「だいろくろ」ってなんか語呂悪いですね…
洛陽燃ゆ
この急報は黄河長江を沿う様に、漢全土へと瞬く間に拡がりを見せた。
規模は?被害は?犯人は?
陰謀か?事故か?政治経済産業流通は?
挙げられる諸侯国民の疑問の濁流。此れらを見ても分かる通り、世間様方の間ではどうも不安不信の類いが拡がり易い、難儀な物である。
確かに重要だ、確かに。
しかも今の枯れた大木と化しつつある後漢王朝を考えると正直な話、各諸侯ら治政者は今回の事件による影響に対し、中央政府の問題解決の指揮系統という有名無実なシロモノ……途中途中で途切れかけている大河と言うべき物は所詮、
故に重要。目の前の種籾一粒が金山一峰に勝る前に手を打たねばならない。だからそんな事は二の次三の次、という訳だ。
とどのつまり陰謀だろうが事故だろうが、規模だ犯人だだのは関係はない。目の前の実利、それは不安定な世になればなる程群衆の誰もが求める物であり、必然とも言えるである。
その様な愚考は三流の物、真に在るべきは一流の熟考
しかし中にはこう言った考えを持つ者も存在する。曹孟徳、孫文台を初めとする劉表、劉焉、馬騰、公孫賛ら希才も認める六雄だ。
官位もしくは中央との太いパイプ、信頼を持つ曹操と孫堅以外の四雄はその『一流の考え』を持ちながらも領地の治政を行うため、帰還した。しかし曹操と孫堅は違う。
曹操は名宦官であった祖父が遺した財を。
孫堅は自領地から支援物資等の補給を。
各々の血肉を朝廷のお膝元たるこの洛陽に残り、捧げていた。
彼女らは思う。この期に及ぶ指針、行動において
『静観』は三流
『奉仕』は二流
『利用』こそ一流であると。
枯木ととは言え大木、四百年に及ぶ繁栄は伊達ではない。それが滅ぶともなれば尚更の事、国民も治政者もそれ相応の覚悟は必要、いや必要不可欠であろう。
だからこそ『利用』する。木が腐り倒れる事を見放すなどもっての他。水をやるだけやり、放置するなど愚の骨頂。
ではどうするか?決まっている、搾り取ってやるのだ。幹の奥底に眠る、かすかな樹液一欠片に至るまで。せっせと水をやり、土壌を肥やし、木の中に棲む
この地は我々の物だ! と
「有り難いけど、ねぇ…」
市中賑わす援助の輪。飯や水を求め、列を成す民を横目に、盧植は浅い溜め息を付く。
大木に住むのは害虫だけではない。彼女の様に椋鳥の如く美しく、また聡明な鳥もその木枝の住民であるのだ。眼下には笑顔で水を振り撒く農夫達の姿、実に
「ふぅ」
件の出来事から七日経つ今も、張り付けた笑顔を振り撒く
まず一つ目、政治系統の立て直しである。
北方の事も当然気にかかるが、彼方には彼女を持ってして信頼に当たる、優秀な人材が残っている、問題はなかろう。
しかし、より困難なのは此方の方。地方政治とは違い、政務として考案・開発した施策を実行というプロセスへ通すには余りにも障害が多過ぎる、朝廷に棲まう悪鬼共という大きな障害が。それに民の事などロクに省みなかった連中である。只でさえ慌ただしい状況の中、自らに利をもたらす物事以外は歯牙にすら掛けない。
『なんとも不愉快極まりない事だ』
盧植は心中の、まるで
さて政に話を戻すと、政治統制基盤の再構築は重要である。しかし、あながち急務という訳ではない。
要するに体裁なのだ、『政治基盤』などと言うものは。
各州各地方長は中央からの派遣や任命を持ってその土地土地を治めている。そして実際にその土地土地の治安管理・農作・税収・治水等のインフラ整備など、多岐にわたる政治を行っているのも当然、彼ら地方長だ。
意外にも中央の介入という物は賄賂以外は少ない。寧ろ『健全な政治統制』が成される国家で無いとさほど行われない。だがそれは同時に地方権限が強いという訳でもない、ただ単純に中央官僚が面倒だから放置しているだけの事である。
ではその放置され、ある程度好き勝手出来るほとんどの各地方長は何故、反乱という行動は犯さないのか。それは互いの警戒という人間の心理に沿った意味合いに理由がある。
