金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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重要ではありますがほぼ原作のシーンなのでささっと。


33話 名前の意味

 

 

 

僕は報道で後から知った事ではあるが、飯田君の兄であるインゲニウムの襲撃事件を聞いて彼はどうして居るだろうと心配だったものの、いつもより遅く登校した飯田君は常と変わらない溌溂とした様子で教室に入ってきた。ひとまずよかった、のだろうか。

 

次世代のヒーローを生み出す雄英の体育祭とあってやはり注目度は高かったらしく皆休みの間や登校中に声を掛けられたことについて話が盛り上がっていたのだが、相澤先生が教室に入って来た途端先程まで沸騰していた教室が大量の氷を入れられたように静まった。これはもはや超合理主義の相澤先生と付き合って来た慣れだろう。

 

「おはよう」

 

おはようございます!

統率の取れた挨拶に頷いた相澤先生に、梅雨ちゃんが切り出した。

 

「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」

 

常に首に巻いてる拘束用の布で気が付かなかったが、確かに体育祭当日の解散までのミイラ男っぷりが顔の包帯を取ることで解消されていた。

 

「婆さんの処置が大げさなんだよ。んなもんより今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」

 

そう言えばこの間体育祭が終わったらプロからの指名があると言っていた。それについて何か決めることがあるのだろうか。

 

「"コードネーム"ヒーロー名の考案だ」

 

投げ込まれた爆弾に教室が再びワッと湧き上がる。

相澤先生の話によれば、一年次のヒーローからの指名というのは将来性への興味段階だとか。だからと言って安心してもいられず、二年・三年と本格的に指名を受けるまでに結果を残し続けなければその興味は簡単に失われてしまうと。

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

 

黒板をスクリーンに投影されたグラフには、上から焦凍、爆豪君、僕の順にだんだん数が減って行っている。ただその差は歴然で、一番指名の多い焦凍が四千近く指名が入っているのに対して三番目の僕はギリギリ四桁に届いていない。当たり前だがその下はもっと少ない数の指名数だ。

一位と二位が逆転しているのは表彰台の件もあって分かるような気がするが、やはり僕と爆豪君に差が付いたのは僕が持っていた迷いのせいだろうか。

 

「例年はもっとバラけるんだが今年は特に偏ったな」

 

「さすがですわ轟さん」

「凄いねショート。ほぼ四千だ」

「ほとんど親の話題ありきだろ…」

 

確かにあの場にはエンデヴァーも来ていたしとても目立っていたが、友人の贔屓目なしに焦凍の実力は相当な物だと思っているし派手な個性はやはりヒーローとして華があるので沢山のプロが欲しがるのも何も不思議ではないと思う。

ただ百ちゃんの僕らに対してどこか引け目を感じている様な態度が気になった。僕の気のせいならば、それでいいのだけど。

 

「これを踏まえ…指名の有無関係なくいわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったがプロの活動を実際に体験して、より実りのある訓練をしようってこった」

 

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」

「まァ仮ではあるが、適当なもんは…」

 

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

相澤先生の台詞を遮って登場したのは、艶やかにその豊かな髪をかき上げるミッドナイト先生だ。今日はそのメガネのような特徴的なマスクは外して素顔が晒されていた。

 

「この時の名が!世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!!」

「そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが"名は体を表す"ってことだ。"オールマイト"とかな」

 

僕はこの流れにただ困惑していた。

"ヒーロー名"だなんて、生まれてこの方考えてみたことも無かった。確かに"オールマイト"も"イレイザーヘッド"も本名ではない。それは分かっていたが、色んなあだ名や二つ名を付けられたことはあっても自分から何かを名乗ったことはない。

それに皆は多かれ少なかれ誰か憧れのヒーローが居てここに来ていると思うが、僕はただ自分がヒーローに成りたかったというだけでその様な輝かしい思い出や目標の相手なんて持っていない。

ぼやぼや考えている内に無情にも時間は過ぎ、発表の時が来た。僕は皆のキラキラした発表を聞きながら焦りに腹の奥が疼くのを感じた。

 

