人形、ヒト、機械   作:屍原

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芽生えたモノは決して消えることなく。
失ったモノが戻ってくることも、決してない。
タカラモノを得たかの機械に喜びはなく。
タカラモノを傷つけられた人形もまた、不安と向き合う。



すべては、交差する。


人形と特別個体の交差

- 生死の境界

 

「全員武器を下ろせ!!!」

 

 レジスタンスキャンプは文字通り、一触即発な状態だった。

 

 情報や知らせが行き届いてないのか、あるいは情報を伝達する時に運悪く不在だったのか、堂々とキャンプの入り口から侵入してきたアダムに武器を抜くレジスタンスが多数。加えて、アダムを庇うように立つ2Bと9Sを、まさか寝返ったのかと勘違いする者も存在した。

 

 キャンプ内をあちこち奔走し、騒ぎを聞きつけて様子を見に来たアネモネが阻止しなければ、今頃アダムと2Bたちは、レジスタンスたちによる攻撃で負傷していただろう。なにより、敵の腕の中で苦しむアカネも、命を落とす可能性さえあった。

 

 人類側であるアンドロイドは、アダム率いる機械生命体と一時的な停戦協定を結んだことを今一度伝達し、2Bたちにはデボルとポポルが待つ簡易休憩所へと向かわせた。ほぼすべての機械生命体を従えている親玉(アダム)が先頭に立ち、深手を負っているアカネを簡易ベッドに寝かせる任に就いた。その間も、機械生命体を敵視しているレジスタンスに睨まれていたのは、言うまでもない。

 

「アネモネから話は聞いている」

「彼女のことは私達に任せて」

「どれ、彼女は……あぁ、これは…かなり深刻だ」

「生きてるのが奇跡なくらいね……」

「…応急手当のおかげでまず死なないが、時間の問題だ。ポポル」

「えぇ、分かってる。アダム、サポートをお願いできる?」

 

 帰還したばかりで、まだ緊張状態から抜けきっていない2Bと9Sを落ち着かせてから、運び込まれたアカネの状態を確認。話はひと通り聞いていたが、戦争や争いに慣れていない時代に生きる人類では到底想像もできない怪我のようで、普通なら死んでしまってもおかしくなかった。だが、生きてる時代はおろか、生まれた年さえ判明してないアカネは強い生命力を持ち、応急手当も施されてるおかげで、一命は取り留めたらしい。

 

 双子の流れるような会話に続き、思いがけないお願い(命令)をされたアダムは唖然とする。しかしアカネの命が今にも失われるやもしれぬ状況の中、余計な思考を削除し(振り払い)、「いいだろう」と了承の返事を返す。彼の目的はもはや人類(アカネ)を生きたまま解剖し、解明することにあらず、生存する限り観察を継続することに変更している。ゆえに、断る理由などなかった。

 

 ポポルがなぜその言葉を口に出し、デボルも黙認しているのか。敵とは言え、狂ったかのように人類の記録を漁り、読み解いた彼ならば手際よく治療のサポートを務められるだろうと考慮したからだ。双子がそう判断を下し、今回限りは機械生命体の協力を受け入れることにした。

 

 意図していなかったとはいえ、結果的に彼女を傷つけてしまった2Bはなにか手伝えないだろうか、と双子に問いてみたものの、無情にも拒絶されてしまう。

 

 なぜ?どうして?わたしが、私が彼女を傷つけてしまったから……また彼女を狙わないか、疑われてる?私はただ…ただ、彼女を守りたいだけ。命を奪うなんて、そんな恐ろしいこと、決して考えていない。考えたこともない。

 

 死なせたくない、失いたくない。私達が、私の生きる意味を、この手で葬ったりは──

 

 

 

「気づいてないのか」

 

 

 

 混乱する2Bに、デボルの声が届く。

 

「……なに、を?」

「手、震えてるぞ」

 

 そんなんじゃ足手まといだ、と。あえてきつい言い回しをするデボルだったが、自分の犯した罪を償おうとしてる2Bの気持ちは、デボル自身が一番よく分かっている。彼女たちの同形機(どうけいき)は暴走して事故を起こし、再び同じ過ちを繰り返さないよう残され、監視されてる個体。常に罪の意識に苛まれ、贖罪に励む彼女らだからこそ、恐れている2Bの気持ちが身に染みるほど心得ている。

 

