人形、ヒト、機械   作:屍原

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『ポッド042、およびポッド153より、
警告:本作に流血表現、精神状態異常表現、およびグロテスク表現が含まれている。
当該作品を閲覧する際は、ご注意を。』



世界は美しい、あなたがいるからこそ、世界が美しく見える。
生きる意味を見つけた、あなたがいるからこそ、生きる意味を見出した。



だけど、もし、あなたがいなくなったら……私は…



アンドロイドは(IFの話)を見て、恐ろしく感じた。


アンドロイドはダンスマカブルの夢を見るか?

  手袋を無くした手に、濡れた感触が伝わる。わずかに露出した肌に、見知らぬ液体が纏わり付いてる。戦闘用ゴーグルが外された視界が、見渡す限りの赤に占領されてる。朦朧とした視界に映る赤は、自分の体に飛び散ってる。足も、手も、腕も、体も、頬も、髪も、体の隅々まで、水のように飛び散ってる。

 

  これは、なに?

 

  匂いがする。鉄を思い出させるような匂い。指についたそれを、味覚機能で確かめる。赤がついた指先が、舌に触れた瞬間、甘くて、生臭い味が口の中に広がる。ぬるりと、粘液と少し似てる赤いもの、だけど、その生臭い甘さは、癖になってしまいそうなほど甘美だった。

 

  これは、なに?

 

  すぐ近く、すぐそこに、私の前に、同じく赤が飛び散った物体がいた。アンドロイドと同じ構造、人間を模して造られたアンドロイドから、赤が流れ出してる。アレは、アンドロイドが使う燃料、人間のソレとよく似た色で造られた液体。ソレを失えば、私たちはろくに動けなくなり、機能が停止してしまう事態になる。流れが止まらないアレから、嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。そのはずだった。

 

 

 

 

  甘い、生臭い、アマい、かオりが…?熟れたカジツの、甘い、ニオイ。

 

 

 

 

「…、ぁ……?」

 

  雲に遮られた光が、ソレに降り注ぐ。光を反射する赤、照らされた髪は黒真珠みたいな黒、赤い血管がよく見える白い肌、赤に染められた顔に、今でも閉じてしまいそうな目蓋の裏には、黒曜石のような瞳。見知った容姿、見知った瞳、見知らぬ赤い液体。

 

  これハ、ナニ?

 

「…ヵ、ネ?ぁ、あ………?」

 

  近付く。近付く。近付く。靴が赤の溜まりに踏む。片膝を着き、ソックスが赤に染まっていく。赤まみれになった素手で、横に向いたまま地面に倒れたソレ(物体)の腕を掴む。力を加え、押す。ぐるり、ソレ()が仰向けになる。

 

  コレは、なに?

 

  華奢な体、柔らかい肌、ぬるりとした赤が付着してる。手によって遮られた部分が、腹部に大きな染みができてる。赤の中心には、細長いなにかに貫かれた形跡がくっきりと残されていた。丸く、小さくて、深い傷口の穴。赤はそこから止めどなく溢れ出ている。白いシャツが赤に染まっていく、肌が蒼くなっていく、温度が下げていく。

 

  キミハ…ダレ?

 

  髪を侵食する赤、顔に付着する赤、体に広がる赤、唇の(すみ)から流れ出す赤。震える目蓋の裏に、焦点が定まらない瞳が、私に向けた。徐々に震え出す体、蒼くなっていく唇が動いた。

 

「…とぅー、び?」

  かすれた声、弱々しい声。今にでも消えてしまいそうな、あの愛しい声。どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして!あ、ああ!い、ぁ、いやだ……血…?どうして、なんで、あなたが、どうして。

 

「あか、ね…?」

 

  私の、愛しい……愛しいヒト(アカネ)

 

「あぁ、やっぱり…2Bだっ…」

「…!アカネッ!」

  混乱するシステム、アラームが鳴り響く脳内を無視し、急いで彼女の傷口を手で覆い、残された左腕で彼女の背中を支えて起こす。どんどん衰弱していく彼女を見つめ、私は、なにも考えられなかった。今までずっと、ずっと守ってきた彼女が、今まで無事だった彼女が、どうしてこんな格好(傷だらけ)になったかなんて、分からない。どうなってるかも、考えられない。だって、あんなに暖かかった彼女が、氷のように冷たくなってる。

 

「警告:アカネの心拍数下降。原因:大量出血」

「そんな事は知ってるッ!」

 

  声を荒げてしまった。これでは、アカネが怯えてしまう。ああ、ごめんなさい。ごめんなさいアカネ…!私が、私が守ってあげるって、約束したのに…ごめんなさい、私が、もっと…もっとしっかりしていれば……

 

「…2、B?こっち、を、見て…ねぇ、よく、見えない…の…」

「わ、分かった!私は、ここだ、ここにいる…!あなたの、そばに…!」

「ふふ、ありがと…あたた、かい…ずっと、このままで、いたぃ…」

  彼女の頬に触れれば、腕の中にいる彼女は縋りつくように、気持ちよさそうに目蓋を閉じながら呟いた。温度が、下がっていく。冷たい。まるで、まるで…

 

 

 

  帰らぬ者(死体)のようだ。

 

 

 

  違う!彼女は、ならない!ならない…そんな、ちがう…だって、この前まで、あんなに、元気だったのに!帰らない、なんて…ありえない!!!彼女は、アカネは、きっと、きっと少し眠くなっただけだ…!そう、きっと、そうなんだ…ねえ、そうでしょ?ねえ、アカネ…?

