ソードアート・オンライン 黎明の女神   作:eldest

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第22話 彩色のシンフォニア

 依頼完遂(ミッションコンプリート)、と内心浮かれていただけに、次なる厄介事の種の登場に小さく肩を落とす。

 安全エリアへと現われたのは、今朝見かけた重鎧姿の《軍》の一団だった。

 先頭にいたリーダー格と思しき男が「休め」と言った途端、隊列を組んでいた残り十一人は、倒れ込むようにしてその場に座った。床と鎧のぶつかる音が、盛大に鳴り響く。

 相当に疲れているのであろうことは言うまでもないが、そんな彼らに目もくれず、男はこちらに向かって歩いて来る。そして、何を勘違いしたのか僕の前で立ち止まると、フルフェイス型の兜を外した。

 男の面差しは厳つく、口元は固く引き結ばれ、如何にも厳格な印象を受ける。年齢は、三十代前半だろうか。それに、かなり上背があり、身長があまり高くない僕は、どうしても彼の顔を見上げる形になってしまう。

 やがて、男はこちらを威圧するように見定めると、僕に向かって口を開いた。

 

「私は《アインクラッド解放軍》所属、コーバッツ中佐だ」

 

 僕の気持ちを知ってか知らずか、男は平坦な口調でそう名乗った。

 どうやら、この中でも一際目立つ僕を、こちらの集団のリーダーだと思ったらしい。だとすれば、随分狭量浅はかな人物だと言わざるを得ない。何故なら僕らのパーティーリーダーはキリトだし、《風林火山》のギルドマスターはクラインなのだから。

 ――それにしても……一難去ってまた一難。気の休まる暇が無いな。

 

「僕はティンクルといいます。――《軍》の中佐殿が、一体何のご用でしょうか?」

 

 笑みを浮かべ、口調はあくまで丁寧に。しかし、中佐にアクセントを置いて、たっぷりと皮肉を込めたつもりだったのだが――男は意に介さず……或いは気付かず……に軽く頷くと、横柄な口調で尋ねてきた。

 

「君らは、もうこの先も攻略しているのか? もしそうなら、マップデータを提供して貰いたい」

 

 さも当然だ、とばかりの中佐殿の台詞に、思わず溜め息を吐きそうになる。こりゃ、ソクラテスでも匙を投げそうだ。

 何か言ってやろうと口を開きかけたとき、後ろのクラインが声を荒げた。

 

「な……て……提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのか!?」

 

 クラインがそう言うのも無理はない。最前線の未踏破エリアは只でさえ危険だし……それに、βテスターが情報提供していた初期とは違い、マップデータは情報屋で高値で取引されているからだ。

 しかし、コーバッツは眉根を寄せると、ぐいと顎を突き出しながら大声を上げた。

 

「我々は、君ら一般プレイヤーの解放の為に戦っている! 諸君が協力するのは、当然の義務である!!」

 

 義務ときたか。

 権利ばかりを主張する輩もどうかと思うが、義務ばかり果たせと言う人間も総じて碌でもない。

 

「ちょっと、あなたねぇ……」

「て、てめぇなぁ……」

 

 後方から激発寸前の声を出すアスナとクライン。それを制したのは、意外なことにキリトだった。

 

「待てよ、二人とも。――ティンクル、いいか?」

 

 進み出て、僕の真横に立ったキリトはそう尋ねてきた。

 僕よりやや背が低く、恐らく歳も下の少し頼りない少年。だから、何かと世話を焼いてしまうのだけれど。

 でも、今は彼に任せよう。だって――

 

「ふふっ……良いも悪いも、僕らのリーダーは君だ。好きにしなよ」

 

 軽く笑って、一歩下がる。選手交代だ。

 

「悪いな。――――ボス部屋手前までマッピングしてある。どうせ、街に戻ったら公開しようと思っていたデータだ。あんたの好きに使えよ」

 

 そう言いながら、キリトはトレードウィンドウを開いてデータを送信する。

 

「協力感謝する」

 

 受け取ったらしいコーバッツは、表情一つ変えず、感謝の念などまるで籠っていなさそうな声音でそう言って、くるりと後ろを向いた。

 

「おいおい、そりゃあ人が好過ぎるぜキリト」

 

 コーバッツの態度が気に食わなかったらしいクラインはそう口にする。

 

「良いんだよ――」

 

 言いながら、キリトはこちらを振り向く。

 ……おや?

