冴えないヒロイン・加藤恵は、安芸倫也と関わっているうちに心の中に小さい変化が起きた事に気づく。

それをどうしたら伝えられるか──。

加藤恵が、安芸倫也に対してとった決意。


それらを加藤恵視線で書いた短編小説。



注意)このSSは、原作の時系列に関係なく話を進めていきます。なので、この話はどこの話だ、とか、この時点でアレが無いのはおかしい、とかそういった事がしばしばありますが、ご了承下さい。

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告知していた冴えカノSSです。
Twitterやってます。本文が長い為、後書きにも書いておきます。
津久井晴太
@Tsukui_Haruta


見えない気持ちの伝えかた

「……………」

 

 私は加藤恵。

 特に何の取り柄もなく、そして目立つところもない。かと言って目立たない事に秀でているかと言われればそれも微妙な、本当に良い方にも悪い方にも中途半端なのが私。

 

 そんな私にも、気付いてくれた人が居た。

 ──と言っても気付いたのは運命によってみたいなところがあるし、それが無かったらやっぱり気付いてはくれなかったと思う。

 

 その人にとって私はメインヒロインで、それ以上でも以下でもない。

 あの日あの坂で運命的に出会い、そして、それまで認識されていなかった私は、ようやくそこで認識された。

 でも、変わったのはそれだけ。そもそも私は、安芸君に言わせれば全てが中途半端。それ以上がダメならそれ以下も望めないのが、私だった。

 

「安芸君、今日──」

「倫理君、ちょっと良いかしら」

「あ、はい。…どうかしたんですか?」

「……………」

 

 ──なのに、最近変な気持ちになる事がある。

 

 丁度今みたいな、気付いてもらえなかった時。

 そんな時に、一瞬だけ、なんて言ったらいいか分からない、どうしようもなく無気力になる事がたまにある。

 

 もともと私は存在感が無くて、いつもサークルの皆からステルス性能の有能さを語られるけど、流石にいつもいつも気付いてくれないのはちょっと心に傷が出来る。

 

「……そこは……」

「そう。……とか、……」

 

 今も安芸君は霞ヶ丘先輩とゲームのシナリオの細部をどうするかを話し合っている。

 その顔は笑顔や苦悩の表情など、ころころと変わるけど見ていて落ち着く雰囲気があった。

 その楽しげに話しているのを──女の子と楽しげに話しているのを見ていると、どうにも心がざわつく。

 

 ──私も、もっと気持ちを表に出せたら。

 そう思ってしまう。そうしたら、……そう出来たら、私も安芸君の隣にいる事が出来るのかな。

 アニオタで、自分の事をキモオタって認めてて、三次元に全く興味が無い彼に、興味を持ってもらえるかな。

 

「……おーい、加藤さん?」

「…へ?……あ、ごめん澤村さん」

「いや、良いけど。……でもやっぱりもうちょっと表情パターン作れない?」

「…って言われても……」

「…はぁ。……ま、いいか。ある程度は想像でも描けるし。それを倫也に見てもらえば」

 

「…よし、今日はここまでにしよう。お疲れ様!」

 

 そこで安芸君が声をかけ、終了の合図を告げる。…すると、少ししてチャイムが鳴った。

 チャイムの音を聴くと皆一斉に片付けを始める。

 

「あ、そう言えば加藤に言ってなかった。土日は英梨々と詩羽先輩にそれぞれ用事が入ったから、サークル活動は中止にしたんだ」

「え…」

「だから、次に会うのは来週頭だな」

 

 そんな話をしている間にも霞ヶ丘先輩と澤村さんはどんどん片付けを済ませて行き、そして遂には帰ってしまった。

 

「じゃあ「安芸君」…なんだよ?」

「…今日、安芸君の家に行っていい?」

「…も、もしかして、遂にギャルゲーに目覚めたのか!?…うんうん、分かるよその気持ち。目覚めるとやりたくて堪らなくなるよな…」

「え…あの……」

「今日は何やる?何でもいいぞ!?」

「…もう何でもいいや……」

 

