ポケットモンスター虹~交差する歪み~   作:ザパンギ

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『空を飛べるなら星にも手が届くだろう』




(カッシーニ=ペペロ)



自由の翼、その羽ばたき

 人が求める自由は空にある。少なくともランタナはそう考えていた。翼はなくともポケモンの力を借りれば空へ繰り出すことができる。本来空路に頼った旅を良しとしない彼にとっても、それは生への彩りそのものだった。

 

(今日はいい風が吹いてる。どこまでも飛べそうだ)

 彼の価値観は故郷アローラの風土と島めぐりによって形作られた。ジムリーダーをしながら旅人としてラフエル各地を巡っているのもその価値観に突き動かされているということなのだろう。

 

 いつもそうするように、手のひらを空へと伸ばす。そして高く、遠くへ飛ぶ自分たちの姿をイメージする。そしてその隣ではムクホークがランタナ(おや)の真似をして翼を伸ばす。これが彼らのルーティンだった。

 すぅ、とひとつ深呼吸をした。

「そんじゃ行くか」

 

 今この瞬間だけは彼の目は蒼穹のその先を見据えるためにある。脚は羽ばたきに振りほどかれないために、腕は風を感じるために。

 

 ランタナを背に乗せたムクホークが強く地面を蹴り、一瞬で空へと舞い上がった。そして矢のように彼方へとすっ飛んでいく。

 

 名誉のために補足する必要があるだろう。

 自由人と呼ばれるランタナではあるがなにも無責任な人間というわけでない(ジム不在に関するリーグからの叱責にはこの際目をつぶる)。本人なりにジムリーダーの責務には真摯に向き合っていたしそのためにできることは全てやる気概もあった。皮肉なことに今はそんな彼の熱意が試される情勢になりつつある。

 

 先日のラフエルリーグでの一件からこの地方は少々物騒になってきたようにランタナは感じていた。

 懸念されたようにバラル団がリーグを襲い、救出こそされたがフリック市長が敵の手に落ちかける事態となってしまった。PG含む警備体制の脆弱性が連日報道され、開催を強行したリーグへも批判が集まることとなった。

 

 悩みの種は他にもあった。バラル団を筆頭によからぬ者達がその活動を少しずつ強めているのだ。そしてそれらは社会に暗い影を落としている。

 しかしそんな時でもポケモントレーナーの熱が冷めることはない。リーグでの名勝負の数々は彼らを熱狂させこんな時勢にあってもバッジを求めて打倒ジムリーダーへと駆り立てる。

 

「なあ、今週の俺らってけっこうよく働いたよな?」

 問い掛けられたムクホークが一声鳴いた。ランタナが育てたポケモンたちは例外なく上空での相槌に慣れている。

 

 育成の成果を感じてかランタナは満足げだ。

「そうだよな。ここ最近強いチャレンジャーが増えた気がしてさ。どいつもこいつもこっちの弱点を的確に突いてくるし」

 それでも今週のランタナは負けなしである。自慢の飛行ポケモンたちと並み居る挑戦者を押し返してきた。

 

「そろそろテルス山か。ムクホーク、高度上げてくれ」

 

 ラフエル地方は、東西をテルス山で分断されている。

 ──言葉で何度伝えられようがそれはランタナたちにとって大した問題ではない。天下の険すら見下ろして彼らは飛び続ける。

 

「天候よーし。ハルビスにもすぐ着けそうだ」

 今度はムクホークが太く声をあげた。

 

「ふう。上々のフライトだったな」

 その言葉に偽りなく本当にすぐ着いてしまった。

 今回の目的地ハルビスタウンはラフエル地方のなかでも緑豊かな景勝地として知られている。そして先人たちが築いたポケモンたちとの共存を未来に繋ぐ場所でもあるのだ。

 

「ランタナさんこっちです」

 ムクホークから降り立ったランタナに声をかける者があった。

 

「サリーナ。遠いところ悪いな」

 遅刻しないように到着したが、それでもサリーナのほうが先に着いていたようだ。

 彼女は民間協力型武装組織VANGUARDのランタナ班ことTeam Freedomの副リーダーを務めている。

 登用試験を突破する実力もそうだが、ランタナ不在時のジムの番人を全うしていることもリーグから高く評価されている。

 

「相変わらずのどかなところですね」

「そうだな」

 

 見渡す限りの緑が目に眩しい。そして点在する池は大昔に人間とポケモンの共存の象徴として作られたものという。人口が多いわけでも目立った歴史上の遺物があるわけでもないが、ある意味この地方の過去と未来を繋ぐ場所といえるだろう。

 

 来るのが久しぶりでも町の様子が変わることはない。今日も穏やかな時が流れている。

 

「へいワタ公たち集合すっぺ! オレが見本を見せっからよ~く見とくんだぞ」

 

 否、流れていなかった。 

 

「ヘソの上らへんを意識して……そうそう、分かってきたがね!」

 あまり聞きたくはないが聞き覚えのある声がした。

 見ると、草原の中央で赤い帽子の男がワタッコたちを集めて何かを指示している。

 

「そうそう。そこで腕を振って脚を曲げ伸ばす運動な。これやっとくと肩凝りの防止になっからな」

 男のクニャンクニャンとした奇怪な動きをワタッコたちが真似している。

 

「みんな飲み込みはえぇな。よし、ご褒美にマトマの実を応募者全員サービスだ。順番に配るからみんな一列に並んでな」

 差し出された見るからに辛そうな木の実を見た途端にワタッコたちはいっせいに逃げ出した。どうやら野生の群れだったようだ。

 

 さすがにスルーの限界だった。 

「なんでここにいるかはいったんおいとくとして、何やってんだお前」

 

