ドク=モロトヴァ
いつの時代も悪を生業とする者たちは大衆のすぐ近くに潜んでいる。
PGらが血眼になって探しているバラル団のアジト。その所在を知ったら誰もが驚きを隠せないだろう。とはいえ、かつてのロケット団全盛期だったカントー地方を知るクロックにとっては意外でもなんでもないことだった。
そんなラフエルのどこかにバラル団の幹部たちが集められていた。
暗く広がる長方形の空間を分かつように長机が置かれている。そこに仕込まれたライトユニットが、室内最奥の上座を妖しく照らし出す。
クロックがバラル団幹部、ワースの知己を得てからそれなりの時間が経つ。
「ようバトルジャンキー。そっちの首尾はどうだ」
「おかげさまで、ぼちぼち」
声をかけてくるワースに応える。彼は文字通り万物を値踏みする男だ。本来であれば歓迎されることではないが、実力主義のクロックとは存外馬が合った。
「結構結構。ま、聞くだけ野暮だったな」
ワースは満足げに頷き、手元の端末に目を落とした。
もうひとつ、暗がりから影がぬっと進み出た。
「奇遇だな。俺もだ」
このような会話にイズロードのほうから混ざってくるのは珍しい。ワースの眉が僅かに上向いた。
「そりゃあ旦那はこないだのPG相手の大立ち回りがでっかく一面を飾ってたしな。もう景気のいいことで。あやかりたいもんだ」
「不本意ではあるがな。スーパーボール級の下位層を蹴散らしたところで自慢にもならん」
イズロードの活躍はPGにかなりの痛手を与えたようでギーセという警視が現場に出るまでの事態になったらしい。
「あら、みなさん楽しそうで何より」
ふわりと鼻腔をくすぐる香りとともにハリアーが3人に連なるように腰かけた。
「おい。お前香水変えたか?」
元から関心がなかったというのもあるが、特に気がつかなかった。値打ちが薫ってでもいるのか口を挟みたくなったが行動に移すクロックではない。ちらりと横に目をやるとイズロードも全く興味がないようでカフスボタンに手をやっている。
ハリアーは否定も肯定もしない。それどころか科を作ってみせた。
「私って臭いますかね?」
「下衆の臭いがするぞ」
「あら。手厳しいこと」
単独で街ひとつを黒く染めあげる破滅の才媛でも俗っぽいことが気になるものなのだろうか。それとも目の前にいるハリアーという人物は四肢を得た悪意がヒトの真似ごとをしているだけなのだろうか。
なにも彼女だけではない。ワースも、イズロードも、奥で闇に溶け込んでいるグライドもそうだ。純然たる悪はより濃く、より深くへと向かっている。そんな気がした。
そして望んだ道とはいえ、この一派に加わり恙無くやれている自分自身を皮肉に思うクロックだった。
「ボスがお出でだ」
グライドが呟いた。今回この場に居ることが許されるのは幹部のみ。その意味を察することのできない連中ではない。
バラル団のボスが最奥の上座に腰かけた。唯一起立を保っていたグライドだが最高権力者に促され席に着く。
お世辞にも公共交通網が発達しているとは言えないラフエル地方において、徒歩はポケット・スカイカーゴを利用できない金欠トレーナーの主力となる移動手段だ。
【あーちがうちがう! そっちじゃないです!】
「こっちか?」
【そっちでもないですぅ!】
……どうやら主力という単語には様々な意味があるようだ。世の中は予想以上に広い。
空は晴れ、雲は高く。ヤシオはライブキャスターを通して指示を受けながらハルビスタウンを目指していた。その真上をトゲキッスがふよふよと飛んでいる。
「ん? こっち?」
【なんで草むらに入っちゃうんですかこのノーコン! 『でんじほう』だって2回撃てば1回くらい当たるんですよ! トゲキッス、
単純作業すら怪しい。針の穴になかなか糸が通らないことはあっても
脇道に逸れ、ホットドッグ屋に寄り道し、野生のポケモンに話しかけ、トレーナーたちに辻バトルを挑む。先日ヤシオを乗せてハルビスまで飛行した実績のあるトゲキッスがいなければ本当に遭難していた可能性すらあった。
【知らない場所を歩けば多少は改善するかと思ったんですけどね……】
「まあそれほどでも」
【褒めてないです!】
ビジネス書を紐解けば適材適所の概念について長ったらしい記述がある。そこに心当たりがないでもなかったがこの状況だ。ライブキャスター越しに激を飛ばしながらショウロは頭を抱えていた。
【ごほん。まあここはプラスに考えましょう。この状況であっても、ヤシオさんだったとしても、いないよりかはマシです。ましてや今の物騒なラフエルにあたしの友達をおつかいのために送り込むのはあまりに忍びない】
「そうそう……ってオレの扱いひでぇな!?」
ショウロはイッシュ地方のポケモン預かりシステムの管理人をしている。彼女にとってヤシオは同郷かつ付き合いの長い知人にして、姉の実験対象でもあった。
そして周知の事実だが致命的な方向音痴でもある。本来であれば
ヤシオが口を尖らせる。
「だいたいよぅ。そんなに言うならメールでいいんじゃねぇか? オレなんかにおつかいさせたら終わる頃にはAmanita、じゃなかったショウちんもばあさんになっちまうかも」
【それじゃダメなんです!
