あまり変更ないかも。
フェイトと共に騒いだ日から翌日。五月頭とはいえ冷たい風が残る午後三時。
放課後に近い時間帯故か、人の出入りも少しばかり増えた喫茶
そんな翠屋の店内で、ひなたとはやては夕飯の買い出しからの帰り途中にある、久しぶりの翠屋へと足を運んでいた。
「相変わらずここのシュークリームは今日もいい甘さだ。レモンティーがうまい」
「そんな昭和のタバコポスターみたく言わんでも」
しかしそれでもひなたの顔は動かない。ドヤ顔らしき角度を取っているのは分かるが、はやての呆れ混じりのツッコミで虚しく肩を落とす。
しかしまぁ、とひなたは一仕事終えたみたいな感じに切りだす。
「よく知ってんなオイ」
「ひなの調べ癖が映ったんよ、多分」
「マジでか。ならばもっと感染させてはやてに世界の料理再現させよう」
「その時は手伝ってなー」
「
そんな二人のやりとりに、ちらほらといる他の客も密かに和んでいる。
この町の……いや、正確には翠屋周辺の人間ならば、二人の境遇を知らぬ者はいない。
双方ともに家族を失い、片や車椅子の生活を、片や顔の表情さえも失った……
……そうであっても、そうでなくても。
この二人の少年少女の
――誰かが言った。『子は宝。未来への希望である』と……実に良い言葉だ。全く持って同意する。
故に大人は、子どもを守らねばならない。
親を失った二人の、親代わりである自分たちが支えていかねば。支えられる人間が支えなくてどうすると言うのだろうか。
特に最近は、何かと物騒な話を聞く。公園でのボート乗り場破壊事件、槙原動物病院のトラック事故……今まで以上に気を引き締めないといけないだろう。
それこそ、今では廃業したボディーガード時代ほどの、緊張感を持ち出さねば。
しかし、今ここで気を引き締めても意味を成さない。
今はただ、一人の喫茶店のマスターとして……小さなお客様たちを満足させよう。
そう思い、士郎は試作品のケーキをトレイに乗せた。
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翠屋のシュークリームと試作品のチェリーケーキを堪能した二人は荷物を家に持って行き、冷蔵庫の中へと片付けた二人は、近所公園へと足を運んでいた。
夕方近い時間帯故か、
なんでもない日。変わり映えの無い、いつも通りの日常。
こういう時に少しばかりの
それに対し、安心安全、安寧が一番、とひなたが返すのもまた、いつものやりとりだ。
――しかし、今日は少し違っていた。
時折、違う味も欲しくなるのが人間というもの。
今日に限って珍しく、薄めの塩コショウぐらいならな、とひなたは返したのだ。珍しい返しに面食らうも、確かにそうだ、と笑い返すはやて。
この時は、誰の罪でもない。誰も悪くない。
ただ、そう。ただ――
運が悪かっただけ、と言う他ないのだ。
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最早陽は紅く、夕暮れに相応しく赤く染まる公園内に、突然の轟音が鳴り響く。
堅く大きな何かが、大きな音を立てて潰れた音だ。
一瞬で何が起きたのか、はやてには理解できなかった。
――気付いたら、さっきまで楽しく話し合っていた場所が壊れてて。
――気付いたら、ひなに抱き抱えられてて。
――気付いたら、よれよれのスーツの男の人が、獣のみたいな雰囲気を出してて……
「なんや……これ」
ようやく出た声は、完全に震えていた。
――純粋な恐怖。
理解できない驚異の圧が、はやてを襲う。
男がこちらを向く。不可解に、不自然な振り向き方。ふざけてもやらないような、間接の許容範囲ギリギリの……そんな動き。
はやて達を見つめるその目に焦点は無く、明確な光も理性も……欠片も感じない。
ただ一つ理解したのは……ただそこにあるのは、目に映る全てを破壊する、“破壊の本能”そのもの。目の前のもの全てを壊しつくさんとする意思の目。