 ──私は、安芸君と出会ってからいろんな事が変わっていった。

 外面は変わらないかも知れないけど、中にある感情には、私にも分からない変化があるのを、どことなく感じていた。

 

 安芸君の近くにいると落ち着く。

 安芸君が霞ヶ丘先輩や澤村さんと仲良く話しているのを見ると、ちょっと暗くなる。

 そんな気持ちが、私の中にもできた。

 

 だから、…折角できたなら、その気持ちを育ててみたい。行方を見てみたい。──まだこれがどんな気持ちなのかも分かってないけど。

 

「じゃあ、行こうぜ加藤」

「うん。…因みに訊くけど、私がやってないのって後どの位あるの?」

「それはだな──」

「あー、これマズったなぁ…」

「言い終わる前に口に出して言うなよ!?」

「…何て言うか、安芸君ってオタクって感じのオタクだよね」

「他人の目が気になっててオタクが務まるか」

「そこで開き直っちゃうのも、なんだかなーだよね」

 

 と言う事で、学校の門を出た。──行き先は安芸君の家だけど。

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

 バスに乗り、しばらく歩いて、安芸家。

 

「ただいまー。…あがってくれ」

「うん。お邪魔します…。……あれ?」

「…どうした?」

「今日、安芸君の両親は?」

「あ、そうだった…。わりぃ、今日ウチの親親戚んとこ行ってていないんだった…」

「そうなんだ。…まぁいいや」

「リアクション薄ッ!…ってか、俺が言うのも何だけどいいのか!?」

「本当、何だよね…」

 

 そんな他愛もない事を話しながらもう何度目か忘れた階段を上がる。

 

「どうぞ。先、やってていいから。…お茶淹れて来る」

「いいよ、そんなの。…のど渇いてないし」

「だが客人が来た時にお茶を出すのは……」

「それじゃあ、安芸君が今まで私に帰さないとか言ってたのもおもてなしなの?」

「うぐ…。……い、いや、それとこれとは話が別で…」

「『我が家では心よりのおもてなしと安全なご帰宅を保証します!』って安芸君が言ってた、って霞ヶ丘先輩がお腹抱えながら言ってたよ?」

「ぐっ…」

 

 ここに来て自分の首を絞める事になった安芸君は、しばらく悩む様な素振りを見せた後、結局折れて、今はPCを立ち上げて画面と睨めっこしている。

 

『君が…好きだ……』

 

 一方、テレビ画面の中では主人公がヒロインに告白していた。

 

「……………」

 

 部屋の中には静寂。

 珍しく安芸君が黙っているので、物凄い静かな空間──と言っても、安芸君がカタカタとキーボードを打つ音や、私がリモコンを操作する音、ギャルゲーの効果音やBGMなど、小さい音はいろんなところから聴こえて来る。

 

「ねぇ、安芸君」

「どうした、加藤」

 

 私はテレビを向いたまま、恐らく安芸君もPCを向いたまま話し始める。

 

「眠くなって来ちゃった…」

「そうか。ガムあるぞ?」

「…寝かせてはくれないんだね……」

「寝たいのか?」

「うん。…ふぁぁ……」

「ベッド使う──って訳にもいかないか。……どうすっかな…」

「…まぁ、土日あるし帰ってもいいぞ。土日はみっちりやってもらうからな」

「安芸君にしては珍しいこと言うね…。…ふぁぁっ」

「おい、本当に大丈──ぶ!?」

 

 …まぁ、そうなっちゃうよね。

 

「お、おい、加藤。…ちょっ、マジでそこで寝る気か!?……いやまぁ、別にいいんだけど。…ってそうじゃねぇぇ!親御さんに連絡は!?」

 

 私は、安芸君のベッドに潜り込んでいた。

 

「………安芸君、うる…さい……。…ちゃんと……連…絡……し──」

 

 そこまで言って、私は睡魔に負けてしまった。

 消えかけの意識が、かろうじて安芸君の叫び声を拾っていたが、何を言ったのかは分からなかった。

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

「………んんっ…」

 

 朝。土曜日の朝。

 

