人形、ヒト、機械   作:屍原

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人類の存在は、人形に多大なモノをもたらした。
それは力か、変化か、それとも感情か。
きっと最期の時まで、誰にも分かることはないだろう。



久々に執筆した作者の頭は、カオス(混沌)でしかなかった。


人形達は人類を思ふ

- 奪還前の思案

 

「推薦:対象アカネの救出に備え、装備、および各種アイテムの補充」

 

 守護するべき人類(アカネ)が攫われた知らせを受け、すぐにでも転送されたマップ情報の目標地点に向おうとする二人を制止し、二人に準備を整うためのアドバイスを渡すポッド255。走る動作を止め、ピタリと動きを停止させた2Bと9Sはしばらく沈黙し、思考したのちに、仕方なく頷いて同意する。

 

 向こうはそれなりの計画を練ってからアカネを攫った者、あの狡猾な特別個体(アダム)だ。準備も対策もなしに向かってしまえば、返り討ちにされるどころか、大事なアカネを奪還できず、下手したら彼女が永遠にアイツに束縛される可能性だってある。

 

 憎たらしいアダムの勝ち誇った笑みを思い浮かべた9Sは、2Bと共にキャンプへ戻る最中でさえ隠しきれない殺気を漂わせていた。アカネを救い出したら、どうやってアイツを苦しめてやろうかと、S型(スキャナータイプ)の持ち前である優秀な頭脳(演算能力)をフル稼働させた。それを察知したポッド153は「警告:保護対象の許容範囲を考慮すべき」となぜか9Sを阻止するのではなく、アカネを気遣うような言葉を告げた。

 

 それを聞いた9Sは、ハッと驚き、移動しながら頷いた。

 

「そうだな、アカネさんを怖がらせたらダメだよな……」

「……9S、彼女は争いを好まない」

「でも、相手はあのアダムですよ?どんな汚いやり方をしてくるか分かったものじゃありませんよ!」

「それでも、彼女に知られるわけにはいかない」

 

 彼女は、アカネは繊細で、守るべき愛しい存在。彼女の目を、彼女の体を、彼女の記憶をアダムの血濡れた姿で穢す(汚す)など──ハッキリ言って虫酸が走る。

 

 自分たちの創造主で、かつて人類が所持していた聖書に登場する神聖な存在かのように、彼女もまた、天界を統べる聖なる存在に違いない。そんな彼女が、人間に仇なす存在に汚染され、怪我を負うなど……許されるはずがない。

 

 だから、彼女に知られず、血まみれの現場を目撃させてはならない。彼女に嘘をついてしまうのと同じ行為なのは、百も承知してる。けれど、あんなヤツを見逃すわけにはいかない。

 

 アイツは、滅ぼすべき存在だ。

 

「2Bだって、同じこと考えてるじゃないですか」

「……そう、だな」

「ずるいな…仕方ない、どうにか隠せるように動きますね」

 

 アダムの抹殺はいつの間にか決定事項となり、キャンプを目前にする2Bと9Sは、アカネを救出する計画を思案しながらも、同時に彼女の目に届かないところでアダムを消滅させる方法を考えるのだった。

 

 

 

- 贖罪のココロ

 

 レジスタンスキャンプに帰還したヨルハ機体の二人は、真っ先に治療区域に放り込まれた。

 

 本人たちがアカネの救出ばかり考え、自身の機体の状態に気づかなかったらしい。それを発見したのは、たまたまキャンプ内を散策していたデボルとポポル(双子)だった。お世辞にも大したことないとは言えない二人の義体を見て、ほかのレジスタンスと協力して彼らを治療区域にぶち込んだ張本人(二人)でもある。

 

 あまりにも唐突に引っ張られ、強制的にベッドに寝かされたおかげで、2Bと9Sも驚きを隠せなかった。なにしろ、あの大人しそうなポポルでさえ血相を変えて、機械生命体と戦ってる時の自分たちに負けない気迫で迫ってきたのだから。デボル曰く、自分を大切にしない奴が嫌いらしい。それはつまり、アカネの事ばかり考えて、自分の身を大切にしなかった自分たちに当てはまると。

 

「し、心配をかけて、すみません」

 

 申し訳なさで声のトーンも思わず低くなり、目を合わせるのも少し気が引けて、隣のベッドで横たわってる2Bに視線を向く。9Sと同じことを考えてるのか、それともただ単にぼーっとしてるのか、彼女はじっと空を眺めていた。心なしか、少し落ち込んでるように見える。

 

