金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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今回が回想編最後の話になります。
※未成年者の喫煙は、法律によって禁じられています。


中学3年 秋冬・終

いつもの場所に行こうとすると、煙の臭いがする。

細い煙がいくつも木枯らしに乗ってこちらへ運ばれるのに、()は思わず鼻に皺を寄せる。

 

そちらを覗き込むと、校内でも有名な不良グループが品の無い座り方で集まり"リラックス"しているようだった。

静かな場所を好むのは、何も騒がしさを嫌う者ばかりではない。寧ろ彼らのような()()()が、今までこの場所に目を付けていない方がおかしかったのだろう。

 

たまっている不良たちは、皆揃って煙草を吸っている。

落ちた枯葉に煙草の火を押し付けて焦がして遊んだり、僕や焦凍が普段座っている場所にも吸殻が放置してある。

中央に居る、蛇の鱗のような物が体や顔の一部を覆っている少年を中心とした数人を除き、その殆どが肺にまで煙を入れずに、言ってしまえばファッションで煙草をふかしている人ばかりだ。

言い換えれば、数人は煙草の味を知って、慣れている。ということだろう。

 

さてどうしようかとなるべく気配を消して壁の死角に隠れていたが、リーダーらしき少年が声を掛けたことで僕の努力は虚しくも無駄骨に終わった。

 

「シシ、そこに隠れてんだろ。誰だかシらねーけど、まぁ出てきてみ」

 

一見穏便なように聞こえるが、自分の言葉に逆らうなど微塵も考えていない様な自信が、声に滲んでいた。

そうか、ピット器官か。蛇の一部には、熱で獲物を感知する器官を持つ種が居ると聞いたことがある。

そういう個性なのだろうと、半ば現実逃避気味に考えつつ、僕は角の向こうにそっと顔を覗かせる。

 

不良たちは皆ブリーチのし過ぎでぱさぱさになった髪をセットして、ある意味没個性的だ。

その中でも蛇っぽい人は、彼の鱗のようにツヤのある黒々とした髪を、べっ甲風の細身のカチューシャで後ろに撫で付けている。

彼は細い目を少し見開くと、以外にも懐っこい(と言っても蛇顔の為、人より大きい口をニッと引き伸ばして少し怖い)笑顔で話しかけてきた。

 

「なんだぁ、金木じゃん」

 

僕が近づくと、シーッと蛇のような音を出して、彼が煙を吹きかけてきた。

僕は不快な臭いに眉を顰めて咳き込んだが、唯一人と変わらない僕の粘膜は、容易くその毒を吸い込んだ。

煙が目にしみて涙が滲むのを感じながらも、僕は大分高い位置にある彼の顔を睨みあげた。

焦凍とも最近身長差が目立つようになったが、彼は更に高い。細長いといった方が正確かも知れない。

 

「やぁ、(マムシ)君。……元気そうだね」

 

同じクラスではあるが、あまり話したことはない。

まず欠席がやけに多いのだ。理由はなんとなく察せるけど。

蝮君は僕の情けない姿にシシシと笑うと、顔を覗き込んできた。

 

「お前も見ない内になんかスんげー噂立ってるぜ。あの轟と最近一緒に帰ってるとこ見たとか何とか…やるじゃん?」

「ありがとう。煙草は体に悪いからやめるんじゃなかったの?」

 

彼の独特のスローペースで紡がれる言葉は、形とは裏腹にあまりその噂を信じている様子でもなかった。

なので、僕の返事もどこか適当なものになる。代わりに前に少し話したときに聞いた話を切り出した。

蝮君は気にした様子も無く、指の間の煙草を玩ぶように揺らすと、はぁーと重たいため息を吐いた。

 

「いやぁ……俺はきっと、こいつとは離れられない運命…サだめって奴なのよ」

「……そ、そっか」

「んでもなー。たっかいのよ、これ。とても俺の資金だけじゃー足りないんだよね。金欠的な」

 

なんだかいつの間にか彼のペースに巻き込まれている気がする。

僕はどうして、不良のお金事情を聞かされているんだろう。

 

