ぐらいに考えておけばいいだろう。
『異世界トリップ(転生 or 憑依)もの』の場合、最初にすることは情報収集と状況確認が基本、だよな。
で、その後は状況分析をして、今後の方針決定とその手段の検討ってところかな?
重度のオタクって、こういう『ある日突然、異世界へトリップしたら』を真面目に考えているから、本当にこういうことが起きたときには行動を起こしやすい、という設定は結構良くあるが、それは自分にも該当したらしい。
まあ、僕の場合は異世界トリップものの小説をいくつか書いていたので、特に現状理解が早くできたんだろうな。
……この想像(夢想)が二次創作以外で役立つ日が来るとは、夢にも思っていなかったのは事実だけど。
そんなこんなで現実を受け入れた後、僕は情報収集と幼児の体に慣れるための運動を兼ねて、毎日公園へ遊びに行っていた。
幸いにも遠坂母娘も頻繁に公園へ遊びに来ており、(普通の幼児のふりをしながら)積極的に話しかけることで凛たちと仲良くなることに成功した。
で、色々話しているうちに、言峰綺礼の話を聞くことができた。
話によると、綺礼は最近遠坂邸へ来るようになったらしい。
そうなると、……今は聖杯戦争の3年前頃になるのか?
そんなふうに怪しまれないレベルで遠坂家の状況を確認しつつ、僕は遠坂家の女性陣と仲良くなっていき、ついに家にまで招待されるまでになった。
……が、今後どうすればいいか、正直僕は迷っていた。
同じ魔法が存在する異世界でも、『ネギま』の世界なら努力でなんとかなる要素は大きいように思える。
しかし、この『Fate/Zeroにそっくりな世界』は、(原作通りの設定なら)『魔術師としての素質』と『先祖から受け継いだ魔術刻印』がないと、魔術師としてはどうにもならない。
原作介入するとして、魔術刻印なら無くてもなんとかなるが、魔術回路がないと話にならない。
『第四次聖杯戦争でマスターとしては最弱クラスのウェイバー』でさえ、三代目の魔術師だしな。
魔術に関わると危険を呼び寄せる可能性も高くなってしまうかもしれない、いや間違いなくトラブルに近づくことになるが、……近いうちに聖杯戦争が起きると分かっている冬木市、それも遠坂家の隣に住んでいる時点で、僕が魔術関連の事件に巻き込まれることは確定している。
そして、ある程度自衛……は絶対に無理だから、『危険を察知して逃げられるぐらいの能力』は最低でも欲しい。
それすら持っていないと、あっという間に殺されてしまう。
……具体的には、龍之介とか、青髭とか、青髭とか、青髭とか。
ならば、その手段の一つとして、魔術を選択するのはありだと思う。
ただし、魔術回路を持っていなければ、……『原作介入=死亡フラグ』になる確率はものすごく高いから、大人しく逃げるなり、傍観するなりした方がいいだろう。
その場合、聖杯戦争中は家に閉じこもっているか、親の実家に遊びに行かせてもらうしかないかなぁ。
原作通りの展開なら、『遠坂邸はアサシン討伐と切嗣に侵入された』ぐらいで後は平穏だったから、……多分僕の自宅は安全なはずだ。
あとは、僕が魔術回路を持っていなかった場合、桜のことをどうするかだが、……今の僕は『何ができて何ができないか?』も分からない状態だから、それが分かってから決めればいいだろう。
僕はまず、龍之介と同じく『僕の先祖に魔術師、あるいは異能力者とかはいないのか?』と考え、駄目元で先祖伝来の品と古文書を漁ってみた。
『子供のやる宝物探し』というふりをして家中を探し回ったところ、押し入れの奥から一目で年代物だと分かるものの、どうしても蓋が開かない箱を見つけることができた。
父親に聞いてみると、『この箱は特殊な素質を持つ子孫だけが開けることができるので、箱を開けられる者が現れるまで代々必ず引き継ぐこと』というものすごく意味深な言い伝えが残っているらしい。
おおお、なんともそれらしいものじゃないか!