「……起きたか、加藤…」

「安芸君、おはよ…ぅ。…どうしたの?安芸君」

 

 私が起きると、昨日と同じく椅子に座ってPCと睨めっこをしていた安芸君が振り返った──んだけど。

 

「…もしかして、寝てない?」

「……………」

「図星…かな?」

 

 どうやら、一睡もしてなかったみたい。──目の下に、物凄い隈が出来ていた。

 

「……だって…」

「えっ…?」

「…だって加藤が急にそんなギャルゲーヒロイン的行動を起こすから!俺混乱しまくって挙げ句の果て──」

「……ごめんね?」

「──え?」

「…いや、聞き返されてもなぁ…。……だから、ごめんね、って」

 

 今回は私が悪いので素直に謝っただけなんだけど、何でそんな意外みたいな顔をしてるんだろう?

 

「……加藤」

「………あー、…もしかして……」

「今の!もう一回いいか!?」

「…やっぱり……。やだよー、面倒だし…」

「そこを何とか!…録音機で録音したい!」

「私やらないよ?」

 

 まあとにかく、こんな事をやっていてもしょうがないし、やる事はやっちゃおう。

 そう思い立った私は、ベッドから降りながら安芸君に確認しつつ部屋の外へと向かう。

 

「…ふぁぁっ…。……安芸君、朝ごはん作って来るけど、何かリクエストはある?」

「そうだな……じゃねぇよ!?…お、男の家でな、何やってんの!?」

「何って…お料理だけど……。だって安芸君、カップ麺とかで済ませてそうだし」

「うぐっ…。い、いや、確かにそうだけど……!」

「それに、メインヒロインってこういう事するんでしょ?」

「それも確かにそうなんだけど…。…そうなんだけど!……でも、それを主人公に訊くメインヒロインは居ないぞ!確実に!!」

「……つまり?」

「まだ中途半端って事だな」

 

 なんで安芸君がそんな胸を張って答えるのか分からないけど、めんどくさいし取り敢えず何か朝ごはん作ってこよう。

 

「じゃあ、作ってくるね?待ってて」

 

 私はそう言いながら、安芸君の言葉を背中に受けつつキッチンへと向かう。

 

「あ、昨日家に帰ってないから…」

 

 キッチンへ来てようやく、違和感に気付いた。

 いつも安芸君の家に来る時の私の荷物セットの中にあるエプロン。

 今日はそれが無いから、何か違和感を感じていたんだ。

 でも、朝ごはんを作らない訳にはいかないから、服も昨日のまま──つまり制服のままだけど、作ろう。……って考えて、妙案が浮かび上がった。

 ──ブラウスになろう。

 制服を汚したくないなら、ブラウスになればいい。制服よりは遥かに洗濯も楽だし、変えもある。…まぁ、ブラウスも汚したくはないから極力頑張ってはみるけど。でも、制服汚すよりはマシだよね…。

 ──だけど。

 

「あ、カレーがある」

 

 キッチンには、カレーが入ったお鍋が。…それと、一枚の紙切れをリビングに見つける。

 キッチンからリビングへ移動し、紙を見てみると、予想通り安芸君のお母さんからの安芸君宛の置き手紙だった。

 

 ===

 倫也へ。

 

 カレーを作っておいて置きました。食べて下さい。

 カップ麺はないから三食カレーになっちゃうけど我慢してね?

 

 p.s.

 恵ちゃん呼んでも良いけどちゃんとおもてなししなさいよ。それと、コトに及ぶ時は順序と、それから相手を気遣う事。

 あんな良い娘そうそう居ないんだからしっかり捕まえておきなさい。料理も出来るんだし。

 頑張りなさいよ!