「ヤシオ」と呼ぶくらいには顔馴染みだ。

 

「いんやぁ、ひさひさ、ランタナさんにサリーナさん。オレはワタ公たちにラジオ体操を指南してやってたんです」

「なぜに!?」

 

 相変わらずのヤシュウ節の青年にしてラフエルの旅人なのだがさらに肩書きが加わった。先日のラフエルリーグの本戦にも出場したトレーナーということになる。

 

「あっそうだ。オレのリーグ戦見てくれました?」

「ああ、みんなで応援してたぜ」

 

 ヤシオの顔が少し曇った。

「ありがたいこって。……どうせならもっといいところを見てもらいたかったんだけどな」

 

 リーグでの戦いについて労おうとしたが言葉が出なかった。あれだけ目標としていた大会での敗北だ。触れられるほど傷口が乾いていない可能性に思い至らないランタナではない。

 

「まあその、なんだ。お前には実力があるんだ。笑って戦え。そんで負けたら、思いっきり悔しがれ。次があるって、相当幸せな悩みだぜ」

「はい!」

 

 そんなランタナの顔を覗き込んだヤシオが目を丸くした。

「ん? しばらく見ない間に背ぇ伸びました?」

「伸びるかよ! 法事の時だけ会う親戚のガキか俺は。とにかくなんでお前がここにいるんだよ」

「結局聞いてんじゃんか。なんでとはご挨拶なこって。ほら」

 

 おもむろに左肘を突き出して見せた。

 その上腕部に補助員と書かれた腕章をつけている。ランタナには馴染み深いものだった。

 

「バイトか。お前も色々やってんだな」

「んだべ。ラフエルリーググッズを買い漁ってたらまあ金が飛ぶ飛ぶ。Moneyって飛行タイプですがね」

「それを飛行タイプのジムリーダーに言うかい」

 

 リーグ終了後それなりの入院をした後に再び特訓に励もうとしていたヤシオだが、うっかり高い個室に入ってしまったことでその請求額にクロック戦を超える緊急事態を迎えることとなった。

 

「そんで大会で知り合ったミントさんに相談したらライバルの知り合いの親戚の職場の上司の弟の友達がリーグ関係者らしくてこのバイトを紹介してもらったんです」

「もはや他人じゃねぇか」

 

「今は物騒なもんで、募集かけても補助員の集まりがよくないとかであっさり決まりましたよ」

「えぇ……そりゃそうだけど」

 

 ここでランタナは驚いているのが自分だけであることに気がついた。

 

「あれ、ヤシオさんが補助員に来る旨はメールしておきましたが」

「やっべ見てなかった──その目で俺を見るな!」

 サリーナの視線が痛い。

 

 そして何を隠そうランタナがハルビスタウンにやって来たのもこのためである。

 

 リーグが定期的に開催するタイプ別強化講習はそのタイプのエキスパートであるジムリーダーが講師を務め、トレーナーたちのレベルアップを図る催しだ。

 さらに、あえてジムのある町から遠い場所で行うことで交通面で不利な部分のあるラフエルのトレーナーたちに満遍なくステップアップの機会を与えることに加え、その町にトレーナーたちを誘致することで新たな消費を促すという涙ぐましい狙いもある。

 

「補助員を引き受けたはいいけんど、早く来すぎちまったからワタパチ軍団に教えを授けてたってわけでぇ」

「なるほど、わからん」

 

 からからと笑うヤシオ。悩みとは無縁な存在に思えて羨ましくさえ映った。

 

 そしてイッシュ地方にはこのような理解不能な連中がウヨウヨしているのかと思うと頭が痛くなったのでランタナは深く考えるのをやめた。

 

「それにしてもよくハルビスまで来れましたね。金欠じゃポケット・スカイカーゴにも乗るわけにもいかないでしょうに」

「たしかに俺もそれは気になってた。方向音痴だし」

「2人とも辛辣だべな!?」

 

 ヤシオの方向音痴っぷりを熟知しているランタナにはトゲキッスに乗って飛んできたという発想がない。

 

「このバイトが決まってすぐにおシズにマインしたんです。そしたらテルス山が見えたらお茶碗を持つ方へ進めって」

 

 ライブキャスターのマイントーク履歴を見せる。そこには今日の留守を任せたシャルムジムのシズノの名前があった。

「もうツッコまねぇぞ」

 

 

 様々な理由から飛行タイプのポケモンを手持ちに入れるトレーナーは非常に多い。

 もちろん空中からの攻撃が有効な場面が多いこともあるが、遠くのものを探したり何より掴まって『そらをとぶ』移動方法をとることもできる。交通網が発達しているとは言い難いこのラフエル地方では特に有用だ。

 

 しかし空中にいるポケモンに指示を出すのは難しい。基本的な目線が異なるうえに人間には空を飛ぶ感覚がないためポケモンの動きをイメージすることができないのだ。だからこそタイプのエキスパートの指南による伸び代は大きいともいえる。

 

 時間になり、受講生となるトレーナーたちが集まってきた。

 

「大盛況ですね」

「いやどこがだよ。教えるにはちょうどいいけどな」

 

 ランタナは紙一枚で済んでしまった名簿を眺めた。

(バシアラ、キスイ、フリュウか。この時期にこれだけ集まりゃ上出来だな)

 

 社会情勢もあり参加者は3人と想定よりも少ないがそれでもこうして参加した者たちを無下にはできない。ランタナは密かに気合いをいれた。

 