……そうだよな、聖杯戦争が開催されている場所なんだ。
禅城家と同じく、『魔術を失伝した元魔術師の家系』があってもおかしくないよな。
あるいは、雨生龍之介みたいに『かつて聖杯戦争に参加した魔術師の末裔』という可能性もあるか。
それと父親にもこの箱は開けなかったらしく、さっそくその場で僕に引き継ぎが行われた。
期待に胸を躍らせながら、さっそく父親に頼んでその箱を僕の部屋まで運んでもらった。
その後、何としてでも箱を開くべく箱の隅々まで調べていると、前触れもなくいきなり箱が開いた。
中を覗き込んでみると、箱には色々入っていて一番上には書類が入っていた。
さっそく書類を見ると、それは旧仮名使いで書かれたものだった。
かなり読みにくかったが、努力の結果、なんとか一部を解読することができた。
何でもこの箱を作ったのは八神家のご先祖様であり、さらにそのご先祖様は魔術師だったらしい。
しかし、これを書き残したご先祖様はよそ者の魔術師に先祖伝来の土地を奪われてしまい、他の場所に移住、というか逃亡したらしい。
だが、『移住した土地の霊脈との相性が良くなかった』らしく、『ご先祖様の子供の代から完全に魔術回路が閉じてしまった』とのこと。
うわ~、居住地との親和性って重要なんだなぁ。
……まあ、逃亡した魔術師がすぐにまともな霊地に住めないことは、僕でも簡単に想像できるけど。
しかし、あのマキリですら『完全に魔術回路が閉じた慎二』が生まれるまで、臓硯の代から数百年も掛かったんだろ?
『管理地を離れて、たった一代で全魔術回路が閉じてしまう』って、どこまでその霊脈に密着と言うか、依存した状態だったんだろう?
……『ご先祖様が気づいていなかった』か、あるいは『気づいていてもあえて書かなかった』のかもしれないけど、『八神家の子孫の魔術回路が開かなくなる毒を盛られたとか、呪いを掛けられたとか』の可能性もありそうだな。
橙子は青子に『三咲の地に来ると蛙になる呪い』を掛けられていたし、『対象の子孫の魔術回路を閉じる呪い』があってもおかしくないだろう。
……いや、『元々魔術回路を開くのは命がけ』だから、『呪いで対象の子孫の魔術回路を開きづらくすること(=魔術回路を開くと死ぬ状態にすること)』が可能だったら、事実上魔術回路が開けなくなるのと同義か?
とりあえず読み進めると、幸いにも『ご先祖様の子供も孫も(開かないとはいえ)魔術回路の数そのものは減っていなかった』らしく、魔術師のご先祖様は『何としても子孫の魔術回路を開く方法を探そうと、その方法の発見に一生を掛けた』とのこと。
結論として、『先祖伝来の地に戻るのがベスト』ではあるが、当然『管理地を奪った魔術師とその子孫が警戒しているだろうから、彼らを倒すとか土地を奪い返すのは絶対に無理』だと判断したらしい。
『子孫の魔術回路の数は減っていないのに開けない』とか、性質が悪いにもほどがある。
なまじ魔術師として再興できる可能性が残っている為、『魔術師であることを捨てて、一般人として生きること』を選ぶことができなかったのだろう。
それとも、そこまで考えて土地を奪った魔術師がそういう呪いを使ったのだろうか?