特に中央から遠く、異民族の地も近い州に顕著な事として、半ば独立勢力化していると言っても過言ではない土地では、互いの利益や領地、治安などの諸問題の押し付け合いに始まる小さな諍い事が多い。
要するに敵国…とまでは言わないが、互いが互いを『他国』扱いしているのだ、同じ漢の地だと言うのに。
故に
その影響力は大きい。つまりは本心もいるだろうが殆どは偽心とは言え、国単位の仲間意識なのだから。 例え頭の回らない凡愚が反旗を翻そうものなら
『こいつは
と彼方此方から輪唱が聴こえてくる内に、朝敵は袋叩きに合うだろう。過去の事例からもその様相は諸侯らの心に刻まれている。
故に地方州群は求める。
悪く言えば
しかし今、そんな砂上の楼閣もまるごと砂に成りかけている事は現実であり、洒落にならないのは国民群衆も当然のこと、最もなのは国を深く想う志を持つ『真の忠臣』達という何とも皮肉な事実が存在するのだ。
そんな忠臣の一人である盧植は大火の傷痕残る街並みを痛ましく想うと、『二つ目の問題』を解決すべく不安と憤りが混沌する心情を表すかの様に強く地を踏む足取りで歩を進め、悪鬼潜む政庁へと歩んでいった。
「船員がバラバラじゃ…船も真っ直ぐ進む訳、無いものね…」
彼女がその場を去り行く後も大火の残響は大きな一つの鐘となり、混迷の都市を鳴らし続けた。
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『劉協様、行方不明』
一大事中の一大事、これが発覚したのは大火の翌朝の事であった。
何者らかの
皇帝の身柄は無事、ここまでは良い。しかしここからが本当の問題であった。
「王允子師、並びに丁原・蔡邕ら。今件の主犯としての疑いにより捕捉させて貰う」
事件の翌朝。何とか城内へ侵入した希才らが董卓らと合流し、消火活動と劉協捜索を行おうとしていたその矢先の事…その台詞は放たれた。しかも協力せんとあらわれ、声を掛けたと思われた役人達から。
「随分な冗談ですな、笑いを取るにはちと
突然国家転覆の疑いを掛けられては彼らの眉間に山谷が出来上がるのも無理は無い。しかし役人達はそれを許さない。有無を言わさず希才らを拘束し、馬車に乗せると、そのまま政庁へと連れて行く。
当然は丁原と蔡邕は納得行くはずも無い、同乗する役人らへ抵抗し、文句を叫び倒すと気の短い役人の一人が抜刀し、今にも希才らに斬りかからんといきり立った。流石に縄を頂戴していては武に優れる彼女らと言えど武器を持つ男をいなす事は難しい。
一触即発。正にその時であった
「そこの騎車、止まりなさい」
今だ立ち込める煙と朝霧が混ざる深い霧の中、男の声にしては外れた様な高い声が響く。その正体は政庁から焼け焦げた洛陽城へ駆け付けたと思われる張讓・趙忠の二宦官とその部下ら。しかしその洛陽城と希才らが乗る馬車を見るその表情に驚きの色は無い。あるのはただただ深遠を見据える細く伸びた目尻と絶やさぬ微笑のみ。
それを見た騎車主は慌てて馬綱を引いた。
しかし、ぶるるん、と抗う様な鳴き声を出した馬はピタリとは止まらず、張讓が乗る護送馬車と寸で…やっとの所で歩みを止める。
護送馬車の中から張讓と趙忠がゆっくりと降車した。趙忠は騎車主に注意せんと身を乗り出す護送馬車主の肩を諌める様に軽く叩くと、騎車主へと深く優しげな声色で尋ねた。
「中に誰か、いらっしゃるのですね…拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」
直属でないとは言え、文官のトップクラスにその様な言葉遣いをされ、慌てて頭を垂れる騎車主。彼が扉を開けようと騎馬から降りようとすると、それより先に訝しげな顔をした役人達は、急な止まりをかけた騎車主へと文句を言うべく騎車の戸を乱暴に開き、怒鳴り始めた。