 少しは反省の意を見せてくれた二人に思わずため息を吐き、デボルは腰に手を差し、やれやれという風に苦笑いを浮かべる。まったく、アイツ(彼女)のことになると周りが見えないな。そんな考えを頭に、デボルは2Bのメンテナンスを施しながら、己の半身であるポポルに視線を向ける。彼女といえば……さきほどからずっと無言の状態を維持し、9Sの義体のチェックとメンテナンスを施しずつも、どこか不安そうな気配を漂わせていた。

 

 ココロ優しいポポルにとって、誰かが傷ついたり、亡くなっていくのは耐えられないものであり、もっとも身を削る物(己を殺す)でもあった。

 

 植えつけられた『贖罪(プログラム)』が、彼女にその感情を発生させた要因でもある。大昔に、彼女らと同じ機体だった者たちがとある計画を大破させてしまい、最終的に人類側に大きな損失を負わせることになり、以降デボルとポポル(双子)の機体の多くは処分されてしまった。彼女らが未だここに存在してるのは、同じ過ちを起こさないように、観察と監視のためだけに置かれた(生かされた)のだ。

 

 一人でも多く救い、一人でも多く生かす。それが現在の二人の存在価値であり、唯一生かされたもう一つの理由でもあった。いつか、処分されるその時まで。ずっと、ずっと──

 

「はい、これで大丈夫よ」

 

 また一人、仲間を助けたことで安堵を覚えるポポルは無表情を打ち破り、柔らかい微笑みを浮かべる。無意識で見せてくれた表情なのか、さきほどとは打って変わった光景を前にして、困惑せずにはいられない9Sだった。今回を含めて、まだ二回しか顔を合わせてないが、ポポルが常に優しくて柔らかい笑みをするのは気づいている。

 

 ヨルハ機体の中でも比較的に感情に左右されがちな9Sからしてみれば、ポポルはおそらく、彼女(アカネ)と近いモノを感じ取る機体だと。もしアカネがこの場にいるとしたら、きっと彼女も、ポポルと同じような反応をするかもしれない。むくれて、けれどやはり心配でならないと表情で伝え、無事でよかったと安心する顔を見せてくれるのだろう。脳内でシミュレート(再現)される映像は、今のポポルとほぼ変わらない表情、動きをするアカネの姿。アンドロイド(人形)ヒト(人類)という種族の違いこそあるが、その気持ちが嘘偽りのないモノなのがハッキリと分かる。

 

 上半身を起こし、ポポルのほうに視線を向ける9Sはもう一度謝罪を述べ、間を置いてから「ありがとう、ポポル」と重ねて礼を告げる。その言葉に、小さく口を開き、どこか驚いた様子を見せる彼女の姿があった。はたしてなにに対して驚いているのか、9Sには分からないし、理解しようにも、その意味を理解することなど不可能だろう。

 

 なぜなら、ポポルが表す感情、感じたものは、彼女にしか分からないモノだから。

 

「……ううん、貴方が無事で、よかったわ」

 

 安心した顔と、どこか困ったような笑みと合わさり、今の9Sでも深く理解することのできない表情を見せてくれたポポルに対し、ただただ呆然と頷くしかできなかった。

 

 9Sは思った。アカネさんなら、この表情の意味を、感情に理解を示せただろうか?

 

 丁度その時、2Bのメンテナンスも終了したのか、隣から「さ、これで終わったぞ。もう無茶するなよ?」というデボルの声が届き、反射的にそちらに振り向く。腕を抱え、若干足を開いて立っている姿はどこか男らしく、彼女のちょっと豪快した性格を表してるようにも見えた。ベッドから降りた2Bは言葉を発する代わりに、コクリと頷く。あまり感情を出さない2Bではあるけど、感謝の気持ちはちゃんとあるのだと、9Sは分かっている。

 

 もう少し、言葉で示してくれたら、きっと彼女も上手く仲間たちと交流できたのに。口には出さず、密かに考える9S。もちろん、それは2Bには内緒であった。

 

 

 

- あなたの存在(影響)

 

 一旦落ち着いたのはいいが、なぜ2Bと9Sの二人が己の状態に気づかず、まるでなにかを急いでるようになっていたのか、気になったデボルとポポルは浮かんだ疑問を口にする。

 

 レジスタンスキャンプに帰還した途端に連行され、こうなった原因を話す余裕などなかった。当の本人たち(2Bと9S)も申し訳なさで話すタイミングを逃し、彼女たちに謝罪と感謝を述べるだけで精一杯だった。困惑してるデボルとポポルを前に、どこから話せばいいのやらと思考に陥る9Sを横目で確認し、ならば私が説明しよう、と頷く2Bは軽く情報を整理してから、口を開く。

