(タブチ=タツロウ)
元よりのお祭り好きの住民性を加味しても今日のシャルムシティは普段とはまた違う喧騒に包まれていた。そしてそれはシャルム屈指の高級ホテル、『イッシュ・ヒルトン』のロビーで人を待つ二人のうら若き女性も感じるところだった。
「すごい人だね。どこのホテルもほぼ満員だってさ」
「そうですね」
ここシャルムシティはイッシュ地方を中心とする他地方からの移民たちによって栄えた街で、それに伴った異文化交流が盛んな街でもある。ゲゼルシャフトとゲマインシャフトが有機的に結合したような小気味良い煩雑さはラフエル広しといえどもここでしか見られない希有な特徴だった。
この街で暮らす人々はその末裔でありシャルム原初の混合文化を知らず知らずのうちに現代へと繋いでいるのだ。
「それにしても本当なのかな、こんなに人がいっぱいいるところを暴獣が襲うなんて」
「匿名のメールの信憑性については怪しいものですけど、つい最近暗躍街の前例があったばかりですしね」
こそこそと不穏な会話をしている二人。その職業についてはもはや語る必要はないだろう。本来であれば地元のPGのみで対処するイベントの警備にこの二人を含めた本部からの助っ人たちが回されたのにはこういった事情があったのだ。
PGとしての階級も年齢も上のツキミだったが、部下のフランシスカに対してどこか苦手意識があった。ツキミのプライドにかけてその理由は自分より若干高いフランシスカの身長などでは断じてない。
「来ましたよ」
仕事モードをフルに展開しフランシスカが呟いた。その視線の先から脂ぎった中太りの男がこちらに向かってくる。
「やあおはよう。君たちが今日のコンパニオンか。堅物揃いかと思っていたがPGも気が利くじゃないか」
彼はハロルド。有数の富豪であり不動産から飲食・物流など幅広く手掛けるラフエル経済界の重鎮である。
それと同時に何かと黒い噂が絶えない男でもありPGはあえて彼を泳がせる判断をすることで芋づる式の検挙を狙っていた。
「刑事部捜査五課のツキミです。毛ほどもコンパニオンではありませんがよろしくお願いいたします」
「同じくフランシスカです。断じてコンパニオンではありませんがよろしくお願いいたします」
示し合わせることもなくわざときつく返した。
実はツキミが思っているより彼女はフランシスカと相性がいいらしい。
ハロルドはそれを下卑た笑顔で流して金箔でコーティングされたタブレットの画面を見せた。
「今さら確認するまでもないだろうが、今日の私のスケジュールだ。シャルム交流記念日を祝して開催されるシャルムフリーダムマッチの来賓として大会を視察したのちに会食をして上がり。まあ私ほどのVIPともなればどこぞの輩が狙ってくるかもしれん。くれぐれもよろしく頼むよ」
本来組織犯罪に対応するPG五課の人間がこのような職務にあたるのは、不安定な情勢のなか警護を主に行う者たちが政府要人のほうへ回されているからに過ぎない。
「はあ……」
体よく雑用を任された形に気づいた時にはもう遅い。目の前のいけ好かない成金ダルマのお守りをフランシスカとしなければならないのだ。
フランシスカの上司のツキミ、そしてツキミのさらに上司に当たる女性もいるにはいるのだがもし彼女をハロルドの警護にあてたら彼を三枚に卸してしまうことが容易に想像できる。だからここは自分が踏ん張らねばとツキミの額には若さに似合わぬ皺が刻まれることとなった。
とはいえポーズだけでも警護を行ったという事実は重要で当局の姑息さが見え隠れしつつも一介のPGである彼女たちは結局のところそれに従うしかない。
「こちらへどうぞ、車を用意してあります」
「ああ」
ツキミの気が遠くなっている間にフランシスカが体に触れないように細心の注意を払いつつハロルドを外へ促した。会場までは徒歩でも十分に移動が可能だが警護対象を歩かせるわけにはいかない。
シャルムフリーダムマッチは先週行われた予選を経て今日の本選に至る。これには大会を盛り上げると同時に予選から本選まで参加するトレーナーやその試合の観戦を希望する者たちを街に滞在させるというシャルムシティとしての狙いもある。