 キリトは、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべ――

 

「マップ提供しなかったせいで死なれても、寝覚めが悪いからな」

 

 態と大きめな声でそう言って、肩を竦めるキリト。

 

「貴様……私の部下は、こんな所で死ぬような軟弱者ではない!」

 

 それを聞き咎めたコーバッツは僅かにこちらを振り向き、部下を強調して苛立つように言ったが、キリトは軽く首を振る。

 

「俺は、あんたの部下に対して言ったんじゃないよ、コーバッツさん」

 

 言外に、あんたに言ったんだと言わんばかりの皮肉っぽいその台詞に、コーバッツは青筋を浮かべる。が、流石に相手も大人だ。いきなりキリトに殴りかかったりはしなかったが、代わりに大きく舌打ちをした。

 

「貴様らさっさと立て!!」

 

 怒気を孕んだその声に押され《軍》の一団はのろのろと立ち上がると、再び隊列を組む。そして、兜を被り直したコーバッツは、最早こちらには目もくれず先頭に立ち、進軍を再開した。

 ……パーティーメンバーに八つ当たりとかしたりしないといいけれど。

 

「……大丈夫なのかよ、あの連中……」

 

 規則正しい足音が聞こえなくなった頃、クラインが気遣わし気な声を上げた。

 ホント、お人好しだなぁ……相変わらず。

 

「それにしても……キリトくん、どうしたの? さっきのあれ」

 

 アスナはそう言って、キリトを訝しげに見詰める。

 

「ああ、あれか? ……どっかの誰かさんの真似をしてみたんだよ」

 

 キリトがそう言うと、キリトも含めてこの場にいる全員の視線が僕へと注がれる。

 嘘だ、と言ってほしくて、僕は冗談めかして尋ねる。

 

「え~? ……僕って、あんなに意地悪い?」

「「「悪い」」」

 

 キリト、アスナ、クラインが殆ど同時にそう首肯すると、残りの《風林火山》メンバーも各々肯定するように頷いている。

 ……そんな馬鹿な。

 あんなに僕って性格悪いの? 少なくても、この場にいる全員にそう思われている……?

 

「勘弁してよぉ~……」

 

 頭を抱えそうになるのはなんとか堪えたが、悲痛な声が口から漏れ出ることは止められなかった。

 

「まあ、そんなことは兎も角だ」

「そんなことって何だー! 僕は今、真剣に悩んでるんだぞっ!」

「あいつらの誰かがこの先で死んだら寝覚めが悪いのは本当だし……一応、様子だけでも見に行くか?」

 

 スルーされた……。

 肩を落とす僕を置き去りに、他の人達はその提案に頷いて賛成する。

 

「どっちがお人好しなんだか。――――で、ティンクルはどうする?」

 

 最初は苦笑を浮かべていたキリトだが、途中から明らかにニヤニヤ笑いと解るそれに変わる。

 つまりこの一連の流れは、キリトによる日頃の意趣返しというわけか。

 はぁ~……子供だなぁ。

 内心でそう溜め息を吐いてから、僕は態とらしく肩を竦めた。

 

「僕はさっきと同じだよ。……キリトに任せる」

「了解。なら、サッサと行こうぜ」

 

 アイテムストレージを確認し終えたらしいキリトはそう言うのだが、何時に無く真剣な表情のクラインに僕は呼び止められる。

 

「あー……そのぉ、アスナさん、それにティンクルも。ええっとですな……アイツの、キリトのこと、宜しく頼んます。口下手で、無愛想で、戦闘マニアなバカタレですが」

「な、何を言っとるんだお前は!」

 

 それを聞きつけたキリトは猛スピードでバックダッシュすると、クラインの悪趣味なバンダナの尻尾を思い切り引っ張った。

 だが、クラインは顔を傾けたまま無精髭の生えた顎を擦ると、嬉しそうに口を開く。

 

