第七話です、よろしくお願いします
投稿が一日遅れてすみません、許してください!何でもはしませんから!
焦って書いたので誤字報告等ありましたらお願いします…
※追記…活動報告にも書きましたが食中毒により投稿遅れまくりますすいません…
~大火より三日後・政庁内独房~
「馬小屋も慣れりゃあ悪くねえな、どう思うよ看守さん?」
件の事件より早三日、希才は宦官勢力の巣窟である政庁の牢に投獄されていた。
牢と言っても文字通り、馬小屋に木格子を組んだ程度の物ではあるが。
そもそも彼が『宦官側』を選択した三日前の早朝、同じく連行された丁原と蔡邕は別室へと移されてしまった。彼女らがこの政庁の一体何処に捕まっているかは分からぬが、『頚を跳ねられた』と言う話も聞かぬため、希才としては取り合えず当初の目論みである『時間の確保』は成功していると考えられた。
「そらぁ馬から苦情が来た事はあらへんな」
「随分謙虚なお馬さんだこと…てか何だ、その訛りは…」
しかしいくら時間確保に成功したとは言え、もう三日も経つと言うのに何の音沙汰も無し。ただただ『捕まっているだけ』という状態が続く希才は
「ちょい昔に世話になった姉御の喋り方が移ったんや、気にせんといてな。…にしても、随分なんはアンタの方ちゃうか?国家に対する大罪犯して…死罪になる言うのに、余裕そうやないか」
正しくその通り。世間一般の真実は『王允子師とその一派』という事になっているらしい。
しかし良くない事に、天涯孤独の王允はまだ良いが、丁原と蔡邕は違う。つまりは親族も罰刑を受けるのだ。恐らく今頃は十常司の手の者が、彼女らの納める土地の親族をかき集めているはずである。
行きと帰りにもある程度日にちはかかる。もし十常司が全体を同日に処刑し、事件同日に既に手を打ったのであれば、残る時間はもう十日前後と言った所。希才にとっては中途半端に長く、そして短い、取るべき策を目くらませる何とも
「余裕だから黒じゃねぇ、って考えにならないのが納得行かないねぇ…」
本心を茹だる様に吐露する希才。情報が全く手に入らない中、看守から少しでも聞き出そうと緩和した空気を作ろうとするも中々上手くは行かない。
彼はここ三日間、看守数名になるべく柔らかい空気を作ろうとして来た。しかしその殆どの尽力が無駄骨と化し、いい加減苛立ちよりも多少ばかりの焦りの方が増してきてしまったのだ。
当然このまま、むざむざと殺される訳にも行かぬ希才には珍しく危険な賭けに出ようか、とも考えていた。
すると迷う希才の牢の前に立つ若い看守はこちらを見ず、
「ウチからしたら、アンタが黒か白かは関係あらへん。言われた仕事して、帰って、おまんま食うて寝る。それが出来りゃあ何でもええんよ」
「気が合うじゃないの、俺もそのクチさ、ケッ…」
不貞腐れる様な薄ら笑いで答えを返す希才。面白い物を見たと言う様な顔を浮かべた看守は、顔を半分希才へ向けると次には彼と同じ目線の高さへしゃがみ、今度は正面から対する形で希才へ面を向けた。
「へえ…そんじゃあそんな気の合うアンタに良い事教えたるわ」
「良い事?ロクでもなさそうだが…」
あまり漏らしては為らない情報なのだろうか、看守は忙しなく辺りの通路を見渡すと、チョイチョイと耳を貸すよう手招きし、顔を近づけた。
「いや何、今回の事件で捕まったんはアンタとあの可愛い子サン達だけやないんよ」
「ほぉーう…と、言うと?」
「や、実は……行方不明やった清流派の連中みーんなこ「どうかしたのかね?」…?!」
飛び上がりそうな程身体を震わせる看守、その視線の先には相も変わらず済ました微笑。悪鬼集まる政庁が長、張讓その人がいつの間にか現れていた。
「ハッ!囚人が少し、小生意気な口を叩いていた故、灸を据えんとしておりました!」