「おい、さっきの揺れは何だ!?こちとら狭い中で…あ。……こっ、これは張讓様に趙忠様?!耳煩いな言葉、謝罪のし様もございませぬ…し、して今晩は如何様なご用件で…?」
なるほど分かり易い上下関係だこと
自分達としても揺れの原因を知りたかった身、役人共の先程までの横柄な態度からの変わり身に希才らは滑稽さを感じた。ざまあみろと言わんばかりの光景だが、皮肉にも笑いを生んだその原因はこの
希才としては元々、以前より匂う連中だとは思っていたが、『張鈞の一件(※第一路参照)』のお蔭でその疑惑は確定的な物になり、更に今回、正にドンピシャの瞬間にこの様な場所へやって来た事で
だが、いくら彼らが怪しげとは言えこの大火の黒幕か、もしくは左慈との繋がりがあるかどうか、それとも無関係な上に全くの偶然で此処に現れたのか、それは残念ながら察しの良い希才と言えど、何分判断材料が少量では答えは導き出せない。
彼の本音としては、『クソ宦官共と左慈くんは黒幕同士のお友達でした』、という解答なら百点満点に花丸を三重にして返してやりたい程望む物であった。
しかしそんな物分かり様も無い、その上大した証拠も無く駄々をこねる子供の様にぎゃあぎゃあと騒いでも結局は『
「いえ、用件があるのはその中にいらっしゃる
「は、はは…趙忠殿、お戯れを……」
冷や汗をダラダラと流す役人。そんな愚物に興味はない、と言う風に役人を尻目から外すと、張讓と趙忠にんまりとした微笑を浮かべながら騎車の中を覗いた。
「おや王允殿、それに…申し訳無い。お二方のお名前は分かりませぬが…服装と甲冑からして中々の将格とお見受けします。…して、この様な時にこの様な所に……一体どうなされましたか…?」
対面を合わせて会話するのは張鈞の一件以来の事。
暗に『お前以外と話す事は無い』と言われてしまえば致し方ない事である、希才は宦官二人の深い皺の峰々に、蟲々の集まった様な生理的悪寒に似た物を感じつつも持ち前の『笑顔』で平然を装い、接する。
「これはこれは張讓殿に趙忠殿、先んじて礼を取れず申し訳御座いませぬ。いやはやしかし、悲しい事に私にも彼女らにも一体何が何やら……突然そちらの役人方に国賊の疑惑などと言う私めの器には大それた物を掛けられてしまいまして、ね」
今だに冷や汗が止まらない様子の役人を横目に見ながら、困った様な物言いで宦官二人へと返答する希才。
拭えぬ蟲の様な悪寒はこの宦官共こそが『
「ほう国賊、と。それは大事ですな……どういう事でしょうか…説明を頂いても?」
張讓は首を少し傾げ、眉をひそめると役人へ首を向け、疑問を問いかける。
すると役人もいい加減に落ち着いたのか居住まいと騎車の中で乱れた正装を直すと、まさしく俺は役人だ、と言わんばかりに胸を張る。
「は!命を受けた曹北部尉の統括により、『北門より入る者全て疑わしき、問答無用で捕縛せよ』との伝達が入っております。……故に「なるほど。もう、宜しい」」
張讓はせっかくの演説を遮られ、すごすごと態度を萎縮させる役人への目線を一度趙忠へ向けると、今度はぐるりと希才らの方へ向ける。
「して、その話。
二度首を傾げ、悩ましそうな目を此方へ向ける張讓。
演技ではない、演技にしては臭すぎる
希才の疑問は確信へと変わった、『こいつらは繋がっていない』という確信へ。
『演技ではない』と言うのは少し訳が違う。張讓にとってはとっさの演技だったのだ、『黒幕・王允』への
「さあ…私共も恐らくは賊であろう曲者と一戦交えまして……そやつは武に長けた此方の二人ですら叶わぬ手練れ。致し方なく適当な方向へ逃走した上、お恥ずかしい話かなり必死に逃げたものでしてね…果たして入った門が北門だったのかどうかは、分かりかねますな…」
取り合えず時間を稼ぐべきだ、希才はそう判断した。丁原は話させると在りもしないボロが出そうなので蔡邕に黙らせて置くとして。
彼としても董卓と盧植とも合流出来ない内にストレートに捕縛されるのは避けたい。それに上手く言葉を選べば
その上、役人は『
朱雋か?
