ソードアート・オンライン 黎明の女神   作:eldest

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第25話 勇者と魔王の決戦

 二〇二四年十月二十日

 

 第七十五層主街区《コリニア》。

 一昨日のフロアボス戦によって新たに解放されたこの街は、古代ローマを思わせる石造りの家々が建ち並び――街の中央には、巨大な円形闘技場(コロッセオ)が悠然とそびえ立っていた。通りを歩くNPCに訊いたところ、他にも大衆浴場や万神殿(パンテオン)まであるらしい。こんな状況じゃなければ、ちょっとした観光気分を味わえたかもしれない。

 今朝、キリトとヒースクリフの決闘(デュエル)の舞台がこの闘技場に決まったとKoBの使いっ走りに聞き、僕ら三人はこの街を訪れていたのだけれど――

 

「火噴きコーン十コル! 十コル!」

「黒エール冷えてるよ~!」

 

 闘技場の入り口の前には、何故か《商人》プレイヤーが大挙し、ずらりと露店を並べて威勢の良い声を上げていた。

 そして、気になってはいたけれど、幾ら解放されたばかりの街とはいえ、余りにもプレイヤーの数が多過ぎる。まるで、プロ野球リーグの観戦に、両チームのファンが大勢で球戯場へ押し寄せているみたいな……。

 

「……ど、どういうことだこれは……」

 

 隣のキリトが、呆気に取られたようにそう呟く。

 

「さ、さあ……」

 

 キリトを挟んで反対側にいるアスナは、キリトの呟きを質問と受け取ったらしい。だが、彼女も何が何だか解っていないみたいだ。

 そうやって人波に揉まれながら、暫し呆然としていると、見知った声が耳に届いた。この見事なバリトンは、一度聞けばそうそう忘れられまい。

 僕は二人を連れて人垣を割って進み、声のした方へ近づく。すると、やはり予想通り。チョコレート色の肌をした巨漢が、笑顔を振り撒きながら周りよりも少々高い値段で品物を売り付けていた。

 

「おう兄ちゃん! 黒エールは要らないかい? 一杯二十コルだ」

「い、いや……俺はもうさっきの店で……」

「あ? さっきの店?」

「い、いえ! 買います! 買わせてください!」

 

 きっと既に同じものを買っていたのだろう気の弱そうな青年は、笑顔の圧力に早々に屈してしまった。

 

「おう! 毎度あり!」

 

 これは酷い。

 青年への同情を禁じえない僕は、話しかけるべきかどうか数瞬迷ったのだけれど、どうやらこちらに気付いたらしいその阿漕な《商人》は、僕らを笑顔で手招きしている。

 うわー行きたくない……なんて言っているわけにもいかず、手招きに応じて露店の前へと進み出た。

 

「お、おはよう……エギル」

「よぉ、ティンクル。商売には良い朝だな!」

 

 今朝雑貨屋を訪ねた時いなかったと思えば――まさか、こんな所で露店を開いているとは。

 

「相変わらず阿漕な商売してるな。というか、何でお前までここにいるんだ? ……そもそも、このお祭り騒ぎは何なんだ?」

「おいおいキリト、お前こそ何言ってるんだ? 今日の主役はお前だろうに」

「な――――ぁ!?」

 

 悲鳴に近い声を上げ、顔を青くするキリト。

 実は僕も薄々勘付いてはいたけれど……まさか、こんな大事になっていようとは思わなかった。

 そう、この大勢の人々の殆ど全員が、《二刀流》と《神聖剣》のデュエルを見物に来た観客だったのだ。

 

「アスナは知らなかったのか? オレらを呼び付けて店開かせて、大々的に宣伝してんのはKoBの奴らだぜ。――ほら、あそこで入場チケット売り付けてる赤白の団服……見間違えるはずもねぇだろ?」

 

 エギルがそう顎を杓って示した先にいたのは、確かにKoBの団服を纏った男だった。しかし男の風貌は、騎士というよりはそれこそRPGに出てくる商人のようで、膨れ上がった腹に押されて団服はパッツンパッツンだ。

 