動揺を最低限に抑えた看守の背筋を伸ばしに伸ばした敬礼は正に立派そのもの。希才は張讓よりも看守のズル賢い様な機転に驚きつつも、警戒を怠らない視線を張讓へと向け続ける。
張讓は張讓でわざとらしい程の看守の態度に怒りもせず、くつくつと喉をならすのみ。
無駄な争い事やらを避けたい希才にとっては、張讓の余裕のある態度はむしろ救いとすら言えるが、残念ながらその
何故なら。この実に飄々とした看守とは言えど、上層も上層の上司にこう言った態度を取られては、流石に余計な口は叩き辛い、いや叩かないであろうからだ、自分の考え方と似ている故に良く分かる。
そうすればこれ以上の情報収集は不可能な上、無論張讓との会話から引き出そうなどもっての他、張讓はそれ程甘い男ではない。
「そうですか、しかし灸もやり過ぎると
。程々に、ね…クックックッ…!」
『お前の目論みはお見通しだ』という所か…
不愉快。繰り返すようだが、これは正しく不愉快のみ。しかも張讓は看守への言葉と見せ掛け、明らかに希才へと嫌味の刺を矢先へ付けて射っている、しかもご丁寧に毒付きと来た。
しかし希才にとってはこのまま素直に返答した所で、更に不愉快になる所か此方から無駄に情報を漏らしてしまい兼ねない、悟いこの男相手なら尚更の事である。
「フウ、しかし私の様な枯れ男…火付き燃やせど萎れるのみ。まぁ枯木でも天を覆う大木ならば、分かりませんが…」
「枯木と言えど、生ける立木を無惨に燃やすほど竜も愚かではありますまい」
「ならば愚かだったのでは御座いませぬか?その竜とやらは?」
「ほう…果たして
目線は合わせど心合わせず。いや、元々通わせるつもりも無い心中を如何に絡ませられようか。片や柔和片や無心、二方の意思が乗り移り、石畳の冷気が更に冷えるかの如く緊張の糸が張る。
しかしその場にはその糸を断つが一矢が放たれる、それは言葉を介在せぬ圧にも怯まぬ、看守のたった一言であった。
「張讓様、何故この様な薄汚い場所へ…警備ならば問題ありません、我々看守兵にしかとお任せください!」
張讓は
しかしわざとらしい程伸ばした背中と兵士らしい威勢のある顔付きを見ると一つ「ハア」、と軽い溜め息をつき、微笑を共に目を閉じるとその答えをゆっくりと話始めた。
「いや何。夜は冷える牢に王允殿も肌寒さを覚えになられていると思いましてな、少し手土産を、と……ここに持てい」
パンパン、と手を鳴らす張讓。通路の角奥から待機させていたであろう私兵らしき男二人が現れ、その手には縄それぞれ一本握られている。
「ありゃあ…可愛い子サン達やないか…」
「絹、日向……チッ…!」
普通の状態であれば良かった、しかし彼女達は随分と憔悴してしまっていた。恐らくは尋問。この三日間で相当に詰められたのか目に生気は無く、隈も深い黒色を示し、髪も荒れやつれた様子でいる。
そして流石の希才もこれには義憤を覚えたのか、真顔を保つものの歯を軋ませ、薄濁らせた視線を悠然と振る舞う張讓へと向けた。
「…一応、聞いておきましょうか。
瞬間、放たれた希才の怒気。
尋常ではない様子の丁原らを見つめていた看守と張讓へ礼を取っていた私兵らは予期せぬ気に身を震わせた。しかし、直接希才の怒気を浴びせられた張讓本人はそれを意に返さず、『その質問を待っていた』と言わんばかりに滑らかに返答する。
「その方々に直にお聞きになられた方が早いのでは…?クク、それに
張讓と希才らの関係性にはあくまで無関係の看守ですら目の前の蟲々が這う様な不快さに忌避を覚える中、更に皆布を被り、牢にも収まりきれるかどうか、という数の『囚人』を連れた私兵がぞろぞろと現れ丁原らとまとめて牢へと収め始めた。
「……流石、用意周到な事で…!」
