……僕が引いたくじは"K"。一人のくじだ。
「金木少年!自分のイニシャルと同じくじとは、ツイてるな!!誰か、金木少年を入れてくれる班はいないかい?」
嫌な予感は的中した。誰かに入れて貰うしかないが、ヒーロー科に、進んで有利になるような選択をするような人は居ないだろうし、進んで相手の数を増やしたい人も居ないだろう。
皆が哀れみのような目で一歩引いて見てくるのを、僕は苦笑でごまかした。くじ運悪いなぁ。
誰もが無言になる中、スッと一人が手を上げた。焦凍だ。
「おお!轟少年。チームに入れてくれるのかい!?」
「いえ……俺のチームでなく、俺の相手のチームに、カネキを入れてください」
焦凍の言った言葉に驚く。
焦凍と戦うチームに、僕が?ていうか、何でそんな事……。
困惑する周囲を置いて、焦凍は僕に向き直った。
「お前とは一回やってみたいと思ってた。……丁度いい機会だ」
「え…?」
「いいね、轟少年!よし分かった!」
オールマイトが許可すると、焦凍と同じチームの人は何処となく焦った様子を浮かべる。いくつもある手の先に口を作ったと思ったら、その口が焦凍に向かって話している。
多分なんで自分達の相手チームに、って所だろう。焦凍は全く悪びれない様子で「悪い」なんて返していた。焦凍、コンビの許可なく言ったんだ。
「相手の人数が多くてチームが不利になると思うが、これは授業だ!ヒーローになるための試練とでも思って、"授業で体験できてラッキー"ぐらいに思ってチャンスにしないと、理不尽に力を振るう敵に対抗なんて出来ないさ!その代わり、金木少年は、始まる直前までチームのメンバーが分からないようにする。それでいいね?」
つまり、相手が決まっていない時点でも出来るお互いの個性の把握や、簡単な作戦などを封じるのか。
「はい。僕はかまいません」
僕が頷くと、焦凍も頷く。
焦凍とは戦いたくないなぁなんて思っていたんだけど、僕だけだったみたいだ。
それにしても何で僕なんかと……。焦凍はさっきから目を合わそうとしないし。これは今何を聞いても答えてくれなさそうだ。後で聞いてみればいいかな。
オールマイトはまた違う箱を二つ取り出すと、両方に手を突っ込んだ。
「最初の対戦相手はこいつらだ!!Aコンビがヒーロー、Dコンビが敵だ!」
緑谷・麗日のAコンビと爆豪・飯田のDコンビか。
まずは敵側が先にアジトとして使うビルに入り、色々とセッティングし、ヒーローチームは5分経ったら潜入してスタート。その間他の生徒はモニターで観戦するようだ。
早速全員移動を開始する。
今回戦闘を行う4人以外は大きなモニターのある薄暗い部屋に案内された。
モニターにはビルの内部が映し出されており、飯田、爆豪ペアが準備を進めているところだった。
やがて、5分経過するとヒーローチームである緑谷、麗日ペアが建物内に入る。
戦闘訓練の始まりだ。
建物内に入ると、周囲を警戒する様子を見せながら進むヒーローチーム。
対照的に敵チームは、爆豪君が核のある部屋から飛び出して真っ直ぐ下の階へと階段を下りる。飯田君は爆豪君に何か言っているようだが、彼は聞く耳を持たずに廊下を突き進んだ。
やがて曲がり角に達すると、爆豪君は奇襲を仕掛けんと飛び出す。
緑谷君に向けて爆発した腕を振り下ろすも、緑谷君はすんでの所で麗日さんを庇って後ろに飛ぶ。
掠ってしまったのか、オールマイトをイメージしただろうマスクの左側は焦げて無くなってしまっていた。
「爆豪ズッケぇ!!奇襲なんて男らしくねぇ!!」
「緑くんよく避けれたな!」
男らしい、上半身が殆ど裸のコスチュームを着た切島君と、全体的にピンクっぽい異形系と思われる女の子が興奮したように画面を見て言うのに、オールマイトは少し窘める様に答えた。
「奇襲も戦略!彼らは今、実戦の最中なんだぜ!」
戦略……はたして爆豪君は、そんな事考えて動いているのだろうか?