「あの野郎、オレらからしっかりショバ代まで取りやがってな。……あんな奴、KoBにいたか?」

「あの人はうちの経理のダイゼンさんです。ホント、しっかりしてますよねー。あはは……」

 

 笑い事で無いことはアスナも十分承知しているからか、その笑顔は若干引き攣っている。

 

「……逃げようアスナ。二十層辺りの広い田舎に隠れて畑を耕そう」

 

 二人の話を聞いてますます肩を落としたキリトは、悲壮感漂う声音でアスナに愛の逃避行を持ちかけるが――

 

「わたしはそれでも良いけど――――ここで逃げたら、ティンクルさんが団長のものになっちゃうよ?」

「ちょっ――」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 何を意味深げに言ってるんだアスナは!?

 

「そうだった……くっそ……!」

 

 今思い出したように、まるで恋人を人質にでも取られたかのように苦渋に顔を歪めるキリト。

 そして、そんなキリトを冷ややかな眼差しで見詰めるアスナ。

 あわわわわ……。

 

「あ? ……ティンクルが何だって……?」

 

 ああ……もう! 何でこんな事に!? 全部お前のせいだぞ茅場!!

 

「行くよ、二人とも! エギルは商売繁盛頑張って!」

「あ、おい! お前らも折角だから黒エール買ってかない――」

 

 商売根性逞しいそんな声を置き去りに、僕はキリトとアスナの袖を両手に掴んで、闘技場の入り口までの道のりを人波を縫って進み始めた。

 

 

 ダイゼンさんの案内で闘技場の控え室へと通されたわたし達は、置かれた椅子に腰掛けて最後の作戦会議を始めた。

 前半は、わたしが知る限りの団長のスキルのお浚い。そして、後半はティンクルさんによる対人戦のレクチャーだ。

 

「――それで、キリト。昨日も言ったけれど、対人戦で最も大事なのは……腕力(パワー)でも速度(スピード)でもない――いかに相手を騙すか、だ」

 

 先程の慌てた可愛らしい表情から一転、いつにも増して怜悧な表情でティンクルさんはそう口を開いた。

 

「……キリトの《二刀流》は、言うなれば“最強の矛”だ。でも、相手は“最硬の盾”を持つ《神聖剣》ヒースクリフだ。貫けなければ、剣も持っているヒースクリフに負けるのは自明。そして、耐久度が存在するSAOで盾を貫くのは至難の技だ」

 

 そこまで言って、ティンクルさんは細くしなやかな指でキリトくんの目を指差した。

 

「だからこそ、相手を騙すことで隙をつくる。まずは視線。……視線はフェイクの基本だ。例えばキリトは相手の左肩を斬りたいとする。でも、斬るときに相手の左肩に視線がいっていれば、相手にすれば盾で防ぐのは容易だ」

「よ、容易って……」

 

 思わず口を挟んでしまった。

 だけど、ティンクルさんは気を悪くしたりせず、説明を続ける。

 

「たしかに、《二刀流》を間近で見たアスナが否定したくなる気持ちも解るよ。でも、相手の次の行動を予測出来れば、それだけで精神的に余裕が生まれる。相手が何処に打ってくるのか解れば、機械的に防ぐことだって出来る……だから、自分から攻めていくことも可能になる。――ヒースクリフの真の強みは、《神聖剣》というスキルではなく、防御に対する絶対の自信なんだ」

 

 防御に対する絶対の自信。

 恐らくそれは……フロアボス戦においてさえも、HPをイエローゾーンにまで突入させたことが無い――少なくとも、わたしは見たことが無い――という、ある種の安全神話だ。だからこそ、団長はあんなにもいつでも冷静でいられるのかもしれない。

 

「だから、その高い自信を逆に利用する。あいつの慢心さに付け込んで、裏をかくんだ。右を見れば左を斬り、肩を見れば膝を斬る――って、具合にね。予測が出来なければ、必ず隙も生まれる。あのすかした顔を苦渋に染めてやろう」

 

 そこまで言って、ティンクルさんは邪悪に微笑む。

 ……この人は、何か団長に怨みでもあるのだろうか? 副団長としては非常に複雑だ。

 

「更に、フェイントも織り交ぜるんだったか?」

「うん。キリトは二刀だから、隙をつくらないよう無理せず出来ると思うよ」

 