 隣にサリーナとヤシオを控えさせ特別講義が始まった。

「そんじゃ始めるからな~。他のジムリーダー連中がどんな形式でやってるかは知らんが、俺は体で覚えさせるスタイルなので覚悟するように」

 さらさらとペンが走る音がした。見ると隣でヤシオが直立したまま分厚いノートに何事か熱心にメモをとっている。

(こいつは何気にこういうタイプなんだよな)

 

「まずみんなに聞きたいんだけどさ。飛行タイプってどうよ?」

 あまりにも抽象的な問いにトレーナーたちはざわめく。ヤシオが垂直に挙手したが、今回彼はあくまでも補助員なので無視された。

 

「オーケー。こういうのは考えるよりも感じてみるのが一番だ。よし、誰か模擬戦に協力してくれ」

 

 再びヤシオが挙手したが趣旨に反するのでスルー。

 

「そうだな。じゃあそこの帽子の君、頼めるか?」

「帽子? オレの出番だべ?」

「サリーナ、そいつ(ヤシオ)縛っといてくれ」

 

 参加者が1人前に出る。カンカン帽にアロハシャツ姿の少年だ。今日の参加者のなかでは最年少だろう。

 

「オレントから参加のバシアラくんですね。紺のインナーに発色のいい単色のアロハがいいアクセントになってます。少し背伸びしつつも健康的な少年らしさを損なわない絶妙な併せといえるでしょう」

「オレの地元の服屋の店員さんみたいだ」

 サリーナのまだ見ぬ一面が垣間見えた。

 

 

 ランタナはムクホークを繰り出した。

「俺はこいつでいく。そっちは?」

 

「それならぼくは……」

 少し迷ったのちバシアラが繰り出したのはオオスバメだった。

 

「オオスバメか。相手にとって不足なしだ。それじゃあサリーナ、審判よろしく!」

 

「うぇ」

 審判をやるつもりでいたヤシオがずっこけた。

 

「両者準備はよろしいですか? それでは、はじめ」

 

 『め』の音が消える前に動いたのはオオスバメだった。一呼吸の間にムクホークの眼前に迫り、そのまま『つばめがえし』を見舞った。

 

「よしっ!」

 ジムリーダーのポケモンに先手を浴びせたのだ。当然ガッツポーズも出る。

 

 ランタナは拍手しオオスバメとそのトレーナーを称えた。

「みんな見てたか? 今みたいなスピードを活かした奇襲も有効だな。飛行タイプならどの角度からでも相手に迫ることができるっていうのはアドバンテージだ」

 

 しかしムクホークには堪えた様子がない。そのままオオスバメとムクホークの応酬が始まり、ランタナは指示を出しつつ動きのひとつひとつを解説していった。

 

「『つばめがえし』、いい技だったように見えたけど。やっぱりランタナさんは鍛え方が違うのか」

 頷きつつ感心するサリーナにヤシオが語る。

 

「それもあるけども。あれはオオスバメにパワーを出させないようにしてるんだべ。特性の『いかく』に加えて攻撃を当てられる前に速業の『フェザーダンス』でオオスバメの翼のキレを削いでたんだ。やることえげつねぇべ」

 小声で話しながらも彼のペンはノートの上で走り続けている。サリーナは彼が一応フリーダムバッジを持っていることを思い出した。

 

 戦いはさらに激しくなり、ムクホークが『どくどく』で反撃に出ようとしたオオスバメを苦しめている。

 シンプルな作戦に終始しがちな空中戦においてランタナのような搦め手を使いこなせるトレーナーは珍しい。

 

「さぁ、猛毒状態になったぞ。どうする?」

「オオスバメ! 『からげんき』!」

 

 今度はムクホークを怯ませるほどの威力があった。

 

「いいぞ! ノーマルタイプを持つ物理型飛行ポケモンなら覚えておいて損はない技だ。相手に状態異常技を使わせるのを躊躇させることもできるな」

 

 ムクホークはそのまま『そらをとぶ』で上空へと羽ばたいていく。一方のオオスバメの体力は限界に近く、空中戦を対等に仕掛ける余裕はないことが見てとれた。

 

「決めるぞムクホーク!」

「オオスバメ! 『ばくおんぱ』!」

 

 矢のような勢いでオオスバメに突撃するムクホーク。隠し球の『ばくおんぱ』を難なくかわしてこの模擬戦は決着となった。

 

「くーっ。やっぱジムリーダーは強いなぁ」

 悔しそうだがどことなく満足げにバシアラはオオスバメをボールに戻した。

 

「飛行タイプのいいところが出た試合だったろ? 見学のみんなもぜひ参考にしてくれ。補助員1号、どうだった?」

 

 1号もなにも補助員はヤシオしかいない。

 

「オオスバメの動きがとにかくよかった。同じ飛行タイプのムクホークが相手だからこそ適切な間合いを維持しつつ攻撃のチャンスを窺うというベースがきちっとしてたな。技だと『つばめがえし』。ありゃ凄かったなぁ。『いかく』と『フェザーダンス』がなけりゃムクホークにも相当のダメージだったんじゃねぇかな。状態異常もらってからの『からげんき』もだ。これも本来のパワーが出ないなかであそこまでの威力を出せたのは日頃からカンカンボーイとオオスバメがよくやってるんだべな。あとびっくりしたのは『ばくおんぱ』だ。あれって攻撃力が下がったから特殊技でっていうのもあると思うんだけど、本当の狙いは『がむしゃら』の目眩ましだんべ? 出す前にオオスバメがダウンしちまったけど決まってたら勝負自体がひっくり返っていた可能性すらあるべ。あとは」

「ストップ!」

 

 放っておくと何時間でも話し続けそうなのでサリーナに合図し口を塞がせた。

 