これだから物理オタクは、と言いかけてショウロは言葉を飲み込んだ。自分も同じ穴のジグザグマなのだ。
「まあ何事も夢中になっちまいすぎんのも考えもんだ。つっても、それは一生もんなんだよな」
【そういうことです】
この世界に一切の掛け値もなく存在する絶対があるとすればそれは個人の中にだけ許される。どのような人にも等しく語りかける美は存在しない。
大勢の人間が集うヒウンシティで暮らすヤシオとショウロだからこそより強く感じることでもあった。
【あーっ! 逆、逆です! この方向音痴が~っ!】
「ふええ~!」
粘り強さこそ人間の最大の美徳だという結論にショウロが至る頃。ヤシオの声が明るくなった。
「やっとハルビスか。オレの体内コンパスも捨てたもんじゃない。ショウちんもトゲキッスもサンキューな」
【ヤシオさん。ヒウンに帰ってきたらのど飴をケースであたしんちに送ってくださいね】
「うんわかった……」
懸命のナビのおかげでようやく町外れまでたどり着いた。一安心したところでショウロには気になることがあった。
【そういえばヤシオさん、こないだデータを送ってもらったセグレイブですが】
背筋どころか体全体がひんやりとする貴重な体験。
先日のハルビスの一件は記憶に新しいところだ。
「ん? ああ、頼まれてたやつな。わかっちゃいたけどもあいつはやばかった。オレなんて一瞬で凍らされちまった。ほら、昔ホドモエの近くに冷凍コンテナってあったろ? あの中よりも冷てぇっていえば伝わるか?」
セグレイブはイッシュ地方には棲息していないポケモンだ。他地方を旅していたヤシオは目撃したことも相手トレーナーの切り札として対決したこともあるが、氷像にされたのはさすがに初めてだった。
【ポケモンの技を実際に受けて確かめる人がアローラ以外にもいたっていうのが驚きですよ。ライブキャスターがバイタルを記録してたおかげで皮肉にも詳細なデータが取れましたけど】
「そんなに褒めんな【褒めてないです】。とにかくさ、本来ドラゴンポケモンが苦手とする氷との複合タイプだなんてすげぇよな。自己矛盾を抱えたドラゴンってそれだけでかっけぇもん」
【男子特有のセンスにはノーコメントですが、珍しい属性であることは間違いないですね。これまでに観測された同複合はあの日ソウリュウシティを街ごと凍結させた――】
「そっ、それは!」
突如民家から男性が飛び出してきた。そのスピードはまさに神速でショウロもヤシオも全く反応できなかった。
当分の間友人に語るネタになるような出来事だが、道行く人々は全く気に掛けていない。この町では日常茶飯事のようだ。
男性はヤシオが連れているトゲキッスに反応したようだ。
「トゲキッス、祝福ポケモン。全長1.5m、体重38.0kg。恵みを与える存在と言われており大昔から縁起物に描かれてきた」
「へっ?」
男は図鑑のようなうんちくを語った。
回覧板に載るレベルの不審者の登場にヤシオもさすがに目を丸くした。
しかしショウロはそうでもないようだった。
【ラーレさん。やっぱり引きこもってたんですね】
「その声はショウロちゃんか。いやぁ、引きこもりも悲喜こもごもだよ。君はショウロちゃんのお知り合い?」
「はじめまして。ヤシオです」
「やぁ~、僕はラーレ。コレクターをしているんだ。ショウロちゃんと同じく預かりシステムの管理人をしているんだけどそっちはあくまで副業でね。本業はあくまでコレクターなので誤解のないように」
彼こそショウロが探していた人物で、ヤシオを頼ってまで訪ねたかったラーレその人だった。
「いやそんなことはどうでもいいんだった」
ここでラーレは何かを思い出したかのようにトゲキッスに向き直った。
「トゲキッス! 争い事やもめ事が起こる場所には姿を見せないことから近ごろはほとんど見かけないポケモンだ! まさかラフエルでお目にかかれるなんて! それもこんな近くで! ヤシオ君といったか? 後生だ。触ってもいいだろうか!」