そんな思惑がありつつも参加資格に一切の制限はなく、シャルム王感謝祭に次いでこの街が賑わう一大イベントとなっていた。
ハロルドはスタンドマイクの前で一礼し、お約束通り頭をマイクにぶつけた。
「えー、ご紹介に預かりましたハロルドです。この歴史ある大会にはかねてより多額の出資をさせていただいており、こうして毎回呼んでいただけることに底辺感謝している次第です。えー、かつては私もトレーナーとして数々の武勇伝を残して――――」
開会式でのハロルドのスピーチの九割が自慢話になるのはもはや大会名物だった。
長々と喋り、特別観覧席へと引っ込んできたハロルドをツキミはあくびの涙をこらえつつ迎えた。
「この後なのですが」
「ああ、他の来賓とはさっき挨拶を済ませた。さあ君たちもかけたまえよ。私と特等席で観戦としゃれこもうじゃないか」
「折角ですが私たちは警護がありますので」
頼まれてもごめんだという風味を言葉にたっぷりと染み込ませてツキミはフランシスカと座席後方に控えた。
「それは残念。……というか、その、暴獣だったか? 本当に襲ってくるのか怪しいものだな。まあ君たちが私に密着して警護してくれるというならむしろ感謝したいくらいなんだがね」
「来るものには対処する他ありません」
腰にさりげなく回された腕をこれまたさりげなく避けたフランシスカ。ツキミもハロルドの腕のリーチから逃れた。
「まあいい。今日の来賓にはコスモスさんも呼ばれている。私の権限で席を隣にしてもらった。楽しみはむしろこれからだ」
その期待は分も持たず裏切られた。
「すんませんちょっと通りますようぉっ!」
青年がハロルドの隣の席に座ろうとする。それは別にいい。
問題は彼がチリソースで真っ赤になったホットドッグのプレートを持っていて、しかも段差で躓いてしまったということ点にある。
するとどうなるか。ホットドッグのうちのひとつが宙を舞い、緩やかな放物線を描いてハロルドの顔へ。言うまでもなくチリソースは非常に目にしみる。
「あああああああ!」
「うわあやっちまった! そのチリドッグあげますんで!」
「いるか! ってこら、目に練り込むんじゃない!」
悶絶するハロルドの顔を青年が乱暴に拭く。
少々の騒ぎもフランシスカが用意した濡れタオルで事なきを得た。
「いんやすみません。お騒がせしました。だいじですか?」
「まったく……そもそも、そこはコスモスさんの席だろう。部外者は一般観覧席に行きなさい」
青年は何が面白いのか目をくりくりとさせた。
「ならここで合ってます。オレはコスモスの代理で来てるヤシオっていいます。いやー、モッさんも粋な計らいをしてくれるもんで。そんじゃ失礼しますよ。どっこらーっと」
言葉のわりに遠慮なくどっかりと座り込んだ。
ヤシオからの説明は以上だった。既に彼の興味は隣の不動産王から試合及びチリドッグに移っている。
「待て待て待て! どういうことだね」
「言葉通りの意味ですって。忙しいんで代わりに行ぐけ? って言われたんで行ぐ! って」
不安定なラフエルの情勢のなか、何かと多忙なコスモス。観戦も含めて勝負事に目がないヤシオは絶好のパス相手だったのかもしれない。
「それは残念だ……」
もしコスモスがこの場にいたらこの男に混ざり合った色の涯を見出だしたことだろう。全ての絵の具をパレットにぶちまけ、さらに金と黒で乱暴に溶いた色こそがこのハロルドだった。そんな彼をコスモスが好ましく思うはずもない。
(ツキミ警部補)
フランシスカがこっそりと呼び掛けた。
(ヤシオさんはイッシュ地方出身のトレーナーのようです。ルシエジムに問い合わせたところ事実確認が取れました)
すぐに裏をとったフランシスカも凄いが即座に対応したルシエジムサイドも凄い。ツキミはひきつった笑顔で頷くほかなかった。
「うーむ今回もコスモスさんに私のトークスキルでお楽しみいただこうと思っていたのだがな。切り替え切り替え」
コスモスが来なかったのはハロルドを避けるためではないかと思ったツキミだがあえて口にしなかった。
