ソードアート・オンライン 黎明の女神   作:eldest

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 クラディールさんが既に若干ヒャッハー!してますが、それはご愛嬌ということで。


第19話 氷姫の舞踏

「――遅いな」

「……そうだね」

 

 七十四層主街区《カームデット》のゲート広場。

 俺とティンクルは石造りのモニュメントの一つに背を預け、待ち人が来るのを待っていた。待ち人というのは、勿論アスナのことだ。

 アスナは昨夜リズベットの家に泊まったらしく、ポーションや回復結晶等々の準備の為に一旦自宅へと戻っていた。

 朝方は晴れていたというのに、陽はすっかり雲に覆われ、秋の匂いのする風が頬を撫でる。

 

「なあ」

「ん?」

「あんたは秋の匂いっていったらどんな匂いを想像する?」

「秋といえばやっぱり金木犀かなぁ」

 

 取り留めの無い会話。だというのに、往来を歩く人々の視線が突き刺さってるように感じるのは、俺が自意識過剰という訳ではあるまい。

 この後アスナも合流すると考えると……俺は、周りの視線だけで刺殺されるのではなかろうか。

 非難の意味を目一杯込めて隣に立つティンクルを見やるが、彼女は俺の方など見ておらず、只々虚空を見詰めるばかりだ。

 聡い彼女と違い、残念ながらエスパーでもなんでもない俺は、他人が何を考えてるのかなんて察することなど出来なくて……、気持ちというのは、言葉にしてもらわなければ解らない。

 

「遅いな」

「……うん」

 

 その声には疲れが感じられて、俺はもう黙っていられなくなった。

 

「なあ、あんたどうしたんだよ?さっきから」

 

 自分から言ってくれないのであれば、こちらから問うしかない。

 しかし、答えというのは難解なものばかりではなくて、驚くほど単純だったりするものだ。

 

「……眠いんだよ」

 

 彼女はそう言ってから、欠伸を噛み殺すように口を閉じて瞼を擦った。

 ――そういえば、ティンクルは昨夜一睡もしていないんだったか。

 とんだ杞憂であったことに俺は内心苦笑して、彼女が眠ってしまわないように会話を続ける。

 

「あんたが今着てるその鎧って、たしかLAボーナスのユニーク品だったよな?」

「そうだよ。上下セットの《銀妖精の鎧(シルバーフェアリー・アーマー)》に《銀妖精の篭手(シルバーフェアリー・ガントレット)》。それから、防寒対策に中にパーカーも着込んで。……あー因みに、今日の下着は黒の――」

「ぶっ……!!ゲホッゲホッ!」

 

 寝惚けている癖に……いや、だからこそなのか、突然の逆セクハラに俺は咽て咳き込む。

 

「うるさいなぁ……」

「あんたのせいだろ!!」

 

 いや、落ち着こう。深呼吸だ。こうやって一々反応するから相手は面白がるのだ。

 ――それにしてもアスナのやつ、いい加減遅すぎやしないか?

 時刻は既に九時を回り、別れてから一時間近く経とうとしている。いくら女の子だって、流石に支度だけに一時間も必要無い……はずだ。

 ドタキャンならそれはそれで構わないが、何かあってからでは遅いので、メールでも送ってみようかと思い始めた時だった。

 本日何度目かの転移門内部の青いテレポート光を目の当たりにして、俺は期待半分諦め半分で門を凝視した。が――

 

「――――え」

 

 通常なら転移者は門内部の地面に出現するはずが、転移時に勢い良くジャンプでもして門へと飛び込んだのか――地上から一メートル辺りの空中に人影が出現し、エネルギー保存の法則に従って勢いそのまま吹っ飛んできた――俺へと向かって。

 

「うわぁぁぁぁ!?」

「きゃぁぁぁぁ!避けてぇぇぇぇ!」

「――ッ!!」

 

 あわや大惨事、というところで――俺の前へと躍り出たティンクルが、その人影を受け止めた。それも、いわゆるお姫様抱っこというやつで。

 

「大丈夫?」

「ご、ごめんなさい。……ありがとうございます」

 

 状況も相まって羞恥で頬を染めたその頓馬なプレイヤーは、しかし俺の見知った人物だった。というか、一時間前に会ったばかりのやつだ。

 

「アスナ……何やってんだ」

 