いや、あの豚にその脳は無い。もし黒幕なら自らこの場に現れるタチだ
皇甫嵩か?
それも違う、彼女の性格からも考え難い上、忠臣である事は確かだ…可能性は薄い
曹操本人か?
それは最も薄い線だろう、もしこの様な
なら残る人物で最もメリットを得る人間は一人しかいない、恐らくは……
「いいえ、王允殿は北門より城内へ入られました」
その場にいる全員の眼が声の持ち主へ集中する…夏侯姉妹を連れ、通る声は覇気を隠そうともしないこの威風を持つ女性、曹操だ。そしてこの時、希才は失念していた。此処が
「ほう…と言うと北部尉殿は王允殿の北門通行を目撃した、と…?」
「は。文字通りでございます、張讓様」
希才は心中でこの一件を『面倒事』から『厄介事』へ昇格させた、それ程に曹操という女のこの発言は、場の空気への制圧力が大きい、正しく『厄介事』だ。
しかし彼は喰えぬ事が一つ引っ掛かっていた。それは彼女は希才らが北門を通った時その場を誰も守護していなかった、という事実である。それは『いくら大事が起きたとは言え、誰も守護すべき門に人を置かぬ事もまた大事である』という至極当たり前の決まり。つまり曹操は自ら『職務放棄の露見』と言うリスクを買って出ているという事である。
何のためにリスクを負ってまで希才を陥れんとするのか、それは希才には分からなかったが、彼にとってはそれを上手く利用すればこの場を切り抜けられる脱出口でもあった。次の一手を思索する希才。しかし蔡邕に押さえ付けられていた丁原が、もう我慢ならぬと一歩前に飛び出すとけたたましく曹操らへ抗議をかけ始めてしまった。
「何言ってんだよアンタ!
最早最悪である。
この言葉を聞いた後の三者の表情は正に三様。
希才は平静を保たんと真顔で黙りこくるが、丁原への非難のためか、やや眉間が寄る事を隠しきれていない様子で。
張讓は一度怪訝な目線を曹操に向けるも、微笑を立て直し、目線を希才へ向け。
言い出しっぺの曹操は、形として『職務無遂行』が顕になった事など意に返さず希才を先日の
一様の意に対し、三様の反応が繰り広げられる場に困惑する丁原は、体の力が抜けたかの様に首をかしげ、きょろきょろと回りを見渡す。
「へ?あれ、あの……き、希才?「絹、黙って」はい…」
無論蔡邕もこの状況は理解していた、希才風に言えば、『最悪級の面倒事』だと言う事を。
さて希才への問題はこの短い間に雪崩の如くのし掛かっていた。
『役人側は北門から出入りする人間を必ず捕まえる』・『北門北部尉様が直々に俺達を見たと証言した』・『そもそも役人、曹操、宦官の誰が黒幕だとしても自分達を見逃す事は無いであろう』、という各々が一騎当千の将と言えよう問題群、実に厄介この上無い。
だがここでもしぶといのが王允子師という男の美点であり、ある種の汚点とも言える特長である。
確かに、最早『解決』は不可能である、これ以上何を言おうと逆転は叶わないだろう。しかし『抵抗』は行う。それは身体で抗い、この場を抜け出す事では無い。不利に陥る自分達の状況をなるべく押し上げる……例えるなら、決壊しかける河川を止めるため、土嚢を積み立てる様な行為。正に、完全にはあらがえぬ
更にここでの河川の決壊とは死を意味している、つまりは死罪だ。つまりは平穏なる生活を求める彼にとって、何が何でも避けるべき最大級の『災害』。
「…その通りで御座います
希才は宦官側を選択した。役人…その後ろに控える何者かではなく、宦官を。
無論、道理はあった。
