皆さん、裏表のない素敵な人です。   作:いろはにほへと✍︎

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君恋ふる 涙しなくは 唐衣
胸のあたりは 色もえなまし

―紀貫之―

『あなたが恋しくて流すこの涙がなければ、唐衣の胸のあたりは赤く燃え上がってしまうでしょう』



はるかとお祭り (最終話)

 

 「先輩、まずは謝らなければいけないことがあります」

 

 こうなれば、俺は正々堂々としているのだ。自己保身に走ったりしない、きっと。

 「なに?」

 

 分かっているくせに、こちらから言葉を引き出させようとする。プンスカ、私怒っています、という表情で俺に圧力をかけてくる。

 

 「朝、屋上で言ったこと」

 

 「むむ……、あんな暴言吐いたこと?」

 

 「まあ暴言と言うか、じじ……」

 

 「まだ言い続けるんだね君は」

 

 「すみません冗談です」

 

 そんな軽いやり取りを少し続けて、それからきちんと一度、頭を下げた。

 

 「先輩、ほんとすいませんでした」

 

 俺の殊勝な態度を見て、まるで珍しいものでも見たと言わんばかりに先輩は目を見開いていた。

 先輩は優しく微笑む。罪悪感で胸が痛んだ。

 しかし、言うべきことは言わないといけない。

 

 「これで終わりです。これからは話したりするの止めましょう」

 

 「え?」

 

 あっけらかんにとられたのか、先輩は呆けた顔をする。

 俺がしたかったのは、あくまでも失礼なことを言ったことに対する形式的な謝罪。それ以上でもないし、それ以下でもない。だから仲良くするとか、元通りとかそういうことじゃない。

 

 「先輩に迷惑をかけたくないんです」

 

 言ってみたけれど、これが本音なのか、はたまた自分でもわからなかった。全ては自分の責任であって、行動すべき主体は自分。それが俺の行動の根本だ。つまるところ、自分の利益のために行動しているのだ。

 

 「……迷惑って?」

 

 いつになく、森島先輩の目は真剣だ。最早冗談では済まなさそうだ。最初から冗談なんて言うつもりは全くないけれど。

 

 「最近先輩がやけに絡んでくるせいで、俺と先輩が付き合っているなんてふざけたうわさが流れてきてます」

 

 「へー。そうなんだあ」

 

 「なんでちょっと嬉しそうなんすか」

 

 「何言ってんの全然嬉しくなんかない!」

 

 ほんのり頬を赤く染め、蒸気が上がりそうな表情でこちらを見つめる。

 

 「じゃあそれが解決できればいいわけね」

 

 自信にあふれた表情で、俺は先につなぐ言葉が思い浮かばなくなってしまった。

 

 「いやまあ、究極的にはそうですけど……」

 

 「簡単にはできませんよ」と言い足してから、先輩の反応を窺う。

 

 「わかったよ! ついてきて!」

 

 「へ?」

 

 そんな素っ頓狂な声が漏れたことにも触れず、先輩は俺の手首をつかんで走り出す。用具室を出ると昼休みと言うこともあり、各々がバスケットボールをしたり、バレーボールをしたりと、こちらに視線を注ぐ者はいなかった。

 体育館を出れば、先輩はそのまま三階に駆け上がる。「ほら行くよ」ってなんでそんな元気なんですかね……。

 そしてしばらく走り続けると、突然ある部屋の前で先輩は立ち止った。上にかかっているその部屋の名前を読み上げる。

 

 「放送室……?」

 

 いったい何をする気だ。今は昼食時間と言うことで校内中に音楽が流れている。変なことをすれば余計に注目が集まる。

 

 「しっつれいしまーす!」

 

 俺の心配などつゆ知らず、先輩は放送室に乗り込む。扉を開けたさきではこちらを見て、固まっているものがちらほら見受けられた。放送局って意外と人いたんだな、と呑気なことを思ったのもつかの間。先輩は校内放送用のマイクを、「ちょっと借りるね」なんて言って手中に収めた。

 

 「すーはーっ」

 

 「ちょ、ちょっと先輩?」

 