 

 母より。

 ===

 

「…………」

 

 私ってそんな風に見られてたんだ…。

 

 今まで何度かこの家のキッチンを使っているし、勿論その時に安芸君のお母さんと少し話をした位なんだけど──。

 

 み、見なかった事にしよう。

 こ、コトに及ぶって、つまり──。

 …か、考えないようにしないと……。

 

「と、取り敢えず制服を着て、カレーを…」

「加藤ー!」

「ひうっ!?」

 

 と、その時突然、遠くから安芸君が私を呼ぶ声。多分、部屋から身を乗り出してでも居るんだろう…。

 私も私で、考え事をしていた時だったのでビックリして声をあげつつも、応答する。

 

「…ど、どうしたの?」

「親から電話あってさ、リビングに“置き手紙”無い?」

「ひぁぃっ!」

「え……」

「あ…っ…」

「大丈夫か、加藤!何があった!?」

 

 相手の姿の見えない会話は、勘違いを生みやすく……

 

 安芸君は私に何か起こったと勘違いして、階段を音を立てて物凄い速さで降りて来た。

 

「…加藤?」

「……あ、安芸…君、…多分、置き手紙って、これ…だと思うんだけど…」

 

 顔が赤くなるのをどうにか堪えつつ安芸君に渡して、そして直ぐに私と安芸君の分のカレーを取り分ける作業へと移る。

 

「……………」

 

 安芸君は無言を通していた。

 それもそうだと思う。

 というか寧ろ私がどう反応していいか分からない。

 

「…なぁ、加藤」

「…ど、どうしたのかな?安芸君」

 

 棒読みになっちゃった…。

 しかも、今私絶対に顔赤いよ…。

 

「…これ、読んでない…よな?」

「……え?…あー、……うん」

「あのー、加藤さん!?…今の間は!?」

「だ、大丈夫だよ。見てない」

「…なら良いけど。……本当に?」

「見てないよ。取り敢えず朝ごはん食べよう?」

 

 取り分けたカレーを両手に持ってリビングへと移動する。

 安芸君は何も言わずにスプーンを持って来てくれた。

 

「頂きます」

「…頂きます」

 

 そう言って食べ始めると、直ぐに安芸君はテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取ってテレビを点ける。

 そしてチャンネルを幾つか回してニュースを見つけると、リモコンを置いた。

 

「安芸君はニュース見るんだね」

「加藤は見ないのか?…俺的には何となく見てるイメージあったんだが」

「…あー、…そう言う事じゃなくて、ご飯を食べながら見るんだなーって……」

「…まぁ、マナー的には悪いかもな。…でも家の中だし……」

「そう言う日々の積み重ねで、外でついつい癖で出ちゃう事もあるんだって」

「…よく聞く話だな」

 

 ──テレビを点ける事に反対はしたけど、本当は点けてくれて有難かった。

 もしテレビが点いてなかったら、多分この食卓に会話は無くて、気まずい雰囲気が流れていたと思う。

 ──安芸君への手紙。

 安芸君に訊かれて、咄嗟に見てないって言っちゃったけど……ダメだ、考えてると顔が赤く──。

 

「…お、おい、加藤?…お前、顔赤いぞ!ね、熱あるんじゃ…。ちょっと待ってろ!…えっと、体温計は──」

「だ、大丈夫だよ、安芸君」

「例え大丈夫だとしても一応測っとけよ。その方が安心出来るし」

 

 安芸君の言ってる事も(もっと)もなので、体温計を安芸君から受け取って、カバーを取る。

 ──って、ちょっと待って。男子の前で服広げて体温計を差し込むのは…。

 

「…ん?どうした?測らないのか?加藤」

「…いや、測らないんじゃなくて、…その、測れないんだけど…」

「使い方知らないのか?」

「…えっと、そうじゃなくて、…安芸君がこっち向いてるから」

「…?…何で俺が加藤の方向いてると──ご、ごめん!」

「え?あ、うん。…こっち見ないでね?」

「見ねぇよ!」

 

 そう断言されてしまうと、それはそれでちょっと傷付く。

 でもまぁ、自分で気付いてくれたし私もさっさとやっちゃおう。

 そして、私は体温計をセットした。

 

 ──少しして。

 ピピピピッ!ピピピピッ!