話の流れが理解できずヤシオはただにこにこしている。
「……名乗り遅れたな。コスモスさんの代理なら知らんはずないだろうがご存知私はハロルドだ。ラフエルの未来を照らす選ばれし資産家といえば分かるだろう」
「なるほど蛍光灯職人の方ですか」
「ちっがう! 蛍光灯一本でのしあがるとかストイックすぎるだろう! ついでに我が家はシャンデリアだ!」
「ハーデリア?」
「せめてシャンデラと間違えろ!」
男たちのあまりに実のないやりとりに二人のPGは呆れ返っていた。
「そんでそっちのお二人は? ボディーガードけ?」
「
「そうです
意思に反していることをそれとなく伝えることも忘れない。
『それでは第一試合、ユマ選手対マッケ選手の試合を始めます。両者最初のポケモンを出してください』
アナウンスが場内に木霊するとヤシオはハッとした表情で残りのチリドッグを飲み込んだ。
「ハデリオさん、あれオレの知り合いなんです。ユマー! 頑張れよー!」
「ハロルドな!? ハーデリアに引っ張られただろ」
残念ながら訂正は届いていない。タオルを振り、ヤシオは叫んだ。
「おおおお! いいぞ! そのまま押してけ――――ユマには漂流中に助けてもらったことがあるんです。あれがなけりゃあオレはとっくの昔に土左衛門だっぺな」
言いつつも試合から視線は動かさない。
「聞いてない。断じて聞いてないが」
もう面倒だったのでハロルドはそれ以上追求しなかった。
『勝者、ユマ選手!』
試合はドリュウズの活躍により早々に決着した。
「ドリュウズのパンチ力ととくせい『かたやぶり』で圧をかけたか。シンプルだからこそ、このような大会で有効な作戦ともいえる」
「でしょ。あぁいうガーり攻める戦い方ってポケモンへの信頼がないとできねぇべ?」
「あとは状態異常を仕掛けてくる相手や相性の悪い技を上から叩き込んでくる相手に対応できるかだ。幸いドリュウズ一体で片付けたから手の内を必要以上に明かさずに済んだのだろうがな」
「バトリオさん話せるっすね」
「ハロルドな」
ヤシオとハロルドは意気投合しつつあった。
そしてそれはセクハラの魔の手が自分達に伸びてこなくなることを意味しているのでツキミたちにとっては歓迎すべきことだった。
大会は進む。
『おーっと! ラガルド選手、絶妙なタイミングでポケモンを交代! 苦手なタイプの技を無効化してしまったァ!』
PGたちのささやかな心配をよそに。
『コゴロウ選手、驚異の連続急所! あえて最終進化をさせずに戦うこだわりが豪運を引き寄せたァ!』
そしてそれは。
『ユマ選手のドリュウズ怒濤の反撃! もう誰にも止められないィ!』
彼にとって予定調和だった。
「さすがに上位に勝ち残ってくるトレーナーはそれなりに強いな。まあ私ほどではないだろうがね」
トレーナーとしての血が騒ぐようでハロルドは眼下の試合についてここまでヤシオと熱く語り合っていた。
ヤシオも、そしてフランシスカもツキミも迫力の戦いに思うところがあったようだ。
「ベスト4ともなると腕自慢が揃うんだべな」
「そうね」
「そうですね」
「ちょ、無視!? 私もほぼ同じこと言ったよね!? 警護対象にもう少し優しくしてもバチは当たらないよ!?」
そろそろ暴獣が現れるのではないかというピリピリが皮肉にも警護対象に突き刺さる。
「ベスト4はユマ選手の他にコゴロウ選手とマケー選手とラガルド選手か」
「ラガルドって確か元四天王の。プロトレーナーとしてのキャリアもありますし、この中だと彼が優勝大本命でしょうね」
「っぱユマだべ。なんてったってあいつには切り札がある。勝ってほしいなぁ」
そこでヤシオのポケギアが鳴った。
「もしもーし。あっメルルか。ユマはどうしてる? は? 緊張でガチガチ? そんなんチリドッグでも食わせときゃよかんべ。口にガッてやっときな」
どうやらヤシオはユマの連れと電話しているらしい。
来賓に用意された高級弁当に舌鼓をうつハロルドにはヤシオのチリドッグへの信頼は不可解だった。
そして呑気に食事を味わうことのできない二人はまたひそひそと話していた。
(暴獣の動きは?)
