金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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トーナメント表をオリジナルで作ろうと思ったのですが、文が長くなる上分かりやすい見せ方も思いつかない為、断念いたしました。あまり深く考えずにああ○○と戦うんだ位の考え方でお願いします…。常闇君ブロックと飯田君ブロックを入れ替えれば、それっぽいかな…うーん。
体育祭のお話はキャラクター達の成長や葛藤がメインなので、そちらを見ていただけると幸いです。


28話 雄英体育祭Ⅵ

昼休憩も終了し、最終種目の発表を聞きに来ると、見慣れた顔ぶれが見慣れない姿で並んでいた。

本場のアメリカから来たチアが晴れやかな笑顔で踊る一方、彼女らは憂鬱な表情で顔に深い影を落としている。

自主的にやったとは思えない空気の重さを怪訝に思っていると、誰かに肩を組まれた。

 

「いいな、チア……」

「ああ、いいもんだな金木」

「…ノーコメント」

 

しみじみと呟いた峰田君に、肩を組んで僕に寄りかかる上鳴君が答える。

 

「峰田さん上鳴さん!!騙しましたわね!?」

 

ぷんすか怒る百ちゃんの様子を見るに、この2人が彼女を言葉巧みに騙したのだろう。ジトッとした目で睨むが、峰田君は女子に夢中だし、上鳴君はヘラっと笑って堪えた風もない。

 

「金木ィ、見てたぞ昼休憩…ヤオモモだけでは飽き足らず、B組女子にまで手を出しやがってぇ……」

「手を出すって、人聞きの悪いこと言わないでくれる?騎馬で一緒になった流れで誘われただけだよ」

「てめぇそれは誘われてない俺らへの嫌味か!?」

「ぐえ」

 

峰田君の小さい手でも、首を絞められ揺すられると流石に苦しい。彼のジャージを鷲掴んでぺいっと引きはがすと、飛んで行った峰田君を上鳴君がキャッチした。

 

「俺らって一緒にすんな」

「あれ、上鳴君は」

「俺はチアが見たかった!」

「あ、そう……」

 

苦笑うと、彼はニヤニヤとこちらを見た。

 

「興味無さそうにしてっけど、金木も好きだろ?チアだぜチア!しかもレベル高いA組女子の!!」

「うーん、皆似合うとは思うけど」

 

もう一度見ると、聞こえたのか耳郎さんと百ちゃんが頬を赤らめていた。麗日さんなど他の子は照れるなーと言いつつ普通の顔をしている。普段クールな子ほど照れ屋なのはどこでも同じだなと思った僕は、少しの間感慨に浸って目を閉じた。

 

 

 

 

 

さて、色々あったがようやく発表された最終種目は一対一のトーナメント。予選で勝ち残ったチームで行うトーナメント戦だ。

1~4名で作った騎馬なので、当然奇数になることもある。だがそれは運営も予想の範疇だろう。1人シード枠に入ることになる。シード枠という事は、当然予選で一番優秀な成績を収めた人が入るわけで。つまりは。

 

「金木はシード枠か」

 

トーナメント票を見て何か考え事をしていた様子の焦凍が独り言なのか話しかけているのか呟くのを、横目で見て頷く。

 

「そうみたいだね」

「決勝まで当たる事は無さそうだな」

「うん」

「じゃあな」

 

去っていく焦凍の背をまた見送る。

レクリエーションは見ずに、試合前に神経を研ぎ澄ませたいのだろう。今は一人にさせた方がいいだろうと僕は放っておく事にした。

幸いレクリエーション競技に参加する予定のない僕は、一人控え室に向かう事にした。

 

控え室で腰を落ち着けると、先程見たトーナメント表を書き起こす。

飯田君や芦戸さんがいるブロックの横に、シードの僕が繋がっている。必然的に、彼らのブロックで勝ち進んだ人は1回試合が多くなる。ヒーローを目指す者にそれを"不利だ"と騒ぐ人は居ないが、やはり何となくだが申し訳なさがあるな。僕のせいではないけど。

 

