警告:本作に流血表現、精神状態異常表現、およびグロテスク表現が含まれている。
当該作品を閲覧する際は、ご注意を。』
世界は美しい、あなたがいるからこそ、世界が美しく見える。
生きる意味を見つけた、あなたがいるからこそ、生きる意味を見出した。
だけど、もし、あなたがいなくなったら……私は…
アンドロイドは
手袋を無くした手に、濡れた感触が伝わる。わずかに露出した肌に、見知らぬ液体が纏わり付いてる。戦闘用ゴーグルが外された視界が、見渡す限りの赤に占領されてる。朦朧とした視界に映る赤は、自分の体に飛び散ってる。足も、手も、腕も、体も、頬も、髪も、体の隅々まで、水のように飛び散ってる。
これは、なに?
匂いがする。鉄を思い出させるような匂い。指についたそれを、味覚機能で確かめる。赤がついた指先が、舌に触れた瞬間、甘くて、生臭い味が口の中に広がる。ぬるりと、粘液と少し似てる赤いもの、だけど、その生臭い甘さは、癖になってしまいそうなほど甘美だった。
これは、なに?
すぐ近く、すぐそこに、私の前に、同じく赤が飛び散った物体がいた。アンドロイドと同じ構造、人間を模して造られたアンドロイドから、赤が流れ出してる。アレは、アンドロイドが使う燃料、人間のソレとよく似た色で造られた液体。ソレを失えば、私たちはろくに動けなくなり、機能が停止してしまう事態になる。流れが止まらないアレから、嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。そのはずだった。
甘い、生臭い、アマい、かオりが…?熟れたカジツの、甘い、ニオイ。
「…、ぁ……?」
雲に遮られた光が、ソレに降り注ぐ。光を反射する赤、照らされた髪は黒真珠みたいな黒、赤い血管がよく見える白い肌、赤に染められた顔に、今でも閉じてしまいそうな目蓋の裏には、黒曜石のような瞳。見知った容姿、見知った瞳、見知らぬ赤い液体。
これハ、ナニ?
「…ヵ、ネ?ぁ、あ………?」
近付く。近付く。近付く。靴が赤の溜まりに踏む。片膝を着き、ソックスが赤に染まっていく。赤まみれになった素手で、横に向いたまま地面に倒れた
コレは、なに?
華奢な体、柔らかい肌、ぬるりとした赤が付着してる。手によって遮られた部分が、腹部に大きな染みができてる。赤の中心には、細長いなにかに貫かれた形跡がくっきりと残されていた。丸く、小さくて、深い傷口の穴。赤はそこから止めどなく溢れ出ている。白いシャツが赤に染まっていく、肌が蒼くなっていく、温度が下げていく。
キミハ…ダレ?
髪を侵食する赤、顔に付着する赤、体に広がる赤、唇の
「…とぅー、び?」
かすれた声、弱々しい声。今にでも消えてしまいそうな、あの愛しい声。どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして!あ、ああ!い、ぁ、いやだ……血…?どうして、なんで、あなたが、どうして。
「あか、ね…?」
私の、愛しい……愛しい
「あぁ、やっぱり…2Bだっ…」
「…!アカネッ!」
混乱するシステム、アラームが鳴り響く脳内を無視し、急いで彼女の傷口を手で覆い、残された左腕で彼女の背中を支えて起こす。どんどん衰弱していく彼女を見つめ、私は、なにも考えられなかった。今までずっと、ずっと守ってきた彼女が、今まで無事だった彼女が、どうしてこんな
「警告:アカネの心拍数下降。原因:大量出血」
「そんな事は知ってるッ!」
声を荒げてしまった。これでは、アカネが怯えてしまう。ああ、ごめんなさい。ごめんなさいアカネ…!私が、私が守ってあげるって、約束したのに…ごめんなさい、私が、もっと…もっとしっかりしていれば……
「…2、B?こっち、を、見て…ねぇ、よく、見えない…の…」
「わ、分かった!私は、ここだ、ここにいる…!あなたの、そばに…!」
「ふふ、ありがと…あたた、かい…ずっと、このままで、いたぃ…」
彼女の頬に触れれば、腕の中にいる彼女は縋りつくように、気持ちよさそうに目蓋を閉じながら呟いた。温度が、下がっていく。冷たい。まるで、まるで…
違う!彼女は、ならない!ならない…そんな、ちがう…だって、この前まで、あんなに、元気だったのに!帰らない、なんて…ありえない!!!彼女は、アカネは、きっと、きっと少し眠くなっただけだ…!そう、きっと、そうなんだ…ねえ、そうでしょ?ねえ、アカネ…?