「つまりさ、なんだ。……ちょっとだけでいいんだって。だからさぁ、1万…貸してくんないかな」

 

彼がニッコリと笑うと、周りにたむろしていた人達も立ち上がる。

公共の場で危険な個性の使用は禁止だが、彼らには関係ないようだった。

 

「あれ、あんま暴力的なのは駄目だって。お友達だからね」

 

蝮君がちょっとしたことを付け足すように言うが、いつの間に僕らは友達になったのだろうか。

そんなことを聞く間もなく、僕はたちまち不良たちに囲まれてしまった。

彼等はそれぞれ自分の個性を見せびらかすように発動する。

蝮君の蛇のような口が、大きく裂けるのが見えた。近くの木に止まっていたからすが、彼の毒でぽとりと落ちるのに目を細める。

 

 

 

 

 

パキィ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「カネキ?」

 

物音の方に近寄ると、いつに無く刺々しい雰囲気の金木が居た。

だが俺の声にハッと顔を上げた金木からは、もう先程の刺々しい雰囲気は感じられない。気のせいだったのだろう。

金木の向こうを首を傾げるように覗き込むと、数人の不良が伸びていた。

 

「そいつら、どうしたんだ」

「え?あぁ……喧嘩があったみたい」

 

顎を擦って眉を八の字にする金木は、どこからどう見てもいつも通りだ。

だが、俺はこいつの言葉に僅かな違和感を感じた。

物音は俺が来る直前に止まったように思う。既に来ていた金木が物音の原因である……この場合は喧嘩を、目撃していないはずは無い。

金木にそう伝えると、金木は気のせいだと言って困り顔でまた顎を触った。

何となく、嘘を吐く時、あるいは隠し事があるときに、金木はこの癖をするのだと初めて気付く。

思い返せば、今までもそんな場面があったかもしれない。

 

俺はそれ以上は深く聞かなかった。

ただ、この不良共を一人で、それに無傷で伸せるくらいにはやる奴なのだろうと、金木の評価を改めた。

 

 

 

 

 

 

 

金木の全力で戦うところは、一度も見たことが無い。当然といえば当然だろう。

法律として、資格のない者の個性の使用は禁じられている。

だが、同じヒーロー科ならば、どうだろうか。

授業で戦闘の訓練は勿論するだろう。何せこいつも合格すればあの雄英に入るのだ。

例えクラスがまた違くても、戦う機会が無いとは限らない。あそこの体育祭は有名だし、寧ろあると考えた方がいい。

 

そして、金木がそこそこ強い事は分かっている。

それならば、俺としては気になった金木の実力を見られて、さらにこいつと戦って勝てば、この力の証明に一歩近づく。

一石二鳥以外の何物でもないのだ。

 

「ヒーロー科だろ」

「う、うん」

「よし」

「よしってなんだよ」

 

呆れながらも、どこかおかしそうな金木の声には答えなかった。

面倒だし、何より口下手な俺がうまく説明できるとも限らない。つまり、面倒だ。

 

「筋力を強化する個性か?」

 

俺は自分の考えを説明するよりも、金木に元より疑問に思ったことを聞くことではぐらかす事を選んだ。

 

「えーっと、まあそんなとこかな」

 

金木は首を傾げつつ、顎を触るあの癖をやる。

俺でも一度気付いてからは分かりやすい程だというのに、こいつは自分で気付いていないのか。

俺は何となく、胸がグッと、掴まれる様な、モヤモヤする……ような気がして、目を伏せた。

 

「そうか」

 

何にせよ、俺の合格が決定したから、後はこいつの受験だけだ。

俺はただ結果を待つ事になるだろう。

 

 

 

 




皆さん、長くお付き合いいただき、ありがとうございます。

蝮君は、もしかしたら万偶数羽生子ちゃんの遠い親戚かもしれない。作者の蛇好きな趣味全開。人によって好き嫌いが結構分かれそうな蛇顔をしているらしい。

次回、ほな、USJ(ユニバ)行こか編。()
お楽しみに。

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