――だが今はそんな場合じゃない。

ある程度の予想を立てるために書き出したトーナメント表を眺め、誰が勝ち上がるか考える。

まず飯田君と発目さん?誰だったか……騎馬戦の上位チームを思い浮かべると、確か緑谷君のチームに一人知らない女の子がいた気がする。彼らが見慣れない装備を付けていた事から察するに、サポート科の子だろう。

直接の戦闘でなかった第一予選と、緑谷君常闇君麗日さんといったヒーロー科三人で組んだ騎馬戦では装備が役に立ったと思うが、トーナメント戦で飯田君と一対一で戦うとなると、普段授業で戦闘経験を積んでいる飯田君に軍配が上がるだろう。

 

そう言えば、さっき一緒に戦った塩崎さんは大丈夫だろうか。相手は上鳴君だが、微妙だな。

上鳴君の個性は強力だが、塩崎さんはさっきの騎馬戦で僕と共にあの電撃を受けている。放電しかできない上鳴君に対し、柔軟な使い方ができるツルの個性を持っていて、更に対策を立てることのできる状態の塩崎さんが有利かもしれない。もしかしたら上鳴君がそれを突破して逆転するかもしれないが、どうだろうか。

 

そして僕がシードとしてくっついてる芦戸さんと青山君だが……。芦戸さんかな。特に理由はないけれど。

 

――こうして、僕が黙々と考えを巡らせている内のあっという間に時間が過ぎ、完全なる一対一の戦い

トーナメント戦が、始まった。

 

 

 

 

初戦は早速同じクラスの緑谷君が登場する。普通科の心操という以前宣戦布告に来た少年だ。彼の能力は知らないが、常識的に考えれば戦闘で緑谷君を相手にするのは普通科の彼には不利だ。それでもここまで来た実力者なので結果を決め付けるのは早計かもしれない。何より"個性が分からない"という不気味さがある。緑谷君がどのように対処するのかを見ておこう。

それに、この試合で勝った人が初戦を()()()()()()()()焦凍と戦う事になる。勝敗の行方も気になるところだ。

 

僕はそんな事を考えながらセメントスが作った試合会場の出来に感心しつつ開いている席を探す。

 

「飯田君。隣、いいかな?」

「!金木君か。ああとも!」

 

よく通る声とともにピシッと揃った指で指し示された席にありがたく座らせてもらう。その時、タイミング良くプレゼントマイクの煽りの入ったアナウンスが響き渡る。

 

「緑谷君は初戦からだね」

「ああ!彼がどんな戦いをするのか楽しみだ。彼の相手の個性が分からないのが少し不安だが…緑谷君ならきっとやってくれるさ!」

「うー、なんかこっちが緊張する…なんでや」

 

緑谷君のことを信頼した様子の飯田君と、我が事のようにお腹を抱える麗日さんにクスっと笑う。

信頼されてるのかなんなのか。彼がそれだけ想われているという事なんだろうが、少し面白い。

 

そして、飯田君が僕と同じ事を考えているのも意外だった。やはり彼も試練を潜ってきたA組の一員、という事かな。彼の場合は、お兄さんという身近な人がプロの世界で活躍しているという意識もあるのだろう。

そう言えば先程トーナメントを辞退した尾白君も気になることを言っていた気がする。

"記憶が無い"だったか。記憶に関係する個性で騎馬戦を生き残れるかは疑問だが……だとすると、記憶ではなく意識を操るような個性なのだろうか。例えば、マインドコントロールとか。

斜め後ろに座る尾白君を横目で窺うと、ハラハラした様子で会場を見守っていた。やはり辞退した理由と関係があるのだろうか。酷く悔し気な表情をしていたし、きっと緑谷君にアドバイスでもしたのだと思う。

 

『START!!』

 

プレゼントマイクのその合図とともに、心操君の口が動いたのが見えた。母音程度は何となくわかっても読唇術の心得のない僕には何を言われたのかさっぱりだったが、それに答える緑谷君の怒りの声は耳に届いた。

 

「何てこと言うんだ!!」

珍しく怒りに顔を顰めて心操君に一歩近づいた緑谷君の顔から途端に表情が抜け、怒気を纏った歩みもピタリと止まる。まるで感情を失ったようにも見えるその様子に会場がざわめく中、尾白君が頭を抱えた。

 

「ああ緑谷、折角忠告したってのに!!」

「……なるほどね」

「む、何か分かったのかい、金木君?」

 