 

「8時間前、超大型機械生命体との戦闘が発生した。敵のEMS攻撃によって私達の機能が一時停止し、その間に彼女が……アカネが、特別個体に攫われてしまった」

「…え?」

 

 彼女が…?と信じられないように呟き、感じたことのない喪失感に耐えきれないのか、ふらついたポポルを受け止めるデボルも苦い顔をしており、2Bたちから聞いた事実を受け止め切れない様子だった。顕著な動揺を示す彼女たちを視界に収め、2Bは思わず下唇を噛み締める。

 

 元はと言えば、自分たちが甘かったのだ。彼女なら上手く敵を躱せる、彼女ならば無事安全な所に到達できる。何度も何度も己を催眠するかのように、彼女ならば、と自分を説得する考えを並べ、機械生命体との戦闘に専念した。だが、得られた結果はどうだ?苦戦しただけでなく、敵の攻撃で気絶し、絶対に失ってはならない最後の希望(ヒト)でさえ奪われた。

 

 なにが最先端の技術か、なにが優秀なヨルハ機体だ!彼女がいなければ、私たちに存在の意味などない!彼女がいるからこそ、私たちは戦える、生きる価値を与えられたのに!彼女無くしては、なにも意味を成さない。

 

 私たちの存在意義は、彼女(アカネ)なのだから。

 

 湧き上がるこのどろどろした感情は、怒りでも、憎悪でもない。これは、紛れもない悔しさだ。己の力を過信し、彼女をこのような事態に巻き込んでしまった。彼女がくれた信頼も、誇りも、なにもかも無駄にして、彼女の期待を裏切り、踏み(にじ)ったのだ。

 

 

 

 取り戻さなければ

 

 

 

 

 

 

   とりもどさなければ…

 

 

 

 

 

 

 

 

      トりもどサナけレば……

 

 

 

「2B!!!」

「っ!」

 

 黒く塗りつぶされた視界に光が差し、眼前に広がったのは、焦りを宿した声を発する9Sと、彼の歪んだ顔だった。一体、なにが…?ゴーグルに覆われた目を瞬かせ、状況を正確に掴めることのできない2Bを見て、彼女がどういう状態になったのか、慌てず、彼女が理解できるように丁寧に説明を始めた。

 

「うわごとのように、取り戻さなければと口走っていました。アカネさんを心配するのは分かりますが、あまり、一人で背負わないでください」

「ないん、えす」

「僕と、デボルとポポル、仲間がいることを、どうか忘れないでください」

 

 僕たちは、同じ思いを抱える同志です。彼女のために奮闘し、唯一彼女を護り切れる存在です。

 

 無音だった世界で、9Sの言葉は、2Bの中に入っていく。脳内で鳴り響いたエラーの音もようやく認識できて、暴走に近い状態に陥りかけたと気づいた。歪みかけた視覚情報も正常になり、ぼやけていた9Sの姿を正常に確認できた。己の肩を掴み、必死で呼びかけたのか、服が少しだけシワが付いている。切羽詰まって、危険な状態になってしまう状況だったのだろう。

 

「ありがとう、9S。迷惑を、かけた」

「大丈夫、大丈夫ですよ、2B。彼女は絶対、大丈夫です」

 

 胸を撫で下ろす(ココロを落ち着かせる)言葉はヨルハ部隊の二人だけでなく、間近で2Bの変化を目撃したデボルとポポル、騒ぎに気付いて彼女たちを注目していたレジスタンスたちも、落ち着きを取り戻していた。

 

 あぁ、やっぱり、あなたはすごいです。この場にいなくとも、あなたの存在だけですべてに影響を与えてしまう。それほど、あなたが大切で、かけがえのない存在だったんですね。あなたがくれた魔法の言葉(大丈夫)があるなら、僕たちはきっと力をもらえる。あなたを救うための、力が。

 

「行きましょう、2B。アカネさんが、待っています」

「…!あぁ。行こう」

 

 万全な状態に切り替えたヨルハ部隊の二人は、人類を必ず救い出すという強い信念を持ち、見送ってくれた仲間たち(アンドロイド)の思いをも背負い、踏み出した。




前回の更新がほぼ8ヶ月前という事実に震えました。
家族の件とか色々ありまして、こんなにも長引いてしまいました。
本当にお待たせして申し訳ありません……

ところで改めてこの小説を見直したのですが…
アカネって、すごいですね(小並感)

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