ふと、腕の中にいる彼女が、止まった。
「……アカネ?」
目蓋は、固く閉じた。少し開かれた唇は、動かない。弱い呼吸を繰り返した体が、止まった。最悪の考えが、頭を過ぎる。私は、彼女に触れていた手で、知らぬ間に震える手で、彼女の鼻に当てる。息は、ない。呼吸…してない?
「アカ、ネ…?」
もう一度呼んでも、あなたは、起きてくれない。アカネ。今度も、起きない。眠ってるの?今度も、答えてくれない。
「……ねぇ、起きて、アカネ」
どれだけ繰り返しても、あなたは目覚めてくれない。流れ出る血が止まったのに、あなたはまだ眠ってる。顔についた血を拭いても、あなたはまだ夢を見ている。世界は、静寂に呑まれた。鮮明な赤と、単調なモノクロのみ映ってる。
ギシ、ギシ、ギシ。
遠くから、機械の軋む音が鳴る。その機械の手には、眩い赤が付けられていた。それだけじゃない、あそこに群がってる機械共の武器が、全部、赤がつけられていた。
ああ、分かった。あれだ。あれが、そうだ。あなたをコロシタのは、アイツらなんだな。分かってる、ミナゴロシにすれば、いいよね?任せて、まかせて、マカセテ。あなたのために、コロシテあげる。
「アカネ、マカセテ…あなたノために…」
「報告:当該対象であるアンドロイドは殺戮行為を継続し、機械生命体のみならず、アンドロイドの殺害もいとわない」
レジスタンスキャンプにて、9Sはポッドの報告を聞きながら、深刻な顔をしていた。司令官から連絡が届き、地上で敵味方関係なく殺しかかってくるアンドロイドがいる、という情報を受けた。例のアンドロイドを見つけ出して、処分して欲しいとも言われた。
そういえば、2Bはここ最近どこに行ったんだ?単独任務に出たっきり、全然帰ってこないし、一体どうしたんだろう?今回は2Bの協力なしか……これは、厄介になりそうだ。そう思った9Sは顎に手を当て、思考する。
「他に詳しい情報は?」
「当該アンドロイド、戦闘タイプに属し、地上で長く活動していた。とある任務にて対象を死亡させ、今回の事態を引き起こした」
「…?もっと詳しく」
「……報告:9Sの同行対象に該当する」
同行対象に該当って、まさか…?
「ヨルハ二号B型、通称2B。単独任務を遂行、失敗に終え、
「……え?」
僕の中で、最悪の予感が当たってしまった。心なしか、遠くから2Bの声が耳に届いた気がする。違う、それだけじゃない……2Bが、レジスタンスキャンプに入ってきたんだ。
「…ぜんぶ、コロシテしまえば……」
見知ったアンドロイドは、血まみれになった姿で僕らを襲った。ぶつぶつと何度もその言葉を繰り返し、赤に染まった
「みて、アカネ…あなたノために、こんなにコロシテあげたよ……」
恍惚とした笑みを浮かべ、まるで僕が眼中にないように、2Bは僕を対象として外したみたいに、他のアンドロイドを切りかかっていく。何人も、何回も、どれだけその刀を振るったかも分からないほど、切り続けた。あの姿は、まるで…
死の舞踏。
彼女は、
僕だって、アカネを、失った者だ。だから、だからアカネ、どうか……
「……アカネの、ために…コロソウ」
ボクを、ユルシテ。あなたノために、コロスことを…
2B:…という夢を見てしまった
9S:ぼ、僕たちって、(こんなに怖い)夢を見るんですね…
彼女:震えが酷いよ二人とも!ほら、おいで?(両手を広げる)
2B:アカネ…!(スッと抱きつく)
9S:アカネさん…!(後ろから抱きつく)
彼女:よしよし、怖い夢飛んでけー!
2B&9S:…っ!(ドキッ)
あんな恐ろしい夢、二度とごめんだ…!
『ポッド153、042より報告』
結末の原因:アカネを発端とし、2Bが感染し、アカネと深い関わりを持った者にのみ伝染する特殊なウィルス。人類にとって、機械生命体にとって、アンドロイドにとって、もっとも強く、最悪のウィルスに該当する。
後書きの結論:夢オチ