ソードアート・オンライン 黎明の女神   作:eldest

18 / 46
 明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!

 それでは74層攻略編開幕です!!


第17話 煮込まれウサギ

 七十四層の《迷宮区》でポップする強敵《リザードマン・ロード》との戦闘を終え、主街区までの帰り道を歩いていた。戦闘の余韻も、物思いに耽っていたせいか、いつの間にか消えている。

 陽も既に傾き始め、周囲の木々の間から、僅かに赤色の陽光が顔を覗かせる。葉の黒と陽の赤のコントラストがまるで影絵のようで、中々に幻想的な光景だ。――だからだろうか。不意に目頭が熱くなり、水滴が零れ落ちそうになる。

 

「――――直葉」

 

 思わず口を吐いて出たのは、この二年目にしていない妹の名前。

 直葉は、まだ剣道を続けているのだろうか。いや、きっと続けているのだろう。たった二年でやめてしまった俺と違って、あいつは根気強いから。

 なら、俺も弱音を吐くわけにはいかない。たとえ本当の兄妹ではなくても、俺があいつの兄貴であることに変わりはないのだから。

 もし現実に帰ることができたら、そのときは、昔のように“スグ”と呼ぼう。逃げずに、ちゃんと向き合おう。

 

「情けないな……何を泣きそうになってるんだ、俺は――――何だ?」

 

 コートの袖でゴシゴシ目元を擦っていると、鼓膜に聞き慣れない獣の鳴き声が微かに、しかし確かに響いた。

 感傷は脇へと追いやり、すぐさま思考を戦闘モードに切り替える。

 

「何処だ……?」

 

 声を潜め、独り囁く。

 敵の位置を探るため、《索敵スキル》を発動。数瞬の間の後、視界が拡張される感覚。僅かに目を細め、周囲に目を凝らす。

 そして――捉えた。

 十メートルほど離れた大きな樹の枝陰に、それほど大きくはない影。周囲の木の葉に擬態する灰緑色の毛皮と、体長以上に長く伸びた耳。視線を集中すると、自動的にモンスターをターゲット――黄色のカーソルと、対象の名前が表示された。

 

 《ラグー・ラビット》。

 

 俄かには信じられず、数度瞬きするが、やはり表示は変わらない。

 《ラグー・ラビット》といえば、超が付くほどのレアモンスターだ。

 只、レアモンスターとはいっても、取り立てて強いわけでも、経験値が高いわけでもない。しかし、このウサギがドロップする《ラグー・ラビットの肉》は大変美味らしく、プレイヤー間でのトレードで、実に十万コルは下らないらしい。十万コルといえば、最高級のオーダーメイド武器をしつらえても、釣りが来る額である。まあ、あの人辺りなら、十万コルなど端た金だと切り捨てかねないが。

 もちろん俺にとっては十万コルは端た金などではないので、そっと腰のベルトから投擲用の細いピックを抜き出した。

 照準を定め、ソードスキルを発動。《投剣》基本技《シングルシュート》――と、完全に投げる体勢に入ってから、俺はあることに気が付いた。

 

「――何か……食ってる?」

 

 俺は慌てて発動しかけていたソードスキルを――ピックを取り落とすというやり方で強制解除して、もう一度視線を凝らす。

 太めの木の枝に置かれたソレは、NPCショップでも売られているようなモンスター用の餌だった。つまり、《ラグー・ラビット》を罠に嵌め、得物を仕留める機会を窺っている狩人が、俺のすぐ近くにいるということだ。

 

「……危ない、危ない」

 

 もし俺がそのまま気付かず、横取りする形で仕留めていたら……最悪、プレイヤーと殺し合いになっていたかもしれない。

 自分がやりかけた愚行に冷や汗を流しながら――しかし、「ん?」と首を傾げる。

 ウサギは相当あの餌がお気に召したのか、口一杯に頬張り……もはやリスのようになってしまっているが、何故狩人はサッサと仕留めてしまわないのだろう。時間が経てば経つほど、俺のような通りすがりに横取りされるリスクが高くなるだろうに。まさか……餌を設置したはいいが途中で諦めて、既にこの場にはいないのだろうか。

 ――と、俺がそんな風に考えていると、思いのほか近くから声が聞こえた。

 

「か、可愛い……! あんなに口一杯頬張って……! そんなに気に入ったんだったら、毎日だってあげるのに。……ふふふっ」

 