「なんだ、金木まだ決まんねーの?」

 

唸る僕を見て声を掛けてきたのは、早々に発表して見事合格を貰った切島君だ。

それに興味を惹かれてかひょいと僕の白いボードを覗き込んだ上鳴君がうーんと唸る。

 

「髪白くなったし、ホワイトカラーとかは?」

「意味分かって言ってる?」

 

早速耳郎さんのツッコミが入ったが、皆が一緒に考えてくれるのは心強かった。

それにしてもホワイトカラーか……。いや、うーん?最近デザインを少し変えたものの全体的に殆ど印象の変わらないあの戦闘服と合わないだろう。それにどう考えても僕は前線で戦うことになるんだし。

以前好きだった小説に(なぞら)えて黒山羊(ゴート)とか?僕個人が名乗るのにちょっと格好付けすぎだろうか。

 

「こうなったらスーツのデザインを開き直ってダークヒーロー路線でマイナーな趣味な人から人気獲得を狙うべきかな……?」

「諦めないで!見慣れたらそれほど怖いスーツじゃないよ!」

 

僕が不穏な雰囲気を出し始めると、緑谷君が手をわたわた動かして止めてくれた。

やはり決まらないまま悩んでいると、焦凍がすっくと立ち上がって壇上に上がる。

 

「焦凍」

 

言葉少なに立てられたボードには"ショート"とだけ書かれていた。

 

「そういや金木って、轟の事ああやって呼ぶよなー」

 

切島君が頭の後ろに手を組んで呟いた言葉に焦凍を見ると、目が合った。あれが僕の影響かは分からないが、焦凍が僕に…僕のこの個性についての考え方に影響を与えてくれたのは確かだ。

 

それならば。

ネームペンの蓋を開け、キュッと思いついたまま迷いなく滑らせる。

戻って来た焦凍を始め、協力してくれた子たちが覗き込んで「何て読むんだ?」と言う顔をするのに笑みを返して壇上に登る。

 

「僕は……琲世(ハイセ)です」

 

珈琲という文字と、僕にとってこの能力の"母"とも言える彼女の名前。それぞれから一文字ずつ貰って出来た名前は、我ながら覚えやすく響きも悪くないと思う。

 

「あら、お洒落な名前ね。何か意味があるの?」

「はい、一応……。僕は自分の個性で誰かを救って、この力が好きになれるように……なりたいと思います。そういう願いを込めて」

「そう。そうなのね」

 

珈琲も、リゼさんも、僕にとっては喰種を象徴するようなものだ。

その名前を背負って、喰種の能力で誰かを助けることができたのなら……その時はきっと焦凍達が受け入れてくれたこの個性を僕も好きになれる気がする。

 

「名は体を表す。相澤君の言った通りになるといいわね!ハイ次!!」

 

しんみりと感想を言ったと思えば当人の僕も驚くほどの切り替えでびしっと前を指さすミッドナイト先生。

そんなこんなで無事全員の(仮)ヒーローネームが決まった所で授業が終わり、教員席に座っていた相澤先生がミッドナイト先生の居る教卓に並び立つ。

 

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件…この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意ジャンルが異なる。よく考えて選べよ」

 

なるほど…。確かに、自分が活躍でき、かつ実りのある内容の職場体験にするには自分に合った事務所を選ばなければならないだろう。因みに期限は二日後。それまでに、この数百の事務所からどこか一か所。

……い、いや、いくら何でも無理だろう。40件なら何とかなるかもしれないが、この指名の紙にはヒーロー事務所の名前しか書いてない。そこに所属するヒーローの特色はおろか活動地域すらもヒーローに詳しくない僕には分からなかった。

休み時間になりにわかに騒ぎ出すクラスメイト達の中で僕は冷や汗をかきつつ、難しい顔で用紙を睨みつける焦凍に話しかけた。

 

「ショートって、ヒーローに詳しかったりする?」

「いや。そう見えるか?」

「だよね。一応聞いてみただけだよ」

 