 そう言って肩を竦めてから、今度ははにかむように笑う。

 

「悪辣だと思うかもしれないけれど、本来対人戦ってのはこいうものなんだよ、アスナ。対戦ゲームの全国大会なんてもっと酷い技とか幾らでもあるし、ゲームだけじゃなくて現実のスポーツでも同じことなんだ。……馬鹿正直にやって勝てるのは、まだまだ序盤の証さ」

 

 序盤の証。その言葉に、一瞬怖気が走る。

 もしかしたら、七十四層のボス部屋が《結晶無効化空間》だったのは、本番――真のデスゲームが始まったという、茅場晶彦からの合図だったのではないだろうか。

 でも、そんな不安も払拭してくれる程の笑顔を咲かせて、ティンクルさんは立ち上がる。

 

「ま、ここまでレクチャーしたけど、もっと気楽に構えればいいよ。あの《神聖剣》と本気で戦うなんて機会、今後二度と無いだろうから……僕のことは気にせず、強敵との戦いを楽しめばいい」

「でも……あんたはやっぱり、ギルドに入りたくはないんだろ?」

 

 だけど、ティンクルさんはその質問には答えずに、ぱちりと片目を瞑って――

 

「僕は、自分の身くらい自分でなんとか出来るさ。――――ご武運を、キリト」

 

 そう言って、ティンクルさんは控え室を出て行った。

 

 

 

 ティンクルさんが出て行ってから五分と経たず、扉の向こうの通路から、ドタバタと慌しい足音が聞こえてきた。そして、足音が止まったかと思えば、バーン! と勢い良く扉が開く。

 

「どうもー! リズベット武具店出張サービスでーす!」

「り、リズ!?」

 

 明るい声でそう言って控え室に入ってきたのは、わたしの親友である《鍛冶師》リズベットだった。

 だけど、どうしてこのタイミングでリズが? もしかして、ティンクルさんが来るように頼んだのだろうか?

 

「――あれ? ティンクルは?」

 

 まるでかくれんぼの鬼が子を捜すように部屋の中をキョロキョロ見回していたリズは、根負けしたようにわたしに尋ねてきた。

 

「ティンクルさんなら少し前に出て行ったけど……もしかして、ティンクルさんに用事でもあったの?」

「……逃げられたか。やっぱりあいつ、あたしに意地でも会わないつもりね」

「え……?」

 

 逃げられた? もしかして、喧嘩でもしてるんだろうか?

 でも、リズは何でも無い風に首を振ってから、誤魔化すようににやにやと笑みを浮かべた。

 

「違う違う。あたしが来たのは、キリトの剣のメンテの為よ。――それにしても、聞いたわよー? アスナ。あんたんとこの団長があんたを、キリトはティンクルを……それぞれ女を賭けて正真正銘の決闘をするんだって? 会場のボルテージはすんごいことになってるわよー?」

「ええ!?」

「あの守銭奴!!」

 

 キリトくんが怒声とも悲鳴ともつかない声を上げる。

 でも、幾らダイゼンさんだって内輪の事情を宣伝に使ったりなんて……――いや、あの人ならやりかねない。寧ろ進んでやりそうだ。

 

「ま、だからやるなら最高の常態で、と思ったのよ。どうせあんたのことだから、ボス戦の後で装備のメンテなんてしてないんでしょ?」

「うっ」

 

 どうやら、図星だったみたいだ。

 

「来てみて正解ね。――ほら、剣出しなさい。まさか、あたしの《片手直剣》の最高傑作、叩き折ったりしてないでしょうねぇ?」

「してない、してない。ほら、研磨頼むよ」

「りょうかーい」

 

 軽く答えてから、リズは携帯用の研ぎ石を取り出して、その上に刃を滑らせていく。数度上下に繰り返してから、同じようにもう一本も。

 

「――よし! これでOK!」

 

 そう言って、研ぎ終わった二刀をキリトくんに返してから、リズはバシン! とキリトくんの肩を叩いた。

 

