雁夜さんと『桜ちゃん救出計画』を練った結果、僕らはまず葵さんを協力者に引きこむことを決めた。
時臣を説得するときに協力者が多いに越したことはないし、雁夜さんとしても葵さんを味方にしたいと思っていたので、このことはすぐに決まった。
そして、葵さんを説得するため、雁夜さんだけが会うことになった。
僕は黒幕というか、『予知夢(原作知識)を見た(知っている)こと』は雁夜さん以外には内緒にしたかったので、全ての交渉は雁夜さんにしてもらうことになった。
雁夜さんとしても『自分自身の手で桜ちゃんを助けたい』と考えており、『余計な情報が洩れるのは絶対に厄介ごとになる』と判断していたため、両者の利害は一致し平和的にこの方針が決まった。
ちなみに、葵さんとの会談場所は公園内の人気のない場所であり、僕は葵さんに見つからないように木陰から二人の様子を伺っている。
雁夜さんは「偶然知り合った予知能力者から、桜ちゃんの未来について聞いた」と一気に本題を切り出して、葵さんへの説得を開始した。
「桜ちゃんが5歳の頃に間桐家の養子となり、その日にマキリの蟲に処女を奪われ、毎日蟲漬け、毒食い、肉体改造の日々を過ごし、強制的に慎二君と結婚させられ、彼の子供を産んだ後、用済みとして蟲の餌にされて殺される可能性が高い」
と一気に説明した。
最初は何を言われているのか分かっていなかったようだが、徐々に言葉の意味を理解し、葵さんは真っ青になっていった。
「雁夜君、……冗談じゃ、ないのね?」
「こんな質の悪い冗談を、俺が葵さんに言うわけないだろ?
桜ちゃんを養子に出す可能性があるかどうかは、時臣……さんに確認する必要はあるけど、間桐臓硯が『間桐家の魔術の後継者』兼『慎二君の嫁』を欲しがっているのと、間桐家の後継者は『修行と言う名の蟲漬けの拷問』を強制されるのは事実だ」
真剣な雁夜さんの顔を見て、葵さんは雁夜さんが真実を話していると信じたようだ。
「自分の目で見たわけじゃないけど、俺の母と兄さんの嫁は優秀なマキリの後継者を産めるようにするため、臓硯によって蟲などを使って肉体改造をされたはずだ。
そして、俺の母は俺の出産後に、兄さんの嫁も慎二君の出産後に消息不明になっている。
……そう、俺は母の顔を見た記憶がないんだ。
高い確率で、蟲の餌にされたんだろう」
『娘を養子に出されること』は受け入れられても、『娘が生き地獄(蟲地獄)に放り込まれて殺されること』は当然ながら受け入れられず、それ以前に想像すらしていなかった葵は、完全に血の気が引いて気絶寸前の様子だった。
「葵さんはどう考える?
俺としては、高い確率で起きる未来だと考えている」
「あの人は魔術師だから、遠坂家を継がない桜を養子に出すことは、……ありえると思うわ。
でも、まさか、……桜をそんな目に会わせるなんて、さすがに信じられないわ」
「いや、さすがにそこまでは、……時臣さんも知らなかったんだろう。
他家の魔術師の養子になる以上、『肉体改造や強制的に慎二君の嫁にすること』までは予想していただろう。
だけど、『肉体改造の手段が蟲漬けの凌辱』とか、『出産まで生きていれば十分だからという理由で、寿命を削るような肉体改造を平気で実行する』とか、『出産後は蟲の餌』までは、……さすがに想定外だったんじゃないかな?
分かっていて桜ちゃんを養子に出したのなら、俺は絶対に許せない!
葵さんもそうだろ!?」
雁夜さんは葵さんが受け入れやすいように時臣を庇っているが、内心は時臣を徹底的に貶めたいんだろうなぁ。
「……ま、魔術師の嫁となった以上、子供たちに肉体改造をすること、それに結婚相手をあの子たちが自由に選べないことは覚悟していたわ。
でも、さすがにそれは桜が可哀想よ。
その未来が本当なら、桜の血を引いた子供は産まれるんでしょうけど……、それだけを目的として出産するまで苦痛に満ちた日々しか送れないなんて、あげくに出産後すぐに殺されるなんて、そんなの許せない!」
葵さんは最後には感情むき出しで怒っていた。
「それでこそ葵さんだ。
そこで、絶対に桜ちゃんを間桐家の養子にしないように時臣さんを説得するつもりなんだけど、葵さんも手伝ってくれないかな?」
「もちろんよ。
私にできることなら何でもするわ」
「ありがとう、葵さん。
葵さんの助力があれば心強いよ」
真面目な顔をしているけど、葵さんの完全な信頼を得ることができて、雁夜さんは相当喜んでいるはずだ。
雁夜さんにとって、自分の行動で桜ちゃんを心身共に助け、葵さん母娘の平穏を守り、三人から特に葵さんから今まで以上の信頼と感謝がもらえるのだから、まさにこの世の春だろう。
この調子なら、雁夜さんとは最後まで協力できるかな?