 体温計が計測終了の合図音を鳴らし、存在を主張し出す。

 セットした時とは逆の手順で取り出し、表示を見る。

 

「何度だった?」

「えっと、36.6度だよ?…ほら」

 

 律儀に向こうを向いたまま話し始める。安芸君に、体温計を見せる。

 特にこっち向いていいとも言わなかったけど、「…ほら」って言ったから振り向いてもいい、と言うのは暗に伝わったらしく、そこでようやく振り向いてこっちへ来る。

 

「…本当だ。熱はないみたいだな。…じゃあ、残りの飯食ってギャルゲーやるか!」

「…私はあんまりテンション上がらなそうな予定だね……」

「何言ってんだ加藤!…今日と明日はギャルゲーでお前を染めるまでみっちりやるからな!ギャルゲーのための合宿だと思うがいい!」

「そんな合宿やだなぁ…」

「と、に、か、く、だ!…今は、このカレーを食べてしまおう」

「…う、うん」

 

 最後の最後で急にテンションが元に戻って、しかも現実的な事を言い出すからちょっと調子狂っちゃったけど、何はともあれこうして運命の休日はスタートした。

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

 

 安芸君は、ニュースを見たりと休み休みカレーを食べていたのに、気付けば私と同じタイミングでご飯を食べ終えていた。

 やっぱり男の子だから食べるの速いのかなー、とか思いつつ安芸君の方へ手を出す。

 

「?」

「…お皿ちょうだい?水に浸けるから」

「いや、その位は──」

「いいよ。どうせ同じ作業だし、纏めた方が楽だし」

「…じゃあ、よろしく」

「うん。よろしくされるねー」

 

 何故か安芸君の顔が少し赤かった気はしたけど、特に気には止めずに再びリビングへと向かう。

 その間に安芸君は階段を上がり、先に部屋へと戻って行った。

 私もお皿とスプーンをそれぞれ水に浸けると、麦茶を持って、後を追う様に階段を上がった。

 

「…!…か、加藤!これ見てくれ!」

「…な、何?」

 

 麦茶とコップを載せたトレーを持って安芸君の部屋へ入るなり直ぐに、安芸君が私を呼ぶ。

 その表情や声色は嬉々としていて、何かいい事があったのは誰が見ても分かる。

 驚きつつもトレーを一度テーブルに置き、安芸君の座っているPCデスクの方へ行くと──

 

「これこれ!恋するメトロノームの最新巻何だけどさ!」

 

 手に持っていたのは、霞ヶ丘先輩の小説(ラノベ)だった。

 

 それを持って、ここが良いとか、この辺の何とも言えない雰囲気が最高とか、感想をいろいろと私に言う安芸君。

 私もこの小説は安芸君から借りて読んだことあるけど、あんまりアニメとかそっちの方を知らない私でも楽しく読む事が出来た作品だった。

 ──だから、安芸君のその意見も分かるし、納得出来るんだけど…。

 さっきから、胸の奥で何かがつっかえている様な感覚に身を包まれていた。

 

(…本当に…どうしちゃったんだろう、私)

 

「…加藤?…どうかしたのか?」

「え?ううん、何でもないよ。…あ、そうだ、安芸君」

「ん?」

「一度、家に帰って良い?…必要な物とか取りに行きたいんだけど…良いかな?」

「…加藤、俺はそんな手には騙されないぞ。…そうやって帰ろうったってそうはいかないぞ。大体──」

「…お風呂にも入りたいんだけど……」

「失礼しました!どうぞお帰り下さい!」

「あ、う、うん…。…でも、もう一回来るよ?」

 

 急に態度が変わった安芸君は、綺麗で勢いのいいお辞儀を見せて謝ると、直ぐに立ち上がって扉の方へと歩いて行く。

 

「…あー、その、何だ。送ってくよ」

「え、いいよ」

「そうですか……」

 

 ──という事で、私はお風呂と、荷物を用意するために一度家に帰る事にした。

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

「ただいまー…」

「あら恵。お帰り」

「ただいま。…お風呂使っていい?」

「いいけど…。お泊り先で入って来なかったの?」

「…話が弾んで、気が付いたら寝ちゃった」

「女の子なんだからそう言うのは気を付けておかないとダメよ?そう言うところも男の子に見られてるんだし、もし好きな人が出来た時に、そういう事してると嫌われちゃうわよ?」