「い、いいですけど。なぁトゲキッス?」
「ヒャッホウ!」
許可を確認するやいなや、ラーレはトゲキッスに飛びつき補食するかのごとくその肌触りを味わい始めた。これを人間相手に仕掛けた日にはバラル団を超えるスピードで牢屋への転籍が叶うだろう。
「この毛並み! 肌触り! たまんないねぇ!」
ジャラランガやガブリアスとも戦ってきたトゲキッスだがこのような相手は初めてだった。それでも大人しく触られているあたり祝福ポケモンの面目躍如だろうか。
その様子を眺めながらヤシオは呆れていた。
「やっぱ預かりシステムをやるようなマニアってすげぇんだな」
【これは分母じゃなくて分子が異常なんです。誤解のないよう頼みますよ】
ひとしきりトゲキッスを堪能したラーレは満足げだ。
「ありがとうヤシオ君。おかげでいい景気付けになったよ。それでショウロちゃんは僕に何か用かい? メールしといてくれればよかったのに」
【それじゃ見てくれないからこうしてるんです! ちょっとラーレさんに頼みがあるんです。それもちょっと複雑なやつ】
ここでラーレはポリポリと頭をかいた。
「いやぁ、トゲキッスを触らせてもらった手前申し訳ないんだけど今すぐには無理だ。僕はこれからフィールドワークに同行するんだよ」
「同行ってぇと誰かさんといっしょで?」
「そうとも。なんと今回ご一緒させていただくのはポケモン研究の権威、ホウエンのオダマキ博士!」
オダマキ博士はポケモンの生態や分布の研究で特に高い評価を受けている研究者だ。ホウエン地方の新人トレーナーたちに図鑑とパートナーポケモンを託していることでも知られている。
ヤシオが連れているバシャーモも元はオダマキ研究所の出身であり、直接の面識こそないが彼もオダマキに恩義を感じていたのだった。
「わっ、すげぇ!」
【ラーレさんにそんな人脈あったんですね】
「――の遠縁にあたり彼に師事しているヒヒノキ博士なんだよね。二人とも黙るのはやめようか!?」
温度差も落差も人から言葉を奪ってしまうようだ。
ヒヒノキの名誉のために添えておくと、彼もオダマキと同様にラフエル地方でのフィールドワークによって研究者としての名をあげつつある。
【出不精のラーレさんがフィールドワークなんて珍しいですね。何か目的があるんですか?】
「それについてはボクから説明しよう」
狙っていたかのようなタイミングで開けっぱなしの玄関から男が顔を出した。動きやすそうなラフスタイルに痩せぎみの不健康そうな体つきは空き巣を連想させた。
「ヒヒノキ博士。いらしてたんですね」
「うん。みんなが盛り上がっていたからタイミングを見計らってたんだ」
「スタンバってたとはびっくりだべ」
粘着性を伴った律儀さを持ち合わせているようだ。
「先に紹介してもらっちゃったけど、ボクはヒヒノキ。ラフエルのポケモンを研究しているんだ。とはいっても研究者としてはまだ駆け出しなんだけどね」
「はじめまして。オレはヤシオっていいます。そんでこっちはショウロです」
【ショウロです。ラーレさんと同じく預かりシステムの管理人をしています。あとヤシオさんの保護者も】
「まぁ僕のは副業なんだけど」
【お静かに!】
「ははは、知っているとも。ショウロさんたち預かりシステムの管理人さんたちはポケモン研究者の間ではちょっとした有名人なんだよね」
【えへへ】
「ヤシオくんはこの間のリーグに出ていたよね。テレビで観てたよ」
「おっ、もしかしてオレのファンとか?」
「普段はそこまでポケモンバトルの中継は観ないんだけど。今回のリーグはボクが図鑑とポケモンを託したトレーナーのお母さんが出るっていうからつい、ね」
「……さいですか。逆授業参観ってぇことですね」
「こほん。それで今回の目的なんだけどね。ズバリ、コバルオンだ」
「捕まえるってことで?」