「だってよぉ……おめぇが誰かとまたパーティー組むなんてなぁ。たとえ、美人二人の色香に惑ったにしても、大した進歩だと思ってよう」

「ま、惑ってない!!」

 

 そんなキリトの言い返しに、僕は思わず吹き出した。

 どうやら面白がっているのは僕だけではないらしく、クラインとその仲間五人、それにアスナまでもがニヤニヤ笑いを浮かべている。

 人を呪わば穴二つ。残念だったね。

 

「任されました」

 

 アスナは笑顔でそう言い、僕は当然――

 

「クラインに今更言われるまでもないさ」

 

 そう言って、軽く微笑む。

 

「ほ、ほら! サッサと行くぞ!!」

 

 見るからに頬を赤くしたキリトはそう言って、ずかずかと歩き出したのだった。

 

 

 運悪くリザードマンの集団に出くわし、僕ら九人は大きくタイムロスをしていた。

 走りながら、思考を巡らせる。

 あれを使ってボス部屋前まで直行したところで、もし《軍》が既に帰った後ならば、僕一人の大損ということになる。だけど、もし無謀にも彼らが《ザ・グリームアイズ》に挑んでいるとするならば、一刻の猶予も無い。

 そう考えると、決断は早かった。

 

「皆、止まって!」

 

 《AGI》にものを言わせて先頭をひた走っていた僕はそう声を上げて、全員に制止を促す。

 

「な、何だよ……!? 急に立ち止まって――」

 

 キリトのその質問には答えずに、僕はアイテムポーチから取り出した結晶を握り締め、叫ぶ。

 

「コリドー・オープン!!」

 

 途端、手の中の結晶は砕け散り、目の前の空間が歪んで青く揺らめく光の渦が出現した。

 

「おお……」

 

 耳元へ届くのは、クライン含めた《風林火山》の感嘆にも似た声。

 

「《回廊結晶(コリドー・クリスタル)》じゃないですか……! 一体、何時の間に」

「備えあれば憂いなし、ってね。――兎に角急ごう。嫌な予感がする」

 

 アスナに、次いで皆に向けてそう言ってから、僕は脇目も振らず、回廊へと飛び込んだ。

 

 

 

 軽い眩暈のような転移感覚に襲われながらも僕が降り立ったのは、先ほどのボス部屋の巨大扉の前だった。遅れること数秒、次々と同じように転移し、全員がその場に揃う。

 扉は固く閉ざされているが、微かな金属音を確かに捉えた。

 クソッ……! 一歩遅かった!!

 

「バカッ……!」

 

 アスナが悲痛な悲痛な叫び声を上げる。

 

「キリト、扉を開けるよ! 君は右側を頼む!」

「わ、解った!」

 

 力を込め、扉を押し開けた先に広がっていたのは――――――阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 床一面に突き立つ、青い火柱。その中央で、こちらに背を向け屹立する、金属質に輝く青い巨躯。鼻腔から燃えるような呼気を噴出す、禍々しい黒山羊の頭部。その姿はやはり、悪魔(バフォメット)に他ならない。

 巨剣を振り回す悪魔。逃げ惑う人影。

 最早、統制も何もあったものではない。

 だのに、誰かが叫び声を上げる。

 

「逃げるなッ!! 我々に敗走は許されないッ!! 構えろォ――ッ!!」

 

 その声は、紛れも無くコーバッツのものだ。

 半壊状態の《軍》の人数を確認するが――……十二人。間違いない、ギリギリだけれど間に合った。

 しかし、悪魔のHPバーは二割程しか減少しておらず、対して《軍》のプレイヤーは既に二人が危険域(レッドゾーン)だ。

 

「何をしている! 早く回復結晶(ヒール・クリスタル)を使え!!」

 

 隣のキリトがそう叫び、ハッとする。

 そうだ、何故回復結晶を使わない?まさか、出し惜しみしているわけではあるまい。なら、既に数が尽きたというのか?