「うん、分かったー。…じゃあ、お風呂使うね?」

 

 玄関でのお母さんとの会話を済ませ、自室から着替えを取って来てササッと用意して籠に入れ、お風呂に入る。…と言っても身体と頭を洗って、シャワーで流すだけの簡易的な入浴。

 それが終わると今度は、ドライヤーを使って髪を乾かす。いつもなら使わないけど、今は急いでるし仕方ない。

 そして次は用意した着替えを着て、再び自室に戻る。

 

「……よし」

 

 自室に戻った私は、そこで小さく意気込むと、リュックサックを用意してその中に一日分の着替え、その他を入れる。

 

 ──私は、安芸君の家にもう一泊するつもりだった。

 だから、わざわざリュックサックを用意して、万全の状態で行く。

 きっと安芸君は私が泊まると言っても反対するだろうし、そうなったらいろいろと言い訳をすると思う。

 でも、お泊りセットを持って来ていれば、ある程度の言い訳は防げる(着替えが無いとかそう言う事)し、私が泊まると言う意思表示にもなる。

 

「…お母さん、もう一泊して来る事になったから、行って来るね?」

「はいはい。気を付けて、迷惑かけないようにね」

 

 こう言うところにはルーズなお母さんは、特に誰とも訊く事なく、私を送り出してくれた。

 いつもいつも目立たない私だけど、ちょっと踏み込んで大胆なこのをして見るのも、たまにはいいかも知れない。

 

 ──どんな私だったら、安芸君が喜ぶかな。

 ──どう言う風に振る舞ったら、安芸君が振り向いてくれるかな。

 

 そんな事を思いつつ、私は来た道を戻って安芸君の家へと急ぎ足で向かった。

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

 安芸君の家へと向かう途中。丁度半分位まで来た時、前方の遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「加藤ー!」

「え?…安芸…君?……何で?」

 

 視界の先、声のした方には、安芸君が自転車に乗ってこっちに走って来る姿があった。

 もしかして、遅かったから迎えに来たのだろうか。…その場合、心配して来てくれたのか、それとも連れ戻しに来たのかが焦点になる。──もしそうなら、前者だと、嬉しいな…。

 

「加藤!」

「安芸君…」

「遅いから心配したぞ」

「え…っ」

「一旦に見せかけて本当はそのまま来ないんじゃないかと思った」

「…むっ…」

 

 私の感動を返して欲しい。

 一瞬でも期待した私がアホみたいに見えてしまう。

 前者でもあり、後者でもある。

 しかも結果的には後者だった。

 

「加藤?どうしたんだよ…。…えーっと…もしかして、怒ってらっしゃいます?」

「……………」

「…あのー、加藤さん?」

 

 私はムッとしたまま、安芸君を無視してスタスタと歩き始める。

 安芸君は安芸君で、未だ状況がつかめていないみたいで、首をひねり、傾げ(かしげ)ながら自転車を押して着いて来ていた。

 

「…ふふっ…」

「…か、加藤…?」

「えっ?あ…ごめんね、安芸君」

「いや、それはいいんだが…」

 

 何故かは分からないけど、今、こうしている事が急に楽しくなってしまった。

 

 何の変哲もない、ただの会話。

 日常に溢れ、手を延ばせばすぐ届くもの。

 

 でも、そんなありふれた当たり前が、私は心地良かった。

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

 雲一つ無い空の真ん中に陽が高く昇る頃、安芸君の家に戻り、そして今は朝と同じ事をしている。

 私も安芸君も、ゲームを作る為に頑張ってい…る?