それはともかく、ご先祖様は次善の策を探し、日本中を巡って『先祖伝来の土地によく似た性質の霊脈を持つ冬木の土地』に目を付けたらしい。
ご先祖様の子孫たち、つまり僕の先祖は『全ての魔術回路が閉じたまま、つまり魔術師になれる素質を持った一般人』でしかないから、例えセカンドオーナーの家の隣に住んでも『魔術回路が開かない限り一般人と同じ存在』だし、普通の魔術師の子供でも魔術回路を開くためには相応の手順が必要となる。
つまり、魔術回路を開かない限り、『八神家が魔術師の末裔』だとセカンドオーナーにばれる可能性は限りなく低い。
『セカンドオーナーの家の隣』などという色んな意味でとんでもない場所に住んでいたのは、当然霊脈の為。
他の冬木の霊脈は『柳洞寺』、『冬木教会』と至近距離に住むことが不可能な場所であり、『後に冬木中央公園となった場所』は当時まだ霊脈ではなかった為、消去法でここに決まったらしい。
で、そこまで考えた上で、ご先祖様は『息子たちをここに移住させ、さらにこの箱を子孫に伝えるように指示した』らしい。
それから今に至るまで、『八神家が子々孫々ずっとここに住み続けていた』のも、ある意味すごいと思う。
……まあ強力な霊脈がある家の隣だから、それなりの御利益があったのかもしれない。
それにしても、『閉じた魔術回路を開くためには優れた霊地、それもできれば元の管理地』がベストねぇ。
……やっぱりこれは、『管理地を奪った魔術師の嫌がらせを兼ねた呪い』だった可能性が高そうだな。
それはともかく、ご先祖様は子孫が冬木に移住した後、『魔術回路を開くことが可能な子孫』を判別する装置を作って、『魔術回路を開くことが可能な子孫がこの箱に触れたときに、箱が開くようにセットした』とのこと。
箱には『魔術回路を開く魔術具』と『魔力封じの魔術具』も入っているので、魔術回路を開いた後も遠坂家にばれないようにする対策は大丈夫、らしい。
とどめに『魔術回路を開いた後に、魔術刻印を継承して魔術を受け継いでもらえれば嬉しい』とまで書いてあった。
そう、箱の底にはミイラ化した腕が格納されていて、その腕にはしっかりと魔術刻印が残されていた。
どこまでも、用意周到かつ執念深いご先祖様である。
しかし、いくら魔術刻印を子孫へ渡したいからって、自分の腕まで切断して入れとくかよ!
そこまでやるとなると、ご先祖様の子孫かつ魔術回路を開ける素質を持った僕に、Fateの原作知識を持った僕が憑依か転生したのは、偶然……じゃないかもしれないなぁ。
ご先祖様の執念が、この機会を活かせる知識をもった僕を呼び寄せた、……かもしれない。
原作知識なしの人がこの箱を開けた場合、当然魔術関連の知識を持っているはずもなく、この書類に書かれたことを信じる可能性は低いだろうしなぁ。
……まあ、箱を開いた人が『予知能力の持ち主で聖杯戦争とかを予知する』とか、『魔眼の持ち主で遠坂家の人間が魔術師であることに気付いていた』とかなら、少しはこの内容を信じた可能性はあるけど。
ご先祖様の意志が僕を呼びよせたのが事実なら、ご先祖様も第二魔法を目指していたことになるが、……さすがにそれはないか。
あるいは、『僕という魔術の知識(本当は原作知識)を持つ子孫が生まれる予知夢でも見て、それにご先祖様が最後の希望を託した』とかなら、……まあ、ありえるかな。
……クロノトリガーの世界で、『未来に飛ばされた三賢者の一人が、万に一つの可能性にかけてラヴォスを倒す者たちへのプレゼントとしてタイムマシンを作っていた』ように、『何らかの要因で魔術について知識を得た、あるいは無条件に書類に書かれたことを信じる子孫が現れるという可能性にかけていた』ってのもあるか?
とりあえず書類に書かれていることが事実なら、僕は(開くことが可能な)魔術回路を持っているし、魔術刻印も手に入れられそうだけど、……さてどうしよう?
