金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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ん?評価バーが赤い…まるで赫子のようだ!
他の作者様の小説を読み漁っていたら、なんとルーキー日間ランキングの方に載っていました!嬉し恥ずかしって奴ですね、ふふ。
ありがてぇ…本当にありがとうございます!


第一章 雄英高校
4話 ヒーロー科1年A組


 

 

早朝

 

「それじゃあ、店長。行って来ます」

 

店のドアの前で振り返ると、相変わらず柔和な笑みを浮かべた店長が立っていた。

店長は両手をすっと上げると僕の首元へ伸ばし、ネクタイを少し整える。

 

「すみません。明日から一人暮らしなのに、甘えてばかりだ」

『いいんだよ。こういう時くらい保護者の役をやらせてくれ。……制服、とても似合っているよ』

 

手話でそう言った店長は最後にぐっと親指を立てた。似合わない。

だがそれも緊張している僕を励ます為だろうと、僕は真面目な顔で頷き返してドアに手を掛ける。

 

「お世話になりました。また、」

 

頷いた店長は手を振っていた。

改めて駅の方へ向き直る。雄英から遠いのと、初日は少し早めに着くようにしたいので、空はまだ白い。

僕は屈伸をして、腕をぐっと伸ばして準備をすると、駅まで軽く走って向かった。新品の制服が汚れる心配は無い。このくらいで汗はかかないから。

 

 

 

 

 

 

受験以来に見た雄英は、やはり大きかった。

雄英バリアーの噂を聞いてドキドキしたが、生徒手帳を持っている僕は特に問題なく生徒玄関までこれた。

内履きに履き替えて手紙に同封されていた内部の地図(大まかなものだったので、自分達が普段使う教室が分かる程度だった)を頭に思い浮かべて、僕は自分のクラスである1-Aに向かった。

 

教室は案外すぐに見つかった。

大きな扉にでかでかと1-Aと書かれているのだ。個性によっては体が大きな人もいるので、その配慮だろう。僕が縦に3人並んでも余る大きさだ。

シンとした教室に入るのは中々に勇気がいるが、えいっと引き戸を開けた。

 

「お」

 

まだ一人しか来ていないのか、教室はがらんと無人の机ばかりが目立った。

僕の姿を認めた尻尾が生えた人は短く声を上げると、わざわざ立ち上がって手を上げた。

 

「よう、俺は尾白(オジロ)猿夫(マシラオ)。緊張して早く来すぎたらまだ誰も来てなくてあせったよ」

 

少年はつり目を少し困ったように下げて手を差し出す。

握手か、と気付いた僕も彼の手を取って、注意して握り返す。

 

「よろしくね。僕は金木研。初日だから早く来てみたんだけど、尾白君が居てよかった」

 

それからお互いの出身中学だとか、オールマイトの雄英就任の事だとかを話した。

話の流れで一人暮らしをすることを告げたら、「大変そうだな、困った事があれば遠慮せず言ってくれよ」と親身になってくれる。いい人だ…。

どんどん僕の中で尾白君への株が上がっていく中、僕はそういえば、と疑問に思ったことを口にする。

 

「そういえば、席ってもう決まっているのかな」

「あぁ……なんか決まってるみたいだな。名前順じゃないみたいだし、教卓のところに席の書かれたプリントが置いてあったから見ておいたほうがいいよ」

 

親切に教えてくれた尾白君にお礼を言って、僕は教卓に向かう。後ろで尾白君は僕たちが話している間に登校してきた人と既に会話している。これがコミュニケーション格差というやつか。

 

奇数人数の1-Aは、廊下側の最後尾が一つ出っ張っている。

僕の席は真ん中寄りの窓際最後尾。隣に見覚えのある名前を見つけて、今年は同じクラスなのだと知った。お互いあまり自分のことを話さない性格なので、こういうちょっとした驚きが発覚するときがある。

 

自分の席を見つけた僕は、更に増えたクラスメイトの間を縫って自分の席に着いた。

座った瞬間に本を出すのはもはや染み付いた癖だ。

 

 

 

 

 

「カネキ」

 

机に置かれた手とかけられた声に顔を上げる。最近こんな事が多いな。

 

「あっ……ショート、おはよう」

 

友人である(トドロキ)焦凍(ショウト)が机の前に立ってこちらを見下ろしていた。

座った状態で背の高い彼に見下ろされると微妙に威圧感があるのだが、焦凍にそんな意図が無い事は分かっている。

なので僕は笑って挨拶をした。

 

「…おはよう。同じクラスだったな」

「そして隣の席だね」

 

クスッと笑ってよろしくと言う。

 

「あぁ」

 

焦凍はそっけなくそれだけ言うと、隣の席に座る。あまりにもいつも通りの様子に苦笑して、僕はまた本を広げた。

 

 

 

「君!!」

 

突然聞こえた大声に肩が跳ねる。小説は今探偵が謎を解いている真っ最中で、読者側へのミスリードを気持ちよく解いていく感覚に浸っていたのに、集中力が切れてしまった。

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよ。てめーどこ中だ端役が!」

 