 …まぁ、少し怪しくはあるけど、それでも一歩一歩、確実にコミケには近づいている。

 

「…なぁ、加藤」

「んー?」

「加藤だったらさ、告白とかされた時どう応える?」

「え…っ?」

「…いや、ゲームのシナリオでさ。シナリオの担当は詩羽先輩だけど、こう…何て言うか、自分でも作っておかないと雰囲気を飲み込めないって言うか…」

「…何だ。…良かった」

「?…何が良いんだ?」

「ううん!…何でもないよ。…何でもない」

「そうか?…まぁ、いいや。それで──」

 

 安芸君の話を聞きながら、私は内心で、別の思いに駆られていた。

 

 ──今だったら。

 

 今だったら、安芸君のシナリオ作りって目的で…。

 ……目的で、どうするんだろう?

 って言うか、さっき私は何を考えて──

 

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポンピンポンピポピポピポ…

 

「きゃっ!?」

「大丈夫か、加藤。…ったく…。ちょっと出てくるわ」

「う、うん…」

 

 私が考え事に耽っているタイミングで急にインターホンが鳴ったからびっくりしたけど、…誰が来たんだろう?安芸君は分かってるっぽかったけど…。

 

「…ったく、もうちょっと静かにだな」

「はいはい悪かったですよー」

 

 少しして、安芸君が出て行った時に開けっ放しだったドアから聞こえて来たのは、安芸君の声と、もう一人──澤村さんだった。

 階段を上がる音が聞こえて来て、私は何故か慌ててゲームをやっている風を取り繕う。

 

「…久しぶりに来たわね、アンタの部屋」

「そうか?この間も来ただろ」

「この間って言っても二週間前でしょうが」

「いやいや、十分でしょ。昔ならともかく。…っと、そうだ、加藤」

「「えっ?」」

 

 部屋に入って来た安芸君と澤村さんが会話をしてる横で汗ばむ手でコントローラーを握りながら無言でギャルゲーをやっていると、不意に安芸君から声をかけられた。

 

「…何で英梨々まで反応したんだ?」

「か、加藤さん、居たんだ…」

「あはは…。…ところで、澤村さんは何でここに?」

「ぅわ…私?…わ、私は…その…倫也に用があって…」

「そ、そうなんだ…」

「う、うん。…加藤さんは?」

「私は──ギャルゲーをやりに…かな」

「そ、そう…なの……」

 

 乾いた笑いが私と澤村さんの口から漏れる。

 澤村さんの顔は引きつっていて、恐らく私もだろう。

 

「…んで?俺に用って何だよ」

「え?…あ、あー、えっと…その……」

「?…英梨々?」

「…え、えっと…その、だから……あ、あれよ!」

「デアラ借りに来たのよ!」

「…お、おう…そうか。…デアラならそこにあるから持ってって良いぞ。…って、英梨々デアラ持ってなかったっけ?」

「…も、持ってないから!…じゃあ!」

 

 澤村さんの苦し紛れの言い訳を、ゲームをしながら聞いて居た私は、流石に澤村さんに同情していた。

 澤村さんの口振りからして、多分私と同じ事を考えていたんだと思うけど、そこは…まぁ早い者勝ちだよね。

 

「──って、あれ?」

「どした、加藤」

「いや、澤村さんって今日仕事があったんじゃ…」

 

 安芸君の部屋の窓からは、自宅の方へと帰って行く澤村さんの後ろ姿しか確認出来なかったけど、自転車の漕ぎ方からして怒ってるんだなーっていうのはまぁなんとなく分かった。

 

「…何だったんだ?英梨々の奴…」

「まぁ安芸君には恐らく一生かかっても分からない難問だよねー…」

「何かそう言われると逆に気になるんですけど!?」

 

 物凄く知りたそうにしている安芸君は、首を何度も傾げ、捻りながら考えていたけど、結局分からないみたいだった。

 

「……ふぁ~ぁ…っ」

「眠いの?安芸君」

「久しぶりに徹夜したからな…。案外キツかったわ。…徹夜がキツかったのって小学校以来か?中学の時は普通…と言うか日常的に徹夜してたし…」

「中学生の安芸君にとって徹夜は日常なんだね…」

 

 安芸君のそんなところに飽きれながらも、それでもそれを安芸君の新しい面として受け入れて、私の中に大切にしまう。

 大切な、どの記憶よりも…どの記録よりも大切な、安芸君の記憶。

 家族の事と比較しても引けを取らないかもしれない。

 