「いい試合だった。また特訓してぜひシャルムジムに挑戦に来てくれ。そん時は本気の勝負をしようぜ」

「でもランタナさんが旅行に出て留守の可能性も?」

「うるせぇぞ補助員!」

 

「次は飛行訓練だ。実際にポケモンに乗って飛んでもらうぞ」

 待ってました、とヤシオが拍手した。

 

「ちなみに今日ここまでポケモンに乗って来たやつ?」

「はい! はいはーい!」

「やかましいぞ補助員!」

 

 ヤシオ以外に先ほどの少年の手も挙がった。残りの2人は陸路でハルビスに来ているようだ。

 

「なるほど。じゃあ今回は2人に頼むか」

 ランタナはグライオンを繰り出した。

 

「応用編だ。実際に飛びながらポケモンに指示を出してみよう。今回は教材としてこれを使う」

 

 両腕を通しても余裕がありそうなほどのリングを見せた。

 

「ラフエルじゃ流行ってないんだが、ポケリンガっていう競技があるんだな。それをやってみようじゃないかって話だ。ルールは簡単でポケモンに指示を出しながら先にリングをゴールに通したほうが勝ち。要するに空中輪投げだな」

 

 すかさずサリーナがタブレットで実際のプレイ映像を見せる。実によいアシストだった。

 

「面白そうだべ。そんでランタナさん。ゴールは?」

 

 輪投げには棒がつきものだ。しかもポケリンガともなればそれなりの高さが必要となる。

 

「これだ」

 ヘルメットをヤシオに手渡した。

 

「唐突にオレの頭部の心配をしてくれるのはハートフルゆえ?」

「補助員だしな」

 

「ルールを説明するぞ。ここにいるヤシオの体に先にリングを通せば勝ちだ。初心者ルールということでポケモンに『わざ』を指示するのはなし。純粋な飛行の指示のみで勝負してもらう。トレーナー自身の飛行はグライオンとムクホークに掴まってもらうものとする。2匹ともその辺はプロだから安心してくれ」

 

「ちょっ、オレがゴール?」

「そうだ。リーグ出てんだからいけるだろ。トゲキッスに乗って飛ぶのも問題ないだろうしな」

「いやそれとこれとは……」

「あとはちょっとした私怨だな。ステラの件、忘れてないからな」

「ちっちぇ大人だなおい!」

「けたたましいぞ補助員!」

 

 ヤシオはさりげなく風景に溶け込もうとしたが、通用するはずもなくサリーナに捕まった。観念したようでトゲキッスを繰り出した。

 

 残り2人は顔を見合わせたのち、先に白と黒で身を固めた女性が進み出た。

 

 サリーナとヤシオがまた小声でやりとりする。

「彼女はクシェルから参加のキスイさんです。あのワンピ、相当高いやつですよ。ゴスロリは敷居が高いけどよく着こなしてますね。パニエは控えめだけどデザインは大胆だなぁ。アシンメトリーなのも凝ってる」

「あーたファッションセンターのまわしもんすか?」

 

 グライオンに抱えられてキスイはふわりと地上から浮き上がった。

 

 そしてもう片方の男性もムクホークに乗る。

 

「あっちはぺガスから参加のフリュウさんですね。とになく派手ですね。黒ベースに赤とシルバーのV系がとにかく目立ってます。身長もありますし、タイトになりがちな服装も難なく着こなせてますね。ファンデーションにアイラインとメイクにもこだわりを感じます。レザーのスキニーもらしさを演出していますしバラがあしらわれたネックレスもトップスに合ってますね」

「サリーナさんもうそれで食っていけるんじゃないですか?」

 

 キスイはメガヤンマを、フリュウはオンバーンを繰り出した。

 

 位置に着いた両者を見てランタナは頷いた。

「よし」

「よしじゃねぇがね!?」

 

「というわけで頼んだぞ。人間ゴール」

「この恨み晴らさでおくべきか」

 捨て台詞を遺してヤシオがトゲキッスに飛び乗った。そして地上を離れていく。

 

「それじゃ、はじめ」

 

 リングの奪い合いが始まった。

 容易に予想できたことではあるがほどなくしてヤシオの悲鳴が遠くから響き渡った。

 

 

 休憩を挟んで講習が再開された。

 

「なんとなくイメージが掴めてきたんじゃないかと思う。立体的な視野を持つことは何事においても役に立つからな。少しでもその感覚を掴んでいってもらえれば万々歳だ」

 

 その後対戦カードを変えつつ行われたポケリンガは大いに盛り上がった。

 しかしその代償は大きい。先ほどからヤシオは体育座りで虚空を見つめており、いたたまれなくなったのかトゲキッスは木の実を採りに森の方へ飛んでいった。

 

 ここまでのタイムテーブルがイメージ通りに進み気分がよくなったのか、ランタナが受講生たちに語りかけた。

「今日来てくれたみんなはトレーナーとしてさらなる高みを目指しているんだと思うんだ。つっても俺に言わせりゃ天才なんてこの世にそうはいない」

 

 いつか、どこかで聞いた話だ。

「だからその方法を手にするには、まずは自分の『色』を知ることから始めるといい。それが第一歩だ」

「受け売り臭がしますがね」

「騒がしいぞ補助員!」

 

「ここまでのカリキュラムをこなしてきたうえで何か質問はあるか?」

「地方営業の芸人みたいなことやってんな」

「シャラップ補助員!」

 

 フリュウの手が挙がった。

「それじゃあ俺から」

「おっその積極性は素晴らしいな。何でも聞いてくれ」

 

 その手がランタナの腕を指す。

「そのZリングを俺にくれないか? ぶっちゃけ今日来たのはそのためなんだが」

「正直な奴だな。価値があるもんだから欲しい気持ちは分からんでもないが……こればっかりは無理だ。島の守り神に認められたトレーナーだけがZリングとクリスタルを扱えることになってる」