「初夏とは言え、夜は冷えます…その布はせめてもの心遣いとしてお使い下さい。嗚呼それと!一人では監視も大変でしょう、此方にいる私の兵を看守に付けましょう。
怒気を深める希才を先程と同じく受け流す張讓。
自らの放った牽制で苦い顔をする看守を一目見ると私兵を連れ、黒色の笑みを浮かべながら歩き去って行った。
「……ハッ、おい絹!?日向!?大丈夫か!?」
「…ああ、俺を誰だと思ってんだ……」
「…ん、大丈夫……」
張讓が去り、同時に重苦しい緊張感が霧散し、憔悴した表情を隠しきれない丁原と蔡邕に寄り添い労る希才。二人は気丈を保とうと見せるも、やはり疲れは深い。壁に座りかかり、一度目を閉じるとすぐに眠りに誘われてしまった。
取り合えず命に別状は無い事に安心を覚えた希才。彼は何処と無く手狭になった牢内を見渡すと一つ、重大な事実を認識した。
「(こいつら只の囚人じゃない、やはり…)お前さんら、『清流派』か…?」
『清流派』とは何進を実質的筆頭とする、宦官勢力たる『濁流派』と朝廷内の権力を二分する勢力である。そして希才がこの多くの囚人達の正体に気付いた理由も正しく
すると希才の呼び掛けに反応したのか、一人の老文官がのそりと布を取り、希才の方へ深皺を寄せた眼を向けた。
「貴様も此処にぶちこまれておったとはな…王允」
「アンタ、張温か…!」
司空という三公クラスの肩書きを背負う人間でさえ濁流派に封じられた事に驚く希才、するとその後ろに座っていた何名かが、同じ様に布を剥ぎ、姿を見せた。
「久しいな王允殿、見たくないツラじゃがいないよりマシか…」
「全くひどい目に合った…」
「王允様まで捕らえられるとは、宦官も侮れませんね…」
「黄琬、楊彪、士孫瑞…お前さんらまでもか……それにアンタは…?」
希才と犬猿の仲である黄琬。
気弱ながらも才覚著しい名士楊彪。
北方問題にも従属した士孫瑞。
何れも朝廷の政務を仕切る重要な立ち位置を担う者達である。
更に周囲の面々も彼らに劣らずの重臣揃いであり、やはり全員が余すこと無く『清流派』の括りに属する人間であった。
そしてこの女性の少ない空間に目立つ人物が一人。
緑の巻き髪と眼鏡の奥の長い睫毛に大きな釣り目、という美しい面持ちをしている…後に『伏龍・鳳雛』と並んで『白虎』と呼ばれ畏怖された知略家の、まだ目覚める前の姿がそこにあった。
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~宮廷内~
「『辞める』、と?」
「その通りで御座います、何進様」
宮廷内…中庭を横断する大通路。焼け跡残るその通路で対面するは曹操と何進。片や礼を取り、眼前の
そんな中、ひゅうひゅうと吹く悪戯な隙間風は、曹操の金の巻き髪を揺らすとその背に鳥を乗せ、晴空へと通り抜けていく。
「話は聞いた、曹騰殿が亡くなられたそうだな」
曹操の祖父…曹騰。
宦官と言う身分ながらも清廉として知られ、一時は張讓をも凌ぐ勢力を築いたが、そんな彼も漢の腐敗に嫌気が差したのか齢五十を数えずに隠居を選んだ。当時からきな臭かった朝廷内の権力闘争を恐れたのか、それとも
するとこの間を先に割ったのは何進。飛び立った鳥からその目線を曹操へ向けると、故人の死を悼む様に目を深く瞑った。
「………御悔やみ申し上げよう。だがあえて建前は言わぬ、『この復興だ何だと言う忙しい時期に辞められるのは困る』………どうだ…!?」
相も変わらずの何進が眼力、しかし曹操の意は動かない。
「その責については重々承知しております。しかし我が祖父曹騰への恩義、礼儀、信義、これらは疎かに出来ぬ仁の義。『必ずや喪に服さん』と想い溢れる義、決して止む物ではありません」
一度上げた頭を再度下げ、先程よりも深く礼を取る曹操。