「お、おい! 何すんだよ!?」

「活入れてやったのよ! ――あんたとティンクルの剣は同じ鉱石から鍛えた兄弟剣だけれど、それだけじゃないのよ。あんた達の剣は、どっちも“闇を切り裂く光”。……きっと、あんた達がその剣で、このゲームを終わらせてくれるって、あたしは信じてる。――だから、《神聖剣》だかなんだか知らないけど、あんなおっさんにあたしの剣を使って負けるなんて許さないからね! 意地でも、絶対勝ちなさい!」

 

 啖呵を切るようにそう捲くし立ててから、最後に「今後ともリズベット武具店をどうぞご贔屓にー」とニッコリと笑ってリズは部屋を出て行った。

 再び、控え室に二人きりになる。

 

「あ、嵐みたいだったねー。全く、リズったら。……代金取っていかなかったけど、サービスってことで良いのかな?」

「どうだろうな? リズのことだから、後日請求されるかもしれないぜ」

 

 キリトくんはそう笑ってから、目に真剣な光を宿す。

 

「ティンクルにはああ言われたけど、やっぱり勝たないと駄目だな。……ティンクルを、ヒースクリフに渡すわけにはいかない。勿論、一番の理由はアスナと一緒にいたいからだけど」

 

 ……全く、キリトくんはずるいよ。またティンクルさんに嫉妬しちゃったわたしが馬鹿みたいじゃない。

 でも、わたしも言うことは言わないといけない。

 わたしは真剣な表情で、キリトくんの手首を両手で掴む。

 

「うん、頑張ってキリトくん。……でも、危ないと思ったら、絶対リザインしてね。団長の剣技は未知数なところがあるし……――もしキリトくんに何かあったらわたし、何するか解らないから」

「わ、解った。……絶対勝って、アスナのところに戻ってくるよ」

 

 にやりと笑って、キリトくんはわたしに背を向け闘技場へと歩いていく。

 

 無事に帰ってきてね……キリトくん。

 

 試合開始を告げるブザーが鳴り響き、遠雷のような歓声が湧き上がった。

 

 

「すまなかったな、キリト君。まさかこんなことになっているとは知らなかった」

 

 周囲の大観衆に目をやって、流石のヒースクリフも苦笑を浮かべた。

 

「ギャラは貰い――いや、やっぱり要らない。……アスナを貰って、ギャラまで頂いたら流石に悪い」

「フッ……思ったよりも強気だな。何かあったのかね? ――――だが、昨日も言ったが、勝つのは私だ。我々は新たにティンクル君を迎え入れ、彼女には観客を目の前にこの場で所信表明演説をしてもらうつもりだ。……会場には来ているのだろう?」

 

 俺はその質問には答えず、背中の二刀を抜き放つ。

 

「お前にティンクルは渡さない……!!」

 

 俺がそう言った瞬間、これまで以上の割れんばかりの拍手と歓声――更には怒号までもが飛び交う。だが、意識を既に戦闘モードに切り替えた俺の耳には、何処か遠くの場所から聞こえるような微かな音にしか聞こえない。

 ヒースクリフの真鍮色の瞳と、俺の視線が激突しスパークする。ゲームの中だというのに、俺達二人の間を取り巻くこの空気は、殺気以外の何物でもなかった。

 お互い視線を外さないなか、ヒースクリフは慣れた手付きでメニューウィンドウを全く見ずに操作する。俺の目の前に瞬時に現われたのは、勿論――

 

【Heathcliff から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか? YES or NO】

 

 俺は迷わず受諾し、初撃決着モードを選択する。

 

【60】

【59】

 

 システムメッセージが流れ、カウントダウンが開始された。だが、その数字には目も触れず、只々相手を見据える。

 周囲の音が限りなく遠ざかったセカイ。加速された知覚。ヒースクリフの、盾から細身の長剣を抜き放ったその動作も、まるでスローで映像を見せられているようにゆっくりだ。

 

【DUEL!!】

 

 開始を告げる文字が閃いたとほぼ同時、俺達は地面を思い切り蹴り付けた。

 ヒースクリフは前へ。俺は後ろへ。

 

「――――っ!?」

 

 バックジャンプを挟み、相手の距離感を狂わせる。そして、今度は一気に沈み込むような体勢で前へと跳び出す。

 