 しかし、だからこそ、そんな状態の2Bをサポートに回してはだめだ。頑丈なアンドロイドと違い、脆く儚いヒトの体は、少しでも力加減を間違えれば簡単に傷つけ、壊してしまう。ましてや衰弱しているアカネなど、無防備な草花を散らすよりも容易だ。震え切っているその手では手元が狂い、下手したら彼女を殺しかねない。

 

 時間が迫ってる中、説明する暇のないデボルはただただ2Bを見つめる。その瞳の中には、秘められた覚悟があった。

 

 必ずアカネを救って見せる、たとえなにがあっても、必ず。

 

「わかっ、た。あなたたちを、信じる」

「あぁ」

「お願い…彼女を、アカネを……たすけて」

「…あぁ。任せろ、2B」

 

 短く、力強い返事。それだけで、2Bはほんの少し救われた気持ちになり、後ろで控えていた9Sと共に広場へと戻っていった。今の二人にできるのは、彼女の治療を待つこと。彼女が生死の狭間にいるのに、自分たちは待機などとは、不謹慎とも思えるが……治療に取り掛かってる双子やアダムの邪魔になるよりは、マシなのだろう。

 

 簡易休憩所を囲っているレジスタンスたちを落ち着かせ、中で集中している者たちの気が散ってはアカネの治療に支障が出る、と説明して解散させた。機械生命体や双子に不満を覚える者もいたが、アカネの命がかかってると理解した瞬間、皆苦い顔をしていたが素直に離れていく。

 

 機械生命体は当然として、どうやらデボルとポポルが一部のアンドロイドに忌み嫌われてるのは、本当らしい。

 

 詳しい話は聞いていないが、データベースに埋もれていたデータを漁った9Sは、双子に関するファイルを見つけたのだ。あまりにも古いデータ、さらには意図的に削除された形跡もあるそれは断片的な情報しか乗っておらず、過去に同じタイプの機体が暴走し、ある計画を破綻させ、彼女ら以外の機体が処分された、というところまでしか分からなかった。

 

 暴走とは、詳しい状況はどうだったのか。ある計画とは、一体なんなのか。

 

 大勢いたモデルの機体を一斉に破棄し、彼女らのみを残した…だとすると、大がかりな計画だったのか、あるいは機密情報に繫がる計画のどちらかだろう。もしも彼女らに関する情報が、徹底的な隠蔽が必要とするほどのものならば──いや、十分な情報が手に入るまで、確信ではなく、憶測に留まるべきだ。

 

 未だ状態が戻ってない(心ここにあらずな)2Bをジュークボックス付近のベンチに座らせ、これから起きるやもしれぬ事態を想定し、遠い空を眺めながら、9Sは思いを馳せた。

 

 心なしか、いつもと変わらない青空が、いつもより悲しく、寂しそうに感じてしまった。

 

 

 

- 運命(さだめ)

 

 半日ほど過ぎた頃、治療(手術)はようやく終わりを迎えた。

 

 手術が始まって間もない頃に封鎖された簡易休憩所から姿を現した双子は、数時間前よりも疲労が溜まっていた様子だった。人間の言葉で例えるならまさしく『げっそりとした様子』と言えよう。ミスをすれば彼女が死ぬ、また罪を重ねてしまう。ストレスに負けないように、全神経を注いで取り掛かった証拠なのだろう。

 

 駆け寄ってきた2Bと9Sに気づき、双子は揃ってそちらに目を向ける。

 

 彼女たちの目前までやってきた二人がゴクリと生唾を呑む動作は、まるで昔の人類のようだった。デボルとポポルの記憶を擽るソレの正体はなんなのか、彼女ら自身でも分からない。だけど、どこか懐かしく、けれど罪の意識に押しつぶされそうな感覚があった。考えを振り払い、まずは現状を報告せねばと、デボルが口を開く。

 

「手術は成功だ、(とうげ)も越えてる」

「命に別状はないけど、意識が戻るのに時間が必要よ」

「失血多量と、ショックで気絶した後遺症だろうけど…安静にしてれば大丈夫だ」

 

 彼女は無事だ。そうと分かって、ずっと心配してろくに仕事できなかったレジスタンス、まともに動けなかったヨルハの二人(2Bと9S)も、胸を撫でおろす。嗚呼、よかった。本当に、本当によかった。もしも彼女になにかあったら、私達は、どうなってしまうのかも、分からない。

 