 待ち人来る。

 それにしたって、この登場は余りにもあんまりだろう。とんだサプライズだ。

 

「アスナ、顔赤いけど……本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫ですから……その、恥ずかしいので……」

 

 そう言われ、自分が周囲の注目を集めていることに気が付いたのか頷くと、特に急ぎもせずゆっくりとアスナを降ろした。

 

「こういうのはキリトの役目だと思うんだけどなぁ……本来は」

「め、面目ない。……だけど、あんなの咄嗟に対応出来る方がおかしいだろ……」

「いや、キリトなら出来ると思うけどね」

 

 そう言って、ティンクルは肩を竦める。

 俺のことを高く買ってくれてるのは素直に嬉しいが、それは幾らなんでも買い被り過ぎだ。

 

「ところでアスナ、何をそんなに急いでたの?」

 

 ティンクルがそう尋ねると、アスナは何を思い出したのか、ハッとした表情になり――同時に、再び転移門が青く輝き、アスナと同じ赤と白の団服を纏い……ティンクルのには負けるものの……やや装飾過多気味の鎧と長剣を装備した痩身の男が現われた。

 ――たしかこの男は……アスナの護衛の一人じゃなかったか?

 そしてアスナ本人はといえば、男の姿を認めると、俺の背後に隠れるようにして相手を睨み付けている。

 

「アスナ様……勝手なことをされては困ります……!」

 

 男は俺と背後のアスナに目を留めると、より一層表情を険しくし、ヒステリック気味に叫んだ。

 俺はアスナと護衛の男の顔を交互に見返し、稍あって冷や汗を流した。

 詳細は解らないが、何か良からぬ事が起ころうと……いや、既に起こっていることだけは理解する。

 

「お、おいアスナ……これは一体どういう――」

「貴様か……?アスナ様を誑かした不届き者は!!」

「わたしは誑かされてなんかないわよ……!それに、どっちが不届き者よ!!大体クラディール、アンタ何でわたしの家の前で待ち構えているのよ!?」

 

 両者別の意味で白熱してるが、今回、ある意味俺が一番の被害者と言っても過言ではないと思うのだが。しかし、それをこの神経質そうな男に言ったところで誤解は解けまい。

 だが、やる前から決め付けるのはやはり宜しくはないだろう。

 

「えーと……クラディール……?――誑かしたなんて人聞きが悪いな」

「キリトくん……!」

 

 キリトくんも言ってやって!と目で訴えられているので、ならば期待通り言わせてもらおう。

 

「あんたは大きな勘違いをしている」

「何だと……?」

「……アスナを誑かしたのは俺じゃなくて――――そっちの女だ」

 

 そう言って、俺は真っ直ぐ指を差す。クラディールの視線は、自ずと俺が指差す方向へと吸い寄せられる。

 俺が指差したのは勿論、さっきから傍観決め込んでいるティンクルのことだ。

 

「えー……そこで僕に振るんですか……」

「……キリトくんの馬鹿っ」

 

 女性陣の非難と落胆が入り混じった声と視線を浴びせられるが、俺は何も間違ったことは言っていない。

 ……間違ってないですよね……?

 

「貴様……ふざけた事を!ビーター風情が調子に――」

 

 《ビーター》とクラディールが口走った瞬間、確かに俺の耳は、何かがぶつりと断絶する音を聞き取った。

 音のした方向を見やれば、笑顔を貼り付けた銀髪の美女。

 その姿は、彼女が纏う豪奢な鎧も相まって、神話に出てくる戦乙女のようである。

 つまりは、不吉であるということだ。

 

「ビーター……ビーターねぇ。……それは、一体誰に向かって言ったんだろう?僕にかな?それともキリトに対してかな?……どちらにせよ、許さないけどね」

「何を……」

 

 明らかに態度が豹変したティンクルに、クラディールは訳が解らないといった体で困惑している。

 たしかに自覚は無いのだろう。だが、クラディールは大きな過ちを犯した。

 何故なら、今この場にいるβテスターは俺だけではないからだ。

 

「……僕がキリトに言うのも、キリトが僕に言うのも良いんだよ。僕らは、同属だからね。――でも、何も知らない奴が、おいそれと口にするのは許せないんだ。……特に、キリトに対しては」

 

 数歩前へ出てそう言うと、ティンクルはより一層眼光を鋭くする。口元に、笑みだけを置き去りにして。

 それに対し、クラディールは一転、嘲るような表情で目を細めた。

 