そうなると頼みは博識な百ちゃんなのだが、彼女はどうも深刻な顔つきなので邪魔しない方がいいかもしれない。だけど他にどうすればいいだろうか。まさかこれを全部いちいちネットで調べる訳にも行かないだろう。誰か歩くヒーロー辞典みたいな人が居ればいいんだけど…。

 

「ブツブツ…」

「ん?」

 

悩む僕の耳にぼそぼそと聞いたことのある呟き声にそちらを見る。

 

「まず、この40名の受け入れヒーローらの得意な活動条件を調べて系統別に分けた後、事件・事故解決件数をデビューから現在までの期間で―――ブツブツ」

 

い、居たー……!歩くヒーロー辞典、緑谷君だ!

こころなしかウキウキと用紙を見る緑谷君に、勇気のある麗日さんが何やら話し掛けたようだ。邪魔しちゃ悪いし、今日の放課後でも相談に乗って貰おうかな。

 

 

 

「緑谷君」

「あ!金木君、どうしたの?」

()()について、ちょっと相談に乗って欲しくて」

 

分厚い用紙をヒラヒラ――というかパタパタと揺らして見せる。

 

「わわ私が、独特の姿勢で来た!!」

 

その時、オールマイトが90度に腰を折って扉の前に滑り込んで来た。

 

「緑谷少年!」

「オールマイト!あ、でも」

 

ちょいちょいと控え目に手を招くオールマイトと僕の間で視線を彷徨わせる緑谷君に、僕の用件はそれほど急ぎではないからオールマイトを優先するように言う。何やら急いで来たようだし、珍しく頬に冷や汗まで掻いてただ事では無さそうだ。

待ってる間に本を開いて読んで居ると、優しく肩を叩かれて現実に戻る。つい集中していたみたいだ。

 

「待たせてごめん!それで、僕に手伝える事って何かな?」

「本を読んで居たから大丈夫。その…恥ずかしながら僕はヒーローに詳しくないから、事務所を選ぶのに緑谷君の知恵を借りられたら良いなって。でも、よくよく考えたら君だって選ばなきゃいけないんだし、迷惑かな」

「そうなんだ。でもその事なら大丈夫だよ!ほら」

 

そう言って彼は一枚の紙を僕に見せた。

 

「グラン…トリノ?」

「指名が来たんだ!オールマイトも知ってる人らしいし、ここにお世話になろうと思って」

「そっか。よかった」

 

憂いの無くなった僕は早速分厚い紙束を机に置く。

 

「面倒を掛けるようだけど、簡単でいいからこのヒーロー達の特徴を教えて欲しいんだ」

「うん、分かった!僕に出来ることなら喜んで協力するよ!」

「ありがとう」

 

ニカッと笑った彼に安心して僕も笑い返す。

 

「それじゃあ、とりあえず金木君がどんな事務所に行きたいのか聞いてもいいかな?」

「そうだなぁ。都市部で活動していて、前線で凶悪なヴィラン相手に戦う事務所がいいな。それから、戦う時に近距離用の武器を使ってる人だとより嬉しい、かな」

「なるほど……って、金木君武器使うの?でも君の個性は」

 

目を瞠った緑谷君は聞き辛そうな顔で上目遣いに僕を窺い見た。

 

「うん。赫子はあるんだけど…例えば切島君や鉄哲君みたいに傷つかないように自衛出来たり常闇君の黒影みたいな個性を相手にするには使えるけど、やっぱり生身の人相手に使うには殺傷力が高いからね。そういう時に身体能力を生かして体術と武器で戦えたらいいなと思って」

「そっか。新しいことに挑戦できるのイイネ!」

 

親指を上げる緑谷君は、さらに乗り気になって紙を引き寄せた。

 

「例えばこの事務所は―――」

 

 

 

 




前回は今回の話より二千字以上長かったせいで凄く短く感じるけれど、このぐらいが読みやすいはず。(キツめの思い込み)

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