かっちりと糊のきいた制服を着こなす眼鏡の男の子の良く通る声と、爆発した様なツンツンヘアーが特徴で初日から制服を着崩した男の子のドスのきいた声が響く。

教室がざわつき始めたとき、入り口付近で覗き込んでいた男の子に眼鏡の…飯田君といったか。彼が近づいて自己紹介をした。

その後にやってきたふわっとした女の子も混ざって会話が弾む様子を眺めてから、集中できそうも無いなと本を閉じた。いい所だったんだけど。

 

「もういいのか」

 

焦凍が本を閉じた音に気付いて話しかけてきた。

 

「うん。そろそろ先生も来るだろうし、丁度いいかなって」

 

丁度そういったときに、教卓のところに寝袋に入った男が立った。

男はジーっと寝袋のジッパーを下ろして脱ぐと、教室を見回して一言無精ひげの目立つ口元から発した。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

まるで教師のような事を言う小汚…不精な男は、簡潔に自己紹介をした。

 

「担任の相澤(アイザワ)消太(ショウタ)だ。よろしくね」

 

男――相澤先生は、寝袋の中をごそごそと探って体操服をバッと取り出す。

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

有無を言わせぬ雰囲気に近くにいた生徒が受け取ると、そこからは次々と先生の前に並んで受け取っていく。

僕と焦凍も顔を見合わせると、受け取りに行った。

なんとなくあたたかい体操服を受け取って、揃って微妙な顔をする。

そんな僕らに焦凍の更に向こうの席だった八百万さんは「行きませんの?」なんて不思議な顔をしていた。女の子って強い。

 

更衣室前で八百万さんと別れて扉を開けると、ズズイッと目の前に黒い塊が迫って思わず扉を閉めてしまった。

向こうで硬いものがぶつかる音がしたので、もしかしたら人だったかもしれない。

困って焦凍を見ても呆れたようにこちらを見て、「早くしろ、着替えてぇ」としか言ってくれない。仕方なく扉を開けると、酷い目をした男の子が立っていた。

頭に黒い球体をいくつもくっ付けた…いや、生えているのか?とりあえず、そんな男の子が居た。

 

「おい、あの発育暴力女子と早速知り合ってんのかお前ら……」

「え、発育ぼうりょ…何のこと?女子って、八百万さんかな?」

「知らねぇ」

 

焦凍が彼を避けて奥に進んだので僕もついて行くが、後ろからまだ話しかけられる。

 

「オイラは峰田だ……金木だろう?つめてぇこと言わないで、紹介してくれよ」

「何で名前…それに、そんなに仲良くないし……」

「女子の声を、オイラが聞き逃すわけが無いだろ」

 

無表情でサムズアップする峰田君を今度こそ無視して制服を脱ぎ始める。

そんな僕に諦めずに足に縋って泣きついてくる峰田君。

 

「そんなケチケチしなくたっていいだろー!」

「ちょっ制服濡れるから!」

 

そんな事をしている間にも着替え終わっていたらしい焦凍は、まだワイシャツすら脱いでない僕を一瞥すると、峰田君の襟を掴んでペイッと投げた。

 

「ショート」

「何やってんだ、早くしねーと先行くぞ」

「うん。ありがとう」

 

さっとワイシャツを脱いで手早くたたんでロッカーにしまいこむと、隣から視線が突き刺さった。

 

「あいたっ」

 

背筋の辺りを叩かれてびっくりする。普通の攻撃で肌に傷が付くことはないが、そこは僕にとって急所になりえる場所だから、反応がちょっと過敏になる。

 

「っちょっと、何やってんのショート」

 

今度は腹筋の所を押されて、少し声が険しくなる。

焦凍は少し瞠目して僕のお腹を凝視している。ちょっと怖い。

 

「いや、意外と鍛えてんだなって」

「意外ってなんだよ……一応ヒーロー科を受験するから、鍛えたんだけど」

 

それ以前から鍛えてはいたが、受験シーズンは大変だった。例えば、鉄棒に足でぶら下がった状態で腹筋をして、ついでに参考書を読むという荒業。勿論今でも鍛錬は欠かさずしているので、前世の僕が覚えている最高のフィジカルに結構近い状態まで持ってきている。

何故か後ろで悔し泣きしている峰田君を稲妻模様の入った金髪の少年が慰めている。

っと、僕も早くジャージに着替えなきゃ。

急いで羽織ってジッパーを上げ、下も手っ取り早く着替える。

 

ガシッと掴まれるズボンにデジャヴを感じた。

 

「峰田君……今度は何?」

「逃がさんぞ…文学少年金木ィ。お前らもどうせイケメンと優男風な顔して、クラスで好みの女子見繕ってんだろ!」

「別に興味ねぇよ」

「くっ相手にゃこまんねぇってか?コノヤロ」

「一言もそんなこと言ってねぇだろ」

 

あ、分かり辛いけど、焦凍が絡まれて困ってる。

僕は少し荒っぽくロッカーを閉めて、こちらに注意を向けた。

 

「あんまり初対面の人をそういう対象には見ないかな」

「当たり前だ!君、女子をそんなっそのような目で見るなどっ!」

 

峰田君に対して注意をしてきたのは顔を赤らめた飯田君だ。どこに赤らめる要素があっただろうか。

 

「それに、第一印象がいい人は、どんな本性を隠してるかわからないしね」

「……おい、ほんとにそろそろ行くぞ」

「あ、うん」

 

後ろから「いい子ぶんなよー」と聞こえるが、扉が閉まればそれも小さくなった。

 

 

 

 

 


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