まず考えるべきことは、……魔術回路を開くか開かないかの選択だ。
これは当然、……『魔術回路を開く』一択だ。
当初の予定通り、『魔術師になることで災いを呼び寄せること』よりも『魔術師になることで、魔術関連の危険を察知していち早く逃げ出すこと』を重視しているためだ。
……『僕が魔術を使いたい』という願望があることは否定しないが。
魔術師になれば、『聖杯戦争に参加することを望んでいなくても、人数合わせで令呪を獲得する』という可能性も十分ありえるが、……まあそれはまだ先のことだし、サーヴァントを召喚しないでいれば他の人がサーヴァントを召喚して自動的に令呪が消えるだろうし、最悪は聖杯戦争の間ずっと冬木市から離れていれば問題ない、と思う。
次の問題は『どうやって魔術回路を開くか?』だな。
『魔術具を指定の手順で操作すれば自動的に動き出して僕の魔術回路を開く』らしいし、『封印中の使い魔は魔力を注げば起きる』らしいし、『使い魔と念話で会話することで魔術刻印の移植方法を教えてくれる』らしいが、……『何十年も前に作られて、ずっとしまいっぱなしだった魔術具を使って魔術回路を開く』のは怖すぎる。
一歩間違えれば、いや普通に考えて死んでしまう可能性が高すぎる。
というか、凛によると『魔術回路を開く(作る)ときは死と隣り合わせ』らしいから、死にかけるのは当然というべきか。
となると、いざというときにフォローしてくれる人が絶対に欲しい。
一番いいのは、信用できる魔術師を見つけ、契約して、使い魔と協力して魔術回路を開いてもらうことだが……。
今の僕では、遠坂時臣しか候補が思いつかない。
……あ~、聖杯戦争終了後ならウェイバーに頼る手もあるか。
切嗣は僕のことを警戒するだろうから、頼れる可能性は低そうだ。
だけど、……それだと、第四次聖杯戦争のときに無力のままだから遅すぎるしなぁ。
消去法で『時臣と契約して魔術回路を開いてもらうこと』になるが、そうなると僕は絶対に時臣を手伝わなければならなくなる。
では、時臣陣営に僕が加われたとして、僕は生き残れるか?
等価交換の契約を結んで予知情報を提供すれば、……多分綺礼の排除ぐらいなら、なんとかなるだろう。
綺礼の代わりに僕か凛がアサシンを召喚すればいい。
問題は『ギルガメッシュが最後まで時臣に大人しく従ってくれるか?』ということだ。
綺礼を排除できれば、「時臣の『根源に至る』という目的のため、ギルガメッシュが最後に自決させられること」はギルガメッシュにばれないだろうが、……「つまらん」の一言でいきなり時臣を殺しそうな感じがするんだよなぁ、あの金ぴか。
あるいは、『未来情報(という名の原作知識)のことを時臣や璃正が信じない』とかで、原作通りに言峰璃正が自分の助手として綺礼を連れてきて、綺礼とギルガメッシュが接触する可能性もあるし、……いや、この時点で綺礼はすでに令呪を持っているわけで、教会側としては絶対に綺礼を参戦させるだろう。
それ以前に、時臣は璃正を信頼しているし、璃正の子供であり、璃正が信頼する綺礼も信頼する可能性は高い。
というか、『ギルガメッシュと切嗣に出会うまでの綺礼』なら信頼に値する人物だったのは事実だし。
そうなると、綺礼の参戦を防ぐことは不可能と考えるべきか。
つまり、下手に原作知識を提供して、それが綺礼に伝わることがあれば、綺礼とアサシン or ギルガメッシュに僕が殺される確率が跳ね上がる。
それを考慮して僕が取るべき方針を考えると……。
……すいません、時臣さん。
貴方には恨みも何もありませんし、多分恩がたくさんできるでしょうけど、綺礼が裏切ることは教えられません。
僕が死ぬ確率がものすごく高くなりそうなので。
……まあ、綺礼の裏切りを教えても、どうせ信じないでしょうけど。
その代わりに、貴方の娘さんたちは僕が、そう僕が幸せにするので安らかに成仏してください!