 深呼吸をして、明らかにこれからとんでもないことを流すであろう先輩を制止しようとする。しかしその声も、その手も届くことはなかった。

 大きな声を出すから、ハウリングが起きて、校内中にキーンと言う音が響き渡る。まず聞き取れたのは自己紹介。

 

 「三年生の森島はるかでーす!」

 

 おいおい、この人絶対後で呼び出されるよ。連帯責任だけはやめてくれよ? と既に諦め半分で苦笑いをしていると、先輩は次の言葉を紡ぐ。

 

 「実は今日は皆さんに発表したいことがあってきましたあー!」

 

 突然乗っ取られた放送局員もはっと意識を取り戻して、森島先輩を止めにかかる。しかし、そんなんじゃ先輩は止まらない。するりと身を翻すとそれまでよりもひときわ大きな声で、口を開く。

 一瞬、先輩が笑ったのが見えた。

 

 「私と二年生の比企谷くんは付き合ってます」

 

 そして、俺の時は止まった。

 

 × × ×

 

 「何がいけなかったんだろうね」

 

 呼び出された職員室から戻ってきて、森島先輩は不思議そうに首を傾げる。

 

 「頭の悪さじゃないですか」

 

 「君はひどいこと言うねえ」

 

 「先輩ほどじゃないっすけどね」

 

 ったく俺は誰に呼び出されたと思ってんだ。生徒指導部三人いるのに、平塚先生だぞ。授業が始まるんですけどって何回言ったと思ってんだ。

 

 「それで、どうするの?」

 

 「なにを」

 

 いまいちつかみどころのない質問にノータイムで返す。先輩は不思議そうな表情で俺に微笑み返してくる。

 

 「付き合ってくれるの?」

 

 「はい?」

 

 「だーかーらー! 付き合ってくれるの?」

 

 「ちょっとそんな大声で言うと、平塚先生に聞こえ……」

 

 確認するために振り向く。やばい、修羅だ。怒りと嫉妬のあまり、四足歩行になってる。

 

 「先輩! 早く逃げましょう! やばいのが来てますって!」

 

 そして俺はさっきとはまるで正反対に先輩の手首をつかんで走り出す。

 先輩は振り返って、それから青ざめた表情で俺に追従する。

 

 「は、早く逃げないと!」

 

 「はい!」

 

 先輩の声は少し震えていた。

 

 「平塚先生なの?!」

 

 「はい」

 

 「私と付き合って!」

 

 「はい」

 

 モンスターから逃げているというのに、歓喜の声が聞こえて先の会話を振りかえる。

 

「ん……?」

 

あれ、なんかまずいこと言ってないか……。

 

 職員室のある二階から一気に三階に駆け上がる。振り返ってみても、平塚先生の姿はない。

 

 しかし、確かにそこにいたのは満面の笑みを浮かべた森島先輩。とてもその期待を裏切ることはできない。そんな表情だった。

 

 「これからよろしくね、比企谷くん!」

 

 わざわざ向き直って頭を下げてくるから、返す言葉を失ってしまった。だから、仕方ない。仕方ないのだ。俺はこの先輩の期待を裏切らないために、これから返事をする。

周りの変化に合わせるために返事をするのだ。これは畢竟、自分のためだ。俺は諦めたという体で、言い換えてみれば風に任せるという風に返事をすればいいんだ。

 

 「……こちらこそ」

 

 森島先輩が飛び上がった。そこまで喜んでもらえるのかとなんか、俺も嬉しくなってきた。

 

 ――背後から殺気がするまでは。

 

 振り返ることは決してしない。実際言えば、俺には振り返るほどの度胸がなかった。そして、一言だけ声が聞こえた。

 

 「今日はお祭りだな、比企谷」

 

 「……血祭だけは勘弁してください」

 

 俯いていた顔を上げてみたら、既に先輩はいなくなっていた。逃げたな……。

 そして笑い声が背後から聞こえた。

 

 「さあ比企谷、後の祭りを開こうじゃないか」

 

 「……はは、後の祭りは開けないって……」

 

 俺の声は空しく落ちて、消えた。

 




投稿する前に開いてみたら評価黄色に下がって泣いた……。  

森島編最終話でした。実は平塚先生はこの輝日東にいるって言ってなかったような気がします(笑) もう後の祭りかもしれませんが(笑)

次回が誰って? それは教えられないなあ。

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