(入口を張っているシャルムのPGからは異常なしと。引き続き警戒するように伝えておきました)
上司は自分であるにも関わらず部下のフランシスカを頼っている節のあるシャルムのPGについてツキミは複雑な気分だった。
『それでは準決勝を始めます。選手の皆さん、入場をお願いします』
勝ち上がった四人がスタジアムに再入場した。歓声とともにスタジアムが再び熱気に包まれていく。
そしてチリドッグの効果があったかは不明だがユマはマケーを、ラガルドはコゴロウをあっさりと破り決勝戦の対戦カードが決定した。
「うーん。あのコゴロウさんどっかで見た気がすんだよな。どこだったっけな」
この
回復マシンでポケモンたちを元気にした二人が決戦の舞台に立った。
『お待たせいたしました。シャルムフリーダムマッチ決勝戦、ユマ選手対ラガルド選手の試合を始めます。使用ポケモンはこの試合のみ三体になります。それでは両者最初のポケモンを出してください』
ラガルドはこれまでの試合同様にギルガルドを先発させた。対するユマが繰り出したのは大方の予想に反しエルフーンだった。
「色違いのエルフーンだと!? 生意気なトレーナーだ。とはいえ相性では明確に不利だな。当然の報いだ」
「しゃあんめよ。交代するのも手だと思うんですけどそれだとせっかくの奇襲の意味がねぇべ。ユマ、悩みどころだがね」
試合開始のコールとともにエルフーンはギルガルドに種を発射した。
「『やどりぎのタネ』。メジャーな戦法だな。あれがラガルドに通用するとは思えん」
ハロルドの言葉通りギルガルドは難なくかわして『ラスターカノン』を撃ち込んだ。その流れるような動きに一切の無駄もなくエルフーンは相性の悪い技をいきなり浴びることとなってしまった。
ところがユマの指示は変わらなかった。再び放たれた『やどりぎのタネ』をギルガルドはその剣で振り払った。
さらに反撃を指示するかと思いきやラガルドはあっさりとギルガルドを引っ込めた。
「ヌメルゴンか。たしかにギルガルドとの相性補完を考慮すれば妥当な引き先ではあるが」
ヌメルゴンの『れいとうビーム』がエルフーンを襲ったが、今回は余裕があった。敵の懐に回り込んだエルフーンは『やどりぎのタネ』を見舞った。
「おろ、効いてねぇ。あのヌメルゴン『そうしょく』ってことけ」
「ラガルドの戦法は敵の技を無効化し食らうダメージを徹底的に抑えるというものだ。シンプルに攻めようとしてくる輩に攻略はできんだろうな」
ヌメルゴンの特性を察したであろうユマは意を決してエルフーンを『れいとうビーム』に飛び込ませた。これでは回避のしようがない。
正気を疑うような指示だったがこれが功を奏した。
『れいとうビーム』が命中したエルフーンが掻き消えてヌメルゴンを攻撃した。
「『みがわり』で技を受けて『がむしゃら』。くぅー、ユマー! いいぞー!」
しかしそれは逆に敵の前で完全に無防備になってしまうことを意味する。次の『れいとうビーム』を耐えることはできず、エルフーンは倒れてしまった。
次いでユマはバクフーンを繰り出した。ヌメルゴンに対しては相性が悪いようにも思えるがその心配は無用だった。
「おおおおお! すげぇ!」
なんと『りゅうのはどう』を超火力の『ふんか』で押し返しヌメルゴンを撃破したのだ。
グラウンドレベルにいるラガルドだけがエルフーンがやられ際に『おきみやげ』を遺してバクフーンをサポートしたことを察した。
「バクフーン相手じゃギルガルドはしんどい。三体目をオープンすっかね」
「私ならあえてギルガルドでいく。このような勝負で先に手持ちを全て見せてしまうのは避けたい」