 

  ふと、腕の中にいる彼女が、止まった。

 

「……アカネ?」

  目蓋は、固く閉じた。少し開かれた唇は、動かない。弱い呼吸を繰り返した体が、止まった。最悪の考えが、頭を過ぎる。私は、彼女に触れていた手で、知らぬ間に震える手で、彼女の鼻に当てる。息は、ない。呼吸…してない?

 

「アカ、ネ…?」

  もう一度呼んでも、あなたは、起きてくれない。アカネ。今度も、起きない。眠ってるの?今度も、答えてくれない。

 

 

 

「……ねぇ、起きて、アカネ」

  どれだけ繰り返しても、あなたは目覚めてくれない。流れ出る血が止まったのに、あなたはまだ眠ってる。顔についた血を拭いても、あなたはまだ夢を見ている。世界は、静寂に呑まれた。鮮明な赤と、単調なモノクロのみ映ってる。

 

  ギシ、ギシ、ギシ。

 

  遠くから、機械の軋む音が鳴る。その機械の手には、眩い赤が付けられていた。それだけじゃない、あそこに群がってる機械共の武器が、全部、赤がつけられていた。

 

  ああ、分かった。あれだ。あれが、そうだ。あなたをコロシタのは、アイツらなんだな。分かってる、ミナゴロシにすれば、いいよね?任せて、まかせて、マカセテ。あなたのために、コロシテあげる。

 

「アカネ、マカセテ…あなたノために…」

 

 

 

 

 

「報告:当該対象であるアンドロイドは殺戮行為を継続し、機械生命体のみならず、アンドロイドの殺害もいとわない」

  レジスタンスキャンプにて、9Sはポッドの報告を聞きながら、深刻な顔をしていた。司令官から連絡が届き、地上で敵味方関係なく殺しかかってくるアンドロイドがいる、という情報を受けた。例のアンドロイドを見つけ出して、処分して欲しいとも言われた。

 

  そういえば、2Bはここ最近どこに行ったんだ?単独任務に出たっきり、全然帰ってこないし、一体どうしたんだろう?今回は2Bの協力なしか……これは、厄介になりそうだ。そう思った9Sは顎に手を当て、思考する。

 

「他に詳しい情報は?」

「当該アンドロイド、戦闘タイプに属し、地上で長く活動していた。とある任務にて対象を死亡させ、今回の事態を引き起こした」

「…?もっと詳しく」

「……報告:9Sの同行対象に該当する」

  同行対象に該当って、まさか…?

 

 

 

「ヨルハ二号B型、通称2B。単独任務を遂行、失敗に終え、アカネ(保護対象)の死亡後に地上での殺戮行為を始めた」

「……え?」

  僕の中で、最悪の予感が当たってしまった。心なしか、遠くから2Bの声が耳に届いた気がする。違う、それだけじゃない……2Bが、レジスタンスキャンプに入ってきたんだ。

 

「…ぜんぶ、コロシテしまえば……」

  見知ったアンドロイドは、血まみれになった姿で僕らを襲った。ぶつぶつと何度もその言葉を繰り返し、赤に染まった白の契約()を手にして、地面に倒れて動かなくなったレジスタンスを何度も何度も叩き切った。その動きに規則などない、その瞳に生気などない。彼女は間違いなく、狂ってしまった。アカネを失くした痛みに耐え切れず、アカネの死を受け入れず……2Bは、狂った。

 

「みて、アカネ…あなたノために、こんなにコロシテあげたよ……」

 

  恍惚とした笑みを浮かべ、まるで僕が眼中にないように、2Bは僕を対象として外したみたいに、他のアンドロイドを切りかかっていく。何人も、何回も、どれだけその刀を振るったかも分からないほど、切り続けた。あの姿は、まるで…

 

  死の舞踏。

 

  彼女は、(アカネの死)を直面して、恐怖を感じて踊り(殺し)続けてるのだと、理解してしまった。その踊りから、微かな……アカネのために踊って(殺して)るような感覚さえ覚えた。僕も長らく、2Bとアカネと一緒に行動を共にしてきた、だから、少なからず2Bの気持ちは分かる。

 

  僕だって、アカネを、失った者だ。だから、だからアカネ、どうか……

 

「……アカネの、ために…コロソウ」

 

  ボクを、ユルシテ。あなたノために、コロスことを…

 




2B:…という夢を見てしまった
9S:ぼ、僕たちって、(こんなに怖い)夢を見るんですね…
彼女:震えが酷いよ二人とも!ほら、おいで?(両手を広げる)
2B:アカネ…!(スッと抱きつく)
9S:アカネさん…!(後ろから抱きつく)
彼女:よしよし、怖い夢飛んでけー!
2B&9S:…っ!(ドキッ)



あんな恐ろしい夢、二度とごめんだ…!



『ポッド153、042より報告』
結末の原因:アカネを発端とし、2Bが感染し、アカネと深い関わりを持った者にのみ伝染する特殊なウィルス。人類にとって、機械生命体にとって、アンドロイドにとって、もっとも強く、最悪のウィルスに該当する。
後書きの結論:夢オチ

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