ということで、方針決定。
時臣と接触して、一部の未来情報(原作知識)を『予知夢らしきものを見た』と説明して情報提供して、対価として『魔術回路を開くこと』&『弟子入り』を契約する。
ただし、第四次聖杯戦争には一切参加せず、凛たちと一緒に避難させてもらおう。
提供する未来情報は、……そうだな。
『時臣さんに勝たれることを嫌がった教会の人が、ギルガメッシュに対して『時臣は聖杯戦争の最後に令呪で自害させるつもりだ』と教えて、その結果ギルガメッシュが時臣さんを裏切った』とでもしとくか。
嘘は言ってないぞ。
『ギルガメッシュに裏切り行為をばらした教会の人=言峰綺礼』だと言っていないだけで。
そして、『時臣が最後に裏切るつもり』だと知れば、『ギルガメッシュが時臣さんを裏切るのは当然』だと、時臣も判断するだろう。
まあギルガメッシュからすると、『反逆の意志が明らかになった逆臣を成敗した』だけなんだろうけど。
『聖杯戦争の最後に時臣がギルガメッシュを自害させる予定であることを、璃正と綺礼以外が知っているか?』という問題はあるが、『なぜ教会の人がその情報を持っていたのかは知らない』と言っておけばいいだろう。
元々、予知情報なんて曖昧なことが多いんだから。
あとは、読心術を使われないのを祈るだけか。
さて、次に決めるべき重要事項は『桜の救出をするかどうか?』だな。
原作介入をすることを決めた以上、当然(僕が死傷しない範囲で)桜を全力で助ける。
手を伸ばせば助けられる可能性が高い娘(美幼女)がいて、おまけにその子が可愛くて性格がいいなら、助けるのは男として当然だ。
間桐家入りした後なら助けだすのは困難かつ命の危険があるが、その前に養子入りの話を潰すのならリスクも小さいし、命の危険は全くないと思う。
で、たしか時臣が桜を間桐家に養子に出した理由は、『類稀な魔導の才能を持つ凛と桜のどちらか一方を、凡俗に堕とすことを良しとしなかった』ためだったはず。
そうしなければ『魔道の加護を受けなかった方の子にはその血に誘われた怪魔が災厄をもたらし、魔術協会がそれを発見すれば嬉々として保護の名の下にホルマリン漬けの標本にしてしまう』とか言っていた。
それが事実なら(多分事実なんだろうけど)、間桐家への養子入りの話を潰したとしても、他に桜を守ってくれる家なり組織なりを見つける必要がある。
そうしなければ、原作の桜と同程度、あるいはもっと酷い状況になる可能性が高いのは間違いなさそうだ。
……とはいえ、まずは桜を守る、いや保護すべきだよな。
桜の将来については、その後にゆっくり考えればいいだけのことだ。
一番確実な方法は、……やっぱり間桐雁夜を利用することかな?
雁夜を利用して桜を救出した場合、彼が聖杯戦争に参加する理由が無くなってバーサーカーを呼ぶマスターがいなくなってしまうが、……まあいい。
どうせ、時臣に未来情報(の一部)を渡した時点で第4次聖杯戦争は原作崩壊確定なんだ。
いまさら躊躇う必要はないだろう。
最初は葵さんに対して、『予知夢を見て、桜ちゃんたちが不幸になる夢を見た』と説明しようかとも考えた。
しかし、葵さんは時臣を(盲目的なほど)愛しており、桜の養子入りの件も逆らわなかったぐらい、時臣の言うことには完全に従っている。
葵さん経由で雁夜と会おうとすると、その時点で絶対に葵さんから時臣へ僕の情報が漏れるだろう。
それを考えると、葵さんを通さずに雁夜に会いたい。
……そうだな。幸い時間はまだあるから、雁夜が凛と桜に会いに来る機会を待つか?