 

「だ、駄目だ……! クリスタルが……使えない!!」

 

 顔を青ざめさせ、声が裏返りながらもそう叫び返したのは、HPが危険域に達しているプレイヤーの一人だった。

 

「そ、そんな……」

 

 知らず、掠れた声が口から漏れる。

 つまりここは、《結晶無効化空間》だとでもいうのか。経験が無いわけではないけれど、それはあくまで迷宮区のトラップでの話だ。ボス部屋がこんな仕様なのは、嘗て一度だって無かったことだ。

 

「な……何とか出来ねぇのかよ……!?」

 

 クラインの顔が歪む。

 ……出来る出来ないで言えば、出来る“かも”しれない、というのが正直なところだ。

 僕らが斬り込んで、彼らの退路を確保する。でも、緊急脱出不可能なこの空間で、そんな危険を冒せるのか?

 僕一人なら良い。でも、キリトやアスナ、皆を巻き込む選択を、僕一人の独断で下すわけにはいかない。そもそも、僕はリーダーでも何でもないのだから。

 だけどそれは、誰かに責任を押し付けたいだけなんじゃないのか……?

 僕がそう逡巡しているうちに――

 

「わたし達が、あなた達の退路を確保します!!」

 

 アスナが、そう叫んだ。

 

「何を言うか……ッ!! 我々解放軍に撤退の二文字は有り得ない!! 戦え!! 戦うんだ!!」

 

 しかし返ってきたのは、そんな常軌を逸した怒号だった。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ!! 死んだら何にもならねぇだろうが!!」

 

 クラインの喚き声が、酷く遠くに聞こえる。

 ……そうだ、死んだら何も残らない。――だから、死なせない。せめて、僕の手の届く範囲では。

 

「キリト、僕が時間を稼ぐ。……隠し玉、あるんだろ?」

「なっ……!?」

 

 キリトの顔に驚愕が映る。だがそれでも、何かを覚悟するように、大きく頷いてくれた。

 ……頼もしい限りだ。

 

「イナバ……《ラビット・フッド》!!」

『プゥ!』

 

 僕も、覚悟が決まった。

 

「――!? て、ティンクルさん!?」

 

 アスナ叫び声を置き去りに、スキルによって《AGI》の限界を超え急加速し、トップスピードでボス部屋の中へと躍り出る。

 ……兎に角、奴の注意をこちらに惹き付ける。

 

「良き種を播く者は人の子なり、畑は世界なり、良き種は天國の子どもなり、毒麥は惡しき者の子どもなり、之を播きし仇は惡魔なり、收穫は世の終なり、刈る者は御使たちなり――」

 

 ポーチから投擲用のナイフを引き抜き、構え――

 

「子供を、返してやるよッ!!」

 

 力の限り、腕を振り抜く。

 青白いライトエフェクトを纏った小型ナイフは曲線を描きながら加速し、急激な増光(アウトバースト)を起こす。

 

「グラァッ!!」

 

 ようやくこちらに気付いたらしい悪魔が首を回して振り向くが――もう、遅い。寧ろ、振り向いたのが凶と出た。

 

「グルァァァァア゛ァァァァ!!」

 

 悪魔の右目へと着弾した光芒。

 悪魔の口から青い炎と共に、確かに苦悶の声が上がる。

 《投剣》上位剣技《インピゥリティ・コメット》。

 ――コメット、つまりは彗星……“堕ちる星”。

 彗星の尾には、青酸(メタンニトリル)が含まれている。言わずと知れた、致死性の猛毒だ。つまり――

 

「ガァァァァ……」

 

 悪魔の巨躯が傾き……ズドン、という大音量が部屋中に鳴り響き、土煙を上げる。

 悪魔は片膝立ちとなり、手に携えていた巨剣を取り落としたのだ。

 だが、所詮はMMORPGのスキル……即死効果など無い。だから実際は、十数秒の《行動不能(スタン)》と付随効果である《取り落とし(ファンブル)》に過ぎない。つまり、只の時間稼ぎだ。

 

「き、貴様……! 何のつもりだ!?」

「五月蝿いッ!!」

 

 悪魔を挟んで真正面にいるコーバッツへと向けて、同じように投げナイフを放つ。

 ナイフのグリップから伸びるのは、薄緑色の紐状のライトエフェクト。

 

「ぐっ……!!」

 

 避けようとするコーバッツ。だが、ナイフはホーミングし、コーバッツを取り巻くようにして回転する。

 