 もはや嬌声と言っても過言ではないほどの甘い声。しかしそれ以上に俺が驚いたのは、フィールドとはいえ、最前線に女性プレイヤーが上がって来ていることだった。

 

「おいおい……!」

 

 迷宮区ではないにしろ、ここだって危険なモンスターが出現することに変わりはないのだ。

 俺は声のした方向に、出来る限り音をたてず足早に近づく。

 そして後姿を捉え、俺は声をかけた。

 

「おい、あんた……こんな所で何やってるんだ?」

「ヒッ……!」

 

 ビクッと、肩を震わせた女性プレイヤーの後姿は、なんとも頼りない。

 やはり、声をかけて正解だった。

 

「大丈夫か? ……何だったら、俺が街まで送るよ」

 

 俺にしては珍しく、自分から声をかけたのだ。どうせなら最後まで付き合ってやる。そう思って、相手の言葉を待っていたのだが、女性プレイヤーは返事を返さない。

 いきなり後ろから声をかけたのが、そんなに怖かったのだろうか。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

 こんな時、どんな言葉をかければ良いのか……。女性経験、それどころか対人経験すら不足している俺では解るはずもない。

 すると、女性プレイヤーはやっと声を発した――押し殺したような声を。

 

「――――――見た?」

「え?」

 

 思わず訊き返す。

 

「見た……というか、聞いた?」

「さっきの声は……悪い、聞くつもりはなかったんだけど」

 

 俺が率直にそう謝ると、女性は悲鳴を上げる。

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわ!?」

 

 女性特有の金切り声に、思わず驚きの声が上がる。

 

「……はぁ……はぁ……まさか、知り合いに……それも、キリトにこんな姿を見られるなんて……!」

 

 息を切らしながら発せられる言葉と、少しずつ振り向かれ、視界に入った横顔。記憶を手繰り寄せるまでもなく、それは見知った顔だった。

 

「――え? ……ええ!? まさか……ティンクルなのか!?」

「僕以外の誰に見えるって言うんだよ!?」

 

 そりゃ見紛うはずがない。

 一見すると西洋人にしか見えない、下手をするとNPC以上の美貌。肩甲骨辺りにまで伸ばされた銀糸の髪。そして、ルビーのような紅玉の瞳。

 しかし、それにも関わらず俺は想像すらしなかったのだ。あの嬌声を発したのが、あろうことかあの《氷姫》であることなど。

 

「うわぁ……穴があったら入りたい」

 

 そして、意外過ぎる姿を晒した彼女は、弱々しい声を上げながら整った顔を青ざめさせている。

 

「いや、そんな落込むなよ。確かに意外だったけど、女の子ってああいう小動物が好きなんだろ? 全般的に。そう考えると、全然意外じゃないっていうか……寧ろ、こっちが見た目通りで、普段の方が意外っていうか……」

 

 俺がそう取り繕うと、寧ろ傷口を抉ってしまったのか、彼女は遂に泣き出してしまった。

 

「うぅっ……酷い……だから……そう言われるから嫌なんだよぉ……」

 

 もはや、フロアボス戦でさえ不敵な笑みを絶やさない彼女のいつもの姿は見る影もなかった。

 

「わ、解った! 忘れるから! ……いや、もういっそ殴ってくれ!! そうすればショックで忘れるからッ!!」

 

 やや……というか、大分錯乱気味に叫んだ俺を、これも意外なことにティンクルが諫める。

 

「そんなこと……出来るわけがないでしょ」

 

 おい、聞いたかよ《閃光》様。

 俺はアスナの所業を思い出しながら、心の中で一人ごちる。

 

「はぁ……もういいよ。忘れなくてもいいから、その代わり、他言はしないでね」

「あ、ああ。それはもちろん」

 

 それぐらいなら簡単だ。ソロの俺にはそもそも話す相手自体少ないから、言ってしまえば朝飯前だ。

 しかし、これで彼女に対して溜まりに溜まっている借りを少しでも返せただろうか――などと、浅ましい考えが脳裏を過ぎったことに我ながらげんなりする。

 

「なぁ……結局、あの《ラグー・ラビット》どうするんだ?」

 

 視線を上げれば、あれだけ大声を上げたにも関わらず、未だに餌を貪り続けるウサギの姿が。

 どうやら、あの《ラグー・ラビット》はアルゴリズムに変調を来たしているらしい。いや、そうとしか考えられない。何故なら本来あのウサギは、ウサギなだけあって集音性がもの凄く高く、ちょっとの音でも逃げ出してしまうくらいなのだ。だが――