 今すぐにでも彼女の様子を見ようと、ずっと気が気じゃなかった2Bと9Sは開放された簡易休憩所へと目を向ける。アカネを載せた軽量ストレッチャーを押し、姿を現すアダムに思わず身構える──が、停戦協定を思い出し、警戒を解く。頭では分かって(メモリーにインプットされて)いても、人類の敵を倒すようデザインされてる自分たちのシステムは、嫌でも勝手に戦闘モードへと移ってしまう。もしも彼女と一緒に出てこなければ、とうに攻撃を仕掛けていたかもしれない。

 

 点滴を打たれ、酸素マスクをつけているアカネは苦しんでいる様子はなく、いつもの就寝時間のように穏やかに眠っていた。規律正しい呼吸、息を吐くたびに曇る透明な酸素マスク、上下に小さく動く胸。止まることなく動いてる心臓の音を数値化させ、ピッ、ピッ、ピッ、と鳴る心電図の電子音。アカネが、彼女が生きているなによりの証拠。大事なヒトの姿を改めて確認した2Bは、その視線を、ゆっくりと下げる。

 

 白く純白だったシャツは赤い血が滲み、破れた部分から覗ける包帯も相まって、自らの手で彼女を傷つけてしまった2Bの罪悪感を煽る。失血多量の影響で血色が悪く、間近で人類の死体と対面している感覚すらあった。

 

 死体──2Bが決して転じることのないモノ、人形である彼女が目の当たりにする可能もない、ヒトの成れの果て。搬送するのがほんの一瞬でも遅れてしまえば、彼女は、アカネは、その結果()に至っていた。

 

 嗚呼、考えるだけでも恐ろしいのに、どうして彼女の死に姿を想像して(演算して)しまうのだろう。

 

 私はあなたを守りたい。守りたかった。守れなかった。もしもアダム()の考えが変わっていなかったら、あなたは……ヒトは、滅んでいたのだろうか。地上に取り残されたあなたが命を失い、文字通り人類が滅んでしまえば、私は……私たちに残されるのは、なんだろう。

 

 命もなく機械生命体と戦う私たち(人形)と、命を持って地上を彷徨うあなた(ヒト)。本来出会うはずもなく、月面と地上、広大な宇宙空間という空白が私たちを隔てていた。こうしてあなたの姿を視界に収め、声を聴き、温もりに触れることができるのは……人類の言葉を借りるなら、奇跡と呼ぶべきだろうか。それとも、永劫に解くことのない呪いか。

 

 急ごしらえで作られた部屋へと運ばれるアカネを目で追い、感情を表に出すことを禁じられた2Bの思考は、乱れたまま。

 

 

 

‐ 暗い場所の中

 

どくどく、どくどく。

暖かくて、熱っぽいナニかが流れる。

ぽたぽた、ぽたぽた。

流れて、滴って、落ちていく。

比例するように、温もりがどんどん失われていく。

だんだんと、だんだんと冷えていく。

まるで、命が失われていくよう。

 

どくどく、どくどく。

ぽたぽた、ぽたぽた。

 

溢れ出たソレは、未だ止まることを知らず。

 

 

 

- 芽生え

 

 アカネに用意された部屋は、お世辞にも清潔感があるとは言えなかった。

 

 レジスタンスキャンプが拠点としているのは廃墟都市の一角、未だ再生が完了されておらず、エイリアンとの戦いが膠着状態に留まったこともあり、中途半端に放置された廃墟ビルの間に設置されている。元々彼女に宛てた部屋は風通しが悪く、さらには窓一つもない密閉した空間ゆえに、換気が不可能ともいえる。扉を開けるという手段もあるが、地球に唯一残された人類ということもあり、なるべく彼女のプライバシーを守りたいアンドロイドたちは揃って首を横に振った、などという経緯があった。

 

 なにより、アカネの保護に適任する二人、宇宙(バンカー)から降り立ったヨルハ部隊の彼らは地域調査の任務も担っている。たとえ彼女の就寝時間で扉を全開にした上、護衛として門前に立つとしても、もしも任務を請け負う事態になれば、そこから離れなければならない。ゆえに現在負傷している彼女を密閉したあの部屋に寝かせるわけにもいかず、こうしてレジスタンスキャンプの奥の急造スペースを利用するほかなかった。

 

 急ごしらえで設置され、壁はパイプとシートで組み合わさった小さなテント、もとい簡易病室。すぐ近くには焚き火代わりのドラム缶が置かれた空き地があり、監視役なのか、常にレジスタンスのアンドロイドが付近で待機している。時折病室へ視線を向けるのも、おそらくは彼女の安否を確認するためだろう。だが頻繁に関心を向けてくる理由は、一つだけではない。

 

 視界の隅でサラリと落ちてきた白銀の長髪に気づき、目もくれずに再び耳にかける。ついでにメガネの位置を整え、流れるような動きで指で押し上げた。己の美学に相応しい髪形に決めたのだが、今更になって煩わしく思えてくるとは……より一層人類に似通った感情を持ち始めた証拠だろうか?