飯田君が顎に手を当ててこちらを見る。その向こうの麗日さんは、こちらの話が気になるものの緑谷君が心配なのか顔を忙しなく行き来させている。

 

「尾白君が言っていた"記憶が無い"という言葉が、ずっと引っかかっていたんだ。記憶を操作する個性で、騎馬戦を勝ち抜けるとは思えない。だとすると、彼の個性はマインドコントロール――つまり、"洗脳"だ」

「洗脳だって!?」

 

一般的な洗脳とは違い、意識を操るという点を考えれば催眠術に近しいけど…と前置きをすると、飯田君は興味深げになるほどと頷いて続きを促す。

 

「今のを見た限り、発動条件は彼に声を掛ける…もしくは彼の問いかけに"答える"こと、それだけだと思う。緑谷君のあの感情の抜けたような様子はよくある洗脳の特徴と似ているし、一部の洗脳は記憶すら消してしまうって以前本で読んだことがある」

「すごい強個性じゃないか!実際ここまで勝ち残っているのに、なぜヒーロー科に来なかったんだ?」

 

飯田君のその疑問に答えるように、会場のスピーカーから相澤先生の気だるげな声が聞こえてきた。

 

『だからあの入試は合理的じゃねえって言ったんだ』

『ん?なに?』

『二人の簡単なデータだ。個人戦になるからまとめてもらっといた。…心操、あいつヒーロー科実技試験で落ちてる。普通科も受けてたのを見ると想定済みだったんだろう。あいつの"個性"は相当に強力なものだが、あの入試内容じゃそりゃポイント稼げねえよ』

 

「……そういうことだったのか」

「雄英のヒーロー科受験内容に面接があったら、あるいはね…今年は試験的に生徒の枠を増やした年でもあったし。でもそれで逆に受験人数が増えて、全国から何千人もの様々な攻撃に特化した個性の受験生がヒーロー科の37人の枠に収まらんと押し寄せる中、一人一人の人となりだったりを見るのは確かに不可能に近いだろうし」

 

違う学校のヒーロー科を受けていれば、彼にも"もしも"があったかもしれない。僕だって学校自体はどこだって良かったが、前世の経験から、大切なものは手を放せば簡単に失ってしまうと知っていたから。だから、わざわざ雄英を受けたし、今日だってこんなに目立つ真似をしているんだ。

 

緑谷君にまた何事か言っていた心操君と、不意に目が合った気がした。

彼は何故か諦めを滲ませる悲し気な笑みを見せると、ゆっくりと唇を動かす。

 

「羨ましいよ」

 

何故かはっきりと、そう言っているのが見えた。違う言葉だったのかもしれない、違う人に言ったのかもしれない。だが、確かに僕を見てそう言ったのだと、僕の勘がそう告げていた。

心操君はすぐにその隈の深い顔に険しい表情を乗せ、緑谷君にまた声を掛ける。

感情を失った風の緑谷君が従順に振り返って場外へとゆっくり歩いていくのを見るに、彼にそう命じたのだろう。

 

「何をやっているんだ、緑谷君!」

「デク君…!」

 

仲間の心配を余所に、そのまま進む緑谷君は場外まであと数センチというところまで歩くと、一瞬止まったように見えた。

 

「?」

 

何かが起こるという予感に目を凝らして見ていると、突然爆発的な力によって彼の足元の砂が舞い上がった。彼の指は個性を使った時のように紫色に変色し、血が滴っている。個性を暴発させて洗脳を解いたのか。

確かに痛みなど他に集中する事があれば、洗脳や催眠術にかかる可能性は著しく減るだろう。だがそれは掛けられる時の対策であって、掛けられてから自ら解くことはほぼ不可能ということと同義なのではないか。

以前、僕と緑谷君が似ていると感じたことがあったが、もしかして、彼の中にも"居る"のだろうか。

自分の物のはずの個性に振り回されている彼の姿を見ていると、前世の自分の姿を見ているような思いに駆られる事がある。彼も()()だとしたら?……つまり、誰かの力を、貰っているとしたら……。

 

「恵まれた人間にはわかんないだろ。誂え向きの"個性"に生まれて、望む場所に行ける奴らにはよ!」

 