僕としては、桜を助け、時臣に弟子入りして魔術を習い、ご先祖様の魔術刻印を継承して、一人前の魔術師(魔術使い)になれればそれで目標達成である。
後は、聖杯戦争中に家族で旅行に行くとかして、第四次聖杯戦争を無事に乗り越えられればOKである。
……さすがに、サーヴァント召喚しようとか考えませんよ。
(汚染された)聖杯には当然興味ないし、聖杯戦争参加自体が特大の死亡フラグだからね。
……まあ、サーヴァントには興味があるのは事実だけど、『聖杯を求めないサーヴァントを僕が召喚できるかどうか?』は完全に賭けだし、聖杯戦争後に(聖杯の魔力フォローなしの状態で)僕だけの魔力でサーヴァントを維持できるとは思えないしね。
とはいえ、聖杯戦争を安全な場所で見学したいとは思っているので、暗示で僕以外の家族には旅行に行ってもらって、僕は禅城の家に一緒に避難させてもらいつつ、使い魔で観戦するのがベストかな?
今考えられる限りでは、これが一番安全かつ確実に聖杯戦争を観戦できる方法だと思うけど、まあ他にもいい手段がないか考えてみよう。
……いや待て!
よく考えると……、原作通り『切嗣がセイバーに命じて聖杯を破壊させること』が起きなかった場合、……アンリ・マユが復活する事態にならないか?
……それってどう考えても、世界の危機、だよな?
『下手すれば世界滅亡レベル、最小の被害でも抑止力が発動して冬木市が消滅するレベル』か?
あちゃ~。
そうなると、何としてでも聖杯戦争終了前に聖杯を破壊しないとまずいわけか。
ということで、プラン変更決定。
雁夜さんには何としてもバーサーカーを召喚してもらって、可能なら僕もサーヴァントを召喚するべきか?
……雁夜さんが『刻印虫なしの三年間の修行』でどこまで強くなれるかは疑問だが、……桜ちゃんのためということで、死ぬ気でがんばってもらうしかないか。
僕も聖杯戦争開始までに修行を積んで、ご先祖様の魔術刻印を全て継承できれば、それなりの魔力量を得られるはずだ。
そして、龍之介がキャスターを召喚する前に、僕がキャスターを召喚すれば、召喚されるサーヴァントなどは原作通りになるはずだ。
で、バーサーカーとキャスターをできるだけ温存して、『切嗣の令呪による命令で、セイバーによって聖杯が破壊される展開』へ誘導するのがベストだな。
最悪、バーサーカーかキャスターに聖杯を破壊させることも考えておく必要もあるだろう。
可能なら、『大聖杯にアンリ・マユが潜んでいること』を時臣にも理解させて、『聖杯を完成させると世界が滅びかねないこと』を教えたいところなんだが、……難しいだろうなぁ。
アンリ・マユの存在に気付いたとしても、『根源へ至る穴を開けるだけならばアンリ・マユは何もできない』とか言う可能性もあるし。
いつか雁夜さんと一緒に柳洞寺地下にある大聖杯を見に行って、魔術師でも大聖杯の中に潜むアンリ・マユの存在に気づけるか確認してみよう。
方針が決まったところで、改めて雁夜さんと葵さんの様子を伺うと、雁夜さんが葵さんに今後の方針を説明しているところだった。
「まずは俺が聞いた予知の内容をまとめて、それを時臣さんに説明する。
で、全部信じなくてもいいから、ある程度俺が話したことを信じて、間桐家に嫁入りした女性たちの消息を調べさえすれば何とかなる。
……多分全員、子供の出産直後に病死とかで登録されていると思う。
それを見れば、さすがの時臣さんも俺が話した内容を信じてくれる、……はずだ。
それで、桜ちゃんの養子入りを取り消してくれればよし。
万が一、それでも養子入りさせようとしたら、そのときはまた対策を考えよう。
何があろうと、俺は桜ちゃんの安全を優先するよ」
「ええ、それで構わないわ。
雁夜君、桜のことお願いね」
「ああ、まかせてくれ!」
雁夜さんは葵さんから全幅の信頼を得て、僕から見ても一目でわかるほどものすごくやる気に満ち溢れている。
まあ、大切な人たちの心身を自分が守れるんだから当然か。
ついでに、『時臣の株を下げ、自分の株は大幅上昇』という効果もあるしな。
さすがにそれは邪推かもしれないけど、……あの顔を見ていると邪推じゃないかもしれないな。
これなら、雁夜さんが暴走しないかぎり問題はなさそうだ。
こうして雁夜さんと葵さんは時臣を説得するための相談を繰り返し、僕は二人が決めたことを元にさらなるアイデア提供や改善策の提案をして、雁夜さんと一緒に可能な限り完璧な対策を練った。
そして、葵さんの仲介でついに雁夜さんが時臣と面会する日が決まった。
さあ、雁夜さんの一世一代の大舞台。がんばってくれ。
……ん、僕?
雁夜さんはついに前世の記憶持ちだと信じてくれたけど、外見はただの幼児だからね。
いきなり時臣と会っても信じてくれるはずもないし、時臣には前世の記憶持ちだということは隠すつもりだからね。
この交渉の主役は間違いなく雁夜さんだ。
僕は『演出家兼脚本家』といったところかな?
さあ、いよいよ桜救済の舞台開幕だ。
【備考】
2012.04.03 『にじファン』で掲載
2012.09.15 表現の修正