「なるほど……貴様もビーターというわけか。卑怯者同士で傷の舐め合いとは、滑稽この上ないなぁ……!!」

「いい加減にしなさいクラディール!これ以上の中傷は――」

「止めろ、アスナ」

 

 諌めようとするアスナを逆に俺は首を振って制止した。

 

「ど、どうして止めるのよ!?このままじゃ……!!」

 

 このままじゃ、今更になって攻略組の中で不和が生まれかねない。そして、そうなれば当然、俺が《ビーター》を名乗った意味も無くなる、とアスナは言いたいんだろう。

 でも――

 

「アスナが止めに入って収まったところで、お互い悔恨を残すだけだ。なら、一層のことぶつかり合った方が後腐れなくて良いだろ」

 

 俺がそう言うと、アスナは納得がいかないのか尚も反論する。

 

「そんなの男の子の論理でしょ!?……実際はこういう揉め事って、正面衝突したところで数ヶ月蟠りが残ったりするものなのよ!!」

 

 アスナの真に迫るような物言いに、思わず俺は目を瞬かせる。

 

「け、経験がお有りで?」

「わたし……女子校育ちだから。陰険ないじめとか、結構見たし」

 

 女子校は花園のはずだろ。何だその魔窟は。全思春期男子の幻想を返せ!

 ――いや、現実逃避している場合じゃない。

 

「いや、そもそも何でこんなことになってるんだ?アスナ、今日KoBは活動日じゃないんだろ?だったら、プライベートまでギルメンにとやかく言われる筋合いは無いだろ……仮にもアスナは副団――」

 

 そこまで言って、俺は思い至る。副団長よりも上の権限を持つのは当然――

 

「まさか、ヒースクリフが……」

「ううん、団長は関係ない。あいつが勝手に――」

 

 アスナが何か言おうとするが、その声はクラディールの金切り声によって掻き消される。

 

「私が許せないと言ったな?――ならば当然、自分の言ったことに責任を持たないとなぁ!!」

 

 現実は銀幕の中とは違って、こちらの会話が終わるまで待ってなどいてはくれない。

 

【Kuradeel から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか? YES or NO】

 

 ティンクルの前に現われた、半透明のシステムメッセージが刻印された矩形。

 しかし、彼女は一瞬その出現を確認しただけで、クラディールを見詰め直す。

 その視線はあくまでも冷徹で、怒気を孕んでいるようには見えない。そもそも彼女の体貌に、ヒトを恐怖させるに足る要素など一つとして無いといっていい。

 だが、たとえその外面が人形のように完璧ではあっても、彼女も血の通った人間であることに変わりはない。

 彼女の内面に渦巻くものが何であるのか。それを識ろうとしたところで、外面が曇り硝子のように取り巻いていて、容易に見透かすことなど出来はしまい。

 だから、こうして傍目から見ている分には、彼女が怒りを覚えいるのかどうかも解らない。先刻、彼女自ら「許さない」と言ったにも関わらず、だ。

 

「――まあ、大体の察しは付いた。要するに、あなたはアスナの護衛として、四六時中彼女を警護したいわけだ。……今朝、彼女の家で彼女を待っていたのは、あくまで任務の延長だと」

「ああ、その通りだ。……なんだ、案外話が通じるではないか。――解ってもらえたのなら、アスナ様をこちらに引き渡してもらいたいのだが?」

 

 自分の推察を淡々と話すティンクル。

 対して、自分の行動原理を理解されたからか、先ほどの剣幕が幾らか和らいだクラディール。

 “四六時中”を否定しなかったクラディールに、アスナは怖気が震うようだが、俺は……ティンクルに対して、ある種の“気持ち悪さ”を感じていた。多分それは、何か得体の知れないモノに対する恐怖心なのだと思う。

 

「――解った」

「て、ティンクルさん!?」

「さあ、アスナ様、ギルド本部へ戻りましょう」

 

 アスナもクラディールも、それが引き渡しに同意する発言だと思ったのだろう。

 アスナはティンクルを失望するかのような眼差しで一瞬見ると、今度は傍らの俺に縋る様な視線を向けた。

 クラディールは、アスナを連れ帰る為にこちらへと歩み寄ってくる。

 そして、ティンクルと擦れ違う瞬間――――彼女は、クラディールの左手首を握り締め、その場に留まらせた。

 