誂え向き……か。

確かに、僕の個性が前世のまま人の肉しか受け付けない体だったのなら、ヒーローなんて夢見ることすらできなかっただろう。そして行きつく先は、家族や世間から離れ自殺者の死体を漁るか、ヴィランを喰らう卑しい喰種だったろう。

緑谷君に向けられた棘を孕んだ言葉は、僕の心に恐怖の種子を植え付けた。

 

結局その後、身体能力において勝っていた緑谷君は試合中一言も言葉を発さずに心操君を背負い投げ、二回戦進出が決定した。

 

『IYAHA!初戦にしちゃ地味な戦いだったが!!取りあえず両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!』

 

パラパラと鳴る拍手に合わせて僕も拍手を送る。

観客の声は勝った緑谷君ではなく、強い個性にもかかわらず境遇に恵まれなかった心操君に同情的だった。だが、僕個人の感想は"勝った方が強い"と、ただそれだけだ。

 

少しして医務室から帰って来た緑谷君に飯田君の隣を譲り、入場する焦凍と瀬呂君を見る。瀬呂君の個性は強力だが、正直戦闘訓練で焦凍と戦った身としては勝負は見えているように感じた。

 

『START!』

 

合図と同時に個性のテープで焦凍を拘束した瀬呂君は、そのまま場外に引っ張りだす作戦らしい。素直に引っ張られているかのように見えた焦凍だが、顔を上げた彼の目を見た僕は思わず息を飲んだ。

 

 

 

次の瞬間、僕の目の前には巨大な壁があった。

人が詰め込まれた会場のこの蒸すような初夏の空気を冷涼な白に染め上げたのは、焦凍の個性で出した氷だった。

 

「……」

 

上を見れば、地上20mはありそうな観客席の天井を優に超えて覆いかぶさってる。

ビルを丸ごと凍らせた時もそうだが、やはり強力すぎる個性だ。故にコントロールが甘いというのはあるが、それを感じさせない強さと、氷壁の冷たさに相反する燃えるような意思の固さがそこにはあった。

 

少なくとも昼を食べていたとき、そして僕と別れるまでは落ち着いていたはずだ。

だが、勝利を告げられた彼が抱いているのは、激しい怒りと焦燥、そして悲しみだった。

一体何があった?……いや、愚問か。

普段冷静な彼をここまでかき乱せるのは、あの人しかいない。

 

会場に響く瀬呂君に向けられたどんまいコールの中、僕は顔を顰める。もし、僕がエンデヴァ―に言った事が切っ掛けでエンデヴァ―が焦凍を刺激するような事を言ったのだとしたら?

 

僕は親友一人救けられない間抜けなのだろうか。何が正解なのか、どうすれば彼が過去のしがらみから少しでも救われるのかが分からない。

 

……ヒデなら、どうしていただろう。いつも、いつでも僕の救いだった、彼なら?

 

「――君、金木君?」

「え」

 

うつむいていた顔を上げると、緑谷君が気遣わし気に僕の顔を覗き込んでいた。

 

「大丈夫?何だか、ボーっとしてたみたいだけど…」

「うん、勿論……大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

いろんな生徒が戦う中、気になっていた塩崎さんと上鳴君の戦闘は僕の予想を大きく上回る早さでの瞬殺だった。勝ったのは塩崎さんで、可憐で大人しそうな見た目の彼女に慢心した上鳴君は個性を使用しすぎたため例の「ウェイ」状態になっている。

塩崎さんが上鳴君を拘束した上で放電対策に騎馬戦で僕がやったように茨を自分の背後で大きな壁にしたのを見るに、相性の問題もあるかもしれない。

緑谷君のいつもの独り言考察を聞くと、塩崎さんは入試5位の好成績だったようだし、騎馬戦で僕が持っていたカード(というと彼女は憤慨しそうだ)は思っていたより強かったらしい。そんな彼女と個性的に相性がいい鉄哲君も居たことを考慮すると、あのルールの裏をかくような方法以外にもやりようがあったのではないかと思ってしまうが、過ぎたことをいつまでも考えていても仕方がないか。

 

「もういいかな。僕はそろそろ行くよ」

「えっもう?」

 

