金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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序章 変化
1話 個性の世界


 

「ケンくん。折角のいいお天気で、今はお外で遊ぶ時間なんだから、ご本は置いて皆とヒーローごっこしてきたら?」

 

先生の声に顔を上げると、夏のギラギラした光で目が痛くなった。

目を細める少年に気が付くと、先生はゴメンねと笑って目の前にしゃがむ。

ようやくちゃんと見れた彼女の顔は困ったように眉をハの字に下げていて、少年は何故だかお母さんみたいだと思った。

 

「でも、ぼくは本のほうがすきだから……」

 

ニコニコと人のよさそうな笑顔で見つめる視線に居心地が悪くなって、なんとなく顎を触る。

先生はえっと驚いた。

 

「でもさ、ケンくんも皆とおんなじようにヒーローになりたいと思うでしょう?」

 

確かにこの時代は皆が自分の"個性"でヒーローになろうと夢見る。

早い子は生まれたときから。遅くても小学校に上がる前には個性が発現しているのが()()で、少年――金木研――は、年長組になっても未だに個性が発現していない。

同級生は皆個性を既に持っているので、研はその大人しい性格も相まってか、同じ年の子からは仲が悪いというほどではないにしろなんとなく避けられていた。

 

しかし、子供達はなんとなくでやっている事も、大人達のものは理由が付く。

この時期まで個性が出てこないとなると、『無個性なのでは』と考える大人が殆どだ。しかし周りが腫れ物を扱うように接する中、この女性は研にも他の子と同じように接する数少ない人物だった。

研の自己主張をしない口もいつもよりかすべりが良くなった。

 

「うん。でも、ぼくはまだ個性が出てないから、みんなとあそんでけがとかしちゃったら、おかあさんがしんぱいしちゃう」

「そっか」

 

先生はまた困ったように笑うと、ハッと後ろを振り返る。

研も習ってそちらを見ると、尻餅をついて泣いている子と、立ったままその子を見ておろおろとうろたえている子がいた。

幼稚園児の小さな体では、個性を抑え、更にはコントロールすることなんてできない。

無個性の研は、どうやったって抵抗はできないのだし、端のほうで大人しく本を読んでいるのは賢明な判断といえる。だから幼稚園の先生も誰も強く強制しないのだ。

 

「けんくん!」

 

また声を掛けられて、研は再び顔を上げさせられる。

研に分け隔てなく接するもう一人の少女が、こちらに手を伸ばして立っていた。

 

「ヒーローごっこしないなら、あっちのすなばでいっしょにおままごとしよ!」

「えっと…」

「いいでしょ!おとうさんのやくはみーんなやりたがらないんだもん。わたしがじゃんけんでかったからおかあさんで、けんくんはおとうさん!いいでしょ!」

「あ、うん。いいよ」

 

立ち上がると手を取られ、二人は歩き出した。

砂場はヒーローごっこをしていた少年達の向こうにある。途中ですれ違った先生はホッとしたように笑って手を振った。

 

「あのね!ひかげはすずしいから、なつでもね、だいじょうぶなんだよ!」

「そうなんだ。すごいね花ちゃん」

「えっあ、うん!パパにおしえてもらったの!」

「そっか…!?」

 

照れながらも嬉しそうに振り返った少女の笑顔に微笑み返すと、夏の湿ったような不快な風が幼子特有の髪を梳き、首をくすぐる。

研は少女の首から目が離せなくなった。

もう一度風が吹く。彼女の首筋に汗が伝う。

頭が、痛い。

 

 

 

 

 

女の子の悲鳴とも泣き声ともつかない大きな声に、ため息をつきたい気持ちを抑えて立ち上がる。

子供はかわいいし好きだ。だけど、やんちゃな男の子をなだめすかして救護室に運んだ後に立て続けにサイレンのような泣き声が響くのは正直きつかった。

ただ小さい子が好きってだけで軽々しくなる職業ではないんだと、この年で実感していた。

皆がケン君みたいに大人しい子だと楽なんだけど。と、我ながらひどい事を考えつつ振り返ると、意外にも泣いている女の子の傍にいたのはそのケン君だった。

女の子の方はいっつもケン君と遊びたがる花ちゃんだし、ケン君が断ったから泣いているのだろうかと近寄ってみるが、様子がおかしい。

花ちゃんは怯える様にケン君に握られた手を目一杯伸ばして離れようとする。

何が起こったのか、確かめないと、まずはケン君に話しかけて……。

 

「っ!」

 

ひゅっと、息を飲む。

ケン君は、白目を剥いてガクガクと震え、鼻血を出していた。

よく見ると、掴まれた花ちゃんの手は真っ赤になっていて、相当な力だということが窺える。

あまりの光景に足が竦む。その間にも事態は進んでいて、ケン君は何かの衝動を抑えつけるように自分の腕を噛んだ。

プシッと血が噴出して彼のふっくらとまろい頬に赤が跳ねた。

へなへなとへたり込んだ私は無意識のうちにエプロンのポケットから出して握っていた端末を耳に押し当てる。画面にはしかるべき番号が黒く輝いているはずだ。

 

ケン君の瞳には、怯えて震える私が映り、そして彼の失望、絶望が滲み出す。

だってしょうがないじゃない。同情心で優しくしていただけなのだ。そんなに期待されても困る。

でも、だって、

 

……あぁ、もうこんな仕事は今日限りで辞めてしまおう。

 

 

 

「もしもし、警察ですか」

 

 

 

 

 




誤字報告で、「まろいではなくまるいでは」といった内容の報告を頂きました。
まろいと書いてあるのは、意図的なものです。
まろいとは、まるい、すべらかでかどばっていないなどの意味があります。まるいの古形ですね。
分かりにくい表現でごめんなさい。

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