ソードアート・オンライン 黎明の女神   作:eldest

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第4話 純白の結晶

 道行く人々の視線が刺さる。

 

「はぁ……」

 

 もはや慣れつつある好奇の目だけれど、思わず溜め息が出る。

 今の僕の見た目は、一言で言い表せば、銀髪ミニスカサンタと化していた。……どう見てもコスプレだ。

 こんな格好をしているのは、もちろん僕の趣味ではなく――僕に憑く悪霊……いや、AIであるアウローラの助言からだった。

 曰く、この髪染めアイテムは《AGI》を恒久的に十上げることが出来る。装備品じゃないから、これはかなりお得だ、と。

 重ねて曰く。このサンタ衣装を装備していると、クリスマスまでの一週間期間限定でアイテムが一定確率で変化する。中には低確率で出現するレアアイテムも存在する、と。

 ――僕はまんまと彼女の口車に乗せられ、この数日こんな格好を続けていた。

 「プッ……お似合いですよ。男性の方がスカートを履いて似合うというのも、なんとも滑稽で面白いですね」と嫌な笑みとともに言われたときは、彼女の言動にもいい加減に慣れた僕でも殺意が湧いた。

 

「この辺にいるって聞いたけど……」

 

 そして今朝、目当てのアイテムがようやく手に入り、僕は現在の最前線である第四十九層の主街区《ミュージェン》にやって来ていた。

 なんでも、ここで鬼のように働きまくっているという、腕が良い《鍛冶師》プレイヤーがいるらしい。その人物に新しい剣を鍛えてもらうために、僕はフィールドからこの恥ずかしい格好で街に直行してきたのだ。

 

「……あの人かな?」

 

 視界に入ったのは、路上で熱心に槌を振るう、茶色の髪にそばかすの少女だった。

 

 

「あの……オーダーメイドを頼みたいんですが」

 

 そう自信なさ気に声をかけてきたのは、クリスマスらしい赤いサンタ衣装を身に纏った銀髪の美少女だった。

 

「さ、寒くないの? その格好」

 

 思わず客であることも忘れて、あたしはぞんざいに話しかけてしまった。

 この寒空の下ミニスカートというのは、見ているこっちが寒くなってくるようだったからだ。

 

「あはは……見た目はこんなですけど、毛皮で裏打ちされてるから結構暖かいんです」

 

 そう言って少女は苦笑した。

 その表情が、なんとも女のあたしから見ても凄く綺麗で魅力的だった。

 ここまでの美人となってくると、パーティーでも引く手数多だろう。

 しかも、こんなコスプレまでして男を引こうとは……。

 

「まあ、他人の趣味をどうこう言うつもりはないけどさ……ようこそ!リズベット武具店へ!」

「何か凄く酷い勘違いをされているような……」

 

 少女はボソッと何事か呟いたが、気を取り直すように笑顔を作ると「お願いできますか?」と尋ねてきた。

 

「オーダーメイドって言ったけど、うち結構高いよ?」

 

 これでもハイレベルプレイヤー向けに商売しているのだ。使っている金属も、それなりに値段が張る。

 

「ああ、それは大丈夫だと思います。金属の持ち込み、OKですよね?」

「それは別に構わないけど……」

 

 目の前にトレードウィンドウが開く。アイテム名は《スノーホワイト・インゴット》。あたしも初めて見るアイテムだった。

 

「へぇ~! でも……こんな名前のインゴット、あたしは扱ったことないし、情報屋の名鑑にも載ってなかったはずだけど」

 

 あたしが訝しげにそう言うと、少女は再び苦笑した。

 

「このサンタ衣装を着た状態でモンスターを倒すと、凄い低確率みたいなんですがドロップするらしいんです」

「……へぇ!!」

 

 それは知らなかった。

 最近は二十五日の零時に現われるというクリスマスボスの噂で持ち切りだけど、そんな話は聞いたことがなかった。

 

「まだ間に合うかな?」

「無理だと思いますよ。ぼ……わたし、ここ数日頑張ってモンスター狩ったんですけど、出たのがこの一つだけで。たぶん、クリスマスまでの期間限定だと思うんですよね」

「……そっかぁ」

 

 今日は二十二日。それが本当ならあと二、三日の猶予だ。ほぼ、無理だろう。

 落胆しかけるが、よく考えればこんな格好、とてもじゃないがあたしにはできない。このインゴットのためだけにこの格好をしていたというのなら、見上げたガッツだ。

 

「解った」

 

 OKボタンを押し、トレードを完了させる。

 

「どんな武器を作れば良いの?」

「刀を作ってほしいんです」

「刀、か。女の子で使ってるヒト見るの初めてだよ」

 

 さっきから初めてが多いなぁ、と改めて少女を見詰める。

 銀髪に赤眼なんてカスタマイズは人を選ぶだろうけど、端整な顔立ちの少女には驚くほど似合っていた。そもそも、顔立ちからして純粋な日本人じゃないのかもしれない。テレビで見かけるハーフや外国人タレントのようだった。