 

 己の変化に対し、なにを思ったのか、ベッドで寝息を立てるアカネの隣を陣取ったアダムは、鼻で笑った。それは己に対してか、はたまた人類への嘲笑か。その真意は、本人にしか読み解けない。

 

 爪先に尖った装飾があしらわれた手袋を外し、俗にいう(人類曰く)素手の状態で、シーツの上に置かれた白い手を取る。伝わるのは己とは決定的に異なる柔らかな皮膚の感触、わずかに届く温もりはヒトの証たる血液が流れる証拠。点滴が刺された彼女の腕の内側に目をやり、が、数秒も経たずに外される。縫合された患部、清められた通風性のある服に覆われた彼女の腹部に視線が釘付けになった。

 

 柔らかな皮膚と肉を裂かれ、鋭利な(やいば)が吸い込まれるように、華奢で、弱く、脆いその体に傷が形成された。応急処置をしたあの時、確かに触れたその傷口、滾るような熱い血液が滲んだ白いシャツも、真っ白なキャンパスが彩られていくような感覚さえあった。

 

「……いや、違うな」

 

 彩られていくなどという美しい表現は、相応ではない。もっと的確な言葉があったはず。本来であれば、アカネ(ヒト)の如何なる損傷や負の感情も、観察する価値がある。それこそ死に至っても別段と問題はない。なかった。なかったはず。

 

 冷えてきた彼女の手をさすり、親指で手の甲を撫でる。ほんのわずかでも力を加えれば、痣ができ、ただでさえ出血が酷かった彼女の容態をさらに悪化させてしまうだろう。機械生命体(『己』)の基準で触れ合うのはヒトに厳しく、けれどヒトの基準に合わせれば手加減が難しい。嗚呼、なんとも難儀なものか。思えば、興味を抱き始めたのは目覚めたアカネとの会遇(再会)ではなく……そう、彼女を発見した当時からすでに頭から離れなかったのだ。

 

 退廃し、自然へと帰りつつある環境にふさわしくない人工物。かつて人類が惑星の主だった頃は娯楽施設として建てられたかの建造物、その真下にあった地下空間で、ソレは置かれていた。硬い金属の外殻に覆われた箱、人類が空想で造ったかのようなコールドスリープ装置(眠れる棺)の中に寝かされ、永い時を、ずっと、ずっとその狭い箱の中で過ごしていた。ただ一人、たった一つ。

 

 第一発見者として、彼女を己のテリトリーに連れ戻す気でいた。だが、やめにした。叶わんと決めつけ、けれど待ち望んでいた人類。こうも容易に手に入れてしまったら……面白くないと、そう思った。もっと、面白い入手方法がある。

 

 例えば、敵対するアンドロイド(人形)の手から奪う。

 

 結果としては、上々だった。わざわざ彼女を元いた場所から引っ張り出して、己の誕生するきっかけとなったアンドロイドの付近に放置までしたのだ。案の定、唯一生身の人間を発見したアンドロイドはアカネを保護し、レジスタンスキャンプに連れ戻したのも予想通りだった。観察するにつれて、人類への興味は尽きることもなく、知り尽くしたいという欲を煽られるばかり。

 

 彼女との出会いを思い出し、平穏ではない内容とは裏腹に、浮かべる笑顔は柔和(にゅうわ)なものだった。アンドロイドを模倣し、人類を模倣することしかできなかった過去の彼ならば、その笑顔も文字通り、ただの真似事でしかないだろう。

 

 ……眠る君を観察するのも悪くないが、退屈になってしまいそうだ。

 

 声に出さず、口にすることもないその言葉は深く眠りについたアカネに届くはずもなく、貪欲の特別個体は白く、小さな手を握りしめるのみ。柔らかな風が頬を撫で、銀色の長い髪をなびかせる。耳にかけていた髪が再び、さらり、と落ちてくる。アダムは微動だにせず、瞬きもせず、ただ静かに彼女を見守る。

 

 向けている目に秘められた感情がいかなるものか、本人でさえ確かめる術を持たなかった。




どうか目を覚まして欲しい。
まだ、知らないことが沢山ある。
必要なのは、もはや『あの』概念ではない。
私が、真に欲するモノは──
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