アニメで見た雁夜の行動パターンから推測すると、(雁夜が時臣に会いたくないせいか)公園にいるときを狙って葵さんと会っているみたいだし、その時に凛と桜へのプレゼントも直接渡しているのだろう。
そういうわけで、凛たちと遊びながら何気なく『以前凛ちゃんたちと話しているのを見かけたおじさん』として雁夜のことを聞いてみると、いともあっさりと細かいことを教えてくれた。
所詮は幼女、(魔術に関わることでもないし)同い年の遊び友達への警戒心は低いようだ。
で、聞き取り調査の結果、凛たちはいつも公園で雁夜と会っているらしい。
念には念を入れて、「僕も雁夜さんに会ってみたいから、今度雁夜さんに会うことがあればぜひ会いたいと伝えてほしい」と凛に話しておき、できるだけ二人が公園で遊ぶとき一緒に過ごすようにすること一ヶ月。
ついに雁夜が公園に現れた。
約束通り、凛から雁夜に対して僕のことを紹介してもらい、僕が自己紹介した後、握手にまぎれてメモを渡すことに成功した。
その後、凛たちと別れて公園の隅で待っていると、しばらく経ってから雁夜がやってきた。
彼の表情はこわばり、怒っているようにも見える。
……まあ、当然か。
「一体何のつもりだ?
……いや、誰に何を頼まれたんだ!?」
雁夜は少し興奮気味だったので、僕はできるだけ冷静に話した。
「誰にも頼まれていないし、僕自身がやったことですよ。
改めて自己紹介します。
まず、僕の立場は魔術師見習いといったところです。
『魔術技術は全くなく、魔術の知識を少しと、魔術師の素質を持っているらしい』というレベルですが」
「……そうなのか?」
「ええ、ただこれから話すことは、もっととんでもないことですよ。
僕、いえ私は前世の記憶を持ち、さらに予知夢らしきものを見たんです。
その予知夢では『桜ちゃんが間桐家に養子入りしていた』ので、それを防ぎたいと考えて雁夜さんに協力をお願いしたいと考えたわけです」
「なんだと!
桜ちゃんが、よりにもよって間桐家へ養子入りだと!!」
完全に予想外の言葉だったらしく、雁夜はすごい形相だった。
「ええ、別におかしな話ではないでしょう?
間桐家は代々優秀な魔術師の血を引く女性を嫁にもらって、子供を産ませている。
貴方が間桐家の後継者となることを拒否した以上、貴方の甥である間桐慎二が魔術師の血を引く嫁を取ることになるでしょう。
そして、聖杯御三家の盟友である遠坂家には二人の娘がいて、当然一人は遠坂家の魔術を受け継がない。
それだけではなく、「配偶者の血統の能力を最大限引き出した子を成す」という特殊な体質を持つ女性の娘であり、魔術師として高い素質を持っているのはもちろん、彼女自身同じ体質を持っている可能性が高い。
衰退した間桐家の力を蘇らせるため、臓硯が桜ちゃんを養子にもらって慎二の嫁にしてもおかしくはないでしょう?」
「……た、確かに、言われてみればその通りだ。
だが、臓硯がそれを望んだとして、時臣が、そしてあの葵さんがそんなことを受け入れるはずが……「その時臣が、間桐家に嫁入りした女性の末路を全く知らなければどうですか?」
「なんだと!?」
すでに雁夜はすごい顔をしていたのに、この時点ではすでに鬼かと思うような怒りの形相になっていた。
「貴方や私は、『間桐家に嫁入りした女性は、子供を産んだ後は蟲の餌にされる』と知っています。
ですから、『間桐家へ嫁入り』とは『娘を捨てる』、いや『娘を地獄に送りこむこと』であり、娘を可愛がっている親なら絶対にそんなことはしないと考えるでしょう。
そして、時臣は生粋の魔術師ではあるが家族のことを愛していることは確かなので、いくらなんでも桜ちゃんを間桐家に渡すはずがない」