「うおおッ!!」

 

 《二刀流》突撃技《ダブルサーキュラー》。

 両手の黒白二振りの剣が同時に唸りを上げ、青の光芒が迸る。

 

「ぬ――――ん!!」

 

 しかし、右は十字盾に迎撃され、左は相手の脇腹に達する直前で長剣によって阻まれた。円環状のライトエフェクトの軌跡だけが、虚しく宙で弾けた。――だが、ティンクルの狙い通り、“あの”ヒースクリフに焦りが浮かんでいる。

 あくまで今のは挨拶代わりの先制パンチだ。気を抜かず、技の余力で距離を取り――左右にステップを踏んでから、右へカーブを描いて一気に踏み込む。

 

「う……らぁ!!」

 

 視線を集中し、左肩を狙っての《片手直剣》単発重攻撃《ヴォーパル・ストライク》。

 ジェットエンジンめいた金属質のサウンドとともに、赤い光芒が爆ぜる

 

「……!!」

 

 十字盾によって寸分無く防がれ、ガガァン! という炸裂音とともに右手を強い衝撃が襲う。だが――俺は一歩、更に前へと踏み込む。

 

「ぬ……っ!?」

「う……おおおッ!!」

 

 右の《ヴォーパル・ストライク》はあくまで囮。本命は……左だ!!

 

「―――――らぁッ!!」

 

 斬り下げ、斬り払い、斬り上げ、斬り払い――最早、システムアシスト無しにでも放てそうな程に身体に染み付いた四連撃《バーチカル・スクエア》。

 今、奴は盾を使えない。抜ける! ……そう、確信しかけたのだが――

 

「ぬ……おお!!」

 

 正確過ぎる軌道で、右手の長剣のみで次々と打ち落としていくヒースクリフ。

 そして、四連撃最後の斬り払いにぶつけるようにして、今度はこちらの番だとばかりに長剣を閃かせる。

 

「ぬん!!」

「く、お……ッ!!」

 

 八連撃にも及ぶ未知のソードスキル。事前にアスナにレクチャーを受けていたとはいえ、全て迎撃するのは容易ではない。だが、ヒースクリフに剣と盾があるように、俺にも左右二振りの剣がある。

 限界まで加速された知覚の中、俺は目を見開いて軌道を読む。

 右、左、右、左、右……――――

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 《神聖剣》の八連撃、その全てを弾き飛ばし、再びバックステップで距離を取った。

 

「……全く、素晴らしい反応速度だな」

「そう言うあんたこそ……堅過ぎるぜ!」

 

 置いてきぼりになっていた聴覚が一瞬戻る。耳に入ってきたのは、耳がどうにかなりそうな程の万雷の拍手と歓声だ。

 

「それに速いだけではなく、動きが単調ではなくったせいで更に読み切れなくなった。……一体、誰の入れ知恵かな?」

「あんたが欲しがってる姫様直伝さ……!」

「成る程……それはますます欲しくなるな!」

「誰がやるか!!」

 

 言いながら、俺は地面を蹴った。ヒースクリフも剣を構え直して間合いを詰めてくる。

 超高速での連続技の応酬が開始された。俺のフェイントを織り交ぜた二刀による攻撃は奴の盾に阻まれ、奴の剣と盾による攻撃を俺の剣が弾く。一進一退の攻防。二人の周囲で様々な色彩の光が飛び散り、衝撃音が闘技場の石畳を突き抜けていく。

 

「う……おおおおあああああッ!!」

「ぬ……おおおおおおおおおッ!!」

 

 脳が焼き切れそうな程の、嘗て無い加速感。

 

 まだだ。まだ上がる。付いて来いヒースクリフ!!

 

 剣戟の応酬が白熱するにつれ、双方のHPバーは減少を続け、遂に五割が目前に迫った。

 ――次で勝負は決まる。

 

「楽しませてもらったよ、キリト君」

「こっちの方こそ!」

 

 最後の瞬間、俺達は笑っていたと思う。

 そして――――

 

「らあああああああ!!」

「ぬ――――――ん!!」

 

 裂ぱくの気合いとともに、青と赤の光芒が交錯した。


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