 

「はぁ……やっぱり可愛い……! ――ハッ!?」

 

 再び見惚れて声を上げた彼女は、俺がいることを思い出したのか顔を赤くする。

 

「あんた、一体あのウサギに何をやったんだ? まさか、NPCショップで買える餌なんかじゃないんだろ?」

 

 だが、アルゴリズムの変調ではないとすれば、可能性は一つだ。

 あの餌が、ウサギから“逃げる”という選択肢を奪い去ってしまうほどに美味いのならば考えられなくもない。

 俺が彼女の言動をスルーしてそう尋ねると、「ごほん!」と気を取り直すように大きく咳払いをしてから答えた。

 

「うん、僕のオリジナル。ウサギが好きなサニーレタス、ラベンダー、ローズマリー……それから、ミントなんかを混ぜて作ったやつ」

「えーと……それは《料理スキル》で……?」

「え? そうだけど?」

 

 それがどうした? という顔でキョトンとしているティンクル。

 しかし、俺は内心戦慄していた。

 《料理スキル》を《完全習得(コンプリート )》したと聞いたのは随分前のことだが、俺はあの時思ったものだ――アホか、と。

 だが、彼女はこれすら予測していたのではなかろうか。

 こんな光景を見てしまうと、他の《趣味スキル》にも思わぬ価値があるのではないかと考えざるを得ない。

 

「で、結局どうするんだ?」

 

 俺は再度、同じ質問を彼女に投げかけた。

 ティンクルが予め置いておいた餌を粗方食べ終わったのか、ウサギはもっとないのかと周囲をキョロキョロ見回している。

 

「ん~……」

 

 口元に手をやりながら、考え込むように唸る。――しかし、それがポーズに過ぎないことは、誰の目からも明らかだった。

 ティンクルはゆっくりとした足取りでウサギのいる枝の前にまで辿り着くと、そっとウサギの口の前に自分の手を差し出した。

 

「ほら、お食べ」

 

 ウサギは不思議そうに彼女の顔を見詰めてから、彼女の掌の上に載せられた先ほどと同じ餌をパクリと食べた。次の瞬間――

 

「……嘘だろ?」

 

 俺は目の前の光景が俄かに信じられず、否定の言葉を吐いていた。

 なんと、《ラグー・ラビット》のカラーカーソルが変化したのだ。それは見間違えるはずもなく、飼い馴らし(テイミング )に成功した証である。

 しかし、通常《使い魔》となるモンスターは好戦的(アクティブ)なものに限られる。そして、《ラグー・ラビット》は非好戦的(ノンアクティブ)モンスターだ。

 だが、あくまでそれは“今まで確認されたモノに関していえば”という枕詞が付くことを忘れてはならない。

 飼い馴らしの条件は簡単に言えば四つ。一つ、好戦的モンスターであること。二つ、小動物型モンスターであること。三つ、モンスターがプレイヤーに対して友好的な反応を示すこと。四つ、同種のモンスターを殺し過ぎていないこと、だ。

 今回の場合、一つ目の条件がそもそもクリア出来ていないが、その他三つの条件はクリアされている。そして、ティンクルは過去にも小動物型ではないモンスターを飼い馴らしすることに成功している。

 そもそも現にこうして《使い魔》になっているのだから、こういうこともあるのかと納得するしかないのが正直なところだ。何故なら通常のゲームと違い、“デスゲーム”と化して久しいSAOでは不正は根本的に不可能だからだ。

 

「なあ、愛でてる最中で申し訳ないんだけど……用も済んだし、一旦街に戻らないか? いい加減、暗くなってきたことだしさ」

「そうだね……行こっか」

 

 まるで壊れ物でも扱うかのようにそっと抱きかかえられた緑色のウサギは、いい加減満足したのか彼女の腕の中で寝息をたて始めた。

 

 

「――嘘でしょ……?」

 

 人は自分に都合のいいことしか信じないし、見えないものだと聞いたことがあるけれど、残念ながらわたしはそこまで都合よくは出来てはいないらしい。

 

「……アスナ様?」

 

 不審に思ったらしい警護の一人がわたしに声をかける。

 