それなら飯田君があんなに焦ったような挙動をするとは思えないが……。
爆豪君は歯を剥き出して笑うと、右手を大きく後ろに下げて攻撃しようと突き出すが、緑谷君はまるで動きを読んでいたかのように冷静に彼の手榴弾のようなデザインの前腕部を掴み、体を捻って背負い投げをする。
綺麗に決まった背負い投げに、観察する生徒達はおおっと歓声を上げた。
ふらりと立ち上がる爆豪君に緑谷君が話しかけ、何かを言うと、急に爆豪君の表情が歪んだ。
緑谷君にされた背負い投げだけが、理由ではないだろう。
入学初日の雰囲気からしても、彼等は入学前から知り合いで、何か確執のようなものがあるのかもしれない。それにしたって冷静を保てて居ないのは減点対象ではないか、とオールマイトを盗み見ると、爆豪君と飯田君が離れた位置なのに会話する様子を疑問に思ってか、切島君が不思議そうに質問し、オールマイトはそれに答えていた。
「アイツ何話してんだ?定点カメラで音声ないとわかんねぇな」
「小型無線でコンビと話しているのさ!」
オールマイトによると、小型無線と建物の見取り図。そして確保テープを持っているようだ。彼は触れなかったが、多分ヒーローと敵、両チームに同じものが配られているのだろう。
確保テープを相手に巻きつけただけで相手を捕らえたという証明となり、巻きつけられた者は戦闘に参加できない。
そして制限時間は15分。核の場所はヒーローに伝えられていないという、ヒーロー側に圧倒的に不利なルール。
ピンクっぽい子……芦戸さん、だったかな?彼女がそれに気付くと、オールマイトはいつもの笑顔で振り返った。
「相澤君にも言われたろ?アレだよ、せーの!」
「Plus Ul……」
「あ、ムッシュ爆豪が!」
皆で揃って言おうという所で、へそからビームの子が画面の爆豪君を指して声を上げた。
……フランス語交じりの人にいい記憶はないんだけどな。
と言うか、"相澤君にも"って、オールマイトは昨日見ていたんだろうか。声が聞こえるような位置で?
しかしそんな疑問も、皆に習って画面を見るとすぐに忘れた。
爆豪君がまた手を爆発させながら、麗日さんを無視して真っ直ぐ緑谷君に突っ込んでいた。
麗日さんはその隙に上階にある飯田君の守る核へと向かう事にしたらしい。
緑谷君は爆豪君の蹴りを腕でガードすると、一瞬止まった足に伸ばした確保テープを巻きつけようとする。
焦った爆豪君はまた右手を大きく振って攻撃しようとするも、緑谷君に避けられる。
立て直しを図るためか、背を向けて角を曲がり、更に廊下を走って逃げる緑谷君。
それを見てまた苛立った様子を見せる爆豪君。これは…。
そこからは早かった。
麗日さんは核の部屋に侵入して隠れるも、何かミスをしたのか飯田君に見つかってしまう。
一方爆豪君は、腕の手榴弾型の部分を緑谷君に向けると、ゆっくりとピンを外す。
画面が赤く染まる程の大爆発。僕らが居るモニタールームまで揺れが伝わってくる。腕の手榴弾のようなものは爆豪君が爆破に使うものを溜めて置ける物なのだろう。
ビルに穴が開くほどの大きさだった。困惑する飯田君の隙を見逃さずに、麗日さんは個性で自分を浮かせると、飯田君を飛び越え核を回収しようとするも、飯田君が即座に反応し、寸前で核のハリボテを持ち上げて走りぬけた。
切島君がオールマイトに止めるように言うが、オールマイトは爆豪君に"もう一度同じ攻撃をしたら強制的に終了する"と注意をするに留めた。
屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損害を招く。ヒーローは勿論敵としても愚策の為、大幅の減点をする…と、いう事らしい。
爆豪君はまた真っ直ぐ突っ込むと、カウンター狙いの様子を見せる緑谷君を避ける為に彼の目の前で爆破し、その推進力を利用して彼の後ろに回りこみ、個性で背中を攻撃する。
意外と
「目眩ましを兼ねた爆破で軌道変更、そして更にもう一回…。考えるタイプには見えねぇが意外と繊細だな」
「慣性を殺しつつ有効打を加えるには、左右の爆発力を微調整しなきゃなりませんしね」
焦凍の感心したような声に、八百万さんの細かい解説が入る。
これも勉強の内だろうと、僕も感じた事を告げる。
「緑谷君がカウンターを狙ったのに、即座に反応したようにも見えたね」
「才能マンだ才能マン、ヤダヤダ…」
ぼやく上鳴君に苦笑する。
モニター内の爆豪君は、さっきの仕返しをするように、個性で加速しながら緑谷君の体を床に叩きつける。
緑谷君は逃げだし、壁際に追い詰められる。