そもそも宦官は文官、少なからず不意を突かれたとしても素直に殺される程こちらとて弛んではいない…と言うよりも、むしろ彼らはその様な早とちった方法は取らない。法や立場を利用した囲い込みを仕掛け、ジワジワと、毒を染み込ませる様に此方の地盤を崩し、最期には首を落とす。恐らくはこう言ったやり方を取るだろう、自らが最大限に行える確実性のある、政治家らしいと言えばらしい殺し方である。
それに対しもう片方は闇の中。役人、もしくは曹操の上層部…敵の形が不明確である以上、このままそちらに流れるのは、希才らにとってはリスクの高い賭けである事は確か。
更に宦官側に捕まれば、希才の欲していた時間が相当限定されるとは言え、手に入る。役人側であれば宦官側とほぼ同じ扱いを受ける可能性もあるが、それと同時に明日の朝日…下手を打てば今日、西へ進む太陽すら拝めぬ可能性すら存在するのだ。
とどのつまり、囚人のジレンマの様な物である。この選択は彼にとって最善手でもあり、また背水手でもあった。
「それは…我々に対し『嘘を付いていた』、という事ですかな、王允殿…?」
「は。正しく…その通りに御座います…!」
嘘。確かに嘘だ。
希才本人としては嘘を付こうが何だろうが自己嫌悪なぞ微塵足りとも感じない人間である。しかしこの時ばかりは事情が事情。一手の打ち違いから、彼にとっては何とも不愉快極まりない嘘の暴露となってしまった。
「ふうむ。これは困りましたな…貴方ともあろう御方がその様な事を……致し方ありません。一度、政庁の方へ連行させて頂きましょうか」
わざとらしい困り眉は、希才の心中を煮え立たせる不愉快さを二乗にも三乗に激しくさせる効果がある。
しかし兎も角、あちら側から
ちなみに丁原も役人と同じくポカンとした様子ではあったが、状況が読めている蔡邕が引っ張って行った、いつも通りである。
「では曹操殿、後はよろしくお願い致しますよ…?」
「え、あ、ちょっ…張讓様ぁ!?趙忠様ぁ!?それは我々の管轄で「良いのよ」はっ…し、しかし…?」
走り出した馬車を追いかけんと走り出す役人を言葉で止めたのは曹操。彼女は遠目に走る馬車を一目見ると、部下へ指示を出し、次の行動へ移らんと動く。その目には既に役人はおろか、希才や宦官らなどは写ってはいない。
「…二度言わせないで、もう『良いのよ』。あなたは自分の職務を遂行しなさい……分かるでしょ…?」
曹操から発せられた威圧感が馬車へ戻らんとする他の役人ごとその場を包む。有無を言わせぬその恐ろしき眼光で射抜かれた役人は『この方に逆らってはならぬ』と、改めて曹孟徳と言う人間の恐ろしさとカリスマ性を感じ取ると、尻を叩かれた馬の様にきびきびと動き始めた。
「お、おいお前ら!消火だ消火ァ!何ボーッとしてるんだ、ケツを叩かれたいのか!?」
全く誰に叩かれると言うのか。曹操は慌てて仲間と部下をけしかける役人を見、クスリと誰にも悟られぬ程度の笑いを起こすが、不思議そうな面持ちでこちらを覗き見る夏侯惇に気付くと、少し頬を赤らめながら自らの部下へと指示を飛ばす。
今の彼女に見えている物はたった一つ。王允を捕縛しろと指示を出した『奴』の事でも、張讓らの事でも無い。
北から吹くは湿り風は、残火揺らして何処へ行く。
行方知れずの風は、燃える城内から皇帝を背負い、命からがら走る董卓と皇甫嵩の髪を撫でると、南へと翔んで行く。
空は朝焼け。凶事に似合う紅の満月は鳴りを潜め、満開の日の出が洛陽城を照らす。
董卓に担がれ、今だ深い眠りにつく皇帝劉弁を影に宿して。
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「おやおや盧植殿、復興作業ご苦労で御座います。政庁へは何用で……?」
洛陽…ひいては漢国家の政務の中心地と言えるここ、洛陽政庁。盧植は『第二の目的』のため、先日の大火あれど居座るかの如く被害からは外れ、周辺を含めほとんど無傷を貫いているこの魔窟へと辿り着いた。