「な、何だこれは!? ……貴様ァ!! これを今すぐ外せ!!」

 

 鎧の上から巻き付いたライトエフェクトは、まるで下手人を縛り上げるかのように彼の動きを封じ込める。

 

「本来はモンスター捕縛用のソードスキルだ。……《麻痺(パラライズ)》も付随しているから、十分は動けないよ」

 

 取り敢えず、ファーストフェーズは滞りなく終了した。

 でも、問題はここからだ。

 

「ボスに使ったスキルの効果はもう直ぐ解ける!! 《軍》はPOT(ポーション)使用後、縦四人横三人で隊列を組んで盾を構えろ!! 密集陣形(ファランクス)だ!! 兎に角タゲを取り続けろ!!」

 

 喉が裂けんばかりに、立て続けに指示を飛ばす。

 

「む、無茶だ!! お、俺達は、もう……」

「無茶じゃない!!」

 

 言ってから、不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「だって、あなた達はここまで来ることの出来る、確かな実力があるんだから。――あなた達は《軍》のギルメンである前に、一人のゲーマーだろう。……意地を見せろ!!」

 

 俯く《軍》のプレイヤー達。

 これで駄目なら――

 そう諦めかけたとき、全員が、身の丈程もある盾を前へと構える。

 先程まで絶望に打ち拉がれていた瞳に、確かに闘志を宿して。

 

「女にそこまで言われて黙ってられる程、俺達は腐ってない!! 良いぜ、やってやるよ!! 《壁役(タンカー)》舐めんなぁッ!!」

 

 ふぅ……良し。

 

「準備出来たぜ」

 

 そう言って、隣へと駆け寄ってきたのはキリトだ。

 その手には……黒と白、二振りの剣が握られている。

 

「てめぇキリトぉ! 後でちゃんと説明してもらうからな!!」

 

 そう叫んだのは、後ろに仲間を引き連れたクラインだ。

 

「ティンクルさん、わたし達への指示は!?」

 

 細剣を抜き放ったアスナにそう問われ、改めて皆の顔を見る。

 実際、彼らがどう思っているのかは解らない。でも、少なくとも、僕へ非難の眼差しを向ける者は見当たらなかった。

 ……全く、お人好しなんだから。

 

「僕らの役目は《攻撃役(アタッカー)》だ! キリトと僕で右舷、アスナとクラインで左舷、残りで後部!! 皆頼むよ!!」

「解った!」

「了解!」

「よっしゃぁ!! 左側は任せろ!!」

「「「「「残りって何だぁぁぁぁ!!!」」」」」

 

 口々にそう叫ぶ中、遂に戒めを解かれた悪魔が、地響きを起こして立ち上がる。

 

「グルァァァァア゛ァァァァッ!!」

 

 隻眼となった悪魔は、憎悪の咆哮を上げた。

 空気が震え、足が竦みそうになるのをなんとか堪える。

 悪魔の右腕が僅かに震える。恐らくは、攻撃の予備動作。

 

「来るよ! タンカーは防御体勢! アタッカーは待機!」

 

 振り被られた巨剣。

 刀身に光芒が宿り、爆ぜる。

 

「グルァァァァッ!!」

 

 薙ぎ払うようにして放たれた斬撃。

 一度、二度――――六度。

 高威力の両手用大剣の連撃は、しかし――

 

「らぁッ!!!」

「グルルルゥゥゥゥ……!」

 

 ファランクスが功を奏し、斬撃は《軍》の大盾によって全て阻まれ、遂には弾き返される。

 技後硬直を強いられる悪魔。なんとか身体を動かそうともがいているが、その巨体は僅かに痙攣するばかりだ。

 ……残念だったね。このセカイのシステム()様は、無情にも平等なんだよ。

 

「チャンス! アタッカーは全力攻撃一本!! タンカーはこの隙にPOTローテ!!」

「うおっしゃあ!!」

 

 待ってましたとばかりに、クラインが雄叫びを上げる。

 

「オラァッ!!」

「イヤァァァァ!!」

 