はやてだけではない。ひなたさえも。子どもながらにそれを直感し、理解した。
――あれは、捉えられてはいけないモノだと。
体が震える。呼吸が
汗が止まらない。なんだあれは。なんだ、“あれ”は。
触れてはいけないモノ、関わってはいけない存在。
穏やかな日常とはかけ離れた
不意に、はやてはひなたへと目を配る。
今も、相変わらずの無表情――否、よく見ればわかる。
不敵不動を誇る、その無表情な幼馴染の顔は、夜の海もかくやと青褪めていた。
はやてを
――しかし、今までと変わらない場所があった。
顔は青褪め、体は震え、知らず知らずに力が入る手……それでも尚、そのオニキスのような灰黒の
「は、やて、逃げるぞ」
「む、無理や……わたしも……ひなも死んでまう!」
「それでも、逃げる」
恐怖で声が震えている。二人とて馬鹿や阿呆ではない。幸か不幸か、目の前の死を感じ取れるほどには。
理性が、既に諦めているのだ。もう終わりだ。お終いだ。なにもかも。
――諦めの時だ。
どう考えてもダメだ。もう無駄だ。もう無理なのだ。この死から逃げることなど。到底、不可能。
大人……まして子どもなど、吹けば消し飛ぶ
勝てる道理など、逃げ切れる道理など――もう、どこにもない。
「……あかん! もう、もう無理なんや! どうせ私ら死んで――」
破裂音。表すならば、そんな感じの音。
はやてが感じたのは、頬の鋭い痛み。
次に胸倉を引っ張られる感覚。
「生きることを――
「――え……?」
「約束、した……世界の料理を、表すって。俺に手伝えってッ!」
必死な声。それでも、能面のような顔は変わらない。
その顔は未だに青褪めているし、恐怖からか、その目には涙だって浮かんでいる。
――それでも、ひなたは続ける。
声を震わせ、
フェイトもアルフも、また誘おう。また一緒に遊ぶんだろう、と。
――未だひなたは言葉を続ける。
あと
十歳目前じゃないか。知らない本を、もっと読みたいんだろ、と。
――ひなたは言い続ける。
お前に約束を違えさせない、と。
俺だって、『家族』と……また会えなくなるのは嫌だと。
――ひなたは話し続ける。
その無表情の奥に表れている激情を吐き出すように。
「――父さんたちの分まで、生きるってのを、嘘にする気か……ッ!」
……ああ、確かに――嘘吐きのまま、死にとうないな……私。
行動原理は単純で結構。
ただ、生きたいから。
ただ、嘘吐きのまま死にたくないから。
ただ、約束を守りたいから。
この足は、相変わらず動かない。
でも、それと引き換えに多くの物をもらった気がする。
――だったら、やることは一つ。
「……わたしを抱えて、逃げれるんか?」
「無論むろん。俺を誰だと思っている」
「天下無双、幼馴染で最高の……私の騎士様や。頼りにしてる」
「――委細承知。
生命の危機の手前で場違いのやりとり。
だが、しかし……それが二人だ。二人の日常だ。
――誰にも侵されない二人の日常だ。
「私の好みは
「……ああ、ああ。委細承知だとも。
はやてには解る。
無表情の、その奥の顔は、とても頼もしい笑みだということを。
もう互いに体の震えもない。
既に互いに生きる希望がある。
――その瞳に、暗いものはない。
奮い立ち、場違いな言葉で奮起する。
それでいい。これでいい。
暗いものなど、鬱な感情など、誰が得するものか。
【――起動。マイスター登録者の魔力を確認。周囲の状況を判断……全起動シーケンスを自動承認。メイン、サブジェネレーター起動開始】
逃げろ。出なければ諸共死ぬ。
生きると約束した。また遊ぼうと約束した。
それに応えるのは自分。
それに応えたのは――
次回、回転割砕の
第六話「ひなたとはやての奇妙な逃走劇」
回せ。この血を。この魔力を。
この手に、魔導が宿るならば。
待て、而して希望せよ