「(白々しい…)は、趙忠殿。各要人の捜索指揮系統に私も参加させて頂きたく、参りました」
大火により行方知れずとなった皇帝陛下の妹君・劉協。更に少なくない数の文武人・名士・官僚が一斉に行方不明、もしくは死亡扱いとなる異常事態の発生。
その行方不明・死亡扱いとなった人材の多くは宮廷内に属していた事から、宮廷とは離れにある独立した政務機関である政庁…これらの運営を担う十常司直属の役人らが捜索を取り仕切り、宮廷内の人材は復興作業を半ば押し付けられている、と言うのが現状である。そして盧植も宮廷側の一人である故、復興作業を担っていた。
盧植としては無論、劉協も探し出したい。彼女の優い人柄は周知の物だ、その優しさと思慮深さが元皇帝への
しかし盧植には、そんな皇帝の妹君に匹敵する程に気にかかる人物がいた…そう、希才・絹・日向の三人の友である。
「それは出来かねますな、お引き取りを」
「……何故、でしょうか…?」
『何故』と盧植は聞くが、彼女にはある程度検討が付いていた。それは希才らは行方不明などではなく、この政庁で…宦官共の檻の中、獄を抱いているやも知れぬと言うものである。
確定的な証拠は無い、だが盧植は感じていた、『あの希才ちゃんがこんな簡単に死ぬ訳が無い』事を。証拠とも言えぬ詭弁だがもう一つ、手掛かりとなる論がある。
それは今回の事件で行方不明・死亡扱いとなった人物の殆どが郷挙里選によって中央以外の土地土地から選抜され、官職に就いていらいわゆる『清流派』の面々であったという事実である。
「これは
ギリリと歯を軋ませる盧植、それも致し方無い…これは完全な挑発とも言える言動。清流派減少の結果、相対的に権力をほぼ掌握する形となった宦官ら内部勢力の『濁流派』故の余裕の態度。ここで不遜な態度を取るは愚策であることは当然、清流派である盧植がこれ以上嘆願を掛けても無意味であろう。
「…分かりました、それでは……」
ここは一度引き下がるべき、と盧植は考えた。
後に体勢を整え、残る清流派の士と共に政庁へともう一度嘆願を掛ける。他の清流派の方々も友人や血族が行方知れずとなり、個人的に不眠不休で足を使い捜索している者すらいるのだ。声をかければ協力は必至、皇帝直々の重臣にぞろぞろと押し掛けられては宦官共もそう無下には出来ないはずだ。
しかき、少なくとも今は出来ない。無力な自分への悔しさを押し殺し、うつ向いた目を趙忠へ移さんとしたその時、盧植の目には趙忠の余裕の笑みが深く怪訝な物へと様変わりして行く様子が伺えた。
「良いではないか趙忠殿、一人や二人捜索に移した所で不備もあるまいよ」
「何進殿……不用意な佞言は慎んで頂きたい」
何進遂高
漢の大将軍にして、『清流派』の
つまりは『濁流派』…宦官勢力における最大の政敵。そんな人物が真っ昼間から
「『佞言』とは言ってくれますなぁ趙忠殿ぉ!私としては~数少ない
「はっ!その通りでございますな、大将軍閣下!」
相変わらず野太く五月蝿い声量を垂れ流す人だ、と盧植は嫌悪感を示した。
だが流石に魑魅魍魎はこびる洛陽を生き抜いて来ただけの事はある、袋巾着の様に付いて回る直属の部下である朱儁は兎も角として、その朱儁以上の体躯を持つ見た目の秀麗とは決して言えぬ猛々しい見た目と比べ、中々に腹芸は出来る。盧植は何進の思考が恐らく自分と
「ご援助感謝致します、何進将軍。でも趙忠殿もこう言っておられますので…ここは後日、という事で如何でしょうか?」
何進という重臣中の重臣が到来したにも関わらず、盧植は体勢を立て直す選択を選んだ。と言うよりも『今は』状況が