 裂ぱくの気合と共に放たれる斬撃と突き。

 アスナとクラインに負けじと、《風林火山》の残りの五人も次々と連撃を悪魔の巨躯へと叩き込む。

 赤、白、黄、緑……空中に描き出される、色取り取りの軌跡――――ソードアート。

 だが――

 

「グォォォォォォ!!!」

 

 技後硬直から解き放たれた悪魔は、憤怒の形相でこちらを見定めると、怒声と共に僕へと巨剣を振り下ろす。

 しかし、それも想定内だ。

 さっきの投剣スキルによって、悪魔の僕への憎悪値(ヘイト)は、この場にいる誰に対するものよりも高くなっているはずだからだ。

 迫り来る巨剣。迎撃する為、鞘に収めたままの《月華》の柄へと手を伸ばす。

 

「セァァッ!!」

 

 抜刀とほぼ同時、気合一閃。

 居合の形で放たれた、光すら置き去りにした一撃。

 カタナスキル《辻風》。

 巨剣と鬩ぎ合い、舞い散る火花。混じることなく、反発し合う赤と緑の光芒。――だが、それはほんの一瞬のことだ。

 跳ね上がる巨剣。大音量と共に、僕と悪魔は両者大きくノックバックし、間合いができる。

 

「スイッチ!!」

 

 そのタイミングを逃さず、僕の前へと飛び込んだのはキリトだ。

 右の黒剣《エリュシデータ》で中断に斬り払い、間を空けず左の白剣――里香が《月華》と同じ《クリスタライト・インゴット》を鍛えてつくった渾身の一振り――《暗闇を払うもの(ダークリパルサー)》を突き入れる。

 右、左、右……――目紛しい速度で振るわれる二刀。甲高い効果音が立て続けに唸りを上げ、星屑のように飛び散る白光が幻想的に周囲を照らす。

 

「うおおおおああああ!!」

 

 絶叫し、更に速度を上げるキリト。

 最早、システムアシストだけでは説明出来ない、異常な加速だ。

 今の彼には……《Incarnate》、“意思の具現化”などというチカラが働いているのだろうか。

 ――結局あれ以来、僕の周りにあの靄が現われることは無かった。掴みかけた藁は、あっさりと僕の手をすり抜けたのだ。

 結局、僕に出来るのは……地道に登り続けることだけなのか? 頂への、途方もない道のりを。

 でも、少なくても、今だけは――

 

「ティンクル決めろ!!」

 

 皆で、上へと登る為に。

 

「スイッチ!!」

 

 叫び、前屈みで悪魔へと突っ込む。

 

「グラァァァァッ!!」

 

 相手のHPは残り一割弱。

 最期の足掻きとばかりに放たれる、大上段の一撃。それを、天高く舞い上がることで難なく躱す。

 ジャンプ力の強化――これが、《ラビット・フッド》の真髄。走力の強化はあくまでも過程に過ぎないのだ。

 宙で右手を大きく引く。その予備動作によって、刀身に黄金色の光芒が燦然と輝く。

 頭部への光速の突き七回。胴体への斜め斬り払いを二回。そして――――

 

「セアァァァァァァァァッ!!」

 

 空中での回転斬り。

 遠心力によって速度も威力も強化された、最後の一撃(ラストアタック)

 カタナスキル最高威力の十連撃技《明けの明星》。

 

「ゴアァァァアアアアアアアア!!」

 

 部屋中に轟く絶叫。

 天を振り仰いだ巨大な悪魔はそのまま硬直し――――次の瞬間、膨大な青い欠片となって爆散した。部屋中に、キラキラと光の粒子が降り注ぐ。

 

「か……勝った」

 

 口から思わず漏れる安堵の声。

 その声は震えていて、まるで男のものとは思えない。

 そして情けないことに膝が笑い、僕はその場にへたり込んでしまった。

 

「よ……よっしゃぁぁぁぁ!!」

「うおおおおおおおおお!!」

 

 喜び合う喧騒が、不思議と心地良い。

 

【You got the Last Attack!!】

 

 頭上で紫色のシステムメッセージが、音も無く僕らの勝利を讃えていた。




 まさかのコーバッツ生存。

 次回は出来る限り早く書き上げたいと思います!

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