ラガルドはハロルドと違う考えのようで、トリトドンでバクフーンを迎え撃つ選択をした。
「ユマもラガルドって人も楽しそうだな。オレも出ときゃよかった」
「そうしてくれれば今頃はコスモスさんとの一時だったんだがね」
ハロルドにとっては切実だった。
試合はバクフーンの連続攻撃を耐えきったトリトドンがユマの最後の一体と相対する展開となった。
今度こそドリュウズと思いきやユマの最後の一体はバンギラスだった。その特性によってフィールドに砂嵐が吹き荒れた。
「おっくるぞくるぞ」
遠く声は聞こえないがユマがネックレスに手をあてて何事か呟くとバンギラスが赤い光に包まれた。それを見てヤシオは手を叩いて喜ぶ。
「待ってました、メガシンカ! これ見なきゃ年は越せねぇべ」
「もう年明けてるんだけどな」
トリトドンが『だいちのちから』で攻撃したがメガバンギラスにダメージはほとんどなく、返しの『ストーンエッジ』でバクフーンの仇を取った。
『両者ともに最後の一体となりました! 勝負はどうなってしまうのか! 決着の時が刻一刻と近づいています!』
ラガルドは最初に繰り出したギルガルドに勝負を託した。
会食を終え料亭から出てきたハロルドはやつれた様子のツキミとフランシスカの他にヤシオがいることに気がついた。
「なんだまだいたのか」
「さっきまでユマたちと残念会をしてたんです。次はギルガルド対策を万全にするって張り切ってました」
孫について語る老人のような無邪気さが清々しくも胡散臭い。
「まあラガルドに勝てるとは思っていなかったが追い詰めはしたからな。あのトレーナーも筋は悪くないんだろう」
「ツンデレルドさん!?」
「ハロルドな。そんなことより私はこれからこちらのお嬢さん方とアフターなんだが」
言外にセクハラを匂わせたにも関わらずヤシオは目を輝かせた。
「バトルですか? 大会見ててウズウズしてたんです。オレも混ぜてくださいよ、リーグの前にたくさん勝負しときてぇんです」
「この
つまんねぇの、とヤシオは口を尖らせた。
「さぁさぁハロルドさんこちらへ」
「選ばれし資産家に無駄な時間なんてありませんよ」
これ幸いと今日一日の骨折り損が確定したツキミとフランシスカはチームプレーでさっさとハロルドを帰りのポケット・スカイカーゴに押し込んだ。
来られては困るのだが、来なかったら来なかったでなんともいえない気分になるこの業務に二人は慣れていなかった。
ツキミが敬礼しフランシスカもそれにならった。
「それではハロルドさん、本日はお疲れ様でした。私たちもPG本部に帰りますのでとっととお帰りください」
「終わった途端冷たいな! 三年目の彼氏か!」
釣れない相手と察したこともあり夜の帝も退散することにした。しかしそれだけでは気がすまなかったのでちょっとした餞別を用意することにした。
「これも何かの縁だろう。君たちにいいものをあげよう。私が書いたビジネス書、『ハロルド革命』だ。ビジネスだけじゃない。人生の指針になること間違いなし。内容についての質問があれば私が直々に答えよう」
受け取ってパラパラと中身を確認したフランシスカが真っ先に手を挙げた。
「はい質問です」
「そういう積極性は大切だ。なんだね」
「今週の可燃ゴミの回収日っていつでしたっけ」
「いや捨てる気だよね!?」
「ボディーガードさん。それはよくねぇですって」
「今日初めていいことを言ったな。ヤシオ、もっと言ってやれ!」
「本は資源ゴミだべ」
「うんもう帰るねみんなおやすみ」
資産家も不動産王も肩書きであっても職務ではないため、その印象から受けるほど堅苦しいものではない。むしろ司法・立法・行政に対するそこそこの立ち位置を保証してくれる威光のようなものであるとハロルドは考えていた。