「まさか。あくまで棲息を確認するだけだよ。それにボクもラーレくんも戦いはからっきしだからね」
「そうそうその通り!」
【威張ることですか?】
「ラフエル地方には地図には不思議な場所がいくつもあってね。座標で表現できない空間とでもいうのかな、コバルオンはそこにいるとボクは睨んでいる」
「伝説とされるポケモンの目撃例は極端に少ない。もちろん個体数の少なさもあるだろうけど、彼らには一般には認知できない隠れ家みたいなものがあるんじゃないかという仮説に繋がるわけだ」
ラーレがその後を継いだ。
【その目星がついてるってことですか?】
「よくぞ聞いてくれたね。以前そのうちのひとつ、静観の狭間の観測に成功したんだ。仮説は立証済みってこと」
「その話を聞いて今回のフィールドワークを持ち掛けたんだ。ボクはラフエルの生態系の研究、ラーレくんはコバルオンの写真を撮る。Win-Winだろう?」
「なるほど」
ここでヒヒノキはヤシオの両肩を掴んだ。
「そこでキミの出番だヤシオくん。先日のリーグを襲撃したバラル団は豊穣の神と呼ばれるポケモンを作戦に繰り出した。つまり彼らも伝説のポケモンを捕らえる術を持っているということだ」
ヤシオはパンデュールとの試合で必死だったがことの詳細はシンジョウから聞いていた。
現場に居合わせたシンジョウ・ミント・コウヨウの奮戦とアルナのポケモンたちの『すなあらし』でなんとかなったが、それだけで甚大な被害が出ていてもおかしくなかったのだ。
「バラル団の連中と遭遇する可能性があるってぇことか。そんでオレに用心棒をしてくれと」
ここでラーレも後ろからヤシオの両肩に手をおいた。
「話が早くて助かるよ。僕にだって最低限の正義感はあるけど、バラル団を食い止めてやろう! という正義漢じゃあない。今回はあくまでフィールドワーク兼僕の趣味。写真だけ撮れれば即退散さ。戻ったらショウロちゃんの頼みごとも聞くからさ」
【ヤシオさんどうするんです?】
多少ぞんざいに扱っている部分はあるが、ショウロとしてもヤシオをいたずらに危険に巻き込むつもりはなかった。
「もちろん行くに決まってるべ」
「そうこなくっちゃ! 頼もしい助っ人も来てくれた。すぐに出発しよう」
もしもヤシオが現れなかったらどうするつもりだったのか気にはなったが怖くなったのでショウロは黙っていた。
「それでその孤高の住処ってのはどこにあるんで?」
「メーシャ王城。かつて人間を懲らしめたコバルオンが王族がいなくなっても睨みを利かせてると思うとこみ上げてくるものがあるよね」
ホヅミは大きな後悔とともに馬車に揺られていた。
(状況は最悪。全てあの男の狙い通り)
リーグでの一件以降政府はバラル団対策をより強固にし、フリックの旗振りのもと市民を悪の牙から守っていた。それだけなら歓迎すべきことだ。
(でもそれだけじゃない)
PGがバラル団を撃退したニュースが取り沙汰されるが現実はそうではない。スーパーボール級が返り討ちにされる事態も起きている。バラル団以外の悪意も跋扈していて現場は疲弊している。
ホヅミがカネミツに抱いていた疑惑はリーグで確信へと変わった。
他の捜査員たちが倒れるなか、急襲してきたイズロードに情報を渡すことは容易い。あの場のPG側の責任者であるデンゼルとも情報を共有していたことからもよりスムーズにことを運ぶことができただろう。
秘書官からカネミツがラフエルに来てから紙媒体を好むようになったという話を聞いた。やり方によってはデジタルよりも足がつかない妙手だ。
リーグの現場で知り合ったフィールという警視からも気持ち悪いくらいに仕事がしやすくなったという不思議な愚痴を聞かされた。
PGの配備が分かれば適切な戦力をぶつけることができる。たちの悪いことにわざとPGを勝たせることもできる。PG有利の世論を作りつつ、裏では自分達の目的に向かっていく。そんな気がしてならなかった。
(ダークストーンの件もある。ああこんな時に!)