「……貴様、何のつもりだ?」

「解ったって言っただろ?――あなたみたいなのを日本語では確信犯っていうんだよ。勿論、本来の意味でね」

 

 ティンクルはそう言うと、宙に浮かんだままだったウィンドウに指で軽く二度触れる。

 

【Kuradeel との1vs1デュエルを受諾しました】

【モード:初撃決着】

【60】

【59】

 

 システムメッセージが流れ、カウントダウンが開始される。

 

「貴様ァ……!!」

「ふっ……あなたの行動は、端から見たらストーカーのソレに他ならないよ。寧ろ、自覚が無い分尚更性質が悪い」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 怒りに歪んだ顔と、氷の微笑。

 一見対極的に見えるそれは、しかし同一のものだ。何故なら、笑顔とは本来、攻撃的なものなのだから。

 

「あなたが勝ったら、そのままアスナを連れ帰るといいよ。でも、もし僕が勝ったら、今日は僕が責任を持ってアスナを預からせてもらう」

 

 凛とした声でそう言い放つと、犯罪防止コードギリギリで掴んでいたらしいクラディールの腕をパッと放す。

 急に力を抜かれ解放されたクラディールは、当然のように蹌踉けてしまったわけだが、それが更に火に油を注ぐ結果となった。

 

「言わせておけばこの尼ァ!!――アスナ様……!此奴の戯言に耳を貸す必要などございません!!このクラディール以外、貴女の護衛が務まる者などいないことを証明しますぞ!!」

 

 狂喜を押し殺したような声でそう叫んだクラディールと相変わらず笑んだままのティンクルは、お互いジリジリと距離を取ると、一方は騎士剣を、もう一方は日本刀を携え構えた。

 

「おい聞いたか!?あの《氷姫》とKoBメンバーが《閃光》を賭けてデュエルだとよ!!」

 

 騒ぎを聞きつけ集まってきていた人垣の中から誰かがそう叫び、ドッと歓声が湧く。

 だが、俺は内心肝を冷やす。

 世の中には、水を差したら爆発する物質が思いの他多いのだ。

 ほら、今俺の目の前にも。

 

【16】

【15】

 

「さあ、出番だよ」

 

 右手で刀を正眼に構えたまま、左手でウィンドウを何かしら操作したティンクルの足元で、青い光が集まり、爆ぜる。

 彼女の足元に出現したのは、昨日飼い馴らし(テイミング)に成功した《ラグー・ラビット》だった。

 主人の優しい声音に反応するように、ウサギは耳をぴくりと動かし、つぶらな瞳で彼女を見詰める。

 

「《ラビット・フッド》、お願いね」

『プゥ!』

 

 現実のウサギの鳴き声を聴いたことの無い俺にはそれが本当にウサギの鳴き声なのかは判断付かないが、目の前の緑ウサギは主人の願いに応えるように確かにそう鳴くと、ティンクルの両足に若草色のライトエフェクトを纏わせた。

 たしかノウサギの走力は……時速八十キロにまで達するのではなかったか?

 

「良い子だ」

 

【3】

 

「《氷姫》ってビーストテイマーだったのか?」

「お前知らないのか?あの姫様は普段から骸骨従えてんだぜ?今更ウサギなんかで驚くかよ」

 

 見物人のそんな会話が耳に聞こえた時だった。

 

【DUEL!!】

 

 開戦を告げる文字が両者の間で閃光を伴って弾け、二人はほぼ同時に地を蹴りつける。

 

「ヒヤァ――――ッ!!」

「……!!」

 

 俺は目を見張った。

 意外なことに、先に動いたのはクラディールで、ティンクルは比べてやや遅い。だが、そんなことは瑣末なことで、俺を含め全ギャラリーが驚いたのは、ティンクルの刀がライトエフェクトを纏っていない――つまり、ソードスキルを発動していないことだった。

 

「馬鹿がァッ!!」

 

 勝利を確信した笑みを浮かべるクラディールの騎士剣がライトエフェクトを纏って、ティンクルを斬り裂かんと迫る。

 あれは……両手用大剣の上段ダッシュ技《アバランシュ》だったか。

 

「ティンクルさん!!」

 