「…加藤、少し…くぅ…ぁっ……寝ていいか…?」

「いいよ?…私もこれから用事あるから、帰って来たら起こすね?」

「ん…。分かった。…じゃあ……くぁぁっ…」

 

 こうして、安芸君が寝ている間に用事を済ます事にした私は、誤ちに気付かないまま出かける準備をし、安芸君の家の鍵を持って自転車に跨った。

 

 

 ────

 ──

 

 安芸家・倫也'sルーム。

 

「くぁ…。…寝るか…。……加藤も帰って来たら起こしてくれるって言ってたしな。──帰って来たら?」

 

 ──

 ────

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

「ただいまー。…お邪魔しまーす…」

 

 現在時刻は午後二時過ぎ。

 六天馬モールにて目的のもの──エプロンを買った私は、帰りがけにあった服屋でコーディネートに勤しむこと一時間ののち、再び安芸家に戻って来た。

 

 鍵を使って玄関を開け、直ぐに閉める。

 私が何で安芸君の家の鍵を持っているのかは気にしないでくれると、私的には嬉しいかな。

 

 階段を出来るだけ音を出さない様にゆっくり上がり、そして昼間居た部屋に入る。

 ベッドで寝ている安芸君を確認すると、テーブルに荷物を置いて安芸君の横へ行く。

 少し乱れている布団を起こさない様にゆっくりと直し、それが終わると顔を眺める。

 

 一分。二分。三分。──五分。

 

 時間の経過なんか頭に入れず、その間ひたすらに眺め続ける。

 それだけ眺めていても飽きないし、と言うか寧ろずっと見ていたい。

 でも流石に起こさないと安芸君のシナリオ作りにも影響が出ちゃうし、何より私がそう約束したんだからそうしないと。…それに、今寝て夜寝られないなんて事があってもいけないし。

 

「安芸君、起きて…」

 

 そう呼びかけながらゆする。

 鬱陶しそうにしながら小さく唸る安芸君は弟みたいで、もし私に弟が居たらこんな感じなのかなと考えつつも、ゆすり続ける。

 

 ピコン!

 

 その時、突然私のスマホから着信の反応音が聞こえて来て、画面を確認する。

 確認した画面に表示されていたのは、某有名SNSアプリのニュース一覧の一部だった。

 ──そして、それを見ているうちに、安芸君を起こせそうな手が一つ思い浮かぶ。

 少し恥ずかしいけど、でも安芸君を起こさないといけないのも事実。

 だから私は、迷わずにそれを実行した。

 

 安芸君の耳元に顔を近づけて、耳元で囁く感じに…。

 

「お兄ちゃん、朝…だよ?」

「めっ、巡璃!!?」

「…あ、安芸君、おはよー」

 

 安芸君から渡された巡璃のイメージが書いてある『巡璃プロット集・その一』を思い出しながら囁いてみると、思いの外似ていたらしく、安芸君が名前を呼びながら飛び起きる。

 

「……あ、あれ…加藤……」

 

 まだ少し寝ぼけ気味の安芸君は落ち掛けている瞼をこすって目を開ける。

 そんな安芸君を見て、私は暖かい気持ちになっていた。

 

 ──もし、今この胸の中にある気持ちに名前をつけるとしたら、それは何なのだろう。

 ──もし、それを安芸君に伝えられたら、幸せになれるかな。

 

 でも、それはあくまで『もし』。

 それを実行するには、まだ努力が足らない。

 

 だから、私が今一番優先するのは、この何でもない日常。

 

 この日常にプラスαを付け足していけば、いつかきっと、安芸君に伝えられる日が来る。

 その為にも、安芸君を理解するところから始めなきゃ。

 だから──

 

「安芸君、これからもよろしくね?…サークルメンバーとして。…一人の、女の子として」

 

 

 

~fin~




無駄使い戦線で検索を掛けていただいて、他のSSも読んで頂けたら嬉しいです。

以下、Twitterアカウント。
津久井晴太
@Tsukui_Haruta


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