皆さん、裏表のない素敵な人です。   作:いろはにほへと✍︎

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今ははや 恋ひ死なましを あひ見むと たのめしことぞ 命なりける

―清原深養父―

『もう今はすぐにでも恋しくて死にそうですが、愛し合うことを期待させたあなたの言葉だけが私の命をささえているのです』



私と先輩
影の中の猫


  「あ……」

 

 そう声を漏らした時にはもう遅くて、私の持っていた紙束は廊下に散らばってしまった。

 

 「急いでるのに……」

 

 そう小言を呟きながら、紙を拾い集める。

誰もいない寒々しい廊下。部活のために急いでいるのに、と思いながらなんだか惨めになった。

 

 すると、いきなり横から手が伸びてきた。その手はすっとプリントを拾い上げて、もくもくと集め続ける。

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 顔を上げてお礼を言う。けれど、お相手は下を向いたまま、不愛想に「おう」とだけ言った。

 

 紙がついに最後の一枚になった。私はそれを急いで拾い上げようとして、その人と手が重なってしまった。慌てて離す。

 

 「あ、すみません……」

 

 「いや、こっちこそ」

 

 そこで初めて、お互いの目が合った。人は第一印象でその人がそんな人間なのか、好きなタイプなのかどうかを決めてしまうらしい。例に漏れず私もそうだ。比較的整った顔だというのに、目があまりに濁っていて、怖そうな人だと思った。

 

 「あの、本当にありがとうございました」

 

 最後の一枚を受け取りながら、私は少し大げさに頭を下げる。すると、その人は少し恥ずかしそうに笑った。

 

 「まあ、気にすんな」

 

 それだけ言い残して、その男子生徒は踵を返してしまった。猫背にぼさっとした髪。でも、優しい。何だか不思議な人だな、と思いながら私は職員室に向かった。

 

 × × ×

 

 「七咲、今日は遅かったね」

 

 「あ、はい、すみません……。今日はいつもより日直の仕事が多くて」

 

 急いで着替えてプールに出ると、塚原先輩に声をかけられた。先輩はスタイルがいいし、頭もいい。強面だっていう人もいるけど、実は優しくて私が一番尊敬している先輩だ。

 

 遅刻を謝ってから、今日のメニューを聞いていると、ふと、どこかから視線を感じた。私はその視線がどこからきているのか、周囲を見渡す。

 

 「七咲、どうかしたの?」

 

 「えっと、誰かに覗かれているような気がしませんか、先輩」

 

 「そうかしら」

 

 そう言って先輩も辺りを見回す。すると、私の視線が一点に釘付けになった。

 私は視線を外さぬまま、先輩を手招きする。

 

 「塚原先輩、あそこ、更衣室のところの壁、誰かいませんか」

 

 指をさしながら確認を取ると、塚原先輩は一言だけ「確かに」と呟いて少しずつ近づいていく。

 先輩は更衣室のところに着くと、誰かを捕まえて戻ってきた。……森島先輩?

 

 「ちょ、ちょっとひびき、痛いー」

 

 「あのねえはるか。そろそろ通報するわよ」

 

 「だ、だって、私に見られていることも気づかず健気に練習しているのが可愛いんだもん」

 

 「はいはい、隠れたつもりで、日の入り具合で影ができてばればれなあんたよりは可愛くないけどね」

 

 そんなやり取りをした後、塚原先輩は森島先輩を私の前に突き出す。

 

 「七咲もなんか言ってやってよ」

 

 「そう言われましても……」

 

 座り込んでいる森島先輩を見る。でも、反省している表情はなくて、どうしたらいいのか、何を言えばいいのか困ってしまう。

 

 「逢ちゃん、今日もかわいいねえ」

 

 「はるか、次から職員室行きね」

 

 「えー……、親友を職員室に突き出すっていうの?」

 

 「警察じゃないだけ優しさよ」

 

 そう言って、塚原先輩は森島先輩を引っ張っていく。きっといつも通り外に出すだけだ、そう思って見送っていたけれど、森島先輩のブレザーが落ちていることに気が付いた。

 普通、ブレザー落とす? と思ったけど、相手は森島先輩だ。きっと深く考えてはいけない。

 私は急いで追いかける。

 

 まだプールに入ってないから、上にパーカーだけ羽織ってきたけど、外はやっぱり少し寒い。

 

 割と早く出たのになあと思いながら、見失ってしまった先輩方を探す。森島先輩が逃げ出したとかかなあ。

 

 まずは横をぐるりと一周してみよう。

   

 プール横の日陰になっているところから探し始めた。おかげで更に体が冷える。すると、階段の下を覗いている怪しい人を見つけた。

 

 まさかこの人ものぞきなんじゃ……。

 

 少し不安を抱えながらも、私はゆっくりと音を立てぬよう背後から近づく。不測の事態でも、体力なら自信があるし、きっと逃げられる。

 やがて真後ろについて、後ろからその人の視線の先を覗き見る。しかしその先にあったものは盗撮動画でもなければ、盗聴するための機械でもない。そこにいたのは、ただ一匹の猫。

 

 「お前、こんなところで何してるんだ?」

 

 へ? まさか気付いていた?!

 

 私は動揺を隠しきれず、一歩後ずさる。靴が擦れてしまって、さっと掃くような音が鳴った。

 

 目の前の人――どこかで見たような猫背の人は私の方へ、大げさに振り返った。

 その表情は驚きから、絶望に変わった。それからすぐにさっきは猫に話しかけていたんだと気が付いた。

 とても重たい沈黙が下りた。

 

 「……猫、好きなんですか?」

 

 さっきの少しの畏怖ははじけ飛んで、改めて人は見た目で判断してはいけないと思った。

 

 そして、やっと出た言葉は、シンプルで、自分でも笑い出してしまいそうな言葉だった。

 

 「ね、ねこ飼ってりゅんだよ……」

 

 「声、裏返ってます」

 

 「触れるなよ……」

 

 これが、私と変な先輩の出会いだった。

 




どうも、変態紳士の皆さん。七咲編です! 
濃いマニアの方も多いんじゃないですかね。でも、荒ぶらないで落ち着いていきましょう!
やばいコメントは自粛してください!

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