これ以上の試合はあまり見る気が起きず、僕は緑谷君に一言断って席を立つ。

 

「僕の試合の次だけど……君とショートの戦いは見るよ。少し早いけど、頑張ってね」

「え、あっうん。ありがとう!でも、いいの?」

「ん?」

「ほら、僕の相手…」

「ああ」

 

それを気にしていたのか。

緑谷君らしいと言えばらしいけど、応援くらい素直に受け入れてしまえばいいのにと思う。いやしかし、僕も他人のことは言えないか。

 

「勿論ショートとは付き合いが長いし親友だから、あいつが勝ったら嬉しいよ。ただ君も友達だからね、友達を応援するのっておかしいかな…?」

「っううん、おかしくない!ありがとう!」

「ふ、いいえ。じゃあ」

 

 

 

 

 

また戻って来た選手控室にて、意識せずとも耳に入ってくるプレゼントマイクの実況を頼りに、メモしたトーナメント表の上からマーカーでなぞっていく。

この表によると……僕の相手はやはり芦戸さんか。

彼女は入学式の時の体力テストで、女子で一番成績が良かったはずだ。――赫子なしの僕を便利グッズ達で上回った八百万さんを除いて、だが――

確か……クラス10番だったか。直接テストに生かせるような個性ではないにも関わらずこの好成績ということは身体能力もずば抜けているということだろうが、正直僕にとってそれは脅威になりえない。

ただ、彼女の酸は少し厄介かなと思う。

 

 

 

 

 

『ここで二回戦に進む前に、やっておかなきゃいけないことがある……そうだろ!誰が出てないって!?そう、ヒーロー科金木研だァ!!』

 

どっと沸く歓声に迎えられてステージに立つ。

実際に立ってみると思っていたより狭く、いつも通りに動けば気付いた時には場外に出てしまいそうだ。気を付けねばならないだろう。

 

『こいつは予選・騎馬戦ともに1位だったのはリスナー諸君なら分かってるだろうが、なんと入試も1位の折り紙付き実力者!ックゥー、強すぎるぜ金木ィ!!でも騎馬戦みたいに逃げ続けることはできねえぞ!』

『対するはピリッと辛い酸に高いボディバランスと身体能力を併せ持つ、同じくヒーロー科芦戸三奈だ!運悪く金木のシードに当たってしまったが、ここで勝って二回戦に進めるのか!?』

 

先程彼女の酸が厄介だといった理由だが、僕がそれを知らないからだ。

前世から人間の頃は勿論、喰種になってからも酸なんて浴びたことが無い。科学の授業で扱った時に、細心の注意を払うようにと耳に胼胝ができる程注意されたのをよく覚えている。そのとき使ったのは確か希塩酸で、彼女の出す強力な酸とは程遠い。

 

『早く見たいだろ、分かったよ!そんじゃ両者尋常に…START!!』

 

合図とともに駆けてくる芦戸さんを注意深く見つめる。彼女が手の平を胸の前まで持ち上げたと同時に此方も構えた。

地面に酸が振り撒かれると同時に、蛇口を指で狭めたように勢いの強いそれが真っ直ぐ向かってくる。横に避ければ酸の海。どんな成分か知らないが地面が音を立てて煙を上げているのを見るに向かってくるものよりも強いのだろう。

それならばと僕は避けずに構えた手で酸を払った。

 

流石に全てを払いきれずに小さな水滴が頬に付いたが頬も手もピリピリと少し痒い様な違和感を感じる程度だった。

 

「んなっ、結構本気の奴だったんだけど、なっ!」

 

そうか。酸の威力は大体分かった。

粘膜が弱点の僕は、流石に喉に流し込まれたり目に入ったりしたら重症だっただろうが、それさえ分かってしまえば何てことないな。

彼女より背の高い僕に向けて高く足を蹴りあげてもぶれるそぶりを見せない所を見るに、プレゼントマイクが言った通り身体能力とボディバランスには目を瞠る物がある。が、それだけだ。

 