もし何進が有無を言わさず『自らの意思で』政庁へ押し掛けたのならそれで良かった、多少強引ながらも盧植としては都合の良い展開である。
しかし何進は『あくまで盧植を表立てた』。つまり『お前が決めろ』という暗意のお達しであるかもしれない以上、この場での二の手は踏めない。
真に意図した行動なら何進と言う男、その権力基板よりも油断ならない人物である。
「そうか…!まぁ盧植殿がそう言うのであれば仕方あるまい!「閣下…」あぁそうだ!陛下からのお言葉を預かっていたのだ、忘れておったわガハハハハ!!」
大丈夫…なのかしら……
大将軍としてこの態度、発言…先程の深慮がむしろ気恥ずかしくなる盧植であったが、『陛下のお言葉』という単語に眉を立て、濁った目付きに緊張感を加えた趙忠に気付き、緩みかけた気を持ち直した。
「…して、陛下は何と?」
「うむ!『会わぬ』、と!以上だ!!!」
盛大に場の緊張を破壊する何進に盧植は今日日何度めか、という呆れを覚えた。対する趙忠は眉の位置を元通り吊り上げ、何とも不快そうな目尻をだらりと垂れ下げた、心なしか舌打ちすら聞こえて来そうな表情である。
しかし盧植も劉弁のこの発言に対し、既知の身であった。そもそもこの言葉を始めて耳にしたのは劉弁を連れて戻った董卓・皇甫嵩そして盧植の三人だったのだから。
「あの様な状況であの様な目に遭い、お心を閉ざされるのも当然!何ともお痛わしい事である!!よって貴官らとは『会わぬ』、それだけだ!!!」
言葉尻だけを見れば正しくその通り、しかも地の繋がった仲の良い妹まで行方不明どころか、生死不明という始末…齢十二しか数えぬ年頃の少女には当然の事であろう。
更には劉弁が心籠るは
さてこの人物が
「……陛下がそうおっしゃられるのであれば、此方として出来る事は心よりの労りしか御座いませぬ。十常司一同、陛下のお痛わしく想う気心は変わりませぬとお伝え下され。それでは…」
少しばかり歯を軋ませる趙忠、彼は眼前に立つ偉丈夫の掴み所の無さに盧植への目見送りすら行わぬ程、苛立ちを増していた。
しかしそこは漢の深淵を司る十常司のツートップたる宦官。
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「さて、きゃつらについてどう思う、朱儁?」
「は、はぁ…」
中央通りを颯爽と駆ける宮廷帰りの馬車の中には、趙忠とは違い快活そうな笑みを浮かべる何進。彼は窓枠から焼けた市中を眺めつつ、朱儁へと少し意地悪そうな成分を笑みに加え、質問を問い掛けた。
「『はぁ』では無いわ馬鹿者!全く…俺の言いたい事はこうだ、『きゃつらも同じ考えであるかどうか』、だ!分かるか?」
答えを聞くが、今だ困惑の表情が拭えぬ朱儁。何進は見切りを付けたかの様に溜め息を付き、空を仰ぐと『十常司・清流派・盧植及び王允子師ら』の三方をを思い浮かべ、構想を広げる。
この三方は同じ考えだ。と言うよりも
それは正に、争いの未来
闘争か
冷戦か
血生臭い戦争か
いずれにせよ『誰か』が墜ちる
火蓋を切ったのは
「しかし、最後に勝つのは我々だ」
そう勝利
勝利こそ至高
皇帝も、宦官も、清流も濁流も民も賊も異民族も何もかもを飲み込む勝利
それを掴まんとするこの俺が作る
野望燃え盛る獄の道
血潮燦々と唸り出す
竜驤虎視轟き成す我が
『滾り道』
書き忘れてしまったので↓
恋姫英雄譚から引っ張ってきたキャラとそうでないキャラとして
・皇帝(霊帝)=劉弁=空丹(空ちゃん)
・妹君(献帝)=劉協=白丹(白ちゃん)
・皇甫嵩=楼杏 がいます
他はオリキャラです、今後他の英雄譚キャラをどうするかは未定(無計画)です、あなかしこ