長い不在は恋をほろぼす。
―ミラボー―
「先輩」
「……うわ」
お昼休み。偶然廊下ですれ違った先輩に声をかけた。けれど、先輩は嫌そうな表情を見せる。
だから私は精一杯の皮肉をこめる。
「人間じゃ話せませんか? やっぱり猫の方がいいんですか?」
「……お前、いい性格してんな」
呆れ顔で、それから先輩は苦笑いする。
出会ってから一週間。少しずつ先輩の特性がわかってきた。例えば、基本的に一人でいること。例えば、妹、弟の話になると目が輝くこと。例えば、人に無関心なくせに、意外と優しいところ。
本当に一週間しか経っていないのかな、そう思えるほど、先輩について、知り始めていた。
「で、お前なんか用なの」
「いえ、特には……」
「そうか、それじゃ」
そう。先輩には談笑という感覚が皆無なのだ。意図してなのかは分からないけれど、先輩は他人に自分の関心を割くことはまずしない。
「先輩は人にまったく興味ありませんね」
ぽつりと呟いたその一言に、先輩はおかしくなるほど変な顔で反応した。
「そうじゃないぞ、俺は興味がありすぎて一周回って元に戻ってるんだよ」
「なるほど、それは興味深いですね」
そう言うと、先輩はなにやら、したり顔で私を見てくる。
「そうそう、興味が究極的に進化して、無関心になったんだよ。興味と関心は違う」
「はい? どういう意味ですか、先輩」
「なんか、漱石的になるが、俺は興味を持っても、関心を持つことはないし、期待することも特にないってことだ」
「なるほど、でも、猫には関心持つんですね」
「お前、まだそれ言うのかよ……」
今度は、先輩は完全に呆れた顔をした。なんて返そうかな、と考える。けれど、昼休み終わりの鐘が鳴ってしまった。
「先輩、それでは」
「ああ、もう会いたくないけどな」
私はふふっと笑って、踵を返した。
× × ×
定期テストの一週間前。俺たちの学校は、慣例的に全部活動が休止される。部活に入っていない俺には特には関係の無い話で、数学以外の教科のテストだけを見越しておけばいい。
しかし、人生、そううまくはいかない。
図書室に勉強しに来てみれば、彼女――七咲逢がいるのだ。彼女は広いテーブルを最低限にこじんまりと使っていた。
――面倒なことになる。
俺はそれを察して、一瞬のうちに身を翻す。けれども彼女はそれを見逃さない。背を向けた瞬間に、声をかけられてしまった。
「あ、先輩」
大きいわけでも小さいわけでもなく、それでいてよく通り、耳に馴染む声。さすがに無視するわけにもいかず、気づかなかったという体で振り返った。
「なんだ」
「会ったら挨拶くらいすると思うんですけど」
どうやら彼女は俺に気づいていたらしい。
「まあ会ってないしな」
「えっと、どういう意味ですか?」
「俺はお前を横から見ただけだ。それだけで見たことになるってなに? 目合ってないのに強制バトル始まるポケモンかよ」
「その喋り方、気をつけた方がいいですよ」
「……確かに」
結構自信満々に言ったのに、簡単に丸め込まれてとても残念な気持ちになりました。けれど彼女はそれを意に介することもなく、ちょいちょいと俺を手招きする。
……こいつ、礼儀正しいと思ってたのに、俺にはわりと雑なんだよな。
はあ、と一つため息をついて彼女の側に行くと彼女は開いたままの教科書の一点を指さす。
「これなんですけど、全然わからなくて」
普段は、クールなまるで近寄り難い雰囲気を出している七咲に頼られ、自然と悦に入ってしまった。ぶんぶんと取り払うように首を振る。
――これは、俺が優位に立てる。
ただ単純にそう思って、「こんなのも解けないのか、七咲は」なんて調子に乗りながら言って、彼女の表情を伺う。
唇を少し噛んで、また目も少し細めていた。言葉に出さずとも悔しいらしい。水泳部で毎日競っているんだ。きっと、人一倍負けず嫌いのはず。
これまた単純に考えて、七咲の間から教科書を覗き見た。
「どうですか、先輩」
相も変わらず、悔しそうな表情で問うてくる。
「ははは」
「どうしたんですか?」
心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。俺は視線を逸らして、立ち上がって叫んだ。
「……数学かよ」
「え、もしかして解けないんですか?」
視界の端で、七咲の嫌な笑みが見えた
なんでこんなにお気に入り増えるんだと思ったらランキング入ってたのね、となりました。
ありがとうございます!
き、黄色に下げるとはなかなかやってくれるじゃないか……。