「何でもないわ――……二人とも、今日はご苦労様でした。わたしはこれから直接《リンダース》へと転移するので、護衛はここまででいいです」

「し、しかしアスナ様! こんなスラムに足をお運びになったかと思えば、特に何をすわけでもなく……そうかと思えば、護衛はここまででいいなどと! 何かあってからでは遅いのですから、ご自宅まで護衛を――」

 

 彼らに非は無いのだけれど、精神的に丁重に断っている余裕もなく、わたしは最後まで聞かずに彼の話を遮る形で言い放った。

 

「ともかく、今日はここで帰りなさい。副団長として命令します」

 

 それでも何か言いたげだった騎士は、しかし言葉を飲み込むと、深々と礼をしてから転移門へと消えていった。

 

「……はぁ~」

 

 そこで緊張の糸が僅かに解け、わたしは溜め息を吐いた。

 警護と言えば聞こえは良いが、実際は監視されているようなものなのだ。誰の視線も気にせずにいられるのは、自分の家の中くらい……いや、友人の家もわたしにとっては数少ない安らぎの場所だった。

 

「転移! リンダース!」

 

 

「うわぁぁぁん! リズぅぅぅ!!」

 

 扉を開け放つや否や、わたしは泣きながら親友に助走をつけて体当たり気味に抱きついた。

 

「ぐふっ……! ちょっと!だからノックくらいしなさいと何度――って、どうしたのよ? アスナ」

「リズぅ……キリト、キリトくんがぁぁぁ!」

「な、何よ? キリトがどうしたのよ?」

「キリトくんがぁ、ティンクルさんと仲良さそうに肩並べて歩いてるの偶然見ちゃってぇぇぇ!」

「う、うん」

「あの二人、やっぱり付き合ってるのかなぁ? わたしじゃティンクルさんに勝てないよぉ~! うわぁぁぁん!」

 

 わたしはリズの胸を勝手に借りて号泣する。

 

「い、いや……それはないと思うなぁ~……あたしは」

 

 リズらしくない、言い淀んだ否定の言葉。

 

「やっぱりリズも二人が付き合ってるって思うのぉ!?」

「いや、だからそれはないって! 絶対!!」

 

 今度は力強く言い切ったリズ。

 だけど、わたしは逆に困惑する。

 

「な、何で断言できるの……?」

「え!? ……あー……えっと、それは……」

 

 再び言い淀むリズ。

 怪しい……!!

 

「リズ、もしかして……わたしに何か隠してない!?」

「ねぇ……アスナ。あんた絶対お酒は飲まない方が良いわよ。絶対絡み酒だから」

 

 そう言ってわたしの顔を押しやると、やれやれといった風に溜め息を吐いた。

 

「そんなに気になるなら、フレンド追跡でも使って二人が何処にいるのか調べてみたら? ……たぶん、この時間ならもう一緒にはいないと思うわよ?」

 

 時計は既に午後七時を指している。確かに、もう夕食時なので、何もないなら既に別れていてもおかしくない。しかし、未だに一緒だったら……?

 

「わたし怖くて見れないよぉ~!!」

「解ったから、あたしも一緒に見てあげるから泣くの止めなさいって」

「うぅ……」

 

 そう言われ、わたしはしぶしぶマップを使ってフレンド追跡をかけた。結果は――

 

「そ、そんなぁ……!!」

 

 やはり、と言うべきか。座標が示したのは、一層下の《フローリア》。しかも、二つの座標の距離が示すのは、二人が今この瞬間に一つ屋根の下に居るという、間違いようのない決定的な事実だった。

 

「ご、ごめん……リズ。わたし、今日はもう帰る気力無いや……今日は泊めて」

「いや、それは良いけど……あんた大丈夫?」

「う、うん。……別に、付き合ってると決まったわけじゃ、ないし」

 

 泣き出しそうになるのを堪えて、わたしは工房から家の中へと入っていった。

 

 

 

「……冗談よね?」

 

 一人になった工房に、そんな声が僅かに響いた。




ア)「どうして……?どうしてよ!?キリトくんとのフラグがポッキリ折れてるじゃない!!」
俺)「大丈夫です!アスナさんならフラグの1つや2つ、自分でねじ込めますから!」

 冗談はさて置き、今週2回目の投稿です。

 ティンクルと絡めないので難しいと思ってましたが、アスナ絡みでまたリズを出せて嬉しかったです(笑)

 それでは、誤字脱字の指摘、感想などお待ちしております!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。