 

「分かってる。だから欲しいんだ」

「マラサダひと口くれみたいに気楽に言うなよな。どうしても欲しいならアローラで島巡りに挑戦すりゃいいだろ」

 

「どうしても?」

「悪いな。代わりといっちゃなんだがミックスオレくらいなら奢るぜ」

 

 この場にもう少しだけ敏感な者がいればフリュウの目が赤く濁ったことに気がついたかもしれない。

「それならしょうがないな」

 

 フリュウの隣に立っていたキスイの首にオンバーンの尻尾が巻き付いた。一瞬のことに身動きはおろか声を発することさえできず、キスイは自由を失った。

 

「おい何の冗談だ」

「冗談とは失敬だな。俺はZリングとクリスタルを必要としている。だから奪う」

 

 目の前の相手には言葉こそ通じるが話が通じない。

 

「くぅ~っ! チョロネコ被ってやがったか!」

 ヤシオが苛立ちを露にするが状況に対してそもそもワンテンポ遅い。

 

「渡さないならこいつを締め上げるだけだ」

 首を締め上げられたキスイが小さく呻き声をあげた。

 

「その人を離せ!」

 若さゆえに、バシアラが動いた。オオスバメの『ねっぷう』が人質を避け、敵をピンポイントで狙った。

 

 危機的状況にも関わらずフリュウの態度は変わらない。

「分かるか? これからは力がモノをいう時代だ。こいつもそう言ってる」

 

 理由は明らかだった。突如フリュウの前に現れた氷塊が攻撃を防いだのだ。

 

 2メートルを優に超える巨体に大きく発達した背鰭。そして何より──

 

「いっきし!」

 ヤシオが大きなくしゃみをした。

 それもそのはず。あたりが急激な冷気に包まれたのだ。

 

「ひょうりゅうポケモンのセグレイブ。主な分布はパルデアだったはず。ラフエルじゃ珍しいっけぇな」

 棲息地という意味でもそうだが、そもそも氷とドラゴンというタイプの組み合わせが珍しい。

 

「おい。本当に冗談じゃすまなくなるぞ」

「だから冗談じゃないって言ってるだろ」

 

 その言葉に応えるようにセグレイブが口から強烈な冷気を放った。

 ランタナとサリーナは咄嗟に回避しバシアラもオオスバメを戻して物陰に隠れたが、その場で最も鈍臭いトレーナーが氷像と化した。

 

「ヤシオ!」

 驚愕の表情を浮かべたまま、ヤシオが凍りついた。

 

 セグレイブは『ねつこうかん』の特性を持つ。炎タイプの技を受けることでパワーアップしてしまう。

 

 フリュウが嗤った。

「聞いたところじゃそいつはラフエルリーグに出てたらしいな。厄介な奴は早々に排除するに限る。ジムリーダー、交渉に応じないならここいらを氷河期にしてやってもいいんだぞ?」

 

 セグレイブならそれも不可能ではないだろう。助けを呼ぼうにもあまりの冷気に電子機器のリチウム電池の電圧が低下してしまっている。

 締め上げられているキスイも凍結したヤシオもこのままでは非常に危険だ。状況は非常に厳しいと言わざるをえない。

 

 ここは決断するしかなかった。

 

「……持っていけ」

 Zリングとクリスタルを投げて寄越した。

 

「最初からこうしていればよかったものを。これさえあればお前らは用済みだ」

 

「待て! キスイと交換のはずだ!」

「何の話だ?」

 

 フリュウが新手を繰り出した。

 平べったい頭部に戦闘機を思わせるフォルム。こちらもラフエルでは珍しいポケモンに該当する。

 

「ドラパルトか」

 器用万能型で、ポケモンどうしの比較でも屈指のスピードを誇る。今この場で見たくない相手だった。

 

「俺は次に行く」

 フリュウがドラパルトの背中に掴まった。そしてオンバーンはキスイを抱えた。逃げを打つ流れは明らかだ。

 あっ、という間もなくドラパルトとオンバーンが飛び去っていく。

 

「逃がすか! ムクホー…」

 ムクホークがゼェゼェと肩で息をしている。よく見ると翼の付け根に何かがくっついていた。

 

 サリーナがそれを取り、投げ捨てた。

「『くっつきバリ』。さっきのポケリンガの時に仕掛けていたようです」

 身につけていると時間差でじわじわとダメージが入る道具だ。この状態で人間を乗せて飛ぶことはできないだろう。ランタナはムクホークをボールに戻した。

 

 そしてグライオンもダメージこそないが地面と飛行の複合タイプのため、この冷気の中では力を十分に発揮することができない。

 

 それならばできることを任せるしかない。グライオンは短距離の飛行であれば問題ないとランタナは判断した。

 

「サリーナ今すぐここを離れろ」

「しかし!」

「いいか、無理はするな。迷わず逃げろ。奴を倒そうなんて思うな」

 

 敵を倒すのと同じくらい味方を守ることは大切だ。

 

 

「グライオン、ヤシオたちを連れて距離をとってくれ! バシアラ! さっきの『ねっぷう』でヤシオの氷を溶かしてくれ。サリーナはみんなの手当てを頼む!」

 その言いつけ通り、グライオンがヤシオ・サリーナ・バシアラを掴んで離脱していく。

 

 

 ヤシオに関してはすぐに氷を溶かして応急処置を施さなければ命に関わる。サリーナならその分野にも強い。戦力を失うのは辛いが、ここは人命を優先しなければならない。

 

 なんとかフリュウの追跡に移りたいがセグレイブがそれを許さない。

 

(まずはこいつをなんとかしないとダメだ。しかしその間に奴に逃げられちまう)

 

 続いてセグレイブが放った『つららばり』をファイアローがなんとか弾いた。続けて繰り出したヤミカラスも『ふいうち』で攻撃しているがあまり効いていない。

 

(こんなに鍛えられているなら逃げ出す必要もなかったんじゃねぇのか?)