だが横目でその様子を見る何進としても、本来こう言った儀礼上の事柄…特に故人に対する物は、彼らが属する儒教的な観念から無下にする訳にも行かない。
その上まだ青く、若い時分であり、権力闘争のいろはを知らぬ頃の何進にとって、曹騰という人間は間接的にとは言え恩義のある上長であった。故にこの断れぬ嘆願に、何進の意中など元から律する理由も無いのであった。
「分かった分かった!そんなもん当に分かっておるわい、行くも行かんもお前の勝手だ…!それと儂も今の状況が一段落したら弔問させて貰うぞ、いいな」
緊張感と威圧感の混じった、気弱な者なら卒倒しかねない程の返答の間の後、何進は溜め込んだ息を大きく吐き出す様に捲し立てる。
「此方こそ宜しくお願い致します…祖父もさぞ、喜びましょう」
「カッ、よく言うわ全く…!」
小声で文句を垂れると笑みを深め、こちらを見上げる曹操をちらりと見ると、何進は文字通り『仕方ない』といった表情を浮かべつつも目尻を笑顔の如く立て、頭を掻きながら後ろを向くと足を前へと踏み出した。
先程吹いた風が戻ってきたかの様に日向に立つ曹操を靡かせる。
すると彼女は透き通る様な声ながらも張りがあり、良く通る正しく武人と言った声で既に日影に入り、屋内へと差し掛かった何進を呼び止めた。
「何進様!」
「……どうした」
何進は振り向かない、顔の向きはあくまで曹操とは真逆。しかしその歩みを止めた事は
彼女は一つ礼を取ると、一歩前へ進み先よりも少し声を大にし、話し始めた。
「
曹操はあえて『何の』、とは言わない。
彼女が投げ掛けた物は、たった一つの小さく、しかし大きな影響を及ぼすやも知れぬ問い。水面の波紋は人の手には余り収まりきれない、そして広まるもまた自然の範疇。
曹操の起こすその波を感じ取った何進は、眉をぴくりと動かすと表情を曹操に見せぬ様、少しばかり曹操の方…目尻へと黒目を寄せた。
「ふうむ……では逆に聞こうか、『お前は
「『潜む昇龍未だ雛故』、何処へではなく、『何処を翔けるか』しか脳裏には無い様です。それと…」
「『質問を質問で返すな』、だろう?ガハハハハ!!曹騰殿にも昔言われたわい!」
神妙な面持ちの曹操へ大笑を返す何進。しかしその言葉に出でた人物がそう話す姿を思い浮かべると、曹操も幼い頃を想ったのか、少しばかり懐古の笑みを綻ばせた。
「まぁ、まだまだ
ガハハハハと大笑を続けながら再建中の宮廷内へ大股を踏み、道の真ん中を闊歩する何進。
しかしだ、とどのつまり『会話』はしたが『返答』は消え失せたのである。
豪気な大虎の様な見た目の割りに、素早く頭の回る野良猫の如く、尻尾を掴ませぬ何進の振舞いに曹操は改めて警戒と共に一種の尊敬を覚えるだけでなく、例の男…王允と対峙した際と似た雰囲気をも感じていた。
「これで恋する乙女の様に後を追えば、野暮なのは私……食えない男もまだいた物ね……」
何進の『やり口』に一抹の清々しさを噛み締めた曹操。
気付けば木岩を槌が打つトン・テン・カンの音色は徐々に少なく、減りつつある。
それは鈍く橙色に輝く夕陽が、広大な大空を惜しむが如く、じりじりと沈んでいく寂寥感を表すかの様であった。
「曹操さん……ですか…?」
こう言った雰囲気は嫌いではない
その寂寥感を味わいながら踵を返し、帰路の徒へ進まんとしていた曹操。
彼女へ声を掛けたのは、『皇帝を救出した英雄』と名を上げたとは思えぬほど気弱そうな目を潤ませ、悲し気な顔で此方を見つめる董卓仲頴であった。
「………?!…董卓…様でしょうか?」
位で考えれば上も上の立場。当然礼を失する事は許されない、という事は兎も角、彼女はその潤んだ目線と儚げな少女の澄んだ色香の薫る雰囲気に油断を晒しかけてしまった。
一応名前と顔は見たことはあるが此処までとは……!