しかし、おかしい。追い詰められているのは緑谷君の方なのに、追い詰めた方が余裕がないように見えた。
彼等は何かを話すと、二人して右腕を大きく振りかぶった。
殴り合い?緑谷君は既に怪我を沢山負っていて、昨日の個性把握テストの様子からも大きすぎる個性を制御し切れていないように見える。
やがて、爆豪君は緑谷君の頭に爆破を当て、緑谷君はアッパーカットを放つ…が、外した?彼の腕は空を切り、破壊力のすさまじい個性の余波が天井を砕く。
いや待て、彼らの居る場所の上階は確か……。
バッと他のモニターから、核の映っているものを探す。
見つけた。床が緑谷君の個性によって砕け、いくつもの破片が宙に飛び上がっている。麗日さんは折れた柱を個性で軽くして持ち上げると、浮かび上がった床の破片を柱で飯田君とその後ろの核に向けて殴り飛ばした。
思わず頭部をガードする飯田君を飛び越え、核へ抱きつく麗日さん。ヒーローチームが、核を奪取した。
「ヒーローチーム、WIIIIIIN!!」
オールマイトの声が響き渡る。
僕は知らない内に入っていた肩の力を抜き、ホッと息を吐く。
オールマイトはモニタールームを出ると、一瞬で彼らを呼び戻しに行った。
「まぁ……今回のベストは飯田少年だけどな!!!」
「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」
首を傾げる梅雨ちゃんにオールマイトは指を左右に振る。
「何故だろうなあー?わかる人!?」
オールマイトが挙手を促すと、八百万さんが返事とともに手を挙げた。
「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたから。爆豪さんの行動は、戦闘を見た限り私怨丸出しの独断。そして先程先生も仰っていた通り、屋内での大規模攻撃は愚策。緑谷さんも、同様の理由ですね。麗日さんは中盤の気の緩み、そして最後の攻撃が乱暴すぎたこと。ハリボテを"核"として扱っていたら、あんな危険な攻撃できませんわ。相手への対策をこなし且つ"核"の争奪をきちんと想定していたからこそ、飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは"訓練"だという甘えから生じた反則のようなものですわ」
少し厳しい言葉で締めた八百万さんに、オールマイトは悔しそうに「正解」だと告げる。
本当は自分で言いたかったか、色んな生徒から出た意見をまとめて、穴を自分で埋めたかったのだろう。
僕が冷や汗を流す彼を気遣わしげに見ていると、目が合って指された。
「金木少年!君は何か気付いたかな!?」
「えっぼ、僕ですか?はい」
返事をして頭の中を整理する。
「えっと、飯田君が4人の中でもっとも正しい行動をしたことは、僕も同意です。あえて付け加えるとして、八百万さんがあまり言わなかった敵側についてですが、まず麗日さんの個性を知っていて、その対策に部屋を片付けたのなら、核を窓から離すべきだったと思います」
「ほう!それはどうして?」
「彼女の能力なら、ビル数階分の高さも緑谷君と協力すれば容易に届くでしょう。今回はヒーロー側に索敵の得意な人が居なかったうえ、普通は敵の居る部屋の窓から進入なんてありえませんが、核を触った時点でヒーロー側の勝利が決まる今回のルールでは、窓の近くに核を置いといたら、侵入された時点で反応できずに終わり。さらに、爆豪君が尖兵として真っ直ぐ階下へ向かった事も間違いに思います。先程の理由と同じく、他の侵入経路から入ってくる事も警戒するなら、爆豪君を部屋に残して、足の速い飯田君が向かったほうがいい」
「う、うん」
「二人とも階下から侵入して来たならそのまま後退しつつ爆豪君と合流、一人ずつ侵入経路が違うならお互いに交戦。二人とも窓から侵入したとして、爆豪君が時間を稼ぐうちに飯田君がすぐに合流、交戦。飯田君と爆豪君の役割を変えるだけで更に隙のない防衛線になったんじゃないか、と……僕は、思ったんですけど…」
目を伏せて話していたから気付かなかったが、いつの間にかクラス皆がシンとしてこちらを見つめていて、だんだんと尻窄みになる。約一名爆豪君は睨みつける、が正しいが。
「あの、オールマイト先生?」
「ハッ、い、いやあ、その通りだ!よく見ていたね!!」
「いえ……」
居心地が悪くなって目を逸らした。
さっきの意見は僕の贔屓目もちょっぴり入っているのかもしれない。
―――研。お前は…避けるのは多少マシだが、他はまるで駄目だ―――
彼は、何処となく似ているんだ。
ほっとけない子だと思ったけど、こういう事なのかもしれないな。