 

 指示を出すトレーナーがいないのは好都合だがその分逃走のための時間を与えることにもなる。

 

 『つららばり』がランタナの体を掠めた。

「っ! 考えてる余裕はないか!」

 

 ファイアローの『はがねのつばさ』が命中するが、これもセグレイブを止めるには至らない。

 

(どうする……? 相性のいい鋼タイプの技も効果が薄い。炎が効かないから火傷にもならないし搦め手も通用しない)

 ただでさえ周囲は超低温の環境下にある。ランタナですら歯の根が合わないほどだ。

 

 セグレイブの尾がファイアローを打ち据えた。このままではじり貧だ。

 

 ふと、こんな時ヤシオならどうするかという考えが頭をよぎった。

 

 

「ヤミカラス、『ちょうはつ』だ!」

 ここまでセグレイブは攻撃技しか使用していない。一見意味のない指示に思えた。

 

「ファイアロー『ブレイブバード』!」

 スピードで上回るファイアローが攻め立てる。

 

 これだけやれば言葉を発することがなくとも、セグレイブの苛立ちが募る。

 

 そして苛立ちは目の前の敵をまとめて蹴散らす大技の使用に踏み切らせる。

 セグレイブが飛び上がり、頭から落下していく。

 

「来るぞ!」

 

 もちろん混乱による自傷などではない。セグレイブが吐き出す冷気がジェット噴射となり、背鰭からこちらに突っ込んで来た。

 

「ファイアロー! 『はがねのつばさ』! ヤミカラス! 『ナイトヘッド』」

 相性を優先して技を放ち、少しでも衝撃を吸収しようとしたがセグレイブのパワーに弾かれてしまった。ダメージの蓄積は大きい。ファイアローの戦闘の続行は不可能だろう。

 

「無理させてごめんな。この埋め合わせは必ずする」

 ランタナはファイアローをボールに戻した。

 

 まだ気が立っているのかセグレイブがヤミカラスに向かって吼えた。ヤミカラスもそろそろ限界が近い。

 

 ヤミカラスが仲間をやられた怒りを瞳に携えてランタナを見つめた。

「キレてるのは俺も同じだ! ヤミカラス、『オウムがえし』!」

 

 さっきの技の再現となる。ヤミカラスが上下逆さまの状態でセグレイブの腹に一撃をかました。

 

 再び『つららばり』を放とうとしたセグレイブだったが、ついに力尽きその場に倒れ付した。

 

「ふう。『きょけんとつげき』は威力こそ高いが、次に自分が受けるダメージが倍になるリスクがある。的確に指示を出すトレーナーがいてこその技なのにな」

 

 ヤミカラスもボールに戻し、ランタナは手持ちの最後の1匹に飛び乗った。

 

「まだ遠くには行ってないはずだ。奴を追うぞ! ドデカバシ!」

 

 肉眼では見えないほどの距離だが、鳥ポケモンなら僅かな音と空気の揺らぎを翼で感じて追跡することができる。ランタナにとっては動ける最後のポケモンだ。

 

 ドデカバシは一声鳴くと、猛スピードでフリュウを追った。

 

 

 ほどなくしてオンバーンとドラパルトが待ち構える空域に辿り着いた。

 

「セグレイブを倒したか」

「もう気は済んだだろ。キスイとZリングを返せ」

 

 返事は言葉ではなくドラメシヤとなって飛んできた。

 

「『ドラゴンアロー』。受けといて損はないだろ?」

「お断りだ!」

 この高度での被弾は騎乗するトレーナーにとって命取りになりかねない。

 

「『ロックブラスト』!」

 ドデカバシが発射した岩の弾丸をドラパルトがかわしていく。

 

「『10まんボルト』!」

 強力な電撃が襲った。ドデカバシはなんとか回避したがドラパルト(フリュウ)オンバーン(キスイ)の面倒を同時に見るのは苦しい。

 

 オンバーンの『ばくおんぱ』を『タネマシンガン』で相殺し再び距離をとる。

 

「いい加減諦めろ。まあ、この高さまで助けに来たのは評価に値するが」

「じゃあ講習の成果が活きてるってことだべな!」

 

 この場にいない筈の者の声がした。

 ランタナもフリュウも声がしたヤシオを探す。

 

「こっちだ! こんのでれすけが!」

 アーボックにしがみついたままヤシオが落下してきた。

 

「お前、いつの間に!?」

「うっせぇ! オレは凍るのには慣れてんだ!」

 慣れちゃダメだろという感想を抱いたのはランタナだけではあるまい。

 

「ヤシオ! どうして!」

「こういうこった。補助員舐めてっと舌溶けッぞ!」

 スターミーがドラパルトに迫った。『ほごしょく』でギリギリまで姿を隠していたようだ。

 

「舐めてるのはどっちだ! ドラパルト、『10まんボルト』! オンバーン、『ばくおんぱ』!」

 

「おわわっ!」

 アーボックとスターミーがあっさりと退けられた。ヤシオは彼らをボールに戻し、今度はトゲキッスに飛び乗った。

 

「口ほどにもない奴が」

「おいおい。口が閉じなくなるのはそっちだべ」

 

 オンバーンが戸惑ったような鳴き声をあげた。それもそのはず、捕まっていたキスイがいなくなっている。

 