だが直ぐに、いかん、と心中で首を振る曹操。自らの悪癖をこの時ばかりは邪険に思いつつも何とか気を正し、目の前の少女へ律した顔を向けた。
「あまり畏まらないで下さい…こういうのはどうも苦手でして…ごめんなさい」
「しかし私にも立場があります故……まぁそれもあと数日程になりますが…」
「えっ…それは…?!」
曹操は動揺を隠さない董卓へ軽い溜め息を付きながら近付くと、董卓と二歩の距離に立ち、彼女の
「言葉通りよ、董卓…殿?さん?どう貴女が呼んで欲しいのかは分からないけれど…」
「あっ、あのっ!でしたら、その……『仲穎』、と呼んで下さい…ダメ、ですか……?」
曹操は必死であった。
この少女の見た目・振舞い・発言、全てから醸し出される自分の情欲をそそらせる何かに対し、抵抗する事に。
組んだ腕の影で、自らの肌が赤く染まるまでつねる事で何とか冷静さを保った曹操。彼女は一時止まった二人の間の時間を動かさんと一つ、「ゴホン」と咳払いをすると、先程の何進と同じく董卓に対して横を向く様に立ち、上目遣いで自分を見る『美少女』を横目で見た。
「…分かったわ仲穎、私の事は『孟徳』と呼んで頂戴。……では改めて問いましょう。私に何かに用かしら、仲穎?」
董卓は同じく字で呼ぶ事を許した曹操に喜色の笑みを見せたが、曹操から示された質問を聞くと今度は自分が質問を投げ掛けた事を忘れていたのか、慌てた様子で曹操へと問いを話した。
「…!は、はい!希才く、王允と言う名の人と丁原、蔡邕…それに………この方達を知りませんか…?!親友なんです……あの大火から一切行方が分からなくなって……」
希才?
恐らくは真名であろう名は覚えておくとして、董卓から飛び出したその名前に曹操は少し目を見開いた。それは彼女の興味を引くには十二分な物であったのである。
丁原・蔡邕・賈詡については取り合えず名前は知っている程度。
しかし王允子師。あの時自分自身が、正しく『漢の深淵』へ送り込んだ男は知っている。曹操が彼を陥れた理由はただ一つ、『あの男がこの状況で何を起こし、何を見せてくれるのか』、と言う事を期待したからだ。
無論
曹操としても折角親密になったこの様な美少女と出会って数分で不仲になるのはお断りである。彼女は横を向くのを止め、柔らかな笑みを浮かべながら、今度は正面から董卓を見つつ
「ええ、王允殿については知っているわ、他の人は分からないけど……ただあの事件以来、何処でどうしているかまでは分からないわね」
「そう、ですか……みんな……ひっく、ぐすっ…」
最初に声を掛けた時よりも悲し気な表情を深める董卓は、ほろほろと涙を流す。心優しい彼女にとって、旧来の友の無事が不明…と言う事実はそれ程にショックな出来事だった。
「ねぇ、仲穎…?」
その様子を見る曹操は、しゃくりあげる董卓に近付き艶やかな声をかけると、頬を伝う落涙を優しい手つきで払った。
「あっ……孟徳、さん…!」
「貴女の友はこの程度の小事で死ぬ様な輩なの?違うでしょう?ならば信じなさい、友を、貴女の盟友を…!」
「!!」
顔を近付けられ、頬を紅く染めさせた董卓。しかし曹操は先程までの声付きから一転、厳しく叱る様な声色へと変えた。
すると曹操の意図に気付いた董卓は潤んだ目を正して眉を立て、その場から一歩下がり、今だ厳しい表情を続ける曹操の顔へと目を向けた。
「死ぬわけありません」
「そうかしら?」
「死ぬわけないです」
「どうかしらね」
「死んでません!」
「…………」
「希才さんも絹ちゃんも、日向さんも
「『その通り』!よ、仲穎」
涙も晴れた董卓と、どこぞの男の様な物言いを真似した曹操は、それに気付いた董卓と噴き出すのを隠せず、共に笑い始めた。
「孟徳さん…
「
視線を合わせる少女二人の笑い声は、夕陽が地平線の彼方へ落ち、空の色が黒く染まるまで止まらなかった。
しかし董卓は知らない。
自らの心配事も涙の理由も全て、この隣で笑う『友』が一旦を背負っている事を。
そして想う友が皆、死の淵へ立たされているという事も。