そこまで一息で言って雁夜の顔を見ると、真剣に僕の言葉を聞いていたので、安心して続きを説明した。
「ただ、『間桐家における嫁入りした女性の扱い』を時臣が知らなければ、『聖杯御三家にして聖杯戦争を構築した本人である間桐臓硯なら、大切な娘を預けるにふさわしい』と考えてもおかしくないでしょう。
どうも、私が予知夢で見た限り、時臣と臓硯は個人的な接触がほとんどなく、間桐家についてほとんど調査をしていなかったように見えましたので」
それを聞いた雁夜は、少し考え込んだ。
「確かに俺の知る限り、臓硯は遠坂家に一切接触していなかったし、間桐家に時臣が来たこともなかった。
そして、時臣が臓硯のことを一切調べず、間桐家に嫁入りした女性の末路に興味を持たず、聖杯御三家の名前に目が眩み、ただ間桐家と遠坂家の盟約を守ろうとすれば、……桜ちゃんが養子入りする可能性は、……確かにありえるか」
そう言った雁夜は、絶望に満ちた表情だった。
「ええ。その結果、桜ちゃんは間桐家に養子入りして、まさに拷問というべき扱いを受け続けます。
で、私が見た予知夢では、そのことを知った貴方が臓硯と交渉し、『聖杯戦争に参加するから、聖杯を手に入れたときには桜ちゃんを解放しろ』と契約を行い、貴方は聖杯戦争に参加したわけです」
「……そうだろうな。
確かにその状況になれば、……俺は君が言った通りの行動を取るだろう。
とはいえ、桜ちゃんが養子入りした後から聖杯戦争までの短期間の修行だけで、俺はマスターになれたのか?
……いや、もしかすると、……俺はマキリの蟲で、無理やり魔術師になったのか?」
雁夜は僕から教えられる前に自分で気づいた。
……まあ、彼も自分がそこまで優秀な素質を持っているとは思っていなかったから、消去法で気付いただけなんだろうけど。
「ええ、その通りです。
桜ちゃんが養子入りしたのが、5歳ごろで聖杯戦争開始の1年前ぐらい。
その一か月後ぐらいに雁夜さんが修行を開始して、肉体に刻印虫を植えつけるという無茶な方法でなんとかマスターになりました。
……ただ、聖杯戦争開始時点で余命が一月もなかったみたいですが」
「……だろうな。
そんな無茶をすれば、聖杯戦争開始時に余命が残っているだけでも運が良かっただろうさ」
すでに雁夜は全く疑わず、僕の言葉に頷いていた。
「で、お前はどうしたいんだ?」
「……ええと、その前に、『私が前世の記憶を持ち、予知夢を見たこと』は認めてくれたということでいいんでしょうか?」
あまりにも雁夜が私を信頼するのが早かったので、誤解やすれ違いを避ける為に僕は確認を取ったのだが、雁夜の回答は簡潔だった。
「ああ。今のところ、お前の言うことに誤りは見つけられない。
というか、俺が『桜ちゃんが間桐家への嫁入りする可能性』に、今まで一度も思いつけなかったことに愕然としたがな。
そしてこれほどの内容を、それだけ冷静かつ的確に話せる存在がただの子供のはずがない。
とりあえず、お前の言うことは信じよう。
……いや、『信じたつもり』で対応しよう。
間桐家を勘当され、間桐家とは一切繋がりを断って、間桐家の秘術はおろか魔術を全く知らない俺に、こんな嘘を言って騙すことによる利益などあるはずがないからな。
嘘だろうが騙りだろうが、言っていることが事実と一致していて、それにより桜ちゃんを助けられるのなら何だって利用するさ。
……もちろん、事実と異なることがあったと判明した時点で、対応を考えさせてもらうぞ?」
「ええ、それで構いません。
ただし、前提条件が変わってしまうので、『予知情報は誰かに教えた時点で未来が変わってしまう可能性が高いこと』は理解してください」
「ああ、わかっている」