 そうして少し少女の顔を眺めていると、ボーッとしていると思われたのか、あたしを心配するような表情に変わった。

 

「えーと……大丈夫ですか?」

「え!? ああ、大丈夫大丈夫。じゃあ作るけど、出来上がりはランダム要素に左右されるから過度な期待はしないでね。もちろん、全力で槌振るけど!」

「はい、お願いします」

 

 笑顔でそう言われ、思わず見惚れてしまった。

 こりゃ、男はいちころだ。

 

「じゃ、作るからちょっと待っててね」

 

 あたしはウィンドウを操作して、インゴットを実体化させた。

 そして、そっとインゴットを炉の中へと投下する。

 インゴットは徐々に赤熱し、やがて全体がオレンジ色に発光した。

 これで準備完了だ。

 ヤットコでインゴットを鉄床の上に移動させる。

 再びウィンドウを開き、今度は愛用のブラックスミス・ハンマーを取り出し、幾つかの設定を選択し終えた。

 あとは一定回数叩けばいいだけだけど、あたしは叩くリズムの正確さや気合いが結果を左右する、という説を信奉している。故に、何も考えずに無心に叩き続けるべし、という信条がある。

 高く槌を構え、大きく振り下ろす。

 

『カァン! カァン!』

 

 心地の良いサウンドをたてて、ひたすら叩き続ける。

 数度、数十度。そして百を超え、百五十回に達しようとしていた。

 流石に少々焦る。ここまでの回数打たされたのは初めてだったからだ。本当に、初めて尽しだ。

 ――しかし百五十には届かず、インゴットは一際眩い白光を放ってその姿を変えた。

 

「わぁ……!」

 

 少女が溜め息にも似た感嘆の声を出した。

 気持ちはあたしも解る。

 出来上がった刀は、インゴットの名の通り、切っ先から柄頭にかけて、完全な純白だった。

 しかし刃はぎらつき、一際光り輝いている。一目で、相当な業物だと解った。

 あたしは慎重に、鉄床から刀を持ち上げる――が、思ったほど抵抗がなかったので取り落としそうになった。

 

「軽っ!!」

 

 驚いた。確かに鍛冶師として筋力値はそれなりに上げているけど、ハイレベルの武器をここまで軽いと感じるほどではない。

 まさか――。

 不安に駆られ、刀をタップしてウィンドウを開いて覗き込む。

 

「え~と……名前は《白雪》ね。もちろん初耳だけど……取り敢えず装備してみて」

「良いんですか? まだ代金払ってないですけど」

「良いから、装備して能力値見てみて。もしかしたら、失敗したかもしれないから」

 

 少女はこくりと頷き、黙って刀を受け取った。

 刀を片手で持って、右手を使ってメインメニューウィンドウを開き、装備フィギアを操作して、《白雪》をターゲット。これで刀はシステム的にも少女に装備されたことになり、数値的ポテンシャルを確認できるはずだ。

 

「ど、どう?」

 

 あたしが若干不安そうに尋ねると、少女はにこりと微笑んだ。

 

「良い刀です、リズベットさん。重量はかなり軽いのに、攻撃力は今まで使っていたのより百も高い」

「よ、良かったぁ」

 

 どうやら、《スノーホワイト・インゴット》はスピード系のインゴットだったらしい。

 

「ありがとうございました。……代金はお幾らですか?」

「ん~……。インゴットは持ち込みだしなぁ。でも、かなりハンマー振らされたし……さて」

 

 あたしは今、《リンダース》で見つけた家を買うために必死に働いている。

 この娘、男から相当貢がれてるだろうし、いい金ヅルに――と、考えてから改める。

 

「じゃあ、抜き身で渡すわけにもいかないから鞘も付けて二万コルってとこかな。うちの常連になってくれるなら、二割まけて一万六千コルで良いよ」

「ふふっ……リズベットさんは商売上手なんですね。――解りました。メンテはリズベットさんにお願いするようにします」

 

 トレードウィンドウが開かれ、一万六千コルと表示される。あたしは手持ちの中から白い鞘を選び、OKボタンを押す。これで、取引成立だ。

 

「それじゃあ、今回はありがとうございました。耐久値減ったらメンテお願いしますね」

 

 そう言って立ち去ろうとした少女の手首をとっさに掴んだ。

 少女の顔には戸惑いが感じられる。

 

「せっかく同姓のプレイヤーと知り合えたからさ、フレンド登録しない?」

 

 男の客相手なら絶対に言わないであろう台詞が口を吐いていた。

 少女は少し考える素振りを見せてから、やがて諦めたように頷いた。

 

「……良いですよ。わたしはティンクルっていいます。これからよろしくお願いしますね、リズベットさん」

「ありがと。ああ、リズで良いよ。あと敬語じゃなくていいし」

「そう?……解った。じゃあ、改めてよろしくねリズ」

 

 あたし達はフレンド登録を済ませ、“友達”となった。




 リズベッドの前では女の振りする事を強いられることになった主人公ですが、バレる日は果たして来るんでしょうか?(笑)

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