飛び立つ烏は鳴いた。
響かんとする轟音を察したように、迫る凶刃から逃げるように、都・洛陽を後にして。
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~宮廷外苑・何進邸~
ここ、何進邸内は、広々と間取りを作る瓦作りの外壁に、宮廷庭園程では無いがそれに近い質の庭園と小池が立ち並び、流石大将軍とも言えよう権勢が見てとれる大豪邸
のはずだった。
「全く…自分の家も片付かんのに、大都市洛陽なぞ片付けられるとは思えんなぁ朱儁よ!?」
「は、はあ…」
「きゃあん、頑張って公偉さまぁん!」
故郷荊州の地酒を飲み一段落、と言った様子の何進と汗だくで木材を運ぶ朱儁、そして何進の隣で地酒を飲みつつ朱儁を応援する劉虞。
どう考えても哀れな大男が女に弄ばれている図だが、朱儁も単純なのか息切れを起こしながらもニカリ、と似合わぬ笑顔を劉虞へ向けている。
「おうよ伯安、見ていろ!ぬおおおおおおお!!!」
「わぁあ!もーう公偉さまったらすごぉい!」
狐が大猿を踊らせる様子に苦笑いを見せる何進。
杯に注がず、徳利に入った酒をそのまま飲み干すとその場を立ち、先日の大火の被害を受けた我が家をぐるりと見回した。
「しかしよくまあ焼けた物だ…
「はあ、はあ…何進様、今、何か…?」
「何でもない、それよりさっさと片付けんか!動かぬ豚は只の豚ぞ!!」
何進の
月光は灯の明かりしかない庭園を妖しく照らす。
徳利の中身が無くなったのか、何進は使用人に新しい酒を用意する様に指示を出さんとした。
その時
コーン コーン コーン
と、邸門の木扉を叩く音が庭園に鳴り響いた。
「何者だ…!?」
大きな体を揺らし、早歩きで木扉へと近付き、扉を開ける朱儁。
すると、黒布を被る中背の男が扉を蹴り開け、邸内に正面から侵入した。朱儁は思い切り開けられた扉がぶつかり「ぶええ?!」、と文字通り『豚の様な悲鳴』をあげ、勢いそのままに転がり回ってしまった。
「ぐぬぬ……何だ貴様は「よい、朱儁」…な、しかし!?」
剣を抜き臨戦体制を取る朱儁。しかし何進は、気張る朱儁の剣をぐい、抜き取ると、その中背の男と三歩ほどの距離まで歩み行き、対峙する様に立った。
「よう、三日ぶりだな。やるだけやって何処かに行っちまったのかと思ったぞ!!」
「………安心しろ、まだ成すべき務めは終わっていない…」
中背の男をまるで脅すかの様に地面へ剣を突き立てる何進。
それに対し男は全く動じる事無く返答すると、眼前に広がる『主と謎の曲者が悠々と会話している』という状況に対して呆ける朱儁と、その様子を興味ありげに見つめる劉虞を訝しむ様な目線で睨んだ。
「あー……分かった。おい朱儁、劉虞…今日の所はもういいぞ!」
男の視線を察した何進は頭をボリボリと掻くと、勢い立てて地へ突き刺した剣を抜き取り、朱儁らへ人払いをする様指示を出す。
すると朱儁は男を睨み、怪しがりつつも渋々。劉虞は男へと色目麗しい目を送りながら。男に蹴破られ、目も当てられぬ程がら空きとなった木扉から退散して行った。
「………座らせて貰うぞ」
男は、庭園のアクセントに置かれたであろう平たい大石に腰掛け、何進が話始める事に焦れている様に足と腕を組み、目を閉じた。
「酒だ、要るか?こいつは中々美味いぞ!」
「……酒は好かん、不味いからな」
平石に置かれた酒の注がれた杯を興味無さげに無視する男。それを見た何進は怒るでもなく、ニヤリとした笑みで男を見ると、その杯に更に酒を汲み始める。
「おぉいおい、呑めんとは珍しい奴だな!…まさか『苦い』だなんて言うつもりじゃないだろうな…!?」
徳利に入る酒をそのまま飲み干し、少し酔い始めた様子の何進に笑われた男は、図星を喰らってしまったのであろうか。『うるさい』と言わんばかりに平石から立ち上がり、木扉の方へと大股で歩き始めてしまった。
「分かった分かった!!悪かったよ!家の一つも焼かれりゃ文句の一つも出るだろうよ、この位良いだろう!!」
「戯け!