「なんだと!?」

「1名様お帰りです」

 眼下にハッサムに掴まれて地上へ降りていくキスイが見えた。

 

「アーボックの『すりかえ』。プレゼント交換だべ」

 オンバーンの動きが急に鈍くなった。その背中に何かが乗っている。

 

「『くろいてっきゅう』だと!?」

「ランタナさん、今です!」

「おうよ!」

 

 ヤシオがフリュウとやりとりしている間にドデカバシは嘴を加熱していた。

 

「『くちばしキャノン』!」

 もうかわすことはできなかった。ノックアウトされたオンバーンはフリュウのボールに戻っていった。

 

「あと、これも返してもらっからな」

 ヤシオの手にはZリングとクリスタルがあった。

 

「ほら、これはあーたが持っててください」

 そのままランタナにZリングとZクリスタルを手渡した。

 

「サンキュー。でもどうやったんだ?」

「白黒ねーちゃんを取り返したのと一緒ですよ。さっきスターミーを突撃させた時に『トリック』を指示したんです」

「だからアーボックとスターミーだったのか……」

 

 何はともあれ闖入者によって人質と物質が同時に片付いてしまった。

 

「形勢逆転だな。観念しろ! 講師のランタナさんと補助員のオレのcombinationは破れねぇぞ! 名付けてスペシャルトルネード──」

「まだだ!」

 

 今度はドラパルトがフリュウごと透明になった。

 

「まるでステルス戦闘機だ」

「野郎、逃げる気か!」

 

 

「なぜ逃げる必要がある!」

 はるか上空からフリュウの声がした。

 

「ブツを奪えなかったのは痛いがただでは帰らない。ここがお前らの最後だ」

「ヤケでも起こしたか!」

 

「言ってろ」

 フリュウが握ったボールが鉱石のように輝きだす。新手を繰り出すかと思いきやそのボールをドラパルトの体に当てた。

 

 一瞬辺りが眩い光に包まれた。

 再び視界が明瞭になった時、ドラパルトに変化が顕れていた。

 

「頭部にイナズママークの宝石。テラスタルか」

「はえ~っ、ラフエルでも使えたんですね」

 

 テラスタルはパルデア地方で観測される現象だ。ポケモンのタイプが変わるというバトル好きが泣いて喜ぶ神秘である。

 

「これでこいつは電気タイプだ! 翼に頼るお前らには堪えるだろう!」

 

 再び『10まんボルト』が飛んでくる。先程のものとは比べ物にならない威力だ。

 

「気をつけろヤシオ! あんなの食らったら真っ逆さまだぞ!」

 

 トゲキッスとドデカバシが降り注ぐ攻撃の雨を紙一重で回避していく。

 

「ヤシオ! イケるクチだな!」

「そいつはどうも!」

 

 旋回、宙返り、ローリングと空中で自在の動きを見せるドデカバシにトゲキッスもなんとかついていく。

 

「『シャドーボール』!」

「『エアスラッシュ』!」

 技がぶつかり合い爆発した。煙が立ち込める。

 

「ナイスヤシオ!」

 煙に紛れてドデカバシがトゲキッスに寄る。

 

「ランタナさん、どうするんですか? ぶっちゃけこっからの策はないですよ」

「心配には及ばねぇよ。ここはアレを使う」

「アレ?」

 ランタナは腕のZリングを見せた。

 

「ああ、トルネードスピンジャイロですか」

「そんな技ねぇよ!? どんだけ回しゃ気が済むんだよ」

 

 とはいえランタナの意図はヤシオに伝わったようだ。

 

「それなら勝てるべ。よし、風呂入ってきます」

「待て待て」

 

 ランタナはさらに続けた。

「たしかに撃てさえすりゃなんとかなるだろうが……問題が2つある」

「じゃあ2人で分けっこしましょ」

 

 指を2本立てた。

「まずは高さだ。アレは相手より高い所からじゃないとうまく決まらない。そしてそれは奴も承知の上だろう。意地でも俺らを抑え込もうとするに決まってる」

「そこは頑張って飛んでもらうしかないですね」

 

「もちろんそこは俺がなんとかするんだが、あとは時間だな。アレをやるにはどうしても俺が完全に無防備になる瞬間ができちまう。そこをなんとかしてほしい」

「モッさんがやった時は興味本位でつい眺めちゃったけどたしかに隙だべな。時間はどんくらい稼げばよろしい?」

 

「そうさなぁ、奴なら……5秒だ。5秒でケリをつけてやる」

「責任重大ですね。頑張ってみます」

「前から思ってたけどお前、普通に喋れるだろ」

「ノーコメント、だべ」

 

 煙が晴れた。再びドラパルトが2匹を撃ち落とそうと技を連発してきた。

 

「飛べ! ドデカバシ!」

 もっと高く。もっと遠くへ。

 視界の端で空と陸と海が地平線で溶け合って、青と緑のパノラマが構成されていく。太陽の光が大気で屈折しその色合いを変えていく。

 

「!」

 コンマ数秒前まで自分達がいた場所を『10まんボルト』が貫いていく。

 

 フリュウにとっても急上昇するランタナが何を考えているかは手に取るように理解できた。

 

「『マジカルシャイン』!」

 ヤシオのトゲキッスからの攻撃をかわし、さらに上空のランタナに狙いを定める。

 

 ランタナがドデカバシの背の上で立ち上がった。そしてたおやかで、それでいて力強い舞を天に奉納し始めた。

 

「墜ちろランタナ! 『テラバースト』!」

 さらに威力の高い電撃が無防備なランタナを襲う。

 