行使する権限にもさらにいえば実際の行動にも何らかの意味を帯びてしまう政治家やPGとは違い自己の裁量によって活動することができる。これは大きな強みだった。
だからこそシャルムから戻った彼が、その足で深夜にベガスの地下ブロックにある会員制クラブを訪れたとしてもそこに客観的な意味など生じるはずもなかったのだ。
「スレッジ・ハンマーをくれ」
「かしこまりました」
ここはハロルドの長きにわたる夜遊びの歴史が発掘した名店で、その隠れ具合が彼にとって色んな意味で都合がよく多数存在する行きつけのうちのひとつだった。
注文を済ませると個室に区切られた一画にあるソファーにどっかりと腰を降ろした。
「お待たせしました。本日お相手させていただきます、テアでございます」
待たせることなく飲み物を持った色々と激しい衣装の女性が個室に入ってきた。怪我でもしているのか右足を少し引き摺っている。
「チェンジ」
「ちょっと!? 大事なお話があるんですよね!?」
「冗談だ。かけたまえ」
テアと名乗った女性はテーブルにグラスを置き、ハロルドの対面に座った。薄暗がりだがよく見るとその顔はあどけなくこの場には似つかわしくない。どうみても未成年だがそんなことはどうでもよかった。
「毎度のことだが密会ならばもっと分かりにくい場所でもよかったんじゃないのか? 私は普段からそうしているが」
「そこは上司からのアドバイスです。『普段と違う行動には余計な価値が生まれちまう』とかなんとか。それにここにいるのをすっぱ抜かれても週刊誌のハロルドさんの武勇伝が潤うだけでしょうし」
木は森へ。人は人へ。ありふれた方向こそが秘匿の王道であるというのはいついかなる場合でも変わらない。
「それは違いないがね。自ら出向いてこないとは舐めた男だ」
「そんなこと言わないでくださいよ。こっちも今書き入れ時なんですから」
テアの上司が顔を出すのは何回かに一度といったところで、ハロルドはそれが若干不服だった。
「そんなに忙しいものかね、バラル団は」
「おかげさまで」
彼女こそPGが追っているハロルドの黒い噂そのものだ。この場にツキミとフランシスカがいればさぞ盛り上がったことだろう。
つまりはハロルドからバラル団への資金の流れがバラル団の活動を下支えするとともにハロルド自身の立場を確固たるものとしているという構図である。
今日のテアはとにかく上機嫌だった。
「首尾よくやってもらって大助かりですよ。シャルムに派遣されたPG、今頃やけ酒ですね」
それなら私たちもあまり変わらないか、とテアは笑った。
「私も驚いたさ。まさかあんなメール一通でPGが動くとはな」
PGに届いたシャルムへの暴獣襲撃を伝えるメールはハロルドが他地方のサーバーを経由して送ったものだった。それがバラル団からの指示によるものであることは言うまでもない。
わざわざバラル団がそのような要求をしてきた意味は分からない。そういうものだ、と割り切っていた。
愚者は経験に学ぶが自分は歴史に学ぶ。ハロルドは蛍光灯などに頼らずそうやってのしあがってきた。
テアがどこからか出した自分のグラスにペットボトルのサイコソーダを注いだ。悪には悪のコンプライアンスがあるのだろう。
「早速本題に入りましょうか。今回もいい『儲け話』を持ってきましたよ。あっそうそう、今度のポケモンリーグについてもお知らせしておくことがあります」
「なるほど盛りだくさんというわけだ。スポンサーとしてはそうでなくては困るな」
二つのグラスがキン、と小気味良い音をたてた。