男は何進の発言に苛立ちを見せ「フン」、とその様子を隠そうともしなかった。しかし今度は木扉へ向かわず再び平石へ、そして先程よりも深く足腕を組み、何進をギロリ睨んだ。
対して『貴様の指示』という言葉に何進は困り顔を見せている。まるで自分の都合には悪い、と言わんばかりの。
「…で、だ。なぜ報告が三日も遅れたのだ?」
「野暮用だ。だが先に言った通り任務は果たした、文句を言われる筋合いは無い…洛陽が火だるまに為ろうが、貴様の家が燃え付きようがな」
男の発する大将軍を相手にしているとは思えぬ慇懃無礼な態度。朱儁、いや何進が大将軍と知る人間が見れば義を駆り立て、憤怒しても可笑しくは無い光景である。
しかしそれでも何進は怒る所か、その態度に笑顔すら見せ、「ガッハッハッハ」と軽く笑い始める始末である。
「チッ、奔放も行きすぎると此だ!……それで、貴様の方の首尾はどうなんだ。失敗した、などとほざいたら頚を落とすぞ!」
「そういきり立つな…上々だ、今のところはな!少なくとも
企てる一計を担う何進に協力する男、という図式であろうか。少なからず言える事は、その一計は宦官勢力を出し抜く一手。何進放つ急所を付く一撃であるという事のみ。
「清流派の大量失踪も、大火の残り香も、全ては儂の掌の上、謀
「フン、ヤツとて同じ穴のムジナだ。貴様の計画に気付こうが気付きまいが、乗らざる得まい」
何進は夜空を見上げると腕を上げ、両手を広げ、天に聳え立つ星々を掌にかき集める様に手を円に動かすと、眼前でその掌同士をパン、とぶつけ合わせた。
「ガハハ…!むしろ好都合、という訳か。腐れた玉無し共を背後から、正面から!
「貴様の刃届か無くとも、俺は俺の刃を向けるべき敵に穿つだけだ。『成功を祈るよ、何進殿』」
話は終わった…と言う合図なのだろうか。男は平石から立ち上がると先程とは違い、ゆっくりとした足取りで木扉へと歩いていった。
すると彼の歩みを横目で見続けた何進は、木扉に差し掛かった男を呼び止めるかの如く声を上げ、爪を研ぐ獣の様な鋭利な眼力を男へと投げ掛けた。
「『同じ穴のムジナ』と言っていたが…それは
男の歩みが止まった、何進の言葉に強く反応している事を示すかの様に。
男は何進の方へ首を少しだけ振り向いた。そして怒りでもなく、されとて冷静でもなく、只々ひたすらに平坦な、それでいて抑揚の無さに恐怖感を抱かせる雰囲気を纏わせ、返答する。
「フ…言うなればその玉無し共もそうだろう?……無駄話は終わりだ、俺は行く」
首を正に戻し、今度こそ開きっぱなしの木扉を抜け、暗闇の中へ消え去って行く男。
「成る程、確かにそうだガッハッハッハ!!」
邸には男の言葉に猛々しい笑いで返す大将軍・何進。
今宵は三日月、皐月の月
初夏に萌ゆる、梅の花弁乗せた風
それは宮廷から政庁せと吹き荒れる、一陣の『架かり道』の如く
「そうだろう?何進…」
ごうごうと吹く荒風は男の黒布を剥いだ
その下に潜む風貌は虎そのもの
乱を予感させる、狩人の眼光を唸らせる男
「滅びも興りも表裏一体!!……そういう事だろう?」
左慈元放よ
ご指摘に今更気付いた(送って貰った方大変申し訳ない)ので文章末の書き方変えてみました。
個人的に何話もあの書き方続けるの辛いからね、仕方ないね(言い訳)