 隣でアスナが叫ぶ。

 たしかに、このデュエルは初撃決着モードだ。だが、《アバランシュ》のような高威力の上位スキルをまともに喰らうと、HPを全損させてしまうことも稀にだがあるのだ。しかもティンクルの場合、ステータス値を殆ど【VIT】には振っていない。だからこそ、それを補う為のあの鎧なのだ。だからもし、ティンクルがこのまま《アバランシュ》をクリーンヒットで喰らえば、ほぼ確実に死ぬ。

 だけど、そんな光景……俺には想像すら出来ない。

 

「――――――――――な……に……?」

 

 ティンクルを正面に、驚愕で目を見開くクラディール。

 

「お、おい」

「あいつの剣……何処に行ったんだ?」

 

 クラディールの手から、ライトエフェクトを纏ってティンクルに確かに迫っていた騎士剣が、忽然と消失したのだ。

 まさかの奇術(マジック)に戸惑う声がそこかしこから聞こえ、誰もがクラディールの剣の行方を捜す。

 

「貴様ァ……この期に及んでどんな如何様を……!?」

 

 クラディールは、自分の剣が消えたのは、ティンクルが何かしらのチートをしたのだと疑っているらしい。それも当然か。だって、ビーターの語源は、βテスターとチーターなんだから。

 しかし、直後。

 

『カランッ』

 

 空中から落下してきた騎士剣が舗装された地面に落ち、辺りに金属音を響かせた。

 つまり彼女は、意図的な《武器落下(ドロップ)》……《ディスアーム》を引き起こしたのだ。

 

「アスナ、さっきの見えたか?」

「う、うん。……でも、もしあれがソードスキルだったら、ライトエフェクトすら目で追えた自信無いよ」

「……ああ、俺もだよ」

 

 そう。ティンクルがやったのは、勿論チートではないが、ソードスキルでもなく……でも、“剣技”以外の何物でもなかったのだ。

 

「あれって――」

「あれは――」

 

 俺達は二人同時に、自分の知識でその名を口に出す。

 

「――巻き込み(アンブロップマン)だよね?フェンシングの」

「――巻き上げだろ?剣道の」

 

 奇しくも同じようにスポーツとして体系化された洋と和の剣術の名を上げて、俺達は思わず顔を見合わせる。

 

「――さて」

 

 周囲の喧騒を切り裂く、ややハスキーな声。

 それは口々に勝手に話していた者達の動きを止め、辺りが一瞬静寂に包まれる。

 

「どうする?……このまま続けても良いけれど、そうしたら首にブスリだよ?」

「くっ……!」

 

 真っ直ぐ、首に刀の切っ先が触れるか触れないかというところで手を止め、そう尋ねるティンクル。

 どう見てもその光景は脅迫以外の何ものでもないのだが、デュエル中であることを踏まえれば、案外良心的なのかもしれない。

 

「ま、問答無用で両手首斬り飛ばされるよりはマシだろ」

「キリトくん何か言った……?」

「いや」

 

 どうやら俺のぼそりと呟いた独り言は、アスナの耳には聞こえなかったらしい。

 やがて、元々白かった顔をより蒼白にさせたクラディールは、怒りに、或いは恐怖に震えるように声を上げた。

 

「アイ・リザイン……!」

 

【A Winner is Twinkle!!】

 

 次の瞬間、勝者を告げるシステムメッセージが開始時と同じように両者の間に出現し、高らかなファンファーレが鳴り響き――しかし、それを覆い隠すほどの拍手と歓声が、広場一帯に轟いたのだった。




 やったー!一般試験も終わったぁ!自由だぁー!と、一緒に喜ぶ間も無く、老衰で自力で立つのも困難になった我が家の猫。
 それでも身体を引き摺りながら、俺の膝の上によじ登ろうとする彼を見るのは非常に辛いです。
 ウサギが死んだ時も悲しかったですけど、お別れは慣れませんし、出来ればしたくないですね……。

 さて、話は変わりますが、アスナさんが女子校育ちというのはどこ情報でしょうか?お嬢様学校といえば女学院、と思ってしまう俺は、既におとボクに脳を侵されているのでしょう(笑)

 因みに、一応作者は剣道有段者なんですが、巻き技なんて公式戦では1度も見たこと無いですね。というのも、原理は簡単なんですが、実行出来るだけの技術も筋力も環境も無いんですよね。
 だから、ティンクルが今回成功したのは、ゲーム故の速度と筋力、そしてクラディールを事前に心理的に揺さぶっておいたお陰です。

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