ふう。とりあえず、交渉の第一段階は終了。
さて、これからが本番だな。
「では、先に私の前世について説明しましょう。
と言っても、前世は普通の30代のサラリーマンなので、魔術の世界のことは全く知りません」
「まあ、魔術のことを知らなくても、それぐらい人生経験があれば、これだけ冷静に判断ができてもおかしくはないか。
僕よりも年上だしな。
しかし、……それにしても対応が手慣れてないか?」
「前世では、ファンタジー等のフィクションの魔法関連の本やマンガをよく読んでいたので、その知識を活かしたまでです。
こんな風に活用する日が来るとは思っていませんでしたけど」
これは完全な事実である。
……まあ、前世において『創作世界への転生を望んでいなかった』と言ったら嘘になるだろうけど。
そして、あえて伝えなかったが、『前世の知識の中にこの世界の事件を描いたゲームや小説やアニメがあった』というとんでもない事実も混じっているが、そこまで言う必要はあるまい。
「……確かにフィクションと言っても、かなり凝った設定のものもあるし、色々な世界があるしな。
なるほどな。
そういう知識があったから、桜ちゃんのことも冷静に考えられたわけか」
「ええ、作品によっては、それぐらいきつい設定のものもありますからね」
実際中学生の頃に読んだライトノベルで、『海賊に捕まった貴族のツンデレヒロインが、暴行輪姦のあげくに指なし歯なし全身痣だらけのずたぼろの状態になり、主人公と再会した直後に主人公をかばって死んでしまったシーン』とか読んだときは、しばらくかなりのトラウマになったぐらいだ。
「なら、その知識を桜ちゃんのためにフルに活用してくれ」
「もちろんです。
……で、僕の目的ですが、まずは桜ちゃんを助けることです。
大切な幼馴染ですし、予知夢の内容が雁夜さんによって肯定された以上、間桐家への養子入りは高い確率で起きうる未来だと考えていいでしょう。
二つ目の目的は、僕が力を付けることです。
これは、自衛と桜ちゃんたちを守るためです。
家にある古文書によると私の先祖は魔術師だったらしいので、可能なら魔術回路を開いて魔術師になりたいですね。
で、最後の目的は、……強力な後ろ盾を得ることです」
この世界で怯えずに生きるためには、自衛の力と強力な後ろ盾は必須だ。
……例えその後ろ盾の当主が、近い将来死んでしまう可能性が高いとしても。
「なるほどな。
その三つの目的を果たすため、俺を使って時臣と繋がりを持ちたい、いや時臣の弟子になりたいわけか」
「ええ、その通りです。
申し訳ありませんが、二つ目と三つ目の目的は、雁夜さんでは叶えられませんから」
「まあ、そうだな。
だが、その目的が事実なら、俺としても全面的に協力できる。
……いいだろう。
君の目的が、桜ちゃんたちの利益になる限り、そして君が原因で桜ちゃんたちに危険をもたらさない限り、俺は君に協力しよう」
「ありがとうございます。
これから、よろしくお願いします」
こうして僕は、雁夜さんと協力関係を結ぶことに成功した。
その後、ご先祖様が残した古文書を見せて、僕が話したことが嘘でないことを証明した。
ついでに、旧仮名遣いで意味がよくわからなかった部分について、雁夜さんに解読してもらうことで、より詳細に理解することもできた。
さらに僕は、原作知識と言う名の未来情報の一部を雁夜さんに提供し、二人で『桜の間桐家への養子入り』を潰す計画を練っていった。
さあ、僕と雁夜さんによる、新しいFate/Zeroの物語を始めよう。
【備考】
2012.04.01 『にじファン』で掲載
【改訂】
2012.08.04 一部改訂
2012.10.07 一部改訂
2012.12.30 一部改訂