「させねぇべ!」

 そこへトゲキッスに乗ったヤシオが回り込んだ。そして自らの体で技をまともに受けた。マッギョがヤシオを守っているため直撃こそしていないが、受けきれなかった電圧によってトゲキッスはふらふらと墜落していく。

 

「ヤシオ!」

 思わず助けようと動作に移った。

 

「オレに構うな! 今やれるのはあんただけなんだぞ!」

 トゲキッスとともに落下しながらヤシオが叫ぶ。その目には確固たる意思が宿っていた。それは自己犠牲などという安い言葉では片付けられない。

 

 準備はできていた。

「悪いなヤシオ。今だけジムリーダーじゃなくてただのトレーナーをやらせてくれ」

 小さく呟いてフリュウを見下ろす。

 その技は、Zクリスタル『ヒコウZ』とランタナとZリングの共鳴によって放つことができる。

 

「くらいやがれ! 『ファイナルダイブ──!!」

「てっ、『テラバースト』だ!」

 

 その技は、自由を求め風に乗る全ての者の渇望を秘めた御業だ。

 

「『クラァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッシュ』!!!!」

 

 遠かった大地が眼前で大きくなっていく。この広いラフエルで自分達がいかにちっぽけな存在であるか改めて思い知らされる瞬間だが、今のランタナにとってそんなことはたいした問題ではない。

 

 その技は、放たれれば最後。いかなる手段を用いても防ぐことは叶わない。

 『テラバースト』の電撃を引き裂きながら、ランタナとドデカバシが全力の突撃の形を成す。

 

 

「あれは……?」

 地上で見守るサリーナとバシアラの目に、青空を線で分かつ一条の光が映る。そして光が弾けていく。

 

 

「サンキュー、ドデカバシ。気持ちのいい一撃だったぜ」

 勝負の最後はいつも一瞬だ。力尽きたドラパルトとフリュウを捕らえ、ランタナは皆が待つ地上へと降りていく。

 

「やっべ。ヤシオ放ったらかしだった」

 本気で心配しかけたが地上を見下ろして胸を撫で下ろした。

 

「俺らもトレーニングに取り入れてみるか? ラジオ体操」

 ワタッコの群れがクッションとなってヤシオとトゲキッスを受け止めていた。

 

 

「ランタナさん!」

「凄かったです!」

 降り立ったランタナをサリーナとバシアラ、さらに通報によって駆けつけたPGたちが迎える。

 

「おふたりさん、オレもけっこう頑張ってて」

「ランタナさん! 最後の技かっこよかったです!」

 バシアラが目を輝かせる。

 

「これでまたジムにも講習にもさらに人が集まるようになりますね!」

「サリーナ、盛り上がってるところ悪いがあまり忙しくなると旅行がだな」

「なりますね!」

「はいすみません」

 

「あれ? そういやキスイは?」

「念のため病院に行くそうですよ」

「そうか。まああれだけのことがありゃそうなるよな」

 

 ランタナは風と自由を抱いて飛ぶ伊達男だ。

 誰もがその認識を新たにしたことだろう。

 

「あのぅランタナさん。バイト代のほうは」

「こまけぇこたぁ気にすんな。この後暇だろ? 飲みに行こうぜ」

 いっそのことステラも呼ぶか。と笑うとヤシオがひっ、と声を漏らした。

 

 

 

 ラフエルに来てからヤシオにも長電話の習慣が馴染みつつあった。

【ヤシオ君も災難だったね】

「いやあホントですよ。あんな奴が紛れ込むなんて」

【それで、フリュウの件なんだけど。あれから容疑を否認しているらしいの】

「はぁ? あんだけやっといてあいつ何言ってんだ」

 

 あれだけ暴れておいて知らぬ存ぜぬが司法に響くはずがない。ヤシオのしょぼくれた正義感ですら怒りを覚えた。

 

【自分は指示を受けただけだって。話も要領を得ないし、当時マインドコントロールのような状態にあったんじゃないかとされているのよね】

「オレはあいつのセグレイブにカチンコチンにされたんですよ!? 次あったらケツバットの刑だべ」

【そのセグレイブなんだけど。例の指示を出してきた相手から譲り受けたって言ってる。なんでも作戦のための個体の余りだとか】

「作戦? それってまさか」

【フリュウの証言を総合するとバラル団とみて間違いないでしょうね。セグレイブは氷とドラゴンという珍しい複合タイプ。彼らがそこに目をつける何らかの理由があると私達(・・)はみている。PGたちはあまり重要視してないみたいだけど】

 

 逃走のためとはいえ、あれだけの強さのポケモンに指示を出さなかったのはその場にいた全員が不自然に感じていた。

 それが人のポケモンで自分の指示を聞かないからと仮説を立てればあり得る話ではある。バラル団の動向についてはこの地方にいる以上もはや無視できない。

 

【それより気になるのはもう1人の講習参加者ね】

「ゴスロリのキスイ氏のことけ?」

【そう。彼女、クシェルに実家があるみたいだけど】

「そう聞きましたけど」

【でも彼女の戸籍データに最近書き換えられた形跡があるの。本当にあの場にいたのはキスイだったのか? そもそもキスイという人物は存在するのか?(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 なぜクシェルの行政システムについてそこまで知っているのか。あえてヤシオは追及しなかった。

 

「そりゃ住所変更とか登録の印鑑が変わったりとかあるでしょうよ」

【そうじゃなくてね。明らかに行政のシステムの外から手が加えられているのよ】

「……なんとも穏やかじゃねぇべな」

【そういうこと。巻き込んでしまって申し訳無いけど引き続き協力をお願いしてもいい?】

「もちろんです。ホヅミさん」

 

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