上体を最低限に反らして避けると今度はこちらから一歩踏み込む。

近くなった間合いに蹴りが出せず、彼女は自然に下から拳を突き上げるアッパーを選ばざるを得なくなる。

()()()()()右手のアッパーをこちらも右手で掴み、僕の背後に引き寄せるように引っ張ると流石に力負けして芦戸さんはたたらを踏む。

その掴んだままの腕を今度は彼女の背中に回し関節を極めると、自然と痛みから逃れるように更に体は更にくの字に折りたたまれる。

 

「あぁっ!」

 

痛みに思わず声を漏らした彼女に申し訳なく思いつつ、そのまま彼女の背を押して地面に押し倒し、酸を出す両手を背中で拘束した。

 

『おあ!?今何が起こったのか、誰か俺に説明してくれよ!そんくらい一瞬の出来事、金木強すぎる!芦戸は抜け出せんのか~?』

 

「うう~離して~!」

「んー。ごめんね、降参してくれる?」

「やだよ!?」

 

断られてしまった。

だがいくら足をばたつかせても、どれだけ酸をだしても抜け出せないだろう。

 

「えっと、このままだと君の服が溶けてしまうだろうし」

 

パタッと力が抜けたのを確認して僕の気が一瞬抜けたとき、見慣れない動き…ブレイクダンス、というのだろうか?転がったまま足を高く上げて起きあがろうとしたので、びっくりして思わず割と力任せに引き倒してしまった。

 

「わ、ごめん!」

「うーん、ダメか!分かったよ、まいった」

 

「芦戸さん降参!金木君の勝利!」

 

審判のミッドナイトがこちらの勝利を告げたのを耳にすると同時に芦戸さんを解放する。

ぐでっと横になる彼女が心配になり、失礼とは分かっていても思わず手を差し出した。

 

『何てこった!金木驚異のスピード勝利ィ!一瞬だったな、なあ、イレイザーどういう教育してんのよ?』

『俺は何も教えてねえよ。あいつの"戦闘慣れ"は入学当初から抜きん出ていた。おそらく今まで人相手に戦う機会に恵まれてたんだろう。道場とかな』

『んんー、取りあえず皆拍手だ!』

『興味ないなら聞くな』

 

わっと歓声が上がり、沢山のヒーローが僕に興味を持ったような声もちらほら聞こえる。

 

「ごめんね、力、強かったかな?大丈夫?」

「あーめっちゃ強いなー!全くもう、負けたよコンチクショー!」

 

悔しい悔しい!と言いつつも笑顔を絶やさない彼女に首を傾げる。怪我をしたわけでは無いようで…むしろピンピンしていて安心だが、同時に無理をしているのではないかと心配にもなった。

しかし、彼女は僕が引っ込めようか悩んでいた手をパシッと掴むと遠慮なく体重を掛けて来たので引っ張り起こしてあげる。

 

「思ったより早く終わっちゃったけど、金木ならまあ納得かもね!……頑張れ」

「……。うん」

 

二カっと笑う彼女に笑みを返すと、背を向けてそれぞれ反対の出口へ向かう。

腕や頭皮がじりじりと痛むのは、酸ではなく日光のせいだった。

昼も過ぎて午後の日が頂点に達する時間。初夏だというのにステージの上には微かに陽炎が踊っている。そんな中僕のトーナメント一試合目は快勝だった。

 

 

 

 




実際喰種の肌に酸が効くのかは分かりませんが、効くのだとしたら既に真戸さん(父)あたりが使ってそうですよね。基本喰種は赫子や喰種同士の攻撃しか効かないという(人外の筋力で首を縊り折る捜査官はノーカン)設定だったので、こんな感じですかね。
オールマイト並の筋力を持つ脳無はその捜査官どころじゃないと思うので、他の甲赫等の喰種より脆いらしい金木君が"死ぬ死ぬ"攻撃されても無理は無いよね。
それでいうと触れたら無差別に崩壊しちゃう死柄木くんの個性も意外と危険かも知れません。金木君に触れられたらの話ですが。

誤字報告を飯田君の「ああとも」に頂いたのですが、日本語として正しくないと理解した上での故意での表現です。個人的にああともが気に入ってしまったのと、一度書いてから飯田君の声で再生されるようになってしまったのでこのままにさせていただきます。
報告を下さった方は親切心で間違ってるよと教えてくださったのに、申し訳ありません。いつも誤字報告は本当に助かっております。
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